今日は未来の夫が仕事だったので結婚準備は、ひとやすみ。自宅で、まったり過ごした。と言っても午前中は自分の病院をハシゴして、午後から週間行事である食料の買出しに出掛けたので、それなりに活動的ではあったのだけど。
食事をしながら家族で『新宿24時』みたいな番組を観ていた。新装開店のホストクラブの取材を観て、乙女な母が溜息をつく。「すごいねぇ。お母さんには遠い世界だわ」と。その言葉には羨望の色が見て取れたので私は言った。
母が本当にホストクラブに行きたいのなら、還暦のお祝いの時に連れて行ってあげるよ。どちらにしても、何かしてあげようと思ってたし……と。
乙女な母は58歳。彼女が還暦の時には温泉旅行とか、そういう感じになるのかなぁ……と漠然と思っていた。だが、もしもホストクラブでサービスを受けるのが良いと言うなら私はいっこうに構わないのだ。わずか数時間で使おうが、数かけてで使おうが、出て行くお金には変わりがないのだから。むしろ、たとえ数時間でも気持ちよく過ごすことが出来るなら、ホストクラブもアリだと思った。
乙女な母は「そうねぇ…考えておくわ」と言ったけれど、たぶん彼女はそれを良しとしないだろう。私は存外本気なのだが。私の財力でも、その気になればホストクラブでドンペリの1〜2本なら入れられるだろう。流石にダースは無理だけど。
私はどちらかと言うと倹約家…もといケチンボだと思う。ユニクロの服を着て、お弁当を作り、安い牛肉にドーピングを施して柔らかく食べようとする節約女である。ブタさんの貯金箱に小銭を溜める人間だけど、必要なお金を惜しんだりはしない。だって、いる時はいるのだもの。慶弔に必要なお金を惜しむようじゃ女が廃ると言うものだ。外にいい格好をする必要はないけれど、自分達が愉快に生きるのにお金を惜しんじゃいけないと思う。
もっとも、しかし自分達の結婚式はケチケチだし、新居もケチケチでいこうとしている人間が言っても説得力は無いのだけれど。
だけどケチッったところは、どこかで使う。それが「どこか」ってのが問題なのだろうなぁ。20代に入ってから、数年前までお金の苦労がついてまわっていたので、どうも「お金の使い方」については思うことがあり過ぎるらしい。新居の土地から石油が吹き出てくれたら、どんなに愉快だろう……なんて馬鹿な妄想に浸りつつ
、今日の日記はこれにてオシマイ。
肩凝り&腰痛とお友達……って感じの今日この頃。新しいお友達が出来ました。
どうやら腱鞘炎になったみたいです。図面描きをはじめた頃は、肩凝りこそあったけれども、腰痛だの腱鞘炎だのとは無縁だったのに、寄る年波には勝てないようです。思えば……かつての職場にいた年上の相棒は、腰痛持ちで、腱鞘炎でした。気が付けば私も彼女と同じ年齢になっています。そう思えば、これもまた自然の成り行きと言えるのかも知れません。
通勤途中はたいてい本を読んでいるのですが、今週はいまいち活字が脳味噌に染み込んできませんでした。眠っていたり考え事をしていたり。そして、なんとか読み終えた1冊は軽くムカつくような話でした。3度の食事の次に本を読むのが好きだといっても、毎度当たりと出くわす訳ではないのです。来週に期待します。
今週は何かにつけ低空飛行だったけれど、唯一頑張ったと言えるのは1週間休まずにお弁当を作れたことでしょうか。まずもって自己満足の世界ですが「よし。今週はノンストップで作るぞ」と志を立てていたので達成できたことが嬉しくてなりません。自分の前に低いハードルを置いて飛び越えるのが好きです。そして、そんな自分を誉めるのは、もっと好きです。
焼酎のお湯割りでも飲んで、あったまりたいなぁ……と思うのですが、今日は焼酎どころかアルコールの一滴さえありゃしません。お酒の置いているコンビにへ行けばいいのでしょうが、寒さを押して出掛ける勇気など、ひとかけらもありません。
