白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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引越し先 白い木蓮の花の下で


2001年12月31日(月) 大晦日・尾行・1999

2001年もいよいよ大晦日。
大晦日といえば、大掃除に、紅白歌合戦に、年越しそば……
なんとなく「ご家族」めいた行事や風習があったりして
面倒臭いながらも、けっこう好きだったりする。

でも、私にとって大晦日は別の意味において特別な日なので
大晦日になると、やはり感傷に浸りきってしまう。

1999年の大晦日の夜。
当時、まだ生きていた父は、ほぼ完全に正気を失って街を徘徊したのだ。
母と私の言葉など、外国語を聞いているようだった
…のかどうかは謎だけれど
父は人の言葉など聞いちゃいない様子で午後9時頃から徘徊をはじめた。
病院へ連れて行くといっても、なにしろ大晦日だ。
しかも微妙に「生命にかかわる」という事態ではない。

仕方がないので私と母は2人して父の後を尾行した。
大晦日の夜……
頭のイカレた中年の男と、妻と、娘が不可思議な行列を作って歩いた。
「いったい、いつまで徘徊するのだろう」と心配したいたのだけれど
どうしたものか父の帰巣本能は、まだ機能していたらしく
11半頃には自ら帰途につき、自分の布団で眠ってくれた。
ひと息ついてTVをつけると小林幸子が飛んでいた。

年明け早々に父は何度目の入院をして
そのまま死へ滑走路を、ゆっくりゆっくり進んでいった。
8ヶ月に渡る入院生活の間にも色々と難儀なことはあったのだけれど
一昨年の大晦日の尾行は
「マイ・ベスト・吃驚大賞」にノミネートしたいくらいの出来事だった。

ちなみに元旦は、父の誕生日だったりする。

大晦日は「尾行記念日」
元旦は「父の誕生日」

私の性格は、どちらかと言うと
「スッキリ・サッパリ・キッパリ」と清涼飲料水のキャッチフレーズのように
後味を引っ張らない性質だと思うのだけれど
大晦日と元旦は、ちょっぴり思い出さずにはいられない。
↑すっかり忘れてしまったら、それは「鬼」って感じもする(苦笑)


思い出話は、こんなところでおいといて。
今日は大晦日。一般的な話も少し。

「エンピツ日記」は10月にデビューしたばかりで日が浅いですが
今年、お付き合いくださいました「あなた」どうもありがとうございました。
「さるさる日記」から引き続きお付き合いくださったいる「あなた」
裏も表も見せちゃってるのに変わらず仲良くしてくださって
本当にありがとう。

ささやかな日記&掲示板を可愛がってくださってありがとうございます。
来年もよろしくお願いいたします。
では、良い新年をお迎えくださいませ。

                  白蓮拝


************************

しんみりモードになっちゃった方が、いらしたらごめんなさい。
私、30日の夜は女友人とペルー料理を食べて
その場の勢いで初体験のサルサダンスを踊って
膝ガクガクいわせてました。
まっ、来年も気楽によろしくです〜m(_ _)m


2001年12月30日(日) 安物の顔

私の顔は「安物」だ。
さして卑下しているのではなくて、本当に「安物」なのだ。
丁寧に、違う言葉をで表現してみるとすれば
「お手入れをしていない顔」なのである。

美しくお化粧をした男女を鑑賞するのは大好きだけれど
どうしたものか自分自身でお化粧に励む情熱に欠けているのだ。
出勤するときは「それなりの・これ」といったお化粧をするのだけれど
まぁ、なんと「おざなり」なことよ。

ちなみにディリー・ケアーとして使っているのは
化粧水→某メーカー『ベビーローション・化粧水タイプ』
乳液→某メーカー『ベビーローション』
ちなみにファンデーションは『無○良品』だったりする。

3つとも一般的な化粧品の値段を考えると超安価!!

どうも化粧品のコーナーに出かけて行って
美容部員のお姉ちゃんにマークされるのが苦手だし
その上「そこに行かないと買えない」ものを使うのに抵抗があるのだ。
「あっ。化粧水切らしちゃった」って時に、どこでも買えるものが好き。
だからドラッグストアはけっこう好きかも……なのだ。

そろそろ三十路もせまってきていることだし
いいかげん、お肌の手入れにも情熱を向けにゃならん
……と思いつつ、いま一歩熱心になれないんだなぁ。

世間の女性は、どんな風に手入れをしておられるのだろう?

ちなみに私の周りは
「化粧品メーカーこだわりアリでバッチリメーク」チームと
「気が向いたときに気が向いたようにしている」チームに別れている。
説明するまでもなく、私は後のチームのメンバーだ。

もし少し、お金をつぎ込んでやっても、良いような気がする。私の顔。
あまりにも安物すぎるので「顔にドロを塗られても平気」なくらいだ。
↑もっとも、あまりにも安物過ぎるので「ドロ」を塗ってくれる人もいないけど。

ここのところ、ちょっと「乾きっぽい肌」になってきているので
ネタにしている場合ではなくて、手入れをした方がいいだろうなぁ。
今日はとりとめもなく化粧の話など。
……って、そんな「なごやか〜」に語っている場合かな??
年末の準備がぁ〜とか言いながら、今日は犬を洗っただけ。
犬臭かった犬が小奇麗な犬になって、にわかに、お正月モード。
えへっ。明日は頑張ろう。


2001年12月29日(土) それが幸せに結びつくのではない…と。

待望のお正月休み初日。
ゆ〜〜っくり布団にいて、のそのそ起床。
軽い朝食の後で銀行や郵便局へ。
たまっていたメールの返事を書いたり、本を読んだり、昼寝をしたり。
夕方まで実に「まったり」とした時間を過ごした。

夕方、地元の友人と待ち合わせて食事に出掛けた。
私とは正反対の性格の彼女は、地元で保母のアルバイトをしている。
メールや電話のやりとりはしているが、生で会うのは半年ぶりだった。

半年ぶりに会った彼女は何故か冴えない顔をしていた。
お互い空洞になっていた時間について報告をする。
私の半年は、自慢ぢゃないがワイルド・ワイドだった。
彼女の半年は取り立てて事件もなく凪のように穏やかなものだったらしい。

報告だの、趣味の話だの、食事をしながら取りとめなく話をした。

たくさんの会話の中で行き着いた1つの形は
彼女がよるべない愚痴や弱音を吐き出して
私が彼女を励ます。もしくは慰める。というものだった。

恋人こそいないものの
両親健在で、仕事も楽ちんで、素敵な住宅に住んでいる彼女と
恋人もいなかったりして
オヤヂは死んで、仕事はハードで、おんぼろ長屋に住んでいる私と
……表面的なところで見れば、私の方がずっと不幸そうであるし
実際に「不幸な状況」と言っても差し支えはないのだけれど
人間は「そこそこに満たされている」からといって
それが幸せと結びつくのではないのだと思った。
もちろんハングリーな状況が幸せだなんて、口が裂けても言いたくないが。

別れ際に彼女が見せてくれた覇気のない笑顔が気に掛かって仕方がない。
だからって私が「何」を「どう」することもできないのだけれど。
私は彼女の友人ではあるけれど、家族でも恋人でもないのだから。
もしかすると、家族でも恋人でも、どうしようもできないのかも知れない。

彼女は「生きるエネルギーが希薄」なタイプの人だとは思っていたけれど
それにしても今日は頼りなげで、なんだか危なっかしい感じがした。
女性の29歳というのは悩める年頃なのだろうか。

くだらない事に腹を立てたりする私の「余分」なエネルギーでよかったら
彼女に分けてあげたいなぁ……と思ってしまった。
↑そんなもん、いらないかも知れないが
そう言えば、彼女はほとんど「怒る」ことをしない人だ。
私は彼女と長い付き合いをしているが彼女が熱くなったり激している姿など
ほとんど見たことがないような気がする。
これもまた、個性……なのかも知れない。

久しぶりの再会は嬉しくもあったけれど
心にどこか引っ掛かる物があった。
みんな色々な時間を過ごしているのだなぁ……なんてシンミリ思った。


2001年12月28日(金) 夢見る建築士♪

あらためて書くのも、なにですが、私の仕事CADオペレーターです。
住宅図面のトレースと、パース(完成予想図)を描くのが主な業務内容。
建築屋さんでも、花形ともいえる「設計」って部署に所属していますが
私の仕事は縁の下の力持ちで、言うなれば建築士さんのサポートです。

まぁ、前置きはこのくらいにして。

私は何人かの建築士さんと組んで仕事をしているのですが
1人、なかなか愉快なキャラを持った建築士さんがおられます。
名前はKさん(仮名)27歳。独身男性。若手の建築士さんです。
Kさんは人懐っこくて、お喋りな卵焼き体質の男性です。
とにかく、しじゅう、しゃべっているイメージがあります。
そして、ちょっぴり夢見がちで
しゅっちゅう1人語りを披露してくださいます。

やっぱ、対面キッチンって憧れますよね〜
……なんてKさんがひとたび口を開いたら、それは妄想が暴走する合図。

やっぱ、対面キッチンって憧れますよね〜
仕事から帰ってきたら奥さんが洗い物とかしてて
「あなた。いつもお仕事お疲れ様」とか言ってくれたりなんかして
洗い物の手を止めて、コーヒーなんか入れてくれちゃったりして……

とか。

俺、書斎のある家を設計するのか、ごっつぅ好きなんすよ〜〜
たとえば……俺が家のPCで仕事とかしてる時に
後ろから奥さんがコーヒーを差入れてくれちゃったりなんかして
それでも黙って仕事してると、奥さんが後ろから抱きついちゃったりして
「邪魔だからのけよ〜〜」とか俺が言って〜〜

とか。
他にもバリエーションは色々あるのですが、とても全部は書ききれません。
どのシュチュエーシュンにもコーヒーだよなぁ…とか
最後には必ず「奥さん」が登場するよなぁ…とか
心の中で「まい・つっこみ」を入れながらKさんの妄想を聞いているのですが
「Kさん、気持ちは分かるけど、仕事しましょ。ね」
どこかでストップをかけないと仕事が進まないのて゜
心を鬼にしてKさんの妄想にストップを掛けさせていただいております。

どうやらKさんの妄想は「忙しい時」「疲れた時」に暴走するようです。
妄想って人を元気にする力がありりますもの。えぇ。
私も、始終妄想の世界で遊びますからKさんの気持ちはよく分かります。

家を建てる仕事…しかも立派な家を建てる仕事をしていたしても
その職業に従事している人が、そんな家に住めるかというと
そういう訳でもなくて、ましてや「注文建築の家」ともなると、さらに難しい。
Kさんが、てっとり早く妄想を現実にするには
宝くじを買うのが1番の近道かと思われます(笑)

