凪の日々
■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■
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先日、エステの肌診断を受けた。
アイのお友達のママ、Yさんが、ご自宅でエステをやっているというのは知っていた。 以前、思いっきり化粧品まけした時、「これってやっぱり化粧品があってないからかしら?」と軽く相談してみたら、自分がやっているエステで時々肌診断と試供品サンプルをプレゼントするキャンペーンがあるので、その時がきたら声をかけますね、と言われ、こちらもお願いします、と軽く流していた。 あれから一年は軽く経った気がするんだけど。 「以前お話してた肌診断のキャンペーンが今月いっぱいなので良かったら」と声をかけて下さった次第。
正直、あれから普段使っていた化粧品に戻したら、肌のトラブルも治まったので、無理に化粧品を変えるのはやめて今までどおりのを使おう…と思い知った感じだったので、すっかり忘れていた。 が、こちらも相談した手前、「やっぱりいいです」とも言いにくく。 何せアイの幼稚園時代からの長い習い事教室仲間。 子供同士がとても気があっているので、親同士でぎくしゃくしたくない。 「それじゃ下の子が幼稚園に行ってる間に」とお邪魔してきたわけで。
エステは●ーラのエステ。 Yさんの自宅で旦那様の出張土産のケーキを頂きつつ普通におしゃべりしながらあれこれ肌のデータを取るべく皮膚サンプルみたいなのを取る。 なんかの実験みたいで面白い。 しかし今までの人生でエステって結婚する時と出産後の病院でのエステしか受けたことが無いズボラな女なのでいまいち興味が湧かない。 ごめんなさいYさん。
「やっぱりきめが細かくてデリケートな肌ですよね」とYさん。 「皆さん羨ましがる肌だけれど、それだけ、お手入れが大変って事ですよ」と誉めて突き放すセールストークの王道を聞きながら、ふむふむ、このあたりがマニュアルトークなのかぁ、などと、客観的に聞いてしまう失礼な私。 でも「高い化粧品を使っても、ちゃんとその値段に見合った正しい使い方をしないと、高いお金を払った意味が無い」という感じの話はある意味納得。 毛穴は下向きなので、化粧水は下から上へ塗るのが正しいんですって。 私は敏感肌なので、パッティングは刺激を与えるだけだから禁止だそうな。 叩いて沁み込ませる某化粧品のCMを鵜呑みしちゃってたワ。 誰でも同じ方法が良いってわけでもないわけか。 私はコットンは肌が痛くなるので化粧水は手でつける派なんだけど、やっぱり基本はコットン。 化粧水がまんべんなく効果的につくから、だそうな。 でも私はコットン使うとひりひりするからダメ。 コットンが安物だから?
結果が出るのは二週間後。 その後、肌にあったオーダーメイドの試供品を下さるそうな。 「高いからとても買えないので私も使ってません」とYさん。 「だから無理に買わなくていいんですよ。私のお友達も試供品目当てでこれだけ受ける人多いから」 良いのかそれで。
まぁ、アユムの幼稚園入園が決まった今、来年から月三〜四万出費が増えるわけだから、私の化粧品なんぞに費やす金はどこをどう探しても出てこないので買えるわけないし、買う気もないけど。
ごめんなさいYさん。 でも今後の円滑なお付き合いの為にも、一回はそちらにお邪魔してエステを受けさせていただきたいと思ってはいます。 でもどういう時エステ受けに行くんだろう。 結婚式にでも出る機会があれば前日にお願いしてみようかな。
いやはや、女性って大変ねぇ。
夜、寝ぼけてぐずるアユムをあやす。 適当な子守唄を歌うと、なんとなくアユムが静かになる。 子守唄って幼児にはそれなりに効き目あるんだなぁ。 新生児の時はまったく効果なしだったけど。 小学生のアイにいたっては「おかーさんなんて歌?」とかえって目が覚めてきて逆効果。 子守唄って効き目ある年代が限定されるのかも。