今日は意識して、いつもとは違う口調で書いてみました。理由は特にありません。とにかく明日は土曜日で、それが嬉しくてたまらないです。さて、そろそろ布団に入りましょう……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。
最近ノンストップで日記を書いていたのに2日続けてグウタラ休み。この日記をはじめて5年目に突入するが「今日は書くことが無いなぁ」なんて日は1日たりとも無かったように思う。「体調不良で書けない」「時間が無さ過ぎて書けない」「自粛して書かない」ってことはあったけど。
急に寒くなったおかげで昨日、一昨日は弱っていた。
寒いのが滅法苦手な性質で冬が来るたびに「冬眠したい」とか「南へ移住したい」と思ってしまう。今頃、山の動物達は冬眠準備のためにガツガツ食べているのだろうか……などと通勤電車に揺られながら目を泳がせていた。厚手のパジャマを引っ張りだしたら、襟首がビロ〜ンと伸びていたので通販で適当なのを注文。冬物のパジャマって案外と高いんだなぁ……溜息をついたり。みんな寒いのが、いけないのだ。
帰宅したら母の具合が悪いとのこと。我が家では土・日は私が食事の支度をして、余力があればウィークディの食料の作り溜めをしている。が、乙女な母も一応は「主婦」なので、ウィークディは彼女が作るとになっているのだが、彼女の体調が悪い時は勢いデリバリーもので済ますのが定番。そんな訳でウィークディはデリバリーものが多い食卓なのだが、今日は愚弟が食事の支度をしていて驚いた。
愚弟の用意した夕食は味の濃すぎる炒め物と、味の薄すぎるお味噌汁と、封を開けたら食べられるモズク酢だった。思えば愚弟は資格取得のスクールへ通っているものの、失業中なのだから、それくらいして当然と言えば当然である。が「子供は誉めて育てろ」ではないが「ありがとう。助かったわ」と誉め讃えておいた。
愚弟もちょっとは姉がいなくなる事に危機感を感じているらしい。働かないアリから働くアリへとシフトしていくのも悪くないと思う。人間も状況に合わせて変化していかなくては。
「明日も順調に寒いのだろうなぁ」と思うと、ちょっぴり憂鬱だけど、頑張らなくちゃね……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。
今日は結婚式の打ち合わせの後、新居で使う家具を見に行ってきた。前日、あちこち採寸していたので、寸法と照らし合わせて家具をチェック。なかなか思うようなものが見つからなくて、家具選びって難しいなぁ……と実感するの巻。
かつて…ハウスメーカーの図面描きをしていた頃、窓の高さから家具の置く位置を計算して描かれた図面ばかりを目にしていたので、家というのは「物を置く」ということを前提に造られていると信じて疑わなかった私だが、今回は、自分の見解の狭さを思い知らされてしまった。私達が購入したのは築35年の小さな家だ。しかも前のも持ち主さんが、心の赴くままに改装に改装を重ねた逸品。食器棚ひとつ置こうとしても寸法的に困った感じ。窓の大きさ1つとってもJIS規格なんて別世界の出来事のようで、一時が万事イージー仕様。
流石は築35年の中古物件。年季が違う。味わいの深さも半端ではない。
自分の思うようにはならない家だけど、これもまた楽しいかなぁ……と思っている。生活していくうちに、きっと自分の使い勝手の良いようになっていくだろうし。今、私が暮らしている長屋だって、引越ししてきた当初は何かと使い辛かったもの。
お洒落ぢゃなくてもいい。居心地の良い家になってくれれば。
そんなこんなで、家具の寸法リストと、予算と睨めっこしつつ新生活の準備をしている。なんだかちっょとシュミレーションゲームに似ているかも。『シムシティ』にハマッた日々が懐かしく思い出されたりて。もっとも今回は現実生活の話なので「リセットして最初から」って訳にはいかないだけに、慎重にことを運ばねばならないのだが。
