白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

目次過去未来

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当日記は移転しました。下記で更新を続けています。
引越し先 白い木蓮の花の下で


2002年01月31日(木) 大人にならなきゃなぁ……

いま、私が派遣されている職場では
PCのネットワークを利用した
「ちょっとした息抜き」密かなブームになっています。

机に「メモ」を張るようなノリで
相手のPCの画面上に「メモ」を張れるフリー・ソフトがあるのですが
表情付きのキャラクター型のメモで
メールよりもずっと手軽に使えることから
私の周囲の「PC好き若者チーム」の間で
眠気冷まし代わりに、愚痴の言い合いにと、何かと重宝しています。
↑もちろん、業務連絡にだって使えます。
気になる方は「ぺたろう」で検索してダウンロードしてみてください。

「○○様邸の図面仕上がりました〜♪」とか
「ちょっと、ひと息入れてお茶にしよっか」とか

別に「口で言えばいいぢゃん」ってなことを
わざわざ書いて送ったりしています。
仕事中に、突然、キャラクター・メモが届いたりすると
ちょっとした眠気冷ましになったりして、大好評だったりするのです。

で。

今日は、そのキャラクター・メモで、とんだ赤っ恥をかいてしまいました。
私の仕事は「忙しくて終電」なんて時もあれば
「暇で何もする事のない時間」があったりして
自分のペースで仕事ができない「お客様あって」というポジションなので
暇な時間が出来た時は、ネットで遊ばせてもらったり
相棒のCADオペレーターにキャラクター・メモを送り付けたりしています。

………赤っ恥と言うのはですね。
相棒のCADオペレーターに送るはずのものを
社員の設計士、23歳のTさんに送ってしまったのですよ。
内容は、こんな感じ↓

あ〜〜もぅ眠くてたまらんわぁ〜〜
仕事あるけど、知れてるしさぁ〜〜〜
なんか、やる気なくてさぁ〜〜

相棒だからこそ、こぽした愚痴を
社員の……しかも6つも年下の若者に送ってしまうなんて。
なのに23歳の爽やか青年は律義に「お返事」をくれたのですよ。
内容はこんな感じ↓

白蓮さ〜ん
そんなこと言わんと
頑張って仕事してくださいよ〜〜

……こりゃぁ、もう「赤っ恥」もいいところです。
いっぱい仕事かかえてる人に「やる気ない」とか書いちゃうなんて
「赤っ恥」と言うより、むしろ「人でなし」って感じです。
しかも弟より年下君から
「頑張って仕事してくださいよ〜〜」と言われるなんて
こりゃぁ、ちょっと派遣社員として、どうかな? って感じです。
相手を間違って送っちゃったことはTさんに伝えましたし
Tさんは「いやぁ。俺もそんな時ありますよぉ」と言っておられましたが

あぁぁぁぁ。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしいったら。恥ずかしい。

悪意のある失敗ぢゃなかっただけ、良かったと言えば良かったのですが
もうすぐ三十路だというのに、立派な大人だというのに
まったく、もって、なんてこったい!!
大人にならなきゃなぁ。
お給料もらってるんだし、もうちょっと仕事にも責任持たなきゃなぁ。
悪意が無かったって言っても、そりゃあかんやろ。

ちょっと反省してみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年01月30日(水) 手術日和(?)

今日は、とてもいい天気だった。
そして「乙女な母」の足の手術日だった。
手術日和とは、こんな日のことかなぁ
……と思う朝だった。

乙女な母が足を悪くしてから、はや数年の月日が過ぎた。
過去に2回手術をして、今日は3回目の手術。
手術と言っても2年ほど前に埋め込んだ足の金具を取る手術で
なんと「局部麻酔&日帰りOK」という比較的楽チンなもの。

私は朝から大量に「おでん」を作った。
今日と、明日と、明後日の夕食用。
冬場は「大量に作って続けて食べる」って技が使えるのがありがたい。
ちなみに、これは、ちよっと自慢なのだが
私の作る「おでん」は超・美味い。
↑「おでん」を作る人は皆、そう思っているのだろうけれど。

午前中、内科の診療のある母と、左手の診察のある愚弟は病院へ。
私は銀行でお金を下ろし、食料の買出しへ。
炒めるだけで出来るスパゲティ(これは昼食用)だの
3時のおやつにつまめるお菓子だの
お弁当のオカズになるようなものだの
「冬ごもり」ができるよう、どっさりと買い込む。

昨日の「鍋の残りのだし」で雑炊を作って昼食(母は絶食)
昼食後、母を連れて病院へ。
「病院」だの「入院」だの「手術」だのって言葉が
なんとまぁ、すんなりと自分の身体に溶け込んでいることかと苦笑する。
病人や怪我人の付き添いなら、まかせてチョンマゲってなもんだ。
私、その辺の段取りは「おばちゃん」並に手練だと自負している。
日々、慎ましく暮らしているので「金使い」は荒くないが
「医療費」の使いっぷりは、ちょっと自慢できるかも知れない。

帰宅後、母はちょっぴりお昼寝。
私はPCで遊んだりしながら、ふたたび「おでん」に火を入れる。
「おでん」が完成したところで、母を起こして夕食。
電熱鍋に、じっくり煮込んだあったか「おでん」
しばらくは禁酒生活となる母を尻目に
私は安物の日本酒を1合ばかり。
この辺のデリカシーのなさ「おっさん」並の「ふてぶてしさ」だと思いつつ
一応、一家の大黒柱ってことで勘弁してもらう。

夕食後、母就寝。
なんとなく、くたびれちまった1日だった。

明日から、私はまた仕事色の日々。
母は1週間ばかり消毒に通院(送迎は愚弟が担当する)
母が落ち着いた頃には弟の再手術だろうか??

てやんでぃ。まとめて、かかってきやがれ!
↑何故か江戸弁。私は上方の人間なのに。

そんなこんなで今日の日記はこれにてオシマイ。

<追記>
どうでもいい話だが「おでん」の具材は大根が1番好きだ。
ナンバー2は「魚河岸揚げ」かな♪「おでん」は偉大な食べ物だと思う。

「魚河岸揚げ」とは豆腐と白身魚で作った「つくね」のような食べ物で
フワフワの食感がたまなくイイのだ。ちなみに製造元は「紀文」


2002年01月29日(火) つらつらと綴ってみたり想ってみたり。

ふと……ここ数日に書いた日記を読み返してみると
なんとなく「入魂」というか、なにやらリキミまくっていて
自分自身が書いたものなのに妙に照れくさかったです。

そんな訳で今日は力を抜いて「つらつら日記」

本日は休日だったので、たっぷり寝坊。
ネットを繋いで、メールを書いて昼食後は昼寝。

起き抜けに職場の同僚(夢見る建築士Kさん)が貸してくれたCDを聞く。
『パット・メセニー・グループ イマジナリー・ディ』が本日のBGM。
見た目もお洒落なら、曲そのものもお洒落な1枚。
日記ネタにしたりして、観察日記りようにしているKさんなのだが
以外と趣味いいんだなぁ〜〜と感心する。
↑それなのにKさんの「妄想家族」の話の続編を書こうと思っている私。
CDは愉快な妄想家のKさんっぽくない(失礼な言い草だ)大人の雰囲気だった。
プランデーとかウィスキーをかたむけながら聞く…ってのが似合いそうな。
↑Kさんは、お酒が好きでなく、だから妄想の〆はいつもコーヒー(笑)

ちょびっと読書。
『堕落論』 坂口安吾 集英社文庫など。
こんな名作を今まで読み落としていたとは驚きだった。

我々に大切なのは「生活の必要」だけ……という一節が心に残る。
伝統的な神社仏閣が潰れても困らないが
電車が止まると、たちまち困る……という説。
私は「古いもの」や「文化的な物」が大好きなのだけれど
妙に納得してしまった。

夕食は鍋にする。豚肉と野菜を水炊きにして、あっさりとポン酢で。
鍋だというのにビールものまずに、黙々と食べた。
昨夜、残業の後で「若者有志による親睦会」にて飲んだので
2日続けて、飲むのはひかえることに。今年の目標は節酒だし。
明日は早起きしなくちゃいけないし。

乙女な母は明日、足の手術を受けるのだ。
足に埋め込んでいた金属を引き抜く手術で
手術といっても入院せずに、外来で出来る簡単なものらしいが
傷が塞がって安定するまでは、ちょっとバタバタするだろう。

身体の傷は「切ったり、繋げたり」で治すことができるが
心のヒビは「切ったり、繋げたり」で治すことができない。

昨日「生・知人」から届いたメールを読んで色々考えしまった。
で、もって「生・知人には公開しない」と堅く決意していた日記を
2人の「生・知人」に教えることに決める。

「祖母が自殺したこと」とか内緒にしてあったことも書いてあるので
ちょっと反応が心配だったりするのだけれど
信頼している2人なので、大丈夫だと思う。

それより何より「すぐに方針変えちゃうってどうよ?」と思う私。
最初の頃は「ネット知人にも教えない」とか思っていたのに
あっさり、その所在を知らせてしまうし
↑結果的には良かったと思っているけれど。
その上、今度は「生・知人には知らせない」という方針を変えるし。

でも、まぁ、それも私らしくって、いいんぢゃないかな♪

などと開き直ったてみたところで
今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年01月28日(月) 快楽の追求は文化でもあり生殖の掟でもある。

『バイブを買いに』 夏目鈴子 角川文庫 を読んだ。
↑日記のタイトルにしたかったのだけれど
 煽りっぽいタイトルなので躊躇しちゃった小心者の私です(苦笑)
……とか言いながら、充分、煽ってるタイトルですか??

「題名は露骨だけれど、なかなか味わい深い良い作品だよ」
……なんて噂を聞いてトライしたのだけれど
私の心にはイマイチ響いてこない1作だった。
良くもなく、悪くもなく……といったところ。

だったら、わざわざ日記に書くこたぁないか。

そう思ったりもしたのだけど、非常に丁寧に書かれた作品だったし
私の好みではなかったが、考え深い部分が多かったので
やっぱり日記に記しておこうと思う。

『バイブを買いに』は短編集で主人公は全員、大人の女性である。
ひと言で説明するなら「恋愛小説集」なのだと思う。
題名と表紙はキワドイが、内容は、それほどキワドクもなかった。
読書家の間では評価が高いようだが、私は「まぁまぁ」の部類だと思う。

ただ「性」についての描かれ方は
作者が女性であるがゆえに「女性」らしい感覚で好感が持てた。
「女性の性」に対して、勘違いしている男性がいたら
読ませてやりたいと思う1冊だ。

短編集の後半は、同一人物が主人公の連作形式になっていて
異性間で「セックス」をしたら必ず考えなければならない問題である
「妊娠」を軸にしてストーリーが展開されている。
産婦人科の描写、中絶する女性の哀しみ、新しい生命の喜び……
セックス」の後につきまとう一連の出来事が生き生きと描かれていて
私は、ますます「男性に読んで欲しい1冊だ」と思った。
テーマは重苦しいがサラリと描かれていて
なおかつ、作者の優しさが、チラホラ見え隠れするので
するすると心の中のは行っていくような作品だった。

私は女性が弱い生き物だという考えは持ちあわせてはいないのだけれど
こと「異性間のセックス」に対してだけは男性の心配りが欲しいと思う。
セックスは快楽の源だけど、もともとは繁殖するための手段なのだから。

セックスを快楽にまで高めた人間の文化って素晴らしい!
……と思うと同時に
勘違いしてる人も多いんぢゃねぇのか?
……と思ったりすることも多い。

未婚で、しかも子供を産んだことのない私が
こんなことを言うのは「なに」なのであるけれど
パートナーを持つ男性には「彼女を大事にしたってやぁ」
……と思わずにはいられない。
孕ませた男性は逃げることが出来るかも知れないが
女性は、ひとたび新しい生命を宿してしまったが最後
嫌でも、なんでも、現実として受け止めなければならないのだから。

