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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
昨日出会った社長は、残業も減らすことに成功したと言う。ポイントは残業を申告制にしたこと。今日どれぐらい残業が必要かを午後3時までに管理部門に申請する。管理部門はその残業が本当に必要な事なのかどうか精査をする。もし不必要な残業をしていたり、特定の誰かの残業が多いと、部門全体を指導する。こうした仕組みを作ったところ、総残業時間が減少したと言う。精査する管理部門は大変だが、まずは外圧でもなんでも「本当に数字が減って、残業って減らせるんだと気づかせる。それから仕組みに着手する。こうした考える実行する順番が、残業削減には有効なのだと思った。
愛知県の製造業はどこも採用難で苦しんでいる。そんな中今日話した会社は、採用に成功している。その秘訣を社長に聞いたら、「従業員の休みを年間115日にしたこと。そして毎年1日ずつ増やして120日までにすると約束したこと」だという。さらに月当たりの残業時間を40時間以内に抑えるようした。総労働時間が減るのだから、その分は生産性を上げてボーナスで報いないといけない。「生産性を上げるのは大変だが、今の時代は給与より休日で人が集まる」。これが社長の結論だった。
NHKのクローズアップ現代でスポーツビジネスの特集をやっていた。プロバスケットボールのチームの中には、集客に成功したチームと経営不振で降格したチームがありその対比が面白かった。経営不振となったチームは、「勝つ→集客」を考え、強い選手を高額で補強した。そのため人件費倒れとなった。一方「集客→勝つ」を考えたチームは、ファンファーストな様々なサービスを打ち出した。これにより会場は満席に。その環境が選手のパフォーマンスを引き出していた。この対比に、経営を考える正しい順番を見た思いだ。日本企業が弱くなったのは、いつしか「勝つ→集客」的な発想ばかりになったせいもあるのだろう。
仕事柄、同じ会社の仲間同士でビジョンを考えている姿を見る機会が多いが、とても楽しいと感じる。ビジョンの実現に欠かせないのは、本当に成果を出そうと思うことだ。本当に成果を出そうと思えば、発想は次から次へと浮かんでくる。ビジョンを掲げ、そこに至るまでの途中経過をちゃんと描けなくても、とりあえず動いていればそのうち先が見えるものだ。それには「今の自分は最善だ」と今を肯定すること。ビジョンは先のことではなく、今の理想である。今の理想に向けて、今できる最善を選択して生きる。それが連続してできればビジョンは必ず実現できるだろう。
理念ができた後、ビジョンを皆で考えた。理念は会社の中心軸だから、衆知を集めた上で社長が作成すればいいが、ビジョンは皆でワイガヤで作るのが望ましい。このとき悩ましいのは「あるべき姿」に「先に」数字を入れるべきか否かである。赤字からの脱出、シェア奪回などが目標の時は、先に目標値数字を決め、そこに至る計画が必要だが、オンリーワンを目指す企業は「違い」を生み出すことに特化し、その証として数字が付いてくるという考え方もできる。定性目標と定量目標のどっちが先か、それが問題だ。
理念づくりの過程で顧客インタビューを行った。その顧客の声に、次のようなものがあった。「貴社の仕事は呼べばすぐ来てくれて、細かいことにも熱心に対応してくれて、私たち顧客の側からみれば大変にありがたい。しかし、市場が縮小している現状でこのビジネスモデルでは早晩限界が来るのではないか。新規事業も検討してみて欲しい」。なんとこの顧客は、同社を自分の仲間と認め、自社の都合ばかりではなく、この会社の未来を心配しているのだ。こんな顧客を持っていて、良い関係性を築いていることが同社の宝だ。
