加藤のメモ的日記
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2012年06月18日(月) 「6月経済危機」に備えよ

今ギリシャでは、月収1000ユーロ」(約10万円)以下の貧困層が人口の4割に達し、そのうち1割程度は住む家もなく、車の中で寝泊まりしたり路上生活を余儀なくされている。現地の新聞にはホームレス化した元清掃員が、他人の物置で同じ境遇にある人たちと”共同生活”をしている実態が報じられている。地下鉄などで各車両をまわり、『子供が病気だが、治療費が捻出できない』などと語って、涙ながらに寄付を募る人も出てきた。もともと観光業しか目立った産業のない国だが、目下の債務不安でさまざまな業種が問題を抱え、政府支出のカットも相まって、仕事がない、収入が減り続けると苦しむ貧困層が急増しているのだ。

「銀行の貸し渋りにあって倒産し、多額の負債を抱えた中小企業の経営者たちが自殺している。失業者が50%を越えた若者たちの自殺も多い。仕事があっても給料が何カ月も支払われないケースが多く、それでも次の働き口のあてはないから辞められず、うつ病になるケースもある。最近では老人を対象にしたオレオレ詐欺も増えてきた。住宅街には質屋が急増し、生活に困って数日おきに宝石類を持ち込んで現金化する主婦が多く来店している」アテネ在住のジャーナリスト・有馬氏。

同じく債務危機に襲われているスペインでも想像以上の不況が足元に迫っている。バルセロナ在住のジャーナリスト・宮下氏がレポートする。「バルセロナでは今まで見られなかったほどの若者のホームレスが増えている。若い女の子がわずかな金を求めて物乞いしている。とにかく仕事がない。大学生は卒業しても職にありつけないから修士課程に進むか、給料の安いサービス業で働くか、それさえもできない場合は、南米などに出稼ぎに行くようになった。仕事にありつけても賃金はよくて月収10万円。家賃は8〜9万円するからほとんどはルームシェアだ。建物を不法占拠する『オクパ』も横行し、警察から追い出されている姿もよく見る」

元外務省在スペイン日本大使館専門調査員で、首都大学東京客員研究員の加藤氏によれば、月収627〜641ユーロ以下の貧困層、または貧困予備軍はスペインの人口4500万人のうち1200万人まで急増した。教会では緊急炊き出しを実施し、一日の炊き出し量を倍増させる教会も出てきたという。

日本で派遣切りが横行した際、日比谷公園で年越し派遣村ができたのは記憶に新しいが、その比ではない超絶不景気が、目下欧州で進行していることがよくわかる。実はEU3番目の大国で、グローバルに活躍する自動車産業やアパレル産業を多数抱えるイタリアでも景気が悪い、仕事がない、政府の締め付けが強くなるという三重苦に庶民があえぐ。

イタリア在住の日系バンカーがその実態を明かす。「景気が悪いのにモンティ首相は大胆な緊縮策を断行した。これでは成長するはずもなく、今年の失業率は14%にも上る見通しだ。そのうち年金は実質カット、住宅への固定資産税を新たに課され、企業が従業員を解雇しやすくする規定もつくられた。税務署の取り締まりも厳しく、ボローニャでは10万ユーロ(約1,000万円)も税金を滞納していた建設業者が急な取り締まりに抗議して、税務署の前で焼身自殺を図った。経営者の自殺を伝えるニュースも増えている。そして地方選挙では急進的な少数政党が躍進し、彼らが『ユーロ脱退』を唱え始めている」

日本では、新聞やテレビではほとんど報じられていないが、実は水面下で労働不況が深刻化し、‘08年のリーマンショック後、昨年の3・11に続き、「第三次派遣切り」が始まっている。派遣ユニオン書記長の関根氏によれば、円高の長期化に加え、テレビや半導体関連企業の苦境が伝えられはじめた昨秋ごろから、派遣労働者の相談が増えてきた。派遣会社に聞くと、「まともな仕事はない」「リーマン時や3・11よりひどい状況だ」と言うばかりだという。

「時給も4年前は1200円ほどだったのが、今は1050円程度のところも増え、さらに労働時間も勤務日数も減らされている。手取りは10万円もいかない。若くて親のいる人は実家に帰れるが、40代以上で身寄りもなければ一気にホームレスに転落してしまう状況だ」(関根氏)