新生活に向けての準備は楽しいのだが、週末が2日とも用事で潰れてしまうのは正直キツイ。まるっと1日でいいから、のんびりしたいなぁ……と思ったりする。肩も腰もギシギシのバシバシ。中古の家に住もうとしている私も、中古でガタが来ているらしい。まぁ、しかし中古なりにやっていきましょうかね……ってことで、今日の日記はこれにてオシマイ。
今日は未来の夫と新居改築の打ち合わせへ。
築35年の新居に午前11時集合。未来の夫は夜勤明け(仕事がWEB管理なので定期的に夜勤が入る)だったので、朝から可哀想だと思うものの、期限が迫っているので、どうしようもなく。今日は工務店さんだけが来るかと思っていたらば、不動産屋さんも一緒に来ていた。工務店さんと長年の友達だから気になるのか、それとも自分が係わった物件だから気になるのか。こう何度も会っていると、無愛想な人でも愛着が沸いてくるから不思議である。未来の夫は、彼らに田舎から送ってきたという柿とミカンをお裾分けしていた。なんかこう……こういう関係って、いいなぁ……と思った。
工務店さんに新居の鍵を渡して打ち合わせ終了。私達は改装が済み次第、家具を買わねばならないので、それに備えてメジャー片手にあちこち採寸。実際に採寸してみて、曲がり階段から家具が入るのか…という問題について頭を抱えた。何しろ新居は築35年。何かにつけて昔仕様なのである。
1人暮らしをしている未来の夫は改装が住み次第、一足先に引越ししてくる予定。「引越しまでに家具が揃わないかもねぇ」と話をしていたら「大丈夫。ベッドが来るまで、俺、押入れに布団を敷いて寝るから」と未来の夫。しかも、非常に嬉しそう。
「これを機に、子供の頃あこがれた『押入れの中で、どらえもんみたいに寝たい』って願望を実現させたいって思ってるんでしょ? そんなことはお見通しだ!」と言ったら、未来の夫は大笑いしていた。どうやら当たっていたらしい。未来の夫の夢を叶えるべく、ベッドの搬入は遅らせよう……と密かに思った。
そして私は未来の夫が、あれこれチェックをしている隙を見計らって、子供の頃にあこがれた
『おしいれのぼうけん』の世界を堪能しようと、何もない押入れに入って悦に浸った。押入れって、いいよなぁ。あの、狭くて暗い空間には、夢と妄想がギッシリと詰まっているように思う。
明日は結婚式の打ち合わせ。2人して、やる気なさなさ。新居の準備は心が弾むが、結婚式の準備は面倒臭くてかなわない。が、しかし、やらねばならぬこともある。明日も頑張ってまいりましょうかね……ってことで、今日の日記はこれにてオシマイ。
コタツを出してから駄目人間になってしまったように思う。細木数子なんて大嫌いなのに、コタツで寝そべって彼女の出ている番組を観てしまった。乙女な母は、なんだかんだ言って細木数子が好きみたいだ。私と彼女の趣味はトコトン合っていないらしい。テレビの声を子守唄にして、うたた寝しつつ今日の出来事を反芻。
職場で「既婚者を恋愛対象としてみることがあるか?」という話題で盛り上がった。結論から言うと私はキッパリとNOである。だけどCADの相棒(既婚者)は、相手が既婚者でも恋愛対象として見てしまうのだとか。だからってCADの相棒が不倫をするかというと、そう言う訳ではないらしいのだが、そのテの感覚って、人それぞれなんだなぁ……と感心してしまった。
私の場合、お付き合いしている相手がいる時は、その人以外の人間を見ないようにしている。ふと過去を振り返ってみても別れの原因に「他の人が好きになったから」ってことは1度も無かった。「相手のことが嫌いになった」とか「テンションが下がってきた」とか「飽きた」なんて酷い理もあったけれど、少なくとも「付き合いましょう」と宣言した相手がいる時は、余所見をしないのが信条だった。
「相手しか見ないようにしていたけれど、うっかり恋に落ちてしまった」って人を非難するほど野暮ではないが「いつも恋していたい」ってノリにはついていけないものがある。もしも…心の奥がチリチリすることがあったとしても知らんぷりするくらいの誠実さって必要ではなかろうか。それが出来ないってことは、お付き合いしている人とも、心を寄せている人とも、ちゃんと対峙していないのではないか……と思えてならない。その辺の融通の無さが色気の無さに通じているのだとは思うのだけど、こればかりは性分なのでどうしようもなく。
