加藤のメモ的日記
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2014年06月29日(日) 自衛隊は北朝鮮・中国と戦う ��

もう北朝鮮や中国にバカにされるのはイヤだ。強い国になりたい、アメリカにも文句は言わせない。たった一人の欲望が、日本の戦後を変えようとしている。ニッポン人よ、これが現実だ。

拉致被害者を奪還せよ

「今まで誰も手を付けようとしなかったじゃないか。これで日本の持つ抑止力は高まる。絶対に日本のためになる」「オレは間違っていない。日本を自立させたいんだ。みんな分かってくれるはずだ」最近、会合の席で、安倍総理や側近や番記者に向かってこう熱弁をふるうのだという。そして、ひとしきり持論をまくし立てた後、ボツリとつぶやくのだった。「憲法改正だ、最後は」岸信介元総理が成し遂げられなかった、安全保障政策の見直しと憲法改正―いま安倍総理は、祖父から受け継ぐ悲哀を一気呵成に叶えようとしている。

「集団的自衛権の行使を容認し、自分の国と国民の命を守れる国になる」自立した国家。言葉の肩書だけは甘美だが、その先にあるのはたった一つの事実だけだ。日本は再び、「戦争ができる国」になるのである。アメリカの軍事戦略研究が専門の、立教大学教授・島川氏が言う。「アメリカ政府は『靖国参拝で中国・韓国との関係をむやみに悪化させるなど、安倍総理の動きはアメリカの国益に反している』として警戒を強めています。

アメリカが考えている『日米同盟の深化』とは、米軍の下に自衛隊を組みこみ、日本を軍事的に指揮下に置くことで、中国や北朝鮮に対する圧力を強めることです。しかし、安倍総理の言うような『自立』を許せば、日本は暴走してしまい、大惨事を起こしかねない。こういう懸念をアメリカ政府は抱いているのです」戦後レジームからの脱却。それは安倍総理が、以前から唱え続けてきた「夢」でもあった。

「安倍総理には、『日本の剣法はアメリカ追随の”押し付け憲法”だ。これを破棄してアメリカと対等になるんだ』という思いがある。日本の自立と繰り返すのは、根っこにこうした感情があるからです」(全国紙政治部デスク)国家として真の独立。そのスローガンは、人々の愛国心を強く揺さぶる。事実、その賛同者たちが、安倍政権の強固な支持基盤になってもいる。だが彼らは、その裏にあるとてつもないリスクについて、ほとんど語ろうとしない。戦争ができる国になるということは、戦争に巻き込まれ、戦争をさせられる国になるということだ。

安倍政権が、このまま自己陶酔に根ざした肥大化政策を続ければ「夢」はいつしか「悪夢」に変わるだろう。その場合、日本が最初に戦う相手となる可能性が高いのは、北朝鮮だ。「日本の防衛と軍事力に詳しい、東京新聞論説委員の半田氏が解説する。「昨年5月、米国防省は北朝鮮の軍事に関する報告書を公表しましたが、その報告書の非公開版に『北朝鮮はすでに核弾頭の小型化に成功している』という情報が含まれていたのです。アメリカとしては、核の恫喝で北朝鮮との交渉のテーブルにつかされることだけは避けた。1993年には、金日成時代の北朝鮮が核拡散防止条約を脱退し、クリントン政権が北朝鮮本土攻撃を具体的に計画するという、核危機が起きた前例もあります。

日本が集団的自衛権を行使できるようになることをきっかけに、今度こそアメリカは北朝鮮攻撃を決意し、日本に共同作戦を要求してくるかもしれません」現在の北朝鮮は、一説にはすでに8基もの核兵器を保有しているといわれる。しかも、ミサイルの発射ボタンを手にするのは、側近を「マシンガンで撃ちまくったあと火炎放射機で焼き尽くす」という残忍なやり方で粛清し、権力の維持に躍起になっている、弱冠31歳の金正恩である。衰えたとはいえ、アメリカは依然として「世界の警察」であり、ここ最近だけでもイラク、シリア、ソマリア、リビア、ウクライナなど、各地域の「火薬庫」への介入を余儀なくされている。

安倍総理が自立を主張するたびに、アメリカはこう言うだろう。「では、必要とされる場所でその力を示してみせよ」と。いざアメリカが北朝鮮とことを構えるとなれば、安倍総理は「私が最高司令官です!」と勇んで自衛官の先頭に立ち、拳を振り上げるしかない。「力」なくして「自立」なし。安倍総理は自らの行動でそれを証明しなけれなならない。拉致被害者を自らの手で奪還するという「立派な目的」もあいまって、若者たちは日本軍として、戦後70年の禁を破り戦火へと飛び込んでゆくのだ。


『週刊現代』7.5


2014年06月27日(金) 吉田茂と彼の後継者

そこには日本の近代史が凝縮されている

吉田茂を語るうえで欠かせないのが、自身の政権を支えるために集められた議員グループ、通称「吉田学校」の存在だ。ワンマン政治家としても知られる吉田だが、それと同時に、彼は昭和の日本を牽引した多くのリーダーを育成してきた。政治評論家の浅川忠氏はこう語る。「吉田茂は後継者育成という点でも、非常に優れた人物でした。彼は自身が元外交官ということもあり、これからの日本を引っ張っていく政治家は、官僚出身者だという自負があった。だからこそ、役人出身で政治をやろうと考え『吉田学校』を作ったんです。

当時、政治家は官僚政治家と党人政治家に大別され、一方のリーダーは吉田茂、もう一方は鳩山一郎という図式だった。その中で、吉田は各省庁で目をかけていた官僚を次々に政界に引き入れる。浅川氏が続ける。「吉田学校出身者として有名な池田勇人は大蔵省出身、佐藤栄作は運輸省出身の官僚でした。吉田は、政界を引退してからもずっと彼らの師であり続けた。彼らは首相になってからでさえ、困難な政局の際にはいつも大磯にあった吉田の私邸を訪れ、総裁としての心構えなど、助言を求めました。そこから『大磯詣で』というj言葉が生まれたほどです。その後吉田学校出身者は、吉田の意志を継いで、高度経済成長を成し遂げ、現在に続く日本をつくりあげたんです」

血脈図を見れば分かるように、吉田は安倍晋三首相や麻生太郎元首相と親族関係にある。今、孫世代の彼らが政権を握り、日本の舵取りをしてるのだ。もし現代に吉田が生きていれば、彼らにどのような言葉を投げかけるだろうか。前出の保坂氏は言う。「吉田茂は物事の本質をきちんと見極めたうえで行動し、稚拙な判断は絶対にしない人でした。常に大局に立ち、次の世代へバトンを繋ぐことも忘れなかった。彼ならば、先達の苦悩を無視し、強引に事を進めるような政治手法戒め、慎重な判断を促すのではないでしょうか」

君たちが日陰者であるほうが、国民や日本は幸せなのだ。吉田茂 1957年防衛大学卒業式にて


『週刊現代』6.14


2014年06月26日(木) ストーカー

突然、「キレイですね」
「県警内部では今頭を抱えています。近年、警察全体でストーカー事案に力を入れてきた。実際、県警でも4月から子供女性安全対策課内のストーカーなどへの対応を目的とした『人身案全対処理係』という新部署を設置したばかりなんです。その矢先に起きた前代未聞の不祥事です」愛知県警幹部は苦々しい顔で語る。それもそのはず、県警現役頸部の高井幸次(45歳、仮名)のストーカー行為が発覚したのだ。

高井がつけまわしたのはまったく面識ない20代の女性会社員。1年ほど前から名古屋駅周辺で女性をたびたび見かけるうちに、高井は一方的に好感を抱くようになる。そして思い切った高井は、女性にアプローチを始めたのだ。駅構内で待ち伏せし、突然「キレイですね」と女性に声をかけたり、メッセージを書いたメモをムリヤリ渡そうとしたりした。だが、女性の方は当然、高井への好意はなく、気味が悪いと思っただけだった。女性は今年3月「男につきまとわれている」と同県警中村署に相談した。

これを受け、捜査員は名古屋駅構内で張り込みを始める。会社からの帰路、女性がいつの乗り換えのために通るコンコースを歩いていると、高井が姿を現した。おもむろに女性に近づく高井。それに気付き、すかさず捜査員に目くばせする女性。高井が声をかけようとしたその瞬間、捜査員が彼の前に立ちふさがった。「警察です。ちょっとご同行願えますか」最初驚いた顔を見せた高井だったが、やがて諦めたように、素直に従った。「任意で事情聴取したんですが、身元を確認して捜査員は仰天したそうです。同じ愛知県警の同僚で、しかも公安警察出身のエリート警部だったからです」(県警幹部)

