加藤のメモ的日記
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2014年04月30日(水) 金正恩今度は1000人処刑

昨年は100人以上を公開処刑したというのに、いままた1000人以上を処刑しようとしています。もうこのような独裁者を何と形容していいのかわからないと、韓国政府高官もあきれ顔です」こう語るのは、ソウル在住ジャーナリストの金哲氏だ。「この独裁者とは、北朝鮮の暴君・金正恩第一書記(31歳)である。昨年末に長く「ナンバー2」だった張成沢(チャンソンテク)朝鮮労働党行政部長を、電撃的に処刑したばかり。だが今度は「張成沢派」と見られていた党や政府の面々、それにその家族らを、根絶やしにしてしまう計画なのだという。

「4月15日に向かえる『太陽節』(故金日成主席誕生日)を記念して、生け贄に捧げようということのようで、まさに末期的な宗教国家です」(金哲氏)幸いにして処刑を免れた者も、悪名高い強制収容所送りになるのは確実だという。北朝鮮には清津、化城、曜徳、介川、北倉という5ヶ所の強制収容所があり、計12万人が収容されている。強制収容所からの唯一の脱出者と言われる申東赫氏が語る。「強制収容所に一旦入れられると、それは死刑宣告と同じことです。家畜同様の扱いを受け、核開発などの危険な仕事や重労働に駆りだされるのです。金正恩時代になって、強制収容所はますます増設される一方です」

そんな中、4月9日に、国会に相当する最高人民会議が平壌で開かれ、金正恩第一書記に対する賛辞が並んだ。「金正恩は、今や信じられるのは妹で秘書役の金与正(キンヨジョン)だけというありさまで、裸の王様です。そのため大静粛に続き、北朝鮮は近く、4度目の核実験を強行し、苦しくなった体制を何とか維持しようとしています。同時に韓国への挑発行為に及ぶ危険性があり、実際、韓国では無人偵察機が立て続けに3機、発見されています」(金哲氏)このような金正恩の「黒い思惑」には、国際社会が結束して、一刻も早く対処すべきだろう。



リレー読書日記 『絶望の裁判所』

原発事故、戦争、冤罪…。緊急時には物の役にも立たない日本の官僚政治の弊害

袴田事件の再審開始が静岡地裁で決定した。袴田さんは辛くも死刑を免れたが、それにしても48年間は長過ぎた。長期間、拘置所につながれ、毎日毎日死刑の恐怖にされされれば、誰だって精神を蝕む。地裁の「決定」がこれ以上袴田さんの拘置を続けるのは耐えがたいほど正義に反する」と記したのは当然だろう。「正義」を回復するにしろ、不正義の生け贄に供されたのは生身の人間である。辛い過去は復旧しようがない。

原判決を書いた静岡地裁の熊本元判事は46年前、合議制に押し切られて死刑判決文を書いたが、良心の呵責に耐えられず裁判官をやめて弁護士に転じた。そして原判決から39年後、「裁かれるのは我なり」と、袴田さんは無罪だと思ったことを明かした。あまりにも遅すぎたとはいえ、裁判所が行なう正義とは保たれたのだろうか。瀬木比呂志著『絶望の裁判所』を読むと、とうていそうは思えない。結局、裁判所が司法の役割を果たしていないから、冤罪が生まれる。

「日本の刑事司法システムで有罪無罪の別を実質的に決めているのが実際にはまずは検察官であって、裁判所はそれを審査する役割にすぎない」著者は東大法学部卒。1979年以来、裁判官として東京地裁、最高裁などに勤務したが、2012年明大法科大学院の専任教授に転身した。民法が専門とはいえ、最高裁まで経験しているだけに司法の荒廃を伝える筆致は説得力に富む。

日本の裁判を歪めた元凶は、最高裁事務総局であり、事務総局が裁判官の官僚化を推し進めている。そのため大多数の裁判官が判決では先例に追随し、棄却、却下の方向をとり、判決を書かずにすまそうと和解を押しつける。「下級審裁判所こそ裁判の生命線なのであり、それが致命的に損なわれれば、その司法システムはもうおしまいである」袴田さんの例を見てもそうだ。今回の地裁決定は警察、検察のデタラメ捜査と無批判にそれに乗ってチェック機能を果たさなかった裁判の恐ろしさを改めて国民に知らせてくれた。

溝口 敦


『週刊現代』4.26


2014年04月27日(日) ブックレビュー 

『写字室の旅』ポール・オースター

真っ白な部屋の中で老人は心の旅に出る。米国を代表する作家が描いた「老いと人生」

人生において、命が最も輝く時期はいつか。青春時代だろうか。だが老年もまだ捨てたものではない、と本書を通してオースターは語る。いや、むしろできることが少なくなった老年においてこそ、生の炎は鮮烈な光を放つのだ。主人公はミスター・ブランク、「空白さん」である。空白だから、そこには誰もが入り得る。舞台は壁が白く塗られた小部屋で、彼は最後まで外に出られない。

