初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2015年05月31日(日)
大切な人と、この映画を観てください

6月6日公開の映画「あなたをずっとあいしてる」の完成披露試写会へ、
東京都新橋「スペースFC汐留」へ足を運んだ。
内容は、来週公開されてから、ゆっくりと「気になる一言」として
取り上げたい、と思っている。
今回は、映画鑑賞後、舞台に上がった、原作・脚本の宮西達也さん、
主人公・トロンの母セラの声を演じた、渡辺満里奈さん、
そして総監督のアニメーター・野中和実さんのコメントの中から。
もちろん選んだのは、渡辺満里奈さんの最後のメッセージ。
(宮西先輩、ごめんなさい、また外してしまいました。(笑))
3人の楽しいトークの後、試写会に参加していた子どもたちによる
「恐竜鳴き声コンテスト」を終え、和やかになった雰囲気で、
最後に皆さんに一言、とマイクを渡された満里奈さんは
「大切な人と、この映画を観てください」で挨拶を締めくくった。
それはまさしく、この物語のテーマの一つである(と思われる)
「本当に大切なものはなにか?」を、あなたの大切な人と感じて欲しい、
そんなメッセージであると受け取った。
そして鑑賞後、自分たちにとって「本当に大切なものは?」を、
ゆっくり話す機会にしてください、ってことなんだろうな、きっと。



2015年05月30日(土)
今の自分に必要かどうかかな

読まなくなった本は「Book Off」にもっていくか、
古紙回収・廃品回収の時に、纏めて捨てる。
他の人からみれば、何をそんなに迷っているの?と
思うようなことなのだが、本好きの私にとって悩みの種。
どれも愛着があり、なかなか手放したくないのが現実で、
部屋の中は、読み終えた本が溢れて、置き場所に困るけど、
それでも、なかなか踏ん切りがつかない。
おかげで、狭い部屋がよけいに狭く感じる。
そんな時、私より本好きで、なおかつ大切に扱っている女性が、
本を買い取ってもらうと言うので、その心境を訊いた。
「どういう判断基準で、手放す本を選んでいるの?」と。
その答えが「今の自分に必要かどうかかな」。
思わず、目から鱗からのアドバイスであった。
片づけ指南書「人生がときめく片づけの魔法」(近藤麻理恵著)
読んだ時、自分がワクワクするものだけを残す、そんな発想に頷き、
洋服や小物類は、だいぶ「断捨離」「整理整頓」ができたのだが、
本や写真だけは、懐かしい思い出が邪魔をしてか、
なかなか思うように進まなかった、と。自分に言い訳をした。
しかし、今回の何気ないアドバイスで、
自分なりの「手放す判断基準」がなかったからだと気付いた。
今度の週末、今の自分に必要かどうか、考えてみようっと。
そして、自分の「手放す判断基準」を見つけたいな。



2015年05月29日(金)
ライフスタイルが変わる予感「Apple Watch」

57歳の誕生日を間近に控え、自分への褒美として何が欲しいか、と
考えたとき、頭に浮かんだのが「Apple Watch」だった。
55歳の1年を人生のピークに・・と考え生きてきた私にとって、
56歳からの人生は「下山を楽しむ」ライフスタイルに変わってきた。
実際に、55歳が本当に人生のピークだったか?と自問自答すれば、
悔いが残ることも多少あるが、それでも精一杯生きてきた自負はある。
だからこそ、生き方のギアチェンジをして「スローライフ」を選択した。
以前にも書いたが「スローライフ」とは「ゆっくり生きること」ではなく、
「丁寧に生きること」と定義し、あまり多くを望まず、
「平成」というこの時代に、この年齢で生きているということを意識し、
「楽しめるライフスタイル」を模索した1年だった。
「今の携帯電話が壊れたら、もう新しいものは持たない」とばかり、
頑なに拒み続けた「スマホ」を、あっさり受け入れたことで、
私のライフスタイルは大きく変わった、と言ってもよい。
「必要性」「費用対経費」など、そんな大上段に構えることではなく、
長い人類の歴史の中で進化し、改良を続けてきた「道具」を使ってみる、
それは、まさしく「楽しい人生を過ごすコツ」だと実感した。
その後「蒲団からベッドへ」「普通のカメラから防水カメラへ」
「ウォーキングからランニングへ」と、私のライフスタイルは、
この1年で、驚くほど変わった。(変えた)
そして、今年選んだのが「Apple Watch」である。
まだまだ充分に使いこなせていないのは事実であるが、
これまた「私流」で、自分の生活を「丁寧に生きる」道具として、
この最新機器を楽しんで使いたい、と思う。
「ライフスタイルが変わる予感『Apple Watch』」だな。

P.S.
57歳のおじさんは「Apple Watch」をこう使っている、というレポート、
これから増えるかもしれません、お楽しみに。(笑)



2015年05月28日(木)
知らないことって、面白い

久しぶりに、私の呟きである。
私にとっては、もう何年も前から恒例となっている、
日大国際関係学部が開催してくれている「市民公開講座」。
毎年、上期(5月下旬の水曜日から5週連続)、
下期(9月下旬の水曜日から5週連続)の10日間、私は学生に戻る。
27年度(上期)の統一テーマは、私の苦手な(笑)
「世界の中の日本経済」(資本主義の終焉か日本の衰退か)。
最近、映画や読書、コンサートや美術館の企画展も、
自分の気に入ったジャンルを慎重に選んで、充実感を味わっていた。
しかし、この市民公開講座だけは、どんなテーマでも聴講し、
毎回、約1時間半、大学講堂(ホール)で、メモを取るのも楽しい。
どうして、水曜日の夕刻、仕事の後の疲れた時間(放課後)に、
わざわざ4キロの道を歩いて、会場に向かうのか、
自分でもよくわからなかったが、今回、そのヒントが見つかった。
たぶん「知らないことって、面白い」と考えられるようになったから。
今までは「苦手なこと、知らないこと」よりも、
「楽しいこと、得意なこと」を中心に、前提知識があることが
(無意識に)選択の条件となっていたのに、年齢を重ねたことで、
この歳まで、知らなかった知識は、こんな機会がなければ、
決して、学ぶことはないだろう、と思えるからだ。
聴講後のメモを眺めて「えっ、経済ってこんなに面白かったの?」と
呟いたから、気になる一言。
毎日記録している「万歩計」の数字は増えるし、
帰りは寄り道で、1人でちょっと一杯・・も可能な「市民公開講座」。
来週の水曜日は、どんな知らないことがあるのかなぁ、楽しみである。



