永久という名の瞬間
2004年07月30日(金) 何はなくても休息を

 頭がちゃんと動かなくても許される状態は大好きだ。
 大抵、回路がストップするいうのは使いすぎの状態であって、頭をそれ以上に使うことを求められているので非常にこまることが多いのだけれど。
 今は、たとえ何も考えなくても生きていけるので幸せ。


 寝られるとき寝て、眠れるだけ寝よう。

 脳から解放されると、こんなにも幸せ。
 つかの間の幸せ。

2004年07月29日(木) クレタ人は嘘つきだ

 「本当のことは何ひとつ言わない」 
 さて、この言葉は本当か、それとも嘘か?

こういうお遊び、大好き。

2004年07月28日(水) 未来のことを話したって

 何にも問題はない。
 ただ高校時代に戻るようなものだ。
 朝起きて、ご飯を食べて、オフィスに行って、働いて、帰って、寝る。
 数式で表せるくらい単純な人生を歩むくらいなら、私にでもできるだろう。
 毎日機械になりたいと願いながら、心が邪魔だと思いながら生きるのは、意外と上手だからね、私。
 

 母は私を公務員にしたいみたい。
 すくなくとも、『食っていける』から。
 
 公務員を馬鹿にするわけじゃないけれど。
 私は・・・毎日ひたすら淡々と事務をして、それのプロフェッショナルになるために日々勉強し、年をとるまで生きていくんだろうか?
 そんなことするくらいなら、いっそ、と思う。
「望むように物事が進まなくても、塞翁が馬になるもんだよ」
 父はそういう。
 たしかに私が望むことは、ただの我侭。一生勉強したいとか。学者になるために、留学したいとか。
「金を稼げるようになってから、自分で勉強してくれ」
 それは正論。
 だけどね。
 

 友達に「私、働くって無理だと思う」といったら、
「そんな感じがする」とすげなく返された。
 なぜか、嬉しいと思った。

 もうスグテストも終了する。

2004年07月23日(金) 夜来誰かの声

 なんだか最近、眠ろうと努力している最中に、後頭部から見知らぬ他人の声が響くので、ちょっと気鬱。びっくりして起きてしまうので、邪魔なのです。
 誰かに八つ当たりしたい気分になって、隣に寝ている両親に
「変な声が聞こえる!」
と訴え、驚かしてやろうかとおもうのですが、その後のことを考えるとめんどうくさそうで、やめます。

 気にしないのが一番。
 気にしだしたら、それは未来の私の判断に任せましょう。

 あと試験も残り2個、レポートもひとつに減りました。
 どっこい生きています。

2004年07月21日(水) 愛する音楽

 ロミオとジュリエット

 幼い頃、母がピアノで弾いていた。
 彼女は高校時代に同級生が耳コピで覚えたものを教えてもらったそうで、今思えば適当な伴奏だった。しかし私はその旋律が大好きで、母のへたくそなピアノを耳をすまして聞いたものだった。

 中学生のときに楽譜を買い、ピアノの練習をした。
 ピアノなんて小学生のときにやめてしまったし、手も小さいので楽譜どおりには弾けないけれど、今でも弾ける数少ない曲のひとつになっている。
 下手だけれど。好きな曲が自分で弾けることほど、うれしいことはないもの。

 高校時代はこれを弾きながらよく泣いていた。
(なんでこうなっちゃったんだろう?) 
 そんなことを毎日思っていた時代だったもので。
 
 大学に入ったあと、(親との兼ね合い等で)好きなことをやめなくちゃいけなくなったとき。
 やっぱりこれを弾きながら泣いていたら、
「気分悪くなるから、ピアノ弾かないで」
と母にいわれた。
 あれから大分、ピアノ触っていない。
 

 今、久しぶりにCDを流してみたけれど、今は聞くだけで涙が出るや。

2004年07月20日(火) 風邪ということにして

 吐くのに失敗して、昨日思いきり喉の奥あたりを爪で引っかいてしまったので、ひりひりいたんでいます。
 声が変と母に言われました。
 エアコンのせいにしました。

 水分の取りすぎで、気持ち悪くなりました。
 エンドレスで口寂しいので、お茶でごまかしていたんですけどね。
 水を吐くのは気持ち悪いです。



 レポートがちっとも進まない。

2004年07月16日(金) ちょっと恐怖な

 鏡台に座って呆然としていたら、知らぬ間に、鏡に口付けていた。
 次の瞬間意識が普通モードに戻った。



・・・・・・私はナルキッソスですか?
 何したかったんだろう、自分。悩

2004年07月15日(木) 老人のような若者

 ルソーの『孤独な散歩者の夢想』は、高校時代のバイブル。
 というより、高校3年のときのバイブルかな?
 当時は(これほど似た人間はいない!)って思ってた。
 その一年前、夏目漱石の『こころ』を読んで、(先生と私はなんて似ているんだろう)と思ったけれど、その2年前、『山月記』を読んで(李徴は私だ。わたしもいつか虎になる)と思ったけれど。その類似性をはるかに超えて似ているように思った。
 今思えば、あんな嫌な奴と同じ思考パターンだと思うと、うんざりする。