老人である彼には、ここに閉じ込められている理由も、自分が誰かもわからない。だがそれでも彼は人生を楽しみ続ける。床をスケートリンクに見立てて靴下で滑りまわり、弱った足腰でなんとかトイレを使う。もちろん床に転んだり盛大に小便を漏らしたりするが、彼は諦めない。それだけではない。過去の断片的な記憶や不可解な訪問者が次々と小部屋を訪れ、彼の精神は広大な領域を旅する。言うなれば、彼が今までに読み、思い浮かべ、書きつけた言葉でこのお部屋は満ちている。だからこそ『写字室の旅』なのだ。

この作品をオースターは、20年後の自分を描いた自伝として書いたらしい。どういうことか。作中で主人公が読む作品がヒントとなる。帝国と番族が闘うもう一つのアメリカの物語の著者はトラウズ(Trause)と呼ばれる。そしてミスター・ブランクは突然、堰を切ったように作品の続きを語り始めるのだ。ならば彼はトラウズなのか。ふと、トラウズの綴りを入れ替えると(Auster)になることに気づいた我々は呆然とする。しかも訪問者の全員が登場しているのだ。これは偽装された自伝なのか。それとも圧縮されたオースター全集なのか。

その両方が正解だろう。作家は小さな神として作品世界の人々を生かし殺す。だが、作家自身の人生にもいつか終わりがくる。トラウズの小説の主人公は捕えられ、彼を殺す権限を持つ大佐に牢獄で報告書を書きながら思う。「私にできるのはただ一つ、自分の話を語ることだけだ」。この姿はそのまま、見えない読者に向かって言葉を紡ぎ続ける作家そのものではないか。あるいはそれは、不可解な裁きの神の前に立たされた我々の姿なのかもしれない。

オースターの作品は貧しさの美学と物語的な豊饒さで愛されてきた。本書でも、その両方の魅力を読者は存分に味わえるだろう。


『週刊現代』4.26


2014年04月23日(水) 2980円スマホは本当にお得か?

イオンが殴り込み、2980円スマホは本当に「お得」か?

「予想以上の反響で驚いています。品薄の店舗も多く、手に入らないお客様には誠に申し訳ない。当初は主婦層をターゲットにしていましたが、意外にも、スマホを使ってみようという高齢者の方に人気なんです」(イオン広報部)イオンが4月から販売を始めた独自ブランドのスマートフォンが話題を呼んでいる。それもそのはず、「基本料金」「端末代」を含めて「月額2980円」という値段設定は、月に6000円〜7000円が当たり前のスマホ業界では破格の値段だ。

しかし、イオンのスマホが「夢のような商品」かといえば、疑問が残る。安いからにはデメリットも当然あるからだ。「一つは通信速度です。回線が細く、大手3社のドコモ、ソフトバンク、KDDIが提供するサービスに比べれば5000分の1程度。電話とメール、ネット閲覧しか使わなければ支障はないが、動画といったスマホならではの機能を楽しもうとすると、あまりの遅さにイライラするでしょう」(業界紙記者)

二つ目は端末に選ばれた、グーグルのNexus4という機種である。実はこれ、1世代前の「型落ち」モデルなのだ。「おそらくグーグルが抱える在庫をイオンが格安で引き取ったのでしょう。いわば在庫処分のようなものです」(スマホ業界に詳しいライター)しかも、イオンスマホの唯一の取り柄である「破格の値段」にも注意が必要だという。「イオンスマホの20円/30秒という通話料金は、他の大手3社とそれほど変わりません。でも、無料通話分もなく、割引サービスもないので電話をよくかける人は予想外に高くつく可能性もあります」(岡崎氏)

そもそもイオンはスマホ市場で大手のシェアを本気で奪うつもりはない、という見方もある。多くのテナントを抱えるイオンには別の目的があった。「あくまでプロモーションがメインです。スマホ通信料に不満を持っている人は多いので、『月額2980円』といえば多くのメディアが取り上げてくれる。そして、格安スマホを目当てに来た客が、他社のスマホを買っても、テナント料で儲ければOKという計算なんでしょう。(スマホ業界の新田氏)このままいけば、8000台は「今月中には完売」(イオン広報)の予定。まずは作戦成功のようである。


『週刊現代』4.26


2014年04月21日(月) 老いた親の捨て方 ��

自分の人生なんだから、共倒れになる前に捨てなさい

「なぜ私は親を施設に入れるという決断ができなかったのか。今となっては後悔しかありません。60歳で定年してから5年あまり、介護費用で貯金が底をついただけでなく、今後の人生を楽しむ気力まで失せてしまった。私は母のために、たった一度の自分の老後まで犠牲にしたのです」そう語るのは、88歳の母親を抱える竹井進次郎さん(仮名/65歳)だ。妻を早くなくした竹井さんは現在、一人で老母の介護に明け暮れていいる。「母にアルツハイマーの症状が出始めたのは今から5年ほど前。自慢だった料理の味がおかしくなり、食べたのに『まだご飯を食べていない』と言い出すようになりました。

一番ショックだったのは、まともにトイレに行けなくなったこと。オムツをはかせても、すぐに自分で脱いでしまう。挙げ句の果てに、排泄物までいじり始める。しっかり者だった母のその姿に、私は涙が止まりませんでした」竹井さんは電気設備技工として働き、二人の娘を育て。大学まで出させた。定年した時、貯金はさほど多く残っていなかった。それでも竹井さんは「二人の娘にも家庭があるので、カネの無心はできない」という。