円高で海外でモノが売れないからヒトも雇えない。沸いているのは巨額の税金投入による復興需要を得た建設業界ぐらいだが、そのバブルも息切れが近い。これが日本経済の知られざる実態だ。そして6月危機が追い討ちをかけようとしている。一層の円高・株安が進行すれば、今は表面化していない労働問題や失業問題が一気に噴出しかねない。その先にあるのはギリシャ、スペインの惨状である。しかも火種は欧州、アメリカ、日本と世界全体に散らばっている。グローバルに実体経済と金融マーケットがつながった今、どこか一つでも発火すれば、それがまたたく間に世界に伝播し、世界恐慌という有事に発展する。

6月危機の最初の関門は、巷を賑わすギリシャの再選挙である。6月17日に訪れる。慶応大学教授の深尾氏は「仮に急進派が勝って、ギリシャがIMF(機国際通貨基金)、ECB(欧州中央銀行)、ユーロ諸国などからの債務35兆円以上を払えないとなれば、最悪のデフォルト(債務不履行)となる。目下の金融不安を抑え込む役割を果たしてきたECBによるユーロ各国の銀行への緊急融資が制約されることになれば、ユーロシステムの解体に向かう可能性が出てくる」

みずほ総研の山本氏もこう語る。「もし急進左派連合が勝利し、ユーロ離脱やギリシャのデフォルトが突然起きれば、マーケットはオーバーシュートする。世界中で株価が大暴落するが、どこまで下がるか想像するのも難しい。1ユーロ80円台まで暴落し、日経平均は7000円を割るあたりまでで急落しかねない」7000円割れとなれば、リーマン・ショック後の取引時間中の最安値(6994円)を下回る可能性もある。すでに体力を失っている日本企業が耐えられる水準ではないことは言うまでもない。

6月後半には日本自身の火種がくすぶる。6月27日に予定されている東京電力の株主総会だ。「一番のリスクは新経営陣に対する信任が得られないことと、公的資金の注入が否定されること。そうなると東電処理は白紙に戻って、また臨時株主総会を開かなければならない。この可能性はゼロではない」もちろんそうなれば、円高・株安に加え。日本企業が頭を抱える電力値上げ問題、電力不足問題がさらに引き伸ばされかねない。円高・株安で利益も売り上げも吹き飛んだうえ、モノをつくるコストが急増すれば、いったいどれほどの企業が生き残れるというのか……。

そして6月28〜29日、最大のヤマ場を迎える。EUのサミットが行なわれ、目下の経済危機をどう鎮めるかの結論が下されるのだ。RPテック代表の倉都氏は「とくに注意すべきは、銀行の破たん懸念を抑え込めるかどうかだ」と言う。「ユーロ圏の銀行同盟をつくる方向でドイツ、フランス、イタリア、スペインなどが歩み寄れば、マーケットは秋に向けて落ち着いていく。しかし、物別れに終われば事態は深刻だ。景気が悪くなって、企業がバタバタと倒れ、不良債権が膨れ上がることで、巨大銀行が破綻する懸念も出てくる」

どこかでホタンを掛け違えれば、世界中が恐慌におちる6月危機が一気に目の前に立ち現れる。まさに綱渡りの状況が6月いっぱいまで続くことになる。その先には日本経済に大打撃を与える恐慌が待っている。今我々にできることは「不安定な状況が続くことは間違いない。ただ、悲観が行き過ぎて株価がオーバーシュートした場合、これは長期投資を前提にすれば、絶好の買い場ともいえる。リーマンショックが起きて、半年が経過した後、株式市場は急回復した」

「最も優先すべきは損を増やさないこと。つまりは資産防衛。また株が下がるといっても、慣れない個人が空売りで儲けるのは容易いことではない。やけどをしないためにも下手に動かない方がいいし、嵐が過ぎるまで現金を増やしておくのが得策だろう。むろん、長期で見れば日本株の絶好の買い場になる。ただ、大底で買うのは勇気がいる。たからこそ、今は現金を増やしておくことが重要といえる」(東京証券斎藤氏)