それにしても今年は、たくさん家の図面を描きました。
不平不満と肩凝りとを道連れにして、
それでもまぁ無事に1年が終わって、ひと安心です。
28日〜年明け4日までの1週間は待望のお正月休み。
寝るのがもったいないくらいにワクワクしちゃっています。
うひょひょひょひょ〜〜何をして過ごしましょうかねぇ。
なんちゃって、最初にすることは「朝寝」に決定しております。

明日からの「自由な日々」にトキメキつつ今日の日記はこれにてオシマイ。


2001年12月27日(木) 何も変わっちゃいないのかもね。

昨日は電車で乗り合わせた女子高生4人組をみて
なんぢゃ、かんぢゃと、色々考えてしまったのだけれど
その勢いが、ちょっぴりあまって「私もあんな頃があったなぁ」などと
ちょっぴりオバサンちっくな感傷に浸ってしまった。

あの頃……

私は女子高校に通っていたのだ。
中学生の頃は「もしも私立に行くならクリスチャン系の学校がいいな」
……などと、なんとなく思っていた。
なにしろ我が家は「典型的な日本家庭」だったので
チャペルだの、礼拝だの、シスターだの、キリスト教とはご縁がなかった。
小説か、漫画か、アニメでし垣間見たことのない未知なる世界に
ぜひとも、飛び込んでみたいという好奇心でいっぱいの私だった。

が。世の中、思い通りに事は運ばない訳で……

私の通った高校は「クリスチャン系」ではなくて「仏教系」だった。
蔦の絡まるチャペルはなかったが、線香臭い講堂があり
礼拝はなかったが、数珠を片手に勤行があり
校舎にシスターはいなかったが、袈裟をまとった坊さんがいた。
学校で何がしかの宗教行事があるたびに
自分が「信心深いばあさま」にでもなったような気がした。
↑宗教活動には、まったく熱心ではなかったのだけれど。

思えば勉強も熱心な生徒ではなかった。
図書館と、お喋りと、交換日記と、手紙と、リレー小説に明け暮れていて
お洒落には、あまり目を向けていなかったような気がする。
……って、考えてみると、今の私とさほど変わっていないかも。
手紙がメールになり、ノートに書いていた日記はweb日記に形を変えたけれど。

もちろん「まったく変わっていない」訳ではなくて
あの頃を思えば、逞しくもなったし、厚かましくもなった。
だけど「根っこ」の部分は何も変わっちゃいないのかも知れない。

昨日出会った女子高生4人組は、どんな大人に成長するのだろう?

私は「お仕着せの髪型をさせられるなんて酷い!」と憤慨したのだけれど
案外、彼女達は、なんとも思っていないのかも知れないなぁ…と思ったりした。
「これくらいの事で部活がスムーズにいくなら別にいいか」
……とかなんとか、割り切った考え方が出来ているのかも知れない。

……とかなんとか、うだうだと考え事をしている間にも時間は過ぎていくわけで。
気が付けば年末。今年ももうすぐオシマイ。
女子高生4人組みについて考えている暇があったら
掃除の1つでもしなきゃいけないなぁ。

27日は仕事納め。
今年も、あと「ひと頑張り」ってところまで来ているのだ。
そんな、こんなで今日の日記はこれにてオシマイ。


2001年12月26日(水) 違っているからいいと思うのだけれど。

通勤電車(往時)で居眠りをしていて
「もぅ、そろそろかな?」と、なにげに目を開けたらば
前のシートに愛らしい容貌の高校生が座っていました。

野球部か何かスポーツ系のクラブの子のようで
ジャージを着て、足元には、でっかいスポーツバッグ。
お肌スベスベ、ツルツルでニキビの1つも見当たらなくて
なんとなく小奇麗な感じ♪

ふぉっ。ふぉっ。ふぉっ。
彼が大人になったら何人の恋人を泣かすんだろうねぇ。
……って言うか、もしかしたら今も泣かせまくり?

なんとなく嬉しい気分なってしまって、眠気もふっ飛んでしまいました。
せっかくなので、隣に座っている子も観察。
なんとまぁ。隣の子も、びっくりするほど可愛かったりして。
「いやぁ。目の保養」とか思ったりして、その隣の子へ視線を。
これがまた可愛い。そして、その隣の子も……
4人並んだ男子高校生が揃って美形だなんて漫画の扉絵のような光景。
朝から付いてるなぁ……と思っていたらば

スポーツバッグに「編みぐるみ」のキーホルダーが揺れていました。
よくみるとテディ・ベアだの、「どこでもいっしょ」のトロのフィギュアだの
4人のスポーツバッグには、それぞれ乙女なキーホルダーが。

乙女……私の前のシートに座っていた「4人組み」男子高校生は
男子ではなくて、女子だったのです。
そりゃぁ愛らしいはずです。だって乙女なのですから。

ちょっと吃驚しちゃいました。口がポカンとしちゃいました。

お洒落にも手が回らないくらい熱く何かに打ち込む時期
……ってのがありのはイイと私は思っています。
だけど、どう考えても彼女らは「そういう訳」ではなさそうでした。

前髪はカッパみたいに切ってあって
耳が出るくらいに横の髪が刈り上げてあって
後髪も見事なまでに刈り上げあって

しかも、よく見ると4人揃って、ほとんど同じヘアースタイル。

なにやら、私、ほの暗い怒りを感じてしまいました。

クラブの方針なのか、指導教諭の方針なのかは分かりませんが
なんの根拠があって彼女達に同じヘアースタイルを強要する訳?
スポーツするのに邪魔にならないヘアースタイル
……というのは私にも理解できますが
どこから見ても「男」にしか見えないくらいに
乙女の髪を刈り上げてしまうのって、どう?
クラブ指定の床屋があるのか、それとも厳格な「髪型規定」が?

なんだか、よく分からないけれど
「まったく同じ」ってのはいただけません。

いまだに頭でっかちな指導を続けている学校(クラブ)があるのですね。
通りすがりで、しかも子供もいない私には関係ない話かも知れないけれど
なんちゅぅか…こぅ…「まってく同じ」というのには抵抗があります。
いくら形に押し込んでみたところで、押し込みきれるもんぢゃないでしょうに。

年末を前にして、みょうに真面目に考えてしまったのでした。
そんな訳(どんな訳?)で今日の日記はこれにて終了。


2001年12月25日(火) その夜。

日記日付的には今日が「クリスマス」本番ですね。
世間の盛り上がり的には「クリスマス・イブ」の勝ちですが。
私の盛り上がり的には「クリスマス・イブ・イブ」が最高でした。

イブ・イブだった23日。
今年中にどうしても手に入れたい本があたのと
頂き物のシャンペンとワインを美味しく飲むために
上等のチーズとパンとスモーク・サーモンが欲しくて
久しぶりに街へ出掛けました。

夜は家族で「イブ・イブ・パーティ」をするつもりだったのです。
ふて腐れてたって、面白くなる訳ぢゃなし
クリスマスって事でパーッと飲もうと。

朝イチで出掛けて大阪の街をうろついて
足取りも軽く3時頃に帰宅したらば……
前の職場の先輩3人から
「超・高級ステーキ肉&牛肉色々詰め合わせ」が届いていました。
3人の先輩の1人のご実家が精肉店を経営されているので
何度か贈っていただいた事があるのですが
今回は、目がテンになるほど豪勢な詰め合わせでした。

ステーキ肉なんてTVでしか見たことのないほど見事でした。

そりゃぁ、もう、張り切って料理しましたともさ。
夢のように豪華な食事になりましたとも。

ステーキは塩と胡椒だけで、さっと焼いて
ポルチーニ(イタリアのキノコ)とマッシュルームのソテー
スモークサーモンはサラダにしました。もちろんドレッシングは自家製で。
ワインと相性の良いチーズをオードブル風に並べて
ドイツの食事パンと、いただき物のケーキを切り分けて
ジャガイモのオムレツを少し。

そして……シャンペンとワインとビール!!

いやぁ。溜め息が出るほど美味しい食事でした。
「はぁ〜。おいしいなぁ〜〜」
口をついて出る言葉といったら、そればかり。
よく食べて、そしてよく飲みました。
愚弟は途中でノック・アウトして寝ちゃったのですが
愚弟が抜けた後も女2人でガンガン飲みました。
乙女な母の飲みっぷりといったら……ほとんど怪獣のようでした(笑)
↑怪獣のように飲み、鬼のようにワインを注いでくれました。

クリスマス前は、なんだかんだとブーブー言ってましたが
蓋を開いてみたら、けっこう良いクリスマスでした。
あとは正月に向かって突っ走るばかりです。
年内の出勤は、あと3日。もうちっと頑張るです。

<追記>
23日は気持ち良く飲み食いしましたが
24日は胃が気持ち悪くて最悪でした。
痛い目にあうたびに「2度と暴飲暴食はしない」
……と誓うのですが、誓いが守られた試しなんて1度もありません。
私の胃袋は「貧乏人モード」になっているのか
美味しい物を沢山食べた翌日はダウンしていることが多いです(苦笑)


2001年12月24日(月) 寂しい人・カモン!(何故か命令形)

気が遠くなってしまうくらい昔

雪と氷に覆われた世界の果てで
目の醒めるような青い髪をした少女が
たった1人で暮らしていました

少女はいつも1人ぼっちでした
世界にはたくさんの村があったのに
他の人間とは、ちょっぴり姿が違っている少女を
住まわせてくれる村は1つもなくて
雪と氷に覆われた「世界の果て」だけが
少女が「いてもいい」場所だったのです

永い永い時間……
少女は雪と氷だけを見つめて暮らしました

いつ終わるとも知れない永い時間の中で
少女は1つの「願い」を持ちました

次に生まれてくる時は
世界を見渡せるような場所がいい
雪と氷の世界の果ては
とても綺麗な場所だけど
自分が1人ぼっちだってことを
感じすぎてしまうから
そう…私は星になりたい
1つところで暮らせない人や
旅をする人のよりどころになる
みんなが見上げる「目印の星」に

天に住む神様は少女の願いをお聞きになりました
1人ぼっちで暮らした少女を
憐れと思われたのでしょうか
ただの気まぐれだったのでしょうか
ある日少女は神様に呼ばれて天に昇り
そのまま星になりました

少女が星になった、ずっと、ずっと後……
世界は哀しみと苦悩に溢れるようになりました
嘆きが集まり風となり
嵐となって吹き荒れるようになったので

神様は自分の子供を世界に送り出しました
少しでも嘆きの嵐がおさまるようにと……
そして神様は、どうしたことか
少女の星を目印にすると決めたのだそうです

救世主が現れるのを知った偉い学者達は
目印の星を頼りにして救世主を探し出しました
救世主と呼ばれた神様の子供は
イエス・キリストという名前をもらって
その子の誕生日はクリスマスとよばれるようになりましたが
目印の星になった少女は
世界に名前さえ残すことはできませんでした

だけど……
今でも目印の星は輝いているのだそうです
数え切れないほどの星の中で
ひっそりと青い光をはなっている星が
あの少女の星なのだと……

今夜は「目印の星」を探してみようと思います
名前さえ残すことのできなかった
少女のことを想いながら……


**************************

パートナーのいない聖夜を過ごす腹いせに
ちょっと悪戯してみました。

パートナーと楽しい時間を過ごす人も
家族や友人と楽しい時間を過ごす人も
白蓮の腹いせに付き合わされて腰砕けになっちゃった人も

Mary Xmas!