あのとき捨てておけば

生活費と介護にかかる費用は、「雀の涙」程度の国民年金の他、宅配便の仕分けとコンビニ店員を掛け持ちでやっているアルバイトの収入で、何とかやりくりしている。「本来なら母は、特別養護老人ホームに入居させるべきだと思います。そうすれば介護費もかなり抑えられますからね。でも母は、また頭がはっきりしていた時、『最期を老人ホームで迎えるのは絶対に嫌だ』と頑なに言っていた。それを考えると、今更入居させることが実の子としてはどうしてもできないんです。ヘルパーさんに母を任せてパートに出てている時間だけ、精神的には休めます。ただ、そのヘルパーさんも、母の『排泄物いじり』を見て、いい顔はしなくなりました。ショートステイなんてとてもできません。

私は定年になったら、趣味の釣りをして暮らすのが夢でした。でも母がいるのでそれはもう叶わないでしょう。最近、コンビニで慣れないレジ仕事をしている時、ふと思うんです。『俺は何のために定年まで仕事を頑張ってきたんだろう』とね。いっそのこと私もボケてしまって、何もわからなくなりたいですよ……」老老介護の最大の恐怖は、竹井さんのケースのように、子が親に尽くすことで自らの人生まで犠牲にしてしまう「共倒れ」だ。

そうならないために「親子が同じ家に暮らすのが幸せというのは幻想だ、と理解する必要がある」と語るのは、ノンフィック作家の久田恵氏だ。久田氏の父親は2007年、介護老人ホームで亡くなった。92歳だった。「同居していた父の異変に気づいたのは、母が亡くなって3年ほど経ってからです。母の思い出話をしていると、『美智は死んだの?』と聞くんです。その後、自宅近くの喫茶店に感度も行くようになり、1日で支払いが数千円になることもありました。尋ねると『お前がいないから、探しに行った』と言います。

介護保険ではヘルパーさんには週に1日しか来てもらえず、私が仕事を続けるのは難しかった。母への長い介護が終わり、やっと仕事に本腰を入れられると思っていた私は、絶望的な気分になりました」その後約2年、在宅で介護を続けた久田氏は、自分自身で取材し、環境の良さを知っていた老人ホームに父を入居させた。

「父は亡くなる直前に『幸せな人生だった』と語っていたので、ホームで暮らしてもらったことは間違いではなかったと思っています。核家族化が進んだ今、親とのつきあい方を誤れば、自分の人生が台無しになる状況まで来ています。一緒に暮らすのが親の幸せという価値観を捨て、自分の生活を優先することがお互いの幸せにつながる。それが介護体験を踏まえた私の実感です」



『週刊現代』3.22


2014年04月20日(日) 老いた親の捨て方 ��

みんな悩んでいる

愛情を注ぎ、立派に育ててくれた両親。時は流れ、あなたは定年。親は80過ぎ。感謝の気持ちは忘れない。けれど、いつまでも「親子の愛情」に引きずられていては、自分の人生を失うことになります。

「15年前、母が認知症を発症したのを機に、同居を始めました。私はまだ54歳で働いていたし、家は狭い建て売り住宅。高校生の娘も二人いたので妻は抵抗があったようですが、私は強引に母を引き取り、妻に介護を任せたのですが、そこからすべてがおかしくなりました……」

無念さを滲ませながらこう語るのは、高田誠さん(69歳/仮名)だ。高田さんは定年退職した60歳の時、妻に「捨てられた」。いまは一人、誰との会話もない孤独な日々を送っている。引き取った当時、母親は75歳。認知症は年々進み、介護する妻に「私の金を盗んだ」「死ね」などの罵詈雑言を浴びせるようになった。やがて高田さんは定年を迎えたが、母親の介護は相変わらず妻任せだった。

「家にいるようになると、母の認知症がいかにひどく、妻の苦労がどれほどのものか十分すぎるほどわかりました。徘徊癖がひどく、片時も目が離せないため、外出もできないという状況。でも、私は病気の母と向き合うのが怖くて、どうしても一緒に介護する気になれなかった。定年から半年経った頃、妻から、『私はお義母さんの世話をするために生きているんじゃありません。介護で6年間も家に縛られている間に、友達もみんないなくなってしまった。もう施設に入れてよ。それが無理なら離婚します』と泣きながら訴えられたんです」

しかし、高田さんはかって自分に愛情を注いで育ててくれた母を捨てる、という決断がどうしてもできなかった。そこで娘二人に妻を説得してもらおうと甘い期待を抱き、家族会議を開いた。ところが―。「娘たちの反応は真逆でした。『母さんをずっと放っておいたお父さんの自業自得だ』『病気とはいえ、母さんをいじめ続けたお婆ちゃんの見方はできない』と言われたのです。当時は、息子夫婦が親の面倒を見るのは当然だと思っていたし、プライドもあったので、『それなら離婚だ』と、思わず言い放ってしまったのです」

親の死後は孤独死しかない

離婚後高田さんは一人で介護に取り組んだ。だが、あまりの大変さに2年で挫折。認知症専門の施設に入れた。その母も、5年後に息を引き取った。「家族会議で、娘が言ったんです。『母さんと別れるなら、父さんの未来には孤独死しかないよ』。この言葉が頭から離れません。なぜもっときちんと妻と向き合わなかったのか。己の愚かさを呪うばかりです」