己の子供時代を振り返ると、祖母と寝ていたので子守唄らしきものを聞いた記憶があまりない。 寝入りばなはお祈りのように「今日も一日済みました。おかげしあわせもったいない。あとと」と寝床で一緒に唱えるのが決まりだった。 何もかもに感謝。おかげさまで一日が無事済んだ事に、しあわせでもったいないくらいありがたい事だ。
あぁ一日が済んだ〜!とは思うけれど、それをありがたいとか幸せ、とか、思う事はなかなか出来ない。 そう思えたら、そう思いながら眠りにつけたら、どんな一日でも最高に良かった一日に思えそうだなぁとは思うけれど。
やっぱり祖母の年齢に達しないとそういう考えには至らないのかもしれないよなぁ。 祖母の年代は戦争も体験している。 それこそ人生山あり谷ありだったわけで、その人生も終わりに近づいて、一日一日がとても平穏で気楽で幸せだったのかも。 後はいつか来る死を穏やかな気持ちで待つ日々。
祖母は死の前日まで元気だった。 夜中、起きていた祖母に「どうしたの?」と声をかけたら「私はお茶を飲んでおります」と答えた。 時間は12時過ぎだった。 その6時間後、祖母は眠るように息絶えていた。 「潔い最期だ」「最期はこうありたい」と皆が感心した。 死に装束も、何年も前からその時に備えて自分で縫って用意してあった。
祖母の年齢に達するまではまだまだ。 そもそもまだ子育て真っ最中だし。 祖母は八人産んで、三人は死んだらしい。そういう時代だ。
祖母のように、毎晩「おかげしあわせもったいない、あとと」と孫と寝床で唱える日を夢見て、最期は祖母のように、潔い最期だと皆から感心され送られるのを願って、今日も偏頭痛と戦いつつ、日々をなんとか乗り切って行こうと思う。
あぁ文章まとまらないな。 傍らでアユムがままごと道具広げて口元に運びつつマウスをいたずらするのを阻止しながらなので集中できない(涙 さて、そろそろアイが帰ってくるし。 鍋の火を消して、洗濯物しまって、アイの宿題を見て、アユムを外遊びにつれていって……
頑張ろう。
覚悟を決めて、願書提出してきました。 結局アイと同じ、現在未就園児教室に通園中のお勉強系幼稚園に決定です。
決め手はナニかって、姉妹別々の幼稚園に通わせる事になるってのはやっぱりどうかと思ったのが理由。 だってアユムがどうして姉と同じ園じゃなかったのか、気になった時、ストレートに「あんたはついていけそうになかったから」なんて言うわけもいかないし。 とりあえず姉妹で区別せずに同じようにしておこうと。 ついていけるかどうか、行ってみてからでいいか、と開き直った感じ。 アイもついていけてなかったけど、楽しかったからそれはそれでよかったんだし。 現在未就園児教室も行くのを嫌がっているそぶりは見えないし。 まぁ、いいか、と。
またあの三年間の園生活が始まるのか〜と思うとちょっとめんどくさーって気分だけど、アイ関係のママ達は「楽しみね〜!やっぱり幼稚園ってさ、その時は大変だけど、振り返ると楽しい思い出ばかりよね!小学校になったら全然何も無くて寂しいし、我が子の成長ぶりが全然わからないしつまらないものね!」と羨ましがってみせてくれる。 なるほどねぇ。確かに振り返れば良い思い出ばかりだよね…って、子育てってそういうもんじゃん。 その時はしんどくてたまらないんだけど、乗り越えて振り返ると、よく頑張ったな〜俺、って感じで、懐かしくて良い思い出に見事変換されて残ってるんだよね。 もう二度と同じ体験しないって分かっているからなおさら懐かしくて堪らない気分になるんだろうし。 ま、追体験って事で、これはこれで楽しいかもね、と思って三年間なんとか乗り切っていこう。 少なくとも、年少アユム妊娠・年中出産・年長夫の単身赴任による一年間母子家庭状態と盛り沢山だったアイの幼稚園生活より、随分と楽なはず。
一学期はちょっと色々やりたいことさせてもらって、二学期になったらパートで働きたいなぁ。 ま、来年、アユムが入園してから色々考えよう。 幼稚園に行ってる間は一人自由に動ける時間なわけだし。
とりあえず、気分は乳幼児時代クリア(?) 次のステージに移動って感じです。
さ、気分一新、頑張らないとね。
