雑感
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2002年05月28日(火) 楽しい42.195キロ

風強い、雨混じりの日曜日。ウィーンマラソンを走ってきた。
1987年にリングで初めてマラソンを見てから、15年もして
自分が参加するなんて思いもよらなかったけど・・

3年前、元気で通過していく午前と、疲れてふらふら
の足どりの午後のランナーを、何てかっこいいんだろうと思って
沿道で見つめていた。いつか自分も走れるかしらと・・いや、
絶対走ってみたいという気持ちが芽生えていたのだろう。

日本からわざわざウィーンを走るためにきた走友たちと一緒に
スタート。初フルだから、5時間以内に楽しく完走という最低限の
目標をもって臨んだ。

肌寒くて、絶好のマラソン日和。初フルとしては理想的な天候で
ゆっくり走り始める。ライヒス橋の真ん中でOさんのお兄さんが
写真を撮るために待っていてくれた。コースはウィーンの観光が
できるように設定されていて、絵になる箇所が多い。オペラ座、
分離派協会、シェーンブルン、国会議事堂・・と通過していく。

フルを何回か走った友人からは、前半はくれぐれも抑えるように、
10キロ以降はガス欠を防ぐためにこまめにブドウ糖を摂るように
とアドバイスをもらっていたので、ゆっくりと走った。心拍も
低めに抑えた。しゃべりながら、飲みながら、食べながら、
さらに1キロごとにラップを取りながら走るので退屈しない。

距離表示が42キロから始まっているので、ランナー泣かせの
30や35キロ地点を意識しなくてすんだのがよかった。
表示が一桁になったとき、ずいぶん走ったなと感慨があった。

あと2キロというところでリング道路に入る。
観客の数がどっと増え、見知らぬ私たちにも声援を送ってくれる。
足がそろそろ痛くエネルギーも尽きかけているときの声援は
何ものにも替えられない。楽しくゴールできた。

準備段階での友人のアドバイス、伴走してくれた友人、
声援を送ってくれた友人やウィーン市民のおかげ。一人だったら
どこかで立ち止まって途方にくれていたかもしれない。


2002年05月21日(火) 捨てられない

荷造りをしている手をふと休めて窓から外を見た。
いつもながらの並木と車の間に大きな粗大ごみを集める
コンテナーが場所を大きくふさいでいる。

コンテナの中身を見ると洗面台や家具、衣類、ダンボールの
が小山のように重なっていた。
「ねえ、あれ見て!すごいごみの量だよ。」
「へえ、すごい!強制的に室内にあるものを撤去したって
 感じだね。」
「身寄りのない老人が死んだか家族が蒸発したみたいね。」
ちぎれてぼろぼろになった赤やピンク、もとは真っ白だった
シーツなどが垣間見える。

引っ越し作業をしている身にとっては、詰め忘れたモノがいったい
粗大ごみなのか、まだ使うつもりでいるものなのか、見分けが
つきにくい。
書物や音楽CDは、再読、再び聴くというリターン率が高いもの
が多いけれど、自分の好みに合わないものは二度と手にとること
もない。とすると、外観がきれいであっても、持ち主にとっては
既にごみなのではないかしら。

例えば、持ち主がこの世を去れば、残されたモノはお金や貴金属
以外は第三者にとってはごみでしかないと思ってしまう。
いや、残された家族が故人を偲ぶために取っておいてくれると
いう人もいるが、それはごく一部のモノであって、全部ではない。
他者の生活をまるごと引き受ける場所も余裕もないだろう。

持ち主がこの世を去らなくても、生きている間に少しづついろんな
モノが家に侵入してきて、澱のようにたまっていく。場所に余裕が
ある間は侵入物にさして注意を払わないが、引っ越しをするとき
初めて気が付く。何でこんなにたくさんのものを持っているのだ
ろうと。

家人は学生時代に書き溜めた詩や文章、教科書を未だに所有して
いる。この十数年読み返したのを見たことがない。まだ持つ
つもりと尋ねたらもちろんと返事があった。歳取って暇ができたら
読み返すつもりらしい。
自分は、モノをいつまでも保管するタイプではない。自分で決めた
ほとぼりが冷める期間を経たら処分する方だ。
モノでなくても感情などもそういう風に処理していると思う。
だから、感情を想起させるような手紙、日記なども手元に残って
いない。過去の感情を思い出しても現在ではどうしようも
ないことを感覚的に知っているからだろう。

ひとしきり無駄話をしたあと、再びモノを詰め始めた。いつか必ず
捨てる運命にあるモノだけど、ひょっとしたら必要とするかもという
かすかな希望的観測を抱きながら・・


2002年05月20日(月) The art of loving

本棚の大蔵ざらえをやっていたら、エッリヒ・フロムの
"The Art of Loving"を見つけた。薄紅色の装丁がまだ真新しく
四隅もきれいにとがっている。
最初、私の本だと思っったが、自分の部屋で見つけたわけではなく、
当時中学生の少年の本棚からだったので、パートナーに聞いた。
「ねえ、この本こんなところにあったのよ。私の本棚から拝借したのかな?」
「それは、僕が彼に読むように贈ったんだ。いい本だから読むようにって・・」