日本人の平均寿命は82.59歳。超高齢化社会に突入したいま、高田さんのように定年を迎えた子供が、老親の世話や介護をするケースが増えている。「自分を生み育ててくれた親の老後の面倒を、子供が見るのは当たり前」―。これは、昔から日本人の心に深く根ざしてきた美徳ともいえる心情だ。だが、この「美徳」を守り、自らの老後を親のために捧げた結果、身を滅ぼしてしまう人々が後を絶たない。

伝統的な常識が通用したのは、平均寿命が50〜60歳と短かった時代の話だと、老後の「片付け問題」に詳しい山下氏は言う。平均寿命が80歳を超え、世界一の長寿大国になった今、事情は全く変わっているというのだ。「今は親が自分より長生きするかもしれないという、かって経験したことのない時代。そして団塊の世代は定年後に10年以上も、親の面倒を見なければならない最初の世代となるでしょう。だからこそ何を選び、何を捨てていくかを真剣に考えなければならない。我々は今、全く新しい問題に直面しているのです」



『週刊現代』3.22


2014年04月15日(火) 知的粗食の健康法 ��

食物繊維の超重要性

文明国の食生活に見られる繊維不足。これを医学的見地から問題にして警告を発した最初の人は、イギリスのウォーカー博士とクリーブ博士だったといわれます。いずれも第2次世界大戦の前あたりから、食物繊維の多いアフリカの食生活に注目し、西欧諸国のそれと対比して問題性を追求しています。そしてそれが契機となって、世界各国の学者がせんいについての研究を始めるようになったのですが、私自身もそれに啓発されて、食物せんいとコレステロールの関係をテーマとして論文を発表しましたが、それはアメリカ上院でせんい不足の問題がとりあげられる10年も前のことでした。

アメリカ上院といえば、そこでせんい不足が論議されるにいたったきっかけとしては、バーキット博士の研究が大いに力になっていたといわれます。博士は20年間にわたってアフリカで医療活動に従事し、その地方独特の悪性腫瘍を発見し、これが”バーキット腫瘍”と名付けられたこともあって、世界的に知られイギリスの医学教会からゴールドメダルを授けられています。そして、食物繊維に関しては、アフリカと西欧だけの比較にとどまらず、日本をはじめアジアの国々の食生活にも注目し、世界的視野に立って食生活と文明病の関係を調査研究しました。

現代病は、炭水化物からせんいを取り除いたために起る

『私は1966年までアフリカで医療活動をしてきました。その後、イギリスに帰ったのですが、アフリカにいる間は食物繊維については何も知りませんでした。そのときはガンの地理的分布について研究していたのです。帰国後、イギリスやアメリカのいろいろな病院を訪ねのですが、病院のベッドのほとんどがアフリカではまったく稀な病気の患者によって占められていることに気がついたのです。その理由がなんであるかはまだわからなかったのですが、クリープ博士にお会いして、初めてその理由についての糸口が開けました。そのとき、クリーブ博士は、いま西欧諸国において共通して起っている病気は、炭水化物からせんいを取り除いてしまったことに原因している、ということをいったのです。

私もこのことは真実だと思いました。なぜなら、私はアフリカにおける疾病のパターンについて知っていましたし、クリーブ博士の仮説を実際にテストしてみる機会にも恵まれていたからです。つまり、一ヶ月ごとにアフリカの140にわたる病院にいろんなアンケートを出して、その回答を毎月受け取っていたのです。私は病院の医師あてのアンケートのなかで、「こういった病気をあなた方は見たことがあるか」という質問をしたのです。その病気というのは、例えば静脈瘤とか糖尿病。冠状動脈性の心臓病、それから胆石、大腸ガン、血栓症などです。

これらの病気については、私自身、当時は少なくとも年に2回は長期出張をしていたので、世界的パターンがどうなっているかということは聞く機会がありました。そこで確認できたことは、いま申し上げた病気というのは西欧文明、つまり近代文明の非常に特徴的な病気であるということ。 つまり、そういう病気は原始社会においては非常に稀であって、この原始社会がだんだん西欧化されると増えるということがわかったのです。それからさらに文献などの調査によって、第1次世界大戦以前は西欧諸国においても、これらの病気はそれほど多くはなかったということがわかりました。

いまではアメリカの黒人でも白人と同じぐらい、こういった病気の発病率が高いということがわかっています。これらのことから、遺伝的な要因というよりは生活様式が主な要因であるということがわかりました。その結果として、それらの病気は予防することができるのだということを確信したのです。

食物繊維はウンコを増やして悪いものをどんどん追い出す

大腸ガンは胃ガンと同様、非常に治りいいガンがといわれていますが、、それでも全治率はおよそ5割、大腸ガンにかかった人は半数が死んでいるのです。かりに生き延びたとしても、人工肛門を脇腹につけて、便の垂れ流しを続ける生活は、やはり悲劇的な人生といわねばなりません。この悲劇を自然の摂理によって、未然に防いでいたのが食物繊維だったのです。食物繊維が直接ガン細胞を殺したりするようなことは考えられませんが、腸内の有害物質を吸着する作用があるため、これが腸内の発ガン物質を吸着し、排泄してしまう可能性も考えられます。しかし、それよりも確実にいえるのは、食物繊維が便の量を増やし、それが腸の動きを活発にするために、発ガン物質が活性化する余裕を与えず、どんどん外に押し出してしまうという効果です。仕組みがあまり簡単なために、この警告は長い間無視され、嘲笑さえ受けてきましたがいまでは食物繊維が大腸ガンの予防に有効だということは、消化器ガンの専門のほとんどが認めるところとなっています。

