加藤のメモ的日記
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2010年04月27日(火) 国家の礎は教育

 「みどりの日」は「昭和の日」に「文化の日」は「明治の日」に改名すべきだ

東大名誉教授の小堀桂一郎さんが、日本の終戦記念日や独立についてとても重大な発言をしておられます。小堀さんの言うところによると、昭和天皇の誕生日だった4月29日を「みどりの日」という正体不明の祝日にしたのがまずおかしいというわけです。確かに昭和天皇の誕生日を国民みんなでお祝いしていたわけですから、崩御なされた後は「昭和節」だとか「昭和の日」という名前にすべきでしょう。

実際にそのように変えたほうがいいという運動が民間から起りました。その運動はその後に何人かの国会議員の支持が得られたので、いずれ「昭和の日」と改名されるかもしれません。そうすると、次に気になるのが11月3日の「文化の日」だと小堀さんは言っています。11月3日は、明治天皇が崩御された日なので。これも文化の日などというわけのわからない名前をやめて「明治の日」と改名すべきではないかというのです。

 本当の終戦日は昭和27年4月28日である

将来「昭和の日」になるであろう4月29日の1日前の4月28日は、いったい何の日でしょうか。ご存じ方はほとんどいないと思いますが、昭和27年4月28日は、サンフランシスコ平和条約の効力が発生した日です。サンフランシスコ平和条約は、昭和26年9月に締結され、昭和27年4月28日によりその効力が発生することになったのです。

この日こそ、アメリカ軍の占領状態が解かれた日なのです。つまり終戦により、日本はアメリカを中心とする連合国に占領され、その占領状態はサンフランシスコ平和条約が効力を発揮するまで続きました。日本は戦争が終ってすぐ元の状態に戻ったのではなく。7年弱のあいだ占領され続け、その間アメリカは日本に対して占領という軍事行動をとり続けていたということです。

ですから、日本が占領を解かれ、独立国家として主権を回復することができたのは。昭和27年4月28日のことであり、この日はいわば新生日本の独立記念日なのです。また、今は終戦の日というのは8月15日になっていますが、本来ならばこの4月28日をこそ終戦記念日としなければならないのではないでしょうか。

それでは、今終戦記念日としている8月15日とは、いったい何が行なわれた日なのでしょうか。天皇陛下が終戦の詔を発布された日かというと、そうではありません。天皇陛下が終戦の詔を渙発(詔を発布)されたのは、8月14日のことでした。ポツダム宣言の受諾を通告したのも8月14日のことです。

大本営が全軍に停戦命令を下達した日かというとそうでもありません。大本営が全軍に停戦命令を下達したのは、8月16日の午後4時のことです。では、降伏文書に調印した日でしょうか。それも違います。降伏文書に調印したのは9月2日のことでした。9月2日に、降伏文書に調印することによって、停戦協定が正式に成立したわけですから、8月15日は停戦協定が成立した日でもありません。

8月15日は、終戦の詔を昭和天皇が玉音放送され、全国民が拝聴した日なのです。当時のラジオ放送は状態が悪くてよく聞こえませんでした。そために地方によっては「頑張れ」ということだろうと聞き間違えて、万歳をしたところもあったそうです。

私たちの所でも、玉音放送はよく聞こえませんでした。それでも「ポツダム宣言を受諾する」というところは聞き取れました。私は当時は学生で、学徒勤労動員に駆り出されていました。。学徒勤労動員の仲間も、ポツダム宣言ということをよく知っていたので、玉音放送を聞くやいなや「負けた」ということがわかりました。

 占領後の精神的な追撃戦は実に巧妙であった

玉音放送について特筆すべきは、海外に出ていた兵隊さんも含めて600万人がピタリと戦争を止めたことです。誰一人抵抗する者もなく、ピタリと戦争を止めたということは実にすばらしいことです。あれだけの大戦争をやって、まだ十分に戦意が横溢していた軍人なども随分いたわけですが、天皇陛下のお言葉を聞くなり、すぐさま戦闘行為を停止した。そのようなことは、おそらく世界戦史に例がないのではないでしょうか。

そのことを「天皇は、確かに大きな力があるんだ」と私たちは素直に思いますが、最近はそれを逆手にとって、「そんなに力のある天皇なら、なぜ開戦を止めることができなかったのか」と持っていく人もいます。

玉音放送のあった昭和20年8月15日から、昭和27年4月28日までの6年8ヶ月間、日本は占領されていたわけですが、そのことに対する認識は当時も今もあまり明瞭ではありません。そのことが、戦後の日本のふがいなさを決定づけたのではないでょうか。というのも、その6年8ヶ月間、日本という国には抵抗力というものが著しく低下していたのです。

そのほとんど無抵抗な日本に、さながら追撃戦を仕掛けるように、戦勝国はさまざまなことを仕掛けてきたわけです。その代表が東京裁判です。その他にも日本国憲法採択の強制、教育勅語の廃止と無効の確認、教育基本法の制定、マスコミの検閲など、日本人の精神面に関する追撃戦に容赦はありませんでした。

しかもこれら一連の日本人への精神面への追撃は、実に巧妙にして卑劣きわまりないものでした。連合軍が強制的にやらせているにもかかわらず、あたかも日本人が自発的にやったかのように装わせたのです。そのため、あまり情報の入らなかった当時の日本人は、それらのことをみんな日本人が自発的にやったと信じ込みました。その思い違いは、今もかなりの部分で続いています。


『国思う故にわれあり』

…つまり
M34 1901 4/29 昭和天皇の誕生日


S20  8/06  広島に原爆投下
   8/09  長崎に原爆投下
   8/14 天皇が終戦の詔を発布し、ポツダム宣言を受諾した。
   8/15 天皇の玉音放送があった。
   8/16 大本営が全軍に停戦命令を出した。