公安出身。一般人にも身近な交番の警察官やドラマでおなじみの捜査一課などと違って、その存在が謎のベールに包まれている公安警察。いったいどんな捜査をする集団なのか。元公安捜査員が解説する。「危険人物や組織を監視し、その動向を把握することが主な仕事です。名目『公共の安全』を守るため。比較的優秀な人材が集められる傾向にあるといわれている。共産党、極左、労組、右翼などを捜査対象としています。外事課で他に外国人スパイやテロを扱っています」

公安はストーカーと同じ

公安は尾行や身辺調査など潜行調査のプロフェッショナルだ。鍛えた技術を使えば、ストーキングなどお手のものといえる。『日本の公安警察』などの著書のあるジャーナリストの青木理氏は次のように語る。

「左翼やカルト集団などを監視するとき、公安はまず協力者という名のスパイをつくるのが常套手段です。そのための方法はいろいろあるのですが『基礎調査』から始めるのが普通。仕事はなんで、交友状況がどうで、男女関係や酒癖、借金の状況などを調べあげる。自宅前を張って尾行したり、住民票などを入手して徹底的に捜査します。言うなれば、公安の仕事は基本的にストーカーと同じ。今回のケースでも同じことをしている恐れはあり、もし職務権限を使っていれば、問題の根は深いと思います」

女性のことを気に入っていた高井は操作の基本中の基本、尾行をしてまずは住所を突き止めたはずだ。そして次に行なうのは張り込みである。家族と同居しているのか。恋人はいるのか、毎日の出勤、帰宅時刻はどれくらいなのか…。「施設課はない金なので、日中の張り込みはできないでしょうが、出勤前の早朝に彼女の家に立ち寄っていた可能性は充分ある」(県警幹部)

さらに不気味なのは、捜査員がその気になれば、住民票や戸籍などの公的資料も入手できることだ。もちろん捜査目的以外でそれらを取得するのは職権の乱用だが、元公安刑事として役所に顔のきく高井にとっては、より容易なことだったに違いない。それによって女性の来歴や家族構成などは、完全に丸裸になる。それ以外にも、まだ高井にできることがある。「例えば銀行口座の取引状況や携帯電話の発着信記録の入手。厳密には捜査令状がないとできないんですが、強制力のない『操作関係事項紹介書』というものがある。これはあくまで任意の照会なんですが日本の企業はお上に弱いので断らない。公安の場合、もっと裏ルートで手に入れている節もあります」(前出・青木氏)

もちろんカード会社の利用明細も同じように入手可能だ。高井がその気になれば、彼女の年収はもちろん、毎月何にいくら使って、どこで買い物をしているかまで、知ることができる。高井が今回、どこまでそういった「元公安刑事」の経験と特権を使ったのかは、定かではない。恐いのは、今後書類送検された高井が素直に罪を認めた場合、起訴されて公開の裁判で裁かれる可能性はほぼないことだ。つまり、高井が実際何をやったかは、永遠に闇に葬られることになる。公安の捜査手法をストーカーに悪用されたら、女性としてはたまったものではない。愛知県警は、高井の犯行様態をすべて明らかにするだろう。


『週刊現代』6.14


2014年06月24日(火) 人生はギャンブルだ

人のおカネは俺のカネ

●パチンコ依存症になってしまうと、店の前を素通りできないそうですね。パチンコ屋を通りかかると、ラッキー7が揃った快感が脳裏に甦って、またあれが起きるんじゃないかとという思いを振り切れなくなる。

○でも、今になって思うのは、結局ギャンブルじゃ借金は返せませんね。誰も助けてくれる人がいなくなって、初めて自分の異常な状態と向きあうことができる。

●まわりが手を差し伸べてくれなくなってから、自分の力で這い上がれる人が、依存症を克服できるんですね。

○ギャンブル依存症は、立派な病気ですからね。簡単に立ち直れるものではないと思います。でも、


週刊現代 5.24 180


2014年06月23日(月) パチンコ依存症

パチンコは日本中至る所に存在し、気軽に遊べる分依存に陥りやすい。知らぬ間に自分に嘘をつき、人を欺き借金をしてパチンコ屋に通ってしまう。そして一旦パチンコ依存症になってしまったらそう簡単の抜けきれない。アルコール依存症や覚醒剤中毒とニュアンスは同じで、必死の思いで振り切っても一度やってしまうと、また依存症に逆戻りということも大いに考えられる。実に苦しく周りをも巻き込む厄介な病気なのだ。ならば、どうやって克服するのか?

これは厳しいようだが、周囲の人間が金銭的に援助するのを一切ストップし本人に現実を直視させ、自らの力で何とか這い上がってくるのを待つしかないと僕は考える。件の旦那さんは週に1回しかパチンコをしないと誓ったらしいが、それを信じているようでは全然甘い。再び同じ結果になるだけだ。今度パチンコで借金を作ったら離婚するという強い覚悟で臨まないと、問題は解決に向かわないと思う。子供のためにも別れたくない、大切な家族だと仰っているが、重度のパチンコ依存症の主と多額の借金を抱えた家庭の方が、子供にとってはより悲惨なのではなかろうか?

ことギャンブル依存症においては、周囲の人の妥協や経済的な援助が裏目に出て、より深みにはまってしまうことが多いのだ。残された道は、本人がその最悪の状況から少しずつ借金を返済し、自分自身と対峙し、依存を克服するしかない。

僕はかってギャンブル依存症で沢山のものを失った。金、家庭、信用。正直途方に暮れた。しかし、そんな僕に仕事を下さる人を含め、様々な人の力を借りて5年かけてなんとか借金を返済した。金がなくて水しか飲めない時もあった。けど、月々の返済を懸命に続けていくうちに、お金の有り難味と魔力を思い知ることができ、同時にギャンブルと一定の距離を置いて付き合えるようになったのも事実だ。完済したら光が見えた。妻とも復縁した。すごく遠回りをしたがその分、得たものもあったと確信している。

僕は今もパチンコを楽しんでいる。しかしその楽しさは、憎しみと哀しみが混ざった、言葉では上手く表現できない感情であり、一発4円の貸し玉が、時として人の人生を狂わす危険性も孕んでいることを当然忘れてはいない。手紙をくれた方よ、勇気を持って最愛の人を放りなさい。彼が自ら依存症を克服する日がやって来ることに賭けなさい。


六角精児


『週刊現代』6.14 


2014年06月22日(日) 瀕死のワタミ

赤字49億円 「瀕死」のワタミから人もカネも消えた

「ワタミは創業以来、人件費を極限まで抑え、商品を安く提供するデフレビジネスの手法でのし上がったきました。しかし経済状況の変化で、これまでのやり方が通用しなくなった。今回の赤字は、それが如実に反映された結果といえます」(経済評論家・鈴木氏)ワタミグループがピンチだ。5月2日、ワタミは20147年3月期の利益を示す連結最終損益で、1998年の東証上場以来初の49億円もの赤字を計上したことを発表した。

これに先立つ3月27日、同社は居酒屋チェーン「和民」などの不採算店60店舗を今年度中に閉鎖することを発表したばかり。今回の赤字報告は、チェーン店閉鎖に伴う特別損失や、既存店舗の客数低下のによる10年ぶりの売上高下落が主な要因だった。この赤字発表を受けても、創業者である渡邊美樹元会長は「なぜ危機に出会ったのかを徹底的に分析する」と、あくまで強気の姿勢を崩さない。しかし、すでにワタミはは「瀕死状態」に陥っているという見方も少なくないのだ。鈴木氏はこう続ける。

「アルバイトの給与が上昇傾向にある中で、飲食店の人気は下り坂。その上、ワタミは2008年に神奈川県で起きた社員の自殺問題など、労働環境の劣悪さが取り沙汰されており、敬遠されている。チェーン店の閉鎖は、それも一因です。さらには、ワタミの企業イメージが悪化するにつれ、客数も減少の一途をたどっています。哀れな従業員を犠牲にしつつお酒を飲みたいと思う人はいませんから」

ワタミが抱える人手不足は、深刻な問題となっている。同社は今年(2014)、正社員として240人の採用枠を設けていたが、入社したのは半分の120人。つまり、ワタミは新卒社員すら満足に確保できていないのだ。この背景には、限界まで気力と体力をつぎ込んで仕事にあたるべきだという渡辺氏の過激な姿勢が悪影響を及ぼしている可能性がある。経済ジャーナリストの荻原博子氏はこう語る。

「一般に人手不足は、給与体系を改善し、人件費を上げることで解決します。しかし、ワタミは現時点で人件費を上げたらますます経営を圧迫してしまう。打つ手がない状況です」昨年の参議院選で政界進出を果たした渡邊元会長。だが、自らが興した会社が危機を抱えている今、天下国家このことを考える余裕もないのではないか。