コンニャクやコンブがネズミの肝臓ガンに大きな効果

食物繊維は大腸ガンだけでなく、肝臓ガンも予防するのではないだろうか。この課題と取り組んで、1年がかりの実験が行なわれました。理化学研究所における光岡教授(東大農学部教授)らのグループによる実験で、使われた食物繊維は粘質多糖類の一つで、美容食としておなじみのコンニャクマンナンでした。たくさんの肝臓ガンを起こしやすいマウスを1年の間、普通のエサで飼育したところ、60%ものマウスに肝臓ガンが発生したしたのですが、一方のグループにはエサのなかに5%ものほんのわずかのコンニャクマンナンを混入しておいた結果、同じ期間に肝臓ガン発生した率は、30%にとどまっていたというのです。つまり、コンニャクマンナンをエサの中に少量混入することによって、肝臓ガンの発生は半減したということなのです。その学問的理由は軽々しく断定はできませんが、食物繊維が腸内細菌に対して、いい影響を与えたことは確かです。

また、北里大学の山本教授は、まったく違った観点からコンブの制ガン作用実験によって確認されています。教授は、中国で昔からコンブがガンの治療薬として用いられていたという記録があるので、それをヒントにしたといっておられますが、実験に使用したのはコンブから抽出したもので、多糖類を主成分としたエキス、つまり水に溶けた食物繊維です。実験はまずハツカネズミの背中の皮下に、サルコーマ180と呼ばれるネズミのガン細胞を注射によって移植し、その上で翌日からコンブのエキスを与え、一ヶ月あまりの経過を見たところ、非常によい成績が上がったそうです。

コンブというのは産地が広く分布し、さまざまな種類があるそうですが、三石コンブと長コンブのエキスには、およそ90%前後の率で、ガンの発育を抑える働きがあると発表しておられます。なお、実験の順序を逆にして、先にエキスを注射しておき、あとからガン細胞の移植を行なった結果でも、ガンの発育はおよそ80%は抑えられたそうです。こうした実験の一端を捉えて、食物繊維がガンの妙薬であるような言い方をするのは、厳に慎まなければいけないことだと思いますが、現代人が忘れている食物繊維の大切さを認識させるためには、非常に価値のある学問的成果であるといってもいいでしょう。


『知的粗食の健康法』 辻 啓介


2014年04月12日(土) 知的粗食の健康法 ��

長寿国日本を支えるのは、明治大正生まれ

今の長寿国・日本を支えている元気なお年寄りは、いったいどんな時代に育っているのでしょうか。いうまでもなく、それは明治・大正という食生活の貧しい時代です。ハンバーグとかビーフステーキとか、バターとかアイスクリームとかいった、いわゆる”栄養のあるおいしいもの”は、ほとんど食べないで育っているはずです。ムギメシと味噌汁、葉っぱの漬け物、お総菜にしても大根の煮しめとか、イモの煮っ転がし、ヒジキの煮付け、せいぜいご馳走といっても小魚の類、そういった程度が大多数の人の常食でした。

栄養と健康、長寿の関係はなかなか複雑で、短絡的な断定はできませんが、今の私たちから見れば、かなりの粗食で育っている明治・大正生まれの人たちが、今の長寿国・日本を支えているという事実は、改めて考えなおす必要があるのではないでしょうか。参考までに100歳以上の老人の数を紹介します。

昭和25年  97名
昭和41年  194名
昭和45年  309名
昭和50年  548名
昭和55年  912名
昭和57年 1200名

と増え続けています。


栄養価の高いエサで育ったネズミは短命である

非常にイヤな推測が成り立つのですが、ネズミの実権はこの不安を裏づける結果です。私たちは今まで栄養と成長、短命との関係を調べるために、ネズミを使ってさまざまな実験を試みました。その結果、明らかにされたデータとして、カロリーの問題の他に一つは量の問題があります。成長期に食べたいだけ食べさせたネズミより、ある程度量を制限して育てたネズミのほうが、毛並みはつやつやとしているし、体は小さいけれどより長生きをするのです。

もう一つはやはり質の問題です。成長期の栄養をいろいろと変えて、寿命との関係を調べた結果、高タンパク、高脂肪の栄養価の高いエサで育ったネズミよりも、デンプンや繊維質の多い粗食で育ったネズミのほうか、ずっと丈夫で長生きするという結果が出たのです。ネズミの実験がそのまま人間に当てはまるとはいえないかもしれません。寿命の判定は文字通り棺を覆って(おおって)みなければわからないわけで、本当の結論が出るのは30年、50年先のことになるでしょう。しかし、私たちの持っているデータのすべてが、ハッキリと示しているように、高タンパク、高脂肪の食事、その結果として現れている青少年の育ちすぎは、果たしてこれでいいのかという疑問を抱かずにはいられません。