S26.9月  サンフランシスコ平和条約が締結され
S27.4/28 その効力が発生した。この日に米軍の占領が終わり独立国家とな     った。従ってこの日を終戦記念日としなければならないというこ     とだナ。
  
  


2010年04月25日(日) 介護保険の帰結・家族崩壊

大声をあげながら義兄は私に殴りかかったのです。ズボンのポケットの中からナイフを取りだしました。スイスのアーミーナイフのようなものです。これを使われると流血の惨事になります。私は身長170センチですが義兄のほうは180センチあり、私よりも一回りも大きいのです。私は講道館に通って柔道二段の免除を持っていますが、柔道は他人を攻撃するためのものではありません。

ひたすら防戦一方で、何とかナイフを使わせないように、腕を抱え込み宥めすかして、腰を落ち着けて話ができる体制にまで持ち込みました。この格闘で私は左腕に一週間の打撲傷を追いました、もし、これがナイフを使って、私に血の流れるような傷を負わせていたのなら、救急車やパトカーの出動となって、彼は逮捕されていたのわけですが、身内の不祥事、隠そうとするのが家族の心情です。

ところがこれで高をくくって、その後も暴力に頼ろうとしたために、五十日後には、長女夫婦は結局パトカーで連行されるはめになります。それにしても、暴力の行使は卑怯で臆病であり、そのような手段に訴える人間は軽蔑せざるをえません、しかも、その狼藉をこともあろうに母の眼前で働いたのです。余りのことに憤慨したLおじさんがたまりかねて、「お母さんの前では止めなさい」と諭して別の部屋に誘導しました。

義兄は私のみならずE男にも食ってかかっていましたし、長妹もそれをじっと見ているだけでした。それはあたかも獰猛なドーベルマンをけしかけている飼い主のような風情で、血を分けた姉とはいえ、狂ったとしか思えない哀れな姿です。長姉夫婦は、母に「こんにちは」一つ言うでなく、母の病状を気遣う素振りすら見せませんでした。

これですべて明らかです、目的は金であって、母の介護ではないことを、皆の前で証明してしまったのです。それのみならず、義兄と私、それにE男とLおじさんとが別の部屋に移った後、長姉は、一人で母の面倒を見ていた私の妻を押しのけて、母の顔面ににじり寄り「何やってんの、あんたは!ここでせいぜいいい思いをするがよい!」と母を罵倒したのです。その人間性のかけらも見えない剣幕に母も妻も泣きだしてしまいました。

妻は必死に「お姉さん、お願いだからお母さんにそんなことをするのはやめてください」と泣きながら懇願します。そこには、鬼と化した醜い長女の姿があります。その一部始終を見ていた三女は決して驚きません。「またいつものように始まったわ、母ちゃんは何十年もこれに耐えてきたんだからね」とため息をつくのみです。

妻は「私は絶対に姉を許さないわ。よくも親に対してあんな言葉がかけられるわね」と憤慨していました。彼らは金を奪うという目的を遂げると、さっさと帰ろうとしましたので、私が「母ちゃんに、『さよなら』くらい言って帰ったらどうなのか」と注意したほどです。


母の心身の状況は時々変わります、調子が良い時に調査されれば、介護必要度の認定が低くなります。例えば第三段階(食事はできるが、トイレ、入浴は介護が必要)と認定されれば、17万〜18万円が保険から出ます。しかし調子が悪い時に調査されて、第四段階(食事、トイレなどいずれも介助が必要)と認定されれば給付額は21〜27万円となります。

調査員の質にもよりけりですが、とても万人を納得させうるような認定ができるとは思えません。家族にとっては、できるだけ重く認定してもらいたいので、わざと自分の親を寝たきりにさせてしまうかもしれません。それで、市町村による認定の格差が当然生じます。

同じ日本国民でありながら、住む地域によって、認定の「甘さ」が異なるとなれば介護移民をしてでも、より「甘い」地域に移らざるを得ないでしょう。認定に対しては不服の申し立てができますが、現実には手続きは簡単ではありませんし、時間もかかります。介護保険の先進国、ドイツですでにこのような問題が浮き彫りになっているのです。



『母むつきを当てるとき』


2010年04月22日(木) ソメイヨシノ

ソメイヨシノは日本中の桜の木の8割を占める。淡いピンクの花の咲いた木の下に立つと空を覆うばかりの雄大さがある。この木は田んぼ一面の稲の緑色と同じような不自然な美しさがある。ソメイヨシノは江戸時代末期につくられたという。ソメイヨシノはクローン植物で、コピーを繰り返してつくられた植物である。元をたどれば1本の木だった。

福岡、東京、青森のソメイヨシノの遺伝情報は全く同じものである。発祥の地は東京駒込で、植木の職人がオオシマザクラとエドヒガシという桜の木どうしをを受粉させた。十年後一番多くの花を咲かせた桜の木があった。これがソメイヨシノのルーツである。しかし桜には自家不和合性と呼ばれる性質があり、同じ樹の中で雄しべの花粉が雌しべに付いても実がならない。それでこの木を残すため接ぎ木で増やしていった。ソメイヨシノはクローン植物である。

土台のオオシマザクラに切り込みを入れ、そこに15センチぐらいに切ったソメイヨシノの枝を差し込み紐で結び付ける。すると自然と合体し、だんだん大きくなり1年ぐらいで150センチぐらい成長する。2年後には花が咲く。この苗木を戦後から昭和30年ごろにかけて全国に広げていった。今も受け継がれている。現在の全国のソメイヨシノは江戸時代の最初の一本の木のコピーである。

土台のオオシマザクラと接ぎ木したソメイヨシノは共存関係にある。木には他を拒絶する免疫系がないので、ソメイヨシノは葉を広げ光合成でできた養分をオオシマザクラに送る。