『週刊現代』5.24


2014年06月21日(土) だfdsがgだsDVC

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2014年06月20日(金) 頭取たちの決断 ��

ある拓銀OBは「21世紀ビジョン時に、不良債権処理を手がけていれば何でもなかった。不良債権の芽は出ていたが、まだ巨大な普段ではなかった」と振り返る。しかし、山内は泥をかぶるタイプではなかった」と振り返る。しかし、山内は泥をかぶるタイプではなかった。幹部にも、泥の中に手を突っ込んでまで山内を支える決意が賭けていた。経営陣が決断できないツケは、次第にその後の亀裂を深めていく。1992年の春に、カブトの業績悪化が表面化した。その時点で、拓銀グループによるカブトグループ全体向けの融資額は数千億円に達していた。拓銀は急遽、追加資金繰り支援に踏み切ったものの、カブト向け融資の回収が大きな課題として浮上した。海道は引責の形で退任した。山内はようやくSSKの呪縛から解き放たれる。海道が退任した直後、河谷は一夏をつぶしてカブト関連の融資を調べ、事態の深刻さに驚かされる不良債権の芽はすっかり開き、拓銀内部にジワリと根を張っていたのだった。

拓銀の特徴でもる東京と北海道の二重体制への対応も特徴的だった。市場にたたかれ、資金繰りが厳しくなった時、常務の鷲田は「本州の店舗は数カ店を残して撤退しかない。言うことをきかない東京本部の役員は、あなたが首を切れ」と河合に激しく進言したと話す。河合は「そうだな」とうなずいて東京に向かったが、結局、しょげて帰って来たという。「情の人」でもあった河谷。鷲田は拓銀破綻後、頭取代行として1年にわたって困難な残務整理を遂行した。鷲田は1996年に拓銀が280億円の優先株を発行したとき、札幌の本店長として、取引企業などに約50億円を引き受けてもらった経緯があった。配当を一回しただけで紙切れと化した優先株。頭取代行の鷲田は売りつけた相手先に土下座して回った。

お前のところからは頼まれなかった

心ならずとも、拓銀の幕引き役を引き受けざるを得なかった鷲田は今も、「生きるために、ありとあらゆることをやったかというと疑問が残る」とつぶやく。拓銀破綻後、北海道経済が未曽有の混乱に見舞われた。拓銀の大口融資先である老舗デパートの丸井今井や、ゼネコンの池崎工業などへの融資継続策をどうするか、受け皿となった北洋銀行、本州の店舗網を引き継いだ中央信託銀行などへの譲り受け債権の扱いなど、鷲田は政治家や総理官邸、大蔵省などに終始、頭を下げて回った。

ある時、大蔵省銀行局の幹部がこう漏らした「いや、まいったよ。拓銀にこんなに政治的影響力があるとは思わなかった」。融資維持のための財政支援などで渋る大蔵省を、政治家たちがどやしつけ、強引に財政資金を付けていったのである。大蔵幹部から拓銀の政治力を絶賛する感慨を聞かされた鷲田は、ある政治下にこう尋ねた。「ご支援、ありがとうございます。だけど、どう手拓銀のためには何もやってくれなかったんですか」。その時の答えが「お前のところからは、頼まれなかったんだ」

大蔵省などへの当局対策は拓銀の東京本部の担当だった。だが、、当時の大蔵省は接待汚職事件などで、激しいバッシングを浴びていた。自らの守りに回らざるを得ない大蔵省には、拓銀問題で政治家を心底動かすだけの余裕を欠いていた。ところが当時の拓銀幹部たちは、大蔵省を越えて、政治家に直接働きかけることに思い至らなかった。旧来のオカミの権威にすがるばかりで、危機への備えを充分に整えず、「何とかなるはず」という先行きへの根拠のない甘さが支配していた。

1996年9月、大蔵省は阪和銀行(和歌山)に銀行として初の業務停止命令を出して、受け皿金融機関に確保しないまま、同行をつぶした。再建見込みのない銀行は、市場から粛々と退出させるという論理を重視した決断だった。決断はよし。だが、その後、和歌山地域の経済全体に、長く大きな影響が及び、破綻した同行の従業員組合には預金保険の整理業務拒否もちらつかせられて、公的資金をつぎ込んでの割増退職金支払いを飲まされるなど、事務的な手抜かりを露呈してしまった。その結果、「地域経済に影響の大きい金融機関はつぶせない」というのが、阪和騒動から大蔵省が学んだ教訓とされていた。拓銀はそうした大蔵省の教訓を過大に評価していたのかもしれない。

「潰せないが、市場から潰されるものを、どうやって支えたらいいのか」あるいは当時の大蔵省は、拓銀が生き残りをかけた北海道銀行との合併を想定していたのかもしれない。「拓銀と道銀の合併もよし、拓銀が破綻すれば、道銀を受け皿にするもよし」と。鷲田は、道銀との合併交渉が始まった時、河合に進言した。「合併を成功させるためにも、北海道を挙げての応援団を作らないとダメだ」道内外の政治、同庁、道財界。オール北海道の体制を組み、政治の力に頼る。土下座をしてでも、脅しをしてでも迫るべきだと。だが、身内に対しても情を断ち切れない。「優しいエリート」の河合は、常にどこかで「待ち」の思いを吹っ切れず、政治力を動かすこともできずに終わることになる。



『頭取たちの決断』 藤井良弘


2014年06月17日(火) 頭取たちの決断 ��

エアポケットの激突死

1998年11月、週末の13日は金曜日だった。北海道拓殖銀行はこの日、最後の日を迎えた。1997年11月の破綻から、ちょうど1年が経過していた。1900年、北海度拓殖銀行法に基づく国策銀行として発足してからほぼ一世紀…。

最後の頭取となった川谷�脳擦呂修瞭�、1年前は自らがトップの座にいた同行から、ずさん融資で破綻の原因を作ったとして、元頭取の鈴木茂、同、山内宏らと共に、総額108億円の損害賠償訴訟を起こされた。川谷と山内は、その4カ月後には、特別背任容疑で北海道警察に逮捕された。拓銀の落城は、日本長期信用銀行や日本債券信用銀行よりも1年早かった。当時、大蔵大臣の三塚博は「大手行は一行たりとも潰さない」と宣言していた。だが、市場の力の前には、大見えを切った大臣の約束も、無力な空念仏でしかなかった。

拓銀破綻は、かっての護送船団司令官、大蔵省の力が急速に衰え、かつ60兆円のセーフティーネットの整備にまだ及ばないエアポケットの中で起きた。「まさか」と誰もが思いつつ、慣れぬ緊急操縦である北海道銀行との合併模索で失速したあげく、三洋証券の行き詰まりに端を発した1997年11月の未曽有の史上の乱気流の中で、あっけなく激突死した。河谷の頭取就任は1994年6月から3年5カ月間。前任の山内から後を託された時から、河合自身、心を決していたようだ。新聞に「頭取内定記事」が流れた日、河谷は親しい部下を飲みに誘って、こう打ち明けている。

「頭取を引き受けてくれと言われた。仕方がないから引き受けるけど、一期2年で辞める。一歩間違えば大変なことになるよ。僕のやることは”終戦処理”なんだ」。実際に、その時点で河谷以外に頭取に適任と目される役員はいなかった。長銀の大野や、日債銀の窪田、東郷と同様、河谷に対する周囲の評価も「本当にいい人」「真面目だった」の声が多い。明るく、前向き、バランス感覚があり、企業人として組織の最後の操縦桿を握る勇気もあった。こうした評価は、たんなる判官びいきばかりではなさそうだ。では、なぜ敗者の道を歩まざるを得なかったのか。決断の誤りか。

ある拓銀OBは、「結局、皆平時の人だったのではないか」とみる。組織内、あるいは外部から、その時点では最適任の人材を選び、危機対応をゆだねた。請われた本人も、周囲の情を無視できず、やるしかないなと自分に言い聞かせた。それなりに自身もあったに違いない。大野木なら長銀のブランドと外資提携を切り札にした野戦の方程式であり、窪田・東郷にすれば、大蔵小・日銀という、かってなら最後の切り札だった。拓銀はどうか。道民から「拓銀さん」と呼ばれ、北海道そのものとほぼ同義語だったその存在の重さ。河谷が漏らした終戦処理の言葉も、破綻を想定したものではなく、最悪の場合は明治以来、北海道を支えてきたこの国が、なんとかするはずとの無意識の思いが絡んでいなかっただろうか。

