凪の日々



■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■

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2006年09月26日(火) 体験運動会

週末のお勉強系園の運動会体験は予想通り。
アユムは私にくっつき虫のごとくへばりつき離れないままで、結局未就園児の競技のダンスは私に抱かれたままで終わった。
ついでにアイが一緒に三歳児に混じって参加して、私に抱かれたままのアユムの隣で踊って満足してるし。
まぁアイにとっては卒園した園だから、懐かしい顔ぶれの子供達や先生達が居て楽しかったみたい。
卒園時の競技にも出て景品貰ってご機嫌。
アユムは貰った風船も「いやぁぁぁ!!!!」と泣き喚いて捨てる有様。

アイはもうちょっと踊った気がしたけどなぁ。
ってか、ちゃんと地面に立ってたし。
って、そのレベルかうちの娘達は。がっくり。

挙句、「アユムちゃんには●園は無理だと思う」なんて、卒園児件姉のアイにダメだしされるし。
あんたが言うかあんたが。
かけっこもドベをニコニコして走ってて、フラッシュカードも九九の暗唱も口パクで誤魔化していたあんたが。
鉄棒の前では立ちすくみ、跳び箱は避けて走ってたあんたが。
いや、アイもお勉強系園のレベルに全然ついていけてなかったんだけど、本人が全然それに気づいてなくて、卒園するまで気づくことなく(それもどうかと…)楽しいまま園生活を送ってくれたのだ。

どんくささもここまでくれば見事な武器だなぁと感心してたのだけれど、小学生になったら流石に知恵がついてきて、「あたしは皆よりどんくさい」という事にやっと気づいて今は日々悶々としてる暗い子になってるんだけどね。
(↑それもますますどうかと…)

アユムはどんくさいというか、それなりに知恵があって、警戒心バリバリって感じ。
慣れない場所や人にはまず警戒して拒否だし。
お遊戯会本番で「いやぁ!!」と泣き喚いて舞台に上がらないタイプ。絶対。
この電卓をかけても良い。(←違う)

アイは卒園時の競技に「二番位になるから見ててね!」と張り切って参加し、結局途中の障害物の平均台に乗る時、どんどん人に順番を譲って最後から二番目位にやっと平均台に上れて、後はまぁ予測した通りと言うか。
そもそも「二番位」という中途半端な順位狙いがまたこうなんというか、己を知っているというか身の程知らずというか健気と言うか情けないというか。
母は色んな感情が渦巻いたけれど、結果本人が満足気だったからとりあえずオーライだと思ったよ。
身の丈にあった目標をまず立てて、それをひとつづつクリアーしていくってのが、確かに母があんたに教えた事だもんね。
他人が運体一つ飛びを何往復できるか競ってても、焦らないで、まずは運体を普通に出来るようになろうってのがこの夏の目標で、やっと先日それをクリアーできたしね。
焦らずちょっとづつ進んでいこうね。

でも、アユムの園選びは期限があるわけだから、母はちょっと焦らなきゃいけないんだけどさ。
アユムの今のところの性格がどうもいまいち掴めないので園選びも悩むばかり。
確かにお勉強系園のカリキュラムに沿った日課には「いやぁぁ!!」と泣いて抵抗しそうなイメージなんだけど。
今現在の未就園児教室には楽しそうに行ってるんだよなぁ。
はぁ。悩む。

まぁ、ようは何はともあれ、子供達が毎日楽しく学校や園に通ってくれて、お友達と遊んだり喧嘩したり仲直りしたりして成長していってくれるのが一番なんだけどね。



2006年09月19日(火) 園選び

さて、幼稚園選び本格シーズン突入だ。

なんて、正直、「未就園児教室に通っているわけだから、このままこの幼稚園に入園だなぁ〜」とのんびり思っていた。
アイが通っていた幼稚園だから制服も一通りあるし。
かってもわかっているわけだし。