青森県の弘前公園には1500本のソメイヨシノがある。樹齢128年が最高齢ということだ。人工植物ゆえ手入れがいる。花見が終わったら根を掘り起こし肥料をを撒き、不要な枝は切るという作業が必要である。桜はリンゴと同じバラ科である。ソメイヨシノは個体に差がないので気象庁の桜前線の判定基準に採用されている。赤い八重桜はソメイヨシノが咲いた後、一斉にそろって咲く。咲き遅れた個体はない。


『全ては一本の木から始まった』


2010年04月19日(月) ガンを救う驚異

著しく発達した現代医学と優秀な現代医学者が、膨大なお金と労力を費やしながら、ガン研究に取り組んでいるにもかかわらず、ガン死が急増している現実。『医者が末期ガンになってわかったこと』のベストセラーを著わわされた岩田博士は、ご自分の専門の脳腫瘍で亡くなられましたが、がんの専門医がガンで死ぬということもよく聞きます。こう考えると肉(器官)でおきた末梢の現象であるガン種をいくら研究しても、抹殺してもムダであり、肉を取っている血液について、また血液のもとになっている食物の重要性について現代医学は気づかねばならない時期に来ているのではないでしょうか。

欧米食は過食の傾向を助長する食べ物ということもいえるわけです。また、肉、卵、殺菌牛乳などの欧米食は動物の一部、又は生命のない食べ物であり、無精白の玄米、玄麦、などいずれもまけば芽が出る生命のある食べ物であり、野菜、果物、豆類、新鮮な魚介類などは直前まで生きており、生命のある食べ物ということができます。生命があるということはタンパク質、脂肪、糖、ビタミン、ミネラル、酵素などすべての栄養素や有機物質のバランスが最高の状態で保たれているということです。

アメリカの国立ガン研究所が、「ガン予防」の効力の大きい物を、特に野菜や果物や薬草茶に限ってピラミッド上に並べたものがデザイン・フードです。ここではこれまでに「健康に良い」として民間療法で根強い人気を持つガーリック、キャベツ、大豆、ショウガ、ニンジン、セロリなどに抗がん効果が甚大という結果が化学的に下されています。

こうしたガン抑制物質は、血液の汚れをきれいにする物質といえるわけです。ガンの抑制が期待される物質の中でもカロチンは、自然に最も多く分布する色素群で、600種以上も存在しています。中でも特にジンジンなどに多くい含まれているベータカロチンは、その強力な抗酸化作用で「がんを予防する」と宣伝され、一躍有名になりました。

ガンにおかされてからの私の食事療法
� .縫鵐献鵝Ε螢鵐乾献紂璽垢鯆�にコップ1杯
�⊆膺�は玄米に小豆
�L邵變爐鬚燭�さん摂る
�ぅぅ睥燹淵汽張泪ぅ癲縫�ボチャなどを毎日摂る
�タ∧�性たんぱく質(豆腐、豆類)を欠かさず
�Ε轡腑Ε�湯を毎日寝る前に
�У�貝類
�┐�茶(コーヒーは飲まない)
��禁酒
��甘いものは食べない(蜂蜜は摂る)
��牛乳、バタ−類も摂らない。ガンを防ぎ、治すには何回も述べたように「血液をきれいにする」こと以外にないわけです。

すべての発ガン物質は活性酸素に姿を変えて発がんを促すということになるのです。よって、活性酸素除去剤であるビタミンA,C,Eはガン予防のビタミンということになるわけです。ビタミンA,C,Eを含んだ食べ物として、米国科学アカデミーは「ニンジン」をいの一番にあげています。以来ニンジンジュースブームが起こりましたが、ヨーロッパでは100年以上も前から、ガンの治療にニンジン、リンゴで作ったジュースが用いられていました。

黒ゴマは昔から滋養強壮、不老長寿の食べ物として重宝されてきました。必須アミノ酸が存分に含まれたタンパク質、リノール酸やリノレン酸などの不飽和脂肪酸、カルシウム、鉄、ビタミンBなど豊富な微量栄養素が血液を浄化し、体の細胞に活力を与えてくれるのです。また、セサミにノールというガン抑制物質を含んでいることも知られています。黒くて硬くて小さい黒ゴマは、陽性食品であるゆえ、一面「冷え」の病気であるガンの予防・治療には格好の健康食品となるのです。

血液を増やし、温める食品であるニンジンは、健康を増進する強力な力を有していることになるのです。欧米の自然療法医が絶賛する万病の妙薬がニンジンですが、その理由として人体が必要とするビタミンやミネラルの殆どすべてをニンジンは含有し、栄養的にも最もバランスのとれた野菜であることを上げています。アメリカの自然療法学者W・ウォーカー博士は「ニンジンジュースは潰瘍とガンをいやす世紀の奇跡である」といい切るほどで、米国科学アカデミーも「ガン予防」の食べ物としてニンジンをいの一番にあげています。

世界一の長寿国・コーカサス地方の長寿者たちが、毎日ふんだんに食べる食べ物がヨーグルトやチーズなどの発酵食品です。コーカサスに近い黒海沿岸のオデッサ大学で研究していたノーベル賞受賞者のメチェニコフは、「腸内で食物が腐敗してアンモニア、アミンなどの中毒物質が生ずること、つまり自家中毒こそ、万病の原因であり老化の原因である」とし「コーカサスの人々が健康長寿であるのは、多色摺るヨーグルトやチーズが腸内環境を欲しえいるからだと述べています。

欧米人にとって、整腸食品がチーズやヨーグルトなら、日本人にとっての発酵整腸食品はみそ、納豆、漬物、梅干しです。国立ガンセンターの疫病部長であった故・平山博士は「毎日みそ汁を飲む人たちが、全く飲まない人達よりも胃がん発生率が極端に少なかった」という結論を得ています。これは大豆中のダイゼインやゲニスタインなどの抗ガン物質が胃がんの発生を防止するという面と、発酵保存食品としての効能が早期に働いた結果と思われます