今、日本は歴史上稀に見る円高・株安に見舞われている。TOPIXの「バブル以後最安値」が持つ意味は大きく、日本で金融機関がバタバタと潰れた1990年代後半の金融危機、さらには米リーマン・ブラザーズの破たんを契機に世界中のマーケットが総崩れを演じた2008年のリーマン・ショックのときよりも、市場が「危険だ」というシグナルを発しているのだから、尋常ではない事態だとわかるだろう。しかも、これはまだ序章にすぎず、「6月危機」でさらなる円高・株安がやってくる可能性があると専門家たちは口をそろえる。では、サドンデス(突然死)が来るのをじっと指をくわえて待つのか、情報武装して身を守るのか。答えはすでに決まっているはずだ。



『週刊現代』6/23


2012年06月11日(月) 河本母子の「生活保護」

お笑い芸人、次長課長・河本準一(37)。年収5000万円と言われる芸人が母親に生活保護を受けさせ続けた上に、芸人仲間と飲み会の席で、「オカンに役所から『息子さんが力を貸してくれませんか』って連絡があったんだけど、そんなん絶対聞いたらアカン。タダでもらえるもんなら、もろうとけばいいんや」と発言していた、4月中旬、女性セブンがまず匿名でそう報じた。この「芸人」が河本であることは、ネットメディアを中心にあっという間に広がったが、河本は釈明もせず平然とテレビに出続けた。

河本の母親が生活保護を受けていた問題は、河本が会見で遅すぎる謝罪をしたが、それですべてが解決したわけではない。母親が生活保護をもらっていたことに違法性はない。2名の国会議員が煽ったせいで道義的な批判がありうるが、私たちの正当性を理解してほしい。吉本興業は取引先に対して、内々にこんなお願を布いていたわけである。

手紙を読んだ自民党の世耕議員は「あまりにも認識がずれている。私たちは当初から違法性があったかどうかを議論しているのではなかった。河本さんの行為が『同義的な意味で全国民に悪影響をお及ぼしかねない』と思ったからこそ、こうして問題提起をしているのです。全国民への影響はどんなものか。世耕議員は「生活保護の申請の窓口は各都道府県の福祉事務所で、ケースワーカーが一件一件の申し立てに対応します。生活保護費の爆発的な増加という背景があり、ケースワーカーは窓口で怒鳴ったり泣き落としとしたりする申請者を説得して、必要なない人が生活保護を受給することがないように必死に対応している。それはもう涙ぐましい努力をしています。

にもかかわらず、河本さんのようなケースが放置されると、『年収5000万円の人が親を扶養していないのに、何でそれより低い収入の自分が扶養しなければならないんだ』と窓口で言う人が必ず出てきます。たとえ一部上場のサラリーマンでも、『俺はあの人より稼いでいない』と言えてしまう。そこを問題視しているのです。生活保護法では、「扶養義務者の扶養が生活保護に優先する」と明記されている。扶養できる家族がいる場合は本来、生活保護は受けられない。

「市民の18人に1人が受給者」で、生活保護天国とも揶揄される大阪市は、橋本市長の号令のもと、不正受給調査専任チーム、通称「生活保護Gメン」を市内全24区に設置した。Gメンは3人1組で構成され、必ず警察OBが一人入ることになっている。それはこんな理由からだ。


「不正受給者は『バイトしているのに申告しない』不正就労や、別宅があって豊かな暮らしをしているケースなどが多い。調査に乗り出すキッカケは、『誰々は生活保護を受けながら、ここで働いているで』といったタレコミがほとんどです。早速勤務先に確認に行くわけですが、いきなり『誰々さんが働いているでしょう』とは訊けない。受給者である事実を第三者に知らせると、問題になる可能性があるからです。だから調査の手法は張り込みや尾行といった地道なものになる。張り込みが深夜に及ぶこともあります」(元警察官の生活保護Gメン)

警察OBとはいっても、Gメンに捜査権はない。活かされるのは、状況証拠を積み上げてそれを相手に突きつけるという、任意調査のノウハウだ。「『あんた、先月○日の○時頃、○という店におったな』と雑談のように話を振り、相手の反応を見る。そこで『知りませんな』としらばっくれるようなら、『別の日の○時頃にも見たで』と畳みかけていく。集めた状況証拠を小出しにしながら相手を追い詰めていく駆け引きは、警察の事情聴取と同じだ。いかに相手を観念させて本当のことを白状させるか。それが元警察官としての腕の見せ所です」