しかし未就園児教室であるにもかかわらず、ママ達は他の幼稚園見学だのリサーチしまくっている様子。
お茶してて「先週〇幼稚園の説明会に行って来たんだけど、園の説明DVD貰ったから見る?」なんて話題になり、一人鳩に豆鉄砲状態だった私。

「●幼稚園は習い事が充実してる」だの「△幼稚園は年長さんに針仕事させて集中力を養わせるそうよ」とか、それはそれは皆さん情報交換に忙しい。

今、未就園児教室に通っている園も、お勉強系の園で、フラッシュカードだのなんだの脳の発達にどーたらかーたらの園なんだけど、皆様もっと上を?目指しているわけなのかなぁ。

ちなみに皆さん2〜3歳の現在、習い事は掛け持ち状態。
なーんにも習っていない野生児状態はうちのアイくらいかも。
まぁ、最初の子供さんが多いから、どうしてもあれこれ熱心に詰め込みたくなるんだろうけどね。

正直、皆さんの教育熱心さにちょっと腰が引けているのも事実。
そこまで熱心にアユムの教育に集中してないし。
ってか、まったく教育してないし。(←いいのか?)(←良くないんだろうなぁ…)

このままお勉強系のこの幼稚園に入れても、私が熱心になれないまま、三年間過ごしてしまいそう。
だってアイが三年間通って、今現在小学校でどうか、というと、別に出来が良いわけでもなんでもない普通の成績だし、性格も後ろ向きなままだし。
ようは幼稚園でどんなに厳しく躾けられても家で親がそれを育てなかったら根付かないままそこで終わるって事なんだなぁとアイで知ったわけで。
どんなにお勉強系の園に入れても、私が熱心でない限り、園生活も無意味になるんだなぁと。

いっそ近所の「子供は遊びが仕事です!」という方針の元、ほとんど野放し状態ののびのびした近所の園に入れるか。
「しつけを期待しないならあの園でいいんじゃない。いつでも入れるし」という評判の園だけど(苦笑)
それで、私もパートで仕事探して、園の授業料分だけでも稼げたら、アユムに習い事をさせる経済的余裕も出来てくるかもしれないし。
お勉強系園は役員だのなんだのあるから働くのは難しそうだし。

生活の事を考えると近所の野生児園。
アユムの事を考えると今通っているお勉強系園。
両極端な二つの園の間で揺れてます。
願書取り寄せは10/1、入園受付は11/1。
ちなみにお勉強系園は入園受付当日受け付け時間前から並ぶそうな。
アイの時、9時から受付のところを8時過ぎに行ったら園はもう受付やってたもんなぁ。
あの時20番台だったから、一時間前から20人位の人が並んでいたってわけだよなぁ。
皆さん、凄いよなぁ。子供に注ぎ込むエネルギーが。
それが親の愛ってやつなのかなぁ。
だとしたら、愛が足り無すぎだよなぁ私。

とりあえず、今月末の今のお勉強系園の運動会と、来月にある野生児幼稚園の運動会は行ってみます。
アユムの反応が大事だしね。


2006年09月14日(木) 恐怖体験

久々に怖い金縛りにあった。

金縛りに怖いも怖くないもあるのか、という話もあるかもしれないけれど、基本的に金縛りは心と体の疲れ方のバランスが崩れた時になるものだ、と私は思っているので、それに伴って何か見えたとしても、目は開いているのかもしれないけれど、脳は寝ていて、脳の中で映像を結んでいるのもが視覚にも見えていると錯覚しているのだ、と考えている。
だから、特に金縛りにあっても気にしないし、翌朝も覚えていない事が多い。

昨夜の金縛りは怖かった。
寝ていて、いきなり眩しい光が一瞬目に刺さって目が覚めた。
てっきり、子供が懐中電灯で遊んでいて、その光が横切った時、私の目に入ったのだと思った。
まさしくそんな感じだったので、「あぁもう!」と心の中で怒りつつも、金縛りにあった状態だったので動けなかった。

