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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
先代が早世したため、奥さんが事業を引き継いだ某社。息子が30歳になったのを機に社長を譲ったが、禅譲に当たり二つのことを教訓として残した。ひとつは誰に会っても「おかげさまで」ということ。もうひとつは「自分以外の社員を門番だと思うこと。人はトップがどれだけ言っても門番ほどに動かないものだ。だから自分が働け」。上に立つ者だけが知る辛苦がここにある。
V字回復中の若手社員が課長と交換日記を始めた。社員はB6版のノート左側に会社の慣習や人間の機微など「?」と気が付いたことを書く。それに対し、課長が右側に「良いことに気が付きましたね」などと丁寧に返事を書く。感性豊かな部下の気付きが、課長の曇った目をクリアにしてくれる。一読すると、課長側にLOVEに満ちた眼差しがあることがわかる。親鶏の自覚を持った課長は貴重だ。
机上に置かれた、またはメールで届いた稟議書には絶対にハンコを押さないK社長。ハンコを押さないと提出者が「あれどうなりましたか?」としびれを切らして問い掛けてくる。社長はそのときの申請者の「眼」でハンコ押すかどうかの判断するというのだ。大切なことは「幾ら使うか」ではなく「やるか・やらないか」。文章が上手くても、その人の目を見ないと信用できないのだ。
半日ドックにかかる。ここでは男も女も金持ちも失業者も社長もヒラも、誰もが同じガウンを着て歩く。するとその人の個性が完全に消滅する。誰もが同じに見えるのである。これで名前まで失ったら監獄と同じだ(監獄は人を番号で呼ぶ)。この現象に、服格好=ファッションがいかにその人らしさを表現するかを痛感した。好きな服を自分で選び、着られる自由をなくしてはならない。
昨日の「武蔵」で、「水を上手いと思う心がなければ、剣を磨いても無駄だ」と柳生翁が語っていた。経営理論も同じだろう。人の感情・心理・機微がわからなければ、経営学をいくら勉強しても役に立たない。コンサルタントのノウハウは、理論やフォーマットや知識にあらず。相手を最も動機づける「タイミングの選択」にある。それを知るにはMBAの本より「小説」を読んだ方が近道である。
昨日の研修を担ったのは主に私の部下二人である。その二人は研修生から手作りTシャツ(背番号なし)を贈られた。二人には自信になったことだろう。両名とも大企業から転職ししてこの道を選んだもの。研修生と一緒に盛りあがる顔に「コンサルタントになって良かった」と書いてあった。上司としてそのことが一番嬉しい。こんなときは「ご苦労さん」+「ありがとう」が自然と出てくる。
某社の半年間に及ぶ中核社員研修が修了した。その打ち上げの宴会で、18名の受講生が自ら企画した「卒業式」をはじめた。記念品はTシャツ。白無地のTシャツにマジックで、研修名と、背番号、各自の名前を書いたサッカーのユニホームに見たてたものだ。授与式の後、全員がTシャツを着てサッカー選手のように記念撮影。宴会終了までそのTシャツを脱ぐ者は一人もなし。そのことが全員の達成感を象徴していた。
最近、管理会計のコンサル依頼が増えている。見えないコストを見えるようにしたいというのだ。インフレ時代は細かいコストを考えなくても、売上を伸ばせば吸収できた。しかし売上が伸びないデフレ時代はその逆。年収が上がるうちは家計簿を付けなくても平気な人が、減ると家計簿を付け出すのと同じ。早期退職した人が出費を抑えるため煙草をやめた。企業もそんな努力をしたいのだ。
たばことガソリンと酒と自動車。これに税金をかけることを思いついたのは誰なのだろう…。つくづく感心する。すべての人が使うわけではなく、選択した人のみが支払い、それでいて大多数の市民が利用するものばかり。そんな商品のひとつに「市販薬」と「通信」があると思う。これだけ高齢化・情報化した社会ではそれも一策だと思うが、そんなものを高くしては人の道に反するということか。