もちろんすぐに成果が上がらないケースもあり、長い案件では半年以上調査することもある。不正受給を1件でも減らすべくGメンは日夜、汗を流しているのである。地道で地味な作業だ。限界もある。だが、抜本的な法改正がない限り、今できることはこれしかない。違反が見つかれば、以後生活保護は二度と受けられない。現場の努力を知るにつけ、「違法性はないけど辞退した」と自己弁護した河本母子の自分勝手さが浮き彫りになる。


1987年に札幌市、2005年、2006年に北九州市で起きた餓死・孤独死事件も、福祉事務所の担当者が前夫や兄弟姉妹、子供に扶養を求めるのが先だと言って、追い返したために起きたものである。扶養義務の要件化の動きは、現場の実態を全く理解しない暴論である。また、小宮山厚労相はこの機に、生活保護給付水準の10%引き下げも検討することを表明した。これは財政抑制のみを先行させた施策である。貧困が深刻化する中で、生活保護の役割はますます重要になっているのに、一層貧困と格差を拡大させる施策である。

生活保護給付水準の10%引き下げは、生活保護受給者だけでなく、最低賃金や年金、就学援助、税や社会保障の負担などに連動するもので、国民全体に影響する。こうした改悪を、自民党が主導し、厚労大臣がこれに呼応する形で、一体で進めようとしていることは重大である。

多くない受給者・日本

日本の生活保護の受給者は209万人と増えているが、人口に占める割合は1.6%である。欧州先進国のドイツは9.7%、イギリス9.3%、フランス5.7%と、日本より軒並み高い数字である。また、貧困水準世帯の生活保護を受けている世帯の割合は、日本が2割程度なのに対し、欧州は5〜8割程度と大きな差がある。日本で生活保護が増えているのは、非正規雇用の蔓延による低賃金労働者や、失業者の増大、脆弱な社会保障制度が原因である低賃金・不安定雇用の規制強化や、社会保障制度の充実こそ必要である。こうした問題を放置して、生活保護をさらに狭める制度改革を行なえば、餓死、孤立死、自殺をさらに増やすことになるだろう。



『週刊現代』6/9


2012年06月08日(金) 山本五十六

なぜ日本は真珠湾で大戦果をあげ、ミッドウェーで大敗北を喫したのか。

真珠湾で戦った人間は私の知る限り、もう全国で1人は2人しかいません。真珠湾攻撃とミッドウェー海戦の両方を戦って現在も生き残っているのは、私一人のはずです。人生は偶然でどう変わるかわからない。私はミッドウェーで負傷して、しばらく前線から離れていたんですが、その間、仲間たちはどんどん死にました。もし、ミッドウェーで怪我をしていなかったら、私も間違いなく死んでいた。それがこうして今も生きているんだから、運命は何で決まるのか本当に不思議だと、しみじみ思います。こう振り返るのは、かって旧日本海軍のパイロットだった前田武さん(90歳)だ。

冬の太平洋はひどく荒れます。当時、一般の商船は高波や強風で沈没などの恐れがあるため、運航が禁止されていました。日本がそんなところを通ってハワイを襲うとは米軍は思いもしなかったでしょう。そこを衝いた山本五十六・連合会隊司令長官の一世一代の奇襲作戦だったのです。実際ハワイまでの暴風雨はすさまじく、食事もロープで吊るしたバケットにご飯を入れ、その上におかずを載せて、立ったままかき込みました。数メートルの高波で艦が揺れ、テーブルに食器を置けないんです。小さな駆逐艦のデッキからは乗務員が何人も風で飛ばされ、海に転落して死んでいきました。皆「戦死」扱いになりましたが……。