いつでもどこでも誰にでもできる運動は散歩です。人現の体熱の40%近くは筋肉で生産されていますし、人間の筋肉の70〜80%は腰より下に存在するわけですから、歩くことで運動の恩恵に浴することができるわけです。厚生省でも、一日1万歩を歩けば、動脈硬化を予防する善玉コレステロール(HDL)が増加することを明らかにしています。

十分な運動の効果を得るためには、一日一万歩を目指していたできたい。日常生活で約5000歩くらいは歩いているので、残るは5000メートルです。1分間に80メートル(時速4.8キロメートル)ぐらいが一番健康にいいとされるので、朝夕、20〜30分歩けば事足りるということになります。歩けばガン予防、再発予防につながり、これほど簡単で安上がりな健康法はないでしょう。



『ガンは血液で治る』


2010年04月17日(土) 腕だけじゃダメ

俺のことを職人の代表みたいに言う人がいるけど、実はそうじゃねえんだよ。典型的な職人ってのは、ものを言わない、人づきあいもしないでただただ自分の腕を磨いて、いいモノをつくることで満足しているもんなんだ。昔はそんな職人ばっかりだったし、今だって少なくないよ。でも俺はそうじゃない。自分から人の中に入っていくし、しゃべりだって自身がある。うちの社員なんか、「しゃべりすぎじゃないか」って心配するほどだよ。

俺はいつも言ってやるんだ。「お前らがしゃべらなくて俺までしゃべらなかったらどうすんだよ。仕事なんか来やしねえぞ。このヤロウ!」仕事を成功せさせたいんだったら、しゃべらなきゃダメだよ。技術の説明一つするんだって下手なしゃべりじゃまどろっこしくて聞いてられない。相手に合わせてポイントをかいつまんで、ちゃちゃっと説明するから「こいつは使える!」ってことになるんだよ。

人付き合いをうまくこなせないようじゃ、信用だってしてもらえないし、かわいがってももらえないね、「あいつを呼んでも、タダいるだけでろくに話もしないし、もう呼ぶ意味がないな」ってことになったら情報交換だってできなくなる。方々から声がかかることが大切なんだ。

俺はいろんな会社から、「こんな製品をつくったから、こんな設備を入れたから見にきなよ」なんて声をかけてもらえる。行って見てると勉強になるんだ。すぐ役に立つってもんじゃないけど何年か後に仕事をしていて「おっ、あの時見た技術がここで使えるんじゃないか」ってことがよくあるんだよ。自分の仕事場にデンと構えてるだけじゃ。発想もアイデアも頭打ちになっちまううだろ?

新しい技術を開発するにも、時代に即応して儲けるにも、なんてたって情報だよ。それもメーカーが持っている最新の情報を知らなきゃいけない。メーカーの人たちは、いつも5年先、10年先を見ている、時代の流れが早いってことを肌で感じているからね。その未来を見越して、製品の企画やなんかをいろいろと考えるわけだ。

だけど、実際に製品化するとなると、新しい技術が必要になってくるんだよ。そこで、「岡野さんのところで、こんな技術を開発できないか」「この部分が作れると、製品化に大きく前進するんだけど、何とかならない?」なんて話が出て来るんだ。こんなおいしい情報はないね。こっちがそれなりのものを開発すれば、絶対に需要があるってことがわかっているんだからさ。

はっきり言えば、「どうぞ、儲けてください」って情報だよ。人と話すのはめんどくさい、人づきあいは煩わしいなんて言ってたら、いい情報は入って来ないし、成功なんてどっかに行っちまうよ。成功するには、しゃべって、人と付き合って、先端情報を取りこぼさない、「世渡り力」を鍛えるしかないんだ。

人間一寸先はヤミ、いつ左前になるかわからねえし、そうなったら別荘や愛人はステイタスから一点、手足足枷になっちまう。別荘なんか維持できないし、カネ回りが悪くなりゃ愛人ともめるのは必至。金の苦労に気苦労が重なって身動きできなくなるんだよ。

いくらお金を持っていても、身の回りにはできるだけ余計なものをくっつけないで、シンプルにしとくのが、生きたいように生きるコツだってことを教えてくれたんだって気がするね。助言を守ったおかげで、今のおれがあるんだって思うよ。

世渡り力ってのは、こすっからく生きて行く、安っぽい手練手管なんかじゃないぞ。人間の機微を知り、義理人情をわきまえ、人様にかわいがられて、引き上げられてもらいながら、自分を最大限に活かしていく“総合力”なんだよ。


『人生は勉強より世渡り力だ』


2010年04月16日(金) 白衣を着た犯罪者(2)

歯科医に行って、超音波スケーラーで歯石を取ります。と言われたら、『ハンドスケーラーではできないんですか?』と質問すればよい。ハンドスケーラーは先に短い針金状のものが付いていて、それで歯石を取る器具である。電動式ではない。二十年ぐらい前はそれでやっていた歯科医もいた。それでも超音波スケーラーを使うと言えば、以前も使われて歯がガタガタになった。と言えばもう歯科医は使えない。

ちなみに区役所の健康課「医薬務係」は、患者の苦情を聞くセクションである。そこに微細漏らさず事細かに説明するのである。超音波スケーラーで歯ぐきを切られ、一週間もしないうちに噛む力が半分ぐらいになった。やがて歯が抜けるかもしれない、とでもいえばよい。

医薬務係は歯科医に対し、苦情の電話があったのだがと説明を求める。歯科医は医薬務係に、なぜそれを使ったのかを説明をしなければならない。ある歯科医院に対して、苦情の電話が何度もあれば、その歯科医院は”問題あり”ということになりダメージを受けることは歯科医もわかっているだろう。

歯がガタガタになってから、裁判を起こそうにもセカンドオピニオンにはどこの歯科医もなってくれないようだ。この超音波スケーラーは歯の治療の闇の部分である。歯を守るには自己防衛するしかない。歯科医は余っている。他の歯科医に行けばよい。