 だけど、やはり今でも、似てるとは思う。
 考え方のベースが一緒。
 何度読もうとも、「その通り、その通り」と頷いてしまう。当時受けた感動と衝撃は、今読んでも変わらない。私の気持ちを、こんなに表現してくれている文があるのだから、私はもう自分の気持ちについては文章を書かなくていいと思った、あの時と同じ。
 そして私は、高校3年だった私がつけたラインに、もう一度ラインを引く。


 そうした騒々しい生活には、内心の平和も、肉体の休息も感じることが出来なかった。表面は幸福そうにみえても、わたしには反省の試練にたえうる感情、それを感じてほんとうに楽しんでいられるような感情はひとつもなかった。わたしは他人にも自分にも、完全に満足することは決してなかった。

 わたしの肉体の利害につながるものは、なにひとつとして、わたしの魂をほんとうにみたすことはできない。わたしがこのうえなく快い思いに沈み、夢みるのは、自分というものを忘れたときなのだ。


65歳を過ぎた老人と同じような考え方をするのは、褒められたものじゃないとはわかっている。
 老人のような若者こそ、嘲笑すべき対象だということを知っている。
 だけど、老人のような脳みそを、どうやって若返らせろと?
 偉人と自分を重ねて、それを自慢にするほど自分は愚かでないと願う。ただ、ほんとうに似ているという悲しさがあるだけだと。

2004年07月13日(火) 人はいろいろ

 私は以前仲の良かったAという人物と、性格的に合わないのだと、実感した。
 彼女の些細な言動が、なぜか知らないけれど、心に毬を残す。
 彼女が悪いわけではなくて、きっと相性というものだ。

 たぶん、私の目では、彼女の心がほとんど読めないことに、私が恐怖を感じているのだと思う。
 相手の内心を多少なりとも想像できないのは、私にとって、とてつもなく恐ろしいことだから。
 
 
 彼女のどこが気に入らないのと聞かれたら、私は箇条書きにして書くことができる。
 でも、それを表すのは、直接私のコンプレックスをさらけ出すことになるから、私はメモ帳にもそれをやらない。
 他人は鏡って本当ね。


 私はAに聞いてみたい。
 実のところ、私のことをどう思っているのか。

 質問をそのまま返されたら、私は彼女に好きだよというだろう。嘘偽りなく。
 そう、私はあの子が好きだけど。でも、傍にいたら私が傷つくのは確実だ。
 彼女の一挙手が、呼吸が、どうも引っかかるから。


 そういう人間も、いるんだ。

2004年07月12日(月) 責任はここにある

 私の人生が、何か変えることができないものによって影響されているのは明白。
 しかしそれによって私がいかに不幸になろうとも、それは私の責任で、私の能力の結果だと受け入れなければならない。

 例えば私がシエラレオネに生を受け、泥水ばかりを飲んで、ほんの数年の一生を過ごしたとしても、それは私の運命で私の責任で、私の人生。


 でも。例えば私が一つ目で生まれ、母にも会えぬうちに医者に殺されたとして、それは私の責任ですか?
 少なくともそれが私の人生であり、運命だとしても。それは私の責任ですか?

 「それは神の裁きの過ち」
 はっきりそう、歌いきった歌手がいた。
 ロシアの歌手だった。
 彼女はきっと、ドストエフスキーを読んでいる。


 でも、今更胎のうちに無くなった子の話をしても仕方が無い。
 私は先進国に生まれ、五体満足で、20歳を越してしまった。
 私はこの下らない人生の責任を全て負っているのは事実。

2004年07月10日(土) 明日の予定

 課題の本『生は彼方に』(ミラン・クンデラ)残り250ページを読んで。
 要約して。
 分析して。
 感想を書く。
…間に合うかなぁ。自信がない。

そして何より、選挙に行かなくちゃ。

2004年07月09日(金) 思考回路

 私の考えや意見は、その時思いつく限りの記憶と経験から情報を引きずり出して、一番ベターだと思われる方法を取り出す、という方法で出てきたもの。
 以前「コンピューターみたい」と評価されたのは、このやり方のことだった。