艦内では、仲間と話らしい話もしませんでした。私も遺書を書いたりしてね。ただ、攻撃の2日前の12月6日の晩は騒ぎました。私たち飛行隊の送別会で、「階級は関係なく、無礼講で好きなだけ飲んでくれ」とお達しがあり、「最後の酒だ」とさんざん飲みました。気に食わない甲板下士官たちにビールをぶっかけたりもしましたよ。「艦長が無礼講だとおっしゃったんだ」と言ってね。(笑)攻撃の12月8日の朝は、「生きて帰れないだろう」と思いつつ、第一次攻撃隊として飛び立ちました。真珠湾に向かう前も、「敵に発見されるのではないか」という不安と「俺の命もこれで終わりだ」という悲壮な覚悟で頭が一杯でした。

山本さんの別れの挨拶

私の目標は米国太平洋艦隊の旗艦「ウェストバージニア」。800kgの魚雷をこれに発射して撃沈するのが課せられた使命でした。真珠湾に突撃すると、米軍からの反撃で私の機も右の翼に被弾しましたが、発射した魚雷はウェストバージニアに命中し、爆発が起こったのを見て思わず「おおっ」と叫びました。結局、私たちが放った7発の魚雷を受けて、同艦は沈みました。加賀に帰艦した時は、本当にうれしかった。何と言っても敵の旗艦、日本艦隊で言うと大和を沈めたようなものだからね。でも、私の機を含め、加賀を出撃した雷撃機12機のうち、5機が帰らなかった。朝食を共にした仲間が昼食の時にいない……。あの辛い気持ちは忘れられません。

真珠湾の太平洋艦隊はほぼ全滅。この劇的な勝利で、作戦を立案、実行した山本五十六さんは国民的な英雄になりました。一般社会だけでなく海軍内部でも、山本さんは私たち現場のものに信頼され、尊敬されていました。海軍兵学校を出たというだけで、能力もないのに威張り散らして嫌われている将官もいましたが、それと正反対の人でした。

私も山本さんの温かい人柄に触れたことがあります。ミッドウェーで負傷して、呉の海軍病院に入院していたある日、わざわざ見舞いに来て下さったんです。病室の私の枕元に、使命と「加賀」という艦名が書いてあったので、それを見てつかつかとちかずいてこられ、「いろいろご苦労だった」と声をかけてくれました。連合艦隊司令長官が直々に見舞ってくださり、労をねぎらってくれたのですから、当時21歳の私としては感激するしかありませんでした。

それから数ヵ月後私がラバウルに配属されてしばらく経ったとき、また山本さんの肉声に接しました。当時、日本は悲惨な戦闘を経てガダルカナルから撤退し、少しずつ米軍に押されて劣勢になりつつありました。そんな‘43年4月、突然ラバウルに来られたのです。私たちは集められて訓示を聞きました。「自分はこれからもっと南のオーストラリアに近い前線を視察する。皆も頑張ってほしい」といった趣旨の話でした。「なぜ長官がそんな最前線に行くのだろう。危険ではないのか」と内心思ったことを覚えています。あれば別れの挨拶だったのでしょう。山本さんはその直後の4月18日、飛行機で視察に向かうところを、ブーゲンビル島上空で待ち伏せしていた米軍機に撃墜されて亡くなりました。

ミッドウェーで敗れた理由

私には、山本さんの戦死がある種の自殺に思われてなりません。普通、連合艦隊の司令長官が前線を視察するとなれば、護衛機が30機はつくのが当然で、実際にそれぐらい用意されていました。しかし、山本さんは頑なに「そんなにいらない。6機で十分だ」と言って、本当に6機だけになった。信じられないことです。また、私たちに訓示した時は、白い夏服を着ていました。あれは、白装束をまとって死ぬつもりだったのでしょう。訓示は「もう俺は逝く。さようなら」という遺言だったのです。偶然、私はそれを直接聞いたことになります。

そこまで山本さんを思い詰めさせたのは、戦局悪化の始まりとなったミッドウェー開戦の大敗北でしょう。しかし、私に言わせれば、ミッドウェーで藪得れた大きな原因は、南雲忠一・第一航空艦隊司令長官と、源田実・同航空参謀にある。簡単に言うと、現場を主導したこの二人が「米海軍の空母はミッドウェーの近海にはいない」と間違った思い込みをしてしまったんです。ところが空母はいた。山本さんは出撃前から「米国の空母は必ず出てくるから、赤城と加賀の雷撃隊には空母攻撃用の魚雷を降ろさせるな。爆弾に換装してはいけない」と言っていた。