だが、突き放した言い方をすれば、当時の日本の金融界全体も市場との本物の闘いの経験に乏しかった。足かせの不良債権を抱えながら金融システム全体を戦場から帰還させる「戦時の人材」がそもそも育っていなかった。拓銀マンや道民の多くが期待したはずの政府の北海道支援策も事前には手が回らず、発動されなかった。公的な支え自体がほころびていたのだった。辛うじて体力残る銀行だけがその後、事後的な公的資金のカンフルに支えられ、どうにか次の局面に進む競争を展開しているのが現状なのだ。拓銀の特色は都市銀行でありながら、北海道に強固な地盤を置く地域金融機関でもあった点だ。この二重性がバブルの影響をダブルで被る原因となった。すなわち、都銀最下位行としてバブル期に首都圏などで他行に負けまいと背伸び融資を続けたことと、もう一つは、本州よりワンテンポ遅れて北海道で不動産ブームが起きたことで、二重の深手を負っていた。

SSkの呪縛

拓銀がバブル期に作った不良債権の大半は、「SSKトリオ」が元凶とされる。バブル期の頭取だった鈴木、元副頭取の佐藤、元常務の海道の3人の頭文字をとってこう呼ばれる。彼らが拓銀と二人三脚でバブル期を突っ走ったカブトデコム、ソフィアなどのバブル企業向け不良債権を積み上げたからだ。鈴木は1989年4月に山内に頭取の座を譲るが、SSK体制は以後も続く1990年10月にマッキンゼー、アンド・カンパニーのコンサルタントを受けた「新戦略21世紀ビジョン」がスタート、他行がバブルの反省で業務推進と審査を分離するなか、拓銀も新ビジョンに伴う組織改革で審査部を復活させた。ただ同時に、業務推進と審査一体型の総合開発部も発足させた。そこでカブトなどのバブル企業向けの案件を温存したのだった。

バブル融資の最前線に立った海道は、河谷と同期入行。河谷が組合委員長や企画などのエリートコースを歩いていったのに対して、海道は営業旗。不動産融資でのし上がっていった。鈴木が旗を振り、海道が小型版ブルドーザーとして現場を開拓し、佐藤が行内をまとるパターン。一時は豪快な性格の海道を慕う行員も多く”ミニ海道”が行内でも羽振りを利かせた。頭取の山内の影は薄かった。



『頭取たちの決断』 藤井良広


2014年06月16日(月) 日産・ゴーンの迷走

「エンジンは車の心臓です。それをベンツのものに載せ替えて、どこかスカイラインなんでしょうか。スカイラインは、車好きの日本人にとって心の拠り所のような存在でしたが、もはやその面影はありません」(自動車評論家の西川淳氏)日産自動車が、人気車種のスカイラインに資本提携先であるドイツ・ダイムラー社のターボエンジンを搭載した「2000GTーt」を6月5日に発売する。エンジンはメルセデス・ベンツEクラスと同型で、価格は380万円か〜460万円。

見た目はスカイライン、中身はベンツ…日産のカルロス・ゴーン社長(60歳)の「迷走」が止まらない。「ゴーン氏の経営は、常に合理化とコストカットを主軸に置いています。自社でエンジンを製造すると何百億円もの費用がかかる。それならばダイムラーのエンジンを使った方が合理的だと判断したのです。日本人の感性からすると『ロマンがない』と思うかもしれませんが、それが彼のやり方なんです」(経済ジャーナリストの坂本氏)

実はゴーン氏によるスカイラインの仕様変更は、今に始まったことではない。「2001年に『V35型』として新型スカイラインを発売しましたが、そのデザインは長年培われたスカイライン『R30〜R34型』にはほど遠く、ファンの間では『あれはスカイラインではない』と酷評されました」(自動車評論家の国沢氏)現在日産は、徹底した合理化と円安の影響で、今期の営業利益は5350億円(前年比107%)を見込んでいるが、国内市場では苦戦を強いられている。原因は、トヨタのハイブリッド車に対抗して、莫大な予算を傾注し開発した電気自動車『リーフ』の販売不振だ。

これによりゴーン氏は、新技術にコストをかけず、さらなる合理化を進めることを決意したという。日産の元エンジニアで「ミスターGT-R」と呼ばれる水野氏は、現在の日産の現状を憂う。「やりようによっては『人、モノ、金、時間』をかけず、最小の資源でGT-Rのようなスーパーカーを作る技術が、まだ日産にはあるも関わらず、海外に頼るのは寂しい。国内のお客さんを喜ばせるためにも、日本がリーダーシップを持つ技術開発を期待したい」ゴーン氏が、このまま経営効率だけを求めて、ユーザーの気持ちを無視すれば、早晩「日産」そのものが見捨てられる日が来るだろう。



『週刊現代』6.14


2014年06月15日(日) 飲まないほうがいい薬

医者のいいなりになってら死ぬ 効果は不明、副作用は明らか

病気の予防のために薬を飲むというのは本末転倒です。健康診断の数値が悪くても、自分は健康だと感じているならば、わざわざ飲む必要はありません。例えば、お酒を飲んだ次の日に血圧が上がるのは当たり前ですから、飲酒や喫煙を控えるといった注意はすべきでしょう。しかし、病気になってもいないのに、薬を飲んでまで血圧を下げるべきではない」富山大学名誉教授で、日本脂質栄養学会元理事長の浜崎医師はそう語る。

健康診断や人間ドッグで、最も多くの人が頭を悩ませているのが、高血圧、高脂血症、そして高血糖の3つであることは論を俟たない。これらの治療薬の売上高は年間で合計2兆円近く、製薬業界を支えているといっても過言ではないほどだ。昨年4月に、論文不正問題が発覚した、降圧剤(血圧を下げる薬)のバルサルタンは、一昨年度には年間1.000億円以上を売り上げている。

「現在最もよく使われている降圧剤は、国内では1998年に発売されたARB(アンジオテンシン)という種類のもので、論文不正疑惑が指摘されたバルタルサンもその一つです。この降圧剤には、体内の免疫作用を抑えるという副作用があります。免疫作用が弱まると、血管内部の炎症が抑えられなくなるので動脈硬化を遅らせることができますが、一方で突然死や敗血症の危険が高まるうえ、ガンもできやすくなります」(内科医で医薬ビジネスセンター代表の浜氏)

ARBの登場以前によく使用されていた降圧剤であるカルシウムきっ抗剤についても、同じような副作用が報告されているという。「カルシウム拮抗剤は、血管の細胞の働きを弱めて血管を広げ、血圧を下げる働きがあります。しかし、同時にほかの細胞の働きも弱めてしまうので、やはり免疫力を低下させる。その結果、ウィルスやがん細胞などの体内の異物を排除しにくくなるのです」(浜氏)第一部で奈良医師が述べているように、そもそも高血圧は、体内の隅々まで血液を行きわたらせるために起きるものである。クスリで無理やり血圧を下げると、脳や身体の末梢に血液が回らなくなって認知症の原因になったり、血管内部にできた血栓を押し流せなくなって心筋梗塞や脳梗塞を起こす場合がある。

「高齢で動脈硬化がある人の場合、むしろ血圧を上げなければ全身に血液が行きわたらなくなってしまう。血圧を下げる薬自体がそれほど必要だとは思えません」(前出・浜崎氏)医師と通じて診断基準をどんどん厳しくし、患者を増やして薬を売りまくる、病気を治すために薬があるというよりも、薬を売るために病気が作られるというのが、日本の医療の偽らざる一面である。

人間ドッグ学会が行なった大規模調査では、そんな「不都合な真実」の一端が明らかになった。調査に関わったある医師が、声をひそめてこう語ったのだ。「今回、従来の基準値から最もかけ離れた調査結果出たのがコレステロールでした。健康な人でも総コレステロール・悪玉コレステロールの値が基準値を大きく上回った人がなかり多いのです。つまり、従来の基準値に照らせば、ほとんどすべての日本人が高脂血症薬を飲まなければいけないことになってしまう。一方で、善玉コレステロールの従来の基準値は我々の調査結果とほぼ同じでした。善玉コレステロールには、治療薬がありませんからね」

血中のコレステロールを下げる高脂血症薬は、降圧剤と並ぶ製薬業界の稼ぎ頭。この医師は、薬が存在する総コレステロールと、悪玉コレステロールには、不当に厳しい基準値が設定されているといいたいわけだ。前出の浜崎氏がこう語る。「高脂血症薬は、いずれの種類も飲む必要はないと考えています。そもそも、総コレステロール値が高い人の方が死亡率が低く、長生きだというデータが出ているのです」

もっとも広く使われている高脂血症薬のスタチン剤は、発がん性が報告されていて、20年間の服用で乳がんの発生率が2倍になるという研究結果がある。同じく高脂血症薬の陰イオン交換樹脂には、便秘の副作用があるために下剤と併用することが多いのですが、そこまでしてわざわざコレステロールを下げる意味がない」コレステロールは細胞膜の材料になる物質で、全身のコレステロールの約20%が脳細胞に集中している。そのため、不足すると脳の働きを損ない、認知症の原因にもなる。