2015年05月27日(水)
いいネタを入れて、いい仕事をするのが職人で

映画「二郎は鮨の夢を見る」(デビッド・ゲルブ監督)から。
東京・銀座の名店「すきやばし次郎」の店主で寿司職人の
「小野二郎さん」に密着したドキュメンタリーである。
普段は、あまりインタビューで構成される作品は観ないのだが、
「ミシュランガイド東京」で8年連続の三ツ星獲得の秘密を知りたくて
メモ帳片手に、何度も巻き戻して鑑賞を終えた。
書きなぐりの台詞を整理したら「職人」というキーワードにぶつかった。
次郎さんだけでなく、登場人物のほとんどが口にする「職人」という定義が、
面白かったので、紹介したい。
元「すきやばし 次郎」鮨職人「水谷八郎」さんも、
「同じことを同じようにやるのが、職人の仕事だから」と言い切るし、
料理評論家・山本益博さんも、彼のお店で出される「お鮨」について
「どのお鮨もシンプル。余計なことをしていない。
シンプルを極めていくと、ピュアになる」という言葉を残している。
そのためには「毎日、決まったものを。電車にのる場所まで決まっている。
そして(次郎さんは)お正月休みが一番苦手だ、と言っていた」ことも披露。
自分に厳しく、いかにいつも同じ状態でいられるか、を念頭に置き、
「ミシェラン3つ星の条件」と言われる「クオリティ・オリジナリティ・
いつも同じ状態か?」は、ミシュランの格付けが始まる前から、
自分たちは実践してきた、という自負が感じられた。
そんな次郎さんの「職人」に対する定義は、皆のひとつ上をいく
「いいネタを入れて、いい仕事をするのが職人で」だった。
「あとは、儲かろうが、儲からんが、あまりそれは気にしない」と続いた。
「(鮨は)出来たらすぐ召し上がっていただくのが食べごろです」という、
次郎さんらしい言葉も印象に残る。
私として「プロフェショナル」とはちょっと違う感覚の「職人」の仕事、
この映画を観ると、無性に「職人の作った料理」が食べたくなるに違いない。



2015年05月26日(火)
両手を合わせると、怒りは消える

書籍「50代から強く生きる法」
(佐藤伝著・知的生きかた文庫刊・213頁)から。
いままでに、いろいろな自己啓発本を手にして、
「〜歳までにやっておくこと」などをメモしてきたが、
今回は、残された人生をどうやったら、有意義に過ごし、
楽しい時間、嬉しい時間が持てるだろうか、と考えていた時に、
本屋で見つけ、タイトルだけで購入してしまった。
数多く読んできたはずの「自己啓発」に関する知識は、
歳を重ねることで「成功」とか「ポジティブ」という言葉より、
「悟る」とか「丁寧」「大らか」などの単語が目につきはじめた。
まだまだ、人間がちっちゃいのか、不平不満が口から出てしまい、
その度に、反省することばかりであるが、今回のメモの中に、
ちょっとしたアドバイスがあることに気付いた。
それが「両手を合わせると、怒りは消える」だった。
たしかに、神社仏閣で両手を合わせる時、怒りの心は皆無で、
逆に「感謝」の言葉が、自然と満ちあふれている。
その行いを、日常生活にも取り入れ、何かあるたびに両手を合わせる。
「いただきます」「ご馳走さま」だけでなく、
「おはようございます」「おやすみなさい」などのシーンでも、
意識的に、両手を合わせてから動き始めることで、
一日中、安らかな気持ちで過ごすことが出来る気がする。
もうこの年齢になったら「この時代に生かされている」と考え、
なるべく、怒りの少ない時間を過ごしていきたい、と思う。
久しぶりに、私の想いにピッタリな「自己啓発」本に出合ったなぁ。



2015年05月25日(月)
「三にんぐみ」も「まりこさん」も「すてき」

絵本作家・宮西達也さんとの対談で、
同じく絵本作家の真珠まりこさんは、好きな絵本を訊かれ、
「すてきな三にんぐみ」を挙げた。
最初「自分の本で好きな作品は?」と訊かれ「全部」と答え、
「他の人の本で好きな作品は?」と訊かれ、
「今日、(この会場に)呼んでくれたので・・」と言いながら、
宮西さんと会場の笑いを誘い、(わざとではないのかも(汗))
最後に「本当は『すてきな三にんぐみ』です」と呟いた。
実はこの作品、私も大好きで、驚いた。
宮西さんの作品「にゃーご」にも似た構成となっている。
(悪役と純真無垢な主人公の数が、ちょうど逆だけど・・)
悪いことをする人の心を動かすのは、汚れを知らない人たち、
そんな感覚が、二つの作品の共通した感覚である。
数多くある絵本の作品から、この「すてきな三にんぐみ」を
選んだ彼女は、やっぱり「すてき」だな、と思う。
ただ「好きな絵本作家は?」と訊かれて、
「名前を忘れちゃったんです・・好きな人がいるんですが」は、
またまた私を笑わせてくれました。(笑)