素敵な1日をお過ごしくださいませ!


2001年12月23日(日) ベスト10も悪くはないが「たった1つ」でもいいぢゃないか。

年末になると「みんな偉いよなぁ」と思う事がある。

「今年の10大ニュース」
「今年のベストCD」
「今年のベスト本」

……なんてぇのを、みんな器用に順番付けて発表してるなぁ…って。
私の場合は「なんとなくイージー」に日々を過ごしているので
三度の食事に並ぶくらい大好きな読書にしたって
「今年、何を読んだか」ってことも定かではないし
激烈に感動した本もあるけれど順番に並べるなんて事はできそうにもない。
物事に順番を付けたり、分類したりするのは大好きなのだが
色々なジャンルの本があるのに、ひと括りにして評価できないと思うのだな。
音楽にしても、しかり。事件にしても、しかり。

「今年とんでもなく心に残ったものを項目別にのべよ」
……とか言われたら、ちゃんと書けるんだけど。
今日は、ちょっと「そんな事」でも書き残しておこうかと思う。

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<ツボにハマった小説 >
『幼児狩り・蟹』 河野多恵子 新潮文庫
20年以上前に「被虐・嗜虐」をテーマにした小説が
しかもその年代の女性作家が扱っていたという事が驚きだった。
下品でなくて深い味わい。田口ランディで感じた衝撃以上だった。

<ツボにハマった随筆>
『食う寝る坐る永平寺修行記』 野々村馨 新潮文庫
私には出家するなんて無理だなぁ…と思った1冊。
まったく道の世界を覗き見る楽しさと、宗教感についても少し考えさせられた。

<ツボにハマった音楽>
『奇跡のカンパネラ フジコ・ヘミング』 (CD)
ピアノ演奏は「感情が濃厚に表現されている物が好き」だと思っていたのだけれど
カットグラスの中でビー玉を転がしたような、透明で乾いた音楽が新鮮だった。

<ツボにハマった映画>
『リトルダンサー』
今年は何かと忙しくて観た映画が少なくったのだけれど
これはダントツに良かった。人間ってステキと思える1作。

<心に残った食事>
戴き物でありついた「蟹」と「牛肉」高価なこともさることながら
贈ってくださった方の気持ちが嬉しかった。

<重大事件・家庭編>
何をおいても、弟が事故にあって指2本落としちゃったこと。
ほぼ半年近く「それ」を中心にして世界が回っていたようだ。
出血多量で死ぬかもなんてこともあったけど無事にことが運んで、やれやれ。

<重大事件・世間編>
『アメリカ・テロ事件&その後の報復』
様々な議論が展開されたけれど、ひとことで言うなら
「戦争はアカン。アカンもんはアカン」
アメリカは個性や個人の思想を尊重する国だと言うけれど
大統領のひと声で、そうとうの数の人間が同じ方向を向くのって
なんて没・個性なんだろう…と腹立たしく感じた。

<番外編・ネット生活>
公開日記をはじめるが、色々と行き詰まって挫折。
「エンピツ日記」でリベンジ。今のところ順調に書けている。

******************************

今年は「弟の事故」があったので
なんの思い出も残らなかったような気がしていたけれど
書き出してみれば、色々あるものだ。
ベスト10なんて作らなくても(作れなくても)
「たった1つ」でも心に刻むものがあればいい
……私は、そんな風に考えている。


2001年12月22日(土) 励めってか? 独りぢゃが? 聖夜って?

クリスマスは、もう、そこまで来ているというのに
残念ながら私は一緒に過ごすパートナーがいなかったりする。

でも、いいねん。24日は月曜日。どうせ仕事だし。

残業してワインでも買って
美味しいチーズでも奮発して
鳥のから揚げでも食べるさ

独り者は、独り者らしく楽しもうと心に決めていた。
あぁ、それなのに。それなのに。
相棒のCADオペレーターから衝撃の事実を聞いてしまった。

あのさ。年末は休日シフトが変わってるって知ってた?
23日〜24日は休日やで。
その分、25日〜26日の火曜、水曜は出勤やけどさ。

あぁぁぁ。なんてこったい!

24日は子作りに励み、人口を増やして住宅の売上を増やせ…ってか?
会社側の「あたたかい配慮」には、もう泣けてきたよ。私。
そうだよねぇ……
日本社会で生きていると、土、日が休みでないハンデは大きいよねぇ。
クリスマスくらい家族や恋人にサービスしたっいって思うよねぇ。
うん。分かってるよ。それくらいのこと。

でもさ。毎年仕事なのに、今年に限って、なんで気を効かすわけ?

うえ〜〜ん。うぉ〜〜ん。がお〜〜〜っ。
↑ちょっと泣いてみた。

23日は飲むぞ。1人で飲むぞ。ワインも奮発しちゃうぞ。
↑24日の本番は翌日の出勤に備えて地味に過ごす予定。
いい事とか、そうでない事とか。
まぁ、色々ある訳だけれど
……それにしても尼僧のように清らかな年末ぢゃわい。

来年はブイブイいくぜ。ブイブイとな。
そう堅く心に誓った私なのであった。

***************************

なんて、ふて腐れた事を昼休みに職場で書いて
「寒いなぁ」とブツクサ言いながら帰宅したらば
年上の女友達からクリスマス・プレゼントが届いていた。
シャンペン1本。白ワイン1本。紅茶1缶。パルアーニ(イタリアの焼き菓子)1個。
お茶目なデザインのクリスマス・カードには
今年はご家族と一緒ですか? シャンペンで乾杯してください
……とあった。流石は10年来のペンフレンドだ。
ふて腐れていたのもお見通しってか?

クリスマスイブには気合を入れてご馳走を作ろう。
へへっ。何をふて腐れてたんだか。
この3連休(私は23日24日と2連休)
私と、私に係わる人達が、いい時間が過ごせるといいなぁ。
……と心から思った。


2001年12月21日(金) 自分の体液に溺れてました。

昨日の日記は「超・弱音&手抜き」だったりして
なんとも、かたじけない……っていうか不意打ち失礼。

思えば……
この日記をはじめて3ヶ月くらい経つのだけれど
↑数字が苦手なので正確な日数数えるのが面倒なのだ。
以前書いていた日記(4ヶ月くらいで止めた)のことを思えば
すっごく楽に書いてるなぁ〜って思う。
「生・知人に知らせない」ってところがポイント高いんだけど
何よりも「えぇ格好してない」ってところが味噌かも知れない。

愚痴って暴れたりするし。
ガゥ・ガゥ吠えるし。
真面目に語るし。

ぶっちゃけて言えば「ス」のままに書いてるんだと思う。
もしも私を「よく知っている生・知人」が偶然発見したとしても
「白蓮は相変わらず馬鹿なことしてるなぁ」って思ってくれる……はず。

昨日は「イライラ」がつのっておりました。
なんちゅ〜か塞ぎ虫に取り憑かれたと言うか。
取り立てて事件があったって訳ぢゃなかったのですが。
年末も近いし、クリスマスも近いし、色々あるのに
なかなか自分の思うように動けなかったりする現実とかがね。

私って不幸なの〜〜可哀想なの〜〜

……ってな事が言いたい訳ではなくて
なんちゅ〜か、こぅ……
自分の内に秘めていた「欲望」が器から溢れ出して
部屋一杯になっちまって
自分から染み出た体液でうっかり溺れてしまった
……みたいな感じ。

でも大丈夫。
溺れることあるけど、泳ぎ方は、ちゃんと知ってるし。
ちょっと泳ぐの下手だけど。

泳ぐで。下手くそでも泳ぐで。泳ぎきるで。

明日は、こぅ……ハンドルネームに相応しい(?)
しっとりと美しい文章でも書いてみたいなぁ〜なんて思ったりして。
人間には色々な面があるのだなぁ。
「アレ」も「コレ」も「ソレ」も自分自身には違いない訳で。

……とまぁ、今日も訳分かんない日記を書いちゃったりして
今日のところは、これにてオシマイ。


2001年12月20日(木) 蜜柑味の吐息

コタツに身体をゆだねて
蜜柑むきむき

             けだるい午後二時

テレビに映るは
松方弘樹
『名奉行 遠山の金さん』

伊勢屋、桔梗屋、大黒屋
不思議と毎週事件が起こる

             桜吹雪は届きませぬなぁ

窓の外では師走の風
落ち葉は踊る

             あぁ なんとなくイケてない

もらす吐息は蜜柑味
冬の味覚が心に沁みた

*******************************

明日はちゃんと書きます。
毎日書いてると色々な日があるってことで。


2001年12月19日(水) 『悪女聖書』を知っていますか?

今日(日記日付的には昨日)散髪へ行った。
美容院は私の天敵と言っても過言ではない場所なので
そいつは、もぅ一大決心だった。

そうだ。いっそ髪を伸ばしてストレートパーマでも当てて
美容院へ行く回数を減らすようにしたらいいんだ!
我ながらナイス・アイデアだと思った。

で。

美容院へ出掛けた。
予約はしていなかったがスムーズに入れてラッキーだった。
「髪を伸ばしたい」という意向を伝えてストレートパーマをしてもらう。
手持ち無沙汰なパーマの待ち時間は
例によって例のごとく、女性週刊誌をボーッと観ていた。
そう言えば『悪女聖書』って物心付く頃から連載していたなぁ…と思ったりした。
……って言うか女性週刊誌の『悪女聖書』を読みふける幼児だったのか。私は?

ほとんど刷り込みのように「悪女」と言えば「業子」という名を連想する私。
海外の悪女といえばエリザベート・バートリ夫人かも。
同志はいるのだろうか?

