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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
研究会では最後に白倉先生がイオン時代に、顧客満足度ナンバーワンのお店を作られた体験談も聞かせていただいた。先生が勤めておられたお店は、競争相手に負けっぱなしだった。そこで他店と比較して一体何が劣っているのかを、明らかにした。この時調査を担当したのは、パートを含む従業員たちである。自分たちで「ここがいけない」を見つけた従業員達は、そこから会社を自分たちの手で変え始めた。もしこの時に誰かコンサルタントが同店を調べて「ここが駄目だからやり直しなさい」と言ったならば、果たして彼らは自主的に動いたであろうか。単純なことだが「問題を自分で発見して解決する」機会の提供が従業員の主体性を引き出す。そのことに気付かせてくれた大変良い話であった。
逆に良かれと思っても、バリアフリー利用者をサポートしてはいけない NG 行為もある。「セルフ対応にしない」「無言で車椅子押さない」「過剰反応しない」「補助犬のお断りをしない」「補助犬を一般に犬のように可愛がってはいけない」「会話に参加しようとしている車いす利用者を無視しない」。こうしたことは車椅子に乗ってみないと分からないことであろう。なかなか空想力が及ぶことではないが、経験豊富で当事者でもある白倉先生の話をきちんと聞くことがとても大事なんだと思う。
バリアフリーにはハード的なバリアフリーのみならず、マインド的なバリアフリーが必要だ。いざという時に、利用者をサポートするマインドを持った社員を育てておく必要がある。「レジ終了後はドアを開けてお見送りをする」「雨が降った時の対応する」「駐車場の係員の対応次第でお店の評価が変わってくる」「トイレなどピンチの時はすぐに駆けつけられたいせいにする」「多目的トイレの巡回頻度をあげて清潔さを維持する」。こうしたちょっとした心遣いが車椅子利用者のを作る。
バリアフリーの情報発信という点で優れているのが、東急インだ。東急インには「バリアフリールーム」についての記載がある。そこではバリアフリールームの間取りが二通りあって、どんな備品があるのか画像で表示されている。車椅子利用者には駐車場1台分を必ずキープしてくれて、入浴でタオルを人一倍使ったとしても、それによる追加料金は取られない。こうしたサービスと情報発信力で、東急インは車椅子利用者から大変好評だ。ちょっとした情報発信力で集客力が変わってくるという好例だ。
また、白倉先生はバリアフリー対応をしているお店であれば、その情報を正確に発信してもらいたいという。ホームページに記載がなかったり、「バリアフリー対応」との記載があるものの、具体的にバリアフリーで何がどう大丈夫なのかっていうことが知らされていなかったり、電話の窓口で誤った回答して車イス利用者からクレームを招くこともある。どのようなバリアフリーに取り組み、何がどのようにできているのかを具体的にホームページ等で知らせることが大切だと言う。
車椅子利用者の視点から見た、店を選ぶ基準を教えてもらった。第1はトイレ。車椅子利用者が1時間以上そのお店を利用するという場合、どうしても必要になるのがトイレ。段差とか駐車場の問題は、お店の人が手助けをすれば何とかできる可能性がある。階段だって数人の男子が持ち上げれば車椅子でも登ることはできる。が、トイレだけではマンパワーでの対応が難しい。それゆえに多機能トイレなど自分で利用しやすい環境を整えることが大事だ。
店舗レベルでのバリアフリーが進まない要因は、「お金がかかる」「ノウハウがない」「めんどくさい」「儲からない」などだ。しかしこれらの問題は、「補助金が出る」「ノウハウを身につければいい」「一般の人と同じ」「他の店とは違ってバリアフリーで差別化できる」と考えれば全て克服できる問題だ。それゆえに白倉先生は、「シダックス」や「とんでん」のようにバリアフリー対応がビジネスチャンスだと言う。
店舗レベルでのバリアフリー化が進んでいない中、一部のチェーンだけはバリアフリー化が進んでいるという。白倉先生によれば、カラオケの「シダックス」と和食レストラン「とんでん」がそうだ。特に「とんでん」は高齢者で賑わっている典型例。また盛岡には、バリアフリーなスナックがあり、車いすバスケットボール選手の溜まり場となっている。これなどはバリアフリーが故に集客に成功している例であり、バリアフリーがビジネス的にも魅力だということを示している。