アメリカ型食生活の高価な代償

しかし、ここには重大な誤算があったことに気づかなければなりません。肉食を長く続けてきたアメリカ人と、菜食を主にしてきた日本人とでは体質がまるで違うのだということです。腸の長さにしても日本人はアメリカ人の約1.7倍ぐらい長くなっています。アメリカ人の食生活を真似た結果、体格だけはアメリカ人に近づいてきましたが、体力や機能の面を見るとかえって劣化しています。そればかりか、アメリカ型食生活のよくないところだけをもらってしまいました。もちろんアメリカ型といっても、ステーキや乳製品ばかりを指すのではなく、サラダもアメリカ型の代表例にあたります。どんなに脂っこい肉類を食べても、サラダをいっぱい食べたからバランスがとれたと考えてしまいます。

サラダの野菜というのは、レタスやサラダ菜が主で、これらの野菜は瞬時に伸びた葉っぱ類です。ゴボウやニンジンなどの地下茎の野菜と比べたら、その人体への効果は月とすっぽんです。それにサラダホール一杯の量でも、ホウレンソウ一把を茹でたおひたしの量と比べたら比較にならないほどの少量でしかないのです。コレステロール、動脈硬化、心筋梗塞や大腸ガンは、今やアメリカ並みに恐ろしい勢いで増加しています。60代、70代で起ってくるはずの成人病が、40代から始まるようになり、子供さえも成人病のきざしが見られるようになりました。これが、戦後の日本人が盲目的にアメリカ型の食生活にのめり込んでいった恐ろしい代償であり、そしてこの本で最初に提出した問題を解くための最後の重大なカギとなっています。

江戸時代初期の寿命がなんと68歳

いい意味での粗食というものを考える時、私たちの頭にすぐ浮かんでくるのは、昔の日本人の食生活です。昔の日本人の食生活は、日本が敗戦国になった一時期、真っ向から否定されたことがありました。低タンパクであり、低カロリーであって、しかも塩分をとりすぎているという理由からです。確かにその欠点はあったようです。そして、その反動として、当時の日本人がアメリカ型の食事に飛びつき、その弊害が今現れているということはすでに述べました。しかし、その反面、日本型の粗食で育った明治・大正生まれの人たちが、今の長寿国・日本を支えていて、昭和生まれの人がこれから長生きするという保証はどこにもないのだということも申し上げました。

では昔の日本人の食生活はどんなだったでしょうか。日本人の観念にしみついている”人生50年”という言葉があります。江戸時代になると、人口動態に関してかなりの資料がそろっているので、平均寿命の推定ができるのですが、乳児死亡率や。疫病、災害による死亡を別にして天寿を全うした場合で計算すると、専門家は江戸時代初期で67,8歳という数字を出しています。

これはかなりの生命力です。今日のように成人病に対する予防医学や治療法が発達していたら、きっとものすごい長寿であったと思われます。それにもかかわらず、人生50年という考えが支配的だった理由は、武士の現役に対する定年、つまり「そろそろ隠居したらどうか」という肩たたきの年齢が、50歳前後であったということから生まれた考えだそうです。ではこの時代の人が実際に何歳まで生きたか、実例をあげてみましょう。江戸時代初期の徳川家康が75歳まで生きています。しかも、ただ長生きしただけではありません。60代になっても、なお子供をたくさんつくっているし、70歳近くになって静岡の瀬名川で遊泳したという記録も残っています。

この家康をめぐる人のなかにも、ずいぶんと長生きした人がいます。たとえば南光坊天海・108歳、大久保彦左衛門・80歳、柳生但馬の守宗矩・78歳、沢庵禅師・73歳、千姫・70歳、宮本武蔵・64歳まで生きています。しかし、江戸時代初期は67,8歳と推定された平均年齢も、その後、時代が進につれて、おそらく生活が向上し、贅沢になっていった結果だと思われますが、次第に下がりはじめて、江戸時代後期になると65歳前後になり、昭和・大正時代にはついに60歳ぐらいにまで低下するにいたりました。(平均年齢は北里大学、立川教授の調査による)


『知的粗食の健康法』 辻 啓介


2014年04月11日(金) 原発は、膨大な社会的費用がかかる

第5福竜丸事件から60年。歴史的エポックの3月にこの国がしていること

北太平洋のビキニ環礁付近で操業していたマグロ漁船・第5福竜丸が、米国の水爆実験による死の灰を浴びがのは、60年前の3月1日だった。そして3年前の3月11日は、東日本大震災で福島第一原発が炉心溶融を引き起こし、放射能が周辺地域を汚染することになった。放射能の怖さを再確認し、核エネルギーとどう向かい合って生きていくかを考える歴史のエポックが、この3月に重なったわけである。

かって、第5福竜丸の無線長だった久保山愛吉氏が死亡した時は、世界で最初の水爆犠牲者に哀悼の意を表するため国務大臣が葬儀に出席した。それほどに世論は、この悲劇に悲憤慷慨していた。しかし、今やその記憶も感情も薄らいでしまったということなのだろう。記念碑的なエポックは、思いのほか世の耳目をひいていない。

福島の事故は、原発の安全神話だけでなく、低コストという経済性についても、まやかしであることを明らかにした。発電コストだけを比較すれば、確かに原発は化石燃料に比べて安い。だが、ひとたび過酷事故を引き起こせば、放射能の脅威だけでなく、被災者への補償、原子炉の廃炉作業、汚染水の処理など、膨大な社会的費用がかかる。この原発から撤退するのか、あるいは、どう社会に位置づけていくのか。そのことを考えるうえで必要な情報を、政府は的確に提供しようとはしていない。