それにつけても、周囲の人からこういう話を聞くのって、けっこう楽しい。自分の常識が世間の非常識だったりすることも多々あり。
明日は朝からまたしても新居の改装打ち合わせ。おそらく明日で打ち合わせ終了。まだまだ、することは山盛りだけど形になりつつある今日この頃。さてとお風呂に入って、寝るまでの時間はコタツに入って本でも読むか……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。
今日は、どうしても整骨院へ行きたかったので定時ダッシュ。
帰り道に和菓子屋さんで栗大福を買い、整骨院へ。自分では全く気付かなかったのだけど、肩が凝り過ぎて首が曲がらなくなっていた。身体が柔らかいのが自慢だったのに、いつの間にかたくなってしまったのやら。針治療をしてもらったのだけど、随分と残っている感じ。
針治療をしてもらいながら、あれこれと今後のことを考えていた。
結婚後も今の職場で続投する話は、まずもって決まりそうな感じ。年下の社員さんに「フレッシュさんが来なくて申し訳ないなぁ」と冗談半分で言ったらば「僕は自分が楽できるから、むしろ歓迎です」と返された。そして「僕達も協力しますから大丈夫ですよ。みんな最初のうちは遠慮して無理な仕事をふりませんから!」とも。ちょっと、坊ちゃん。「最初のうち」ってのは一体? 残業無しってことで居残りを決めたのだってことは忘れないでいただきたい。「もしかして私は騙されてる? 女心を持て遊びやがって!」と言ったら、ワハハと笑って誤魔化されてしまった。
……やっぱり騙されてるのだろうか? 騙されてるのかも知れない。
まぁ、しかし周囲の人が続投を喜んでくれるのは嬉しい限り。仕事を辞めるのはいつでも出来るのだし、ここは流れに乗ってみようと思う。最初から無理だと決め付けることもないだろうと。毎度のことだが最後の最後でケセラセラな結論を出してしまうのは、良いのだか悪いのだか。
夕食後、栗大福を食べた。薄い求肥に餡子ギッシリ。大きな栗がまるごと1個。自分の好みにしっくりとくる味だった。秋のお菓子を、あれほど恋焦がれていたくせに「秋らしいお菓子」を、ほとんど食べていない。冬が来るまでに、ちゃんと味わいたいものだ……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。
同じ年の上司…仕事も気配りも出来るパーフェクト社会人「食パンマンさま」がご自慢の逸品を持ってきてくれた。めずらしく年齢相応の笑顔で「約束のブツを持ってきました」と渡してれた紙袋には北条司『エンジェル・ハート』16冊が入っていた。
食パンマンさまは学生時代『シティ・ハンター』が好きだったらしく、最近続編が発売されているって知って、大人買いしちゃったとのこと。いつもスマートに仕事をこなし、隙を見せない日常とは、ちょっぴりかけ離れた行動に、思わずニヤニヤしてしまった。「私も『シティ・ハンター』大好きだったんですよ。続編が出てるのは知ってましたけど、まだ読んでなくて」と話をすると「じゃあ、貸しますよ」と早速持ってきてくれたのだった。
あぁ……だけど食パンマンさま。16冊いっきに持ってこられても、持って帰るのが大変です。が、もちろん、そんなことを言えるはずもなく、丁寧にお礼をいって大阪の北都会地方から、南田舎地方へと持って帰ってきた。
しかし「大人買い」っていいよねぇ。私自身「大人になって良いことってなんですか?」と問われたら「大人買い出来ること」と即答してしまうタイプだ。生まれてはじめての大人買いは食玩の『永井豪の世界』だったか、長編漫画のいっき買いだったか。大人買いは大人の醍醐味だと思う。