2015年05月24日(日)
「まりこさんって『S』ですね」「それって『M』じゃないですか?」

愛知県刈谷市美術館で開催されている「宮西達也ワンダーランド展」、
今回、お目当ての企画は「『もったいないばあさん』シリーズで著名な、
絵本作家・真珠まりこさん」と「絵本について」語る対談。
職場の仲間たちとともに、ふたりとの再会を楽しみに足を運んだ。
このふたりの対談が、何度聴いても面白いと思うのは、きっと
同じ「絵本作家」という職業なのに、スピード、リズムみたいなものが、
まるっきり違うところにあるからだな、と感じた。
絵本という媒体を通じて、子どもたちの想像力を育みたい、と想いは、
どちらからも感じるのだが、その目的に向かう手法が違うのだろう。
叱られるかもしれないけれど、漫才の「ボケと突っ込み」に似ていて、
だからこそ、聴いている私たちは、引きつけられてしまうようだ。
対談が始まってすぐ、宮西さんが、彼女の作品「おべんとうバス」を
「おにぎりバス」と言い間違えた。(たぶんわざとではない)
続いて今度は、まりこさんが、宮西さんの有名な作品名をど忘れし、
なかなか話が進まない。(たぶん、これもわざとではない)
そんな彼女の様子をみて、宮西さんが「お返しですか?」と切り返す。
私は前列で聴きながら「仕返しですか?、じゃないのかな」とメモをした。
対談の後半、宮西さんが、いじられて嬉しがっている彼女をみて、
「まりこさんって『S』ですね」と言ったかと思えば、
小さな声で「それって『M』じゃないですか?」と呟くシーンがあった。
やはりその時も、メモしていた私は「真珠まりこ」だから、
イニシャルは「S」でも「M」でもいいし、おまけでいえば、
宮西は「M」、私は「S」だから・・と、楽しくなって書き留めた。
こんな調子で進んだ、1時間半の対談は、あっという間だった。
今回は、この日を思い出すための記録、として残しておきたい。
本題の「絵本について」は、後日、真面目に触れたいと思う。
やっぱり、私の大好きな絵本作家さんは、期待を裏切らないなぁ。



2015年05月23日(土)
鯛は、裏返して食べる2日目が美味いのぅ

映画「超高速!参勤交代」(本木克英監督)から。
江戸時代、平和を維持するために実施されたという
「参勤交代」を題材にしながら、
また、コメディの要素を取り入れながらも、
「財力の豊かさ」と「心の豊かさ」の対比は面白かった。
「幕府」と「弱小藩」の行動・考え方の違いが、
現代の中央・首都圏と地方都市と重ね合わすことができる。
特に、幕府の役人と小藩藩主が、各々のシチュエーションで
朝飯に、鯛を食べるシーンが滑稽であった。
幕府の役人は「鯛は、美味いところが少ないのぅ」と嘆き、
小藩藩主は「鯛は、裏返して食べる2日目が美味いのぅ」と
余すとこなく食べ尽くす。
同じ「鯛」という魚を、どう捉えて食するか、
そして「貧乏」とはいえ、考え方次第では、楽しめる。
「財政規模が小さくても、まちづくりは出来るぞ」
そんなことを教わった気がする。
「時には百姓、時には侍、移りゆく世を楽しく生きるのみじゃ。
ははは」と笑い飛ばす陽気さが、眩しかった。



2015年05月22日(金)
Facebookは、人間関係を楽しむ場所

先日、私が悩んだ問いに対し、多くの方にメッセージをいただき、
確信を得た、Facebookに対する考え方を記しておきたい。
もちろん「Facebook」は実名で参加が基本なので、
「友達」に登録されている人との人間関係もわかりやすいが、
どうして、あの人とこの人は友達関係なんだろう?とか、
へぇ、意外なところでこのふたりは繋がってるんだ・・という、
野次馬的に、人間関係を探る場所ではないってこと。
同じ時代に、この世に生まれてきて、
きっと何かの縁で繋がった関係であるに違いないが、
その親密度は、ふたりにしかわからないから面白い。(汗)
そこに、職業や性別や年齢などが絡んでくると、
意外と厄介なことになることは、今回、学ばせていただいた。
しかし「Facebook」は、私にとって「情報発信の場」であり、
「情報受信の場」でもあることは変わらず、
豊かな人間関係を築くうえで、欠かせない要素となっているのも事実。
(広報を担当している時、ある方からいただいたアドバイスは、
「情報を得たかったら、まずは自分から情報を発信しなさい」だった)
これからも、こうした「S.N.S」に振り回されることなく、
軸をぶらさず、彼ら彼女らと長くおつきあいが出来ていけたら、と思う。
とりあえず、流行に乗り遅れないために「登録だけ」しているとか、
特定の人物の人間関係を探るために「登録だけ」しているなんて、
せっかくの「(ヒューマン)ネットワークシステム」がもったいないと思う。
だから「Facebookは、人間関係を探る場所ではない」と言い切りたい。
「Facebookは、人間関係を楽しむ場所」であるのだから。



2015年05月21日(木)
その頑固さを、大事にしなさい。

書籍「火山のふもとで」(松家仁之著・新潮社刊・377頁)から。
淡々と過ぎていく物語の展開に、なぜか癒された。
作品全体に流れているリズムというものなのか、
作者独特の文体なのか、丁寧に、そして詳細に描かれている表現に、
毎日、読み続けることが楽しみになったことを最初に記しておきたい。
設計事務所の仕事ぶりと、ある図書館のコンペ参加という条件が重なり、
いつも以上にメモは溢れた。
設計事務所の所長である高齢の先生が、若い主人公に諭すシーン、
最初は、同じ事務所に務めている男性の人物評価かと思ったが違った。
「彼はシャッターを下ろしてしまうんだね。
そうやって自分を傷つけずにうまくやり過ごすための防衛策かもしれない。
しかしね、それではかえって傷を負う結果になるんだよ。
そういうことをくり返しているうちに、自分が何をやりたいのか、
やりたくないのか、だんだんわからなくなってくる」と、
仕事に対する姿勢を教えたかと思えば、
「理不尽なものに押し切られることもあるだろう。
相手のある仕事だからね。ただ、最後に押し切られるにしても、
自分の考えは言葉を尽くして伝えるべきなんだよ。
そうでないと、自分の考える建築がどこにもなかったことになってしまう。
自分自身ですら、たどれなくなってしまう」と言い、
「きみはやさしそうな顔をして、意外と頑固だからね。
その頑固さを、大事にしなさい。」と生き方をアドバイスする。
それはまさに、読者である私への、大切なアドバイスともとれた。
あと数年で停年なのに、こんなに頑固で良かったのかな、と振り返ることが
最近の悩みだったのに、この台詞で救われた気がする。
今更、変えられないものなぁ、この頑固さは。(笑)