春に着ていた子供服を引っ張り出したら、アイもアユムも、窮屈になって着られなくなった服だらけだった。 アユムのサイズ100のジャンスカ&ワンピはパンツちらちらの変質者涎物状態で着用断念。 スパッツを穿かせれば良いが、それじゃトイレで着脱困難になるので本人が着用拒否するのだ。 仕方ないのでサイズ110を引っ張り出して着せる。 アイが去年まで着てた服なんか着せてみると、違和感ないあたり脱力。 四歳の歳の差って一体。 なんてでかい三歳児なんだお前は。
ちなみにアユム、現在三歳5ヵ月。 身長を測ってみたら102cm位だったのは靴を履いていたからだと己を欺くとしても、体重17kgは誤魔化しようのない真実。 四歳児の平均値なんですが。 毎日必ず誰かから「アユムちゃんって大きいよねぇ」と言われるのはもうなれたけど、面識の無い人から「幼稚園は今日はお休み?」と聞かれるのは正直へこむ。 やっぱり客観的に見て4〜5歳児サイズだよねぇ。 なのに中身は三歳だから、傍から見ると知恵遅れっぽい子に見える様子。 「来年年少なんですよ」と言うと「あ、それで。しゃべればそうよね」なんて言われて、その言葉もまたどうかと思いつつへこむ。
中身は子供、体はでかいって、変質者の格好のターゲットだよな。 公園で普通にスカートあげてパンツ丸見え状態で遊んでいると、他のママが「アユムちゃん!パンツみせちゃダメ!喜ぶマニアもいるんだから!」と、それもどうかと思われるがその通りだよなぁと言う言葉でアユムを注意してくれる。 周りがぐるりと団地に囲まれた公園なので、どの窓から誰が見ているか分からないのは確かだし。
夜中、眠っているアユムの小さい体を抱きしめると………って、小さくないし! 暗闇だとアイと区別つかないし! 「おかーさんだっこ」といわれても17kgだし!重いし抱けないし! 小さくて可愛いから保護欲もかきたてられて抱きたくなるのであって、でかいと抱きつかれても気分は体当たりで油断すると母もよろけたりするし(涙 一歳半健診まではちゃんと平均値だったのに、さぼった任意の二歳児健診から参加強制の三歳児健診までの間、いったい私はこの子にナニを与えてしまったんだろう?
だらだらとナニが言いたいかって、しまっておいたアイの幼稚園の制服。 アユムに着せてみたら、すでにぴったりだったのが(泣) アイが卒園まで着てた服が入園前からぴったりってどうよ。 新入園児のかわいさってだぼだぼの制服に着られている状態がたまらなくかわいいのであって。 サイズLの制服のスカート、入園前でもう膝丈ってどうよ(涙
今週末は子供服まとめ買いしなきゃいけないかもなぁ…とユニクロのチラシみながら涙。
しかしアイ。 ジーンズの腹が苦しくて着れないってのは問題だと思うぞ。 夏休み中に4kg増えてしまったのはやっぱり子供といえどもまずかったのでは。 だって丈は120でぴったりなんだし。 スポーツの秋だし、被服費支出軽減の為にも思い切り公園で放し飼い状態するか…
アユムの未就園児教室の懇談会が園であった。 園長先生を囲んで皆、我が子が教室に通い始めてどう成長したかを各自発表するのだ。うひゃー。
えーーーーっと、エーーーーーーーーーーーーーっと、教室に行き始めて変わった事ってなんだっけ??????? 行く事を嫌がっていたのが、喜んで行くようになったって点では変わったけれど、我が子の成長した面として考えると、教室に行く事によってプラスになったのか、年齢に応じて成長しているのか、その見分けができない。 だって、今の段階で、アイが出来てた事でアユムが出来ていない事は山ほどあるし。 成長って。どこが。どこが。えーーーーーーーーーーーーーーーーっと…
各幼稚園の願書配布が始まってから、お茶していると「うちの子はこの園には向いてないみたいだから違う園にする」とか「別の園の方が感じが良かったからそっちにする」とかいうママさんもちらほらいて、皆が皆、このまま園に持ち上がるつもりじゃないんだなぁと知ったわけだけど。 そういうママさんも「うちの子はとても内気な子だったけれど、教室に行くようになってから活発になって…」など、我が子が成長した様子をきちんと話している。 聞いていて、「え、うちの子はそんな事してみせてくれないけど」とか「え、うちのこできないけど」とか「えぇ?そんな遊びしてみせてくれるの?」とか、心の中で一人声をあげる私。