人はできる人についていくわけではない。できるかどうかわからないが、やろうとしているから人はついていくし、援けようとする。理念を作るのは社長の仕事。だから社長が勝手に作って社長が勝手に示せばいい、という理論も成り立つが、理念もビジョンも「どんなのができるかわからないが、皆が納得できるものをやろうとしている」から、皆も全力で協力し、20ものキーワードを紡ぎだしたのだ。勝手にやって従わせるボス型リーダーシップと、「一緒にやろうとする」チーム型リーダーシップ。この違いは今後、一体感の差となって表れるだろう。
昨日の会社のキーワードは全部で20あった。社長はその20を丹念に拾い、理念と基本方針、そして行動理念(クレド)に落とし込んでいた。20のうち一つも漏らさない、全部を同じように受けとめる丁寧な姿勢に社員一同感動した。感動の共有ができたわけだが、それは社長が熱心に社員の意見をよく聴いたから。人の話を聴くときは自分の固定概念を捨て、空っぽにしないとできない。皆、それができる社長の素直さに感動したのだ。
某社で理念づくりの支援を行っている。今日は社長からの理念案が示された。これを考えるためにな社内アンケートや顧客インタビューなど様々な調査を行った。そしてそこからいくつものキーワードを抜き出し、それを元に社長が考えたものだ。その理念が秀逸で、読んだ時に感動した。キーワード出しをしたメンバーも同じように感動した。良い言葉ができたときは、社内に「ああ、これいい〜!」と何とも言えない腹落ち感が生まれるものだが、しれを体験することができとても嬉しかった。
TVの『消えた天才』が好きでよく見ている。天才の多くは違う道で成功しているが、天才が天才と言われた道を諦めて、切り替えていくエピソードに心を打たれる。多くは、若い頃に「得意技」を活かして天才と呼ばれる成果を出す。が、「過度な周囲の期待」がプレッシャーになり、「得意技」で生きていくことが窮屈になる。そして楽しめなくなって、その分野を捨てる。捨てた後は、「長期的視野・誰かを幸せにすること」を最重視して新たな道を行く。集中力が他の人より凄いのだろう。ほとんどの人はそこで成果を出している。この番組は「得意技」だけを頼って生きていくことの限界を教えてくれる。そして生きていく上で一番大事なことが『挑戦・長期的視野・夢を語ること』だと気付かせてくれる。
Y木材の社長は、「本当に社長業は楽しい。こんなに人間的に成長できる仕事は他にない」と実に嬉しそうだ。実際に、30代の社長、あるいは後継者で役員級の人たちは、話を聴いていると「本当によく考えているな」と感心する。考えに考えた末に自分で決めて行動する。ゆえにほとんどが後戻りできない賭けのような感じなのだろうが、それが現実になったときにはそれがとても強い自信になる。自分で考え、自分で描き、自分で決めて、描いた通りに現実にする。「自分でつかむ」感じが、人をいちばん成長させるのだろう。
Y木材の住宅展示場の展示の仕方は変わっている。他社が一つの敷地に巨大なモデルハウスを作るのに対し、Y木材は40坪未満の規格住宅を3棟並んで建てる。入り口は真ん中の住宅で、まず来場客を着座させる。そこでファイス情報を獲得した後、同社のコンセプトVTRを見てもらう。その後、左右どちらかの家を見学。見学後は真ん中の家の2Fで着座して商談する。こうすることで「着座+コンセプト伝達」ができて、最大の課題である追客が容易になる。大変すばらしい仕組みで感動した。
Y木材のマーケティングは優れている。工務店にもかかわらず大手企業がひしめく展示場に出展。展示場は1億級の家が並ぶが、社長曰く「2千万の家しか買えない人も展示場に来る。当社はそこを狙う」。展示場内に2千万円の家は他にない。そのため、「安良くていい家を探している人」には唯一の手に届く家になる。同社は現在年間75棟を手掛けるが、独自の集客スタイルが奏功したのだ。
