凪の日々



■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■

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2006年02月28日(火) 保護者面談

アイの英語教室で年度末の保護者面談があった。
とりあえず現在の我が子の教室での状態や親からの要望等話し合うわけだけれど、今後継続するかどうかの問い合わせがメインなのかな。

特にアイに英語を習わせなきゃ!と燃えているわけでもないので要望も何も無い。無関心な親で我ながらいかんなぁと思う。
それでも通わせているのは幼稚園からのお友達のAちゃんと一緒に遊べるのをアイが楽しみにしているからという、邪道この上ない理由。
英語教室が終わったら、送り迎えのついでに家で遊んでもらう事が多いのだ。
面倒だけど、子供達が楽しそうだし楽しみにしているのでまぁいいか…と頑張っている次第。

ここは外国の方と日本人の先生とか見てくれる。
子供達も今日は●先生が来る日、今日は○先生だけの日、と変化があって飽きない様子。
まぁ、外国の方に対して特に身構える事も無く普通に接する事ができるようになればいいかな…と、その程度しか考えていない。
ヒアリングがちょっとでも鍛えられればいいかな。
勉強のための英語はまだ早いだろうし、みたいな。(←のんびりしすぎ?)
本人が行くのを嫌がるようになったらいつでも辞めさせようという程度の気持ち。

親からの要望はともかく、アイはちゃんと授業についていけているのか謎。
「今日は何を教えてもらったの?」と聞いても「忘れた」「ゲームした」程度の返事しか返ってこないし。
先生にその旨尋ねると「大丈夫ですよ。ちゃんと●(外国の方)先生の言葉も理解出来ていますし、問いかけに、たとえば******ってのにもちろんまだ日本語でなんですけどちゃんと答えるし、ジョークもちゃんと聞き取れていて*****って言われて笑ったりしてるし簡単な受け答えとかは英語でできてますし。お母様もご自宅でなるべく英語を使って会話するようにしてみてください。ちゃんとアイちゃんは英語で答えると思うし、答えなくてもちゃんと理解できているから通じると思いますよ。たとえば食事をしているときに-*-/*…とか」
あああああ。気分はにんてんどーDSの「えいご漬け」のCM。
すみません私英語さっぱりだし。いや、先生の言ってる事は聞き取れるし分かるけど、それを家で自分でアイに向かって言えって言われても無理。だってそんな綺麗な発音できないし。せっかく育ちつつある(と言われている)アイのヒアリング能力の邪魔にしかならんのじゃ。(←言いのがれ)

「アイちゃんは知的好奇心が旺盛ですよ。教室でも�爐─爾發�終わりなの?�瓩辰討い弔盡世錣譴襪型Г鵑併�に真っ先に関心を示すし」
あぁそうか。そっか、ちてきこうきしん、なのか。
外遊びをしないで室内であれこれ本を見て作りたがるのって�爐舛討�こうきしんがおうせいなこ�瓩鳩鼠討垢譴个いい里�。
学習塾の実力テストをやたら受けたがるのも「春休みに塾行きたい!楽しいもん!」と言うのも�爐舛討�こうきしんがおうせい�瓩世�らか。
なんとなく納得。
まぁ、なんでも、とりあえずアイがやりたいと思う事は良い事であればなるべくやらせてあげようとは思っているけど。

とりあえず、母はラジオの英語講座を出来るだけ聞いて練習するようにするよ…
本見てみたらこれって中1レベルなのね。
「アイちゃんにはまだちょっと早いかもしれませんが、毎日家でやるという習慣づけをしておくことが大事なので」と先生談。
そうね。それにはまず私が毎日それを忘れずやらなきゃいけないわけよね…
なんか考えまとまらないけどとりあえず頑張ろう…


2006年02月26日(日) 通夜

叔母は白いレースのハンカチを顔に被せて布団に横たわっていた。
父や祖母の時は白い布だったが昨今はレースなのか…などと、他愛も無い事をちらりと思いながらハンカチをそっと取らせてもらう。
叔母が化粧をしている顔を初めて見た。
従姉妹が施したというその紅のせいか、さぞかしやつれて変わり果てているであろうと想像していた叔母の顔は、最後にあった時…アユムを妊娠する前だから、四年近く前か。その頃と変わりなく見えた。