だが、しかし我々大人は「大人買い」という言葉の響きに惑わされてはいけない。「大人買い」と聞くと大人ための大人の行動……のように聞こえるが、よくよく考えてみれば、いい年した大人がムキになって、何かを買い漁ったり、買い占めたりするだなんて、かなり大人げ無いような。
だけど私は「大人買い」をしてしまお大人が大好きだ。なんかこぅ…愛しく思われてならないのだ。生きることのほろ苦さを知っている大人が、あえて愚行に走る姿は、健気でもあり可愛らしくもある。
そんな訳で今日から、寝床のお供は『エンジェル・ハート』になりそうだ。ちょろっと目を通してみたが、なかなか面白そうなので楽しみである。早くお風呂に入って読まなくちゃ……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。
2005年11月08日(火) |
流されてしまいそう… |
来年2月に結婚を控え年末には退職。結婚後も働くだろうけれど、地元でまったりとした職場を探し、嬉し恥ずかし新婚生活。なんて妄想していたのだけれど、のっけから躓きそうな気配が……
結婚後も今の職場で働くことになりそうです。
大人の情事……ではなく事情ってヤツです。自ら蒔いた種が芽を出してしまったので、なんだか嫌とも言い難く。私の後任は人員増で、私のしている仕事がに2名体制になるのですが「2名体制になるなら、白蓮さんが結婚しても勤まるのでは?」なんて流れに。後任者の1人は私が推薦した別部署の派遣社員で、図面の仕事とそれ以外の仕事を分ける提案したのも私でした。ま、そんな提案をした時は、2名体制になるなんて知りませんでしたし、私自身は辞める気満々で、話が自分に戻ってくるとは思ってもいませんでした。
「白蓮さんが続けてくれるなら定時を早めて残業無しで契約しましょう」だなんて、ありがた過ぎる申し出です。今の職場は大好きなので、そこまで譲歩してくれるのはありがたく嬉しいのですが「結婚したら、しばらく遊ぶぞ」と、怠けるつもりでいたので、微妙な心境です。
なんだか凄い勢いで話がすすんでいて、このままでは流されてしまいそう。
「せっかくだから流れに乗ってみるか」と思ったり「いやいや、それはどうよ?」と思ったり。悩ましい限りです。まぁ、しかし幸せな悩みであることに間違いありません。とりあえず明日は整骨院へ行ける時間に帰宅したいと思います。嬉しいやら、困ったやらで頭を抱えつつ今日の日記はこれにてオシマイ。
『切り絵をしよう』と思い立ち、紙を買ってきたというものの、まったく手をつけないまま、かれこれ半月が過ぎてしまった。手の届くところにカッターナイフがあるというのに下絵さえ描いていない。紙を買った事で「いつでも出来る」と思っちゃったのが失敗だったのだろうか。なんだかなぁ……って感じ。
そう言えば発売当日に買ったゲームもプレイしていないし、発売されるのを待ち望んでいた
『プリンセスメーカー4』にいたっては、購入さえしていない。あの、熱くたぎっていたゲーマー魂はどこへ行っちゃったのだろう。「秋のお便りを書こう」と思ったのも実現できていない。このままでは秋のお便りどころか、クリスマスカードも怪しいような気がしてならない。
「忙しい」を言い訳にしたいところだけれど、時間なんてその気になればいくらでも作れるものなのだ。30分、1時間の使い方を見直すだけでも、色々なことが出来ると思う。それなのに、コタツに足を突っ込んでゴロゴロしながら読みかけの本だの、すっかりハマってしまっている『きょうの猫村さん』だのを読みつつグウタラ過ごしちゃってりしているのだ。
たぶん今は「グウタラモード」なのだと思う。なので、しばらく余暇は頑張らずにグウタラして暮らそうかと。グウタラに飽きたら、ちょこまか動きたくなるだろうし、あるいは用事が山積になり過ぎて、お尻に火がついたら奮起するだろう。
そんなこんなでピリッっとしない今日この頃。仕事だけは、きっちりこなさなきゃなぁ……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。