ページを切った跡がなく、どうやら一度も少年の興味を引かなかった
らしい。
彼の語学力ではまだむずかしいだろうし、それに反抗期だった・・

2,3週間前、私の本棚の隅っこから、「おひさです!」という具合に
何年ぶりかで"Die Kunst des Liebens"を見つけたばかりだったので、
同じタイトルの本が出てくるのは天のどこからか読むようにと言われた
ような気がした。

邦題の「愛するということ」も本棚にあった。
あの当時、いろんなことが重なって家族というまとまりが、ぎくしゃく
しているときに、同じタイトルの本をそれぞれが持っていたというのが
おもしろい。
「愛することは技術である」と序文にある。これを読んで目から鱗が
落ちたという人はきっと何百万人もいたのではないかしら。
愛というものが、天然もので養殖なんて絶対無理だと思っていた人たち
には、頭をかなづちで叩かれたようなインパクトがあったはず。
技術は学ぶことができる。対象への時間と熱意の投資はもちろん
必要だけれど。

大蔵ざらえは結局、若干の書物を処分するだけで、そのまま手狭な
引越し先に移動することになりそうだ。



2002年05月16日(木) 久しぶりのパステル画

2年ほどずっと教室で油絵ばかりやってきたけれど、久しぶりに
パステルを使うことにした。

一昨年特別価格でゲットした木箱入り100色セットは一番の
お気に入り。以前、ハンガリー製のをばらで揃えたのを合わせると
200色近くになる。色を見るだけでうっとり満足していたので
あまり使っていない。
道具は使わないとほんとに持ち腐れになってしまう。

パステルはピグメントを固めてあるだけなので、塗っていると
粉が画用紙一面に飛び散る。吹けば飛ぶような粉相手だから
指も手も服も賑やかな色がついてしまう。
今日もパステルで塗り絵をするのを忘れてマニキュアを塗り替
えたばかり。でも結局は汚い指になってしまった。

これほど色があっても、結局は自分で色を作ってしまうことに
なる。同じ色を作るのはとてもむずかしい。何年も混ぜ合わせ
をしているのに、この色どうやって作るのかなといつも試行錯誤。

年を重ねて、自分の何かに対するこだわりが少しづつ増えていく
のも、人生の持ち時間があと50%、40%・・と無意識に感じて
いるからかしら。描くこと、走ること、書くこと・・・

ぼけっとしている暇はないぞと背中を押されているような気になる。


2002年05月14日(火) 無料自転車の悲劇

5月始めよりウィーンに無料自転車1500台が設置された。
利用者は専用の自転車置き場から2ユーロを鍵に差込むといつでも
誰でも使える。
専用の駐輪場所は200箇所以上あるそうだが、この自転車、乗ってる
人を見たことはあるけれど、駐輪場に留まっているのをみるのは珍しい。

でも最近、ピンクや青の鮮やかな色の自転車が駐輪場にぽつんと置いて
あるのが目に付く。よく見ると前輪が盗まれて無残な姿をさらしている。
新品の自転車が留まっているなと近寄ると、誰かが自分のチェーンを
かけっぱなしにして誰も使えない。

この自転車は一般市民や観光客のためにあるのに、私的に独占して
いる人、盗む人たちが後を絶たないのはなんだかなあと思う。

日本に住んでいたときは、日本の公共道徳のなさがしょっちゅう
新聞や雑誌で取り上げられていた。でも、滞欧15年、あちこちを
旅したが公共の場所で日本の大都市と同じくらいきれいなところって
スイスとドイツくらいしか思い出せない。

ウィーンの街も観光区域以外はあまりきれいとはいいがたく、歩くと
きは下を注意しないと悲惨な結果となる。たばこの吸殻も消さずに
投げ捨ては日常茶飯事。公共道徳という点ではお寒い事情である。

この国は総じて納税意識が高いと思う。納税しているのだから、
公共のもの(道路や↑の自転車)に損害を与えても税でまかなって
当然という意識もあることは否めない。
飼い犬に平気で店の前で用をさせている飼主はペット税を払って
いるのだからいいじゃないかと言ったそうだ。

納税は国民の義務だけれど、それ以上にこの国では権利を感じさせる
なと前輪のない自転車をみてため息をついた。


2002年05月11日(土) ステータスシンボルとしてのランニング

オーストリアの週刊誌「フォーマット」にジョギングの特集
ページが組まれていた。来るウィーンマラソンを意識して
走る人たちのことが事細かに分析されている。

ウィーンマラソンが近づくと俄かランナーが増えるけれど、
政治家を筆頭とする国の名士たちが登場しているのがなんだか
おかしい。シュッセル首相に、バルテンシュタイン経済大臣、
自由党のハイダー前党首、リースパッサー副首相・・・と
政治家でこんなにランナーいたかなあと首をかしげる。
特集記事を組むので無理やりジョギングウェアを着用したのでは
ないかと思われる人たちの姿もあった。
(ただし、経済大臣は有名なサブスリー目前のランナー、
ハイダー氏はフルはけっこう速いランナー)