私の友人は、超音波スケーラーを拒否して治療してもらったとのことだ。歯科医もお客様は大事だし、医者と患者の会話は他の患者にも聞こえる。変な評判を立てられたら歯科医のほうが困るだろう。


2010年04月15日(木) 源氏物語

日本文学がこの十作品の中に入ることを意外に思う人がいるかもしれないが、入れなければ話にならないのである。そのぐらい「源氏物語」は偉大な物語なのだ。まず、ざっと千年ほど前に書かれたものなのに、信じられないくらいの完成度である。決して神秘的だったり民話的だたりするのではなく、登場人物の心の動き、その描写は近代の小説に全く引けを取らないのだ。

どうして千年も前にこれが書けたのかと思うと奇跡だとしか思えない。そのころのヨーロッパなんてロクな文学作品がないんだから。そして、そういう感想は決して日本人だけの、自国贔屓から出ているのではない。最近悲しいことに亡くなられたサイデンステッカー氏が英語に翻訳して世界に紹介して以来、世界中の文学者がこの物語りに圧倒されているのだ。二十世紀のプルーストと並ぶくらいの作家だと、本気で言っているのである。

あら筋を紹介することが非常に難しい。俗に言えば、平安時代の色好みの貴族が、恋の遍歴を重ね、権力の座から落ちたり、また昇り詰めたりして一生を送る物語である。でもその説明では何もわからないから、もう少し詳しく語ろう。時の帝が、桐壺と言う部屋を与えられている身分の高くない愛妾をとりわけ大切にし、美しい男の子が生まれ、その子は光る君と呼ばれる。桐壺(部屋の名でその女性をあらわす)は、人々に妬まれて、それが原因で死んでしまう。

光る君は帝の子ではあるが、母の身分が低いので親王にはならず、臣下になって源氏の姓をもらう。だから光源氏だ。光源氏は母恋しの男である。十代後半になるともう恋に夢中であちこちに女性を訪ねる生活になるが、それは当時の貴族として珍しいことではない。殿上人は恋が仕事、みたいな風だったのだ。

帝は桐壺にそっくりだという女性、藤壺を入内させる(新しい妻にしたということ)ところが、桐壺にそっくりだということは、わが母にそっくりだということだと、源氏はひたすら憧れ、恋焦がれる。そしてとうとう関係してしまうのだ。(父の妻に手を出したってこと)そして藤壺は帝の子だと偽って、実は源氏の子を産む。一方、源氏は藤壺の姪にあたる(つまりは母そっくりの)少女を見つけ、その子を幼い時から世話して育てる・それが紫の上だ。

ところで、光源氏には左大臣からからもらった正妻、葵がいる。年上でどうもしっくりこない妻だ。その葵は光源氏の愛人で、プライドの高い六条御息所の嫉妬で、男の子を生むと同時に呪い殺されてしまう。そしてその後は紫の上が正妻のようになっている。でも恋人は無数にいる光源氏だった。そしてついに右大臣家(敵対関係)の娘で、次の帝(源氏の兄)の愛妾である女性につい手を出してバレる。それが原因で失脚し、須磨・明石に流される。

でもやがて復権し、かなり初老になってから、帝の娘、女三宮を正妻として授けられる。紫の上は自分の立場が弱くなったと苦しむ。ところがここで、女三宮に惚れきっている柏木という男が、ついにその人と密通。そして表向きには光源氏の子として、男の子が生まれる。すべてを知った光源氏は、自分がかって犯した罪と同じことが我が身に振りかかったのだと思い、無常を感じる。

やがて光源氏は死ぬが、そのあと、女三宮が産んだ薫を主人公とする第三部があるのだ、何というものすごい物語であろうか。こんな物語が、見事な筆致で描きだされているのだ。ここには書ききれなかった恋人たちとの、恋の一つ一つがどれも面白い。見事に性格が書き分けられているのだ。


『早わかり世界の文学』


2010年04月12日(月) 電磁波の影響

●現代社会の闇は電磁波が犯人?
電気製品から漏れ出る電磁波が与える影響について、今一度触れておきたい。電子レンジに関しては、毎日至近距離で長時間利用し続ける人はほとんどいないはずなので、電磁波による悪影響はそれほど気にするレベルではないと言えるだろう。むしろ、他の電気製品から漏れ出る電磁波の方が問題である。一昔前、テレビから漏れ出る電磁波が人体に及ぼす影響が問題視されると、できるだけテレビから離れて見ることが推奨された。

1960年代、放射線が植物に与える影響を調べたジョン・ナッシュ・オット氏は、テレビから漏れ出る放射線が植物の成長に甚大な影響を与えることを確認した。、また、ネズミを対象にして行なった実験では、テレビから漏れ出る放射線を浴びたネズミは次第に攻撃的と成り、その後無気力と化し、ついには動けなくなってしまうことが判明した。さらに、ガン患者15人に、テレビなどの電子機器を全く利用せず、室内証明も避けて、毎日外に出て日光を浴びるような生活をしてもらったところ、14人の患者のがんの進行が止まったという。

テレビから漏れ出る電磁波が少なくなるように改良された点もあり、現在我々の日常生活での最大の問題はパソコンと携帯電話である。極めて至近距離で毎日長時間利用する人が急増しているというのに、離れて利用するよう注意を促さないのはなぜなのか。当然のことだが、パソコンも携帯電話も至近距離での利用を前提としている。消費者に離れて利用するよう警告してしまえば、そもそも商品の存在価値が問われることになり、メーカー側だけでなく、ネット社会に依存した我々のライフスタイルにも深刻な影響が出る可能性は明らかである。ひょっとすると、そのような事情もあるのかもしれない。

現在、我々の社会が直面している精神の腐敗現象は年齢に関わらず、幅広く発生している。政治やマスコミの質が低下したことも無視できないが、電磁波に長時間さらされると、人は攻撃的に(切れやすくなり)なり無気力(引きこもりがち)となり、ついには病気になってしまうことは、今から40年も前に行なわれたオット氏のネズミによる実験でわかっていたことなのだ。我々が自然から離れた生活を進めてきた背景を振り返れば、当然の結果ではあるのだが、改めて自己のライフスタイルを見直す必要があるだろう。