幼稚園でナニしたの?と聞いても「え、なんにも」といったりせいぜい「ねんどした」程度なのだ。 他の子は習った体操や踊りを家でも踊ったりするらしいが、うちの子は謎の動きはしていても、幼稚園のだか、TVのだか分からない。 一人でオリラジの武勇伝を歌って踊ってたりするし。 マット運動らしき事もしない。踊りも、カードもしない。 先生の真似もしない。幼稚園ごっこもしない。
アユムに「幼稚園たのしい?」と聞くと「たのしくない」と答える。 「先生好き?」と聞くと「きらい」 でも友達と遊ぶのは楽しいそうだ。 三歳児の言葉をどこまで信用していいものやら。 特にアユムは笑顔で「おかあさんきらーい」なんてふざけて言う子だし。
運動会で一人踊って無くても動いてなくても、それはそれで良いんだと思っていた。 大人で考えると、飲めないけど飲み会に行くのは好き、みたいな、反対に、酒は好きだけど、一人で飲むのが好きだから飲み会ではあまり飲まない、みたいな、そういう感じに似たようなものかな、と。 アユムは踊らなくても、周りで踊っている場にいるのは楽しいんだろうから、それでいいかな、と思っていた。 実際、運動会の後は「楽しかった」って嬉しそうにずっと言ってたし。
でも段々自分に考えに自信が持てなくなってきた。 本当にこの子は楽しいんだろうか? 楽しいんだとしたら、それをどこで表現して発散してるんだろうか? それに私が気がついていないだけなんだろうか? だとしたら、子供じゃなく、親である私に問題があるって事だよね?
気づいてなくて幸せだったけど、アイはぶっちゃけ落ちこぼれだったわけで。 アユムは?自分が落ちこぼれている事に気づかず生活していけるんだろうか? でも五月生まれなのにおちこぼれって。それもかなりショックだけど。 アイが気づかなかったのは、三月生まれだから、ついていけなくて当たり前、と親も割り切っていたせいもある。 五月まれのアユムは、ついていけないのはかなり問題があると思う。
この園で、アユムはおちこぼれずやっていけるのだろうか?(現時点ではかなりあやしい、というか、ついていけてない) アユムは、楽しいんだろうか?(言葉では�牾擇靴�ない�疆�、否定的な事を言うが、行動としては、喜んで行っているように見える) 幼稚園での出来事を反芻しないのは、楽しくないから?記憶に残らないから?そういう能力がないから?=どこか、欠陥があるとか?
考えがまとまらないなぁ。 来週から願書受付が始まるのに(一般より早めに受け付けるのだそうな)どうしよう。 今のところ、私の子育てにおける最終手段の「ま、いっか」が使えないでいる。
学校から帰ってくるなりアイが「おかあさん!今日凄い事があったの!」と目を輝かせて言った。 「なに?」と聞くと、「なんと!とびばこの三段が飛べたの!!!」
……………。
「そ、そう、それは良かったね」 「それでね、いっぱい練習したら、四段も飛べたんだよ!!!」 「そ、それは凄い。頑張ったね」
小学校二年生って飛び箱何段とぶんだっけ。 でも三段って多分最低ラインじゃないのかな。 子供の頃の記憶じゃ、中学年位で四段五段を練習してたような気が。 飛べる子は六段とか飛んでたけど、クラスで運動が出来る子だけだったようだけど。 でも己の子供の頃の記憶なので自信がない。 私自身が四段五段あたりを練習してただけで、皆、もっと飛んでたのかも。
「でもYちゃんは六段飛ぶんだよ。凄いねー」とアイが言うので試しに「飛び箱って何段まで練習するの?色んな段の飛び箱がズラーーって並んでるの?」と聞くと、三段から七段まで並べてあって、各自飛べる所を練習するらしい。
やっぱり。 三段って最低ラインじゃん。 心の中でうなだれる母。やっぱりどん臭いんだわこの子。