Y木材の社長が専務だった2009年に自社ブランドを創ったとき、年間5棟しか売れなかった。商品が複雑すぎて、自分は売れるが、社員には売れない商品だった。同社の理念には「住まいづくりを通じて人の幸せと社会に貢献する」だが、これでは「人の幸せに貢献しているとは言えない」と痛感。コンセプトから練り直した。そして誰でも売れるようにアレンジした規格住宅を開発する。このとき大事にした概念は基本コンセプトである「木の良さを伝えること」×「自分がやりたいこと」×「儲かること」×「社会の役に立つこと」。この商品がヒットし、翌年には年間16棟を実現。この実績を社長に認めてもらい、Y専務は社長に昇進した。
Y木材の3代目社長にインタビューした。社長は1.5次創業の先行者だ。祖父は創業者で材木商だった。二代目は父親で住宅建設の下請け業だった。3代目は、父の会社に入った。そして不思議に思った。どれだけ働いても利益が遺らない。そこで会計事務所が主催する財務研修に参加する。そして気が付いたのが、「元請けにならない限り儲からない」。そこで2009年に自分で企画販売をする工務店を始めた。この間、儲ける方法(ビジネスのやり方)は材木商→住宅建築→工務店と進化したが、理念(あり方)は変わらなかった。それは「木の良さを伝えたい」。話を聴きながら「やり方」と「あり方」の違いがよく分かった。
ご来場いただいた皆様に満足していただけたのは、見た目がキレイでかわいらしく、味の良いケータリングのお陰。何人にこの料理を褒められたかわからない。過去何度も料理がしょぼいパーティを経験しているので、それだけは避けたかった。「どこにご依頼されたのですか?私の会社でも頼みたいので教えてください」と尋ねた方もいらしたほど。JECCA名古屋さんにお願いした。手配してくれたのは、アイウイルの柳沢美奈子さん。その企画力と実行力に心から敬意を払います。
昨晩、弊社設立5周年の記念パーティを開催した。80人もの方にお集まりいただき、この5年間の学びとこれからやっていきたいことをお伝えさせていただいた。嬉しかったです。楽しかったです。なんだか、とても癒された。握手するとエネルギーが伝わってきた。短時間にこれだけ多くの人と握手したのは初めてかもしれない。たくさんのエネルギーをいただいて、癒されながらも、「よし、やるぞ!」という強い気持ちになれた。ご参加いただいた皆さん、ご協力いただいたスタッフの皆さん、素晴らしい時間をありがとうございました!
半年間、長期ビジョン開発をお手伝いしてきた不動産会社の経営計画発表会に参加した。不動産会社らしく金融機関が10社も参加しての発表会だった。社長は約2時間、自分が考え抜いた方針を、流ちょうに話した。「事業の未来像」はもちろんだが、「社員の未来像」があり、理想の組織や目指したい給与水準、コース別人事制度等、社長の理想が語られた。全社員、銀行の前でこうした構想を語るのは実に勇気がいること。スケールの大きな未来を約束する姿は、人間をずっと大きくするのだと感じた。
出版ことを習ってる土井英司先生のメルマガ5000号記念セミナーに参加した。印象に残ったフレーズ。「誰かのために『型』を作ってあげる。困った人を助けよう」。「仕事は、自分の才能のあることで他人に貢献すること」「迷ったら危険な方を選べ」「周りを上げたらあなたが上がる」「自分の未来を期待しろ。忍耐力の源は自己暗示だ」「選択肢を広げる努力をしなさい」「自分をモニターするために土井先生を使え」「メンターは要求水準の高い人を選べ」。いつも学ぶことが多く、感激の連続だった。土井先生、ありがとうございます!
