皇帝の日記
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こんにちは。
実は東欧から帰ってから、ずっとうちのネコの花ちゃんが具合悪くて、病院を行ったり来たりしていたのですが、残念ながら努力の甲斐なく亡くなりました。 肺炎の呼吸困難です。 頑張ったのですが、小さいので頑張りきれなかったのかもしれません。 まだ五才と若いので、病院に長期入院させてたら、とか思うのですが、病院が嫌いとうか、好きなネコちゃんはあんまいないと思うんですよね。
今日はお通夜で、明後日火葬にしてもらって、お庭に埋めます。 福ちゃんが理解しているかどうかわかりませんが、彼もしばらくは寂しい思いをするでしょう。
ではでは。
つまり、あれです。 東欧は色んな人種がいて、言葉があって、興味深いと言うことです。
前に「シカゴ」という映画で、英語のできない女の人がハンガリー人だったが、その意味がわかった。 あと、マイフェアレディーでもハンガリーの王女と呼ばれていた意味がわかった。 ハンガリー人は英語できない。
あと、ヨーロッパではイギリス英語が基本。 エレベーターとか言ってはいけない。リフトと言う。
チェコのホテルのエレベーターは壁がなくて死ぬほど怖かった。
アメリカには文化の香りが全くなかったけど、ヨーロッパはそれ以外にない。 なんというか、洗練された人工の町。 歴史も感じる。
物価は別に安くない。 特に服。
飛行機はプロペラ。
あんまり皆風呂に入ってない。 ちょっと臭い。
以上のことを心がけて、スリに気をつけていれば大丈夫。 楽しかったです。 またなんかあったら行ってみたい国々でした。
これからちょっと、映画も抑え目にして、卒論を書こうと思う。 いや、今からそんなこと言ってるのがもうおかしいんだが。 とりあえず今日は卒論指導員のもとで軽く指導され、何もできてないことだけが発覚して帰ってきた。 人生色々。
行きも帰りもルフトハンザを使ったので、今回日本語チャンネルは無し。 英語かドイツ語のチャンネルのみだった。 で、英語で一生懸命見たのが
●ファーストデート 主演がドリューバリモア。記憶を一日おきに失ってしまう女の子の話。 映画はともかく、最近のバリモアは明るい表情の役が多く、薬中からよくぞここまで復帰した、と涙を流さずにはいられない。
●ハリーポッター3 相変わらず英語だと何を言っているかわっぱりわからないハリー。 なんでハリーポッターのキャラはそんなに皆怒りっぽいのか。
●シュレック2 1を見ていないのに。 これは面白かった。 猫好きにはたまらない一品。 毛玉を吐く時の猫の声が妙にリアルで、監督のこだわりを感じる(猫に対しての) 声優がとにかくゴージャスなので、是非字幕スーパーでごらんいただきたい。
●題名不明 ニコールキッドマン主演、奥さんがロボットになってしまう映画。 これ、そのうち日本にもくると思う。 ジェンダー研究の人が見たら、相当面白い話だと思うんだけど、皇帝は専門が違うのでそっとしておく。 キッドマン、相変わらず色白すぎ。 あと、片眉上がりすぎ。
●題名不明 アメリカで連続ドラマになっている「エブリバディー・ラブス・レイモンド」のレイモンド役の人が主演(俳優さんの名前は忘れたので、レイモンドと呼ぶ)。 連続ドラマの俳優さんが映画に出てくるってコースは、米国ではかなりポピュラー。 お茶の間のファンがとりあえず見に来るので、テレビ程度の簡単な脚本でも一定数の客が呼べるからだ。 で、この映画も大した話ではない。 配水管の修理工に扮するレイモンドの彼女が、大統領からデートに誘われて、レイモンドは市長選挙に立候補する。 それだけ。
ところでルフトハンザの機内食。 そうめんが出て来たから、汁をかけたら汁入れに穴が開いていて、全部下に零れた。 アテンダントのナイスバディーと+−で、推薦度は0。 たまたま来たら、乗る程度にしてください。
2004年09月25日(土) |
ハンガリー、ブダペスト2 |
さて、次の日は朝からペスト側、マーチャーシュ教会へ・・・行こうと思ったら、日曜日だからミサやってて観光不可。 そんなの事前に調べておけよツアー。