やれやれ……
今日は、なにやら説教臭くていけませんな。
どうも自分が女性なだけに「立場ゆえに女性が泣く」
……というシュチュエーションには過剰反応してしまうのですよ。
男性には、男性なりの主張とか辛さがあると思うのですがね。えぇ。
分かっちゃいるれど、やっぱり同朋に味方しちまうのが人情ってものです。はい。

今日の日記を読んでくださった殿方!
↑私の日記を読んでくれているのは圧倒的に女性が多いようなので
 この場所でで主張する事に意味があるかどうかは謎でありますが
くれくれぐれも「彼女」や「妻」を大切にしてやってくださいまし。
白蓮@老婆心 の心からのお願いでござりまする。

*****************************

今日は「お堅い」日記を書いておりまするが
私の本質は非常に柔らかい……というか、かなり軟弱です(^^ゞ
「柔らかい部分」と「堅い部分」ようは使い分けですね。
窮屈に考えず、楽しみながら、それでも
「肝心要」を大切にしていけば、いいかなぁ〜なんてね。


2002年01月27日(日) 「好き」の反対は「嫌い」ぢゃなくて…

「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」である。
……ってな言葉がありますが
今まで私は「へぇ。上手いこと言うなぁ」なんて思っていただけで
自分自身で、それを体感することはありませんでした。
でも、昨日は初体験しちゃいました。
「好き」の反対の「無関心」ってヤツを。

昨日、まさに「ズバリ・そのもの」に遭遇しちゃいました。
その相手が恋人ではなく「友人」だった…ってあたりは
色気も味気もない話なのですが。

私が「無関心」を実感してしまった彼女は
小学校から高校までを共に過ごした旧友で
昨日の仕事帰り地元の駅で彼女から呼び止められたのでした。
1年以上ぶりの再会でした。
彼女は嬉しそうに私の方へ近寄ってきたのですが
私は、ひたすら困惑してしまいました。

ぢつは私、彼女を年賀状リストから外しちゃていて
今年も「年賀状ありがとう」などという
そっけない「お返事年賀」を出したところだったのです。

それでも彼女は、そんな私の気持ちに気付かないのか
それとも気付いていて知らぬふりをしていたのか
それは、それは嬉しそうに自らの近況を語り
共通の友人の近況を尋ね(彼女は外の友人とも疎遠になっているようでした)
私の近況を知りたがりました。

でも、私は彼女の近況なんて、まったく興味はありませんでしたし
私の近況を、わざわざ語って聞かせる気にもなれなくて
愚弟の事故の話もずに「相変わらず元気にやってる」
……などと、適当なことを話して、彼女と別れました。
彼女は愚弟を小さい頃から知っているので
愚弟の事故のことを言わないってのは仁義に反するよなぁ〜
……なんて、思ったのですが
それより、何より、私は彼女に対して
「懐かしさ」とか「喜び」といった感情をまったく抱けなかったのです。

私は彼女と喧嘩をした訳でもありませんし
彼女から不愉快な思いをさせられた訳でもありませんでしたが
彼女の存在は私にとって「遠い過去」であり「旧友」でしかありませんでした。

歳月は人を変え、人と人との距離までも変えてしまいますね。
私は彼女を嫌いになった訳ではないのだけれど
私には、大切な絆を結ぶ友人ができて
いつの間にか、彼女が「無関心」の対象になっていたのでした。
それなのに彼女はいまだに「変わらぬ関係」を信じていたようで
無邪気な笑顔でもって「懐かしさ」と「また逢おう」を連発していて
そんな彼女を見ていると
私は、ひどく哀しい気持ちになってしまいました。

「好き」の反対は「嫌い」ぢゃなくて「無関心」というのは
まったくもって本当だなぁ……と思いました。

昨日は私が「無関心」という気持ちを抱いてしまったのだけれど
いつか私も誰かから「無関心」の目でもって見られるかも知れません。

少しでも気に掛けてくれる人がいるというあわせを噛み締めつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。

<追記>
『はてしない物語』に出てきた敵は「虚無」でしたね。
「無」というものは人間にとって、なんとなく恐い存在なのかも知れません。


2002年01月26日(土) 「前向き」とか「後向き」とか人は色々言うけれど。

どうしたものだか私は友人や知人から
「前向き」で「頑張り屋さん」と評価される事が多いです。
自分自身で言ってしまうと値打ちが下がってしまいますが
私、けっこう頑張っている方だと思います。
自分でも「よくやってるよなぁ。まったく……」とか思ったりして(笑)

ですが。

「前向き」かと言われると、ぢつは違っていたりするのです。
対外的に見ると、私は「前向き」な人間に見られがちなのですが
私は自分のことを「前向き」を装った「後向き」な人間だと思っています。
今、頑張らなくてはならない状況下にあるので頑張っているだけで
本当のところは「頑張りたい」だなんて、ちっとも思っていやしません。

では、どうして頑張るのか?

もし、そんな質問をされたとすると
私はキッパリと自信を持って答えることができます。

私の前にある選択肢を「消去法」で消していったら
「頑張るしかない」って選択しか残されていなかったから
……という、いたってシンプルで、後向きな判断でもって選んだ道なのです。

何もかも放り出して、姿をくらましてしまおうか……
なんて事、今まで何度も思いましたし
今だって、ちょっぴり、そんな気持ちを抱えています。
ただ、それが実行できないのは
家族を思う優しい心でもなく、自分自身の自尊心のためでもなく
私という人間は「魂がミクロマン」であり
そうとう気の小さい人間なので「気に病む」ような事柄は
できるだけ作りたくないからに過ぎません。

もしも今、何もかも放り出して現実から逃げ出したとしたら……

これから先の長い人生を生きるにあたって
ずっと心のどこかで「放り出したもの」へ良心の呵責に苛まれながら
後悔しながら生き続けるんでろうなぁ〜……とか
「放り出したもの」が気になりだしたら寝付きも悪くなりそうだし
寝付きが悪いってことは、目覚めだって悪いんでろうなぁ〜〜
……などと考えてみるだに
「私には、とても耐えられねぇ」と判断したので
仕方なく、渋々、嫌々、頑張っている…ってのが真実です。

数日前に「ネット生活におけるリセット願望」
……というテーマの日記を書いたりしましたが
私がリセットしたいのは、ネット生活ではなくて
現実世界の生活だったりします。

「前向き」とか「後向き」とか
そんな言葉が色々な場所で論じられていて
前向き派は、後向き派がイマイチ好きぢゃないと思っていたりして
後向き派は、前向き派がイマイチ好きぢゃないと思っていたりする
そんな傾向が蔓延しているような気がするのですが……

正直なところ……
私は「そんなこと、どうだっていいんぢゃない?」と思っています。

前向きでいることで、現状が進んでいく場合もあれば
後向きでいることで、現状が楽に考えられる場合もあると思うのです。

ようは「結果が良ければOK」ぢゃないかなぁ……みたいな。

「結果」というのも、これまた微妙で曖昧ところで
それは遠い未来かも知れないし
あるいは、わずか10秒くらい後のことかも知れません。

見つめる方向が、どちらを向いているとしても
私や、私の知っている人が行こうとしている道が
「障害物が、外の道より、ちょっと少な目の道」だったり
「なんとなく、イイ事ありそうな予感がする道」だったり
「障害物は多そうだけど、訳もなく進んでみたい道」だったり
そんな方向だったら、それはそれで良いんぢゃないかと思っています。

ウダウダと書き連ねてきましたが、私の心の内を表現するなら
もぅ、この言葉だけで充分かも知れません。

「ちょっとでも楽して生きてゆきたい」

今日は、ちょっぴり屁理屈モード満載で
しかも、なにげ〜に「鬱陶しいティスティ」で
しかもオチは腰砕けだったりなんかする日記を書いちまいましたが
今日はこの辺で書き逃げとさせていただきたいと思います。


2002年01月25日(金) それもまた、盲目的な愛なのです。

今日は「親バカ」ならぬ「犬バカ」話です。
馬鹿炸裂なのですが、なにとぞ、ご容赦のほどを。

我が家には「さっちゃん」という名のパグ犬がいます。
↑ブルドックみたいにシワクチャな顔をした、とぼけ顔の犬です。
齢12歳。そろそろオババなお年頃です。

名づけ親は、いまは亡き、のんだくれオヤジでした。
母と愚弟と私は、新しい家族を迎えるにあたって
「どんな名前にしようか」と期待に胸を膨らませていたのに
彼女がはじめて家にきた瞬間、父が彼女の顔を見て
「さっちゃん♪」と呼んだおかげで、そんな名前になりました。
私は、父の昔の女の名前だっんぢゃないかと思っています(笑)

さっちゃんは家族から愛され続けて12年。
愛されることが当然だという状況におかれると
人間も動物も、ちょっぴり傲慢になってしまうようです。

さっちゃんってば、この頃、私への態度が冷たいんです。

以前は私が帰宅すると、大歓迎で尻尾をふって、飛びついてきて
激しく「だっこ」を要求したものですが
近頃、迎えに出てきてくれるものの、おざなりに尻尾をふって
おざなりにペロンと舐めてくれるだけで
私が「だっこ」しようと手を差し出しても逃げやがるんです。
それも洒落やネタではなくて、真剣に逃げやがります。

原因は分かっているんですけどね。えぇ。

さっちゃんは「世の中で1番大切なのは私自身」だと自覚しているので
寒風にさらされて、冷たくなって帰ってきた私に近づくのが嫌なのです。
彼女は、飼い主に対する忠誠心より、愛情より
自分自身に注ぐ愛情を第一に考えているナルシストさんなのです。
自分が求めるものを、しっかり理解していると言う点においては
見習う部分がありますが
もし彼女が人間だったら、友人にはしたくないタイプかも知れません。

ですから彼女は、冷え切った私の身体が温まった頃になると
見計らったように、膝に乗っかってきやがります。
たとえ私が「今日は疲れているから勘弁してくれよぉ」
なんて抵抗したとしても、強引に、乗っかってくるのです。

はっきり言って、うちの犬、名犬ぢゃありません。
……って言うか、むしろ、駄犬とよぶ方が適切かも知れません。

それなのに……私は彼女を愛さずにはいられないのです。

したたかな顔も、面倒臭そうに尻尾を振る仕種も、白髪まじりの髯も
涎を垂らして眠っている顔も、誉められた時に見せる得意げな表情も

そりゃぁ、もぅ可愛くてたまりません。
盲目的なまでに愛しいです。盲目的な愛……略して盲愛(笑)
えぇ。犬バカなんです。犬バカ。それも筋金入りのバカ。
他のどの犬よりも「さっちゃん」が可愛いと思っています。

早いとこ、寒い季節が過ぎ去って
帰宅してすぐ「さっちゃん」を抱擁できるようになりたいです。
春が待ち遠しいです。本気で待ち遠しいです。
もう冬も半分が過ぎましたものね。もうすぐです。春。

昨日は肩に力の入った日記だったので
今日は肩の力を抜きまくって書いてまみした。

私の犬バカぷりをご披露したとこで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年01月24日(木) 今日の日記は去り行く人に捧げます。

こんばんわ。もしくは、おはようございます。こんにちわ。
はじめまして。もしくは、ふたたびお目に掛かれて嬉しいです。
日々、テンションの違う日記を書いている白蓮です。

今日は「頭の中が痒い」というか、まったく整理ができていない事を
思うにまかせて書き連ねるつもりなので
普段の1.25倍は「読みづらい」日記になるかとは思いますが
その辺は「あったかい目」でもってご了承くださいませ。

私が日記を書き始めてから3ヶ月が過ぎました。
おかげさまで快調に進んで4ヶ月目にも突入です。
私は「書くこと」も「読むこと」も大好きなので
日々の生活に楽しみが1つ増えたなぁ〜などと思っています。

地味で、控え目で、凡庸な日々を送っている私にとって
日記を書いたり、誰かの日記を読んだりすることは
平坦な生活の中の「山椒」とか「胡椒」とか「唐辛子」のように
無くても生きていけるけど、無かったら物足りない
ほどよくスパイシーな存在だったりします。

掲示板や、メールといった、ネット独特の手段でもって
普通に暮らしていると知り合えないような方々と
ご機嫌で「交流」しちゃったりなんかして
しかも「いい人」ばかりに囲まれていて
ありがたや。ありがたや。といった日記生活です。

今日は、そんな中で知り合った方から
「日記を中断する」というメールをいただきました。
すっごくキレのある文章を書く日記作家さんなのに
「投票」ボタンも付けず、ランキングにも参加されていない方で
なんちゅ〜か、こぅ……ひと言で表現するなら
「めっちゃ好き」な日記作家さんだったのですが
テキスト系サイトでありがちな「嫌な出来事」に遭遇されたのが原因で
日記というフィールドから去っていかれるのだそうです。

私自身、この日記だって永遠に書きつづけるは無理だと思っていますし
気持ち的なことや、現実世界との兼ね合いや、物理的なことが原因で
日記(サイト)を閉じる……ってのは仕方のないことだと思っていますし
ネット以外で「猿夢中」になるようなことが出来たから……
なんて事が止める理由だったりしたら
それは祝福してあげたいなぁ〜〜とも思っています。

しかし!!!

