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oneday  ぽぇ



 
 自閉症裁判

先日、恵比寿へ行ったおりに見つけた
「自閉症裁判」という本。

浅草で起きた
あの「レッサーパンダ」の事件です。

物語の世界では無く
克明な検証を積み重ねた
真実のドキュメンタリーなのですが
事件その物だけではなく
その周辺の人々にもスポットが当てられていて
私には、本文よりも衝撃的でした。

小説でも読んでいるかのようで
現実としてストンと落ちて来ないほどに
信じ難いものがありました。

出版されてから
想定内のクレームや反発はあったようですが
本の回収騒ぎなども起きずに再販もされ
巷に厳として流通している事からも分かるように
公には認知されているのでしょう。

本そのもに関する感想はありませんが
妹さんの歩んだ人生
そして、被害女性の来し方の
その、あまりにも対照的な人生に愕然とし
妹さんの置かれた立場や
未来を断ち切られてしまった被害女性の無念さは
私の能力では
理解も受容も出来ない程の不条理さに
人間として考え込んでしまいました。

毎日のように深い緑の中に身を置き
考えて考えて考えて・・・います。

出来ない言い訳を探すのは止めよう。
努力によって出来る事は実行しよう。

私の人生が、どう展開して行くのか
未来は想像するのみですが
柔らかさの中に強い芯を根付かせたいですね。

私が自分を磨けば磨くほどに
宙は精神的に豊かになり
私の言葉を素直に聞けるようになって
落ち着いて来ているように見えます。

ふわりん からの箴言や
この本から教えられた事を決して忘れずに
毎日を積み重ねて頑張ろうと思いました。

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本の賛否には踏み込めませんし
事件や、その周辺の事を考えると
とても複雑な思いを感じていますが
書店で出遭ってしまった以上は
読まなければならなかった本だったと考えています。

「今まで生きてきて何一つ楽しいことは無かった。」
と、言った妹さんは
兄の事件から約1年後
支援者の手厚い保護のもとに・・・。

2005年06月19日(日)



 
 ネットは学校

PCをゲットしてから早5年
HPを立ち上げて間もなく4年
あっという間だったように感じます。

自閉症の世界に関わるようになる前は
精神世界系にドップリと浸り込んでいました。

その時
人生は「魂の学校」という言葉を知ったのですが
ああ、そうなのかもしれない
学び成長して行く場としては言いえて妙かな?と。

宙が生まれてからのネットライフは
それこそ「魂の学校」「人生の学校」となり
多くの気付きや疑似体験を
させて頂けたように感じています。

自己解決型の私は悩みを相談したり
自らの事を話す場面は殆ど無く
それは、頑なだったわけではなく
親子間(私自身の)でもそうでしたので
悩んでも話をして気持ちを軽くしたり
解決の糸口を手に入れたり出来る事を
知らずに生きて来てしまったのだと思います。

話す事に不慣れになっていたのでしょうし
打ち明けなくても解決できていた為
そのまま長じてしまったのだと考えています。

ですから今これ程に
私は私はと前面に想いを出しているのが
不思議で堪りません。

このところ
成人の方のAS圏サイトに伺っては
書き込みをさせて頂いたりしていたのですが
宙だけを見ていたら
きっと気が付かなかった事を
沢山、知る事が出来ました。

昔、心理を勉強していましたが
それは、机上の論理であって
血の通わない頭脳プレイでしたので
結局、自分のものには出来ませんでした。

どうしても掴みきれなかった深層心理も
ネットに出るようになって
曇ガラスに水をつけたかのように
ハッキリと物事が見えた時は感動ものでした。

これからも学びたい事は沢山ありますが
此処に留まり続ける事無く
オフラインで生きているのだという事を
再確認させられた思いでいます。

新たなる出発も視野に入れて
人生を楽しもうと・・・。

まだまだ、卒業の単位が足りませんので
もう少し勉強が必要かな?・・・(^^ゞ

2005年06月15日(水)



 
 今年も〜〜〜

またまたやって来ました誕生月
年齢を重ねるのは良いのですが
体力の衰えを感じざるを得ないのはちょっとねぇ。

この1年間で、何が変わったのか?
はっきりとは分からないのですが
友人が増えた事だけは確かです。

人間関係に愛着の弱い私が得た関わりは
これからの人生に於いて
きっと、とても大切なものになるのでしょうね。

誘われても億劫で行かない事が多く
お断りし過ぎて
友人と疎遠になってしまった事例は数知れずなので
少しは努力しないといけないかな?
本当に苦手で面倒なのですよね。

今年は友達年間と決めたのに努力を怠り過ぎで
我ながら反省・自戒の日々でしたが
ゆっくりとでも継続させる努力をしなければね
とにかく、これを脱却しましょう。

毎年、決め事をしていますが
今年も、いくつか決めました。
これを実行しなかったら
私は、もう人生を投げたものと判断し
自分を高めて行く努力は無理だと受容して
余生の如くに生きて行く覚悟を呑み込みます。

ですから、実行は死活問題として
真摯に取り組んで行くつもりです。

いろいろあるのです。

・ダイエット
・やるべき事は直ちに実行
・何事にも億劫がらない
・宙との関係の変化に着手(死守)
・相方と月に1度は会う
・私の親族との関係性の見直し
・相方の親族との関係性の見直し
・自分の分相応をしっかりと認識
・etc