同じくペスト側の漁夫の砦へ行って、展望台に入場。 写真を撮る。 ゲレルトの丘に登って、こっからも写真を撮る。 日本人のツアーって、写真を撮るためにあるみたいだ、と思った。
ブダ側、英雄広場でハンガリーの12の英雄の像を見る。 それぞれの像の下に、何を主にした人なのかがわかるように、レリーフがあるのだ。 で、字が読めないので、そのレリーフから想像するしかないのだが、大体武器を振り上げて人を追いまわしているレリーフばかり。 暴れん坊が12人。 各国首脳が来ると、献花するなわらしなんだとか。 暴れん坊に敬意を表する。 像の一番左端が、イシュトバンさん。 この人がハンガリー建国の父だそうです。
町の一部に教会や国会議事堂が残ってて、歴史的建築物として公開されている国は珍しくないと思うんだが、ハンガリーはもう、建築物残りすぎ。 ブダペスト全体に渡って、珍しい建築が目白押しで、例えるなら上海のバンドが、ずっと続くような。 好きな人は、建築だけ一日見ていてもいいでしょう。
昼飯後、再び自由行動。 とりあえず、皇帝は地下鉄に乗り込む。 切符の買い方が特殊すぎてわからない。 かなり苦労して切符を入手したが、苦労しすぎて、ここにもう一度経緯を書くのも嫌なくらいだ。 更に路線を間違えてあさっての方向へドンブラこっこと流れていきましたとさ・・・。 いや、慌てず騒がず反対の電車に乗り換えて、ちゃんと正しい路線に戻りましたけどね。 母を連れてなくてよかったな、とのんびり思った。 パニックする人なので、多分大慌てしてたと思う。
苦労した切符も、改札が緩々なので(というか、始めどれが改札なのかわからなかった)結局パンチせずに通過。 その上、回収もされなかったのでそのまままた使える(良い子は真似しないで下さい)
どこへ行ったかというと、地下鉄でまた英雄広場駅に戻り、そこから国立美術館へ。 ここでもまた、閉館時間に追われて、ダッシュ。 ロートレック、エル・グレコ、ブリューゲル、ラファエロ、マネ、モネなどなど、圧巻のメンツの作品が揃っているにもかかわらず、プレートが小さく、もともと王宮のような建物を利用しているので、天井が鬼のように高く、天井に向かって縦に巨大な絵が三段くらいにわたって展示されているため、首が痛い上に、上のほうの絵はなんだかよくわからない。 しかも、音声ガイドがない。 ここでも多くの有名絵画を見逃してきた。 数多くの美術品は、ロシア軍に盗られて帰ってきてないんだそうな。 それはエルミタージュ美術館に行くと見れたりするんだろうか(ぼそ)
ところで、ヒューストンでエル・グレコの息子の絵を観たという話はしただろうか。 したとしても、私すら覚えてないので、また書いておく。 「グレコの絵」と解説がついていて、画風も色もそっくり。 大抵の人はエルさんの作品だと思う罠。 今ネットで息子さんの名前を調べてみたら「長じて建築家となりトレドのカテドラル建設にも携わったグレコの息子ホルヘ・マヌエル」とかいてあった。 画家ですらないらしい。
五時半閉館。 再び地下鉄に乗って、一駅先の温泉に入ってきた。 こちら、セーチェニ温泉は地元の人が愛好しているようで、ユーロは使えないは、英語は使えないは、融通は聞かないは、道も案内してくれない。 ウロウロして、個人部屋の戸を開けて怒られたりする。 案内がないのに、悪者道まっしぐら。
まあ別に文句は言いません。 都内の銭湯に外人が入ってきて、身体も流さずに風呂おけに入ったら、誰でも怒ります。 でも体流せなんて、番台のおじちゃんは英語で注意してくれません。 それでも外人は怒られます。 世の中はそうなっています。
もんわりしながら、夕食を食べるために更に地下鉄で移動。 ジプシーが歌って踊ってくれると言うレストランへ。 チップを潔く払って、最後の夜を満喫。
ドナウの宝石、ハンガリーはマジャール語が少しできた方がいいかもしれない。 苦労したな、という印象がかなり強い。 あと、ジプシーや行商人の群れには緊張させられる。
面白かったのは、むしろホテルの近所にあったスーパーマーケット。 観光の終わりとか前とか、暇な時に足を運んでいたのだが、美味しいチーズが破格の値で買えたり、珍しい野菜が見れたり、かっこいいブーツが売ってたりする。 うっかり色々買いそうになったが、お金がないので見てるだけにしておいた。 チーズは買って、食べた。 ついでに日本にも持って帰った。