「嫌な出来事」や「トラブル」が原因で去っていかれるとなると
残念やら、悲しいやら、悔しいやら、寂しいやら。
去ってしまわれる方の気持ちも分かるだけに
「行かないで〜〜」とは言えませんし
それも、また、その方が考えた末に出された決断だと思うので
私は、ただ、お見送りするだけなのですが

人が嫌がるだろうと容易に推察されるようなことを
平気でするのはどうよ???

……なとど、腹立たしい気持ちでいっぱいです。

「エンピツ日記」にデビューして、3ヶ月と、ちょい。
お見送りをする日記作家さんは初めてではないのてすが
今までは「次のステップに行かれるのですねぇ」
……ってな形のお見送りだったり
あくまでも「中断」だったりして
嬉しい「再開」の知らせをいただいたこともあったりして
お見送りも、それなりに冷静に受け止めることができたのですが
今回は、ちょっと冷静にはなれません。

せっかく「面白いスペース」に集って書いているのに
どうして「自分の意見と違う」ってだけの理由で
人が不愉快になるようなことをする人がいるんでしょうね??
まったくもって、理解に苦しみますし、私には理解不能です。

なんだかダラダラと書き連ねてしまいましたが
日記を去っていかれる方へ
短い間でしたが、楽しく読ませていただいたこに
心から感謝の気持ちをこめて……

そして。

ネットの世界から「不愉快」の種が、1つでも少なくなる事を祈りつつ
今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年01月23日(水) はじめてのオフ会

昨日、生まれて初めて「オフ会」なるものに参加してきました。

まずは、どんな集まりだったか……って、ところの説明から。

私には読書系のHPで知り合った足掛け3年のメル友がいるのですが
メル友は私と共通の趣味である「読書」以外に「登山」の趣味がある方で
「登山仲間で雑談用の掲示板作ったから遊びにおいで」と誘われて
私は学校を卒業してから山なんて登ったことのない人間なのですが
「雑談なら参加できるし〜」とて
今年に入ってから、ちょいちょい出入りしている掲示板のオフ会でした。

そんな経緯なので、掲示板のメンバーとは知り合ってから日が浅く
ぢつはメル友以外の人は、ほとんど「よく知らない」状態でした。
その上、当日は友人と食事に行く約束がありましたし
「よく知らない人達」の中に飛び込むのには抵抗があったので
正直なところ、イマイチ乗り気になれなかったのですが
「楽しい集まりだし短い時間でもいいから出ておいでよ〜」と誘われて
メル友には以前、1度、会ったこともある気安さから
「登山話はできませんが、ぢゃぁ、遠慮なく」
……とて、いそいそ出掛けたのでありました。

オフ会のメンバーは、女性3人、男性5人。合計8人。
年齢層を言うと、なんと29歳の私が最年少だったりなんかして
最年長の方と私とでは、もしかすると、軽く25歳くらい年の差があるかも
……というバラエティに飛んだ構成になっていました。
もともとメル友が「大学生の子供アリ」という方なのですけれど(笑)

友人と食事をした後に参加したので、私がオフ会に合流できたのは
午後9時を少し過ぎたとろこで
男性陣は、すでに「できあがって」おられました。
簡単な自己紹介の後で、お酒と、お喋りに突入。
私の席は、頼みの綱のメル友が座っている席と離れていたので
初対面で、しかも「あんまりよく知らない人」とお喋りをすることになりました。

こりゃ、困ったな。なにを話したらいいんだろうか?

ちょっと心配していたのですが、思いのほかスムーズに会話に参加できて
短い付き合いしかしていない掲示板の中でも
私の中で印象の強い方が隣りに座っていたこともあって
「登山話」だの「世間話」だの「掲示板の話」だの
「どうして年の離れたメル友と続いているのか」って話など
なんだかんだと楽しく、お喋りをしました。
お酒も、お料理も美味しくて「和気あいあい」とした集いでした。

それにしても、あまり面識がなくて年齢層の高い集まりやのに
よぉ、オフ会に参加したよなぁ〜〜
でも、まぁ、これも縁やし、仲良くしよなぁ〜〜

……などと言われちゃったりなんかして
私自身も「どうして私はこの場にいるんだろう?」とか思ったりなんかして
なんだか摩訶不思議な感じではありましたが
なんとなく楽しい時間を過ごして11時過ぎにお開きとなりました。

帰り道、オフ会で初めて知り合った女性が
ぢつはお互い近い場所に住んでいるということが分かって
しかも、お互い、ずっとジモティ(地元民)だったりなんかして
これまた、ずっと年上の方なのですが、地元話で盛りあがりつつ
すっかりご機嫌になって帰宅してまいりました。

「なんの繋がりもなさそうな人々」が
同じ卓を囲んで、お酒を呑んで、食事ができるなんて
「ネット」って媒体があってこそだなぁ〜〜〜とて
「ネット」というものが肯定的に感じられた良いひと時でした。
オフ会といっても、色々な形があると思うので
「いいもの」ぢゃない場合もあるとは思うのですが
私は気持ちの良い「オフ会デビュー」をすることができました。

いつか、日記で繋がっている人とオフ会ができるといいなぁ
……などと思いつつ、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年01月22日(火) ネットも「道具」に過ぎないのにね(昨日の話を引づりつつ)

昨日の日記ではセット願望やネットでの人間関係について
あ〜だ、こ〜だと、講釈を並べてみたのだけれど
「ネット上での微妙な人間関係」について
なんとなく「感じている」方から多いようで
掲示板にも「足跡」を残してくださる方もいらっしゃって
なんだか、嬉しかったです。ほんと、ありがとうです。

だって、私自身、毎日、迷ってばかりですから。

現在は「すごぶる良好なネット生活」を送っている
……と書いた昨日の言葉に嘘はありませんが
それはあくまでも「現在」の話で「過去」は微妙に違いましたし
「未来」ともなると、これまた微妙なところです。
まったくもって「絶対大丈夫」とは言い切れません。

ネットの世界って「なんでも出来る」という可能性が大きいだけに
1度、つまずいてしまうと些細なことで迷っちゃったりするのですね。

だけど。

よくよく考えてみればネットって「生物」でも「生モノ」でもなくて
あくまでも生活の中で使う「道具」の1つに過ぎないのにね。
ただ、その道具の向こう側に「誰かいる」ってことが分かっているから
ちょっぴり迷っちゃったりする訳で。

鉛筆や、紙や、ハサミや、ペンチや、トンカチなんかだと
「生活の道具」という認識ができているのに
ネットととなると「道具」として認識しにくい部分があるように思います。
同じパソコンでも、エクセルやワードや、私が仕事で使っているCADや
その他、諸々のソフト類に向かうとなると「道具」になるのだけれど。

「ネット」という通信手段も「道具」として使いこなしていきたいです。
もっと気楽に、もっと自由に使いこなすことが出来たなら
日々の生活が、よりいっそう楽しくなるような気がします。
↑なんだか通信販売の謳い文句みたいですね(笑)
もちろん、その先にいる「人」を忘れちゃいけないのですが。

同じネタで2日も引っ張ってしまいましたが
その辺は個人の日記ですから、ご容赦のほどを。
ただいま、ネットを「道具」として使えるように修行中なのです。
また明日お逢いできると嬉しいです。
……ということで、今日の日記は、これにてオシマイ。

*******************************

ぢつは私、本日「オフ会」ってものに初参加してきました♪
そんな訳で「いつもより余分」にネットについて語りたい気分が
高まっちゃっていたのです。
「オフ会」の話は、また明日の日記にでも。


2002年01月21日(月) リセット願望? ネット的人間関係について思うこと。

これは私の思い過ごしなのかも知れないのですが
最近、ネットを徘徊していると
「ネット関係を1度リセットしたい」とか
「いっそネットなんてやめてしまおうかなぁ」とか
リセット願望のようなものを持っている方が多いような気がします。

現実の生活が多忙過ぎてネットに費やす時間がなくなった。
ネットストーカーの被害にあった。
運営しているHPが荒れてしまった。
……というような「はっきりした原因」がある訳ではなくて

「なんだかネット上の人間関係に疲れちゃって」とか
「ネット依存症っぽい自分が嫌で」とか
ネットの「落とし穴」にハマっちゃった…って感じの理由で
「リセット願望」に取り付かれている方が多いような……

私自身、そんな気持ちを抱いたことがあるので
「落とし穴」っぽい心境、なんとなく分かるような気はします。
↑現在は「すごぶる良好なネット生活」を送っているので大丈夫ですが。

原因はともかく、毎日、たくさんの人が
「ネットの世界」から忽然と姿を消しているのでしょうね……
もちろん毎日、たくさんの人が「ネットの世界」に誕生しているのだけれど。
その辺はネットの「いいところ」と「わるいところ」であって
別の見方をすれば、それがネットの特徴なのですが。

顔も知らない「誰か」と繋がりが持てるネットの世界は
風に乗って流れていく雲よりもなお、おぼろげで
現実世界以上に「絶対」という言葉が不似合いな存在だと思っています。

なんだか他人事のように書いていますが
もし、今、私が「不慮の事故」か何かの事情で
突然死んでしまったりなんかすると(そんな事あったら困りますが)
この日記は、なんの断りもなく更新がストップしてしまいます。
ネット知人でも、所在を知らせ合っている方には
それなりの連絡がいくかと思うのだけれど
掲示板や、メールのやり取りだけで繋がっている方については
いきなりプツンと絆を断たれるような状態でもって
それまで築いてきた関係が終わってしまうことになります。

そんな、こんなを考えてみると
私はネットで繋がった絆の「あやうさ」を思わずにはいられません。

そんな、あやうい絆だから…
だから……繋がっていられる間は
そんな絆を大切にしたいと思っています。

「ネット関係をリセットしたい」って思っている方の呟きを読むと
なんとなく哀しい気分になってしまうのですよ。私。
リセットを実行して「プツン」と繋がりが断たれてしまった後に
たぶん残ってしまうだろう喪失感や寂寥感を思うと
リセットする人も、リセットさせる人も、哀しいなぁ……って。