金縛りを解く技はまず目を見開く。
次にとにかく手か足を動かす。
それでも解けない時は体全体に力を入れて起き上がる。の順。
ちなみに仰向けで寝ているとかかりやすく解けにくい。
横向きだと力を入れたとたん体が倒れる事があり、その瞬間解けるので、以前は横向きでしか眠れなかった。

昨夜は横向きに寝ていた。
目を見開くと、目の前の暗がりに、片膝を立てて私の顔の前に座り込んでいる黒い影がある。
てっきり、懐中電灯をいたずらした子供がしまった!と思って私を覗き込んでいるのだと思っていた。
でも私の目の前は締め切った襖。
襖と私の間に人が座り込むスペースがあるわけがない。
よく考えなくても子供達が夜中起きて暗がりに懐中電灯を探し出して遊ぶはずないよなぁ。
この時点で、あぁ今回の金縛りは手ごわいかなぁと思った。
私はかなり深く寝ぼけているな、と。

金縛りなら解けば済む。
目の前の影も消える。
幸い今夜は横向きで寝ている。解けやすい体勢だ。
懇親の力を上側の肩に込め、思いっきり動かそうとする。
しかし今夜の金縛りは手ごわくてなかなか解けない。
もうこうなったら起き上がってやる、とにかく動かないと…ともがき、なんとかガバッと起き上がることが出来た。
見ると時刻は11時前。
9時半に子供達を寝かすべく一緒に寝て一時間ちょっとか。
このまま起きていてスポーツニュースでも見ようかと思ったが、なんだかしんどくてそんな気にもならず、水を飲んでついでにトイレに行ってまた寝た。

翌朝も鮮明にこの金縛りを覚えていた。
いきなり眩しくて(光が痛くて)目が覚めた所から始まる金縛りって初めてだなぁ。
座り込んでいた人影はなんだかひどく慌しいというか、落ち着かないざわざわした感じがしたなぁ。
でも目が覚めたとき、襖はやっぱりきっちり閉まっていて、人が座るスペースは無かったし。

考えていて、段々疑問に思ってきた。
と、同時にじわじわと怖くなってきた。
……あれって、本当に夢だったんだよね?
っていうか、霊体験の方がまだ怖くないよね?

あの光が本当に懐中電灯だったら?
たまたま部屋をぐるりと照らしたその光が私の顔に当たったのだとしたら?
座り込んだ影が、本当に「しまった!」と思って私の様子を見ていたのだとしたら?

金縛りで体が動かなかったのは幸いだったのか?


とりあえず、今夜から戸締りをしっかりして寝ようと思う。
どうか霊体験でありますように。


2006年09月12日(火)

今月はお彼岸。
だけど、お彼岸に墓参りに帰省した事が一度も無い。
というか、「お彼岸に墓参り」という発想が夫に無いように見える。
結婚してから一度も提案してきた事はないし、私が提案しても「なんで?」とか「忙しいし」とまったく気乗りじゃないのでもう私も言わなくなった。


夫の生家の墓は坂道を上り詰めた畑の道沿いにぽつんとある。
私有地に墓を建てる事って今も出来るんだっけ?
共同墓地が普通だと思うので、とても奇妙に思える。
何が奇妙って、夫の生家の地域もちゃんと共同墓地があるから。
今年の夏、夫の従兄弟の初盆で、初めて共同墓地に行った。
結婚して何年も経つのに、そういえば親戚の墓に参るのは初めてだ。
自分の家の墓すら、私が「墓参り行かないと」と言わないと、夫は行こうとしない。
そういう当たり前の事にまったく関心がない非常識な人間というか、信仰心が欠落した人というか、人間として莫迦な男だと思う。
大好きな叔父さんが無くなった時は散々落ち込んでいたくせに、その後墓参りなんか一度もした事ない人だ。