「薬というものは、体にとっては遺物ですから、安易に頼らない方がいいのは間違いありません。糖尿病の予防や治療日使われる血糖降下剤でも、発がん性が報告されています。近年新しく開発されたインクレチン関連薬剤は、インシュリンの分泌を促すことで血糖値を下げますが、同時に体内にある小さながん細胞まで増やしてしまうのです。高血糖と糖尿病の治療・予防には食事や生活習慣を見直すことがやはり一番の近道です」(前出・浜氏)



『週刊現代』5.24


2014年06月13日(金) 三浦雄一郎

三浦雄一郎(80歳)エベレスト登頂は本当に快挙なのか 総費用1億5000万円 一方、ヒマラヤ遭難死の河野さんは200万円

三浦雄一郎氏が80歳でのエベレスト登頂に成功した同じ日、主婦登山家の河野千鶴子さん(66歳)はヒマラヤの高峰で66年の生涯を閉じた。二人の明暗を分けたのはなんだったのか。高齢者登山の危険性も指摘されるなか、三浦氏の登頂を手手放しで称賛するだけでいいのか。

「世界最高の気分。人生でこれ以上ない気分。80歳でもまだまだいける」8848メートルの登頂から衛星電話を通じて届けられた三浦雄一郎氏の元気な肉声―。80歳7カ月でのエベレスト登頂は世界記録を更新し、高齢者を勇気づけるニュースとして連日メディアを賑わした。安倍政権は三浦氏の功績を称え、元気な高齢者と表彰する「三浦賞」を創設する案も検討しているという。

このプロジェクトは、三浦一家のチャレンジでもあった。今回、三浦氏は次男の豪太氏(43)とともにアタックに成功。豪太氏は2008年、三浦氏が75歳の時に成功したエベレスト登頂にも同行したが、高所性脳浮腫を発症し、一人下山した経験を持つ。前回、叶えられなかった親子そろっての夢。その過程は、日本で待つ妻の明子氏、娘の恵美里氏が、現地の二人と衛星電話で交信する模様を通して、登頂前からお茶の間に伝えられた。

だが、この三浦フィーバーに違和感を覚える登山家は少なくないという。あるベテラン登山家はこう語る。「確かに三浦さんは凄いことをやった。しかし、これは三浦親子が山頂で掲げた秦にプリントされた企業からの莫大な資金援助があったからこそできたこと。スポンサーだけではありません。今回のプロジェクトは、登山関係の会社を営む三浦家にとっても大きな利益を生むビジネスです。そうした事情を考えると、このフィーバーにはどこかシラケたものを感じるのです。

エベレスト登頂に多くの支援が必要なことも理解できるが、どこか釈然としない違和感。それを詳述する前に、ある主婦登山家の悲劇に触れておきたい。河野千鶴子さん(享年66)。河野さんは、まさに三浦氏がエベレストの山頂に到達した5月23日の夜、ヒマラヤの世界7位の高峰・ダウラギリ(8167�叩謀伉困鯡椹悗稿使召个如�疲労で体が動かなくなり亡くなった。夫の昌治さんが語る。「妻は若いころから山が好きだったんですが、子育てもあったので『子離れしたら好きに登っていいよ』と、結婚当初に約束していたのです。そして、50歳で看護師として勤務していた病院を辞め、退職金などを元手に本格的に登山を始めました。尊敬する三浦さんを真似て、足に重りをつけて訓練してもいました」

河野さんの高峰への挑戦は今回が最後だったという。「じつはもうお金が尽きていたのです。今回の費用も入山料、2人雇ったシェルパ代など、約200万円ぐらいはかかったと思います。最後の挑戦だったから、せめて頂上に立たせてやりたかった…。本人も悔しかったと思います」(同前)

計27名の”大名登山”

確かに、公表された三浦市の遠征隊リストを見ると、錚々たる布陣だ。アタック隊が三浦親のの他日本人2名、アタック隊サポートメンバーが日本人2名、ベースキャンプサポートメンバーがドクターなど日本人3名、さらにシェルパが18名で、計27名の大部隊だ。無酸素登山家の専門家である小西氏が解説する。

「今回の仕事を請け負ったアタック隊のガイド役、カメラマン役の日本人2人は実績のあるクライマーです。シェルパたちも、全員のエベレスト登頂回数を足せば数十回を超えています。まさに最強のサポート軍団といえるでしょう。今回、報道では登頂者として三浦さん親子の名前が出ていますが、アタック隊の二人の登頂していると思われます。また、登頂者にはシェルパの名前が出ていませんが、通常ならは数名のシェルパも頂上まで同行していると思います。他に、ベースキャンプまでの荷揚げのために、ポーター数百名が雇われるものです」シェルパたちの主な仕事は、1本4キロほどある酸素ボンベや装備品、食料、燃料などの運搬、アイスフォールと呼ばれる傾斜のある氷河にはしごをかけて道を作ることだという。

まさに人海戦術で三浦氏を頂上に立たせるプロジェクトだったことがわかる。「もちろん、80歳で登頂された三浦さんの生命力は超人的であり、偉業といえます。ただ、強力な助っ人であるシェルパたちの協力があったからこそ、三浦さんは登頂をなしえたのです。生まれたときから富士山より高いところに住んでいる彼らと私たちとでは、体の構造が全く違うのです」(同前)

小西氏は、河野さんの遭難についてもこう指摘する。「河野さんは疲労凍死だったと報じられています。もしそうならば、シェルパを7,8人雇い、酸素ボンベをたくさん持って行くことで遭難をまむがれた可能性はあります」では、三浦氏の登山費用はいくらだったのか。三浦氏の娘の恵美里氏はこう説明する。「概算で約1億5000万円です。うち約1億円がスポンサー、約1800万円がサポーターの方々からの支援金です。残りの約3000万円は、三浦氏が講演料などで得た収入でまかないました。内訳は、今回のエベレスト登頂に要した費用が約3000万円です。エベレストの入山料700万円の他、酸素ボンベが500〜600万円、そして現地のシェルパの報酬、スタッフの保険料、航空券代などを合わせた額です。

日本人メンバー9名の人件費については個人情報に関わることなので明かせません。映像を収める費用、通信費は別途約3000万円かかりました。残りの費用は、今回の挑戦までに必要だった3年間の準備に費やしました。準備登山として、ヒマラヤの6000メートル級のの山に2度登った費用、国内でのトレーニング費用などです。なお、山頂にはシェルパ10名が同行しました」恵美里氏によると前回、前々回のエベレスト挑戦にはそれぞれ約計6億5000万円もの大金がかけられていたのである。今回の登頂については、登頂成功といえるのか、という議論も登山家の間では起きている。三浦氏は登頂後、6500メートル地点までは徒歩で降りたが、そこでアイスフォールが崩壊の危機にあった。疲労が限界に達していた三浦氏がアイスフォールの修復を待って徒歩で降りるのは危険という判断で、急遽、ヘリコプターでバースキャンプまで降りたのだ。

この件では、登山家の野口健氏の発言が注目を集めた。野口氏はかって、テレビタレントがマッターホルンに登頂後、ヘリで下山した際に「自力で下山するまでが山登り」であり、登頂とはいえないと批判した。しかし、今回のケースについては、「緊急避難的にヘリを利用した」という理由で登頂は認められるという見解を示したのだ。野口氏に「今回のケースが野口氏自身であっても同様の見解なのか」と問うと、こう答えた。「私と三浦さんとでは年齢が違いますので、登頂とはいえないでしょう。登頂の定義というのははっきりしていないのです。80歳という年齢で山頂まで自力で登った並外れた体力、気力を考えれば登頂と認めてあげるべきだと思います」

三浦氏サイドに聞くと「私が書いたブログを読んでほしい」(笑美里氏)とのことだった。笑美里氏はこう書いている。「全員無事で生きて帰ること、それが隊長たる自分が守り抜くべき道。父はここからヘリコプターで下山することを決めた。登山とは出発点から山頂へ登り、出発点まで自力で帰ることを登山の定義とし、批判されることは、正直私にとってどうでもいいことだ」恵美里氏によると。三浦氏がチャーターしたヘリコプターに要した費用は約200万円。皮肉にも、河野さんの登山費用と同額だった。