ストレートパーマが終わったところで、カットに突入。
「伸ばしたいので揃える程度にしてください」
「OK! 長さはそのままで、裾を少し軽くする程度にしととくよ」

だが美容師さんの「少し」は、ちっとも「少し」ではなかった。
大胆に、豪快に、ザバザバとシャギーされてしまった。
たしかに「長さ」はキープされていたのだけれど……
ちょっと今風の「短いんだか長いんだか、よく分からない髪形」に仕上がる。
美容師さんは自分の仕上げに大満足したようだった。

「どう? 軽くなったし、いい感じでしょ」
「はい。すっご〜く、スッキリしました♪」

またしても私は心にもないことを言ってしまった。
激しく後悔したのは言うまでもない。
ひとたび豪快にシャギーされてしまったが最後
もはや髪が伸びてバランスが崩れると
素人では、どうにも手が出せないのだ。
私は「嫌でもマメに美容院へ通わねばならない髪型」になってしまったのだ。

気が強く、喧嘩も強く、押しも強い……はずの私なのだが
どうしても、どうしても美容師さんは苦手でいけない。
美容師さんが仕事を終えた後の満足げな笑みを見ると
「私の思っていたのとは、ちょっと違うんだなぁ」
なんて言えなくなってしまうのだ……ちくしょう。

仕方がないので、これからは業子さんの活躍でも追いかけてみようと思う。
『悪女聖書』って書店で単行本を見たことがないけれど
案外、大きな存在なんぢゃなかろうか……そんな事を思った。


2001年12月18日(火) 色々な日記(熱い語りが苦手な方は遠慮してね)

突然ですが、今日は、ちょいとばかり「暑苦しい」日記です。
熱く感じることがあったので、熱く語ります。
心の赴くままに綴るので「熱い系」が苦手な方は見送ってくださいませ。

さて。ご挨拶がすんだところで「暑苦しい」本文に突入です。
私は「なんかいい感じ」の日記生活を送っています。
「こんな事を書くのって、どうよ?」とか
「方向性がバラバラなのって、どうよ?」と
ふらふら迷ったこともあったけれど
アドバイスしていただいたり、励ましていただいたりして
「これが私の日記生活」ってことで、今は「なんとなくいい感じ」です。

「日記」繋がりの方の日記を読んでいると
それこそスタイルは人それぞれな訳で。

同じ「エンピツ日記」で書いておられる方でも
「投票ボタン」もメール・フォームも付けないでおられる方もいらっしゃって
これがまた「キレル」文章だったりして
「超・カッコイイ〜〜。この感動を伝えたい〜〜」とか思ったりするのに
その人に感動を伝える術は何もなくて
ほとばしる熱情を「読む」ということでしか証明できなかったり…

「ここの日記は読んでるだけになっちゃいそう」とか思っていても
心のツボをズブズブと刺激されて
鼻息荒くして掲示板へお邪魔しちゃったり…

「いつかきっと感想を伝えたい」とか思っていても
なぜか、言葉が出てこなくて、本当に「読んでるだけ」だったり…

色々なスタイルがあって、色々な人の文章があるから
ちょっとハマっちったりするんですね。これが。
自分と似たタイプ、似た境遇の人の日記に共感するかと思えば
自分とは、かけ離れたタイプの人の日記に惹かれちゃうこともあります。

私の場合は
「自分のための日記だけれど誰も読んでくれないのは嫌だなぁ」
……って部分があって、しかも
「ちょろっとでも読んでくれている人と会話ができれば嬉しいかも」
……って部分もあって、そして
「投票ランキングには、こだわらないけど
誰も押してくれないと切ないよなぁ」
……みたいな、いっぱしの自己顕示欲も持ってたりします。

でもね。
「誰かさんの日記」を読んでいて思うだに
せっかくの公開日記なんだから楽しんでくれよ〜
有意義に使っておくれよ〜
自分の肥やし(手段・糧)にしても卑怯ぢゃないよ〜
……って事だけは、常々、感じている次第で(^^ゞ

いいぢゃん。弱音でも。
いいぢやん。愚痴でも。

利用して、幸せになれるんだったら
なんだって利用していこ〜〜〜ぜ♪
世の中って、利用できる物は少ないしさぁ〜♪

何にも増してポイントが大きくて「今」読んでくださる方に伝えたいのは
「公開日記は、書きたいことを。書きたいときに。書きたいように書く」
……かな。かな…ではなくて。これです↑間違いなく。

そんな訳で今日も私は
「書きたいことを。書きたいときに。書きたいように」書いて
満足のという名の岸辺を、ゆらゆらと、たゆとうております。
たゆよとうて、みたところで今日の日記はこれにて終了。


2001年12月17日(月) 生命の水

私の住んでいる地方(もしかすると友人達の間だけかも知れない)では
アルコールのことを「生命の水」と呼ぶ慣わしがある。
酒宴などで、うっかりアルコールを溢してしまった時には
「生命の水がもったいなや」と言いながら溢したものを拭いたりするのだ。

アルコール=生命の水(いのちのみず)

いや。なに。昨日に引き続いてアルコールネタをしたい訳ではなくて
今日は「ほんまもん」の水の話。

私の職場は、住宅作っている会社だと言うの空調が悪くて
あまりにも寒いので「足元温風器」やストーブをガンガンかけて仕事をしている。
すると、空気が乾いてくるので「加湿器」まで稼動していたりする。
ところが広いフロアーなので家庭用の加湿器を使っていても
空気の乾きを押え込むことはできないので、夏場以上に喉が渇くのだ。

私は「お茶」好きなので出勤前に「お茶」のペットボトルを買って持ち込んで
仕事の合間にコーヒーや紅茶(職場ではTバッグ)を入れたりして
水分補給にいそしんでいるのだけれど
最近は「お茶」も飽きてきたので「水」に走っている。

それまでは水を買うなんて、もったいないと思っていたのに
飲みはじめると、けっこうハマるもので
エビアン、クリスタルカイザー、ボルビック、酸素10倍水、南アルプス天然水…
毎日、手を変え、品を変えて、水三昧の日々。

そう言えば「若い女性に水がブーム」って大流行してたのって
もう何年も前なんだなぁ…と今日は「南アルプス天然水」をぐびぐび。
美容に良い水…みたいな商品もあったのに、どこへ行ってしまったのやら。

ちなみに私のお気に入りは「南アルプスの天然水」をはじめとする日本の水。
「硬い」外国の水よりも「軟らかい」日本の水の方が断然好き。
説明書きを読んでいるだけだと外国の水の方が
身体に良さそうな気がしてしまうのだけれど。

それまで水には「こだわり」を持っていなかったが
水って案外、美味しい飲み物かも知れない…と思う今日、この頃。
お茶、紅茶、コーヒーだって水があってこそ作れるのだし
「生命の水」と呼んでいるアルコール類だって
原料に水が使われていたりするし。

水…いがいと、あなどれん存在だなぁ……と思う。


2001年12月16日(日) 姉と弟の甘やかな秘密。

愚弟と私の間には甘やかで豊潤な秘密があったりする。
その秘密を語る前に、まずは秘密を持つにいたった経緯など。

我が家は父から受けた苦い経験から「エブリディ・飲酒」は御法度である。
ぢつは「乙女」な母は乙女なのに、どうしたものかイケる口で
何がしかの理由を付けては呑みたがるのだが
母はC型肝炎を持っているので、そうそう呑ませたくなかったりするのだ。

愚弟はクソ真面目な風紀委員のよう「エデリディ化」を阻止している。
私は「気持ちは分かるけどさぁ」と、のらくら「エデリディ化」を阻止している。
ほとんど「アルコールを控えましょう推進会」のようだ。

しかし困ったことに「アルコールを控えましょう推進会」の実行委員は
けっこうアルコールが好きだったりするのだ。
寝る前とか「ちょびっと」呑みたい日もあったりするのに
母に「控えよう」と言う手前、大っぴらに呑めなかったりする。

で、姉と弟は秘密を共有することになった。
弟の洋服ダンスに「内緒のお酒」をストックしておいて共同で呑む。
顔を突き合わせて呑むって事ではなくて
お互いに、好きな時に、ちょびっとづつ呑むってことで。

昨日の晩は、冷え込んでいたし、仕事で相当くたびれていたので
「ちょこっと」引っかけて寝よう
とて、私は弟の洋服ダンスを開けた。
なんとまぁ。ものすごい勢いで「内緒のウィスキー」が減っている。
呑むためのお酒なので減るのは当然だし
ましてや呑み手が2人ともなるとスピードだって速くもなろう。

「けっこう減ったよなぁ。あんたも、だいぶん呑んだんやねぇ」
そう言ってコップに、ちょびっとだけウィスキーを注ぐ私に
弟はキッパリと言い放った。

「俺、ここんとこ一滴も呑んでないねんけど」

………なんてこったい。
どうやら私は「2人のお酒」を「1人」で呑んでいたらしい。
私が「ちょこっと」呑みたい時、弟はすでに寝ていることが多くて
私は深夜、暗がりの中でガサゴソ弟の部屋に侵入して
まるで悪戯な小人か、妖怪のようにコソコソっと、お酒を失敬していて
暗がりでは「瓶の残量」を確認できるはずもなく
「どれだけ減っている」か全く知らなかったのだ。

弟は「ふふん」と鼻で笑っただけで何も言わなかったけれど
アルコールは極力控えようと堅く心に誓った。

自分の「しでかした事」ってヤツは誰かに指摘されることはなくても
自分自身が、よ〜く分かっているのですね。うむ。
反省だけなら猿でもできるが、まずは反省。
反省したところで、今日の日記は、これにて終了。


2001年12月15日(土) その名は「トトロ」

私の家の近所には「ミミズク」を飼っているお宅がある。

ミミズクは道の真ん中で難儀しているところを発見された。
どうやらペットとして飼われていたのを捨てられたか逃げたかしたらしい。
↑私の住んでいる地域は大阪でも田舎地方だが流石に野生のミミズクはいない。
猛禽類のわりには人懐っこくて「トトロ」なんて名前を付けられて
↑小屋に「トトロ」って表札がかかっている。
いまでは、すっかりご近所の人気者だ。

『ハリー・ポッターと賢者の石』には白いフクロウが登場したが
トトロは銀色のミミズクである。
ご主人様手製の「ミミズク小屋」で毎日首をグルングルン回して
ご機嫌に……かどうかはトトロに聞いてみないと分からないのだが
「捨てミミズク」「迷いミミズク」時代よりは幸せではなかろうかと推察される。