『週刊現代』3.22 岩瀬達哉


2014年04月10日(木) TPPには反対

現在、NZと日本の間の交渉ごとと言えばTPPであろう。今回のシンガポールでの交渉も不調に終わり、新聞の論調も厳しくなっている。交渉が始まって4年、そのたびにホスト国は言うに及ばず、参加12カ国は何億円という金を払って、代表を送っている。貿易担当大臣による協議の結果が不調に終わるたびに、各国の不満はつのっている。そのたびに、各政府は、TPPによる利点を喧伝するが、結果はよく言って失望、悪く言えば失敗に決まっている、と厳しい。

NZはTPPの言い出しっぺである。最初はシンガポール、ブルネオ、チリと小国だけで始めた。これがスムーズに行かなくなったのは、環太平洋の経済大国が入ってきたからである。それはアメリカであり、二に日本、そしてカナダとオーストラリアだ。今度の不調についても、ハッキリと日本とアメリカの交渉がまとまらなかったから、と書いている。

この二つの国が妥協すればオーストラリアとNZはかなり譲歩を強いられても、是認せざるを得ないという。主として知的財産、投資、そして国有産業における政府の介入が問題になっている。ポイントは農産物だ。農業市場へのアクセスについては、日米双方に譲れない事情がある。にほんには米、小麦、牛と豚、砂糖、、乳製品といういわゆる五つの聖域があって、これは政治的に譲れない。自民党は前の総選挙で「無条件の完全撤廃」は絶対に認められないと公約し、圧勝した経緯がある。

一方のアメリカにも、簡単に譲れない事情がある。まずオバマ政権にとって下院が少数派という弱点、しかも政権自体が弱体化し、すでにレイムダック化しているとの、厳しい見方さえある、その上この秋には、中間選挙があり、農民票をあてにする議員や候補者は、かなり先鋭化している。今回の交渉を見ていても、根本的解決法は遠回りして、小手先の方法論に終始している。

これは僕の持論だが、農業は一国の根幹であり、利潤中心の新自由主義経済や、グローバリズムで片づけられるものではない。そこには値段で割り切れない、その国特有の伝統とか文化、もっと極端に言えば、その国その地域の「土と人間」の根源的つながり結びついている。そしてそうした絆を守るのが政府の役目とするならば、TPPには反対の筈である。



『週刊現代』3/22 大橋巨泉


2014年04月09日(水) 日本が戦争する国へ

恐怖の三点セットでいざ戦争

憲法解釈上認められないとされていた集団的自衛権の行使を、「憲法解釈を変えて認めよう」と安倍総理が声高に叫び始めた。戦後日本政府が一貫してとってきた解釈を変えて、憲法の内容をこれまでと正反対のものにしようとしているのだが、それによって本当は何が起きるのかが国民にはよく理解できない。

政府がおかしなことをやろうとする時は、まず、全体像を隠すのが常道だ。大目的を達成するために必要な一連の政策をバラバラに提案することによって、国民の想像力を限定し、批判を矮小な問題の閉じ込めることができるのだ。今回の一連の政策とは何か。最初に出てきたのが日本版NSC(国家安全保障会議)設置法だ。民主、維新、みんななどの野党が賛成した。議事録作成の議論もうやむやのまま終わっている。この時点では、野党も問題の核心を理解していなかった。

次に出された特定秘密保護法の議論でも。知る権利、報道の自由などの議論は盛り上がったが、NSC法や集団的自衛権との関係はほとんど議論されないまま成立してしまった。しかし、実際には、集団的自衛権の行使容認とNSC法、特定秘密保護法には、一つの共通目的がある。そして、実際の安全保障政策決定現場において、複合的にその力を発揮し、個別の議論では想定できない驚異的な効果を呼ぶ「恐怖の三点セット」となるのである。しかし、その問題点は、「想像力」を発揮しないとわからない。

例えば、イランが米国に先制攻撃をしようとした、と称して米国がイランを先制攻撃する。「これは自衛戦争だから、日本も参加して欲しい」とオバマ大統領が安倍総理に電話する。直ちに、閣議ではなく日本版NSCが開催される。NSCはたった4人の大臣だけで決められる。米国からの情報はガセネタが多いというのがこの世界の常識だが、米国からの情報は特定秘密になって、外部はおろか内部の検証も十分にできない。

ある大臣が反対しても議事録は作成されないから無視しても表には出ない。反対する大臣が他の大臣に働きかけて共同記者会見をしようとすれば、特定秘密保護法で秘密漏洩の共謀・教唆犯(きょうしゅんはん)になる。こうして、安倍総理はやすやすと参戦を決めることができる。つまり、この三点セットは、無用な戦争に巻き込まれるという「誤った判断」を助長するための制度になるのだ。