『超不都合な科学的真実』


2010年04月10日(土) 南京大虐殺はなかった

そもそも、南京で大虐殺があったと言ったのは、南京地区の委員で、赤十字の委員長でもあったマギーという牧師でした。彼はそのことで東京裁判に証人として出廷しているのですが、その時大虐殺の証言をしました。しかしアメリカ人弁護士による反対尋問で「あなた自身が、その目で実際に見たのは何人か」と尋ねられ「一人です」と正直に答えています。

それが、いつのまにか「何万人も虐殺された」「何十万人も虐殺された」ということになったわけですが、何十万人となると当時の南京の総人口よりも多いことになります。それにそれほどまでに大量の人が本当に死んだのならば、死体の処理だけでも大変な作業量になります。まごまごしていると死体は腐乱しますから、疫病の発生も避けられないでしょう。しかし当時の南京では疫病の発生はありませんでした。

市民に対する南京大虐殺などというものは、全くなかったのです。南京大虐殺の証拠だという写真や資料などを、私は長年にわたってずっと見てきましたが、本物は一つもありませんでした。それにもかかわらず、平和の名をかたり、公費でもって「南京大虐殺」を展示するなど、正気の沙汰ではありません。このようなことは日本のためにも、日本の子供もためにも何としてでも止めていただけなければなりません。

また、すでに建てられてしまった大阪国際平和センターにしろ、これから建てられる東京都平和記念館にしろ、公費でもってこのように異様なものが建てられるということの背景には、最近の政治家のあまりにも軽々しい「謝罪」があるのではないでしょうか。日本の政治家たち、とりわけ幹事長や大臣などには、十分反省してもらわねばなりません。

南京大虐殺はなかったが、東京大虐殺はあった。

市民に対する南京大虐殺というものはありませんでしたが、市民に対する東京大虐殺というものはありました。終戦の年の3月10日、たった2時間半の爆撃で十万人以上もの民間人が殺されたのは、まぎれもない事実です。そのことについて藤岡信勝さんから興味深い話しをききました。ある自衛官がその時の被害状況を調査しアメリカ軍の作戦を推測したというのです。

その推測によると、アメリカ軍はまず最初に東京の下町地区に西日暮里、四ッ木橋、永代橋、葛西橋というように4つの目標を設定しました。そして4つの目標に焼夷弾を落としました。そうすると東京の下町に東西5キロ、南北6キロの火の壁ができ、その火の壁に閉じ込められた住民はもう外へ逃げられなくなります。そこにB29を飛ばして1平方メートルに3発の「じゅうたん爆撃」を行なえば、火の壁に閉じ込められた人間はすべて殺せるというわけです。

アメリカ軍は実際にそのような計画を立て実行に移したに違いありません、そしてその「輝かしい戦果」がたった二時間半の爆撃による10万人余の民間人の殺戮であったわけです。

アメリカ側は、この非戦闘員に対する無差別大量殺戮を正当化するために、日本の軍需工場というのは、デトロイトなどの自動車工場のイメージとはかけ離れていることを強調しました。日本の軍需工場は下請け、孫請けというようになっていて、最期は小さな家内工業になるので、民間人の家もまた軍需工場なのだと、屁理屈を言ったわけです。その理屈からすると、日本人には民間人とか非戦闘員など一人も存在しないということになります。実際にそのようなことを平気で言ってのけて、この明らかな戦争犯罪を正当化していしまったのです。

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ビビンスキー議員の謝罪と賠償を求める決議のおかしい第二の理由は、それではアメリカの広島と長崎に対する原爆投下はどうなるのか、東京大空襲、各主要都市の空襲はどうなるのかということです、そのことについては何も触れていないばかりか、日本軍の犯した残虐行為に対して、決議文で次のようなことを述べています。

「この残虐行為はナチス・ドイツの行なったホロコースト、ユダヤ人大虐殺と同じである。ドイツは謝罪して十分な賠償をしているのに、日本がしてないのはけしからん」これは実に無知もはなはだしい言い分です。ドイツのナチスは政策として、またイデオロギーとしてユダヤ人の大量虐殺を行なったのです。そのナチスドイツと日本とはどのように考えても一緒にはなりません。

国家意思として、まら政策として非戦闘員の大量虐殺をあえて断行したのは、アメリカの方です、ナチス・ドイツのホロコーストに匹敵するのは日本ではなくアメリカなのです。アメリカの原爆投下、東京大空襲こそが人道的にも裁かれなければならない第一級の戦争犯罪です。しかも民族丸ごとの抹殺であるジェノサイドというのは白人の得意技です。アフリカ、南アメリカ、北アメリカ、オーストラリアと世界各地で白人はまるでキツネ狩りでもするようにジェノサイドを行なってきました。

アメリカ人のなかでも心ある人たちはだんだんそのことに気付き出してきました。とくに原爆を投下した時には、アメリカ人はユダヤ人を皆殺しにしようとしたナチス・ドイツと同じような心情を感じたに違いありません。そこで、後にいたたまれなくなった彼らは、自らの罪の意識をごまかすためのフィクションが必要となったのです。そのフィクションこそが、日本は「アメリカの原爆投下以上に悪いことをしたのだ」ということだったのです。

この問題がさらに厄介になったのは、そのアメリカの描いたフィクションに、日本のマスコミが乗ってしまったからでした。日本のマスコミが乗ることにより、「進歩的知識人」などという社会主義思想にマインド・コントロールされた人たちも左翼的なマスコミと同じようなことを言い始め、若い人たちがその影響を受けてしまったのです。