かわるがわる訪れる弔問客に頭を下げる。
親戚を迎えに行っている従姉妹とどうも間違えられている節も見受けられるが仕方ない。
「お母さんが大変だったね」と声をかけてくれる人に「いや、私は娘じゃなくて」といちいち訂正して恥をかかせるのもなんだし。
「ありがとうございます」と曖昧に小さな声で答えつつ頭を下げる。
それでもあまりに間違えられると流石に申し訳なくなるので台所に引っ込み炊き出しの手伝いなぞする。
通夜のおにぎりは三角じゃなく丸く握るのだとか、塩はつけてはいけないだとか、母達も知らないような決まり事を親戚のお年寄りが教えてくれる。
味噌汁の出汁をとろうとにぼしの場所を聞いたら精進料理に出汁を使うのはご法度、大きく譲っても昆布出汁だ、と叱られた。
それじゃ業者が握らせようとした十円玉六個(六文銭といって、三途の川の渡し賃だそうな)を宗派が違うからと母が独断で却下したけれど、あれは良かったのかしらん、死に装束もつけさせなかったけれど、あれじゃ三途の川を渡れないで叔母は途方に暮れるんじゃないのかしら…などと、なんとなく昨夜読んでいた宮部みゆきの「あやし」を思い出しながら考える。

追い返すようでなんだけれど、道中が心配だから暗くなる前に早く帰れ、と親戚達がしきりに心配する。
通夜の帰りに高速で事故、なんて事になったらこの親戚一同良い気がしないだろう。
ましてや、「葬式は続く、仏様が寂しがって連れて行くから…」という話も普通に出る地域だ。


一人で高速道路を運転するのは何年ぶりだっけ。
ハンドルを握りながらぼんやりと考える。
アイが生まれてからこの方、常に子供連れでしか行動できなくなって。
そうだ。伯父が亡くなった時だ。
あの時はアイがまだ小さかった。
昼間の葬儀に出席は無理なので、夜の通夜にならと、眠ったアイを夫に頼んで夜に車を走らせ、夜通し運転してとんぼ返りで早朝戻ってきたんだった。
夫は何事も無かったかのように普通に出勤していったっけ。
そうすると、こうして一人で高速を走るのは田舎に不幸があった時だけになっていくわけなのかな。
次は何年後に、誰の葬儀に出るべく車を走らせているんだろう。

とりあえず、叔母は通夜帰りの私を連れて行く事はしなかったようだ。
叔母は寂しくないから誰も連れて行かないんじゃないかと思う。
うっすらと微笑んだ叔母の顔と、「個人の好きな物を棺に納めて結構ですよ…甘いものが好きなら甘いものとか」という業者の言葉に「それじゃポテチだよな」「うん」とすかさず答える従姉妹達姉弟と、「メロンもいれたらいいと思うよ」と提案していた三歳の姪の姿を思い出しながら、そう思った。


2006年02月25日(土)

夜更けにかかってくる電話で良い話は無い。
寝床で読んでいた本を伏せ、受話器を取ると、実家の母から叔母の死を知らせるものだった。

かれこれ二年近く入退院を繰り返していた叔母だったが、治療の甲斐なく癌は全身に転移してしまっていたらしい。
とりあえず連絡はしておくが、遠方だし無理に来なくても良い。
香典はこちらで立て替えておくし、電報を打っておくが等、母が声を落として言う。
幸いというか、週末だし平日より比較的都合はつき易いわけだし。
土日も家に篭もってPCに向かって仕事をしている夫に、申し訳ないが、と子供達の世話を頼んで、とりあえずお参りに行かせてもらう事にした。

正直、叔母に対しては良い感情は抱いていない。
というか、叔母自身がどうも人付き合いが苦手な人だったようで、特に叔母との思い出も何も無いのだ。
「人は悪くないんだろうけれど、言葉の使い方を知らない」と母はこの叔母をどちらかといえば嫌っていた。
私と母が祖母を訪ねて行くと、叔母はお茶を出しでそそくさと台所に引きこもり、それきり顔を見せることは無い。
親戚での集まりにも、叔父は毎回顔を出すが、叔母はたまに、それもいつも隅っこにいた。
いつも身奇麗にしている父方の叔母達と対照的に、化粧気もなく、いつも適当にそのヘンの服を着てきた感じの格好だった叔母は、子供心にも、なんとなく、好感を持てるものではなかった。