訳もなく、なんとなく、思い付くままに書いてしまいましたが
今、私と、ここで、繋がってくださっている方に感謝しつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年01月20日(日) 「ヒレ酒」それは、ある種、大人の楽しみ、

その夜。私はどうしても「ヒレ酒」が飲みたくてたまらなかった。
自棄酒に走りたかったって訳でもなく
なにか美味しい食べ物が手に入った訳でもなく

猛烈に、純粋に、ひたむきに「ヒレ酒」が飲みたかったのだ。

私はヒレ酒ってものを29年という歳月の中で
まだ1度しか飲んだことがない。
「ヒレ酒」というのフグのヒレを感想させて、焼いたものに
熱い日本酒を注いで飲む……という魅惑の飲み物なのだが
ヒレ酒の味を知らない間は「なんか不気味な飲み物なやぁ」と思っていた。

が。

たった初めて口にした時、私は瞬時にしてヒレ酒の虜になっていた。
ちょっぴり香ばしくて、フグの「旨味」がお酒に染み出していて
とんでもなく美味しい「お吸い物」と「アルコール」が合体したというか
うむむむむむ……
ちょっと私の筆力では表現しきれないくらい素晴らしい味で
「フグのヒレ」と「日本酒」が醸し出す至上のハーモニーなんである。

しかし。

その夜、残念なことに私は「ヒレ酒」を飲める環境にはなかった。
だいたい一般家庭に「乾燥したフグのヒレ」なんて、ある訳がない。
そこで私は考えた。
「ヒレ酒」は無理でも、それに近い味を作ることなら可能ではないかと。
キュウリ+ハチミツ=メロン味……みたいな感じで。

そして私は深夜こっそりと「ヒレ酒もどき」を作ってみようと思い立った。
要するに決め手は「だし」なのである。
自宅にある「鰹節」と「昆布」で出汁を作り
そこへ日本酒を熱したものを投入して
「だしの味がする熱い日本酒」は、とどこおりなく完成した。

そして肝心の味。

鰹節と昆布のだしの味がする日本酒……以外の何ものでもなかった。
当然と言えば、当然過ぎるような結果なのだが
そいつは「ちゃんとした日本酒」から
「とんでもなく不味い日本酒」に変わり果てていた。
ごめんよ。日本酒くん。アルコールは生命の水なのにね。

その夜、私は1つの真理を身体で学んだ。
「まがい物は、どこまでいっても、まがい物でしかない」
……ってことを。
そして思った。
いい年した大人なんだから、馬鹿な行動は慎もうと。

あぁ。それにつけても「ヒレ酒」が飲みたい。
冬が終わってしまうまでに、1度は飲もう……

ちょっとした馬鹿さ加減を披露したところで
今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年01月19日(土) それでも無理しちゃう人。

昨日の日記に「仕事中に同僚が倒れて救急車で搬送された」
……って話を書いたのだけれど

なんと。

救急車で運ばれた同僚(以下は彼女と書きます)
倒れた翌日にあたる本日
いつもの時間に出勤して、いつも通り仕事して、いつも通り残業してました。
↑残業時間は「ちょっぴり」少なめでしたけどね。

生命に関わる病気ぢゃなかったからって言っても
そりゃぁ、あまりにも……

「大丈夫ですか?」との問いに返ってくるのは
予想通りというか、お行儀が良いというか……
微笑とともに繰り出す「大丈夫です」ってな答えでした。

大丈夫な人が倒れる訳はないのだから
「大丈夫ですか?」なんて聞くのも、思えば道化た話なのだけれど
こんな場合は、それ以外に尋ねようもないですしね。
特別に親しかったり、私の方が年長だったりしたら
お節介な言葉の1つ、2つは出てくると思うのですが
個人的に親しい訳でもなく、私より年長の方なので
「あまり無理しないでくださいね」
などという、ありきたりの「お見舞い」を言うにとどまりました。

それにしても……

「無理しないでくださいね」
なんて言葉を掛けたくなっちゃう人って
ほとんど間違いなく「無理しちゃう人」なんですね。
私自身も、どちらかと言うと「思い込んだら突っ走る」タイプなので
「無理しちゃう人」の気持ち、分からなくはないのですが……
人それぞれ立場とか置かれた状況がありますしね。えぇ。

でも「頑張る」にしても「無理する」にしても
ある程度、限度があるよなぁ〜って思います。

なんといっても、身体が悪くなっちゃったら、お話になりません。
無理したくたって出来ない身体になっちった日にゃぁ……
地団太踏んで悔しがっても、どうしようもないってものです。
そこまでして出勤してきた彼女を見て
他人事ながら、なんだか哀しくなっちゃぃました。私。

「つい、うっかり無理しちゃう」に心当たりのある方は
くれぐれも「無理し過ぎない」ようにご注意くださいね。ほんと。
私も気を付けます。えぇ。

「無病息災」なんて言葉がありますが
どこも、かしこも、そうあって欲しいよなぁ〜〜〜〜
……と、ぼんやり思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年01月18日(金) 救急車、来たる。

この日記、昼休み中に書いてます(更新は夜だけど)

つい、いましがた職場の同僚が救急車で運ばれてゆきました。
ダウンしてしまったのはインテリア・コーディネーターの女性。
年齢は30歳を少し越えたくらいの美人さんで
私は個人的に仕事で関わることはない方なのですが
気さくで、元気のいいナイス・レディな方だったので
なんだかショックです(ナイスな人でなくてもショックだったろうけど)

この日記にも、何度となく
「みんな働き過ぎなんだよ〜」とか
「過労死者が出ると嫌だよぁ〜」とか
働き過ぎについては、なにくれとなく書き続けてきましたが
ズバリ遭遇してしまうと、茫然自失になっちゃいますね。

同僚の話から推察してみるだに
「生命に関わるような」ってことではなさそうですが
それにしても倒れる直前まで仕事をしていたって事実は
どう考えても、問題アリだと思うのです。

不景気ですし、男世界の建築業界で頑張っていくとなると
どうしても無理をしなきゃいけない…ってのも分かるんですけどね。
私の従事している「CADオペレーター」ってポジションは
職場でも、まだ優遇してもらえる立場にあるのですが
インテリア・コーディネーターって仕事は華やかな印象がありますが
仕事がキツイ割には冷遇されていて、そうとうキツイ仕事なのですよ……

彼女の病気が、たいしたことのないもので
そして1日も早く回復するように祈りつつ
今日の日記は神妙にオシマイ。

****************************************************

<追記>
救急車のお世話になった彼女は「過換気症候群」の発作だったとのこと。
生命に別状はないと言っても、病気の原因などを考えると
ちょっと複雑な心境です。
頑張り屋さんだったからなぁ……彼女。
心身共に「くたびれびれ」の方は、ホント、お気をつけくださいね。


2002年01月17日(木) 同性婚。あるいは婚姻の自由。

1月16日付の朝日新聞の夕刊に
ノルウェーで、社会的にステイタスのある男性(おやぢ)が
同性婚に踏み切った……というニュースが掲載されていた。

遠い北の国で、逢ったこともない「おやじ」が結婚しようが、どうしようが
私には、まったく関係のない話ではあるのだけれど
「おめでとう。末永く、お幸せに〜〜」
なんちゃって、私は心から拍手を送ってしまった。
ニュースじたいは大したことのない内容だと思うのだが
日本では、まだ同性婚が認められていないだけに
彼らの結婚は、非常に嬉しく感じてしまったのである。

「同性婚」というと、なんだか妙な印象を持たれる方が多いかも知れないが
世界的に見ると同性婚を認めている国は、以外と多かったりする。
たしかアメリカでも州によっては同性婚を認めているはずだ。

「宗教的」あるいは「倫理的」観点から同性婚は認めていなくても
「パートナー登録」という独自の制度を設けて
同性愛者のカップルにたいして「婚姻」によって生じる権利と
まったく同じ権利を認める…という形をとっている国もあったりする。

同性愛者という、一部の人達のために、わざわざ法律を作るなんて……

などと思われる人もいるかも知れないのだけれど
憲法で「基本的人権の尊重」を定めている日本の国で
同性愛者というだけで、異性愛者が容易く手に入れる権利を
その手にできないのは、いかがなものだろうか?

……と私は、常日頃、考えている。

ところが、どっこい。

現在の日本は「同性婚」どころか「夫婦別姓」さえままらなないのが現実だ。
日本はタテマエ上では「基本的人権」を尊重しているはずなのだが
大切な部分で「基本的人権」を尊重していないように思う。

生きるということは、すなわち生活するということである。
たかが、婚姻。されど婚姻。
世の中「愛」だけで渡っていけるほど生温くは出来ていないのだ。
婚姻という繋がりがなければ「あたりまえ」とされる権利だって主張できないのだ。
同性婚が認められていない日本では
「婚姻」によって得られる権利と近いものを得るために
「養子縁組」という形でもって
パートナーと繋がりを持つ同性愛者カップルも多いようだが
私は、やはり「婚姻」という形の方が自然で、かつ望ましいと思う。

……って。

こんなネットの片隅で吠えているくらいなら
いっそ政治家にでもなって、同性婚を実現すべく働きかけるべし。
……というのが理想なのだが
残念ながら、私の置かれた「今」の現状では政治家を志すのはムツカシイ。
せめて「同性婚」なんて制度があるって事も知らなかった…という人に
ちょいとでも、耳学問でも「そんなこともあるんだ」ってことを知って欲しくて
今日は、真面目モードで書いてみたのである。

知らないことは罪ではないが
知らないがゆにえに狭くなる世界もあるのだ。

できれば「若い人」に、この種の問題を知って欲しいと思う。
そして、いつの日か、日本も「同性婚」が認められることを願う。
人が人を愛し、家族を持ちたいという思いは自然な気持ちなのだから。
つまんない理由で「当たり前の権利」が剥奪される世の中ってのは
どう考えても、いただけない。

「同性婚」にしても「夫婦別姓」にしても
もっと真剣に取り組み、語り合うべきテーマではないだろうか。
「家族」についての議論が交わされる今だからこそ
あえて、突っ込んでみたいなぁ……と私は思うのである。


2002年01月16日(水) 大人になると硬くなるのね。

一昨日から今日までの3連休……
ひたすら身体のメンテナンスに費やした3日間でした。
トロトロと寝て、ダラダラと本を読んで。
ほとんど「寝て」過ごしたといっても過言ではなく、
まさに「三年寝太郎」状態。

3日間で読んだ本は短編と連作物を3冊ばかり。
『定年ゴジラ』 重松清
『霞町物語』 浅田次郎
『生と死の幻想』 鈴木光司
なんとなく「おやじ臭い」ラインナップでした(苦笑)

ネット探訪も超・控え目で、散歩コースになっているHPも
ほとんど見てるだけ〜で通り過ごしていて
3日間を振り返っても「よく寝た」
……以外のことは思い浮かばなかったりします。

「よく寝た」3日間は、ある意味において充実していましたが
一抹の淋しさも隠せなかったりします。
せっかくの3連休を無駄にしてしまったなぁ
……という喪失感は、言い知れぬ重みがあったりして
不本意極まりないところなのですが
3日間、寝て過ごしたおかげで私は「あること」を学びました。

大人になると「身体が硬くなる」ってことを。

子供の頃は熱出して1週間、寝込んでいたって平気だったのに
たかが3日間寝込んだだけで(しかも布団にベッタリだったのは1日だけ)
身体が痛いのなんのって。
ガンガン仕事をしている時に味う「コリ」とは違った痛み。
身体が硬くなったんだなぁ〜と思わずにはいられませんでした。