2015年05月20日(水)
「チェス」と「将棋」の違いが「日米の文化」の違い

映画「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」
(平山秀幸監督)から。
太平洋戦争、サイパン島での史実に基づいた物語、
そう理解しながら鑑賞すると、また違った視点が生まれてくる。
アメリカ軍の指揮官にとっては「武士道、自決」が理解できず、
どうして命を賭けて向かってくるのか、わからない。
そんな時、日本の文化を理解しているアメリカ兵が口を開く。
「自尊心の問題です。長い間に育まれた考え方です」と前置きをして、
一個の小さな木片を出し、説明を始める。
「これは将棋の駒です。敵と味方を見分けるのは、駒の向きだけです。
チェスと違い、大佐の駒がとられても、敵はその駒を捕虜にしません。
方向を変えて、大佐に対して利用できます、味方として。
日本人は主君への忠誠に重きを置きます。
捕虜となれば、新しい支配者に同様の忠誠を・・示さなければなりません。
捕虜になれば、天皇を裏切ることになる。
そうなるくらいなら、彼らは死を選ぶのです」
これは「武士道、自決」をわかりやすく説明しているな、とメモをした。
「チェス」と「将棋」の違いが「日米の文化」の違いとなっている。
なるほどなぁ・・日本人らしいゲームだな、将棋は。



2015年05月19日(火)
日本をひっくり返すんぞ、お前なしで出来るか

NHK大河ドラマ「花燃ゆ」から。
2回ほど見逃したけれど、ほぼ毎回視聴しているし、
メモも溜まっているのだが、なかなかタイミングが合わず、
紹介出来ずにいるのが現状だよ、という報告も含めて、
「最近、大河ネタが少ないですね」というメールの回答としたい。
勝手に和親条約を結んだ幕府に対して、破約攘夷を求めて、
長州の若者たちが決起するシーン。
高杉晋作は、行動に慎重な態度を示す、久坂玄瑞に対して、
「おまえも参加しろ」と何度となく誘い、ケンカ寸前の状態。
しつこい高杉に、久坂が「なぜ、俺を誘う?」と詰め寄る。
その時、2人が顔を近づけたかと思った瞬間、高杉が口を開く。
「日本をひっくり返すんぞ、お前なしで出来るか」
いつも顔を合わせれば、口喧嘩ばかりしている相手に、
こんな台詞を言われて、動かない男もいないだろう。
久しぶりに、心を揺さぶられるフレーズだったと思う。
「どうか、お前の力を貸して欲しい」と言うよりも、
「お前がいなければ、これは成功しないんだ」のほうが、
男気に訴えているに違いない。
女性はどうだろうか、と考えたけれど、同じ人間だから、
「貴女なしでは、成功しないのよ」と言われれば、
きっと、その想いが伝わって、動くのではないだろうか。
結局、人間って「心意気」が大切なんだろうな。



2015年05月18日(月)
このまま聞いても、俺の心が乱れてる

映画「ダンシング・チャップリン」(周防正行監督)から。
映画の前半部分は「第一幕 アプローチ」
通常の映画では「メイキング」と称される部分。
後半部分が、作品としての「第二幕 バレエ」
映画だと言うのに「第一幕」と「第二幕」の幕間に
しっかり「5分」の休憩時間があるところが面白い。
まぁ、周防監督が奥さんである草刈民代さんのバレエシーンを
劇場で開催される公演記録としてではなく、
映画作品として残そうとしたところが斬新と言えば斬新。
振付師(ローラン・プティ)に映画の構想を語り、
意気投合して、一気に進めようとした監督に、
振付師は「私にとっては、映画化する意味がない。
そんなやり方では、やりたくない」とピシャリ。
このままでは、話が一向に進まないと判断した監督は、
通訳の人に、小さな声で耳打ちをした。
「ちょっと作戦立てるほうがいいかもしれない。
このまま聞いても、俺の心が乱れてる」と。
冷静さを失って交渉することの難しさを教えてくれた。
メイキングとはいえ、このシーンはインパクトがあった。
映画作品としての評価は分かれるところだろうが、
新しい試みとしては、面白かったのではないだろうか。



2015年05月17日(日)
大人のスポーツテストは「現状維持」が目標

私の中では、すでに恒例となった「大人のスポーツテスト」、
晴天の中、日焼けをし汗をかきながらも、楽しく参加できた。
測定種目は、私たちの中学生時代と同じ5種目。
「50m走・走り幅跳び・ソフトボール投げ・懸垂・
そして、持久走1500m。(女性は1000m)」
NPO団体のわが町体育協会が、企画運営をしてくれている。
正式名称は「清水町体力自慢テスト」らしいが、
年齢を重ねて感じることは、昨年より良い記録なんて望まない。
目標は、昨年と同じ記録を出すこと、そう現状維持。
それだけ、1年という年月は長く「徐々に」というよりも、
「加速的に」体力は落ちてくるのが実感できる年齢になった。
結果的に、昨年より良い成績ならば、自分の中でニンマリしながら、
この1年間の「スポーツ通信簿」を受け取ることになるし、
悪ければ、もう少し身体を動かそう、と自己反省をして、
生活習慣を見直すきっかけにすればいいと思う。
今更、人前で恥ずかしい・・なんて気持ちを捨てることができれば、
年長行事の中で、意外と楽しみなイベントになるに違いない。
今となっては笑い話だけど「2年前、みんなの前で『懸垂1回』が、
私の継続の理由になっているのだから。(汗)
今日を思い出すフレーズとして、
「大人のスポーツテストは『現状維持』が目標」を残したい。

P.S.
と言いつつ、気になるだろう私の記録、4書目で前年の記録更新。
たぶん減量して身体が軽くなったのが、好成績に繋がりました。
今日だけは、自分への御褒美として、ビール飲もうっと。
(と何かと理由をつけて、飲んでばかりです。最近。(笑))