私は朝な夕なに「ミミズク小屋」の前を通る。
その道を選ばなくても通勤できるのだけれど
もう通らずにはいられないのだ。

ミミズクから愛される女になりたい
……そんな情熱が私をミミズク小屋へとかりたてるのだ。

だがトトロはなんと言っても猛禽類なので
お世辞にも愛想が良いとは言えない。
機嫌が良ければ「ほ」なんて声を出してくれたりするのだけれど
機嫌が悪い時は羽をバタバタさせて威嚇してきやがる。

私の中で…恐らく近所の子供達の中でも進行しているだろう
「トトロと仲良し」計画において
私は近所の子供達からは1歩も2歩もリードしていると思う。
子供達が活動する昼間、トトロはたいてい機嫌が悪いのだ。
「ほ」なんて言ってくれるのは「夜」しかも、遅い時間ほど確立が高い。
少しづつ顔を覚えてもらって、親交を深めていこう。
……そう思っていたのに、最近困った問題が出来てしまった。

強盗だ、放火だと、なにかと物騒な事件が多いからか
それとも「夜な夜なミミズクを覗きにくる女」を撃退するためか
トトロの御主人は
ミミズク小屋に面した道路に自動照明を付けてしまわれたのだ。
↑ミミズク小屋の横はガレージになっているので悪戯防止が真相なのだが。

防犯的にはいい感じだが「トトロと仲良し計画」を立てている私にとって
自動照明は、ちょっといただけない。
ミミズク小屋に近寄るまでもなく
道路を横切っただけで照明が付いてしまうのだ。
トトロに近づくどころか、トトロに悪いような気がして
違う道を通ろうか……などと思ってしまったりする。
こんな御時世なので自動照明も仕方がないことだとは思うのだけれど
ミミズクも生き難い世の中だなぁ……とか、なんとか思ってしまった。

照明に照らされたミミズク小屋の中で
トトロが不機嫌そうに羽をばたつかせているような気がして
ミミズク小屋を覗きに行くこともできず
「トトロと仲良し計画」は頓挫しようとしている。

ブツブツぼやいてみるものの「トトロと仲良し計画」なんてのも
私が勝手に思っていただけのことで
トトロにはなんの関係もない事なのだ。
当たり前のことだがミミズクはミミズクらしく生きるのが幸せなのだと思う。
トトロは「ミミズク小屋」以外に帰る場所のない飼いミミズクなので
今さら、どうしようもないのだけれど
不憫だなぁ…と思わずにはいられない。

ミミズクはミミズクらしく…がいい…と思う。


2001年12月14日(金) 「望み」を映す「鏡」について。

昨日(日記日付的には一昨日の水曜)は映画を観に出掛けた。
水曜日はレディース・デイで映画が1000円で観れちゃったりするので
「あぁ。今の職場で、今の休日形態ってホントありがたい」
……ってな事を感じつつ、映画館へ。

観たい映画は色々あったのだけれど
今、いっとう観たい映画に突撃した。

『ハリー・ポッターと賢者の石』

いまさら、書くまでもなく世界中に「ハリポタ旋風」を巻き起こした
書店で「平積みコーナー」を独占しちゃっている、あの作品である。
原作本はまだ読んでいないのだけれど
本好き、児童文学好き、映画好き、ファンタジー好き、子供好き
……と私の「好き」が山盛になっているこの作品だけは
どうしても見逃せないと思ったのだ。

平日の昼間に、しかも冬休み前だというのに、映画館は超・満員だった。
50分前に到着したのに、すでに行列が出来ていたのには吃驚。
私は大の行列嫌いなのだけれど、仕方なく行列に並び……
収納場所に困るから、できるだけ映画のパンフレットは買わない
……ことに決めているので、うっかり買ってしまったりした。
行列&パンフレットで映画に挑むのは久しぶりである。

そして、魅惑の映画鑑賞タ〜イム♪

面白かった……想像していた以上に面白くて嬉しい誤算だった。
映像も、音楽も、役者の演技も、ストーリー展開も
エンターテイメントかくあるべし!
……ってなくらいに面白かった。
美しいファンタジー映像、ドキドキのストーリー、友情、成長。
「気持ちいい」要素がたっぷりと盛り込まれていて
奥深いタイプの映画というよりは、素直に楽しめる娯楽映画で
もう1回観てもいいかも。2が出たら(続きは出るそうです)行くかも。
……と思えるほどの作品だった。

作品の中で「見る人の望みを映す鏡」というアイテムが出てくるのだが
この使われ方が印象的だった。
最高に幸せな人は、そのままの自分の姿が映し出されるが
そうでない場合(たいていの人がそうだが)は「なりたい自分の姿が映る」
……という不思議な鏡である。

主人公のハリー・ポッターは家族を知らずに大きくなった子供なのだが
彼がはじめて、その鏡を見た時
鏡は父と母と主人公が寄り添っている姿を映し出す。
だが、ストーリーが進み
ふたたび主人公が「鏡」を観た時、鏡に映ったものは以前と違うものだった。
……主人公の「望み」が変わっていたのだ。

そうやって、みんな大きくなるんだねぇ……

ちょっと「ジーン」ときたエピソードだった。
今の私が、その鏡を見たら何が映し出されるのだろう?
映画が終わってから、つらつらと、そんな事を考えた。

ちなみに映画の中で主人公が「鏡」に魅入られてしまう
……というエピソードがある。

が。賢明な師の手によって「鏡」は取り上げらてしまう。
「鏡に魅入られる者もいるが、そうなってはいけないのだ」
取り上げられた「鏡」と主人公は再び出会うことになるのだが
「鏡」と再会した主人公は、もう「鏡」を必要としない少年になっていた。

うだだと書いてしまったけれど本当に良い映画だった。
「面白かった」とひと言で書いちゃいたいくらい良い映画だったのに
つい熱く語っちまったところで今日はオシマイ。

****************************************************

そして、今日……帰宅した私を待っていたのは
「早めのクリスマス・プレゼント」だった。
贈り主は母。贈り物は「ハリー・ポッター」シリーズ既刊3冊。
流石は乙女だ。母、以外とやるなぁ。
そんな訳でも私は嬉しく「ハリー・ポッター」の世界を掌中に収めた。


2001年12月13日(木) 仕込みはOK!

師走もそろそろ折り返し地点に差し掛かり
「なんにも用意してないんだなぁ」
……では、お話にならないので
とりあえずクリスマスの仕込みに手をつけた。

カード・メールも送るようにしたし
生・知人へのクリスマスカードも早々(?)に書いた。
「乙女」な友人へは乙女好みの、ささやかな贈り物を仕込んだ。
「おなご」で世話かけちゃったヤツには酒を送る手配を。

母と愚弟は、クリスマスプレゼントに眼鏡が欲しいと言ったので
家族3人で「めがね屋」にも行った。
2人そろって、私が考えていた予算の3倍もの眼鏡を持ってきた時には
「悪いけど予算オーバーやで。自分で半分出しや」
なんて釘を刺したりしたけれど、なんとか無事に眼鏡も決まった。

愚弟はマメな男なので、早々とプレゼントを用意していたらしく
「もう買ってるけど、良かったらいる?」と言った。
「おなご」の私は早速もらうことにした。
ちなみにプレゼントはCD−RWだった。
「乙女」の母は「クリスマスの楽しみにとっておく」と言った。
やはり「乙女」と「おなご」は違うと思った。

愚弟は自分が先に申し出たにも係わらず
「前から知ってたけど姉は情緒のない女やのぅ」と言った。
口の減らない私は黙っちゃいなかった。
「もし明日死んだらプレゼントを開けずにいた事を後悔するからさ」
すかさず愚弟のツッコミ。
「ここは日本や。アフガニスタンぢゃあるまいし
 そして姉は病人でも老人でもないんやから
 間違いなくクリスマスも生きてるはずや」
「………」
愚弟が言うまでもなく私は間違いなくクリスマスも生きてると思う。

そんなこんなであるけれども
とりあえずクリスマスの仕込みはバッチリOKだ。
今年のクリスマス・イブは残念なことに
一緒に過ごすパートナーもいなかったりして
きっとワインなど飲んでフテ寝しているだろうけれども
まぁ、それでもクリスマスの仕込みだけはバッチリOKだ。

ついこの間「来週の休日は散髪に行きます!」
……なんて宣言したのに散髪には行かなかった。
ついでに言うと年賀状も書かなかった。

「少々難アリ」なところはあるのだけれど
クリスマスの仕込みだけはバッチリOK……となった。

そんな訳で今日の日記はこれにてオシマイ。


2001年12月12日(水) 年賀状だけの付き合いって?

年賀状なんとかしなきゃぁ〜〜
なんて言いながら、うっかり師走の3分の1を
何もしないままに過ごしてしまいました。

今年は我が家では2年ぶりの年賀状になるのですが
「年賀状リスト」に誰を加えて、誰を外そうか
ただいま思案中だったりします。

人付き合いの流儀って、人によって色々あると思うのですが
私は「年賀状だけの付き合い」なら、そんなのいらない…って思ってます。
↑恩師や、お世話になった方への年賀状は除く。
……なので毎年「年賀状だけの付き合い」の人は
年賀状のリストから外すことにしています。
リストから外した人から年賀状が届いた時は
「年賀状、ありがとう」と一筆したためて

私はもう、年賀状出すような仲じゃないと思ってたので、吃驚したよ。

……みたいな意思表示するようにしています。

「年賀状だけの付き合いになっちゃったけど友達だから」
なんて、おっしゃる人も多いですが
「年賀状だけの付き合い」の人を友人と定義していいものかどうか?