 他の皆がどうやって考えているのかがわからないので比較できないけれど、おそらく皆はそれを無意識に出来ていているのだと思う。
 しかし私はそれを顕在意識にもっていかないとできない。
 どうしてそう不器用なのかは、私にも良くわからない。
 思うに、太字にした思考回路はそれぞれ皆持っているだろう。しかし、ふつうの人はそれは必要なとき、自動でスイッチが入るようにできていて。
 私は自力でその回路に電源を入れなければならないので、その回路の存在を認識しているのだろうな。
 (…え、つまり私は多少ぽんこつ気味ってこと???笑)
 

 しかも私は、人間だから。いつも情報は欠けるし、統一性がない。
 「貴方の意見は?」と急に聞かれても、情報のストックがないと、あるいは当てはまる情報が潜在意識にいる状態だと、何にも判断できなくなる。
 後から情報が顕在意識に上ってきたときは悔しいし。
 本気で検索しても、何も情報がヒットしない場合は、自分が何を思っているのかわからなくなって、どうしようもなくなる。
 だから、コンピューターの精確さに憧れる。
 なにより外部記憶装置、欲しい。


 そして、際目付けに。
 そうしてたたき出された考えは、どうも他人からの借り物感がぬぐえない。
 私の知識の大部分は、本や授業で得たもので、経験は本当にほんの僅か。
 知識の源は大抵偉大な先人の残した遺産であり、私が苦労して手に入れたものではない。
 私が情報を取捨選択している段階ですでに私のオリジナルの思考といえるのだけれど、どうもそう思い切れない。
 そんなとき私は、自分はあまりにも真っ白なのではないかと愕然として、恐怖する。

2004年07月06日(火) 生きづらい脳みそ

 誰か替わって。
 私の脳を、全て体験してみて。
 魂だけ、入れ替えて。


 思考回路の話とか、日常の会話の仕方とか、そんな何気ない話をしているときでさえ、
「生きづらい性格だよね」
 そんな風によく言われる。
 頭の動かし方も、表現してみたら
「よくそんなコンピューターみたいになれるね」
 なんて感嘆された。
 いや、コンピューターになりきれないから、苦労しているんだけど。


 上記の2つの科白は、私の悪徳を全く知らない人間の口から出たもので、思わず笑ってしまった。
 『普通』をやれてる『私』だけを見てる子にさえ、生きづらいとか言われたら、もう、どうしたらいいんだろう。

2004年07月01日(木) 怒りの日を求めて

 我が家の宗教(というか、伝統?)では、人は毎夜寝るたびに死に、そして目覚めたときに生き返るといいます。
 その考えは小さい頃から刷り込まれているので、私の中に深く刻まれています。
 その、毎日を小さな死とするならば。
 本当の死は、大きな死であって。
 毎年一度、この時期に訪れる死は、中くらいの死。


 グレゴリオ聖歌のDies iraeの旋律。それはそのまま西洋の死のテーマ。
 大抵のDies iraeは、第2ヴァチカン公会議でレクイエムから外されたほど、死者をも起こす激しい曲ですが。(もちろん当然だと思いますけれど^^;)
 あの旋律は、初めて聞いたときもインパクトを受けた。
 まさしく死。
 まさしく業火。

 前日の日記は、Dies iraeの歌詞をそのままコピーしたもので、何にも面白くない内容ですが。
 あの日こそ相応しい。
 ふさわしいというより、あの日こそ私が求めるのが最後の審判。

 

…本当は、一年に一度死んでもいられないんですけどね。



  なぜわたしを母の胎から引き出したのですか。
  私など、だれの目にも止まらぬうちに死んでしまえばよかったものを。
  あたかも存在しなかったように
  母の胎から墓へと運ばれていればよかったのに。
  わたしの人生など何ほどのこともないのです。
  わたしから離れ去り、立ち直らせてください。
  二度と帰って来られない暗黒の死の闇の国にわたしが行ってしまう前に。
  その国の暗さは全くの闇で
  死の闇に閉ざされ、秩序はなく
  闇がその光となるほどなのだ。

(ヨブ記10:18-22)


 いつまでもそんなこといってられないから、終わりを求める。
 それって、やっぱりダメ人間の思考なんだろう。

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photo by 東雲