2015年05月16日(土)
この商品は20歳以上の方の飲料を想定して開発しました。

早朝の雨があがったので「軽いジョギング」のつもりで走りだしたが、
予想どおり、大量の汗をかいた。(汗)
その時、感じたのは、昨晩、あれほど飲んだにもかかわらず、
「ビールが飲みた〜い」だった。
夕方に自動車の運転をすることになっていたので、
渇いた私の喉が湿ればいいことを理由に、最近、味に慣れた
「ノンアルコールビールでもいいや」、と思い直したが、
近くにコンビニやスーパー、酒屋でもない限り、
売っている場所が思いつかなかった。
甘味料タップリのジュースは飲みたくなかったし、
ノンアルコールで、カロリーゼロ、糖質ゼロ、プリン体ゼロなど、
身体にいいはずの炭酸飲料(ビールテイスト清涼飲料)が、
街中の自動販売機に売っていたら、売り上げは伸びるだろうなぁ、と
独り言を呟いていた。(汗)
結局、自動販売機を何台も横目で眺め、一番近いコンビニまで歩いたが、
缶の記載を読んでみると、こう書かれている。
「この商品は20歳以上の方の飲料を想定して開発しました。」
教育上の問題なのか、販売メーカーやパッケージの問題なのか、
私にはよく判らないけれど、清涼飲料として売らない理由が知りたい。
コンビニでは、中学生が「ノンアルコールビール」を
レジに持ってきたら、売らないのだろうか?
レストランでは、子どもが「ノンアルコールビール」を注文したら、
テーブルに出さないのだろうか?
「ジュース」と同じ値段なら「ノンアルコールビール」が飲みたい、
わがままな56歳・男性の疑問である、誰か教えて。

P.S.
こんなことを言いながらも、気付いたら、
ジュースでは買わない「ピーナッツ」などをツマミに買っていた。
私の母は、ノンアルコールだと言っても、酔っぱらうからよしなさい、
と言うし・・扱い方が曖昧だよなぁ、私が知らないだけかも・・。



2015年05月15日(金)
見る方の精神が混乱しているからに過ぎない。

映画「渇き。」(中島哲也監督)から。
鑑賞後、評価が分かれる作品だろうなぁ、と思った。
ストーリーはともかく、画面の激しい揺れや、溢れる流血シーン、
この表現方法が「渇き。」には、必要だったということだろう。
私は、意図や流れの整理が付かず、頭が混乱してしまったが、
作品冒頭に流れる台詞とテロップが、そのヒントになるだろうか。
「愛してる・・」「ぶっ殺す」と意味深な台詞と、
「ある時代が混乱して見えるのは、
見る方の精神が混乱しているからに過ぎない。Jean Cocteau」 
と書かれた文字から、ジャン・コクトーの言葉とわかる。
彼は、フランスの芸術家。詩人、小説家、劇作家、評論家、
画家、映画監督、脚本家として多くの活動を行ったらしい。
そのフレーズが冒頭に流れた意味は、けっこう大きい。
「混乱」というより「狂う」という表現が相応しい作品であるが、
2015年、話題の中心になりそうな「吉田松陰」も、
自らを「狂愚」と名乗ったことで有名だから、
それくらいの想いと行動がないと、常識は打ち破れない、
ということだろうか。
なかなか理解するのに難しい作品であるが、裏を返せば、
常識を超えた見方が出来れば、素晴らしい作品、と言える。

P.S.
ちなみにタイトルの「渇き。」は、作品の中で使われた
「ヤクにハマると喉が渇くだろ?」というフレーズがヒントなのか。
最後の句読点「。」も、気になるところ。う〜ん・・(汗)



2015年05月14日(木)
「ユリゲラーって知ってる?」「由利徹じゃなくて?」

映画「青天の霹靂」(劇団ひとり監督)から。
主人公がタイムスリップしたのは「昭和48年(1973年)」、
当時は「500円玉」もなく、現代に生きる彼が
支払おうとしたら「何ですか? これ」と訊ねられてしまう。
そんな時代背景を表現しているシーンが面白かった。
手品師だから、スプーン曲げにスポットを当てて
「ユリゲラーって知ってる?」と子供に訊いたら、
「由利徹じゃなくて?」と言い返す会話が、一番受けた。
いくらなんでも、こんな洒落た返事ができるわけない、
そう思いながらメモしたけれど、やっぱりインパクトがある。
「ゲイ(鯨)を食って、芸を磨けってな」「これ、鯨ですか?」は、
給食で「鯨の竜田揚げ」を食べたなぁ、なんて思い出した。
お笑いタレント「劇団ひとり」さんの初監督作品と知って、
笑いあり、涙ありの物語の展開に、彼の才能を感じながら、
次の作品を観てみたい気がする。
時代背景って、けっこう大事だよなぁ。



2015年05月13日(水)
日の出とともに起きる

最近、また新しい「習慣」を増やしてしまった。(笑)
それが「日の出とともに起きる」こと。
以前から、人間の体内時計の話を耳にして、
太陽の陽射しを浴びると体がリセットされるから・・と
日の出前の暗いうちに着替えて、ランニングに出かけ、
昇ってくる太陽に、神々しさを感じながら眺めていた。
しかし、平日はそんな余裕がなかなかつくれず、
週末(土日)だけのお楽しみになってしまっていたが、
金曜日に飲み会が続くと、土曜早朝のランニングは体に負担がかかる。
もっと簡単に「自然」を相手に、生活を楽しめないか、と考えたら、
行き着いたところが「日の出とともに起きる」ことだった。
前日の夜に、iPhoneのSiriに「明日の日の出時間は?」と訊ねると、
「明日の日の出時刻は、4時43分です。」と答えてくれる。
それもわざわざ「時間」と「時刻」の言い間違いまで訂正して。(笑)
さらに「4時43分にアラームをセットして」と続けると
「4時43分にアラームをセットしました」と目覚まし時計と同じように、
お気に入りの音楽で準備を整えてくれる。
だから、意識して6時間前の「22時43分」には寝ることにしているが、
これが意外と楽しい。(汗) 
翌日、目を覚まし窓を開けると、だんだん明るくなるのが実感できる。
そして、朝食までの約2時間、じっくり本が読めるので、
私にとって、楽しみな時間となってしまった。
今年は今現在、映画(25作品)、書籍(25冊)と並んでいるが、
もしかしたら、年末、書籍の数が上回っているかもなぁ、今年は。