で。

身体をほぐすべくストレッチなどしてみたのですが……
それまで平気で出来ていた「あんなこと」や「こんなこと」が
まったく出来なくなっていることに気付いてしまいました。

そうとう哀しい発見でした。

私は本来、運動の苦手な人間なのですが
身体は柔らかい性質に生まれついていて
「私ってば、身体だけは柔らかいのよねぇ」ってのを自慢に思っていたのに
久しぶりにしたストレッチによって
「バシバシに身体が硬くなっている」という事実が判明いたしました。

明日から、毎日、本気でストレッチに励もうと思います。

……と言うか、基本的に運動不足なのです。えぇ。
弟の手術が落ち着くまで「新しい習い事」にチャレンジするのは
物理的に無理なので、
しばらくはストレッチとウォーキングで身体をほぐして
時間の余裕が出来たら「身体を動かす習い事」でも始めようかなぁ
…と真剣に思ってしまいました。
運動苦手人間が、独力で長く運動を続けるのはムツカシイだろうし。

まずは、明日からのストレッチを続けていくことから始めたいと思います。

ストレッチより、何よりも大切なことは
明日からの出勤を滞りなく勤める……ってことは言うまでもありません。
今日も早く休んで、明日に備えたいです。
29歳、おなご…とは言うものの一家の大黒柱なもので(笑)
ちと気を引き締めていきたいと思います。


2002年01月15日(火) 『鱗姫』〜嶽本野ばらの世界〜

『鱗姫』嶽本野ばら 小学館 を読んだ。

嶽本野ばらの作品は『カフェー小品集』を読んで
あまりの「乙女光線」にクラクラしたので
もう彼の作品を読むことはないだろうと思っていたのに
某所で「他の作品も読んでみます」と宣言しちまったので
なんとなく読むことになってしまった。
日記に感想を書こうか、どうしようかと迷ったけれど
やっぱり書いてみることにする。

『鱗姫』は正直なところ「誰にでもオススメ」できる作品ではない。
ロマンチック・ホラーと呼ぶのが、しっくりくるような
耽美だが、グロテスクで、醜悪なものが溢れている作品だった。

ヒロインは完璧な「乙女」であり「お嬢様」なのだが
「鱗病」という奇妙な病に罹患した女子高生である。
物語は「鱗病」という病を軸にとして
「美とはなにか」「愛とはなにか」「プライドとはなにか」
……といったナルシスティックな命題が展開されていく。

『鱗姫』という作品をあえて分類するなら
三島由紀夫や谷崎潤一郎から派生した一派の作家さんが書いた作品
…と言っても良いと思う。
が。いま一歩届かず…と言った印象。

天使は美しく、悪魔は醜く描かれるのが根本原理である
……というような話が作品の中で展開されていた。
が。
私はちょっと首をかしげてしまった。
それも一理あるが、果たして、本当にそうなのだろうか?
物の見方、とらえ方には無限の可能性があるのではなかろうか?

嶽本野ばらは文章も美しく、力のある作家さんだと思う。
だが「何か」が足りないような気がしてならない。
作者自身が「乙女のカリスマ」と称される存在となって
活字離れが激しい時代に、多くの読者を惹きつけているのは
本好き人間の私としては拍手を送りたいところではあるのだけれど。

闇に惹かれるのも人間だが、光に惹かれるのも人間だ。
『鱗姫』が魅力的な作品であるのは事実なのだが
両手を上げて賛成できない1冊だと思った。

**************************

今日は「書きたいこと」を書いただけの読書日記なので
「オススメ本」ではありません。
なんて書かれれちゃったらマスマス気になるなぁ
……って方は心の元気な時、余裕のある時にトライしてください。
引き込まれたり、落ち込んぢゃう可能性大です。
↑うんにゃ。慣れてるし平気…って方もおられると思いますが(笑)


2002年01月14日(月) あん・はっぴぃ・まんでぃ

日曜日の朝、3連休を前にして私はいつになく機嫌が良かった。
火曜日、水曜日、そして祝日が休日……という勤務体制の私にとって
祝日は「土日休み」の友人と逢える貴重な休日。
ましてや「はっぴい・まんでぃ」3連休ともなると幸せはさらに倍。

なのに。

ご機嫌で出勤した私は電車の中で気分が悪くなってしまった。
「あちゃぁ。食事後の猛ダッシュがアカンかったかなぁ」
などと思いつつ、その日は相棒のCADオペレーターが欠勤届を出していて
どうしても、出勤する必要があったし
まぁ、それほど大した事どもなかろうかと気にせず出勤した。

最初は「気分悪りぃ」だけだったのに「頭痛い」が加わり「咽喉痛い」が加わり
「背中に子泣き爺か、おんぶおばけが乗ってる?」という重たさが加わり
「なんだか身体の節々が痛いんだなぁ」ということになって
はじめて「私って風邪ひいたのかも」ってことに気がついた。

最悪だった。

仕事は山積みで早退なんて出来やしないし
気分が悪くて食事どころでしないし
「祝日の予定」はキャンセルしなくちゃならないし
それでも、ど〜にか、こ〜にか、仕事だけは済ませて帰路についた。

職場を出ると。

若草山では恒例の「山焼き」がはじまっていた。
京都の大文字焼きは雅やかな趣があって良いが
若草山の山焼きは、豪快で、勢いがいって、とにかくスゴイのだ。
私にとっては3回目の山焼きだったが
もちろん、山焼き見物どころではなかった。
「熱出てる……絶対。こんだけしんどくて、熱なかったら気ぃ悪いし」
「奈良盆地で行き倒れは嫌やぁ。どうせなら大阪で…って大げさ過ぎか?」
1人でボケ・ツッコミを展開しつつ、自分を励ましつつ帰宅。

はたして熱はあった。

7度5分ほどの熱で高熱というほどではなかったが
なんとなく満足した。
流石に3度の食事の次に好きなPCを繋ぐ元気もなくて
食事をして、薬を飲んで、布団に直行。
うつら、うつらと、まどろみつつ
熱がある時は、なぜか頭の芯が冴えてしまうので
くだらないことを考えつつ
暇にまかせて体温を測ってみたりして
↑それでも最高体温は8度程度だった。
その夜を地味に寝て過ごした。

翌日の今日も1日寝て過ごした。

薬と休養のおかげで、ちょっとだけ復活。
「風邪みたいなで日記は休みます」などとわざわざ書いたのに
私は毎日「明日付の日記」を書いているので
日記的には「休み」になってないよなぁ〜
……と、また1人でボケ・ツッコミを入れてしまった。

明日は寝て過ごさないまでもゴロゴロ過ごす予定。

「はっぴい・まんでぃ」は、ちょっと「あん・はっぴい」だったが
風邪はこじれることなく落ち着きそうなので
それだけでもヨシってことで、納得する。
風邪レポートを書いたところで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年01月13日(日) 「悩み」と「苦しみ」は似ているようで似ていない。

先日、親しくしている友人……から
「あんたって、つくづく悩みのない人間やなぁ」
……と、しみじみ言われた。

いくら親しいからって失敬にもほどがある!

……と思った私に友人は続けた。
「あんた、いま失礼なこと言うなぁ…とか思ったやろ?」
なんだかお見通し過ぎて、不愉快モードな私に友人はさらに続けた。
「ぢつは私も、人から同じこと言われて気が付いてん」

そして友人は「悩み」と「苦しみ」についてウンチクを垂れた。

たとえば大切な人が死んでしまったという場合……
誰にでも平等に「哀しみ」「辛さ」「さみしさ」
……といった苦しい感情が襲ってくる。
ただ、その感情を受け取るアンテナのパワーには個人差があるので
「苦しみ」という感情の受け取り方は、人によって違ってくる。
強く受け止める人もいれいば、そうでない人もいる。
そして……「苦しみ」が外部からの作用で薄らいでくる時
ここで、初めて「悩み」が襲ってくる。
「人は何故死ぬのか」「人が生きることの意味ってなんだろう?」
といった具合に。
それを突き詰めて考えていくのが「悩み」である。
これも、強く受け取る人もいれば、そうでない人もいる。
……そして友人は続けた。

あんたは、けっこう大変な経験してるかも知れんけど
ちっとも悩んでないやん。
苦しい思いはしてると思うけど、どっかの時点で
「死んでしまったもんは、しゃぁないし」とか
「まぁ、それが人間ってもんやっちゅ〜ねん」みたいな感じで
適当に折り合いつけて、やってるやろ?
本当の意味で「悩む」人間は、そっからスタートするねんで。

なるほど……「うん」も「すん」も言えない素晴らしい理論だと思った。。
そう言われてみると、確かに私には「悩み」などないのかも知れない。
思い起こせば友人にこぼす愚痴にしたって
どこか「自己完結」していて「事後報告」だったりする事が多い。

さらに友人は続けた。

「悩む」タイプの人間も「苦しむ」タイプの人間も
けっきょく、どっちも、どっち…って感じやよなぁ〜〜〜

「悩み」と「苦しみ」を友人が語る理論で分類してみたと仮定して
どちらかを選べと問われても、私は、どちらも選ぶことなんて出来やしない。

どっちも嫌に決まってるぢゃん。

タイプの違う人間が生きていると「重荷」の種類だって
それぞれに違っていて当たり前なのだ。
どちらかが「得」で、どちらかが「損」だなんて事はありえないと思う。
感じたり、考えたり……アンテナの種類は違っていても
どちらも「受け止める器官」に変わりはないのだから。
その重さを較べることなんて、できないのだと思う。

ここ何日か、軽いノリの日記を書いていたので
ちょっと原点に返って(?)クソ真面目な物を書いてみた。
面白かったり、そうでなかったり……色々ある訳で……
まぁ、そんな、こんなで、今日の日記は、これにてオシマイ!

*******************************

<追記>
爽やかな3連休の中日に陰気な話でかたじけないです。
「いま」落ち込んでいるとか、そ〜ゆ〜訳ではないんですが
なんとなく「いま」書きたいなぁ〜と思った次第で。
良い休日を過ごして、ちょびっとでもリフレッシュして
新しい1週間をお迎えくださいまし。まし〜まし〜〜
↑エコーかかっってます。

<再追記>
なんだか、風邪引いてしまった…っぽいので
ちょっとばっかし日記を留守にするかも知れません。
体調が復活したら、また、お逢いしませう。


2002年01月12日(土) 捨てられた「彼」と素敵な「マダム」

先日、私が暮らしている貧乏長屋一帯で
「ちょっとした騒動」があったらしい。
↑らしい……というのは私が体験したのではなく家族から話を聞いたので。

長屋地帯のほぼ中央に位置する青空駐車場のフェンスに
見掛けない顔の黒いラブラドール・レトリバーの成犬が繋がれていて
なんとも言い知れぬ寂しげな声で鳴いていたのだとか。
状況的に見て、彼(オスなので彼と呼びます)は間違いなく捨て犬である。

彼は非常に躾の行き届いた毛並みの良い犬で
しかも、人懐っこくて、大切に養育されていたという形跡があり
それなのに腹ペコでドッグ・フードを与えるとガツガツ食べたのだとか。

貧乏長屋の住人達は「彼」の処遇について頭を抱えた。
警察に連絡するのは当然のことだが
しかし、警察で長期間、預かってもらうのはムツカシイし
かといって保健所に連れて行くには、しのびない。

しゃぁないから、とりあえず、うちに連れて帰るわ。

そう言って彼の身柄引受人になったのは
駅前で小さなスナックを営む、御年60歳になるマダムだった。
ちなみに、そのマダムも長屋の住人で
しかもマダムは癌闘病中のシベリアン・ハスキーのママンなのである。

狭い長屋の、狭い玄関先に、でっかい犬が2匹????