記事にはランナーの社会的地位、収入、学歴の統計があって
ランニングを趣味とする層は医師や弁護士、ドクターの肩書きを
もつ、いわゆる知的職業、収入も可処分所得が月3500ユーロ
以上が3割以上を占めるようだ。

そういえば、大きなマラソン大会には職業別に表彰されるものが
あり、医師や弁護士などの部門があったことを思い出した。
ランニングというものは舞踏会と同じような意味合いをもつ
ステータスとしての余暇活動ということが、この国では言える
のではないだろうか。

日本のランナー雑誌や走友会の記事を読むと人々は日常の社会的
立場を忘れて、走ることに没頭しているように思う。医者でも
サラリーマンでも主婦でも走るのが好きな人たちが集ってそこに
ひとつのコミュニティを作っている。

プラターを走りながら私のような出稼ぎ外国人が走るのはきっと
めずらしいはず。ランニングがステータスのスポーツ
とするならば一見してアジア人とわかる自分が走っていることに
違和感を感じる人がいるのではないかなとふと思った。


2002年05月08日(水) アドルフの亡霊

毎年5月8日は欧州にとって忘れられない日である。
1945年5月8日、ナチスドイツから欧州が解放された日。

欧州各地では記念式典が執り行われる。
ウィーンの王宮前英雄広場は普段は観光客やフィアカ―馬車で
賑わいを見せているが、オーストリア国民にとっては触れると
ちくりとくる場所でもある。

今から64年前王宮のバルコニーに口ひげあざやかな男が一人
何万人もの熱狂的な群集を前にして凱旋演説を行った。
オーストリアから放り出された男はドイツで力をつけナチス
ドイツの総統として故郷オーストリアを併合。オーストリア国民は
熱狂的に彼を受け入れた。

戦後のオーストリアはこの事実をなかったことだったように振舞っ
たが、常に男の影がつきまとっていた。

昨今、再び極右の集団が欧州各地で形成され、今日はこの集団が
正式にデモ行進で英雄広場を訪れる予定だった。同時にこの集団に
反対するためのデモもいくつか予定されている。
当局は衝突を恐れ英雄広場周辺を封鎖することにしたとニュース
があった。

彼の残した有形無形の影響は21世紀になっても消えていない。
真中からちょっと右、左でイデオロギーの針が触れている間は
大丈夫だけど、人々の不満を利用して思いきり右にぶれると
世の中は住みにくい。特に異邦人の私にとっては。


2002年05月04日(土) ドナウ堤防を走る

土曜日。
スタート時間が迫るにつれてドナウ上空は晴れ渡り、気温がぐんぐん
上昇した。
今日は消防署主催の10K大会。走るイベントよりはどちらかと
いうとアフターの食べて飲んでの交流に主眼を置いているようだ。
家族連れが多く、子供の遊び場まで作ってあった。

今日はあんにゃさんと一緒。フルマラソンの調整のつもりでゆっくり
歩を進める。競争をしない共走をしたのは初めて。照りつける陽光の
もと、ゆっくりと川面を眺める。葉が生い茂った木々が風にゆらゆら
するのが目に映る。
今まで自分のぎりぎりの力で走るレースが多かったので、こういう
景色を楽しむ余裕がなかったなと思い返す。

軽くゴールしたあとは、ビールや菓子パン、ケーキが待っていた。
主催者側は参加者に楽しんでもらおうと思ってか、食べ物だけでなく
参加賞や景品、入賞のトロフィーまでたくさん用意してくれた。
参加者が少ないけれど、ウィーンではお薦めの大会の一つである。


2002年05月02日(木) 風薫る5月に

5月の暦がめくれたとたん、初夏のような陽射しが
町をすっぽりと覆いました。
夏の装いをするにも衣替えの準備などまったく考えて
いなかったので長袖のシャツをがまんしいしい着ています。

幸いなことに名うての乾燥地域、日陰に入ると涼しい風が
すうすうと袖と腕の隙間を通り過ぎていい気持ちです。

昨日は、今年初めてのアイスクリームを食べにケルントナー
通りのアイスサロンに出かけていきました。
テイクアウェイには蟻のように人が群がっているので喫茶の
席へ・・たまにはアイスの贅沢もいいかなと思って、アイスカフェ
を注文。ほどなく生クリームとバニラアイスたっぷりのコーヒー
フロートが到着し、甘い甘い世界を楽しみました。

右脳でアイスを楽しみながら、左脳でカロリー計算・・・・
控えめに見積もっても400カロリーかな。
一時間ジョギングするとだいたい400カロリー・・
アイスを食べた日はもう一時間よけいに走らないとチャラには
なりませんね。

5月の風を頬に感じながら、ホワイトキス(アーモンド入りバニラ
アイス)を食べる楽しみはどうしても捨てがたい・・
今月はアイスの分も走行距離を伸ばさないといけない運命の
ようです。
4日は若いお友達と一緒に10Kの大会に参加する予定です。
晴れるとよいのですが。



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