さらに想像力を働かせよう。イランは日本を攻撃していない。日本人に好感を持つイラン人も多い。そのイラン人を自衛隊が殺害するのだ。戦争だから、民間人、母親と子供たちまでが巻き込まれ、日本人が「殺す」ことになる。もちろん、何百、何千という自衛隊員も殺される。自衛隊員といっても、日本人誰かの家族であり友人である。中東の国を攻撃したことにより、米国のように、いつテロに遭うのかと怯えて暮らさなければならなくなる。日本の強大なソフトパワーの基盤となっていた平和国家のイメージも根底から覆る。「殺し、殺される国になる」、その覚悟が日本人の一人ひとりにあるのだろうか。

私が決めますと安倍総理は言い、閣議決定の前に国会で議論しろと野党が言う。「冗談ではない」と言いたい。これほど重大な決定を内閣や国会に任せるなど論外である。憲法改正手続きで、最後は国民投票で決めるべきであるのは、自明のことではないのか。この先には、武器輸出、国防軍、徴兵制という3点セットが待っている。安倍政権の掌に乗って玩(もてあそばれる)ばれる野党とマスコミが情けない。


『週刊現代』3.22 古賀茂明


2014年04月08日(火) stap細胞j 複雑すぎる裏事情

小保方「stap細胞」簡単にできるほずが、複雑すぎる裏事情

これまでの常識を覆す世紀の大発見……のはずだった。理化学研究所(理研)の小保方晴子さんがユニットリーダーとなって研究が進められた万能細胞の一種「stap細胞」に数々の疑問が向けられている。南カリフォルニア大学再生医療・肝細胞研究所所長のアンドリュウー・マクマホン教授はこう話す。

「小保方さんが他人の論文をコピー&ペーストした疑惑ですが、確かに私たちが論文を書く時には習慣的にコピペしています。しかし、適切な承認なく他の論文から文章をコピーして、自分の論文に継ぎ合わせることは許されません。このような問題が起こった場合、米国では研究費を提供した組織も含めて徹底的な内部調査が行なわれます。理研の対応を見る限り、遅すぎるように感じます」

その理研もようやく重い腰を上げて、数々の批判に反論するべく研究の「詳細な手順」とあわせて、内部でのstap細胞の再現実験に成功したことを発表した。だが、公開された手順には矛盾が多く、「これで本当にstap細胞ができるのか」と改めて疑問が噴出している。そもそも当初の理研の発表だと、stap細胞は「効率的かつ簡単にすぐできる」のが売りだった。ところが、時間が経つにつれ少なくとも「簡単」とはほど遠いものであることが明らかになっており、「誇大広告」だったと言われても仕方がない状況だ。

理研が「誇大広告」を撤回できない背景を、幹細胞による再生医療を行なうある臨床医師が解説する。「理研は小保方さんをリケジョ(理系女子)として大々的に売り出しました。なぜか。研究成果を社会にアピールすることで、政府予算が大きく違ってくるんです。例えば、京都大学の山中伸弥教授のips細胞研究には、来年度予算案でも約150億円が計上されています。理研もstap細胞で『第2のips細胞』を狙ったということでしょう

実際、stap細胞発表後、文部科学省は理研などを「特定国立研究開発法人」に指定し、予算を拡充させることを検討している。優秀な研究者には1億円もの年俸が支給される可能性もあるという。stap細胞の研究が否定されれば、この予算も台無しになりかねない。理研の対応の迷走には、こんな複雑な事情がある。


『週刊現代』3.22


2014年04月02日(水) ODA、軍事利用解禁検討

政権 民生支援から転換

安倍政権は、途上国援助(ODA)の軍事目的での使用を禁じた規定を見直し、外国軍への支援を可能にする方向で検討に入った。政権が集団的自衛権の行使容認や武器輸出三原則の見直しなどで安全保障政策の抜本的な転換を掲げるなか、民生分野の支援を貫いてきたODA政策でも軍事利用を認めれば、国内外で反発を招く可能性もある。

外務省で31日、ODAの基本指針となるODA大綱の見直しに関する有識者懇談会の初会合があった。木原誠二外務政務官は、「自由や民主主義、人権といった普遍的な価値を推進するため、安全保障分野でもODAが役割を果たしていく」と政権の方針を説明した。1992年に定められたODA大綱は「軍事的用途および国際紛争助長への使用を回避する」と規定。ODAnによる物資を支援国の軍に提供したり、ODAでつくった道路や空港を軍が使ったりすることを原則的に禁じてきた。人材育成の分野でも、軍人はODAの対象としていない。

軍事利用の禁止規定は2003年の大綱改定時も維持。2006年にインドネシアに巡視艇を提供した際は、軍事転用されないよう目的を海賊対策とした経緯がある。しかし、安倍政権は昨年末にまとめた国家安全保障戦略で「積極的平和主義」を掲げ「ODAの更なる戦略的活用」を明記。途上国への多額の援助で存在感を強める中国を意識し、支出額の減少が続くODAを安全保障分野にも投入する意向を示した。

ODAの軍事利用が認められれば、南シナ海で中国との領有権問題を抱えるフィリピンやベトナムでODAを使って港や空港を整備し、両国などの軍が使用できるようになる。中国を牽制する狙いもあるとみられる。有識者の懇談会は、6月をめどに岸田外相に報告書を提出。非政府組織(NGO)や経済団体などとも意見交換し、政権は新大綱を年内に閣議決定することを目指す。だが、外務省幹部は「NGOを説得するために、相当議論する必要がある」と話す。



『読売新聞』4.1


加藤  |MAIL