H不動産がリノベーションした物件を、エイブルやミニミニなど仲介業者に見せると「これは売れます」と感激する。そして、工事が終わる前に、お客様に「こんな物件がありますよ」と提案し、契約をとってしまうという。こうした事例をアパートマンションオーナー展で紹介すると、エリアの離れた都市部のオーナーからも「是非、自分の物件もお願いしたい」との話が舞い込んでくる。これにより、H不動産は、都市部の富裕層オーナーの物件にも関与することが可能になった。たった一つ、他にはない強みを持つことで会社が変わる。その典型例がここにある。そしてこれこそが、理想の1.5次創業の姿だ。
H不動産の内装リフォームは、社長がLIXILの研修で金沢に行ったとき、仲間たちがゴルフに行く中、社長は別行動に出た。「洒落たリフォームをしている会社がある」と噂に聞いていたので見学に行ったのだ。そこで見たのは、ディズニーランドの施設の内装のような、古いものをカッコよく見せるデコレーション。一目で雷に打たれたような衝撃を受けた社長は、社員を「ディズニーランドの造形のプロ集団に変えよう。施工技術を持ったスタッフを自前で育てよう」と決意する。これが同社の快進撃の始まり。みんなとゴルフのように、人と同じことをやっていては開けないということだろう。
H不動産のリフォーム「満室化プロジェクト」はオーナーに向けて「あるものをどんどん使って稼ぎましょう」がコンセプトだ。アパートオーナー向けのセミナーは「相続税対策に資産活用しませんか?」という死に支度の提案である。まして老朽化した建物は「カギをつけてセキュリティを強化しましょう」など多少の付加価値向上の提案をするだけで、満室には程遠い。新築に建て直したところで、30〜40年すればまたすぐ古くなる。社長はそこに違和感があった。そこで「古くてカッコよく見せる方法」を見つけ取り組むことにした。オーナーへの思いやりが、社長の原点なのだ。
H不動産では会社が軌道に乗り始めた時、経営方針にさりげなく次の一行を入れた。「古びた店舗でも、リノベーションで内外装をカッコよくすれば、流行りの店になるはず。それを証明したい」。このことを建設部の部長が覚えていた。そして域前の萎びた店舗が売り物件ででたとき、部長が社長に「今こそ、それを証明するチャンスです」と言ってきた。10人が10人ダメ出しする中、社長はGOを出した。すると、その店はイタリアンダイニングに変身。地域一番の繁盛店に変った。近隣の進学私立校の先生や病院の先生など、比較的年収の高い人たちが仕事帰りによる店になったのだ。この一件で社長は社長方針の重要性を知った。自分が方向付けることで、部下の主体性を引き出すことができるのだ。
LIXILの後継者塾の先生はH不動産の社長に次のように言った。「理念がないのなら、他者から盗んでいいから創れ。どんぶり勘定はいけません。場当たり的な給与システムもいけません。人事評価システムがないのはいけません。今あるものをリセットするつもりで全部作りなさい。会社を伸ばしていこうと思ったらここをやっておかないといけない。すべて経営はシステマチックなものです」。さらに経営計画ができ上ったら、次のように言った。「あとは、月次の予実チェックをする会計事務所が必要」。これにより、そのような機能を有する会計事務所に契約をスイッチ。ここから会社は変わり始めた。
H不動産の社長がLIXILで学んだのは「経営はシステマチックに行う」ことだった。まず「理念」がある。これが一丁目一番地にある。次にそれを具現化する経営計画がある。経営計画はヒトモノカネをいつどこに使うかという計画である。それを毎月予実チェックする。予算と実態がズレたら、行動を変えて予算達成を目指す。そしてその成果を評価する。成果と人事評価は連動する。これらが全部繋がって経営である。
同社はほんの10年前まで、両親と息子(社長)の3人だった。どんぶり勘定の会計に危機感を覚えた息子はリーマンショックの前年、取引のあったLIXILの加盟店の仲間から次のように言われた。「お前、数字のことわかっていないな」。「まずい」と感じた社長は以後、2年間のLIXLの二代目社長塾に通う。そこで「どんぶり勘定」の怖さを学び取る。ここ危機感が、現在の躍進に繋がっている。
H不動産屋がリノベ―ションのビジネスを始めた。魅力をなくした古いアパートを、魅力的な空間に内装を再デザインし、販売を開始。すると、あっという間に満室になる。同社はこれを「満室化プロジェクト」と名付け、FC展開をしている。小さな不動産屋が、自社の技術を全国にFCで提供するまでになった秘訣は何なのか、そのプロセスを2代目社長にインタビューした。まさに1.5次創業の好事例だ。
新元号が「令和」に決まった。国中の関心の高さと、話題騒然ぶりに、誰にとってもこの元号改正が自分ゴトだったことがわかる。同時に、新しい時代への転換、切り替え、幕開けを誰もが望んでいたということだ。そのくらい、今の時代がなんとなく澱んで見えているのかもしれない。ちなみに私は、人生の中で今が一番楽しい。今、新しい商品・サービスを開発している。売れるかどうかはわからないが、澱む前により麗しい方向に自分が変わっていくのは楽しいことだ。
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