白倉先生によると車椅子を利用者は増え続けている。65歳以上の高齢者は、現在3500万人。肢体不自由な方が270万人で、バリアフリーを望む人は非常に多い。2000年頃からバリアフリー化に向けて様々な法整備がなされ、公共交通機関・病院・ショッピングモール・スーパーマーケットなどでのエレベーターによる段差解消、多機能トイレの普及率は9割に近い。しかし、個別の店舗での対応ほとんど出来ていない状態だ。白倉先生が神保町付近で段差のない飲食店を探したときは、バリアフリー対応ができているお店は50件に1件、多機能トイレについては一件もないあり様だ。
新規ビジネス研究会第6回は、2019年5月。バリアフリースタイル代表の白倉栄一先生をお招きし「まだ誰も気づいていない集客&リピーターに繋がるバリアフリーの魅力」と題してご講演をいただいた。白倉先生は元イオンの人事課長。20代の時に交通事故で脊髄に損傷を患い、車椅子利用者だ。その体験と知識を生かし、現在はホテルや飲食店ショッピングセンター等にバリアフリーを導入する指導がなされている。その白倉先生がバリアフリーの現状についてお話を伺いした
このようなシェアベースは、全国各地にできている。が、作っただけで利用されていないケースも少なくない。その成否の分かれ目は、市場と志のある若者と志を持った企業を上手に繋ぐコーディネータがいるか否かにかかっている。コーディネータが、上記5段階の1と2が進むよう人と人とが集い、出合い、ディスカッションをし、試作し、考えや作品を発信できる場をつくり続ける。その点、DMM.make AKIBAには、真島隆大さん、上村遥子さんというグローバル感覚に富んだ素晴らしいコーディネータがいた。彼らに夢を受けとめてもらった若者たちは、のびのびイキイキと、ここで自分の夢を形にしている。「ものづくり」日本は、まだまだ健在だと信じたい。是非、こうしたシェアベースから新たなイノベーションが次々と生まれて欲しいと思う。
DMM.make AKIBAを利用している人の中には大企業に勤務しているマーケターが、社内的な開発の許可を得るのに大変時間がかかることを憂慮しこのDMM.make AIBAに来て試作品を作っている人がいる。彼はそれを持って「こういったものを作るべきだ」と社内プレゼンでアピールすることを目論んでいる。ここは、そのように志と技術はあるものの、社内の認可という分厚い壁に跳ね返され、行き詰った青年たちにとって、諦めず挑戦を続けられる「夢の入り口」となっているのだ。
そうした製造業の弱さを補完する会社がある。秋葉原にあるDMM.make AKIBAだ。秋葉原のビルの中に、3Dプリンタや切削工具、塗装設備などを設置し、誰でも使えるように施した工房だ。スタートアップを志す若者がここで、自分が企画した商品の試作品を創っている。それを自分でマーケティング企画して世に出している。また、アイデアを出し合う「アイデアソン」や「ハッカソン」などのイベントも盛んに行われている。仲間同士で語り合うコワーキングスペースやミーティングルームも充実している。私が同所を見学させていただいた時も、志を抱いた若者たちでにぎわっていた。スタートアップ企業の多くがこのような場所から誕生しているのだ。
欧州では新商品のアイデアが100あった場合、5/100の確率で商品化されるという。が、日本では1/100以下。限りなくゼロに近い。岩盤のような上層部に対し自分の企画を通すには、現物を見せることだが、試作する時間も予算も与えられない人のなんと多いことか。画に描いただけでは、その魅力は伝わらず、結果的にその企画は没になってしまう。そのくらい、トライもしないうちに企画案がこの世から葬り去られている。これでは若者が案を考える気力もなくしてしまう。トライの違いが、イノベーションの違いなのだ。
例えば「ダンスに合わせて光る靴」という商品アイデアを考えるとき、マーケターは「どう作るか」「どう売るか」ばかりを考える。が、それは�△痢屮瀬鵐垢帽腓錣擦童�る靴があったら面白いんじゃない?」という、アイデアがあっての話。その�△鮟个垢砲廊,�欠かせません。誰かと何かを観て聴いて、語りあって、そこから気づいたりしてひらめいたりするはずなのにそのような機会が殆どない。勤務時間中にそんなことしていたら「何、遊んでいるんだ」と叱られてしまう。また、仮に「光る靴って面白いと思います」と発言しても、社内で却下されてしまう。なぜなら、それを聴いてGOやNGを決めるのが管理職である年配者だから。彼らの価値観では、日本の若者たちはおろか、外国の若者たちの求めているものがわからない。この貧困さが、日本のものづくりを最も弱体化せしめている張本人だ。