大人になって、それぞれが自分の生活に必死で忙しくなってくると
そうそう、遊びにいったり、つるんだりは出来なくなってくるけれど

1年の間に、電話1本、ハガキ1枚、手紙1通、メール1通交わさない

まさに「年賀状だけのつきあい」の人って
私の中では「会ったことはないけど親しくしているネット知人」
よりはるかに格下だったりする訳で。

友人とそんな話をしていると
「それって分かる派」と「そんなの冷た過ぎる派」に分かれて
どうして、そう思うのか「その理由」などを聞いていると
それぞれ年賀状への思い入れがあって面白いです。

色々と話を聞いて、面白いと思ったのだけれど
やっぱり私は「年賀状だけの付き合い」なら、いらないと思いました。
過去にどれだけ「思い出」がある相手だったとしても
私にとって大切なのは「思い出」よりも「今」なので。
1人ぼっちは嫌いだし、人付き合いは好きだけれど
「年賀状だけ」ってのは、どうにも、こうにも相手に失礼な気がするので。
↑営業職に従事しておられる方は別ですよ。もちろん。
今は年賀状といってもパソコンがあれば簡単にできますし
何枚か増えたり、減ったりしたところで手間は変わらないのですが

やっぱり今年も年賀状リストから外す人を検討して
年明けには「年賀状ありがとう」って返事を書いてると思います。

それより何より、日記書いたり、本読んだりしてないで
年賀状リスト作るなり、部屋の片付けをするなり
実益になるような事をしなきゃいけないよなぁ〜〜と思いつつ
今日の日記はこれにて終了。


2001年12月11日(火) 「同性」の親と「異性」の親

『菊次郎とさき』 ビートたけし 新潮文庫 を読んだ。

作者であるビートたけしがが「父・菊次郎」と「母・さき」
という自らのルーツになる2人の思い出を語ったエッセイ集で
シンプルだが「王道」的なエピソードが多くて単純に良かったと思えた。

俺は日本一のマザコンだと思う。
おふくろの通夜の晩にギャグでも言おうと思っていたのに泣いてしまった。
おやじに声を掛けてもらった記憶は無いが
笑った顔はいくつも思い浮かべることがでする。

などなど。とりたてて、どうこう言うほどのエピソードはなくても
「うん。そういうのって、あるよね」と言った感じ。
ビートたけしも、やっぱり人の子なんだね。以外と可愛いとこあるかも。
……と思った。

この作品に限らず「親を語る」エッセイは
「同性の親」を語るものより「異性の親」を語るものの方が
断然面白いし、艶っぽいように思う。
ゲイの作家さんが語れば
「同性の親」の語りが艶っぽくなるのかも知れないけれど
残念ながら、まだそのタイプの作品には巡り合っていない。
↑もし、ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてください。

幸田文が父の露伴を語った作品もしかり。
向田邦子が父を語った作品もしかり。
遠藤周作が母を語った作品もしかり。
↑たんに私の好みで3人あげてみただけです。

どんな人にも「親」がいる。縁が薄かろうが、濃かろうが、とりあえず。

親という存在は生まれてはじめて接する「自分以外の人間」なのだから
「それなり」の感情が芽生えるのは当たり前のことだと思う。
愛情だったり、憎悪だったり、人それぞれに形は違っているだろうけれど。
人間に対しての感情が芽生えるファースト・ステップなのだから。

親のことが好きだったり、嫌いだったり。
まぁ、色々とある訳で。
その時の状況にも、よる訳で。

ここ2、3日の間に私が味わった「イライラ感」と
どこか通じるところのある1冊で、値段と釣り合う
「まずまず」の1冊だと思った。


2001年12月10日(月) 乙女達へ。おなご達へ。男性達へ。そして、あなたへ。

昨日は私にとって「ちょっと特別」な日でした。
非常に驚いて、非常に嬉しかった日でした。
何しろ、昨日は愚痴炸裂(お下劣な表現含む)な日記だったのに
「ポチッ」と投票してくださる方が多くて……
「MY日記」から削除されてなかったり……
掲示板に「あしあと」を残してってくれる方が多くて……

昨日の「ポチッ」は
私もムカついたことあるよ……とか
性的嫌がらせなんて認めないぜ……とか
おい。こら。愚痴ってないで、しっかりせんかい……とか

色々な気持ちで、
あるいは何気なしに「ポチッ」としてくれたと思うのだけれど
すっかり凹みモードだった私の荒ぶる魂に火が付きました。

「よっしゃ。負けへんで。頑張るで。やるで」って。

それにしても……
「性的嫌がらせ」を受けたことのある「乙女」や「おなご」が
どうにもこうにも多いのに吃驚でした。
↑もちろん男性だって「性的嫌がらせ」を受けた方もおられると思います。
不愉快だったって記憶があるから
「ポチッ」としてくれたのだと私は受け取っています。
「乙女」も「おなご」も「男性」も負けないで頑張ろうね。うん。

私は「男」とか「女」とかって区分より
「人間」として人を見る方が好きで
「男だから」とか「女だから」とかって言うのは好きぢゃないのだけれど
性の役割や、体力的なことは、女の方が、やはり弱い。
セクハラ、セクハラと声高に叫ぶ気はないけれど
肉体的、あるいは精神的弱者に対して失礼な事はしちゃイカンと思う。

「えっち」がOKなのは、あくまでも互いの合意がある時だけ。
合意というのは微妙な言葉だけれど
少なくとも相手が嫌がってる場合は駄目だと思う。
これは性的嫌がらせに限ったことではなくて……

人の嫌がる事を故意に、してはいけない。

……って事なのですよね。ようするに。

昨日の日記を読んでくださった方や
掲示板に「ひとこと」を残してくださった方に多謝です。
昨日は「がぅ・がぅ」吠えまくってていましたが
頭を冷やして考えてみると「いい対処法」は一杯あるように思います。
まずは、ゆっくり母と話をして……
昨日はヒステリックになっていた母を非難していたけれど
私も相当、きてたんだなぁ……と日記を読み返して思いました。
↑恥かしい日記ですが自戒のために削除せず置いておきます。

愚痴ってスカッとしたことですし、気合、入れなおしました。
乙女達…おなご達……男性達……
そして日記を読んでくださった「あなた」
どうも、ありがとうです。

感謝の気持ちを捧げつつ、決意をあらたにしつつ
今日の気持ちを明日に繋げるってことで
本日はこれにて、おしまいm(_ _)m


2001年12月09日(日) 「でも」ぢゃない!(下劣な言葉が含まれるので苦手な方は飛ばしてね)

昨夜は「この冬1番?」と思うほど冷え込んだ。
残業して帰宅したのが9時半。まぁ、早く帰れた方だと思う。
「さっさと食事して、お風呂入って、日記書いて寝よ〜」
……なんて思いながら私は、普段と寸分変わらぬ心構えだった。

が。
帰宅したらば、母の様子が「変」だった。
なんでも隣りの「オッサン」に性的表現を含む失礼な事を言われたらしい。
「奥さん、旦那さん死んで身体もて余してるんぢゃないの」みたいな。

ぢつは2回目なのだ。そのテのこと。
そして対処方も教えたはずなのだ。
気を付けなあかんで。って、あんなに言ってたのに。
だが母は、ずっと専業主婦で、子供は産んでいるが、心は乙女なので
「今まで生きてきて、そんそな失礼な事を言われたのは初めて!!」
……とヒステリックになっていた。

あのさ。悪いけど、私だって疲れたりするんだけど。

そう思うながら私は、うんざりするほどは母の話を聞いた後で
「どうしても我慢ができないなら、嫌って言わなきゃ」と助言した。
しかし母は「でも、ご近所だからキッパリ言うのもどうかと思うし」
……なるほど、それはうなずける。毎日顔を合わす相手だしね。

「ぢゃぁ。子供達も大人ですから好きにさせてもらってます
みたいな感じで上品にかわしたらどうよ?」
私は、そう提案してみたが母は言った。
「でも、あの人が、そんな程度できくわけないと思うし」
……確かに。隣りのオヤヂは少々性質の悪い「エロオヤヂ」なのだ。
私は適当に受け流したり無視したりしているが。

「ぢゃぁ。1度、ガツンと言う方がいいよ。大人しくしてるとつけあがる。
エロ話には、エロ話で切りかわしていけばいい」
しかし母は言った。
「でも、ガツンって言葉が思い浮かばない」
……そうだねぇ。
母は『若草物語』や『家庭画報』の世界に住んでるんだものね。
仕方がないので私は2つ、3つ
「ガツン」っぽいセリフをご用意した。


おかげさまで私、チ●ポには不自由していないんですよ。
夫が死んで忙しいくらい♪

あなたの、臭いチ●ポをしゃぶるだなんて、考えただけでもゾッとします。

たまってらっしゃるなら、奥様に、しゃぷってもらってね♪

あなたのフニャ●ンでは私、とても満足できないでしょうから辞退します。


……みたいなことを標準語ではなくてバリバリ大阪弁でキメたら迫力あると思う。
↑未成年者も読んでおられるりで「バリバリ大阪弁」で書くのは遠慮いたしました。

相手は母を「大人しくて、いじりやすい女」
……だと思われているので、反撃作戦は、案外有効だと思うのだ。
あのオヤジは他に喋る人がいないから近所に広まる心配もないだろう。
↑うちの近所に住む女達は貧乏暇なしで働いていて忙しい人が多い。
だいたいエロオヤヂの話を信用する人も、そぅいないだろうし。

しかし、母は娘が口にした「お下劣」な言葉に呆然としたようだった。
その後も「あ〜でもない」「こ〜でもない」と散々愚痴り倒した後で

「傷ついた母を、さらに傷付けるようなことを言うなんて酷い娘だ」
「あんたって子は、思いやりの欠片もありゃしない」
「あぁ。どうして私ばかりが、こんな目にありのだろう」
「私は、ひっそりと暮らしたいだけなのに、世の中って酷い」

……と喋ること1時間半。娘を罵倒すること30分。
母は、思いっきり泣いて……そして寝た。

泣かないでおくれよ。セニョリータ。泣かれても困っちまうぢゃないか。

眠れなかったのは私の方だった。

乙女な母に「チ●ポをしゃぶる」
なんて言葉を使っちまったのは失敗だったのかも知れない。
冷静に考えてみれば娘が母親に言う言葉としては不適切だったと思う。
が。
未亡人の母は、これから先も、その手の事態に遭遇することは必然である。
冷たいようだが「慣れる」か「真正面から闘うか」どちらしかないのだ。

私は「性的嫌がらせ」なんて絶対認めないし
善悪だけで判断するなら、そりゃぁ「する」あるいは「した」人間の方が悪い。
だが、降りかかってくる火の粉は払わにゃならんし
なによりも自分の身は、自分で守っていかなければならないと思う。
母の場合は子供ではなく、大人の女性なのだ。
↑もし、今回のことが幼い「娘」や「妹」なら対処は違っていると思う。

……って言うか。
しっかりしてくれよ。母。
いつまで「箱入り奥様」でいるつもりなんだい?

母はいつだつて「でも」なのだ。
母親が自殺して、夫に先立たれて、息子が事故で指を2本なくして
その上、ちょっぴり足が不自由(日常生活には支障のない程度だが労働はできない)
……となれば、そりゃぁ、不憫だとは思う。
だからって「でも」を言い続けたところで前には進まない。
……ったく、困ったものである。

もちろん、私自身、こんなところで母の行状を愚痴ってたって仕方がない。
私は、どうも「乙女心」の分からない野暮天なので
母の扱い方がいまいち分からずウロウロしている次第ですが
なんとか、ぼちぼち頑張ります。

あぁ。
やはり1日おいて、頭を冷やしたのは正解だった。
昨夜は疲れているところに愚痴られた上に罵倒されて
もはや「脳天ブチ切れ」状態だったので
昨日書いてたら酷い文章を書くところだった。
最後まで愚痴(しかもお下劣話アリ)に付き合ってくださった「あなた」
どうも、ありがとうね。
不愉快に思われた方がいらっしゃいましたら「Myエンピツ」から削除してね。
↑いっきにイメージが崩れちゃった方も多いかと思うので。
……って言うか友人なくしちゃうかも(^^ゞ

私は愚痴ってスッキリ。明日も元気にで仕事へ行きます!