「犬を飼う」といっても、大型犬を飼うとなると
食費だって馬鹿にならないし、第一、散歩が大変である。
犬好き…動物好きの人間になら分かると思うのだけれど
動物を飼うというのは、ちょっとした覚悟が必要なのだ。
それなのに「しゃぁない」からって、どこの馬の骨とも分からない犬を
気前よく、勢いよく連れて帰っちまうだなんて。

格好イイよ……素敵過ぎるよマダム!

彼を捨てた飼い主に対して、怒りを感じない訳ではないのだけれど
まぁ、もう探しようもないだろうし
捕まえて文句の一つでも言える訳でもないので
その事については、置いといて。

人生もとい犬生、まんざら捨てたもんぢゃないなぁ〜
……と思った(もちろん私が思ったのである。彼の心は分からない)

飼い主に捨てられて絶望の雄叫びを上げていただろう彼だが
心熱きマダムの元で、きっと幸せな犬生を送れるだろうと思う。
今日はなにやらPHP誌に出てきそうな「ちょっといい話」だなぁ。
↑自画自賛してみたがPHP誌だと、もっと上品な文章になるだろう。

新しい犬生を歩みだした彼の幸せを祈りつつ
今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年01月11日(金) 分かっちゃいるのにイラついてしまう。

最近、ちょっぴりイラついていることがある。
自分の中で結論の出ていることなので
「悩み」というほどでもなく純粋にイラついているだけなのだが
些細な出来事から「ぶちっ」と来ることがあったりしたので
今日は「イラつきの原因」について整理してみようと思う。

私の愚弟は昨年の7月に左手の指を2本ばかり切断しちゃって
ただいま自宅療養&リハビリ中だったりする。
自分の身体の一部が、ある日、突然なくなっちまうなんて
たいそうショックなことだから
退院してきたら、どうやって接したらいいだろうかと
気を揉んでいた時期もあったのだけれど
周囲で心配していたよりも、愚弟は案外ケロッとしていて
現在は「長期休暇」の学生さんのように暢気に暮らしている。

だが、その暢気さが、時に私をイラつかせるのだ。

愚弟は今、自由に使える時間がたっぷりある状態である。
しかも身体が不自由になってしまったのだから
これから先の人生のために
色々と「しなければいけない」事があろうかと思う。
たとえば、何か勉強して資格を取る……とか。
会社に復帰したとしても、以前と同じだけの仕事ができない状態なのだから
それを補うような「何か」を身に付けた方がいいだろう
……と姉は1人、気を揉んでいる。

それなのに愚弟は、日々、暢気に、お気楽に遊び暮らている。
私が「なにか勉強した方がいいんとちゃう?」と言ってみたところで
「うん。俺もそう思う」と口先だけで返事をするだけで
まったく動こうとはしないのだ。
それどころか、毎日ゲームをしてみたり、ネットで遊んでみたり
土日には友人と出掛けたりして
将来を思い悩んで眠れない…なんてこともなく
思わず殺意さえ抱いてしまうほどの暢気さである。

困難に打たれ強いのには、我が弟ながら感心するが
その暢気さは、どうよ?

そんな気持ちが愚弟への「イラつき」へと変わっていく。
でも、私自身の中では、よく分かっているのだ。
もしもし愚弟が精神的にまいっちゃったり、落ち込んだりしたならば
イラついている場合ではなく、それこそ相当やっかいだって事を。
愚弟の主治医もカウンセラーも口を揃えて
「普通では、こう簡単には立ち直れませんよ」と話をしていたし
もしも私が同じ立場に立ったら、そう簡単には立ち直れないと思う。

愚弟と私の「今まで」を振り返ってみると……

愚弟は何かにつけ、シャカリキになって物事に取り組もうとしない人間だが
私は何かにつけ、シャカリキにになって事に取り組みたがる人間だ。
愚弟は私の半分ほどしか「努力」をしない人間だが
愚弟は私の倍以上は「打たれ強い」人間だ。

平たく言えば姉弟と言えども、別人格であり、タイプの異なる人間な訳で
どちらが良いとか、悪いとか、そういった次元の問題ではない。
贅沢を言うなら「足して2で割ったらバランスがいい」といった感じだろうか。

よ〜く分かっちゃいるんだけど
それでも、なんだかイラついてしまうんだな。
あぁ、せめて、せめて、ひとこと、言ってやれたら
その、ひとことが言えたら、どんなにスッキリするだろう!

あんた自分のこと「年の割には落ち着いた男」だと思っているようだたが
そうとう天然入ってるっちゅ〜〜ねん!
普通は、もっと苦悩するっちゅ〜〜ねん!
あんたってヤツは筋金入りの天然やぁぁぁぁ!

あぁ。すっきりした。
テンポが違う人間と接していると、時にはイラつくこともあるけれど
その日が来るまでは冷静に日々を送りたいと思う。

完治した暁には絞めてやるから覚悟しやがれ!

日記に記してみたところで冷静になれるはずもなく
やっぱり明日も、ちょっぴりイラつきを感じているのだと思う。
冬ですからね。寒いですからね。悶々としがちなのです。えぇ。
イラつきの原因を整理してみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年01月10日(木) もう、芋畑になんか行かない。

今日(日記日付的には昨日)たっぷり惰眠を貪って起床した私には
休日だというのに、午後からまったく「予定」がなかった。
29歳の独身おなごとしては、そうとう哀しい現実だったが
ふて腐れていても仕方がないので、とりあえず予定を立ててみた。

水曜日は映画1000円のレディースデイだし
映画でも観て、仕事帰りの友人を捕まえて
酒でも飲むか、うまいもんでも食べるか
とにかく、人恋しいし、誰かに付き合ってもらおう……

そんな事を思いながら昼食の焼き飯を口に運びつつ
なんとなくTVを観ていたら
マイカルが在庫大処分で8割引セールをしているというニュースが!
8割引といえば1000円のものが200円で買えるということだ。
正月明けで懐は寂しいが、欲しい物は山ほどある。

行かねばならない。どうしても。

熱い情熱にかられた私は愚弟を引き連れて、地元サティへ乗り込んだ。
大阪といっても比較的「田舎地方都市」のサティなら
それほど混んではいないだろう
……そう思って出掛けたのだが、私の考えは甘かった。
「田舎地方都市」のサティだというのに、そこは
「芋の子を洗うような人ごみ」としか言いようのない大混雑だった。
根性なしの私は「もう何も買わずに帰ろうか」とも思ったのだが
それでは、あまりに情けないので
とりあえず「何か」買って帰ることにした。

まず心惹かれたのは
8割引で200円にまで値下がりしていた二重構造のワインクーラー。
愚弟にワインクーラーを持たせてレジの行列に並ぶように命令して
私はランジェリーコーナーへ。ここも殺人的な人ごみだった。
「ばばシャツ」を山ほど抱えた婆さまだの
「キティちゃんパンツ」や「ピカチュウ柄パジャマ」
なんかを手に持った若いママさんに混じって
私もブラジャーだの、パンティだのを数点持ってレジの行列に並んだ。

安い。確かに安い。べら棒に安い。

それにしても……である。
田舎地方都市の、いったいどこに、これだけの人が潜んでいたのか?
エスカレーターは事故防止のために止められて
人の熱気でむせ返るフロアーの中で
なにゆえ人は精力的に買い物ができるのか?

残念ながら私は「ワインクーラー」と「ランジェリー数点」をGETしただけで
8割引セールと言う名の生存競争から脱落してしまった。
愚弟を引き連れて、すごすごと1階食料品コーナーへ退散し
食料と、乙女な母に献上するビールと
200円のワインクーラーを記念して、白ワインを1本買って
わずか1時間半ばかりで、サティを後にした。

ちょっぴり負け犬っぽい心境だったが
欲しかったワインクーラー(それまでは大鍋で代用していた)を手に入れたことだし
なんとなく「お祭り騒ぎ」に参加できたってことで良しとしよう。
自分自身に、そう言い聞かせながらGETして品物を次々と開封したのだが

なんと!
ワインクーラーには見事なヒビが入っていた。

思えば人ごみの中で1度、落としてしまったような気もするし
乱雑に並んでいたから、最初から不良品だったような気もする。
色々と思い当たることはあるのだけれど
200円のワインクーラーにケチを付けるのもどうだろうか?
かりに不良品だったとしても、あの「芋の子」を洗うような混雑の中に
ふたたび参加して、店員さんと交渉する気力なんて私には残っちゃいなかった。

仕方がないのでワインクーラーは接着剤で補修して使うことにした。
ワインも夕食も美味かった。
食事の後、食器を洗い、ワインクーラーを洗いながら私は思った。

もう、芋畑になんか行かない。

そんな休日を過ごして、また1週間がはじまる。
自分の馬鹿さ加減に、ちょっぴり涙しつつ(?)
今日の日記はこれでオシマイ。


2002年01月09日(水) 色々な日記達〜そんな日記が好きなのです〜

本日(日記日付的には昨日)は休日だと言うのに気力、体力共に最低で
1日の大半を睡眠に費やしておりました。
3度の飯より好きな読書も進まなくて
ネット散策も、ほとんど「見てるだけ〜」だったりして

あぁ。私ってば、なんのために生きているんだろう。

などと大げさに嘆いてみたりして
草臥れて寝倒して、外出する体力も気力もなかったくせに
人恋しくて「誰かに逢いたいなぁ。うぇぇん。サビシイぜぇ」
などとガゥガゥ心の中で吠えてみたりして
そんなにイケてないなら日記なんて書いてないで早く寝ろって
……とか思いながら、やっぱり今日も書いております。

昨日の日記に「書きたいことを書きたい時に書く」
……ということをチラッと書いたのですが
今日は、その続きの話をちょっとだけ。

日記と言っても公開日記となると
ある程度のルールはあると思うのだけれど
基本的には「書きたいことを書きたい時に書く」のがイイと私は思ってます。
……なんちゃってね。
今は大口叩いてますが、そう思えるようになったのは
『エンピツ日記』に参加して、随分経ってからの事なんです。えぇ。

色んな方に上から引っ張ってもらって、下からお尻を押してもらって
色んな方に日記を読んでもらって、私も読みに伺ったりして
やっとこ、さっとこ、力を抜いて書けるようになったと言うか。

引っ張ったり、押したりしてくださった方には感謝の気持ちで一杯です。

たぶん私には『エンピツ日記』ってフィールドが向いているのだと思います。
特に『My日記』に登録ってシステムのおかげで
今、現実世界で生きていたら絶対知り合えなかっただろう方々と
繋がっていける……ってところが魅力的で。
生息地も、年齢も、職業も、性格も、趣味も、生き方も、ポリシーも
どこか似ていたり、まったく似ていなかったりする方々の
面白い話だの、悩みだの、愚痴だの、日常だの、苦労だの、幸せだの
そんなこんなを読むのが好きで、そして私自身も書くのが好きで。

自分自身が一生で体験できることって、たかだか知れたものだけれど
誰かの日記を読むことで、体験できないことを垣間見ることができる訳で。

「そ〜ゆ〜のもイイよねぇ」とか
「そりゃぁ酷いや。せめて愚痴っておくんなさいまし」とか
「上手い! 座布団1枚!」とか
「密かに心の師匠と思ってますよ」とか
「なんの力にもなれないけど応援してます」とか

色んな日記を読んで1人勝ってに思って読ませていただいてます。
掲示板やメールで感想を伝える事もありますが
「こっそり」読んで「こっそり」投票していることも多いです。

生きていると、とかく「嫌」なことが多いですが
少しでも面白おかしく生きる手段てして「利用」できる事も多いです。
「公開日記」は、そんな手段として利用できたらいいなぁ
……なんて思っています。