本日は買い出しDAY。
ユニクロにて2枚1500円のフリースなど。30代ともなれば、もうちょっとマシな服装をして「いい女」を目指したいところだが、懐の都合上、ユニクロとは縁が切れない感じ。昨今は「いい女コンプレックス」とでも名付けたいほど「この年代は上質のものを身につけてお洒落な大人にならなきゃね」みたいなノリが強迫観念のように、あちこちで目にするような気がする。私としては、むしろ「いい女」になるよりも「安楽に愉快に過ごす」ってことに焦点を合わせたい。「いい女」って評価は、後からついてくるような気がする今日この頃。
ブックオフの105円コーナーにて有吉佐和子『夕陽丘3号館』を購入した。運命の出会いといっても過言ではない。ずっと探していたのに見つからず(そこそこの値を出せばあったのだが)やっと手に入れたのた逸品。これで正真正銘コンプリート。もう有吉佐和子フリークを名乗ってもいいかも知れない。
自分の用事のあとは、食料&日用品の買出しなど。買出しに出るたび「私が家を出たら乙女な母と愚弟は上手く暮らしていけるのだろうか」という心配が吐き気のように込み上げてくる。しかしながら私も超人ではないので、出来る事と出来ない事がある訳で「可哀想だけど2人で頑張ってもらわないとね」とも思う。
1時間ほどコタツで昼寝。夕食は豚肉の水炊き。菊菜が高かったので、小松菜で代用したのはご愛嬌。まずまず美味しかった。
「うぇぇっ。明日らか1週間働かないといけないのか」と思うと憂鬱で仕方が無い。「いい女」からは程遠い日々。スポイルされて、ヨレヨレのボロボロ。ま…しかし、あれこれ用事が片付いて良かったな……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。
2005年11月05日(土) |
改装の打ち合わせなど |
今日は新居に午前9時集合。
家を世話してくれた不動産屋の親父と、業者さんと改装の打ち合わせなど。家を買うのも初めてなら、改装するのも初めて。本を読んだり、ネットで調べたりして業者さんを探そうかとも思ったのだが、長い付き合いをしたいので地元の業者さんが良いだろうと、不動産屋の親父に「信頼出来る業者さんを紹介してください」と頼んでいた。初顔合わせの業者さんは60は軽く過ぎたであろう年輩の男性。不動産屋の親父とは35年来の友人とのこと。
業者さんと家に入って、あれこれ打ち合わせ。サービス業にしては無愛想で、とっつき難い不動産屋の親父が、親身になって家をチェックしてくれたのには驚いた。素人の目には気付かないところに目がいくあたりは流石プロ。私も一時期住宅図面を描いていたので多少の知識はあるものの、この道30年以上のベテランを前にしては赤子も同然。不動産屋の親父は「ワシの家じゃないんやけどな…」といいながれ、あれこれ教えてくれて畳の表替えランクまで「この辺にしとき」と決めてくれた。
寝室にしようと思っていた2階の和室の畳は痛みが酷くて、畳床から変えないといけない……と聞いたので、思い切って「あの…フローリングにするとお金掛かっちゃいますか?」聞いてみたらば、畳を全部交換するより安くつくとのこと。壁や天井の張替えの分だけ、お金が余分に掛かっちゃうけれど、洋室にしたら憧れのベッドが置けるではないか。「じゃあ、洋室にしてください」と言ってしまった。しっかり者の現実主義者という看板を下ろした方がいいかも知れない。
見積もりは後日提出してくれるとのこと。金額によっては諦めなければいけない部分が出てくるかも知れないが、まずは一歩前進。
打ち合わせの後、結婚指輪を探しに大阪市内へ。予算の都合上、婚約指輪は買わないのだけど「売約済み証明」としての結婚指輪はいるかな……ってことで。何軒か見て「これなら良いかな」と思えるものがあったので、速攻で決めてしまった。私らしからぬ派手目のデザイン。ま…しかし未来の夫と私がどちらも似合うのが、そのデザインだったのだから致し方なし。ヲタクらしく日本橋をぶらつき、新世界のジャンジャン横丁で串カツを食べて帰宅。