叔母とのたったひとつの思い出は、なんの集まりだったか覚えていないが、親戚が集まって食事する時、私と、一つ下の従姉妹と二人でポテトサラダの味付けを頼まれた事だ。
多分、既に茹でてあるジャガイモをつぶしてマヨネーズであえて…というような、簡単な作業だったのだろう。
これなら小学生だった私達二人にもできるだろうと、大人が手伝わせてくれたのだろうと思う。
しかし従姉妹と二人マヨネーズをいくら入れてもポテトサラダは美味しくならない。
なんの調味料が足りないのかもわからない。
とうとう失敗作のまま、ポテトサラダはテーブルにあげられた。
子供が作った物だから、と大人は特に何も言わずに食べてくれた。
しかし叔母は傍らの従姉妹に小さく厳しい声で「何この味は!全然美味しくない!●●をもっといれなきゃ!」と叱り、年下の従姉妹は半泣きの声で「だって暁おねえちゃんがこれでいいって…」とこれまた小さな声で返し、更に叔母に叱られた気がする。
自分達でも失敗したと分かっていた料理ではあったが、その叔母の態度で私達は更に萎縮し、しばらくポテトサラダを見るのも憂鬱になった記憶がある。

今、その頃の叔母と近い年齢になってから、なんとなく叔母の気持ちもわからないでもない気がするようになってきた。
多分、叔母は萎縮していたのだろう。
母方の叔父叔母は皆固い仕事の勤め人ばかり。
叔母達も綺麗な奥様方と言った感じ。
貧しい漁村に生まれ育ち、夫が漁に出ている間日雇いの仕事に出て汗と泥にまみれて働いていた叔母は、うちの親戚の集まりでは居場所が無い気分だったのではないだろうか。
自信の無さ、引け目負い目が厳しい言葉やそっけない態度をとらせていたのでは。
いや、厳しい言葉に聞こえていたそれは、叔母の怯えの言葉だったのかも。
怯えた犬が吠えるように、叔母はそうして威嚇しながら怯えていたのでは。


それでも、記憶の中での最後に会った叔母は笑顔だった。
従姉妹が産んだ子供を抱いて、「あんたんとこはまだ一人なの?うちなんかほら、三人目よ」と腕の中の生まれたての赤ん坊を誇らしげに掲げて見せた笑顔。


2006年02月23日(木) 春のスタート

アイが通っていた幼稚園の未就園児クラスに、今年からアユムを通わせるべく申し込んできた。
週に二回。一日三時間。送迎&弁当は各自。月に9千円。教材費別。
これが良いのかどうかわからないけれど、(一緒に見学した友人は�犢發き瓩噺世辰篤�会は見送った)とりあえず習い事させるにも親は送迎しなきゃいけないし、親子一緒のコースなんかだと苦痛だし。
一日三時間一人の時間が出来るのは有難いわけだし。
保育園に預けて私もパート等を探す案は夫の「それはもうちょっと待ってくれ」の言葉で却下。
アユムはこのままアイが通った幼稚園に通う事になるだろう。
まぁいいか。その時は観念して役員とかも引き受けなきゃな。
入会式は四月後半。五月から本格的に通い始める事になる模様。
さて、どうなるやら。

とりあえず、アユムが未就園児クラスに通いだし、慣れてきたら、その時間にちょっと体操教室なんぞに通おうかと思う。
このところ体調がかなり悪いので、それなりに運動して体を動かさなきゃいけないのかもなぁと思うので。
多分、殆どが精神的なものじゃないかとも思うので、気分転換に一年間だけ通ってみようかな、と。
その前に、本格的に自転車の練習をせねば。
未就園児クラスの教室は駐車場がないので、車の人は皆近くのコンビニ等にこそっと停めて送り迎えしている模様。
自転車だとそんな精神的負担もないだろうし、何よりフットワークが軽いよね。自転車って。
アユムが幼稚園に行き始めてからパートの仕事につくにしても、自転車の方が通勤も幼稚園への送迎も楽だろうし。多分。

なんかささやかすぎて失笑物かもしれないけれど、私にとっては大きな決断。
あんまりあれこれ考えないで、とりあえず出来そうなところからやってみよう。



2006年02月22日(水) 墓穴

「今日先生から�爐△譴△い舛磴鵑�つくったの?�瓩辰栃垢�れた。�牋貲�生なのにあんなの作れるって凄いね�瓩世辰董�
嬉しそうにアイが報告してくる。
そっかー良かったねー母の苦労も報われるってもんだよ。
子供心にヒットするナイスなコメントありがとうございます先生。
「それでね!次はこれ作るの!!!」
差し出した本は「ジュニアソーイング・キッチン小物」

………おいっ!!!!!!!!!!!(ちゃぶ台返し!!!!!)