今、アユム達の年代のママ達は幼稚園選びで文字通り体調を崩すくらい頭を痛めている人が多い。 そのママ達に、今のお勉強系幼稚園経験者としての体験を聞かれる事が多いんだけれど、同じ卒園児のママであるSさんの子は跳び箱九段飛べるんだそうだ。 Sさんとうちで「うちはこうだった」「うちはこう」なんて、体験を聞かれるまま皆に話してたら「勉強も運動も厳しい園だけど、出来る子は出来て、出来ない子は出来ないままって事なのね」 「やっぱり出来ない子は切り捨てられるって感じなのね」と妙に納得された。 それを聞いて初めて、そっかーうちの子は喜んで通園してたけど、切り捨てられた子だったのかーと目からウロコが落ちた私。 親子してそれに気づいてなかったから能天気に通えたのかもなーおめでたい親子だったんだわーと軽く落ち込んだ所だった。
でもアイはたまらなく嬉しかったらしく、その日の連絡帳にも三段と四段が飛べた事を書いてあった。 「うれしくてうれしくて涙が出そうでした」
そっか。そんなに嬉しかったなら良いか。 切り捨てられたおちこぼれだったとしても、園生活は楽しかった記憶だけ残っているみたいだし、今もドン臭くても、だからと投げやりにならずに自分が出来る所を頑張っているわけだからいいか。 上を望みすぎたらしんどいだけだものね。
「頑張って練習したんだね。じゃぁもっともっと練習したら五段も飛べるようになるよきっと。そしてどんどん飛べるようになったらTVの筋肉番付のケインコスギみたいに電話ボックスより高い跳び箱飛べるようになるかも。そしたらTVに出なきゃね!」などと言うと「それはいやぁー」とアイは笑った。
ま、いっか。これで。
アユムが通っている未就園児教室は、第一子を通わせている方が殆ど。 上が小学生なんてのはウチを入れてクラスの一割位じゃなかろうか。 つまり、ママさん達は結婚年数が片手の方が殆ど。 イコール、二人目出産ラッシュ。今月既に三人生まれたし。 この前おなか大きかった、と思ってたらもう生まれて二ヶ月よ、なんて言われるし。 今日なんか生まれてやっと一ヶ月という新生児抱いて来てたママさんもいて、人生の中で一番妊婦と乳幼児に囲まれた凄く貴重な時間を今過ごしている感じ。
子供嫌いな私だけれど、新生児は別。 だってあれは生き物で子供じゃないもの。 乳幼児は動物と同じだから可愛い。 他所の子供は特に自分と無関係だから無責任に可愛いと思える。 独身時代、赤ん坊や子犬なんか見て「かわい〜〜っ!」と声を上げる女性の心理が理解できなかったけれど、今は分かる気がする。 他人のモノだから可愛いんだよね。他人事だから。 世話しなくていいから。可愛いとこだけ見ていればいいから。 可愛がるだけでいいから。 ついでに「子供好きor動物好きの優しい私」を他人にアピールできる絶好の機会であるわけだし。 結婚したら「かわい〜」なんて無責任に言えなくなるものね。 「じゃぁ子供早く作りなさいよ」とか「自分でも飼えば?可愛いわよ〜」なんて、親切な顔した無責任発言返しに合うし。
でも新生児は本当に可愛い。見つけるとフラフラと寄っていってしまう。 「抱いていい?」なんて抱かせてもらって「かわい〜!!」なんて言ってしまう。 だっていくら無責任に「可愛い」って言っても大丈夫なんだもの。 「じゃぁもう一人産めば?」なんて、無責任発言返しされても「そうねぇ男の子も産んでみたいけれど、もううちは2人で充分〜」なんて、これまた無責任発言返しで切り返す技を習得したし。
今日見た新生児はまだ脱皮もそこそこの本当に生まれたてホカホカといった感じだった。 うわぁもうこの小さな爪が可愛い。遮光式土偶みたいな目蓋が可愛い。 どれだけ夜鳴きしようとも母乳の出が悪いと悩もうと乳腺炎になって苦しもうと睡眠不足と上の子の赤ちゃん返りにイラつこうと、それはその人の問題であって、私にとってはもう通り過ぎた過去だ。 大変だよなぁと同情し、もうあの思いは今後一生味わう事はないんだ、という安堵感と達成感とちょっとだけの寂しさと、色んな思いが入り混じるけれど、結局私には他人事だ。 だから、可愛い。無責任に可愛い。 泣き喚いている子供の声も可愛い。 あの声の親はさぞかしイラついているだろう。お気の毒に。 でも私には他人事。うちの子じゃないもの。 だから寛大な心で構えていられるワ。 先輩ママさん面して「来月には嘘みたいに楽になって、次の苦労に進んでいるわよ。大変だけど、ずっと同じ大変さが続くわけじゃないから大丈夫よ」なんて、偉そうに励ましたりするワタシ。 うわぁ嫌な女。