三浦氏の登頂が高齢者に勇気を与えたことは間違いない。だが、「三浦賞」の創設など手放しの称賛だけでは、高齢者の無謀な登山を煽りかねないのではないか。


『週刊文春』2013.6.13


2014年06月12日(木) 中国は神戸から攻めてくる

狙いは二つの潜水艦工場

神戸は坂の多い町である。1995年の大震災後、以前のような風情は薄れたとはいえ、瀟洒な異人館が並ぶ山の手は、今でも観光客の賑わいが絶えることはない。坂を上りながら、ふと振り返ると海が見える。そんな美しい街に静かに「照準」が合わせられようとしている。「もし、私が中国人民解放軍の兵士であれば、早い段階で神戸を攻撃の対象にしますね」こう語るのは、ある海上自衛隊の幹部である。

この幹部は「もし仮に日本が中国と戦争状態になったならば海の上が主戦場になる。制空権と制海権の鍵を二義のは言うまでもなく、空母やイージス艦、そして戦闘機ですが、もう一つ重要な役割を果たすのが潜水艦です。そして日本で軍事用の潜水艦を建造している唯一の場所が神戸なのです」多くの人が行き交う神戸駅から、歩いてわずか数十分ほどのところに二つの工場がある。三菱重工の神戸造船所本工場と川崎重工の神戸工場だ。現在、海上自衛隊の潜水艦はこの二つの工場で製造されている。

昨年、川崎重工の工場で行なわれた。最新鋭潜水艦「こくりゅう」の進水式を見学したという軍事ジャーナリストの井上和彦氏はこう語る。「神戸は、幕末に軍艦奉行の勝海舟によって、江戸幕府が海軍操練所を置いたところです。つまり、海軍発祥の地であり、その伝統が脈々と生きています。海軍の造船所といえば、呉や佐世保をイメージする人も多いですが、最も複雑で精緻な技術を要する潜水艦の製造は今でも神戸で行なわれています」このように神戸の2工場には、世界トップクラスの技術が存在するのだ。

「だから、警備はものすごく厳重です。潜水艦において重視されるのは、敵哨戒機や艦艇に探知されないための「静寂性」ですが、その面で日本の潜水艦の性能は世界一といわれています。原子力潜水艦には及ばないまでも長期間水中に潜航し続けることができ、世界最大にして最強の通常型潜水艦として、現時点では中国の潜水艦とは比較にならないほどの性能の差があります。インドやオーストラリアといった、中国との摩擦を警戒する国々は、羨望のまなざしで見ていますよ」(井上氏)前出の海上自衛隊幹部は、現在でもこのような軍事技術を持つ工場の周辺では「活発な中国の諜報活動が行なわれている」と語る。「基本的に彼らが欲しいのは、設計図などのデータとノウハウ。だが、いったん戦争が始まって長期戦になるとわかれば、造船所の破壊工作に出る可能性もあるでしょう」

繰り返される挑発

急増する中国の軍事費は、現在、世界第2位であり、米国の3分の1規模まで成長している。東アジアに関していえば、すでに米中の軍事費は伯仲しているのだ。中国の2014年度の軍事費予算は約13兆円で、これは日本の防衛予算の3倍近くにあたる。それでも、現時点では日本の兵力の方がコンパクトながらも、中国軍の力量を上回っているというのが、安全保障の世界の通説となっている。英国の防衛専門誌『ジェーンズ・ウィークリー』の東京特派員を務める高橋氏は語る。「海軍力の面では、完全に日本が上回っています。日本はイージス艦を6艦、ヘリ空母を3艦保有している。ヘリ空母はいざとなれば、熱に強い甲板につけかえて、戦闘機が離発着できるようにもなります」

中国軍は、スクラップ状態だったウクライナの空母を改装した「遼寧」を就航させたが、運用の面でまだまだ課題が多いといわれる。「それ以上に日中の差が大きいのは、軍組織における指揮統制通信システムです。現代戦においては、C41と呼ばれる陸海空軍が一体的に動けるように構築されたシステムが重視されます。このシステムを米軍とシェアしている自衛隊は中国に比べて一世代、約30年は進んでいます」(高橋氏)

一方で、航空戦力という面では、必ずしも日本が優勢とはいえないようだ。前出の世良氏が語る。「中国空軍は約40万人を擁し、Su-27などの第4世代戦闘機を650機以上有しています。対する日本の航空自衛隊は4万3000人、第4世代戦闘機は300機ほど。パイロットの技量は自衛隊の方が上回りますが、数の差が大きく、自衛隊が容易に勝てるとは言い切れません」このように現時点では日本の軍事力や日米同盟の存在が抑止力として働いている。だが、繰り返される挑発行為を見ればわかるように、次第に自信をつけてきた中国軍が、勢力圏拡大の機を虎視眈々と狙っていることは間違いない。

中国の大きな目的は、あくまで太平洋への自由なアクセスを得ること。そのために、尖閣諸島のみならず、多くの日本人が住む沖縄も占領しようというのだ。中国との戦線はそれだけではとどまらないと前出の高橋氏は語る。「欧米をはじめとした世界の軍事専門家たちは、尖閣諸島における日中関係を非常に憂慮しています。それは、かっての大規模な戦争の発展がちょっとした小競り合いから始まったことを歴史的によく理解しているからです。

最後まで太平洋戦争開戦に異を唱え続けた連合艦隊司令官・山本五十六は、「いったん、事を構えたら、どちらかの国土が焦土と化すまで後戻りできないのが戦」と述べています。現在、日本と中国の防衛関係者の間では有事の際のホットラインもなく、誤解が誤解を呼んで、状況がエスカレートしがちです。そうして全面戦争になってしまえば、中国が本州の大都市にミサイルを撃ってくることだってあり得るのです」

中国が狙っている攻撃対象はここだ

�\朕晃�・六ヶ所村 使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出す再処理工場

�∪朕晃�・三沢基地 航空自衛隊唯一の日米共同使用の基。米軍のF-16なども常駐する

�E豕�・市ヶ谷 防衛省本省をはじめ、陸海空の幕僚幹部がある、文字通り国防の中枢

�た斉狎邯�・横須賀 陸上自衛隊の基地の他、在日米国海軍施設「横須賀ベース」がある

�ダ仞邯�・小松基地 対領空侵犯措置の任務を担い、国籍不明機へのスクランブル発進も行なう

�κ叱妨�・神戸 日本の潜水艦技術の粋が集まる、三菱重工と川崎重工のドッグがある

�Ч�島県・呉 かって戦艦大和を建造した海軍工場があった

�┿蓋�県・岩国基地 本州唯一の米海兵隊基地がある。今後の再編で極東最大の米軍基地に

��福岡県・築城基地 常駐するF-2戦闘機を使えば、1時間で尖閣諸島へ到着、攻撃が可能

��長崎県・佐世保基地 尖閣などの防衛を担う陸上自衛隊の「西部方面普通科連隊」が駐屯

��沖縄県・嘉手納基地 米国空軍の基地。単一では最大の戦闘航空団、第18航空団が駐留

��沖縄県・下地島 パイロット訓練用の滑走路があり、有事の際に重要拠点となりうる


『週刊現代』6.14


2014年06月08日(日) 官々諤々

電力会社値上げ救済の愚

原発再稼働の遅れを理由として、電気料金再値上げが必要だという議論が始まった。電力会社やそれを支援する一部全国紙のキャンペーンだが、その言い分は本当に自分勝手で見苦しいものだ。電力会社は、経産省を使いながら毎夏恒例の「電力不足」キャンペーンを必死になって展開している。原発再稼働を認めないと電力不足でとんでもないことになるぞという脅しだ。原発の必要性をアピールして再稼働につなげる、そしてもしそれが遅れた場合でも料金値上げの口実に使おうという作戦だ。

しかし、原発が動かなくて電力会社の経営を苦しくなると、なぜ値上げになるンか。電力会社は、原発が動かないのは天災のような不可抗力だと考えているが、それは全くの間違いだ。世界中で原発の安全規制が年々厳しくなる中、日本だけがその規制強化を怠ってきたが、そのサボタージュの推進役が電力会社だったことは原子力安全委員会の斑目委員長(当時)が証言している。みんなで集まって、日本だけ規制強化の適用を逃れる方法を検討していたというのだ。

原子力安全・保安院は、中越沖地震後に全原発に免責重要棟の建設を支持したが、実行したのは東電の福島第一などごく一部の原発だけだった。いかに電力会社がやるべきことを怠ってきたかがわかる。今日電力会社が直面している安全規制の強化は、遅すぎたものであり、しかも電力会社は基準の甘さを知りながら、対応を怠っていたのである。さらに、原子力規制員会の「想定する地震の大きさを示せ」という指示を電力会社は談合して無視した。再稼働審査の遅れの主因は、電力会社の対応にある。