朝から晩までのお出掛けは流石にハード。人酔いしてクタクタ。だけど、用事が2つも進んで嬉し限り。こうやって少しづつ形になっていくのは、なかなか楽しいものでありまする……ってことで今日の日記はこれなてオシマイ。
CADの相棒の誕生日に
『きょうの猫村さん』をプレゼントした。CADの相棒は漫画好きの人で、何かにつけて漫画を貸してくれるのだけど、私とはまったく趣味が合わないらしく、彼女の貸してくれる漫画はことごとく私の好みに合わない。なので『きょうの猫村さん』は、彼女の趣味に合わないかもなぁ……と心配していたのだけど、どうやら気に入ってくれたらしい。翌日、熱い語りを聞かせてくれた。
「貰ったからって訳じゃないけど、あなたが猫村さん思えてしょうがなかったよ!」
……微妙。私は『きょうの猫村さん』にハマってはいるけれど「猫村さんに似ている」と言われて嬉しいかというと即答し難いものがある。猫村さんは、愛らしい猫家政婦で、なかなか素敵な猫だけど、なにぷん「おばちゃん」だからなぁ。しかし、私もそろそろ、おばちゃんキャラが馴染むお年頃なのもこれまた事実。やはり年下の同僚に、ヤクルト買ってあげたりしちゃうところが「猫村的」なんだろうか。リボンを結ぶのが下手くそで、うっかり縦結びにしちゃうところは似ているけれど。
そりゃそうと私の後任は2名入ってくるらしい。ただでさえ人手不足なので、これを期に……ってことのようだ。2人に引継ぎをするなんて初めてだから、引継ぎがスタートするまでに準備をしなきゃいけないなぁ……と思いつつ、今のところは手付かず状態。来月から引継ぎスタートなので、それまでに、なんとかしなくては。
今週は休みが間に入ったというのに、やけに草臥れているなぁ。明日は業者さんに会って新居のリフォームの相談など。しかし「午前9時集合」ってのは厳しすぎる。お年寄りの朝は早いらしい。私も早く寝なくては……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。
今日は1日ぐうたら過ごした。
昨日の現場は、今まで行った中でもかなり厳しい物件で、屋上へ昇るのも大変だったせいか、朝起きてたら肩と太腿がパンパンに張っていた。整骨院の営業日なら針を打ってもらうのになぁ……と思いつつ祝日は休診。明日はきっと図面化に追われて整骨院の診療時間には帰れないだろうと涙しつつ、布団の中でいつまでもグズグズしていた。
結婚を前にして、休みのたびに「新居の準備」とか「結婚式の準備」に追われつつ、その合間をぬうようにして、友人や親戚に報告したりと多忙を極めていたので、未来の夫と合意の上で「今日は合わないでゆっくり過ごそう」って運びになったのだが、なんちゅ〜か。1日中寝てばかりいた。寝坊して、昼寝して。
今日、私がしたことと言えば、洗濯と昼食の準備&片付け。そしてコタツ布団を出しただけである。夕食は近くの焼き鳥屋さんで済ませてしまった。極めて自堕落な1日である。が、しかしグウタラ過ごす日も必要だと思う。夜になって未来の夫と電話で話したが、彼もグウタラしていらしい。「三十路だし頑張りきかないよね〜」とて、駄目っ子モード炸裂。
コタツ布団を出して日本人に生まれた幸せを満喫した。
日本の冬はコタツだよね……と思う。ひと冬を過ごすうちにコタツ布団が汚れていく過程も「その家族の歴史」って感じがする。特別なことをしなくても、コタツという媒体によって、複数の人間が同じ時間と空間を共有するってことが尊いぢゃないか。コタツの暖かさは、心もあたたかくしてくれる気がする。
さてと。明日はもう1日働かなくては。何かにつけてバタバタだけど張り切ってまいりましょうかね……ってことで、今日の日記はこれにてオシマイ。
哀しいという感情は他の感情とは較べ難い、極めて異質な物ぢゃないかな…と思う。