猫の缶詰も買って帰ったが、食べてくれなかった。 まずいのか。
明日は、機内で見た映画について色々。 5本くらい見ました。
2004年09月24日(金) |
ハンガリー、ブダペスト1 |
さて一行はハンガリーへ。
ハンガリーはローマ人が住んでたり、フン族が来たり、マジャール人が来たり、オスマン・トルコが占領したり、オーストリアの属国になったり、ロシアに制圧されたり、EUに加盟したりと、中々歴史的に忙しい国である。 で、人種的には今でもマジャール。 言語もマジャール。 貨幣は地元のフリント以外、滅多に通用しない。 ユーロもあんまり駄目。 しかし、何故かジプシーの皆様は円も取り扱ってくれる。 さてこの人たち、実はアジア系である。 言語もアジア系、人種もアジア系に分類される、・・・らしいよ。 姓、名前の順番で呼ばれるし、気のせいか白人のくせに直毛率が高い気がする(ついでに禿げ率も高い) でも金髪だし、白人だ。
地名とか聞いてると、他のヨーロッパ言語とは違うというのがわかるし、発音体系も大分違うように感じる。 文法も明らかに違う。 そう、インド・ヨーロッパ語族とはなんとなく違うのだ。 で、それが何を意味するかと言うと、そう、英語が通じない(ここ重要) 日本に来て英語が通じないと怒っている外国人に対し、誰しも一度は「けっ」と思ったことがあるだろうが、今私はハンガリー人にとって迷惑な外国人になったのだった。 け。 や、本当に通じない。 この国を一人で旅行するのは無理かもしれない。 治安も悪いし。
ブダペストへ向かう途中、エステルゴムという山に寄る。 ツアーのいいところは、移動手段を考えなくていいことと、移動で取られる時間を大幅に節約できるところだ。 フリーで行ってたら、たぶんバスの手配でてんてこ舞いになっていたと思う。
エステルゴムはハンガリーカトリックの総本山。 ハンガリー建国の地とか言われている。 とにかく、教会が縦にでかい。 ツバメが丁度渡るか渡らないかの気候で、観光にはふさわしい感じだった。 ついでに、ツアー客に晴れ女がいたので、旅行通じてずっと晴れ。 移動中に雨でも、バスから降りたら晴れということまであった。 恐るべし晴れ女の威力。
そこから、ドナウの清い流れとスロバキアを横目に見つつ、ドナウベント(湾曲したドナウの意味)地域のセンテンドレという小さな町につく。 ここ、バロック式の街なんだって。 旧ドイツのボロ車なども現役で走っており、いかにも田舎。 そして狭い。 刺繍なんかがハンガリーの名産なのだが、緑豊かな地域は大抵刺繍が名産だな、と思う。 他に凝ることがないから(失礼) いや、雲南とかさ・・・。
ハンガリーの一般家屋は、雨漏りしそうなほどぼろいが、ガーデニングの凝り具合は普通ではない。 ここに彼等の美意識を見出すことができる。 途中、コンビニにトイレ休憩で立ち寄ったので雑誌を検分したが、ガーデニングの本や、料理、建築物、家具のリメイクなどに、国民の英知と情熱は注がれているようだった。
ブダペストが近づくにつれ、バスの運転手ポールはうきうき。 彼はハンガリー人で、この一週間我々ツアーのために他国に出張していたことになる。 国でパートナーが待ってるんだって。 へー・・・。
ブダとペストという町が、ドナウ川を挟んで存在しているので、ブダペスト、という。 間にはエリザベート橋とか、鎖橋というような美しい橋がかかっていて、そこで両岸を行き来できるのだ。 ところで「くさり橋」と聞いて、「腐り橋」と脳内変換していた。 嫌な橋だ。
ブダペストに到着することには、すっかり夜になっていたのだが、オプショナルツアーでドナウ川クルーズ(夜景)に行くことにした。 夜ともなれば寒いので、スーツケースから母のセーターとコートを取り出してきて着る。 そう、皇帝は母の荷物まで担いで旅行しているのだった(ポツリと苦労を滲ませる)。
夜道を失踪するバスに、ポールの姿はなかった。 ポールはパートナーの所へ帰ったので、違う運転手が乗っていた。