日本のものづくりが弱くなったと言われるが、日本のものづくりは何が弱くなったのか?ものづくりは、一般に以下の5つのSTEPをたどります。�‐霾鷦�集��課題抽出�2歛蟆魴荳�立案�げ歛蟆魴茲亮孫圻ド床繊�このうちどれが弱くなったか…といえば、�,鉢△世蹐ΑF�本の大企業のマーケターたちは��の腕ばかり磨いている。マーケティングなんて技術なので誰でもできる。それよりも、�◆�これができる人がいない。そこを育てないと、イノベーションは絶対に生まれない。
大阪のお客様に「是非お会いしたい」と言われたので訪問した。同社の課題を尋ねると、会社全体がイノベーションを起こすことを歓迎する方向にシフトして、そのために各階層の評価基準も変わりつつあるという。そんな中、マネージャの皆さんのものの見方や考え方も変えていかなければいけない。「オペレーションからイノベーションへ順を追って移行するときの考え方、着眼点を教えられるのは、酒井さんしかいない」ということで選んでくれたんだそうだ。自分ではなかなか気がつかないが、イノベーションを教えられるのは私の持ち味の一つ。期待に応えたいと思う。
目標達成塾という講座を開催している。この塾は中小企業の役員及び役員候補である部長級社員を教育する場で、今期は受講生は6人。その第3回の今日の午前中に 受講生の上司である社長から電話を頂いた。その受講生は今週の月曜日と火曜日に体調を崩して会社を休まれた。ついては今日の授業中も体調不良なことがあるかもしれないので、ご迷惑をかけるかもしれないとのことだった。それを聞いてなんと優しい社長だろうと大変感心するとともに、この受講生がいかに社長から大切にされているのかよくわかった。社員ファースト を掲げる会社が増えている。掲げるだけではなく、こうした細かい配慮ができる社長が増えると会社はもっと良い方向に向かうであろう。
某大手企業で行われた営業成績優秀者の表彰式で基調講演を務めた。対象は営業のプロフェッショナルばかりだが、その中には非正規社員の少なくないと聞いた。彼らはある意味命がけで日々の営業に取り組んでいる。そんな彼らにはどんな話をするのはいいのだろうとあれこれ思い描いて「心構え」「着眼点」そして「テクニック」を教えることにした。侍のように剣一本で生きていくような生き方をしている人には、やはりテクニックは武器の強化であり生きる糧の強化である。「心構え」ではあまり反応が良くなかった人も、テクニックのところは食いつきがよかった。講演でテクニックを語ることには賛否もあるだろうが、求められていることを伝えるのが講師の務めだ。自分の経験が多くの人のお役に立てたという爽快感が残った。
昨日の若者には、さらに感心させられた。私が場所を移動をしたときに、途中で道がわからなくなってしまった。そしたらわざわざ「僕が案内しますよ。ついてきてください」と言って私が迷った現場まで行き、こっちですと教えてくれた。ジモティじゃないとわからないような獣道で、彼がいなかったら目的地にはたどり着けなかっただろう。この目的地はこの日、人が入っていなかった。「誰もいませんね。ラッキーですね」と若者は共感してくれた。そして、私はその言葉通り、その目的地で私はたくさん釣ることができた。ジモティの言葉は、来訪者を勇気づけてくれる。今日の釣りが楽しかったのは、まさに親切な若者のおかげだ。
今年2回目の鮎釣りに行く。お気に入りの場所に入り、準備をしていると後ろから若い人に声をかけられた。「この下の縁への落ち込みに入って釣ってもよろしいでしょうか?」。私は「いいよ」と応えた。普通はそんなことお構いなしで、ズケズケ入っていくところだ。そこで「随分礼儀正しい若者だなあ」と感心していたら、「解禁の日に来られましたか?ここは30匹ぐらい上がってましたよ」などといろいろ教えてくれた。聞くと、地元に住んでいる青年らしい。最後に「僕はいつでも来られますから、邪魔くさかったら移動しますから言ってくださいね」と言って去っていった。今時の若者の礼儀正しさと素直さにとても感心した。むき出して競争をしない、シェアが当たり前の時代の美しさがそこにあった。
ビジョン開発の仕事をしていると、どうしてもその地域では将来何に投資をしていくのかとという指針を調べることになる。近年では独自の将来ビジョンを描く市が増えている。課題はどこも同じで高齢社会と少子化対策だ。市が作成するものだからどうしてもバラ色の総花的な未来像にはなるが、数字ではなく物語で示すケースも多いため、読む人に勇気とヒントを与えるものとなっている。市単位でビジョンを示すことはとても大切なことだ。