たとえば……だ。自分以外の親しい人が「楽しい」とか「嬉しい」って感情を満喫していたとする。親しい度にもよるのだが、自分に起こった出来事でなくても比較的簡単に「我がことのように嬉しい」なんて感情移入が出来るんぢゃなかろうか。これは「怒り」も同じだと思う。テレビやなんかを観て見ず知らずの他人の不幸に熱い憤りを感じるのは、やはり自分以外の人間に共感しているからだと思う。
ところが「哀しい」という感情は、その他の感情に較べて共感しにくいような気がする。たとえば友人に哀しい出来事が起こったとする。「可哀想になぁ」とか「言葉もないわ…」なんてくらいは思えるけれど、それを「我がことのように哀しい」と思えるかと言うと、そんなことは不可能なのだ。だけど「哀しい本を読んだりTVを見て泣くこともある」と言いたいところだが、それは自分自身にその出来事を重ね合わせ、自分に降りかかる哀しみとして自己陶酔しているだけではないかなぁ。
人は哀しみ無力だなぁ……と思わずにはいられない。それを回避する術もなければ、上手くあしらう術も知らない。それどころか、自分以外の哀しみに大しては、残酷なまでに鈍感なのだ。結局のところ人間は根っこのところで「自分が1番」なのだと思う。だから他人の哀しみに対して、真の意味で共感さえ出来ないんじゃなかろうか。
他人の哀しみを前にして、冷淡で無力な自分に愕然とすることがある。
その感情に共感することは出来ないまでも、想像力を最大限に働かせて行動する…ってことが優しさなんだろうか。本当の優しさってなんなんだろうなぁ……と、思春期の高校生のような青臭いとを考えてしまった。
話はまったく変わるけれど、今日はまっこと草臥れた。朝早くからかなり田舎にある現場に出かけて、大きな工場の屋根に昇った。刺激的だったがクタクタである。明日は思う存分寝坊をしよう……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。
自殺現場を見て気持ちがアップダウンしたおかげで、ふとしたことに気が付いた。
私は来年の2月に結婚を控えているのだが、33年も生きてきて、いまだに「燃え上がるような恋」というものを知らずにいる。未来の夫とは6月に出会ったばかりで、世間的にはスピード婚だと思うのだけど一目惚れではなかった。その上「枕で涙を濡らした夜」なんてのも経験がないし、結婚を控えて気持ち的に盛り上がってはいるものの、巷に溢れるドラマティックな恋人達のことを思えば比較的、淡々とした交際だと思う。
「じゃあ、なんで結婚しようと思ったの?」と問われたら「好きだから」って説明するのが妥当なのだと思うけど、たぶんそれ以上に「なんだか分からないけど、この人となら結婚してもいいな」と感じただけなのだと思う。
しかし今回、未来の夫が「自殺しようとしてた人は助かってた」ということを教えてくれて、ふと気が付いた。自分のことを、いつも気にかけてくれる人がいる…って、ありがたいなぁ……と。
ずいぶん前に、この日記で「自分はずっと、誰かの2番目の存在として生きていくのかな」と嘆く文章を書いたことがあるけれど、少なくとも今は「誰かの1番」になっている訳で。単純なことではあるけれども、私には奇跡的な出来事のように思えてならない。
自分のことを大切に思ってくれるのが嬉しいと思う。そして私も彼と、これから築いていく新しい生活を大切にしたいと思う。今回の出来事では、嫌なことを思い出したりして、1人勝手に凹んだけれど、自分を振り返る良い機会だったのかも知れない。
……などと、珍しく惚気話を書いてみた訳だが。明日は遠く現場に出掛けるので、恐ろしく朝が早いのだ。早く寝ようと思うのに、夕食の後片付けもしていなければ、お風呂にも入っていない。PCで遊んでいる場合ぢゃない
のである。さっさと用事を片付けねば……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。