私は信心深い祖母に育てられたので、仏壇のある家にお邪魔した時は、まず仏壇にお参りするのが当たり前だと思っている。
だから、夫は実家に戻った時にご仏壇にお参りをしない、というのが信じられない。
その家の核、総ての根源、そこにまず挨拶してから一息つくものだ。
信仰とか、宗教とかじゃなく、DNAの螺旋の過去に繋がる者達に、その先に繋がっている我々が、先人の苦労や喜びやあらゆるものに思いを馳せその苦労を偲び労い感謝するのは当然の事だと思う。
「ご先祖様へ感謝の心」というとなんか仏壇かなんかの安っぽいキャッチコピーみたいだけれど、それは忘れてはいけないものだと思う。
「有難い」というのは「有るのが難しい」という意味だ。
有るのが難しいのに有る。それはとても感謝しなきゃいけない事だ。
その気持ちは忘れてはいけないと思う。

そういう部分も、人間として、夫を信頼できない原因の一つになっているんだろうと思う。


共同墓地には墓石の他に土神様を祭る石がどの墓にもあった。
夫の家の墓にもあったけど、何せ夫の家の墓しか見た事が無かったので、夫の家だけの事かと思っていた。
農業主体のこの地域では、昔から土神様を祭るらしい。そうなのか。

夫の家は弟夫婦が次いで立派に農業を続けている。
弟さんは土に感謝し、天気に感謝し、親に、地域の人たちに、自分の周りの総てに感謝し、繋がりを大事にして頑張って生きていて、とても偉いと思う。
天地がひっくり返っても、夫に農業は次げなかっただろう。
0と1の組み合わせで総てが始まり総てが終わる無機質な世界が夫に最適の世界だと確かに思う。


2006年09月11日(月)

ママ友のTさんと世間話。

息子のH君が、雑誌の懸賞でみつけたおもちゃに猛烈に惚れこんでいるらしい。
「当たるといいね〜」と応募したその日から、「おもちゃ、いつくるかなぁ〜!!!」と待ちわびるようになってしまったそうだ。
「懸賞に応募する」という事の意味を何度も説明するも、四歳児にはどうやら理解できないもよう。
そのあまりの熱望ぶりと「送ったから届くはず」と思い込んでいるひたむきさに、その後訪れるであろう現実に打ちのめされる我が子の姿を見るのも忍びなく。

悩んだTさんは旦那さんに「同じおもちゃ買ってきて封筒に入れて�狹�たったよ�瓩辰禿呂修Δ�」と相談したそうな。
うーむ、と考え込んでいた旦那さん、思わず「あ!もしかしたら!」と叫びだした。
何事かと聞けば、「俺、子供の頃懸賞に当たった事あるんだけど、あれってかあちゃんが買ってきたやつだったのかな?!」と真剣な顔で言われたらしい。
欲しかったおもちゃの懸賞に応募して、ある日「当たったよ」と母親が茶封筒に入ったおもちゃを渡してくれたらしい。
でもよくよく記憶をたどってみると、普通の茶封筒だった気がする。
よく考えたらああいうのは出版社の社名とか印刷されたもので来るものじゃないんだろうか。
そうするとあれば母親がこっそり同じおもちゃを買ってきて、さも当たったかのように渡してくれたものだったんだろうか…

20数年前だか30年近く前だかの出来事。
真相を知るは旦那さんの母のみ。

「で、旦那はこんど母親に聞いて確かめてみよう!といきまいているの。余程信じ込んでいたみたい。種明かしされた時の旦那の心境を聞いてから、同じ事を我が子にするべきかどうか、あらためて相談して決めようと思って」と笑顔のTさん。
そりゃ、間違いないよね。

男ってかわいいっていうか、Tさんの旦那さんもTさんも、良い味出してる夫婦だよなぁと感心。
愛情受けて育った人は、同じ愛情を人にも注げるもんだよね。


2006年09月07日(木)

前回0.8と0.5だと分かったアイの視力。
通院しやすい病院へ転院してそこで新たに検査しなおしたのですが。
なんと、0.3と0.5でした(爆涙)
前の病院の検査結果を問診等で伝えたところ、「この数値でこんなに見えているわけないんだけどなーと思ったのでちょっとシビアに測定してみました」と先生。
いやぁ0.3って。眼鏡いるじゃん(滂沱の涙)
でも先生いわく、小学校低学年ならまだこの視力でも授業に差し支えないそうな。
中学高校でこの視力だと、黒板の文字も当然小さく読みづらくしかも多量になるわけで、授業のスピードにとてもついていけなくなるので、即眼鏡だそうだ。
そうだねぇ小学校低学年なんて殆ど文字の書き取りだの簡単な計算程度だし。
黒板の文字をノートに書き写す作業なんかないし。

