凪の日々



■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■

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2007年11月19日(月)

バザーの収支報告等を全部仕上げて「もうこれでいいや!!」と提出した翌日から片頭痛でダウン。
久しぶり。
バザーの間に来なくて良かった。
軽いのはちょくちょくきてたけど、薬が効く程度のだったし。
何より、片頭痛って精神的なものらしいので、自分が逃げようとしなかったって事だよな、とちょっと自分を見直したり。
片頭痛と欝は脳内のなんとかっていう物質が出る点で仕組み的には同じらしい。
「だから片頭痛持ちの人は鬱病になりやすいと」はいはい。
それにしてもイミグラン効かないなぁ。違うのに変えてもらおうかなぁ。

いつも片頭痛の時はただひたすら痛みにのたうちながら眠る。眠る。眠る。
飲まず食わずで眠る。
これで二日で二キロ落ちる。
それだけが苦しみに耐えたご褒美みたいにおもえる(苦笑)
呻きながら、もうこんな苦しいなら死んでもいいんだけどなぁといつも思う。
どうしても生きていたいわけでもないし、今死んでも全然私は構わないんだけどなぁと。

闘病生活している従姉妹の苦しみはこんなもんじゃないだろうなぁ。
偉いよなぁ。
そこまで生に執着する理由はなんなんだろう。
まだやりたい事がたくさんあるって事なのかな。
自分が死ぬと、悲しむ人や困る人がいるってことなのかな。
確かに私が死ぬと夫は困るだろうなぁ。
でもそれも私にとっては別に生に繋ぎとめる程のものにはならないんだよなぁ。

あれこれ思いながら呻き続けた二日間。
体重はもう戻りました。
来週はバザー役員は今度は幼稚園のお餅付きの手伝いだと。
朝、子供と一緒に登園してエプロンして餅つき準備やります。
二日間。給料くれって感じ。
いえいえ、これもお世話になっている園の為、少しでも力になれるのであれば喜んで、ですはい。
もうなんでもやりますよはいはい。

ボランティアに燃える人って「自分が世の中の為になっている!」という充実感と自己満足に浸るのが気持ちいいのかな?
自分から進んで手伝いだのなんだのしているわけでなく、いやいや断われずにやっている身としては、この行為に意味を見いだせなくてとても空しいんですが。
結局我が子の笑顔にそれを見出すしかないわけか。
でもそれも自己欺瞞のような気がしないでもない気が。

こんな腹黒い人間にただひたすら無償の愛という無償の労働を要求される幼稚園の役員は無理。


2007年11月12日(月)

母方の従姉妹が入院したそうだ。

結納を交わした後、乳癌が発見され、婚約破棄になった従姉妹。
その後退院し、週一の通院になり、リハビリがてらバイトにも行き始めた…と、母からは順調かぼちぼちか分からないけれど、それでも回復しつつあるような話を聞いていた。
なのに。

入院して本格的に放射線治療を受けなければいけなくなったらしい。
再発した、という事か。
「なんか腫瘍が四センチ位あるらしくて、四センチにもなったらもうアレらしいねぇ」と母からは分かったような分からないような報告がある。

母方の従姉妹は一度も会った事がないので顔も知らないし、名前もろくろく知らない。

だけど、放射線治療や、抗癌剤の副作用との戦いは知ってる。
叔母と、従姉妹が今その戦いの最中に入ろうとしていると思うと、胸が重くなる。

どうか、負けないで。
従姉妹さん、叔母さん。
祈るばかり。


2007年11月08日(木)

母から電話で先日従兄弟の結婚式に出席した事を聞いた。
母方の従兄弟はほとんど面識が無いので特に感慨もないし、お祝いもしない。

「●に(従兄弟の義弟)カラオケで�狎蕕良�に乗って�瓩魏里辰討發蕕�うと思ったのに、式場に曲がなかったので出来なかった」と母は不満げ。

当たり前だろうが…祝いの席にその選曲はなかろう…と今更ながら、母の常識の無さに涙がこぼれる思い。

「それはお祝いの歌ではなく、死んだ人の歌だから、祝いの席に相応しくないからだ」と当たり前の事を教えると、「だって●はあの歌がとても上手いんだよ」と反論。

そもそも祝いの席の余興の趣旨とは…と実の親相手に懇々と説く気にもなれず。


こんな常識知らずの人が親なんだよなぁ…と溜息。


2007年11月05日(月) ハードスケジュール

本日、やっと日常が帰ってきた感じ。
まだちょこちょこ幼稚園への出事はあるけれど、当日行けば済むような簡単な事ばかりなのでまぁいいか、と。

とはいえ、昨日はアイの学校振替休校日。
&、アユムの幼稚園参観日。
これは連れて行くしかなく。

その前にアイを皮膚科へ。
ここ数日湿疹が酷くて「かゆくてたまらない」と言うのをム●ベビーで誤魔化していたのだけれど、いい加減診てもらおうと。
「乾燥肌&ちょっとアレルギーかアトピーのケがあるのかも」とアユムと同じ診察結果を頂き、「それってこの子の時も言われたんですが」というと「姉妹だから体質が同じなんでしょうな」と一言。
同じ薬を出されたので、次回からはアイではなく乳幼児医療対象のため医療費がかからないアユムの診察券で薬を貰いに行こうと思う。

そのままアユムを園バスへ。
私はアイと園へ参観に。
参観内容は省略。

参観後、アイを視力トレーニングへ。
やっぱり前回より下がってい「0.15といったところでしょうかねぇ」と言われる。
両目で0.4位。ううむ。厳しい。
もう諦めて眼鏡にしたいところだけれど、本人の努力次第なので、もう少し様子をみるか。