なんだか今日は「おりこうさん」な日記ですね。
えぇ。馬鹿だったり、おりこうさんだったり色々な日があります。
でも「おりこうさん」は、そんなに得意ぢゃないので
今日のところは、この辺にて遁走させていただきます。

明日も「あなた」と、お逢いできると嬉しいです。


2002年01月08日(火) 出家願望があったりします。

お正月休みの7日間で「なまけ癖」が身に付いてしまっていたので
休み明けは、さぞかし辛かろうと思っていたのだけれど
こりゃぁ、もぅ、予想を遥かに上回る辛さだった。

ぶっちゃけた話、堕落した生活は楽しく、勤勉な生活は辛い。

私が身に付けた「なまけ癖」の代償は
終電で寝過ごしちまったために使ったタクシー代8000円
……だったのは、高かったのか、安かったのか?
ぼんやりしていて「うっかり事故死」なんて事態にならなかっただけでも
まぁ「ヨシ」という事にしよう……と自分に言い聞かせている。
もっとも、いくら強がってみたところで懐の寒さは隠せないのだけれど。

世の中には「働くの大好き」って人も大勢いらっしゃると思うのだけれど
どうやら私は根本的に「働くの大嫌い」なタイプの人間なのだと思う。
だからって、今の仕事や職場に不満がある訳でもなけれぱ
仕事に対する「やりがい」や「プライド」だって
いっぱし…と言うか、それなりに持っていたりする。

が。
「あなたにとって働くことの意義はなんですか?」と問われれば
私はキッパリと言い切る自信がある。

生活のため。生きていくため。お金を得るため。

我ながら「せちがらい」言い草だとは思うのだけれど
本心なのだから仕方がないと言うか、なんと言うか。

以前、お酒の席で友人と「長い将来の展望もしくは仮定的想像」について
よってたかって、くだらない語りを繰り広げていた時
なんの気なしに「仮定的想像」モードで

私の老後は……60歳で唐突に出家を断行。
聖職者へと華麗に転身した後説教して全国行脚を決行。
西行とか良寛とかみたく、フラフラ暮らすのもいいなぁ

……と言ったらば

あんたほど聖職者の似合わんヤツがそんなこと言うな
フラフラ暮らして果てるのはともかく
それ以前に修行に堪えられるはずがない

などと友人達からコテンパンにのされてしまって
その時は「酷い言い草やなぁ。私だって、やる時ゃ、やるさ」
などと反論したのだけれと゜
たぶん、その通りなんだろうなぁ……と、今年のお正月は改めて思った。
明日(日記日付的には本日)は私の定休日。
嬉しくてたまらない。もう、仕事に行かなくてイイってだけでも幸せ。
つくづく出家向きの人間ぢゃないなぁ
…と思ったところで今日の日記は、これにてオシマイ。

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昨日の日記に書いた「初潮」がらみの話を書きたかったのだけれど
唐突に「今、書きたい」ことがあったので
なにやら、またしても方向が違ってたりします。
気が向いたら、明日は書くかも…書かないかも(^^ゞ
まぁ「日記」なので、日々、気分次第なのです(笑)


2002年01月07日(月) 『あかい花』〜初潮をめぐる物語

『あかい花』 中脇初枝 青山出版社  を読んだ。

読書好きの方が書いている日記を読んで
「どうしても読まなくちゃ」という衝動に駆られて手にした1冊だったのだが
読書好きの「本能」も捨てた物ではなくて
私にとっては大当たりの1冊だった。

『あかい花』は初潮を迎えた8人の少女を綴った短編集である。

最近は女性作家の「赤裸々系」のエッセイや小説が増えているので
いまさら「初潮」なんてテーマは珍しくもなんともないのだけれど
赤裸々系の作家さんの文章だと、テンションが高すぎたり
作家さんの感性は一般人とは違うしなぁ〜
などと遠い出来事のように感じたり
面白いけれど、おなか一杯です……みたいな状況になってしまう事がある。

また、そういったテーマを美しく上品な手法で描かれたりしたら
甘ったるくて眩暈がしそうで、とても私の好みではないのだけれど
『赤い花』は、その辺の匙加減が絶妙に良かった。

8人の少女達が受け止めた「初潮」は、それぞれまったく違う形だった。
「憧れ」「喜び」といったプラスの感情が強い少女もいれば
「憂い」「嫌悪」といったマイナスの感情が強い少女もいた。
清く正しい「いまどきの性教育」を受けてきた彼女達は
「初潮」迎える前に、その存在を知っていたし(知らない少女もいたが)
「通るべき道」として淡々と受け入れているのだけれど
それでも隠し切れない動揺や不安が行間からこぼれ落ちていて
こぼれ落ちた、その微妙な感情の波は
私を「初潮を迎えたあの頃」へとトリップさせてくれた。

「それ」が訪れたからと言って世界が劇的に違って見えるわけでもなく
「大人の女性の仲間入り」などと言われたところで
いまひとつピンとくる物はなくて
それまで味わった事のなかった、気だるさと
言い知れぬ憂鬱さが確実に「それ」の存在を感じさせてくれた。
自分の中の大切な部分に歪みが出来てしまったような
……そんな気がした、あの瞬間。

もちろん、一言で「初潮」といっても
1人、1人感想は違っているのだと思うのだけれど
私は、そんな風に初潮を捉えていたなぁ…と思い出してしまった。

難しい理論や、過激な設定や、大げさな表現を使わず
少女の年齢の言葉で綴られているに過ぎない短編小説集なのだが
今までには見かけない作風だったように思う。
過激に、そして過剰に表現するだけが文章の手段ではない。

あるがままを受け入れて、その事実を見つめて文章にする。
私も、そんな文章が書いてみたいものだと思ったりした。


2002年01月06日(日) 年賀状考察。社会人失格?

昨年末の日記で「年賀状だけの付き合いなんていらない」
……などと私は声高に宣言した。
その考えは、やはり今年も変わっていない。

しかしながら私は「無視」という行為が徹底的に嫌いなので
「なんで、この人から年賀状が?」と思う方からいただいた年賀状にも
それなりに、お返事を書いて投函した。
元旦にも、正月3日にも、せっせと書いて投函した。
まぁ、たいていは「それなりの・これ」だったのだけれども
1枚だけ、どうしても理解できない年賀状があった。

なんとなく愚痴っぽく、かつ見方によれば悪口めいた話になっちまうので
少し二の足を踏んでしまうのだけれど、やはり書いておくことにする。
この日記は誰の日記でもなく「私」の日記なのだから。
仕事始め早々に終電帰宅するほど残業して
しかも、草臥れ過ぎて、寝過ごして
「タクシー帰宅」で8000円も浪費しちやったりして
脳味噌の調子がイマイチで書いている文章だったりするのだけれど
「それは・それ。これは・これ」なのである。

私が理解できなかった年賀状はネットで知り合った方から戴いた。
互いに住所を教え合うような関係になった方だったのだけれども
その方はネット世界から半分、足を洗って
ネット世界の人間関係を清算されたような経緯があったり
私が出したメールにも返事がなかったりなんかしたので

私自身は「もう、これっきりだなぁ」と思っていた。

喧嘩をした訳でもなく、嫌いになった訳ではなかったのだけれど
反応が返ってこない相手を追いかけるのは、私の趣味ではないし
相手にとって「うざい」と思われるような関係に持ち込みたくはなかった。

緩慢に切断されていく人間関係があってもいい……そう思っていたのだ。

そんな経緯があっただけに、その方からの年賀状は非常に驚いた。
↑しかも手書きメッセージ付きだった。
私が1人勝手に「終わった関係」だと思っていただけで
本当はそうではなかったのだろうか?
とにかく申し訳ない気持ちで一杯になった私は、慌てて年賀状を書き
年賀状を出していかなかった理由と、近況報告などをメールした。
メールの内容はこんな感じ。

思い掛けず年賀状を戴いて、とても嬉しかったこと。
ネット世界の人間関係を清算されておられたようなので
私の方から年賀状を出そうかどうしようか迷ってしまった末
結局、出さずじまいで終わってしまったこと。
今年は弟の再手術があるかも知れないが、まずは頑張ろうと思っていること。
今年が、その方にとって素敵な年であるように祈っているということ。

ちなみに、そのメールに対する返事は無かった。
毎日PCを繋いでおられる方なので
メールは届いているだろうと思われる上に
基本的には「筆まめ」な方から6日以上返事がこないということは
「もう返事は来ない」という事だろうと推察される。

それにしても……これは私の失策だったのだろうか?
たとえ、それが「どこから、どう見ても嘘」であったとしても
「忙しくて年賀状を出すのが遅れちゃいました」と一筆添えるか
あるいは、まったく知らぬ顔をして年賀状を出した方が良かったのだろうか?

それよりなにより「メールもしない相手」に年賀状を出すというのは
どういった気持ちがあっての事だったのだろうか?
それが人間の「義理」とか「付き合い」といったカテゴリーに属するものなら
私は今まで、自分が考えていた以上に
「義理に薄く・付き合いも薄い」人間ということになっしまう。
だとすれば、少しばかり認識を変えた方がいいのかも知れない。

新年早々、色々と考えてしまった。
たかが年賀状。されど年賀状。
私が理解できなかった年賀状を出してこられた方との関係はともかく
今後、人間関係には、もう少しナイーブな心でもって挑みたいと思う。


2002年01月05日(土) 新年の憂鬱。気休めなんていらない。

1月4日……
日本社会では、まだ「あけましておめでとう」が通用する、その日。
私は憂鬱のどん底にいた。
理由は自分自身が1番よく理解している。

よい年になるといいですね……とか
今年はきっと、よい年になると思います……とか
ありがたい言葉を頂戴しても私は知っているのだ。
↑実際、私も「なにげ〜」に使ってるし。

ありがたいけど、でも、気休めだってことを。

いや。だからって私自身は悲観している訳でもなく
「まずまずの年」になるだろうなぁ…とは思っているのだけれど
それでも新年の憂鬱だけは、どうにもできない訳で。

しかも、明日からは出勤して食い扶持を稼がねばならぬ身としては
鬱々としていても拉致があかないので
とりあえず「憂鬱撃退」に励むことにした。

まずは昨年、ほったらかしていた「本の整理」に手をつけた。
とりあえず70冊〜100冊ばかりの本を処分して、あらたに本を購入。
最初に手にした本が坂口安吾『堕落論』だったりして
それって、いったい……なんて思うと、お笑いだったけれど
私にとっては精一杯の「お片づけ」であった。

次にしたのは「衣類」の購入。
近頃、ダーク・カラーしか身につけなかったのだけれども
気合を入れようとて
通勤用にちょっと明るい色目のローズ・レッド色のセーターを購入。
ついでに、寒さ対策をかねてダーク・グリーンのパンツ(ズボン)を購入。

で、もって、最後の〆は……
「お正月休み」のラストを飾るべく夕食の食材フグを購入。
……っていっても王者「トラフグ」ぢゃなくて
お正月特別ご奉仕品の「サバフグ」だったけど。えへっ。
フグチリにしてさ。雑炊までいただいたよ。
美味しかったよ。フグ。王者ぢゃなくても充分にさ。
関西人はフグ好きなんだよねぇ。なんだか知らないけど。

そうやって、私は「心の隙間」を「物品」でもって塗り込めて
今年も頑張ろうと誓うのであった。
いや。なに? なんだ、かんだ言って楽しそう…っか?