2001年12月08日(土) 花も人も色々なので。

年齢を重ねるごとに視野や許容量が狭くなる
……なんて一般的に言われるけれど
そんなこたぁ無いと私は思う。
少なくとも私の場合は
子供の頃の方が今よりずっと狭量だった。

好きな花はなんですか?
そう問われたら
木に咲く花なら「白い木蓮」 地に咲く花なら「都忘れ」
今は、そう思っているけれど子供の頃は違っていた。

世の中がどうあろうと私は薔薇以外の花は花と認めない。
子供の頃の私は頑ななまでに、そう思っていたのだ。

百合は「ラッパみたいな形で滑稽だから嫌い」だったし
向日葵は「大きいばかりで品がないから嫌い」だったし
カーネーションは「ひらひらして人に媚びているみたいで嫌い」だったし
チューリップは「俗っぽい形が馬鹿っぽくて嫌い」だった。

ただ、どこか狡猾なところのある子供だったので
世間の子供はチューリップが好きみたいだし
そんな風な事を言ったら嫌な子供だと思われるから
「薔薇以外の花は花と認めない」って考えは黙っておこう。
……と思っていて、実際にそうしていた。

桜の花を見て嬉しそうな顔をしていたし
お姫様のイラストの横にはチューリップだって配置していたし
タンポポの花って強くて可愛いね…と心にもない事を言ったりしていた。

思い起こせば、そうとう可愛くない子供だったと思う。

そんな私が「あぁ。花って、それぞれに綺麗なんだなぁ」
……と感じられるようになったのは
小学校6年生の時、心ならずも華道教室へ放り込まれてからだった。
↑華道は十数年続けたが、貧乏になってから辞めた。
花と向き合って、花を切り、そして活ける……
そんな作業をするようになってから、初めて花の美しさを知った。

子供の頃の方が「物の考え方」の柔軟性に欠けていたと思う。
現在、私の座右の銘……らしき物を、つらつら上げてみると

「お寿司もいいけど、カレーもね」
「それは、それ。これは、これ」
「そういうこともアリだってば」

……などとと、イージーな物が多い。
子供の頃の私を思えば、信じられない変貌だと思う。

年齢を重ねることで、自ら不自由な檻に入ってしまう人もいれば
年齢を重ねることで、自由な世界な飛び込んでいく人もいる。

色々な人の日記を読んでいると特に思うのだなぁ。
若い人だからって、柔軟な心を持っているとは限らないし
「おばぁ」「おじぃ」でも驚くほど柔軟な心を持つ人がいる。
突き詰めて考えていけば「個人」の問題なのだろう。

年齢と心の柔軟性は決して比例しない。
……世の中がどうあろうと私は頑なにそう思っている(笑)

***************************

明日はたぶん、ぶち切れた日記(?)を書くと思います。
本当は「今」書きたかったのだけれど
脳味噌が煮えているので、違う話でお茶を濁してみました。
……だから今日は、いつにも増して理屈っぽいのです(苦笑)


2001年12月07日(金) 苦手な空間。

自宅にシャワー設置した記念に髪を伸ばそう!

なんだか曖昧な理由から私は髪を伸ばそうと決意した。
計画通り、髪は順調に伸び進んでいる。
……と言えば聞こえは良いけれど
ほったらかしになっている。と言う方が正しい。

ふと鏡を見ると髪ボーボーといった状態まで進化している。
「伸ばす」のと「ほったらかす」の間には広くて深い川。
最後に美容院へ行ったのはいつだったのか?
美容院のスタンプ・カードを見れば一目瞭然なのだけれど
あまり追求したくない気分だ。

その上、カラーリングがすっかり落ちてしまっているので
「オニギリ用味付け海苔」に負けないくらい真っ黒な髪の毛になっている。
ちょっと今時の若い者にしては珍しいんぢゃないかと思う。
ほとんど風紀委員が厳しく目を光らせている私立女子校生のノリかも知れない。
↑本物の女子高生なら、こっそりお洒落を楽しんでいそうなものだが。

私にとって美容院とは、ちょっと不思議で苦手な空間なのだ。
自分の方が「客」の他立場なのに
何故か美容師さんに対して遠慮してしまう部分がある。
美容師さんは私が唯一「苦手」とするサービス業従事者なのだ。

「前髪、ご自分で、お切りになられたのですか?」
なんて聞かれた日にゃぁ
「えぇ。ちょっと…鬱陶しかったので」
などと、しどろもどろになってしまうし

シャンプーしてもらっている最中に
「痒いところはありませんか?」
と聞かれて、たとえ痒いところがあったとしても
「ありません」
とキッパリ言い切ってしまう自分が情けない。
↑「頭頂から3センチ左後ろあたりが痒いです」なんて言えやしない。

シャンプーしてもらったり、髪をいじってもらうのは気持ちがいいし
かなり好きだったりするのだけれど
どうしても「あの空間」「あの雰囲気」が馴染めなくて困る。

「おしゃべり」は好きだが、美容師さんとの「世間話」は好きぢゃないし
美容院の「華」とも言える女性週刊誌にも興味がない。
ジーンズのポケットに文庫本なと突っ込んでおいて、それを読めばいいのに
「用意してくれているもの」に目を通さないのは悪いような気がして
ついつい『女性自身』とかを読んでしまうのだ。
↑たまに面白いと思うこともあるのだけれど。

だけど……
正月までには行かないと、女として、ちょっとヤバイ。
来週の休日こそ、絶対に行くぞ。行くぞったら、行くぞ!

決意も固まったところで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2001年12月06日(木) 聖・家族…中山可穂に寄せて

『サグラダ・ファミリア』 中山可穂 新潮文庫 を読んだ。

中山可穂は「レズビアン作家」と称される
本年度の山本周五郎賞を受賞した実力作家でもある。
彼女の作品は、かなりの数の作品を読んできたが
どれも骨太で「作者の思い入れ」がギッシリ詰まっているような気がして
それゆえに「出来のほどはイマイチ」だったりする作品でも
何故か嫌いになれない作家さんである。

『サグラダ・ファミリア』の女主人公はレズビアンのピアニスト。
愛に不器用で、ピアニストとしても躓いていた彼女は
精神的に、相当まいっている最悪の時に
最愛の恋人(女性)を事故で亡くしてしまう。

女主人公と
恋人が残していった2歳児の男の子と
その子の父親を愛していたゲイの男性と

まったく血の繋がらない人間が家族として暮らしはじめる。
「血」ではなく「情」という危うい絆ではじまる家族。
愛に不器用な人間が、不器用ながらも人を愛し
家族を築いていく……そんな物語だった。

サグラダ・ファミリア(聖家族)

やや感傷的で、理想主義的なストーリーだったけれど
まるで、やみくもに刃物を振り回すような
刹那的で激情に身を任せるような愛し方しかできなかった女主人公が
それまで知らなかった「人の愛し方」を知り
人間として、さらなる高みへと昇っていく姿に
私は崇高なものを感じた。

中山可穂は「レズビアン」を題材にした作品ばかりを書いているので
「レズビアンものは食傷したから他の物が読みたい」
……との声も、ちらほら聞くが
私はむしろ、彼女が求めるスタイルを、題材を
一途に追いつづけて欲しいと思っている。

木原敏江の名作漫画『摩利と新吾』に出てきた一節を思い出してしまった。

……どんなに馬鹿みたいに思えることでも
最後までつらぬき通せば本物になるのですよ……

私も「最後までつらぬき通す馬鹿」になりたい。
どんな些細な事であっても「つらぬき通す」のは大変だ。
つらぬき通すのに必要なのは、意志。情熱。努力。真摯さ……
色々は条件はあるだろうけれど「強さ」だけは絶対必要だと思う。

強い女。強い人間になりたい。
そんな事を考えさせられた1冊だった。


2001年12月05日(水) うっかり・うっかり

昨日、ネットで知り合った友人からメールが届いた。
日記にも書いた「12月生まれでプレゼントの手配をした友人」からだ。
↑12月2日の日記を参照。

ちなみにプレゼントといっても「ほんの気持ち」だった。
本好きの方なので(それが縁で知り合ったのだけれど)本を贈るった。
小説だと、もうお手持ちだったりする可能性が高いので
ロマンティックな『ミュシャ』の詩画集(詩歌は与謝野晶子)と
耽美で妖しげな『ジャン・コクトー』の詩画集。

とても、喜んでくださった様子で、私も嬉しかった。
画集やイラスト集や写真集って、贅沢な感じがして欲しくても買い辛いしね。
うん。我ながら、いい選択だったかもなぁ。
ちょっと鼻高々で、いい気分……と思いきや

「あのね。ぢつは私の誕生日は11月だったりして」

なんと。
私、お誕生日を勘違いしていた!!!!
うひぁぁぁぁ。穴があったら入りたい〜〜。
……って言うか、誰か穴掘るの手伝ってください〜〜〜。

ぢつは私、その方にお誕生日プレゼントを贈るのは初めてで
「ふぉっ。ふぉっ。ふぉっ。今年は、ひとつ驚かせてやろうかのぅ」
などと思っていたのだが……うむ。
別の意味で、たいそう驚かれたであろうと推察される。
その方は、たいへんよく出来た心の広〜い方なので
「でも、かえって嬉しかった」
などとフォローしてくださったのだけれど。

うっかり・うっかり。

「ほんの気持ち」が伝わったので今回は「それは、それでヨシ」として
お誕生日は住所録にメモいたしました。

母と弟の面倒をみる大黒柱。29歳、女。働き者の「オヤジ」ちっくアニマル。
「しっかり者」の皮をかぶっているが、かなり手練れの「うっかり者」。
それが私だ。
悪いヤツではないが「キレ者」ではないな。うむ。

いつの日か  キレ者ですねと  言われたい    白蓮

*******************************

今日……って言うか日記的には「昨日」の休日
家族で、地元では美味しいと評判の串カツ屋さんに行きました、
もちろん私のオゴリです(残業代、溜まってるし)
なんだか「平日は家族に目を向けないオヤヂの家庭サービス」
……的なノリで切のぅございました。
まっ。実際、その通りなのですが。
中山可穂の新刊(新潮文庫版)もGETしたことですし
今夜は日記を更新してネットから退散しま〜〜す。