トレーニング後、小児科へインフルエンザの予防接種を受けに。
前年度というか、この冬は予防接種を受けていたにもかかわらず、アイがこの病院でのインフルエンザ患者第一号だった。
今年は一ヶ月遅く予防接種を試みた次第。次は12月。
さて、アユムはいつ受けさせよう。とりあえず保留。

アユムが幼稚園から園バスにて帰宅。
そのままアイの英語教室へ。
来週あたりは英検の結果が分かるのかもしれない。再来週かな。
試験後、「ヒアリング簡単〜〜!!」と爆笑していたアイ達だけれど、リーディングは当然知らない単語ばかりなのでこちらでかなりマイナスになるであろう事が予測され、プラマイどっちに転ぶか不明といった所。
先生的には「この子達なら五級はヒアリングだけで合格点とれますよ」と言ってたので、受験させてはみたんだけど。
「でも四級はヒアリングだけじゃ合格は出来ませんから」とも言われた。
Be動詞どころか日本語の主語述語も習っていない三年生なのでさもありなんと。

教室があるショッピングモール内のマクドナルドでアイが好きなケロ●軍曹発見。
「ハッピーセット買って〜!」と言う子供達に、この時点でへとへとに疲れていた母にもうこれが今日の夕飯でもいいか…と悪魔のささやき。
結局買って帰宅。
この時点で既に六時過ぎ。
家で食べてもらっている間、洗濯物等しまったりなんだり。
風呂の用意をして、「湧いたから入って〜」とソファーに崩れ落ち爆睡。
八時過ぎに起きて寝る準備をしてから夫に「今日夕飯ありません」とだけメールし、子供達と再度爆睡。

なんか、くるくる動き回った一日だった。
BSの映画「花とアリス」を観るつもりだったのに疲れてそれどころでなく。残念。

今週は幼稚園に行く日があと二回。
なんか、幼稚園ってこんなに出事が多かったっけ。
全部無視すれば出来ない事も無いような些末事ばかりのようでもあるんだけど、なんというか、かかわってしまうと逃げにくくなるのね。
今年一年は幼稚園にはまる事になるのかな。
観念しておくしかないか。


2007年11月01日(木)

やっと幼稚園のバザーが終わりました。
昨日園全体で反省会をやり、収支報告をして一段落です。

会計を引き受けたので、連日、園では皆と作業して、自宅で領収書や帳簿とにらみあい。
エクセルの操作に四苦八苦しつつ、毎夜収支報告書や管理表etcを前に頭を痛め、寝るのは日付が変わって二時三時あたり。
そのまま六時頃起きて朝食の用意やらして子供達を送り出すとそのまま園へ、という毎日でした。

もうなんというか、精神力と忍耐力、体力の修行中といった感じでした。
すべて己が未熟だから辛いだけで、人間が出来ている人はどうといった事はないのかもしれないけれど。

専業主婦をしていたら、苦手な人や相容れる事の出来そうにない人にはなるべく接しないようにすればやり過ごせるのですが、皆で同じ事をしなきゃいけない場ではそうもいかず。
仕事とかしてても職場でそういう人いたりしたよなぁ…と遠い目をしたり。
でもそういうのは陰で愚痴を言い合えばストレス発散もできたけれど、園の役員だと迂闊に愚痴も言えず。
「あそこの園はこうらしいよ」
「役員の誰々さんはこうなんだって」と噂が広まると園児減少にも繋がるので、誰相手にでもニコニコ笑って「大変だけど楽しいわよ〜」と流すしかなく。

どれだけ頑張ろうとそれが給料や己への評価となって返ってくるでもない究極のボランティア。
「すべてはお世話になっている園へのお礼」が大前提なので、かなり己を犠牲にしなきゃいけない事が多かったです。

「幼稚園の役員やれば学校や子供会の役員って楽らしいよ」と経験者は言ってたけど、なるほどこれ以上辛い役員はもうないだろうなぁと。
幼稚園の母親って働いていない事が大前提だから、すべて園中心で動けるはずだろう、という意識なんだろうなぁ園側も。

ドリンク剤をコーヒーで流し込むだけの朝食にやっとお別れ。
毎日の食後の胃痛にもお別れ。
原因不明の目の痛みで入れられなくなっていたコンタクトレンズもやっと今日入るようになったし。

どんなに頑張っても「それが当たり前」と受け止められ、何も自分に残らないというのは子育てというか、母親業の究極の形だなぁと。
頑張った証が何も残らないというのはね。
勿論バザーの売上として数字は残るし、その売上で買った園の備品なんかは残るんだけど。
そんなの卒園したらこちらは何も関係ないわけだし。

そういう「自分」をまったく切り捨て無の境地無償の愛でもってやらないといけないという事実を、「やりきれないし、やってられない」と感じてしまう私は自己中心的で自分勝手な人間なんだろうなぁと。


でもバザー当日、夫に連れられて来た娘達が「バザー楽しかったよ。おかあさん一生懸命だったね」と言ってくれたので、それだけが救いかな。
目に見えるものは何も残っていないけれど、娘達の心の中にはバザーで頑張っている母親の姿、が刻まれたようで「私も結婚して子供が出来て、●幼稚園に行くようになったら、お母さんみたいにバザーやるようになるのかな」とニコニコして言ってたので、彼女達の中に何かしら感じるものを残せたようです。

考えたらそれが最高の結果なのかもね。



暁


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