で、途中豪快に花火が打ちあがる。 なんだと思ったら、ソフィア・ローレンの息子が大聖堂で結婚式を挙げていたのだ。 花嫁に向かって撒く、花びらを拾っておいた。 そんで、次の日新聞にでかでか報じられていたので、新聞も購入し、セロテープで花を貼り付けておいた。
さて、ドナウ川クルーズ。 ガイドの解説で、美しくライトアップされた町並みを拝見。 インターコンチネンタルのビルが、全く古い町並みにマッチしていなかったが、さすがヤンキー。醜悪な建物を作らせたら世界一である。 ブダペストの見所は、ほぼ川沿いに並んでいる。 観光したければ、川岸をブラブラすればいいのだ。 そんなことを思いながら、深夜ホテルに帰って寝る。 続きはまた明日。
2004年09月23日(木) |
オーストリア、ウイーン |
↓昨日書いたチェスキー・クルムロフというとこは、世界遺産に登録されていた。 有名どころなのかというと、確かにそうなんだが、チェコ中に世界遺産登録された城が満ち溢れているので、まあそのうちの一つなわけだ。
さて、ウイーン。 音楽の都ウイーン。 ドナウの(ヘドロで)青き流れが輝くウイーン。 二年前の大洪水で建物を洗われたウイーン。 ハプスブルグ家本拠地ウイーン。 チョコレートがくどいウイーン。 足の短いゲルマン人のウイーン。 Wの発音が全て濁音に変化する、不思議の国。
そんなわけで、夜にバスがウイーンに着いてから、ワインならぬヴァインを賞味しつつ夕食。 チェコからずっと思っていたが、町が美しい。 どのように美しいかと言うと、ゴミが捨ててない美しさ。 アジアとは一線を隔すところだ。
で、次の日はハプスブルグの反映の舞台、シェーンブルン宮殿へ。 大変土地が広いので、全て見るのは不可能。 このお城は、他のお城と違って、外側だけでなく中の内装から家具から全てがオリジナルのもの(他のお城は、中身は骨董屋で補充するなどしている場合が多い)。 そればかりではなく、万が一家具が壊れた時のために、全ての家具にスペアがあり、こちらもオリジナルというから、規模が違う。 更に、マリア・テレジアが、家具や壁紙の張替えのために折らせた絹地の在庫も相当残っており(一々必要な時に作ると、色が統一できないのでいっぺんに織らせたそうで)、あとニ三回貼りなおせるんだとか。 こちらももちろん世界遺産。
エリザヴェート皇后の使った髪飾りのレプリカ、ヘアピンを購入した。 エリザヴェートの髪の毛は踵までつくくらい長かったとかで、髪の毛にまみれた肖像画がありました。 ぶっちゃけ気持ち悪い髪の毛だった(ぽつり)
バスで市内を見学しながら、ヨハン・シュトラウスの像を見た。 ここでツアーから離れて、市内観光。 変な人につきまとわれた時のために(なんせ一人で歩いてるもんだから)日本人相手の免税店の位置を確認。 万が一の時に駆け込めるようにしておく。 それからかの有名な、数十年間裁判で商品名を争ったと言う、オリジナル・ザッハートルテを食べに喫茶店へ。 同じツアーの人がここでカバンをスられる。 そういうこともあります。 慌てず騒がず警察へ行きましょうね。 トルテはどこまでも甘く、その横についた、ケーキの倍くらいの大きさの生クリームに更にHPを吸い取られ、名物ウインナーコーヒーに乗っかってくる、同じサイズの生クリームでとどめを刺されるという感じだった。 美味しいよ。
それから国立オペラ座の見学ツアーに参加。 毎日日本語のツアーが三時に行われており、皇帝はちゃっかり学生証を提示して半額以下の2ユーロで参加。 学生は全世界どこでも学生です(ここメモ)。
てれてれ市内を歩いて、美術史博物館へ。 とにかくでかくて広くて収集絵画の数が半端ない。 ここまでの観光を終えて、すでに四時回っちゃってるのに、閉館は六時で、軽く焦る。 しかも日本語ガイドイヤホンはないので、英語版。 これが耳慣れぬブリティッシュ・イングリッシュ。ふら。 で、有名な絵画をピンポイントでまわり始めるが、特に看板が出ているわけではないので見逃しがち。 警備員に「この部屋で有名な絵はある?」と聞くと、「あんたの目の前のそれ、ラファエロ」と言われる始末。 数多くの名画を、主に見過ごしてきました。