今回もビジョン開発のために合宿討議で国民宿舎に宿泊した。大変丁寧なおもてなし心のこもった美味しい食事を出してくれ、お風呂も眺めも最高だった。ところが、ひとつだけ残念なことがあった。和室の布団である。この布団が薄くて硬くて、どうにも居心地が悪かったのだ。私は洋室だったのでその苦痛はプロジェクトメンバーから聞いただけだが、眠れないことは翌日の議論に影響する。この一点においてこの宿舎はもう使えないなと思った。サービス業は掛け算だというが、おもてなしや食事が良くても寝具が0点なら、この宿舎の価値は0点。どうかそこを直してほしい。
ビジョン開発プロジェクトでは、わずか2時間程度のディスカッションで12人のメンバーから新規事業案が20以上も出された。地域密着型の事業を展開しているメンバーに提示しt資料は、同社が展開している市の将来ビジョンを示した資料と同社と同じ事業を他のエリアで展開している企業のほんの少し先進的な事例である。とりわけ人口減少問題を抱える市のビジョンからは多くの気づきが得られた。そんな皆さんの感性に関心した。これだけ出れば後は「どの程度の成長力があるのか」「時流に乗っているのか」を選択基準に選抜していくだけだ。
本業の効率化が必要性は、一人当たり当たりの分析から明らかだ。が、その前段階で社員アンケートの分析をしていると、そこには社員の生の意見として「担当替えはモチベーションが下がる」といった意見もあった。担当替えを命令じることは会社としてはやむを得ないことではあるのだが、プロジェクトメンバーはできるだけ社員の想いに応えてやりたいと考えていた。しかしその後数字の裏付けを見て、やはり担当替えが必要な時には担当替えしてもらわないといけないメンバーは気がついた。ビジョン開発時は、「定量分析が先か」「定性分析が先か」は様々な手法があるが、この会社の場合は定性分析を先に行って、その後で定量的な視点で選択肢を絞るやり方が有効だと、議論の成り行きを見ていて感じた。
過去10年間の成長推移を分析していると、多くのことに気づく。特に気づきが多かったのが、一人当たり粗利益の分析だ。多くの会社で見られる現象だが、同社の一人当たり粗利益も過去10年で微増にとどまっていた。逆に一時期下がった時もあった。下がったのは本業の一人当たり粗利益が下がってきたから。これを新規事業でカバーしていたのである。この一事を見ただけでも今後「本業を筋肉質化して新規事業で稼ぐ」社内の構造改革を進めないといけないと、プロジェクトメンバー全員が気づいてくれたのは嬉しかった。
ビジョン開発プロジェクトで、過去10年間を分析すると多くのことに気がつく。新規事業をいくつもスタートさせたが、時流に乗った事業は年率30%以上のペースで伸びている。これに対し成熟した授業はよくて20%台の成長に止まる。一般に上りのエスカレーターに乗るか下りのエスカレーターに乗るかそれが企業の成否を分けるというがまさにそういう結果を目の当たりにした形だ。
過去の成長を分析すると最初に同一地域内で多角化を行い次にそのモデルを多数のエリアで展開する多エリア化が図られる。そしてその次に新しい形態が誕生する。多角化→多エリア化→新形態。大まかだがシンプルな成長する流れ・方向性が見えると、ビジョンを描くのはとても容易になる。このガイドラインに則って何を具体的に進めていけばいいか、それは社員に考えさせればいい。トップの仕事は大きなガイドラインを示し、何をすれば良いか考える機会を作ることだとつくづく思った。
会議の冒頭で2000年から今に至るまでの歩みを振り返った。同社は CS の大切さに90年代の後半に目覚め、いち早く社員の主体性を発揮させることの重要性に気がついた。そこで2000年代の冒頭から理念経営を推進した。理念経営を推薦すると、お客様へのお役立ちの意識が強くなるため、今やってる授業にプラスして、あれもやった方がいいのではないかという気づきが多数得られる。そのため新規事業にも積極的に取り組んだ。他者が儲かったお金を遊びに使っている時に、当社は社員研修を行い新規事業に投資をした。「理念の有無が会社の将来を左右する」と社長は振り返ったが、まさに理念のチカラを感じる過去20年間の成長だった。
某社で、2025年ビジョンを考えるプロジェクトがスタートした。冒頭に社長から過去5年間のビジョンの実現度合いについて語っていただいた。この会社では2015年に2020年ビジョンを策定した。この時実行すると決めたことは全部で11個あった。それらができたかどうかを確認したところ結果は4勝7敗で負け越し負け越しだった。しかしながら業績は目標を大きく上回り社員数も目標に近づいている。まさにビジネスは何か一つ当たるだけで大きな成果が得られるものだとと改めて思った。やりたいことが全て実現しなくてもいい。大切なのは真に多くの人に役に立つことを選び、集中して実践していくことなのだ。
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