でも本当に、新生児や乳児を見ると、抱きたくて仕方なくなる。 泣き出したらママが飛んでくるから楽だし。 無責任に他人の子が「可愛い」と言えるのって、思えるのって、幸せな事だと、やっと分かった気がする。
幼稚園児や小学生になったら別。 アレは子供だから。嫌いは嫌い。扱いにくいし。
それともアイやアユムが中高生になったら、園児や小学生も可愛いと思えるようになるのかな。 懐かしい、もう通り過ぎた自分には関係ない時期だ、と無責任な可愛さを感じるようになるのかな。 そしたら、我が子が社会人になったら、その年代の社会人を可愛いと思えるようになるのかな。 そして自分が死ぬ時は、自分より下の年代総てを可愛いと、いとおしいと思えるようになるのかな。
それならそれで、幸せな気もするなぁ。
本にはカバーをつけてもらう派だ。 ついでに、独身時代は旅行先で常になんでもいいから文庫本を買って帰るのが好きだった。 購入するのは出来れば大手本屋じゃなくて、その地域の中堅所(?)の本屋さんが良い。 旅行先の本屋さんでつけてもらったカバーは、その土地の住所が記されている。
本を引っ張り出すついでに、思い出もひっぱり出される。 あの時、この本屋さんでどういう気分でこの本を選んだのか、その時の感情が甦って本の世界と同時に思い出にもはまれる。
インドア派の夫と結婚したおかげで「旅先で本を買う」という楽しみは絶たれた。 今、ある本は、独身時代に夫以外の人達と旅行した時の本達。 思い出に浸れば浸るほど、今が色あせて空しくなる。
本を処分する時ってどういう気分の時なんだろう? 私は、「投げやりな気分の時どさくさに紛れて」って感じ。 なんかもう人生疲れちゃったーって気分の時本を処分する。 と、いっても、文庫本派なのでたいして場所を占めてもいないし、あらかた結婚する時処分してきて、その後は図書館で済ませる事が多くなったのであまり数は無い。 だから、結局独身時代に買って結婚してからも持ってきた少ない文庫本を処分する事になるわけで。
カバーを引き剥がし、ダンボールへ放り込む。 明日はブックオフへでも持って行って処分してもらおう。 売れそうな本はまったくないから、捨ててもらいに持って行くだけだけど。 もう、持っていても辛いだけだから。
空いたスペースに子供の本を並べる。 これから増えるのは、この子たちの本なわけで、そのためにも私の本なんか置く場所は要らないわけだし。
新井素子の「ひとめあなたに」が出てきた。 結婚する時これを持ってきた自分にちょっと笑えた。
幼稚園選びも佳境。 入園予定児のママさん達は願書購入に東奔西走で忙しい。 未就園児教室のママさん達のお茶会に参加したら、皆さん持ち寄った願書を出してあーだこーだと吟味。 その熱心さたるや。 いや、皆さん初めてのお子さんで、初めての園選びだから無理も無いか。 そりゃ情報収集に熱も入るよね。
うちは、というと、野生児園は近所だし通っているママさんに頼めばいつでも願書頼めるし、と、結局今通っている未就園児教室のお勉強系園の願書しか買っていない。 相変わらずのほほんとした状態。 このままのほほんと流されたまま今のお勉強系園にそのまま入園してしまいそうな予感もする今日この頃。 アイも通っていたわけだし勝手が分かっているのはやっぱ楽だしなぁ…悩む。
お茶会メンバーの中で幼稚園生活経験者は私だけだった様子。 「え?上の子〇幼稚園?」と皆に質問攻めにあう。 お勉強系園のスパルタ話とかは、アイの時にも聞いた出所の分からない都市伝説のような話。 「それ、うちの子が入園する時も聞いた話だけど実際体験した人見たことないのよ」と話す。 どんくさいアイなんか、まっさきに体験しそうな話なんだけど、結局はその子のレベルに合った状態でやってくれるから、無理強いはない感じなんだけど。