東京人/大阪人/名古屋人で何が違うかという寓話を聞いた。3人が喫茶店でお茶を飲んだとき、伝票を持って立ちあがるのは誰か?→「かっこをつける東京人」。ワリカンにする人は?→「大阪人」。そして名古屋人は他の2人のうち伝票を持つのが誰かを見極めてから自分の態度を決める。払ってくれるなら有りがたいし、ワリカンならそれでいい。私は名古屋人。言い当てられて…ああ恥ずかしい。
恥ずかしい話、私の机の上はグチャグチャだ。どこに何があるかは私にしか分からない。倉庫のどこに何があるのかを把握しているのは一握りの人だけ、という会社も多い。それが職人の性癖だが、トヨタは何万アイテムもある部品の在庫管理を徹底している。整理術というが整理は「術」ではない。整理しよう!という強い「意思」と「根気」の成果だ。いずれも私に欠落しているものである。
NHKのBS受信料のパンフを見ていて奇妙なことに感心した。口座振替と訪問集金では料金が違うのである。12ヶ月前払の場合、口座振替25,520円に対し訪問集金26,100円と580円のアップになる。企業間取引でも口座振替化が進んでいるが、「口座振替割引」など聞いたことがない。集金側には営業経費の削減などメリットは大きいはず。ビジネスでこんな割引が成立してもいいはすだ。
某社長が全国の25〜34歳の社員を集め、研修を開始した。「15年経ったら君たちの上の者は全員いなくなる。そのとき役員になっているかヒラのままかは君たちの選択だ」「俺はお前たちが可哀相だ。団塊ジュニアは受験等で激しい競争を繰り返し、就職したらベアゼロの時代になって、年金も100%貰えない世代だ」「だからチャンスを掴んで欲しい」。15年先に備える感覚は一流の経営者の証である。
某社長にISOを取得するのに安上がりでパワフルな方法を聞いた。最初に取り組んだ社員への褒美を用意する(例:300万)。次にやりたい人を募集して小集団を作る。そして納期だけを決め、時間外に自主活動するよう指示する。努力が実って見事取得し場合は、300万をメンバーで分け合う。これなら時間内にコンサルの指導を受けて行なうより絶対にコストが安く、社員に力が付く。天晴れな方法だ。
某社長が年に10回話を聞きに行く一流のコンサルタントがいるという。どんなコンサルタントか聞くと「ヒントしか言わない。答えを言わない人」。答えを言うと、聞いた人は答えを聞いた人ばかり頼って自分で考えるのを止めてしまう。結局それは本人のためにならないというのだ。最近、新事業開発の依頼が多くてこちらで答を出さねば…と焦っていたがヒント出し屋に徹しようと思う。
某社の社員が赤字の契約を取ってきた。怒った社長はたちまち社長車(セルシオ)を売り飛ばした。そのお金で赤字分を埋めるという。以来同社ではこのような赤字の受注は誰もしなくなった。高収益企業になるまでは歩く…と社長車を返上する社長も多い。社員たるもの自社の社長には高級車に乗って欲しいもの。社長が車を失うことは危機感を創るには有効な方法である。
若い社長には、どうせ女と遊ぶならイメクラで遊びなさいという。社長にはイマジネーション(仮想)力が不可欠だからだ。こんな話をすると、軽蔑されるどころか、社長には大喜びされる。ところが同じ話をその社長の部下の人たちにすると、白ける。自分では良いアドバイスをしているつもりでも「変なこという人」で一掃されてしまうのだ。社長とサラリーマンとの違いを感じる瞬間である。
コンサルティングの依頼をいただいても断らせていただく場合がある。親子または兄弟喧嘩の激しい会社である。どう手を尽くしても会社が割れてしまい方針が一本化できない。意思決定が遅れてスピードが維持できない。また社内調整にかかる時間がそのままコストアップになる。内部の争いはお客様に全く関係のないこと。お客様を見れば争っている場合ではないはずだ。
某社の社長がパートさんを呼ぶとき、「パートさん」ではなく「パートナーさん」と呼ぶように徹底した。社員は○○君のように名前で呼ぶのにパートさんは誰でもパートさんと呼ばれる。それでは余りにも不公平だと、「ナー」を付けたのだ。「ナー」が付くだけで随分親密な感じがするものである。社長が敬う人は社員も敬う。優しい社長の下、生き生きして働く女性たちの姿が浮かぶようだ。