そうした風潮に便乗する政治たちが現れ、「謝罪」することはよいことだと言わんばかりに根拠もないまま「謝罪」するというミスを繰り返したのです。日本政府の見解として、当時の石原信雄官房副長官が、「政府としては、手を尽くして調べたが、政府及び軍が直接手を下して慰安婦を強制連行した例はまだ見つかったいない」と発表しているにもかかわらず、とにかく「謝罪」してしまったほうがいいということで「謝罪」してしまうというようなこともありました。

長崎市長だった人が、何を血迷ったのか、「原爆を落とされたのは、日本が悪かったからだ」などと発言することもありました。それだけならば、その市長を更迭するのなどすればいいわけですが、驚いたことにその市長の発言に対して、広島の人たちも、長崎の人たちもほとんど抗議らしい抗議をしませんでした。そういう姿勢が世界からつけ込まれ、簡単にいく話も簡単にいかなくなる原因になっているのです。

日本の今後の外交のためにも、日本の政治家たちはしっかりとした歴史認識と信念とを持ち世界に対してもっと毅然としていただきたい。日本が最初から毅然とした態度を取っていれば、戦争に関することがこれほど複雑で収拾のつかないものにはならなかったはずです。アメリカのビビンスキー議員たちの決議は無知から出たものですが、そのような決議がなされる背景には日本にも責任があると言わねばなりません。

国として「謝罪」するということを、細川首相以来いかにも軽く考えていたからです。「もめた時には、とにかく謝ればいい」というような、隣近所のケンカのようなつもりで根拠もなく「謝罪」したことが、日米両国で今日のような混乱をつくり出したといってもよいでしょう。


『国思う故にわれあり』


2010年04月08日(木) 悪徳歯科医がはびこる

また、私の友人が電話で怒っていた。それは今治療中の男の歯科医のことである。女性の助手が超音波スケーラーで『歯石を取ります』と言うので友人は、それを使うからこんなに歯がガタガタになった、と言って断ったらしい。しかし、次の週の治療の時、友人は歯科医になぜこんなに歯が悪くなったのか聞いたところ、『歯磨きをしないからです』と答えたらしい。

友人はその歯科医に、以前治療してもらった女性の歯科医がスケーラーで歯ぐきを切ったからこんなに悪くなったのだと言い、損害賠償を請求しようと弁護士に相談したことを歯科医に話した。そして弁護士は今治療してもらっている先生の診断書に超音波スケーラーが原因である、と書いてあれば裁判に勝てる、と言われたと話したそうだ。

すると歯科医は急に興奮し『これは歯磨きをしっかりしなかったからです』と声を震わせて言い放ったと言う。もし友人が的外れなことを言ったのなら歯科医は「何を言ってるんですかー」と一笑に付したはずである。友人は毎朝と夜寝る前に歯磨きはしているという。

友人は『スケーラーを使われると歯ぐきがしみるように痛いが、これは歯ぐきを切っているのではないかですか?』と丁寧に言うと歯科医は『スーケーラーを使えば痛いです』と開き直った。友人はこいつはもう信頼できないと判断し、今回の治療が終わったら二度と行かないと言っている。歯ぐきが傷つくと歯を支えている歯槽骨という小さい骨も消えてしまい、歯が抜けてしまう。

超音波スケーラーを使う歯科医は二度と行ってはいけない、というのは私も同感である。いずれ全部の歯が抜け落ちるだろう。超音波スケーラーを使われて4〜5日すると噛む力が以前の半分ぐらいに弱くなったのを実感する人は多いと思う。

歯科医は医師と違って社会的な責任がないので、こういうデタラメな歯科医が多いようである。医師になれなかった頭の持ち主が多いというのも頷ける。私は友人に次に行く歯科医には今回のいきさつを前もって話し、先制パンチを浴びせなければならないと話した。こういうごく一部の倫理観のない歯科医が多いのが困る。

信頼できる歯科医は超音波スケーラーではなく、ただの金属の棒であるスケーラーを使う。これもネットで写真を見ることができる。歯周病(歯槽膿漏)よりもこういう歯科医のために歯を失う人が多いのではないかと思うのである。「歯科医療110番」という、歯科治療の苦情を電話で受け付ける組織もあるらしい。ネットで探すのだメールで相談するだけのようである。誰か教えてくれませんか?


2010年04月06日(火) 田中角栄

●田中角栄に見る官僚操作術
戦後、官僚組織に敢然と立ち向かった総理大臣といえば田中角栄をおいて他にない。官僚組織を上手に利用したと表現したほうがより正確だろう。田中は、吉田、池田、佐藤と繋がる官僚政治家が形成する保守本流内閣とは一線を画した首相として登場した。田中の前を務めた佐藤栄作は後継者に同じく官僚政治家の福田赳夫を構想していた。しかし派閥の力で上回る田中が首相の座を射止めた。だから余計に官僚の操作術を身につけておかなければ生き残ることはできないと考えていた節がある。

首相に上り詰めるまでに郵政大臣、通産大臣、大蔵大臣を歴任しているが、この間、将来局長、次官へと出世しそうな若手の有能官僚を徹底的に優遇している。常に相談相手として招き、大臣とは思えないほどの低調さで彼らのレクチャーを受けた。また、彼らの昇格にも尽力した。こうして田中は首相になる以前に郵政、通産、大蔵という3大省庁の官僚を自分の味方につけることに成功した。

そして1972年(昭和47)内閣総理大臣に就任する。ここで田中が取った手段はかって吉田茂が行なったように官僚を積極的に政治家に仕立て上げ、彼らを通して官僚機構を支配したことだ。当時警察庁長官だった後藤田正晴はその代表選手で、後に田中派の大番頭として辣腕をふるうことになる。また建設族を中心とした族議員を誕生させ、彼らを通して官庁との結びつきを深めることにも成功している。