「お勉強できるようになるの?」「途中入園だとついていけずにオチこぼれるってほんと?」「運動神経良くなる?」etc いや、うちのこは早生まれだったのでついていくどころか落ちこぼれまくりだったし、運動神経もトロいままだけど、それでも三年間楽しそうに通ったし。 知り合いは年中から入園したけど全然平気でむしろ周りより出来た位しっかりした子だったし。 要は年少からにせよ年中からにせよ、その子の性格次第じゃないかと。 しっかりした子は全然ついていけるし。 どんくさいこは年少からでもついていけないし。 でも出来る出来ないより本人が楽しければそれだけでいいんじゃないかと。 園の日課についていけなくても、アイは一度も園に行くのを嫌がったり泣いて帰ってきたりは無かったし。 毎朝喜んで園バスに乗り込んでいってたし。 園生活が楽しかった証拠だよね。
なんて、一応先輩ママとして、全然参考にならない話を皆に話したり。
「でもうちのこ最近�爐呂笋�しなさい!なにしてるの!�瓩覆鵑動貎様靴咾了�言ってるの。これって教室で先生に言われているからよね」とママさん。 そりゃ先生たちもきつい口調にはなるでしょ。 親が我が子一人を見るのだって叱ったりするんだし。
思わずアイが幼稚園の頃、先生に髪をひっぱられてぼさぼさの頭で帰ってきた事を思い出し、「そういえばうちのこ、こんな事があったワ」と笑いながら話したら、「うわっひくー!!」「ひどーい!」と一気に皆からドン引きされてしまった。 え。だってうちの子、それくらいドン臭かったって事なんだけど。 先生も思わず「急ぎなさい!」って切れて髪引っ張るくらいドン臭い子って。 あの先生も耐え切れなかったかーと私はアイから聞いて笑ったんだけど。 別にアイも傷ついた風じゃなかったし、だからって先生の事嫌ったりもしてなかったし。 先生だって人間だし、親より若いうら若き乙女なんだし、いつも機嫌いいはずない。 たとえば失恋した翌日だったのかもしれないし、整理通が重い日だったのかもしれないし、合コンが上手く行かなかったのかもしれないし、色んな理由があって、機嫌悪い日もあるのは当たり前だし。 実際そんな事あったのは三年間で一回だけだったし、アイは毎日楽しく通って卒園して、卒園してからもバザーとか運動会とか行きたがるくらいだし。
あれーやっぱり私ってヘンなのかなぁ。 それって先生としてあるまじき行為と怒るべきなのかな。 皆はお勉強系園だから「うちのこ成績クラスでもトップで〇幼稚園に入れて良かったと思うワ」なんていう言葉を期待していたのかな。 でもうちの子、実際成績も中の中だし。 〇幼稚園でいくら勉強しても、所詮小1レベルまでなんだから、2年生になったらまったく同スタートなので、普通の子になるし。
あぁこれで皆さんの〇園に対する熱意が冷めてしまったら私のせい? おまけに「〇園じゃいう事聞かない園児は髪を引っ張って叱るらしい」なんて、新たな都市伝説を作り上げてしまったような気がしなくもないんだけど。 うわぁどうしよう。そんなつもりじゃなかったのに。
なんか私ってやっぱりどこかヘンなのね。 天然にも程がある。浮いてどうする。あぁ自己嫌悪。
アイがささやかなハードルを越えた。 ささやか過ぎて「なんだそれ」と他人には呆れかえられるようなハードル。
「朝の登校時に友達と一緒に行く事」
一年生の頃は同じ集合住宅内の幼稚園OBの上級生達と一緒に登校していた。 幼稚園も同じ園バスに乗っていっていた仲だし、まぁ抵抗無いかな、と思って奥様達にお願いして一緒に行くようにしてもらったんだけれど。 流石に小学生になると「同じ幼稚園だった」って事だけで気が合うわけでもなく。 生まれる前から家族ぐるみのお付き合いをしていた子供達グループにとって、アイは所詮他人なわけで。 「どうしてあたしだけ仲間はずれなの」的気分を何度もアイは味わった様子。 無理も無いか。 子供達に悪意は無くても、自然とそうなっちゃうよね。 2年生の一学期までは一緒に通ったが、とうとう「一緒に行くのイヤ」と言い出した。