楽しいと言えば楽しくもあり。
苦しいといえば苦しくもあり。

曖昧なところなんですねぇ。はい。

まぁ、そんな感じの年明けなんでありました。
では、今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年01月04日(金) あの世の人は助けてくれない。宝くじは当たらない。

少しづつではありますが
「お正月まったりモード」がうすらいでいますね。
日記日付的には1月4日。
今日から出勤という方もおられるかと思います。

ところで「宝くじ」はお買い求めになられましたか?
もしかして当たっちゃったりしまいたか?
宝くじ、私は買いませんでした。だって当たらないもの。
買わなきゃ当たらない宝くじですが
買っても当たらないのが宝くじです。

「宝くじなんて買っても当たらない」
29年生きてきて、ずっとそう思っていた訳でもないのですが
「やっぱり当たらないなぁ」と実感してからは
もう2度と買うもんか! と思っています。

あれは昨年の夏……
弟が酷い事故に遭遇して、父の初盆を迎えたあの日。
そうとう真剣な思いを込めて買ったのですよ。宝くじ。

そして私は心の底から祈りましたとも。
父の仏壇に手を合わせたのは、その時が初めてだったかも知れません。

お父さん。お願いだから宝くじ当ててください。
1等とは言わないけど100万でいいから当ててください。
当ててくれたら借金残して迷惑掛けまくって死んだこともチャラにします。
お盆には毎年、文句を言わずにキュウリとなすびで「牛」と「馬」を作ります。
↑私の家の宗派ではお盆の飾りに「牛」と「馬」を作ります。
お父さん。あんたの実の息子の一大事です。だから、どうぞ当ててください。

私が生まれて初めて捧げた「熱い」祈りでした。

当然ですが当たりませんでしたよ。宝くじ。
当選発表の日は本気でがっかりしたものです。
そして本気でがっかりする私を見て乙女な母は言いました。

もしかして本気で当たると思ってた?

思ってましたよ。本気で。私はいつだって本気です。
だからこそ確信したのです。宝くじは当たらないって。

最近、なにかと言うとTVに宜母愛子が出てきて
「亡くなった方による霊触が……」なんて言ってるようですが
私はそんなの信じません。
死んだ人は生きてる人に悪さなんてしないのです。
ただでさえ大変なことが山盛りの世界で生きてるってぇのに
あの世から足引っ張られたりした日にゃぁ
こっちの世界に引き摺り出してボコボコにしてやる…ってなもんです。

死んじゃった人は何も助けてくれないんです。
宝くじだって当ててくれませんでした。えぇ。

ちなみに我が家では母と愚弟が宝くじを買っていたようですが
当然ながら当たっちゃいませんでした。
私は買いませんが「当たったら分け前ちょうだいね」
なんて虫のいいお願いをしていたので、ちょっぴり残念です。

この日記を読んでくださっている方の中で
「私は宝くじで大金を当てた」って方はいらっしゃいませんか?
↑大金と書くと曖昧なので100万円以上ってことで。
見ず知らずの方に奢ってくれだの、分け前よこせとは申しません。
掲示板が「なに」でしたら、メールなどでこっそりと。

身近に宝くじで大金を当てた方がいらしたら
次回の宝くじは買っちゃうかも知れません。

はぅぅぅっ。
当たらない「宝くじ」に八つ当たりなんてしていないで
お正月がすんだら勤勉に出勤することにします。


2002年01月03日(木) 『アメリ』〜噛みあった歯車が奏でた音楽

このお正月休みは、たいした理由もなく
「映画に浸かろう」と思っていて
年末年始の慌しい時期にコソッと映画を観に行っていた。
日付は随分とズレているけれど年末30日は
『アメリ』 ジャン・ピエール・ジュネ監督 を観たので、その感想など。
↑元旦に観た『ムーランルージュ』はどうした?とかツッコまないでね。

雑誌などでは、かなり評判の高い作品のようだけれど
実際に「いい映画」だと思った。

ヒロインのアメリはフランス人の若い女性。
年齢的には、もう立派な「大人の女性」なのだけれど
いまいち「現実世界」との折り合いが付けることが苦手で
自分をコントロールできていない不安定な女性だ。
彼女の両親は2人とも、悪い人ではなかったのだけれど
彼ら自身が「現実世界」との折り合いをつけるのが下手なタイプで
アメリは、その影響を多分に受けて大人になった。

ネタバレのない程度にストーリーを書こうと思うと
「あえて書くほどのものはないかも」という曖昧な物語だが
言葉のセンスが楽しくて、映像がピカイチに良かった。
どのシーンを切り取っても、そのままポストカードにできそうなほど
映像として完成されていたように思う。

ようするに映画そのものが「小粋」な感じだったのだ。

そして『アメリ』の1番の良かったなぁ…と思ったところは
曖昧な物語がゆっくりと進んでいく中で
噛みあわなかった世界(アメリを含む)の歯車が、あるべき位置に定まって
ゆっくりと回りだしていくところだと思う。

噛みあった歯車が奏でた音楽は
オーケストラでも、ロックでも、ポップスでもなく
古いオルゴールの音色のように素朴で、しかし確かな音楽だった。
最上の音楽である必要はない。
ただ「そこに音楽がある」という事実が何よりも重要である
……そう感じられるような旋律だった。

女性に観てもらいたいなぁ…と思う1作だった。
男性が観ると、どんな反応がかえってくるのだろう。

「映画的年末年始」を目論んだ私としてはムフフな1作だった。


2002年01月02日(水) 元旦に己の未熟さを知る

2002年、元旦。午前7時。
大阪の空は「あほちゃうか?」と思うほど晴れ渡っていた。
元旦に相応しい日本晴れ。元旦の朝は清々しかった。
まい・さんくちゅあり(台所)に隣接する四畳半の部屋では
夜遊びをして帰宅した愚弟と
その友人が暑苦しく雑魚寝をしていた。

せっかくの元旦。
せっかくの休日である。
何かしなければ、もったいない。

私は乙女な母を自動車に乗っけて映画に出掛けることにした。
↑私は宗教活動に熱心でないので初詣より映画の方が魅力的だった。
毎月1日は映画の日。1000円で映画が観れちゃうのだ。
こんなお得な機会を見逃す手はない。
乙女な母の希望で『ムーランルージュ』を観ることに。
↑映画の感想は機会があれば、また。

道はこれまた「あほちゃうか?」と思うほど空いていた。
あまり運転が好きでない私も空いた道なら運転だって楽ちんプー。
が。そんな心地良い運転もつかの間
自動車はバッコンバッコン変な音を立てだした。
前輪のタイヤがパンクしちまったのだ。

自慢ぢゃないが私は自動車の知識は皆無である。
ジャッキさえ、まともに使えない。
「こいつは困った」と途方にくれた私だったが
数メートル先にレンタカー屋があるのを発見。
もぅ「おあつらえ向き」としか言いようのない展開だった。
レンタカー屋の主人は、たいそう親切で
無能なドライバーを貶すでもなく、気持ち良くタイヤを交換してくれた。
新年早々ついてない…と思ったが世の中は捨てたものではなかった。

親切なレンタカー屋の主人のおかげで、映画の上映には間に合った。
しかも映画館は「ガラ空き」でラッキーだった。
元日の初回。しかも地元映画館だけのことはある。
映画は、まずまず面白くて「おなご」も「乙女」もたいそう満足した。
アクシデントはあってものの滑り出し快調…って感じがした。

軽く遅めの昼食を済ませて帰宅。
ポストを開けたら、当然のことながら年賀状が届いていた。
「おなご」の私は年賀状の束を見て非常にあせった。

年賀状を出してない人から、いっぱい届いてるぢゃん。

悪気はなかったのたがうっかり出し忘れた人。
私の中では付き合いが終わたと思っていたので出さなかった人。
出したいと思っていたのだけれど付き合いが薄くなっているのに
出すのはかえって迷惑かなぁ迷った末に出さなかった人。

誰しも経験することだろうとは思うのだけれど
今年はちよっと枚数が多過ぎた。
「これって社会人としてどうよ?」と思う枚数だった。
この年賀状の枚数は私いう人間の未熟さを表す
ある種の指標ではなかろうかと思った。

単にうっかり忘れていた人には、ていねいに。
私の中でふっ切れていた人にも、それなりに。
迷った末に出さなかった人には、思いを込めて。

せっせと年賀状を書いて夕方に投函した。
私の中で「もう切れちゃってる人」には罪悪感は感じなかったけれど
そうでないのに年賀状を書かなかった人には
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
↑ここで謝ってみても、なんの意味もないってことは承知しております。

自動車のパンクといい、年賀状といい
なんとも私らしい年明けではあったのだけれど反省しきりである。
今年は、もう少し思慮深い大人の女性になりたいと思った。

自動車を運転するならタイヤの交換は出来た方がいい。
人と付き合うなら年賀状はキッチリ出した方がいい。

新年早々反省しきりのスタートだった。
海よりも深く反省したところで今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年01月01日(火) めでたくもあり。めでたくもなし。

あけましておめでとうございます。
本年も私、馬鹿馬鹿しく書き連ねていく所存ですが
なにとぞ、よろしくお付き合いのほどを。

新年です。元旦です。まずは目出度いです。

正月は 冥土の旅への 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし

……なんてハスかまえた歌なぞを思い出している場合ぢゃありません。
いや。好きなんですけどね。一休さん。
まぁ、そんなことはおいといて。
年明けですから、ほら。抱負とか予定とか書いておこうかと。

現在、分かっている大きな予定としては……
三月に入ったら愚弟の手の詳しい検査が予定されていて
その結果次第で再手術があるようです。
でも今回の手術は前向きな手術なので、ちょっと気が楽ちんちん。

なんと。医学っちゅ〜のは日進月歩なものなのですね。
怪我をした左手が安定していて、血の流れが良ければ
「さらに動くようになる手術」ができるのだそうです。
足とか右手の使っていない神経や筋を左手に移植したり
腰の骨を削って「新しい親指」を作るのだとか。
弟と似たケースだった20歳の患者さんは「21回の手術」をへて
「素敵な手」を手に入れたのだそうです。
愚弟の場合は怪我をする前の「7割」の状態まで快復する見込みがあるのだとか。

愚弟曰く「神経とか筋の手術は頑張るつもりやけど、親指については悩み中」
……なのだとか。
「親指」を作ったとしても「人差し指」はどうなるのか?
……という部分が愚弟を悩ませているらしい。
その辺の話は主治医と詰ていないので不明なのですが
「親指」があったも「人差し指」がない状態だと「人差し指」は義指になるので
いっそ、どちらも義指にしてしまおうかと思っているようです。
もっとも検査の結果が悪ければ手術じたいが流れてしまうので
私、姉として、ひと言だけガツンと言ってやりましたとも。

悩むのは検査の後にしとき。今から悩んでたらエネルギー切れるし。

そんな訳なので今年の前半〜中盤は、バタバタ馬車馬生活になりそうです。
あとになって後悔のないよう、愚弟には適当に頑張ってもらいたいと思いますし
何より、協力を惜しんで愚弟から恨まれるのは嫌ですし
まぁ、今のうちにたっぷり恩を売っておいて
ゆくゆくは倍返しにしてもらうのも悪くないかと(笑)

愚弟の手術が落ち着くであろう、後半戦は、パーッとはじける予定。
手始めに旅行。なにをおいても旅行。
昨年は大阪と奈良の土しか踏んでいないので、そろそろ腐ってきそうです。
前半〜中盤にお金を溜めてパーッと行ってこようと思っています。

そして最大の野望はパートナーを作ること!
これも愚弟の件が落ち着くまでは
「家」「仕事」「病院」で手一杯になっちゃうかと思うので
その間は「ブイブイ押していく」余力がないだろうと思うのですが
晴れて放免となった暁には「ブイブイ押していく」を実践しようかと。

今年も張り切っていきたいと思います。
これを読んでくださっている「あなた」の新しい年の滑り出しが
「イイ感じ♪」でありますように、念力などお送りして
年頭のご挨拶とさせていただきとうござりまする。

おりゃぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!
↑念力。届きましたか? (笑)

                白蓮拝


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