あぁもうがっくり。
親が2人とも眼鏡だからいつかは子供達も眼鏡になるだろうとは思っていたけれど、こんなに早くなんて。
いや、まだ眼鏡はいらないんだけど。
もう時間の問題よね。
仮性近視通り越して一気に近視だなんて。
うわぁもうへこむへこむ。

子育ての愚痴を言い合っていたママ友から「暁さんって子供に感情移入しすぎない?一緒に落ち込んだりしたりしないほうがいいよ?」と先日言われ、そうなのよねぇ自分でもいかんなぁと思っているんだけど…と反省し、もうちょっと感情面で距離をおかなきゃいけないよなぁと思ったばかりなのに。
もう駄目。子供の健康管理もまともにできないダメな親なんだわ私。
猛省というか、とにかく落ち込みまくり。
自分なりに頑張って母親やってるつもりなのに、全然出来てない自己満足って事よね。
まったく無駄なんだわ。私がやってる事って。
そういう考えに思いっきりはまって立ち上がれない。とほほ。

落胆したまま帰宅すると郵便受けには歯科検診の案内が。
あぁ定期健診の時期か。
無視したいところだけれど、乳歯の前歯が一本過剰歯だったアイは、その後生えてきた永久歯が見事歪んで横を向いた状態で生えてきているのだ。
女の子の前歯が横向いてるなんて。
歯が抜けていた時、クラスメイトに「歯抜け」とからかわれて以来、アイはすっかり笑顔が少なくなり、写真でも絶対笑わない子になってしまった。
これ以上陰に篭もった子になられるとこっちもしんどい。
矯正しなきゃいけないのは確実だけど、今は成長の度合いを見て様子を見ている状態なので、見せにいかなきゃいけないしなぁ。
来週から頑張って歯医者にもいくか…

なんか気分は賽の河原。
積んでは壊れ、積んでは壊される石の塔。
そもそも私が積んでいる石はなんの意味があるんでしょう…


2006年09月05日(火) 通院生活

アイの病院通いが続いております。
って、別に通わなきゃ通わないでいいんじゃ?程度のモノじゃないかと自分で思いつつ通うのがなんというかストレス。

ひとつは眼科。一年の時学校の集団検診で普通だった視力が二年生になったらいきなり下がって要健診になってしまった。
病院に行って視力を調べてもらったら、0.5と0.8だと。うわっ。
私も視力は悪いが、眼鏡が必要になったのは中学生になってからだったぞ。
などと言うと、ママ達は「私達の頃と時代が違うもの」と言う。
それもそうだなぁ。こんなにゲーム機無かったもんなぁ子供の頃。

もう視力が良くなる事は無く、進行を遅らせるしか手は無いそうで。
その手段として、視力トレーニングなるものに週一で通うことになったわけ。
就寝前の目薬(緊張した目の奥のなんとかいう筋肉をほぐす薬だそうな)を毎晩毎晩差さなきゃいけないのがこれまた面倒臭い。
だって寝る前に歯磨きさせて仕上げ磨きしてトイレも行かせて×2人分だけで面倒臭いのに。
自分で出来るようになってくれないかなぁ。まだ無理だろうなぁ。
歯磨きすら言わないとやらずに寝てしまおうとするやつらだから。