2001年12月04日(火) どうしても慣れないこと。

今の仕事(建築CADオペレーター)に就いて3年目を迎えた。
OLをしながら、夜にCADスクールへ通い
スクールを卒業したと同時に飛び込んだ世界だったので
当時はCADのことも、建築業界のことも、まったく知らなかった。

知らない言葉や、業界用語にとまどいながら
がむしゃらに過ごした3年。
気が付けば、すっかり仕事にも職場にも慣れた私がいる。

が。

3年たった今もなお「どうしても慣れないこと」が1つだけある。
それは職場を支配する「体育会系のノリ」
なにしろ私は学生時代から、ずっと「文科系」の人間で
まともにスポーツに取り組んだことがない「へなちょこ人間」で
「体育会系」の中に身を置くのは生まれて初めてなのだ。
↑それまでも何度か転職しているが「体育会系」とは縁がなかった。

「体育会系」のノリが嫌いという訳ではなくて
「いいよなぁ」と思うこともある。
1つの事に向かって、まとまり良く突進していく姿など
端で見ていて、なかなか気持ちの良いものだし
先輩、後輩の間にある厳しさも、信頼関係があってこそと知れば
これも、また良し…ってなこともある。

が。

やればできる。根性だ。死ぬ気でやればできる。上の命令は絶対だ。

このノリだけは、いただけない。
どう考えたって出来ないことは出来ないのだから。
正直なところ「体育会系」の人の「根性論」にはついていけないし
どうしても出来そうない仕事や問題があれば「妥協点」を探して
できるだけ良い方向を模索した方が健全だと思うのだ。

私の職場は「死ぬ気」で仕事をしている人が多くて
「同じ職場で働く人に過労死者が出たら嫌だなぁ」
……などと本気で心配してしまうくらいの働き蜂が勢揃いだ。
不景気を打破するためには
ある程度の激務は仕方がないと思うのだけれど。

「どうしても慣れないこと」はいつまでたっても慣れないだろうなぁ
……そんな気がしてならない。
願わくば、私の周りに過労死者が出ませんことを。

<追記>
「体育会系」のノリの人が「みんな」そうだと言っている訳ではありません。
あくまでも「物のたとえ」と言うことで。


2001年12月03日(月) アルコールの季節♪

12月。年末。忘年会。

宴会シーズンがやってまいりましたねぇ♪
アルコールで肝臓いわして死んだ父の血を引く私は
けっこうアルコール好きだったりします♪
↑あらためて宣言しなくても、すでに「酔っ払い日記」とか書いてますし。

美味しい物を食べる時に、ちょっとお酒があると、美味しいです。
仕事の終わった後にキュッって飲むのは、たまらなく幸せです。
本を読んだりPCに向かいながら、チビチビやるのも、いいもんです。

でもね。
私はアルコール性の肝炎で死んだ身内を持つ人間なので
あんまり度が過ぎた「飲みっぷり」とか「酔っ払い」とか「酔っ払い自慢」
なんかに遭遇すると、気ぃ悪い……と言うよりも

あんたねぇ。ちょっと控えた方がいいわよ。身体、大事にしてやんなきゃ。

……などと、お節介なオバサンみたいな気持ちになってしまいます。
私の亡父の場合は、脳が肝炎に冒されて萎縮して
「痛み」が分からない状態だったので
「悶え苦しむ」ようなことはなくて、始終ヘラヘラ笑っていましたので
ある意味において介護する人間も気楽だったのですが
そうでない場合、肝臓いわして亡くなる方は
まずまず「悶え苦しんで」逝かれるようですよ。ホントに。
実際、そんな方、たくさんいらっしゃいましたから。えぇ。

これがまた「ウィルス性肝炎」だったら
「どうして私がこんな目に」みたいに
気持ちの持って行きようもあるってものですが
自分の不徳の致すところ……だったりした日にゃぁ。
もぅ、後悔先に立たずなんてもんぢゃ、ありませんよ。たぶん。
↑私自身「嫌だ」っちゅ〜ほど目にしてきました。そんな人。

もしも「あなた」が親も兄弟も親戚も友人もいない「みなしごハッチ」なら
それも、まぁ仕方ないかと思いますが
そうでない場合は、周囲の人間に迷惑を掛けまくって死ぬのは必然です。

だから、やっぱり、やめた方がいいです。

自分のため
……って言うか、自分の周囲で棲息している人間のために。
「ぢつは苦しみたい願望」を持つM気質の方にはオススメかも知れないですけど。

オバサンちっくな話を書いちゃいましたが
今日は「しらふ」ですし、その上「ハード残業」で帰宅したところで
ちょいと疲れているので
まぁ「ばばくさい」部分はご容赦いただけるとありがたいです。

もう1日働いたら2日休みなので、明日は
余裕だ「ラ♪・ラ♪・ラ♪〜〜♪」
……で書いていると思います。
そんな、こんなで。今日のところは、おやすみなさい(^^)/~~~


2001年12月02日(日) 走ってきた師走。

とうとう12月に突入してしまいましたね。
なんと申しましょうか……
「走ってやってきた」感じがいたします。
私など年末に向けて何の準備もしていないのに。

年賀状は購入しましたが、まだ真っ白いままです。
クリスマスカードも購入しましたが、まだ真っ白いままです。
クリスマス・プレゼントも買っていませんし
もちろん、お正月の準備なんて、まったく考えていません。

私がした「12月らしいこと」と言えば、たった、これだけ↓
遠くに住んでいる12月生まれの友人&知人に
お誕生日プレゼントの手配をした。
……これだけでも「自分を誉めてあげたい」ってな感じです。

自分で言うと値打ちが下がるのですが、私、イベントにはマメな性質で
本来ならクリスマス・カードを書くのも
年賀状を書くのも大好きなのですが
今年は何故だか「面倒くさい」という気持ちでいっぱいです。
思えば2年続けて「喪中欠礼」のハガキを出しているので
「久しぶりの年賀状だし頑張るぞ〜」
……みたいな展開になっていても良いのですが。

まぁ。そう定番通りに進まないのが世の習いっちゅ〜もんです。

思えば2年前の、ちょうど今頃から父の具合が悪くなったのでした。
アルコール性肝炎が悪化して、脳を冒された父が
ちょうど痴呆症になったお年寄りのように「徘徊」をするようになって
徘徊する父の後を追っかけていたのが、今ぐらいの時期だったなぁ
……などと、思い出に浸っちゃったりして。

人の魂とか、心って、どこにあるんだろう?
とか
「胸が痛みます」なんて表現がありますが
まだ50代にして自己を失い、徘徊する父の姿を見て
私はしみじみ思いました。

人間をつかさどっているのは「脳」なんだなぁ…って。

はうっ。
のんびり思い出に浸っていたりなんかした日にゃぁ
走ってきた師走が、そのまま走り去ってしまいますね。
ちと気合いを入れて、年末の用事を片付けていきたいと思います。


*************************

日記を書き続けていく自信がついてきたので
以前「さるさる日記」で親しくしていた方々に
「エンピツ日記」の存在をカミングアウトすることにしました。
あまりにも「ス」な日記なので反応がドキドキなのですが
ちょっとだけ、進歩したかなぁ……と自己満足の世界に浸っております。
↑それでも「生・知人」に知らせる勇気は、まだ無いんですけど。
まっ。少しづつ歩いてる…ってな感じです。


2001年12月01日(土) 常識と非常識の間で。

『心に太陽をもて』
……という本を書いたのは山本有三。
心に太陽。くちびるに歌。なかなか素敵なフレーズです。

なんて前フリは置いといて。

ネット散歩をしていると
「言葉に責任持てよなぁ」
……と思うことがこの頃、多いのです。

少し前も、そんなネタで怒りの日記を書いたのだけれど
またしても暑苦しく怒ってしまっている私であります。
最近、傍若無人な人(あるいは発言)が目についちゃって。

今日は個人的な「怒りぶちかまし日記」なので
聞き流す……もとい読み流していただけると幸いです。

最近ネット上で非常識な場面に遭遇する事が多いと思いませんか?

流行のウィルスメールは腹立たしい限りですが
↑私のところにもきました。
ネットの匿名性を武器に好き勝手な発言や
複数のハンドルネームを使用しての暴言ってのも
相当、むかっ腹が立ちます。

私自身、この場所では「日記用のハンドルネーム」を使っている訳ですが
「いいっぱなし」的な発言だけは避けたいと思っています。
もしも「現実生活の私」あるいは「普段仕様ハンドルネームの私」
を知っている方が、この日記を読んで
「もしかして○○さんですか?」と問われたりすることがあったりしたら
ちゃんと答えるつもりでいますし
そもそも日記の最初に詳細な自己紹介を書いているので
私を知っている方なら、たぶん「私」だと特定できると思っています。

まぁ。そんな言い訳も置いといて。

ネット上で発言するというのは
友人、知人にしか知らせていない場所や、
パスワード制を用いている場所以外では
公共の道路で発言するのと同じだと私は思います。
たとえ、それが「小さな輪」の中であったとしても……です。
インターネットは言葉通り「網の目」のように繋がっているのですから
完全にリンクの輪から外れた、孤立した場所でない限り
ネット上での発言は「筒抜け」だと言ってもいいと思います。

自分の発言だと特定されなければ何を言っても良いのですか?
言葉が凶器になるってことを知らないのですか?

私だってネット上で「失礼な発言」をしてしまったことのある身なので
そう、偉そうなことは言えた義理ではないのですが
↑「失礼な発言」に対しては謝罪しております。
謝罪すれば、どんなことでも許されるとは思っていませんが
少なくとも「いいっぱなし」という形だけは取りませんでした。

暴言を言いっぱなしというのは許されることですか?

はう〜〜っ。
今日は頭の中が整理できていないまま、感情にまかせて書いているので
なんだか文章が支離滅裂です。
要約するなら
私はネット上での非常識な発言や行動をする人に腹を立てている
……ってだけのことなのです。
もちろん「常識」と「非常識」の線引きは人それぞれだと思うので
私の考えている「常識・非常識」と世間の「常識・非常識」は
ちょっと食い違っているのかも知れませんが。

常識と非常識のラインはどこにあるのでしょうか?

あっ。
くれぐれも誤解のないように書き添えておきますが
今日の日記は「ここ」で出会って会話をした方々をさすものではありません。
……って言うか。
どうして、こぅ暑苦しく怒っているのかなぁ。私。
自分の「暑苦しさ」に気が付いたところで、今日の日記は、これにて終了。


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