まだまだ沢山ありますが
生まれ変わる最後のチャンスなのだと
頑なに頑張ろうと決めました。

・相方は戦友。
・友人は宝。
・人生は試練(飴と鞭)
・宙は道しるべ
・親族は愛を見つける学校

期待と楽しみで o(^▽^)o wakuwaku

2005年06月09日(木)



 
 信仰心

先月、OG会として
昨年度、お子さんが卒業された役員さんから
ランチのお誘いを受けたのですが
参加出来ない由の電話を入れさせて頂いた折に
宙の事や私の事情を少しお話しました。

今朝
その方から、お電話を頂いたのですが
信仰への、熱い思いを切々と話されて
私にも是非にとの説得を受けたのですが
先祖の因縁のような事を言われたりして
う〜ん( ̄  ̄;)因縁・カルマねぇーーー
と、俄かに 腰が引けてしまいました。

私としては少なからず関心のある世界ですし
宗教を全否定という方向性はありませんので
まぁ、因果は巡るという現象も
有るかもしない無いかもしれないなぁ〜〜
くらいの感想しか持てませんでした。

この宗教は
中学時代の友人が入信していた関係もあり
多少の御縁があったものですから
私なりに理解はしていても
入信する気にはなれませんでした。

ところが
私が大腿骨骨頭炎で入院する折に
その友人から
ある御題目を伝授して頂きました。

それを唱えながら患部を摩るのですが
不思議な事に痛みが和らいだ経験があるのです。

だからと言って
御利益信仰は気が進みませんでしたし
信仰とは、もっと精神的なものとの意識が強く
そういう意味では頑なだったように思います。

その後、信者では無い事もあり
その御題目を使用する事はありませんでしたが
その話を、その方にしたところ
それは、秘儀中の秘儀であって
信者さん以外の人が使用する事はご法度であり
それはそれは大切な宝物なので
それを安易に私に伝授した事が信じられない
と、仰られました。

(一。一;;)エー?そうなんですか〜?

こちらの事情を詳細に説明して
その事には決着はついたのですが
私の中には
ただただ疑問だけが残ってしまいました。

人類愛や博愛精神の観点から見れば
それ程に素晴らしい御利益があるのならば
総ての人に遍く無償で提供しても良いのでは?
なんて思ったりもしました。

とにかく
現時点では全く入信するつもりは無い事を
はっきりと伝えました。

電話を切った後
何故だか嬉しかったのですよねぇー
理由はともあれ
気に掛けて下さっていた事が・・・。

2005年06月07日(火)



 
 アファメーション

この言葉を知ったのは最近でした。

私は今も「未来日記」を書いているのですが
この未来日記は
どうやらアファメーションに近いようです。

「未来日記」の記述は−1− & −2−にあります。

精神世界系の本を読んでいると
よく、目にするのが
「人は自分が思うとおりの人になる」
と、言う言葉です。

想念が創造されて具現化する
簡単に言えば、そう言う事なのでしょう。

アファメーションをして強くイメージし
未来日記で肯定文として断定する事により
現実のものとなるのような気がします。

私は
それを知らずに取り入れていたのですから
人間の勘とは素晴らしいものですね。

自分自身を信じられなければ
それもまた1つの生き方なのでしょうが
悪いイメージを心に浮かべるよりは
ずっとずっと、良いように感じます。

人は努力によって幸運に近づいたり
良き出会いからはパワーを頂いたりと
何らかの動きの過程に於いて
結果が得られたりしますが
力を尽くし切った後に残るのは
想念だけなのではないでしょうか?

良いイメージを想像して
結果がよければ総て良しですよね。

2005年06月02日(木)



 
 ディープ・インパクト

先日の「皐月賞」は感動的でした。

ブッ千切りの疾走に唖然・・・凄い。
もうもうもう興奮してしまって
久々のシーター波・アルファー波??????
何を言っているのでしょうねっ・・・σ(^^@)

競馬には何の関心も無い私ですが
馬が好きで中継などは見る事があります。

そもそも、馬が可愛いなと思うようになったのは
獣医を志していた友人の影響であって
私自身は、動物より乳幼児の方が好き
最高の癒しは☆赤ちゃん☆
何は無くとも☆赤ちゃん☆
絶対絶対絶対☆赤ちゃん☆
他の追随を寄せ付けないほどの御執心です。

ところが
友人に連れられて馬場へ見に行くようになってから
物言いたげな優しくて可愛い目に(o^^o)
少しずつ慣れ親しんで行ったのでしょうか
好きになってしまったのですから分からないものです。

友人は馬の生まれ変わり??
と、思うほどに馬が好きで
現在、リタイアした競走馬の
余生のための支援活動を行なっています。

世の中には、いろいろな考えの方がいらして
使命感を持って命に畏敬の念を寄せ
せめて、1頭でも2頭でも幸せになって欲しいと
それこそ無償の愛を捧げて尽力されている
その方々を外側から経済的に支えているです。

友人は無欲で優しい人
意地悪という文字は彼女の中には
きっと無いのでしょうね。

私も頑張らねば
でも、なかなか近づけませんです。((´_` ) トホッ

2005年06月01日(水)
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