P.S.
あっ、もうこんな時間だ、早く寝なくちゃ・・と思うけれど、
私のプライベート秘書は「時刻です」と言い直すに違いない。



2015年05月12日(火)
イタリア男は別かと・・

映画「バチカンで逢いましょう」(トミー・ビガント監督)から。
「ドイツ映画」って、意外と面白い台詞が多かった。
特に、国民性を意識した言い回しが、私のメモに残った。
例えば、こんなシーンがある。
主人公は、ドイツ生まれの女性だが、イタリアで知り合った男性に
謝らなければならないことが出来たのだが、
彼女は、なぜか葬式の参列の途中で謝る。
さすがに、彼も怒り「今、ここで謝る気か?」と言い返す。
そんな会話を見ていた主人公の孫が、諭すように 
「男は1度に2つのことはムリ」と言うが、
彼女はサラッと「イタリア男は別かと・・」と言い返す。
孫も負けじと「男は皆同じよ」。
ストーリーにはあまり関係ないシーンだが、印象に残っている。
さらに、ひょんなことから「ローマ法王」を始め、多くのお客さまに、
自慢の料理を出すことになるのだが、時間ギリギリまで奮闘する。
その様子を眺めて、法王の執事が呟く。
「ドイツ人? そのわりには手際が悪い」
この裏には「ドイツ人なら、手際がよいはずだ」という意識がある。
私たちの会話には、国民性を意識したフレーズは出てこないのだが、
これはグローバルな感覚なんだろうか。
それとも「ドイツ国民」に限った、彼ららしい感覚なのだろうか。
「普通の国の男」なら1度に2つのことは無理だけど、
器用な「イタリア男」なら出来そうだ、という表現は、好きだなぁ。



2015年05月11日(月)
ケーキを買いに来るお客様は、みんな幸せそう・・

書籍「輝く夜」(百田尚樹著・講談社文庫刊・210頁)から。
えっ、これが百田さんの作品?と疑いたくなるが、
あっ、彼は放送作家だったんだ、と納得してしまった。
昨年12月のクリスマス・イヴイヴ(23日)に開かれた、
「クリスマスの本や今年読んで感動した本を持ち寄り、
本の話をしながら、本に出てくる料理を味わう夜」というイベントで、
紹介された「輝く夜」という作品は、読み終えてから、
なぜか気持ちが「ほっこり」した。(笑)
今までにも「クリスマスを題材にした短編」は、何冊も読んだが、
ストーリーや結末を思い出すのは、ごく僅か。
その点、この作品は、何年経っても、思い出せる作品の1つだろう。
その中で、私が選んだ台詞は「ケーキ」という作品の一節、
「ケーキを買いに来るお客様は、みんな幸せそうな顔をしていた。
きっと、ケーキを食べる楽しいひとときが待っているからだ。
不幸な人は、ケーキなんか買わない。」
こんな視点で、ケーキを見たことがなかったから、新鮮だった。
ケーキ屋さんの前で、人間ウォッチングしてみようかな。

PS.
季節関係なく、気になる一言は正しかったことが分かった。
本当に、みんな幸せそうだたから。



2015年05月10日(日)
今日は、どこへ行ってきたんですか?

ある交差点の手前で、以前の職場で一緒に仕事をした女性が、
荷物をいっぱい持って歩いている私の姿に気付き、
あの姿はもしや・・と思い、わざわざ車の窓を開けて、
声を掛けてくれたのだろうと思う。
「今日は、どこへ行ってきたんですか?」
いつぞやは、休日の早朝に走っていた私の姿を見つけ、
どうしてこんなところに?と思ったこともあったらしい。
今日の私の答えは「柿田川公園で、
ノンアルコールビールを飲みながら、読書してました」
今考えると、たしかに時系列では事実なんだけど、
咄嗟のことだったので、伝わったかどうか。(汗)
午前中、自宅周辺の側溝掃除と、枯れてしまった庭木(もみじ)を切った。
午後は、ちょっと散歩がてら、柿田川公園の芝の様子をみに出かけたが、
あまりに木陰が涼しかったので、大型商業施設・サントムーンで
「ノンアルコールビール」(2本)と「文庫本」(1冊)を購入し、
真新しいベンチに座りながら、3時間くらいいただろうか、
水浴びする子どもたちと、ひっきりなしに訪れる観光客を眺めながら、
時おり耳にする鳥のさえずりをBGMに、まったりとした時間を過ごした。
これから暑くなるけれど、公園の木の下や、水に足をつけてする読書、
これほど贅沢な時間の過ごし方はない気がしている。
さらに、アウトドアで使う、折りたたみ椅子(マイチェア)に座り、
スマホでお気に入りの音楽を聴きながら・・となれば、文句なし。
半日でも自由な時間が出来たら、柿田川公園へGO!!。
近くで、美味しいお弁当をゲットできたら、もっといいな。(笑)



2015年05月09日(土)
脂ののった「戻り鰹」を好む者もいます。

映画「武士の献立」(朝原雄三監督)から。
主人公・春は、優れた味覚と料理の腕は素晴らしいが、
性格がきついためか、1年で離縁されてしまった。
そんな彼女は、加賀藩の料理方の息子と再婚することになる。
嫁入りした家の姑は、彼女にこう伝えた。
「嫁入り2度目であろうとも、気にするつもりは
これっぽっちもありません。
江戸ではとかく『初鰹』をありがたがるそうだが、
脂ののった『戻り鰹』を好む者もいます」
離婚した人たちを「バツイチ」などと表現するけれど、
初婚は「初鰹」、再婚は「戻り鰹」という表現は面白い。
辞書によると「初鰹」は「初夏の頃、獲れる走りのカツオ。
江戸時代には黒潮に乗ってきたものが鎌倉・小田原あたりでとれ、
珍重された」とある。
逆に「戻り鰹」とは「秋に獲れる鰹。春から夏に北上した鰹が、
南下したところを捕獲したもの。脂がのっている」
若さや物珍しさよりも、脂がのった美味しい鰹を、
「再婚」に例えるあたりが、私のアンテナに引っかかった。
酸いも甘いも心得ている「バツイチ」と結婚する人たちは、
「戻り鰹」の美味しさを知っているんだろうなぁ、きっと。