南雲と源田は「空母はいない」と決めつけ、ミッドウェー基地を空襲するための爆弾に強引に付け替えさせた。その結果、攻撃は送れ、また魚雷に換装したりしているうちにて敵機に攻撃され、赤城も加賀も沈没してしまいました。要するに、山本さんの言うことを聞かなかった南雲と源田が、敗北の大きな要因となった。二人は駆逐艦に乗って帰り、山本さんにコテンパンに怒られたと聞いています。赤城、加賀、飛龍、蒼龍と正規の空母4隻を失った日本は、以後、少しづつ追い込まれていきます。山本さんはその責任を取って亡くなったのです。部下の失態を公に責めることもなく、全て自分の責任だとして死んだ。

なぜ間違えたのか

山本さんが南雲や源田を使い続けたのはどうかと思います。海軍には他にも人材がいたのだから。たとえば山口多門さん(第二航空司令官)など、当時から名指揮官として尊敬されていました。山口さんは真珠湾のとき、米艦隊だけでなく石油タンクやドックも攻撃すべきだと、乗っていた飛龍から何度も赤城に信号を送りました。加賀からも見えました。しかし、南雲と源田はそれを無視した。ミッドウェーでも、山本さんは敵の空母部隊を直ちに攻撃すべきだと主張しましたが、やはり二人に却下されました。

結局、赤城、加賀、蒼龍の3空母がやられた。山口さんは飛龍1隻で猛攻撃をかけ、空母「ヨークタウン」を沈めます。しかし、孤軍奮闘した飛龍もやがて沈没し、山口さんは退去せず艦と運命を共にした。こういう優れた指揮官ではなく、資質に乏しい者たちに現場を任せれば、勝てる戦争も勝てなくなります。ただ、山本さんがもともと米国との戦争に反対していたのは立派な見識だった。あんな強大な国と戦うのは容易ではないし、勝っても広い国土を占領できない。戦うことに何の利益もない。

私が米国の強大さを目の当たりにしたのは、戦争末期の‘45年5月のことです。沖縄の戦いで、私は夜間雷撃をやっていたのですが、ある晩、照明弾を落とすと、パッと真昼のように明るくなった目の前に、なんと真珠湾で沈めたはずのウェストバージニアがいた。「まさか!見間違いか?」と仰天しましたが、間違いなくウェストバージニアだった。要するに、米軍は真珠湾の浅い海底から同艦を引き上げて修理し、また使っていたわけです。私はがっくりして「この戦争に日本は負けるな」と思いました。戦争前に山本さんが言った通り、対米戦争は避けたほうがよかったのです。左腿の古傷の痛みは、ミッドウェーから69年経った今でもあります。一向に和らぐ様子はないし、長時間歩くとかなり痛くなる。でも、痛みを感じるたびに思うんです。「戦争は本当に悲惨なものだ」と、そして「平和な社会のなんとありがたいことか」と。


『週刊現代』


2012年06月06日(水) 節約すれば不幸になる

今、日本の銀行がどんな運用をしているがご存知でしょうか?デフレで経済は縮小し、不況のもとで将来への不安から人々はお金を使わないで節約します。それで銀行にはどんどんお金が入ってきます。銀行はこのお金を運用しなければなりません。普通なら企業が資金繰りや設備投資のために、大量のお金を必要としますから、銀行はそこへ向けて貸し出しという形で運用を行ないます。

しかし、今はそのニーズがありません。企業も節約、節約でお金を使わずに逆に銀行に返しています。銀行は入ってくるお金をどうしているか?国債を一生懸命買っています。それしか、手がないからです。皆のお金は、国の借金に流れるだけで、活発な民間経済活動へのエネルギーとして回ってはいません。景気はどんどん悪くなるという悪循環です。

「合成の誤謬(ごびゅう)」という言葉があります。簡単に言うと、皆でプラスと思うことをすると、全体ではマイナスになってしまうということです。皆が節約すると、皆が不幸になるのです。今の日本には貯蓄を取り崩して消費することだけが経済活性化に残された道です。このままでは、皆のお金は国の借金の帳尻合わせに使われるだけなのです。


『週刊現代』6/9


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