閉館で追い出されてから、奥の建物にある近代美術関係の広場へネリネリと入る。 ところで昼間、オペラ座のチケットを買いたかったのだが、もちろん超人気のチケットがそう易々と手に入るはずもなく、無理だったので、ヨハン・シュトラウス劇場のオーケストラ(バレエ、オペラもつく)チケットを買っていた(ここ裏技。メモ)ので、八時までにヨハン像の前に戻らなければならない。 なので、時間を気にしつつ、近代アーティストの最近の作品や写真を見学。 八個レンズのついた、変なカメラを購入。
ここからヨハン劇場まで早足で到着。 席は自由席なので、早めにアクセスし、最前列のど真ん中ゲット(同じツアーの客にであったので、手伝ったりしてもらって) 後ろの席とかも、全然段差のない平席なので、小さい皇帝には重要なことだ。 目の前でバレエをみたりして、すっかりご満悦。 ウイーンのオーケストラでモーツアルトを聴いた、という事実に酔う皇帝。
帰りは地下鉄は危険、というか一時間に一本の素敵な路線だったので、タクシーを拾ってホテルにご帰還。
ウイーン満喫しました。 雨も降らず、いい感じ。
プラハの春。
さて、母は結局出発直前にキャンセルで、私一人で出国と相成りました。 母子の親睦を深めようという、当初の目的はこうして早くも挫折したのだった。 皇帝ヨーロッパ初体験。 はやくも波乱の様相。
で、ミュンヘンを経由してプラハにつく。 プラハはEUに加盟したばかりで、ユーロの使用可能率がけっこう低い。 それだけで緊張気味なのに、持ち金はUSドルだったために、成田で外貨(ドル)→外貨(ユーロ)の換金ができずに、ほぼ無一文で到着。 まあ、今回はツアーに入ってるから、万が一でも大丈夫だろう、という根拠のないのんびりさかげん。 この暢気さが、いつか命取りになるんじゃないかと思いますよ。はい。
ミュンヘン→プラハ便機内では、母がいなかったので、単独で着席。 すると、隣の席に赤子が。 本当に赤子。 七ヶ月くらいの。 母はチェコ人、父はトルコ人の、可愛らしい赤子のなのだが、涎のみっちりついた手でアタックしてくるので危険。
攻撃をやり過ごしつつ、むしろ後半は諦め、涎まみれないなりながらプラハの夜に到着なので、そのままホテルへ。 時差があるので、皆様不眠に苦しんだようですが、皇帝は普段から一人時差の生活をしているので、なんら普段の睡眠スケジュールと変わることなく、日本時間の朝四時ごろに寝て、昼間に起きてきたといったかんじでしょうか。
で、二日目はプラハ観光。 ボヘミアの古城観光と称し、現在80何歳のおじいさんが住んでいるというお城を見てきた。 外観は普通の四角い建物と変わらない、シュテンベルクのお城(だったかな)。 中身はいろんな、歴代城主のプライベートなコレクションなんかで埋まっている。 全体的に小ぶりな感じの、可愛らしいお城。 ツアーだから、交通ルートを自分で考えなくてすみ、その意味でとっても楽。
それからバスでプラハ城へ。 これはでかい城。 かわいげとかない。 プラハ城というのは、規模は違うけれどベルサイユと同じで、ちょっとした町のようなもので、城壁の中には教会もあるし、貴族の家なんかもある。 城内のでっかい教会が、聖ビート教会。 カトリック系で、何世代にも渡って改築増築修復が繰り返された結果、建物の中にゴシックもルネッサンスもと、いろんな様式が混在している。 見所はやはり、アールヌーボーの巨匠、ミューシャ作のステンドグラス。 これがでかい。 何が何でも全部でかい。 かわいくない。 人を圧倒する建物でした。 宗教と言うのは、人を威圧して信者を獲得するものです。はい。
プラハのシンボルのような、カレル橋を渡る。 この時点で、旧市街広場にあるからくり時計が、四時に動くのを見たいので、皆早足で橋を通り過ぎる。 ツアーでなかったら、適当に五時とかにずらせるのに。 ツアーは一長一短。
カレル橋には、日本でも有名な人の像がある。 ザビエルさんの像。 やっぱり禿げてる。
さて、からくり時計にようやく間に合ったが、時計自体はなんともいえない。 かわいげがあるというか、お粗末と言うか・・・(ぼそ)