もう一つは耳鼻科。
プールで水遊びしていたら耳に水が入ったアイ。
翌晩「耳の奥にアメーバーがへばりついているような感じで聞こえにくい」と見事な喩えでとても分かりやすく状態を教えてくれた(遠い目)
しかしどれだけ耳掃除をしても何も出てこない。
諦めて耳鼻科で耳掃除をしてもらったら、やはり耳垢が家庭では除去不可能な状態で鼓膜にへばりついていたそうな。
アイの耳垢は飴状なので、耳掃除しにくいのだ。
ついでに見てもらったアユムはまったく問題なし。
なのに診察代はアユムの方が高かったのでかなり損した気分だが、己の耳掃除の方法は間違っていなかったという安心料だと自分に言い聞かせる。

子供の健康管理は母親の責任だものね。はいはい。わかってるさ。

で、プールに行くたび「また聞こえにくい」と言い出すアイに、また耳掃除だけの為に病院へ行くのか…と躊躇しつつも診察を受けたら「外耳炎になってますね」だと。
ついでに反対の耳も「中耳炎にかかったあとがありますね」と言われ寝耳に水状態。
いや、熱も出てないし、痛みも言って来てないけど。
いつのまにかかかっていつの間にか治ってたわけ?

そりゃ人間だからほおっておいてもある程度は勝手に治るよねぇ。
でもほおっておいていいのか悪いのかの判断が難しいのよ私には。
もうこの「耳が聞こえにくい」なんてのも、ほおっておいたら勝手に耳垢乾燥してはがれて出てこないかな。
先生も実際「ある程度は耳垢って自然に外に出てくるので様子を見てまた来てください」なんて言ってたし。
ほおっておこうかな。でもこれでなんか取り返しがつかない事になったらまた母親の責任だし。

本人は病院にある本だのおもちゃだのが楽しいので病院へ行くのはむしろ楽しいらしい。
「目のトレーニング早く行きたいー」なんてジタバタあばれるし。
親の手間隙と経済的な面も考えて欲しいもんだと内心思うけれど、そんな事言ってもせんない事だし。
私って過保護?それとも放任しすぎ?
あぁストレス。


2006年09月01日(金) 新学期

はぁぁああ(溜息)

アイを学校へ送り出して一息ついてます。
アユムはこの時間幼児向け番組にかぶりつきだし。
TVに子守をお願いしてちょっと息抜き。

夏休み最終日、いきなり自由研究やりたいなんぞ抜かしやがったアイ。
そんなの最終日に言われても。
てっきり自由研究は放棄かと思って母も放置してたのに。
最終日に提出物の点検をしてて気が変わった模様。
迷惑この上ないが、意志は尊重せねば、と協力。
幸いと言うか、うちにはアイの好みで工作物の本は山ほどある。
パラパラめくってすぐ出来る工作物なんぞに決め、製作開始。
とりかかったのは正午過ぎ。出来上がりは夜。まぁこんなもんだろう。

全然自由でもない、本の通りに作った工作物だけど、まぁ本人の達成感と、提出する事に意義があるって事で。

今朝は出掛けギリギリまでTV見てて、集合時間が過ぎているのに気づいて慌てて家を出て行ったアイ。
途中で他の子と合流できたのを目撃してたので、安心してたら新聞取りに降りていった玄関先で一人荷物を広げている。
「傘を持っているか分からなかったから確かめようと思って」だと。
その間他の子はさっさとアイをおいていってるし。
あんた嫌われてる?どうして「待ってて」の一言がいえないわけ?
などと言うわけもいかないので「傘はあるから急いで追いかけなさい」と送り出す。

なんというか、万事がこんな調子。
ギリギリになってあれこれやりだすのだこの子は。
どうして前もってやろうと考えないのかな。
想像力が無いって事か。それってバカって事だよね。
それともこの年代だとこういうもんなのかな。
私が構いすぎるのかな。それとも放置しすぎるのかな。
一番の問題は私がそういう思いを言葉にしてしてなくても態度に出てて、アイはしっかり感じ取っているんだろうなってとこなんだろうけど。
こればっかりは私も限界ギリギリなのでどうしようもできない。

はぁ。どうすればいいのやら。
朝からどっと疲れる。
とりあえず帰ってくるまでの間、息抜きさせてもらおう。
子供と一緒にいると息が詰まるって段階で親として間違っているよな。私。


暁


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