2015年05月08日(金)
二つの顔を持て。本当の顔と白人に見せる顔だ

映画「大統領の執事の涙」(リー・ダニエルズ監督)から。
「7人の米国大統領に仕えた黒人執事の実話」という解説に、
どの大統領にどう関わってきたのか、楽しみにしていたが、
冒頭「実話に着想を得た物語」という字幕が見た時、
私の思惑とは違う作品かもしれないな、と感じた。
黒人がホワイトハウスに執事をするということは、
いろいろな制約や気を付けることがある。
「相手の心を読め」「察するんだ」
「二つの顔を持て。本当の顔と白人に見せる顔だ」
「この部屋の空気のごとき存在に」
「何かお力に?」「他に御用はありませんか」など・・
物語から拾った台詞は、数知れない。
しかし主題は「人種差別」だったかもしれない。
スポーツで「人種差別撤廃」を訴えた映画「42」、
政治家という立場で「奴隷解放」を訴えた映画「リンカーン」
そして、ホワイトハウスの仕事をしながら訴え続けた本作。
この話題って、アメリカ映画には欠かせない分野かもしれない。



2015年05月07日(木)
とわに 濁らぬ 真清水の・・

通勤途中、母校の小学校の前を通ったら、
開けっぴろげの窓から、どこか懐かしい歌が聴こえてきた。
たぶん、小学校一年生が、意味もわからず、ただ音として
これから「6年間」口にすることになる「校歌」を覚えている、
そんな気がして、しばらくその場に立ち止り、聴きいっていた。
不思議なことに、卒業して45年くらい経っても、
小学校の校歌を覚えているのは、こうして何度も何度も歌い、
意識せず、歌詞とメロディが出てくるほど、口にしたからに違いない。
しかし、面白いことに、歳を重ねた今頃になって、
校歌の歌詞をじっくり噛みしめると、その奥深さがわかってくる。
小学校時代には「音」と「ひらがな」で覚えただけの人も多いはず、
是非、機会を見つけ、自分が卒業した「小学校校歌」を眺めて欲しい。
きっと、あの「音」は、こんな「文字」を書くのか、
そして、こんな「想い」が込められた歌だったのか、と
胸が熱くなるのを感じるはずだ。
私の場合、原風景は「教材園から眺める柿田川」だけど、
音と言えば「朝日に匂う 富士の嶺の・・」で始まる校歌である。
記録として「とわに 濁らぬ 真清水の・・」残しておこうっと。

(1) 朝日に匂う 富士の嶺の 清き姿を うつしつつ
とわに 濁らぬ 真清水の その名を 負える 学舎に
(2) 学びの道に いそしみて 強く正しく 清らなる
心一つに はげみなば 富士の高きも きわむべし
(3) 底いも知らぬ 泉井の ふちにひさめる 白玉も
やがてさぐりて 世の人の 鑑と世々に 仰がれん



2015年05月06日(水)
人間の性癖や欲望に不純も純粋もない

書籍「ただ遊べ 帰らぬ道は誰も同じ。(団鬼六語録)」
(団鬼六著・祥伝社新書刊・281頁)から。
私は「○○語録」というフレーズに弱く、つい手にしてしまう。
今回も、違う本を借りに図書館に足を運んだのに、目についた
「団鬼六語録」をパラパラと頁をめくり、借りてしまった。
内容は、けっこう際どい表現もあり、なかなか紹介しにくいが、
人間の性欲、性癖を知り尽くした彼らしいフレーズが溢れていた。
特に、波瀾万丈の人生から掴んだ言葉は、なぜかグッときた。
「人間は不本意に生き、不本意に死んでいくものだ。
だからせめて快楽くらい求めてもいいと思っている」
「勝ち目がなくても逆転があると思うのが人生です」
「絶対勝つと思っても、負けるのが人生です」
これは、彼がSM作家と知らない人が耳にすれば、
とても含蓄のあるフレーズとして、捉えているかもしれない。
読者にお許しを願って、彼らしい台詞を取り上げるとすれば、
「女のSMは後天的なものだから、男のリードによって、
どちらにもなれる」から始まり、
「性欲が人間の本能であるなら、性癖は人間の宿命のように思われる」
「人間の性癖や欲望に不純も純粋もない」
「教師がSM小説を書くという事にうしろめたさを感じるのではなく、
SM小説を書く人間が教師をやるという事にうしろめたさを
感じなければならないわけだ」まで、実は頷くことは多かった。
たまには、こうした破天荒な生き方をした人の語録も読んでみるといい。
「はっ」と気付かされることが多いのも事実だから。(笑)



2015年05月05日(火)
高齢者に元気をもらった「こどもの日」

GWの私の日記になってしまうが、ご勘弁願いたい。(汗)
朝起きたら、心配された雨も降っていなく、曇空。
それでは・・と、GWに覚えたばかりであるが、ランニングをしながら
ちょっと遠回りをして、柿田川公園で養生中の芝を確かめたあと、
「土日祝」しか参加出来ない「三嶋大社のラジオ体操」に足を運んだ。
朝早く、三島市内の各所から集ってくる高齢者たちに驚きながら、
「みんなの体操、ラジオ体操第一・ラジオ体操第二」を楽しんだ。
雨後のタケノコのように、四方八方から三島市民が集まり、
元気に挨拶を交わしたり、時には全員で号令をかけて、汗を流す姿は、
さすが、健康をテーマにまちづくりをしている三島市だな、と感心した。
その後、ジョギングで帰宅後、シャワーを浴びて、
今度は妻と「沼津市」の狩野川河川敷で開催されていた
「沼津歌声の会」主催の「狩野川リバーサイドコンサートin沼津」へ。
こちらも、前斉藤市長夫妻をはじめ、多くの高齢者が、
47曲掲載の歌集を手に、大声を上げながら、ニコニコしている。
本格的な合唱ではないのだから、音が外れたりリズムが狂ったり、
時には、どの歌を歌っているのかわからなかったり・・
そんなことも含めて、ご愛嬌・・で片付けてしまう大らかさがあった。
「こどもの日」なのに、両市の高齢者から元気のお裾分けをいただき、
楽しい1日を過ごすことができた。
参加者からしてみれば、私なんて「こども」だから、いいのかもな。
「元気な高齢者」って、見ていて楽しくなるんだよ、不思議と。(笑)