これから夕食まで、自由行動。 買い物をしたり、カフェでコーヒーをいただいたり。 一人なので、スリに気をつけなきゃな、と思う半面、盗ろうと思って盗る奴からは逃げられないよな、という逆説的な意見にまとまり(皇帝脳内会議)、結局リラックスしながらブラブラ買い物。 それを遠くから見ていたツアーの他の客曰く、長期滞在の留学生のように見えた(つまり、観光客には見えなかった)とのこと。 留学生活が長かったせいか。 これでスリの心配はあまり要らないと言う事がわかった(貧乏くさく見えていたと言う事でしょうか)。 ボヘミアグラスと、名産のガーネットのアクセサリを買う。 職人の技はさすがの一言。 細かい。
夕飯はビアレストラン。 ビールをもりもり飲んで、その日もプラハに宿泊。 今回のツアーは、疲れないように各国連泊のものを選んだのだ。
翌朝はバスに乗って、ウイーンへ向かう。 向かう途中で、チェスキー・クルムロフという、舌を噛みそうな名前の旧城下町と城を見学。 この町は人口2000人程度だとか。 観光客が多い。 英語を話せる学生アルバイターみたいなのが案内してくれた。 まあ大体観光地しか回ってないので、ここまで大体英語が話せる。 プラハのミニ版というのが、この町の売りなのだが、残念ながらたった今オリジナルを見てきたばかりなのだ。 そうしてみると、ちいさな町の城と言うのは、庶民が近くにある分えげつないというかなんというか。 黄金の馬車とかですねー。 ソリとかですねー。 贅を凝らした作りに、眩暈がいたしました。 イタリアからわざわざ建築家を連れてきて作った、ルネッサンス風のお城からして、もう。
さて、こっからはオーストリア、ウイーン入り。 明日ウイーン編を思い出して書くことにする。
ここまではチェコ。 人種は美しいスラブ系。 オリンピックの女子新体操では、スラブ人ばっかり残っていたのが記憶に新しい。 言語はチェコ語。 ちょっと前まで共産主義で、今は資本主義。 観光事業が盛ん。 古い町並みをかなりの割合で残している。 道路は石畳なので、歩くと疲れる。 ビールがうまい。 中年になると太る。
ちっとも終わるんだかどうだかわからない、いつまでたっても暑苦しい日本からこんにちは。
期せずして怖い映画を見た。 アメリのヒロインが主役を張った映画で、邦題が「愛してる、愛してない」。 これ、広告とかが愛らしい。 で、予告編も大変愛らしく、いかにも可愛らしい映画が始まりそうな予感を抱かせておいて、実はホラーなのだ。 すっかり涼しい思いをした。 あー怖かった。
さて、一週間ほどウイーンに行ってくる。 だが今回の旅の友である母が、さっき腹痛で病院に行ってしまった。 腹痛でキャンセルも視野に入れつつ、とりあえず万全を期して寝ようと思う。
どこに行っても思うのですが、健康第一だよ。 本当に。 韓国でも体調崩さなければ、もっと見て回れたのになあ。
休み明け提出のレポートを書かなければならない。 かなりギリギリの日程なのだが、焦れば焦るほど麻雀ゲームなどをしてしまい、手につかない。 夏休みって終わるの早い。
こういう日記は小学生の時に書きましょう。
映画見ながらボリボリ掻いてたら、小判大の蚊に刺されになったとさ。
サタデー・ナイト・フィーバーを見てた。 昔美術館に行った時に、映画で使われた電光床の展示があった。 そんなことを思い出したりしていた。
ムーランルージュも見たが、あれはデュマの椿姫だ。 なぜ誰も言わないんだろう。 でなければ、彼女が結核である意味なんかないし、作家のパパがしつこく出てくる必要もない。 監督が演劇やミュージカルのファンなんだって事は良くわかった。 随所に見る人が見れば気がつく引用がある。 玄人受けする映画だと思うが、遊び心を引いたら何も残らない映画だ。 あと、初めて真面目にキッドマンの映画を見たが、おでこの皺が隠せなかった数シーンににやりとしてみた。 怖いくらい白い人だなあ、と思ったりもした。
仕事で古いテープを整理してたら「soni-tape」というのが出て来た。 ソニーの標章がsonyになる前。 ヘボン式表記だ。 ソニタペ。
さて歯医者に行って、銀色だった歯の詰め物を、白くしてもらった。 皇帝の口内で白くないのは、これ一本だったから、これで上下全部白くなったわけだ。 ついでに、レントゲンも撮影したので、いつ飛行機が落ちても身元の確認はOkだ。