私の最も得意とする研修は、明石家さんまの『恋のから騒ぎ』というTV番組を真似たもの。受講生に「理想のビジネスマン像」「身につけたい専門分野」「五年後の自分」など同僚の意見をスクリーンに映しながら、私がさんまになって「これ誰や?」と尋ねていく。「あいつこんなこと考えていたのか?」などがわかって実に刺激的で面白い。合宿研修の夜の懇親会などにはもってこいである。
モーニング娘が「ひょっこりひょうたん島」を歌っていた。今年40歳の僕たちがギリギリ知っているTV番組だからそれ以降の世代には新鮮だろう。あの歌詞は昔から凄いと思っていた。「何かがきっと待っている」という超・淡い期待を胸に辛苦に耐えてススメーッ!と言っている。おぼろげな目標に向けて我慢と頑張りができたキャッチアップ時代。目標のない現代に、我慢と頑張る姿は美しく映るのだ。
時間は危機感を創る最良の道具だ。お客様から「レスポンスが悪い!」と言われたら、早く対処するしかない。それも今のやり方を見直して短縮するというものではなく、「翌日には絶対回答する」をまず決める。そして「翌日」回答するにはどうすればよいかを考えて、仕事の仕組みを抜本的に変える。「早くしろ」には生返事な社員も、「いつまでにやれ」という指示には敏感に反応するのだ。
査察団の報告(能力)はどうも当てにならないらしい。そう判断した米国は独自の証拠を出して戦争の同意を取り付けようとする。これが本当で信憑性がある話なら、見つけられなかった査察団=国連の面目は丸潰れだ。その手法も盗み聞きと隠し撮り。非協力的だとする相手に、権力者のみが成し得る余りにも強引な捜査方法だ。世論が米国を否定するのは当然である。
外国人を数名使っているバーの支配人(女性:28歳)に、外国人を使うコツを聞く。マニュアルは相手がわかりやすい形にすること。理解力に合わせカタカナや英語で作成。次に思っていることを言い合う。日本人は我慢して言わないこともあるが、外国人は衝突覚悟で主張する。そこで分かり合えたら、後は日本人として同等に扱うこと。このコツは製造業でも建設業でも同じだろう。
「心・技・体と言うが、技は練習量に比例して身につくからこの中では一番易しい」との金メダリストのコラムを読んで、なるほどと感心した。企業も同様で、「体」=財務体質は年月を経ないと絶対に良くならないし、「心」をまとめるのは永遠の課題である。それに比べれば、「技」は知恵次第で編み出せる。そう考えれば高付加価値化は一番易しい経営課題。ここから逃げたら何も残らない。
理論の世界では科学は万能だ。しかし理論と現実の間には大きなギャップがあることを、今回のスペースシャトルの事故で改めて思い知らされた。遺伝子組換食品もクローン牛も原発も理論的には安全なのだろう。しかし、ちょっとした手違いで今回のような大惨事が起こる。人間が科学を道具として利用するとき、万全は有り得ない。頼りになるのは常に最善を尽くす、そこにいる人の心だけだ。
五九歳になる部長が力を込めて語った。「私は後一年です。引退までにこれだけの書き物をしたい」。書き物とは、小説ではない。仕事に必要なマニュアルである。引退後にこの会社が順調に推移するための指南書を残しておきたいというのだ。後世に何かを残す意欲こそ、ベテランの仕事であろう。ベテランには何かを教えてマスターさせるより今ある技能を吐き出させるようにしたい。
本社から「来期の計画を書いて出せ!」という資料が送られてきた。添付ファイル数6。これを全部埋めるのかと思うとほとほと気が重い。「計画づくりは未来のこととを考えることだから楽しいことのはず。ならば短期間で一気に仕上げるのが良い」と、旅館合宿で練り上げるというなら気も楽だが。「計画で利益出ないもの本番で出るはず無し」が持論ゆえ、土日を潰して取り組んでみよう。
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