それなら同じ集合住宅内で別のグループ(違う幼稚園組)のお友達に一緒に行こうと自分でお願いしておいでと話し、別グループと行くようになった。 が、こちらはリーダー的存在の子がちょっといじめっ子タイプの三年生で、そのこが面白がって皆を率先し、アイをわざと置いて先に行ったり、反対に、早く行こうと言うアイに「先に行けば」と陰湿なからかいをするようになっていった模様。 まぁ、アイはちょっとつつけばすぐ一人で怒るし切れるし黙り込むし落ち込むしで、虐め心を刺激するタイプなんだよなぁ。 今後何度もこういう目に合うだろうし。 ここは正念場かも、と親はしゃしゃり出ず、アイ自身にどうにかさせる事にした。
「意地悪言われても�爐修鵑憤嫦楼�言わないでよっ♪�瓩半个辰栃垢海┐覆�った振りしなさい。相手にするから面白がられるんだよ。三回までは我慢して笑って�爐い筺滋�意地悪っ♪�瓩辰童世辰討�きなさい」と我ながら七歳児に注文するには難しいであろう人との接し方の方法なぞ教えたり。 アイも皆と一緒に行きたいが為、何度かは母の教えを実践し、何度かは成功したようだけれど、それでもそのいじめのようなからかいのような行為は治まることなく延々続いて、アイ的にももうしんどくなったらしい。 「もう●ちゃん達とは一緒に行かない。一人で行く」と白タオル。いや、白旗? 母的にもまぁよく頑張ったよなぁと思った。 諦めも肝心だしね。と気分は燃え尽きたジョーの肩に手をかけるおやっさん。(名前忘れた) それじゃ一人で行って、途中で知り合いに会ったら「一緒に行こう」って声かけて合流していけばいいし、と話しておいた。
その後もアイは一人で行ったり、●ちゃん達グループにチャレンジして挫折したり、と繰り返していたようだけれど、やっと先週「今日も●ちゃんに�牋貊錣帽圓海Ν瓩辰胴圓辰燭蘰┐欧討い�れて置いていかれたの。それで、一人で行ってたら、バトミントンの〇ちゃん達に会って、�牋貊錣帽圓辰討いぁ��瓩辰栃垢い燭薛爐いい茵L斉�から呼びに来てあげる�瓩辰童世辰討�れたの。だから明日から〇ちゃん達と行く」と言ってきた。
学校の体育館でバトミントンで遊ぶスポーツサークルに、アイは通っているのだけれど、そこで一緒の上級生が友達と一緒に通っているグループに合流成功したらしい。 おお。あの子って四年生だっけ、五年生だっけ。 下級生に優しくしてやらなきゃって感じの上級生の使命感なのかな。 いずれにせよ、有難い。
アイは朝から元気に登校するようになった。 バトミントンで優しくしてくれるお姉さんがいる上級生グループと一緒に登校ってので、安心感だの満足感だのあるのかもしれない。
ちなみに、「呼びに来てあげる」と言う子供同士の約束は当てにならない、と大人は知っているので、母は「下に降りて待ってなさい」とアドバイスしておいたら、案の定「あ、そうだった。呼びに行くの約束したんだった」と〇ちゃんに言われたそうだ。 そんなもんだよ。子供の約束って。 当てにしないで正解だった、と密かに胸をなでおろす大人。 「忘れてたんかいっって心の中でつっこんじゃった」と笑いながら話すアイに、あぁ嬉しかったんだな、と安堵。
内心、今度は何ヶ月続くのかな、という気もするけれど、アイが自力で相手を見つけてきたのだから、この調子でどんどん一緒に行く相手が変わってもいいんだろうし、このまま上級生が卒業するまで一緒に行けたらまた楽しいだろうし。 生身の人間相手に人間関係に四苦八苦する様は、心も痛むけれど、それを乗り越えた時は、アイも何か一つ得たかもなぁと嬉しくもある。
ささやかなハードル。でもアイにはしんどいハードルだった。 この調子で、どんどんいろんな人に心開いていける子になっていって欲しいなぁ。
なんかこんなほんとにささやかな事に一人密かに一喜一憂するのも疲れる。 暇だからなんだろうなぁ私。我ながら苦笑。
暁
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