今日は香港映画「インファナル・アフェア」を見た。 ハリウッドがリメイク権を高額で買い取ったやつ。 香港映画も、ついにこのクオリティまで来たか、と、子の成長を見る親の気持ちでした。
時代はテルミンだよね。
http://www.apollonmusic.com/c_menu/Theremin/Theremin.html
この楽器を題材にしたドキュメンタリー映画を見たわけなんだが。 当然のことながら、BGMはほとんど全てテルミンで構成されている。
で、このテルミンの音がなんともいえない。 なんとも言えず、不気味。
その不協和音みたいな、グンニャリした音が、映画全体に延々と使われている。 なんかグンニャリした。
でもありそうなくらいに映画を見ている。 というか、あるんじゃないだろうか。 だんだん自分の予定がわからなくなってきた。
マイケル・ムーアの「アホでマヌケなアメリカ白人1」を見た。 言われなくてもアホでマヌケだと思っていたので、今更という気がした。 アホでマヌケなわけじゃなくて、その真実をしらなすぎるのが彼らの敗因だと思うので、こういうドキュメンタリーはよいと思う。
「ウエイクアップ!ネッド」 これはアイルランド映画。 なんだか良くわからないジャンル分けをしたけれど、そういう感じ。 以前、マイナーシネマで公開中に見たが、面白かったのでビデオで見直してみた。 面白いんだよ。 是非見ていただきたい。 アイルランドの荒涼とした自然のありさまとか、けして美男美女じゃないけど、いやな顔でもない人々とか。 音楽も含め、見所満載。
映画を見ている。 なんか仕事行って帰ってくると、魂の抜け殻のようになって、映画をぼーっと見るくらいが限界というかぎりぎりというか。
ラスト・サムライを見た。 思ったより良かったです。 監督の真摯な姿勢を感じました。 でも一言。 畳みの縁に座るなよ。
キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン。 んー・・・。 別に、トム・ハンクスでなくてもいいんじゃん?という感想。 主演は刑事・プリオじゃなきゃ駄目だったかも、と思わせる何かがある。 でもトムはいらない。 ギャラをこういうところで節約でいると思う。
なんか面白いことが身の上に降りかからないと、なかなか日記って書けない。 うーん。 近頃何も発見していないので、そろそろアンテナ張っていこうかと。 あ、今月半ば、母と東欧に行くことになった。 スケジュールの調整が大分不可能なことになってますが、行ってきます。
帰国早々映画を三本くらい見たのだが、感想かいてないと何を見たかすら忘れそうなので、ちょっと書いておこうかとおもう。
カトリーヌ・ド・ヌーブの「見出された時」。 フランス映画。 こんなに心のそこからすっきりとはっきりと、面白くないと言い切れる映画は初めてです。 びっくりした。 しかも長い。
ターミネーター3。 エンターテイメントです。 ところでディスクが傷ついていて、バンバン画面が飛びまくって不快だった。 前に利用していた駅前のTUTAYAは、クレームをつけると(というか、「飛んでたよ」と注意すると)代金返してくれたのに、今のTUTAYAは無視だ。 むかつくから指摘するのも面倒くさいと思っている。 どうしようかな。
香港映画「トリック大作戦」。 少林サッカー主演の周星馳の映画。 比較的前の香港映画にしては、まとまった話だと思った。 それにしても目の笑わない男優だ。 いつ見ても目だけが笑っていない。 中井貴一に、その点で結びついている。
韓国での四週間、まったくネットが繋げず、しかも帰国したらIPアドレスをいじり倒したせいでこちらでもなかなか繋げず、本日のUPとなり申した。
生きてます。
すっごい心配してくれた方、ありがとうございます。
けっこう元気に、台風を背負って帰ってきたわけだ。 つか、行きも台風ともに出て行って、帰りも台風。 嵐を呼ぶ女。
皇帝
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