またふた事目には、原発推進は国策だったとうが、強制ではない。6月の東電の電気料金は沖縄電力の料金を超えることになったが、沖縄電力は原発を保有していない。他の電力会社は沖縄電力のように、原発なしで進めばよかったが、建設コストが高い原発を作った方がより大きな利益が出るという総括原価方式の甘い蜜に釣られて、とんでもない間違いを犯したのだ。

原発を選んだのも、安全対策を怠ったのも、新たな基準への対応が遅れたのも、すべて電力会社の責任である。少なくとも消費者にその責任はない。それなのに、原発再稼働ができないことを理由に料金値上げを求めるのは筋違いも甚だしい。北海道電力、九州電力、関西電力などが経営難に陥っているが、値上げによる救済ではなく、電力会社が自らの責任で対応すべきだ。それは何を意味するのか。

答えは破綻処理である。破綻処理により、経営者の責任が問われる。多くの場合クビだ。株は紙きれ。株主責任である。銀行の債権も大幅カット。貸し手責任だ。電力会社は身軽になり一気に再生する。被災者への賠償責任問題もないから、東電のような難しさもない。電力会社の場合、地域独占のおかげで顧客は逃げないから最も再生しやすい。ANAと競争するJALより容易だ。もちろん、破綻処理しても電力が止まる心配はない。

米国では、ごく普通に大手電力会社が破綻処理される。先月もテキサス州のエナジー・フューチャー・ホールデングスが負債4兆円を抱えて米連邦破産裁判所に破産法11条の申し立てを行なった。電力破たんの引き金は、経産省に引いてもらおう。料金値上げを認めなければ破綻につながる。経産省は電力会社と癒着し、福島の人々や国民に迷惑をかけてきた。一度ぐらい国民のための政策を実施してもらいたい。


古賀茂明


『週刊現代』 5.31


2014年06月07日(土) ドライアイ

名医の相談室

ドライアイに悩んでいます。最近、物がかすんで見えるし、光が眼にあたると、以前より眩しく感じます。目にかゆみもあり、ゴロゴロしてなんとなく乾いた感じがします。仕事でパソコンの作業が多いので、ドライアイになってしまったのでしょうか?

●予防や、悪化を防ぐためには、日頃から眼の使い方に注意しましょう。例えば、ディスプレイが目線に対して高い位置にあると、瞼が大きく開き、涙が蒸発しやすくなりますので、ディスプレイを目線より低い位置に置くこと。エアコンも要注意です。職場でエアコンの吹き出し口に近い方は、席の位置を変えて目の渇きを押さえましょう。


2014年06月06日(金) 世界の健康診断とは

アメリカ人は健康診断なんて受けない。日本では異常の乳酸値でも、ヨーロッパなら正常

今回、日本人間ドッグ学会が新たな基準値を発表したことで騒動になっているが、そもそも検査機関によって健康診断の基準値が異なるのをご存じだろうか。各学会が決めたガイドラインもあれば、病院などの医療機関が独自に基準値を設定している場合もある。「例えば慶応病院で行なっている検査の基準値は、慶応の学生や職員のうち健康な人のデータを集めて、そこから決められています。この方法は他の大学病院や検査機関でも同じことです。大きな差が出ることはありませんが、基準値は検査機関によってまちまちなんです」(慶応大学医学部名誉教授・猿田氏)

日本の検査機関では一般に、健康な職員らの検査結果を数値順に並べて、上下各2.5%のデータをもとに基準値を算出している。被験者が違えば、データに差が出るのは当然のこと。実際に東京大学医学部付属病院と、東京医科歯科大学医学部付属病院が公開している基準値を比較しても違いは明らかだ。尿検査を例に挙げると、東大の場合、基準値は男性で7.2以下。対して、東京医科歯科大学は7.9以下となっている。

つまりある病院で検査を受けたら「健康」という判定だったのに、別の機関では「異常あり」という判定になることも充分あり得るのだ。さらに、健康の基準値を作るために集めた「健康な人の定義」とは何かという疑問も残る。健康かどうかを確認するために検診を受けるのに、その検診の基準値を決めるために健康な人のデータを集める。健康の定義は堂々巡りだ。結局、「健康だと思われている人」たちのデータを集めた「健康だと思われる基準」でしかないのだ。

公正な期間だと思われているWHOの基準さえも、実は信用に足るものではない。関東医療クリニック院長の松本医師が言う「現在のWHOは、製薬会社との癒着で成り立っているようなものです。1999年に、WHOは血圧の基準値を160から140に一気に厳しくしました。これほど重大な決定をするからには、複数の研究によって裏付けされた事実がなければいけませんが、その根拠となったのは、たった一つの研究成果でした。

基準値が改定されたのは、この研究に、世界規模の市場を持つ巨大製薬会社が関わっていたからだといわれています。基準値が厳しくなることで、製薬会社の儲けは莫大に膨れ上がりますから、現在、WHOは予算の7割を製薬会社の寄付金に依存しているのです」国連の専門機関でさえも製薬会社とずぶずぶの関係にあるのだから、各国の基準値を出している学会や医療機関も同じような立場にあることは想像に難くない。基準値の決定において、製薬会社の見えない力は大きく影響している。

検査した人の93%が「病人」に

国によっても値は大きく異なり、、製薬会社との癒着もある。健康の基準が曖昧、このことを知ると、いったい基準値とは何なのか?健康診断を受ける意味はあるのか?という疑問が沸いてくる。そもそも、これほど健康診断の数値を気にしているのは日本人だけだという。「アメリカ人は健康診断をほとんど受けません。人間ドッグという概念がアメリカにはありませんし、国も健康診断の受診を推奨していません。なぜなら、健康診断を受けらからといって寿命が延びるという研究は存在しないから。日本では、検査をすることで、逆に健康な人を病人にしてしまっている、といっても過言ではないのです」

米国MDアンダーソンがんセンターの上野医師はこう語る。アメリカに限らず、ヨーロッパやカナダでも、国は健康診断の受診を推奨してはいない。「個人の判断に任されているので、定期的に診断を受けることはない。ましてや、病状もないのに血圧の数値を気にしている人などほとんどいません。「個人の判断に任されているので、定期的に健康診断を受けることはない。ましてや、【症状もないのに】血圧の数値を気にしている人などほとんどいません。何か気になる自覚症状が出たときに、ホームドクター診てもらうぐらいですね」(ドイツ在住日本人女性)

実際、検査を受けるほど異常が見つかるというのは、こんなデータからも証明されている。件の日本人間ドッグ学会が昨年8月に発表したデータによると、2012年に人間ドッグを受けた約316万人のうち、異常がなかった人の割合はたったの7.2%。過去最低を記録した。つまり、検査を受けた人の約93%に異常が見つかったのだ。基準値の根拠も不明確なのに、その検査を受けてどんどん病人が増えていく。この事実を知れば、検査の数値を気にすること自体、意味のないことだとわかるだろう。前出の松本医師はこう話す。

「いつしか、高血圧は悪いもの、薬で下げなければならない、と国民は刷り込まれてしまいましたが、そうではありません。血圧にしろコレステロールにしろ、尿酸値にしろ、数値が高いのには意味がある。風邪をひいたときに、ウィルスを退治するために熱が高くなるのと同じ。その数値でなければその人が生きられないから、高くなるんです。数値の上下に一喜一憂することが、ストレスになって、逆に身体に害を及ぼします。結局、気にしないで放っておくのが一番なんです」


高血圧の基準値

日本 アメリカ ヨーロッパ 中国  カナダ 韓国
129  119   129     120  140   120

肝機能障害

日本 アメリカ ヨーロッパ 中国  カナダ 韓国
50  男65   男66    45   男61  56
   女45   女39        女38  38


『週刊現代』5.24


2014年06月04日(水) 天皇と日本国憲法

国家とは非常です。僕は小さい時に、国と個人の関係を目の当たりにしてきました。生まれ育った満州帝国は、日本が生命線だといって国家建設のために、人々を送り出した場所なのに一瞬にして消えてなくなった。そのうえ戦後は「今はお前たちを養うカネがないから、そのままその土地で生きていけ」と捨て去られました。兵隊に対しても冷淡だった。終戦直後は出た復員手当が、それから数年たって復員してきた兵隊には、「国庫が尽きた」といって、小遣い銭も出なかった。死ぬために、敵国の兵士を殺すために送りだし、傷ついて帰ってきた人たちを「カネがないから」と放置したんです。そういう国の身勝手さを目の当たりにしてきた者として、国家や憲法を考えるときの、一つの羅針盤としてこの本を書きました。

僕はこれまで、歌詞(うた)書きをやり、小説家になりと、ある程度書くべきことは書いてきました。人生そんなもんかなと思っていたけれど、ある時ふと「「まだ書きたいことの70%くらいしか書いてない」と感じたんです。じゃあそこからどう人生のエンディングを生きようかと考え始めた矢先に、食道がんになってしまった。