この手法は派閥を超え大平、中曽根、竹下らに引き継がれた。その一方で政治家として官僚を抑えつける術も知っていた。腹心の後藤田を官僚の総元締め、内閣官房副長官に据えたのもその一つの現れだ。さらに困らせもした。「政治は力なり。力は数なり。数はカネなり」これは田中の言葉だが、カネを集めるため財界と結託。日本列島改造論と称したプランで様々な公共事業費を予算に組み込んだ。

その強引な手口はさすがに官僚をも慌てさせ、ついに「現行法ではその予算を法制化することは難しいです」と官僚に言わしめるほどたったという。ところが田中は平然と「それでは法律を変えればいいじゃないか」と言い放った。やがて金権スキャンダルでその座を追われたが、政界から引退しても金と数をバックに隠然たる影響力を保持し続け、その遺産は金丸信、竹下登引き継がれた。

しかし、官僚を上手に使いこなすという点では両人とも田中の足元にも及ばない。竹下は「日本の官僚機構は世界に冠たる組織だ。ただし縄張り争いがなければの話だが」と発言し、もっぱら政治家と官僚の間の調整役に徹した。


『日本官僚史』


2010年04月05日(月) がんワクチン

●特有の「ペプチド」で免疫力を活性化
「肝臓の腫瘍が消失」「骨転移が縮小」ワクチンは末期患者「6割に効果」

手術、放射線、抗がん剤という三つの治療法に加えて、「第4のがん治療」として注目されているのが「がんワクチン」を中心とする免疫療法だ。他に治療法のなくなった進行がん患者への一筋の光明として、さらにはがん予防、再発予防としても期待されている。この分野の第一人者の一人が、国立がんセンター東病院(千葉市柏市)の臨床開発センターがん治療開発部機能再生室室長である中面哲也氏だ。

中面氏は進行性のがん患者に、「がんペプチドワクチン」を実際に投与して、安全性や有効性の臨床実験を行なっている。「がんペプチドワクチン」とは一体どういうものなのか。中面氏が説明する「人間のほとんどの細胞には”ペプチド”と呼ばれる小さなタンパク質の断片が乗っています。私は熊本大学に在籍していた01年当時、東大医科学研究所の中村祐輔教授らのデータから、肝がん患者のガン細胞に”グリピカン3”と呼ばれる特有のたんぱく質に由来するペプチドが発現しているのを発見しました。

このグリピカン3を目印にして、肝がん細胞を攻撃することはできないか、と考えたのです。がん患者の体内では、何らかの原因で免疫が機能せず、がん細胞を増殖成長させてしまっている。そこでグリピカン3由来のペプチドを患者の体内に投与すれば、それを異物として認識して、もう一度本来の免疫機能が働き、ガン細胞を攻撃するようになるのでは、と研究を重ねました」

いわばインフルエンザウィルス由来のワクチンを体内に注射して免疫を作り、インフルエンザの発症を抑えるように、がんを退治してしまおうというわけだ、その後、国立がんセンター東病院に勤務し始めた中面氏は、07年2月〜09年11月まで、グリピカン3由来の人口ぺプチドワクチンによる、臨床実験を実施した。この試験は、ワクチンの安全性や免疫学的な有効性、臨床効果を調査するために行われた。

参加した患者は、42〜77才までの進行がん患者30人(男性25人・女性5人)。平均年齢は68歳。肝臓内にのみがんが発症している患者は12人、残りの18人には他部位への転移が認められた。

「ほとんどの患者が、末期がんで通常治療が不可能と主治医から判断された人たちでした。わらをもつかむ思いで試験に参加した方も数多くいらっしゃいました」ワクチンは、2週間に1度、計3回、脇の下への皮下注射で投与された。そして2ヵ月後、検査によって判明したワクチン投与の結果の成果は驚愕すべきものだった。

●「新薬承認ラッシュ」は2〜3年後?

30人のうち約6割の患者に、がんの成長や拡大の抑制が認められたのだ。また免疫力が活性化している証拠として、ペプチドの投与量に比例してキラーT細胞の増加も確認された。特に効果が顕著だったのは、75歳の女性患者のケースで、肝臓以外にも骨転移、肺転移、リンパ節転移があった深刻な病状だった。しかし試験後肝臓からは1.4センチ大の腫瘍が2つとも消えてなくなった。さらに、鎖骨下に骨転移していたがんは半分にまで縮小したという。

また別の3人の肝がん患者についても、がん細胞の壊死が確認できた。壊死した部分には、キラーT細胞ががん組織の半分を占めるほど入り込んでいた。またこれほどの効果が上がったにもかかわらず、副作用は2人の患者に一時的に発熱が見られたことと、すべての患者の注射部位に一過性の痛みや発疹があったことだけだったという。

現在中面氏はこの夏に向け「根治的治療後の再発予防」を目指した臨床試験を準備中である。今後は医薬承認に向けた治療にもっていきたいが、それは製薬会社の参画が不可欠だという。「ワクチンができれば価格は1か月で数万円台におさまるのではないか。現在、肝がんだけでなく、各がんに対応したペプチドワクチンが研究されています。今後研究が進めば、広範ながんに適応したワクチンの開発も可能となるのではないでしょうか」(中面氏)

中面氏のいう通り、薬品メーカーはそれぞれ動き始めている。神奈川県のがん治療法開発ベンチャーであるオンコセラピー・サイエンス社は、昨年1月から進行すい臓がん患者150人を対象にしたペプチドワクチンの臨床試験が進行中である。今後できるだけ早い承認申請を目指すという。塩野義製薬では、前出・オンコセラピー・サイエンス社からすい臓がんペプチドワクチンの開発・製造・販売のライセンスを取得。昨年12月から臨床試験を開始し、こちらは2〜3年後までの新薬承認を目標に据えている。

副作用が少ないというメリットに加え、がん予防への応用も視野に入れているという「ワクチン療法」の進歩は目覚ましい。臨床試験が実を結び、ワクチン承認ラッシュとなる頃には、がんという病気の印象が、現在とは全く変わってしまっているかもしれない。



『週刊ポスト』4.9


加藤  |MAIL