P.S.
どちらも「企画も運営も全て高齢者」ってところが素敵だね。



2015年05月04日(月)
完璧主義から脱出して最善主義になることです

書籍「新しい自分に生まれ変わる『やめる』習慣」
(古川武士著・日本実業出版社刊・227頁)から。
「『続ける』習慣」に引き続き読んでみたが、
私が望む内容でなかったためか、ピンとこなかった。
本の帯には「先延ばし、ネット・スマホ、食べ過ぎ、飲み過ぎ、
ムダ遣い、夜更かし、ダラダラ生活、イライラ、クヨクヨ、
完璧主義・・今度こそ、確実にやめられる!」。
私が望んだのは「続いてしまっている『良い習慣』を、
どうしたら、やめられるのか?」というアドバイスが欲しかった。
人間一人がやれることには、限度があるが、
続けたいと思うことは溢れていて、どれかをやめないと、
新しい「良い習慣」が始められない、そんな悩みである。
目的が違うとわかっていても、何かヒントを掴みたいと思い、
読み続けたところ、やっと見つけたフレーズは、
「完璧主義から脱出して最善主義になることです」
続ける習慣が身についているから、少しくらい途切れても、
すぐまた、もとの「良い習慣」に復帰できると信じて、
新しいことにチャレンジしてみることにした。
それは、私にとって「完璧」から「最善」にすることだが、
なんとなく「良い習慣」の入り込める余地を見つけた気がする。
でもなぁ・・何年、何十年と続けてきたことを中断する勇気、
私にはまだ、なかなか決心がつかない。(汗)



2015年05月03日(日)
面白かったなぁ、大人の運動会

不思議なことに、数年おきに誰かが私のところにやってきて、
「そろそろ中学校の同窓会、やってよ」と言う。
えっ、幹事の大変さも知らないで・・・と思いながらも、
まぁ、地元の役場に就職した私の役目かな、と思い直し、
今までに何度となく、万年幹事をしてきたが、もう限界。(汗)
40歳のとき、前日の成人式会場を貸していただき、
「2回目の成人式」を開催したりしたこともあったし、
北海道大学の教授になっている、当時の生徒会長を呼び寄せ、
専門分野の講義をしてもらったあとに、同窓会を開いた。
ただ、300人以上に往復はがきを送り、半数以上戻ってくる現状と、
会場・予算決めから、当日のドタキャン対応や写真撮影まで、
楽しかったぁ・・という想い出は、数少ない。
そんな幹事の私が企画した、今日の同窓会は、健康志向に目を向けて、
昼間は、玉入れ・輪投げなどの軽スポーツから「体力測定」まで、
自分の体力に合わせて、のんびり体育館でおしゃべりを楽しみ、
夜は、気のおけない仲間たちと、自由に懇親会へ繰り出す。
言わば「万年幹事が提案する、新しい『同窓会』の形」。
連絡方法も、メールやSNSで連絡がつく人に限れば、
幹事の仕事は、会場となる「体育館の手配」だけだし、
会場費を、参加人数でワリカンすればいいのだから、
当日、何人参加するかなども気にならにない。
1年に一度、自分の「体力測定」をすると思えばいいし、
この形なら、毎年だって開催できる気がする。(笑)
嬉しかったのは、参加した人たちの「楽しかったね」と一言。
こんな仕事を「同窓会代行業」に委託するなんて、もったいない。
第1回目の今日、いろいろ気付いた点も多かったけど、
やっばり「面白かったなぁ、大人の運動会」。



2015年05月02日(土)
16歳の少年の週末が、たった2行だ

映画「危険なプロット」(フランソワ・オゾン監督)から。
主人公は、文才溢れる少年と国語教師なのだが、
私は、他の子どもたちの「文章能力」が気になった。
冒頭で、子どもたちに求めた「週末を出来事」を書かせる宿題、
嘆いていたのは、その内容だった。
「土曜、ピザを食べテレビを見た。日曜、疲れて何もしなかった」
この内容に、教師が溜息をつきながら、
「16歳の少年の週末が、たった2行だ」と吐き捨てるように言う。
「土曜、テレビ・ピザ。日曜、何も。詩を書けとは言ってない。
週末の出来事だ。それなのに、2行以上の文章を書けない。
彼らの無知より、将来が心配だよ。子供は『未来』だ。」
メール全盛の現代、単語はなるべく少なく、文も短い。
形容詞と呼ばれる表現は、ほとんど皆無。
皆が時間に追われ、用件のみを伝えることが是とされる昨今、
これが普通なのかもしれないが、なんだか味気ない。
少なくとも「嬉しい」とか「楽しい」、「悲しい」といった
感情表現が無くなってきたことが、心配である。
ストーリーとは全く違った部分に反応してしまったが、
これもまた、この作品を通して感じたことだから、
「16歳の少年の週末が、たった2行だ」を残しておきたい。



2015年05月01日(金)
塩むすびの差し入れ

発想が貧困で申し訳ないけれど、
「塩むすび」で思い出すのは、旅館宿泊の宴会後、
各部屋に届けられる、あのなんとも言えない美味しさ。
私の場合、宴会では大騒ぎをしてあまり食べないからか、
部屋戻ってしばらくして「小腹がすいたなぁ」と感じるが、
そんな時、口が欲しがっているのは、
ラーメンでもスナック菓子でもなく「塩むすび」。
不思議なことに「海苔」なんてついてなくてもいい。
(昨晩は、海苔が巻いてあったけど・・(笑))
本当は「塩」だけでむすんだものが最高。
どうしてだろう?と考えてみたが、やはり「シンプル」。
お米は、食べ物の中で一番「アレルギー」になる人が少ない、
そんな話を聞いたことがあるが、頷ける気がした。
ご飯さえあれば、手っ取り早く出来るし、
小さい子から高齢者まで、誰でも作れる食べ物として、
私は、これからの日本の「食育」に欠かせないアイテムだと
確信している1人である。
そのためには、もっと「塩むすび」を食べる機会を増やす。
年に2度の防災訓練、炊き出し訓練だけでなく、
あらゆる機会を使って「塩むすびの差し入れ」をする。
それが、美味しいお米を知るきっかけとなるに違いない。

P.S.
最近、他人が作った「おむすび」は食べられない人が多いらしい。
吉田松陰の松下村塾は、妹の文が作った「おむすび」が
最高の御馳走なんだけど・・。時代かなぁ、やっぱり。(汗)