幸い、陽子線治療に出会い、がんは消えましたけど、いつ再発するかわからない。残りの人生があと5年あるのか10年あるかわからないけれど、この期間は自分にとって悔いのない、自分自身を完成せるために天から与えられた時間だと思っています。一瞬、一行たりとも無駄にできないという思いが強くなりました。

なかにし礼


『週刊現代』6.4


2014年06月02日(月) 伊良部秀輝

何かあるとすぐ不貞腐れた。GMにも噛みついた。でも誰よりも速かった。日本最速エースは周囲と衝突しながらメジャーを目指し、道を切り拓いた。だが、夢みたい舞台で待っていたものは―

前篇 生き別れた父を探して 人生最後のインタビュー

ロサンゼルス市内の和食屋に現れた伊良部を見て、僕は想像していた人間とはずいぶん印象が違うと思った。190センチを超える身長、大きな上半身、顔つきはテレビで何度も見たきた伊良部だった。ただ、顔色が青白く、マウンドで打者と対峙していた時のようなふてぶてしさはなかった。日付は2011年5月26日。引退後、ロサンゼルスで暮らしていた伊良部への取材は、4時間にも及んだ。

一般的に伊良部は扱いづらい男と思われており、事実、資料集めをしていても、彼のインタビュー記事は数が限られていた。千葉ロッテ・マリーンズからニューヨーク・ヤンキースへの移籍で揉めた際の、ふてくされた顔を思い出す人もいるだろう。ヤンキース時代にはオーナーだったジョージ・スタインブレナーから、緩慢なプレーを指して「太ったヒキガエル」と呼ばれて、へそを曲げたこともあった。「かってに俺の写真を使うな」「お前、名刺を出せ。その裏に実家の連絡先を書け」そう報道陣に食ってかかり、差し出された名刺を破ったり、ペンを奪い取って真っ二つに折って捨てたりした。ボールを投げつけたこともあった。

ところが、実際の彼は穏やかで饒舌だった。「どうして軽く投げて、あんなに速い球が投げられるんですか?」伊良部は帽子を飛ばし、ちぎれんばかりに振って投げるという感じではない。軽やかに投げているように見えるのだが、腕から放たれた球は時速150�劼鯆兇┐討い拭K佑量笋い飽卜鰭瑤魯侫侫侫叛爾鮖Δ靴鴇个辰拭�「途中までは軽く投げていますよ。力を入れるのは最後、ボールを放すときだけです。それ以外は力を入れても意味がないというか、腕のスイングが遅れたらいけないんで、技術的な話をしますと、できるだけ腕が見えないように、腕を隠す」

伊良部は右腕を背中の後から素早く振った。「球の速さよりも球の出所が見えないほうがずっと大切ですよ」野球の話は尽きなかった。少々、元気がないことが気になったが、頭の回転が速く、愉快な男だった。ただ、一度だけ、彼が不機嫌になった場面があった。それは実の父親に関する質問をした時だ。彼は子供の頃、実の父親と生き別れている。父親はアメリカ人だった。伊良部がロッテと激しく揉めてもアメリカ行きにこだわったのは、父親を探すためだと報じられていた。

「誰がそんなことを言ったんですか?」伊良部の剣幕に僕はたじろいだ。「そういう報道がたくさんありましたが……」「それは事実ではないです」きっぱりと言い切った。「だって僕は本当の父親が名乗り出てくるまでは、自分の父親がアメリカ人と知らなかったんですもの」知らなかったんです、ともう一度繰り返した。「アメリカにいって初めて知ったんです」「どうやって本当のお父さんが、アメリカ人と知ったんですか?」

「いきなり父親だと名乗り出てきたんです。僕は確認しようがないから、母親に連絡したら、そうだって。僕がアメリカに行ったのは、父親を探しに行くためではないです。誰がそんなことを言い出したのか分かりませんけれど」「全く違うんですね」「……面白いですね。僕がアメリカに行きたかった理由が、父親に会いたかったからだなんて」冷たく笑った。伊良部の姿は子供のころから周りと違っていたと聞いていた。この答には納得できなかったが、話題を変えることにした。

翌日は撮影のため、西海岸らしいビーチへ行き、その後、野球用のグランドで、ボクとキャッチボールをすることになっていた。「本当に投げるんですか?」彼は最初、乗り気ではなかった。それでも球の感触を確かめるように、ゆっくり投げ始めると、止まらなくなった。グローブから鈍い音がした。ずっしりと思い、鉛の感覚が手に残った。

カメラマンが「もういいですよ」と言ってからも、伊良部はしばらくキャッチボールをやめようとしなかった。ボールを投げることが楽しくて仕方がないようだった。別れ際に、「またロサンゼルスに来ます。話を聞かせてくださいね」と僕は声をかけた。「いいですよ。連絡ください」伊良部はにこっと笑った。しかし、その約束は果たされなかった。この取材から2カ月後、伊良部は自らの命を絶った。僕は彼にきちんと話を聞いた最後の人間となった―。


『週刊現代』5.31


2014年06月01日(日) 出さなくてもいい薬

■そもそも歳をとるにつれて血圧が上がるのは自然の摂理です。老いて血管が硬くなり、全身に血液を送りにくくなるので、心臓は血圧を上げて、勢いよく血を送り出すようになります。動脈硬化や高血圧は、白髪になったりはげたりするのと同じ「加齢現象」であって病気ではありませんから、ほとんどの場合は薬を出さなくていい。それを無理に薬で下げようとすると、脳や手足の先に充分に血が回らないようになり、ふらふらして転倒し、骨折してしまうというケースがよくあります。人間ドッグ学会が提示したものも含めて、現在の血圧の基準値は、年齢の問題を全く無視しています。一昔前に一般的だった「上の血圧は、年齢プラス90までは大丈夫」という基準値の方がよほど実情に即しているといえるでしょう。

○私がかって在籍した大学で、認知症になった人の生活歴を調べたことがあります。その結果、もともと高血圧だったけれども、薬で血圧を下げていた人の方が思い認知症になりやすいというデータが得られました。病院で測った血圧が少し高かったからといって、薬を処方されてしまい、血圧が上がり過ぎてしまうのは非常に危険です。それなら、むしろ薬を出さない方がいい。朝起きてすぐ血圧を測る人が多いようですが、、飽きてすぐは体が活動を始めようとする時間帯で、血圧が上がりやすいその血圧を基準にして薬を飲んでいると、夜寝ている間に血圧が下がり過ぎてしまう危険性があります。

背筋が寒くなった瞬間

■そもそも血圧の値は、ストレスや時間帯によって大きく変動するものです。患者さんによっては、不安のあまり一日何度も血圧を測って、ストレスをためこんでしまう人もいます。本当は、そのようなストレスが血圧には一番悪影響なのですが。薬を使わずに血圧を下げるには、ストレスをなくすのが一番です。高血圧だった人が、定年退職後に一気に血圧が下がることはよくあります。

○多くの現場の医師たちは、自分で何も考えないで新しいガイドラインを鵜呑みにしてしまいます。その結果、80歳を超えた高齢者間にまで不必要な血糖降下剤を処方してしまい、血糖値が下がり過ぎて、患者が寝たきりになってしまうケースもありました。

■薬に頼らずに血糖値を下げたいなら、体重を減らすのが一番です。健康診断のどんな検査値よりも、体重の変化が最良の健康のバロメーターになっていると思います。

副作用で死に至る

■そもそもコレステロールは、人間の体を作る重要な材料の一つであり、なくてはならないものです。極端な話、私はコレステロール値はいくら高くてもよい、と考えています。血圧と同じように、体がそのとき一番良い値に調整していると考えるからです。

○コレステロールというと「ドロドロの血液」をイメージされる方が多いようですが、これは全くの誤解です。そもそも血液の粘度を測るのは非常に難しい。コレステロールや血糖値、中性脂肪の高い血は、かすかに粘度が高いのですが、測定できるようなレベルのものではありません。健康食品で「血がサラサラになります」などと謳っているものは、、詐欺商法といっていいと思います。

■コレステロール値が下がると、気力が低下して鬱になるというデータもあります。JR東日本と帝京大学の共同研究によると、中央線で飛び込み自殺をした55〜60歳の男性の約9割が、コレステロール低下薬を飲んでいたというのです。

○薬を使わずにコレステロールを下げたい場合は、食事に気をつけるしかありません。コレステロールの値は運動しても下がらないからです。具体的には卵や肉の脂肪、内臓などを取り過ぎないことです。



■岡田正彦 新潟大学名誉教授 ○松本光正 関東医療クリニック院長




『週刊現代』5.31


加藤  |MAIL