「これ可愛いと思わない?」指差すページは「ランチカバー」
「でもあたしあうとらいんすてっちってできるかなー?」
ってか、それ以前の問題でミシンも使えないしバイヤステープでパイピングもできんだろうが貴様ぁ!!もっと言えば玉止めも玉結びも普通の運針も出来ないくせして十年早いわっ!!!!
グーで娘の横っ面ぶん殴る(←心象風景)気持ちを抑える母。
「もうあたしいろんなのつくりたくてつくりたくてしかたないのっっ!!!」
嬉しそうに足をジタバタさせるアイ。

なんかいけないスイッチ押しちゃったかしら。
これはアイの人生にとって重要な鍵なのかしら。
良く�狃蕕瓩匿�べてもらった料理を誉めてもらって嬉しくて�疥鼠�の道を選んだとか、�犢�折して入院した時看護婦さんが優しかったから�甍緡鼎瞭擦某覆鵑世箸�、なんかそういう子供の頃の大事なきっかけの一つに今向き合っているのかしら。
�狃蕕瓩橡イ辰疹�物を先生に誉めてもらったのが嬉しくて�瓠弔辰董△匹鵑米擦某覆爐辰討いΔ痢�
いや、道に進まなくても、縫い物に対する良い意味でのトラウマが植え付けられるようにするためにはこのままアイのソーイングブームが去るまで付き合ってやるのが親っちゅーもんの役目なんだろうか。それとも「10年早いワ貴様ぁ!」とストレートにちゃぶ台ひっくり返して見せていいんだろうか。

などと悩みつつも「それじゃー今度の土日にね」と遠い目をして答える母。
いいのか俺。
この本、レース編みなんかも載ってるぞ。
モチーフのつなげ方なんか知らんぞ。
ってか、かぎ針編みって長編みしか知らない気が。
なんか気分は蟻地獄にはまってもがいている感じ。(←縁起でもない)
どうなる、俺。


2006年02月21日(火) プレゼントその後

縫い物をするにはアユムが寝ている時しか出来ないわけで。
週末、アユムを8時に寝かせつけ、「さぁ、やろうか」とわくわくしているアイと二人、夜なべしてせっせと縫い物しましたとも。
ハート型が全然ハート型にならなかったりまぁ色々あったけど、とりあえず六歳児が作る縫い物としてはこれで充分というか、妥当だろうという程度の出来の物が出来上がり。

アイは満足気で「あとはラッピング♪」とかぬかしやがる。
バレンタインの残りのビニール袋系を出すと「プレゼントのラッピングはこれじゃないの。紙の袋なの」と分けの分からないが本人なりのこだわりを主張する。
はいはい、とラッピング用の紙袋を探してやると、それにお気に入りのシールを貼り、お手紙を添えて出来上がり。
「明日、皆に内緒で先生に渡すの」と言う。
えーなんで内緒なんだろう。恥ずかしいとか?

現在人と接するのが苦手な大人になってしまった私ではあるけれど、子供時代はそれなりに普通に毎日友達と外で家で遊びまわり、学校でも友達と一緒に行動していたので、こういうアイの個人プレー(?)は理解できない。ってか、今からそれでいいのか?とかなり不安。

さて。問題は先生はこんなもん貰っても嬉しくもなんともなかろうという点だ。
(↑そう思うならやるんじゃない)
(↑だって母だもの。我が子の喜び優先しますとも)
(↑都合の良い時だけ己の母性を主張)
(↑あったりまえじゃん使い分けしなきゃやってられないもの)
それとも教え子から貰えば総てが自分に寄せる信頼の証ということで、嬉しいんだろうか?
私は我が子からでもこんなもん貰ったら困るだけだけど。(←おい)
いや、我が子からだからか。使ってないとバレバレなわけだし。
先生はとりあえず貰ってくれたら後はどう処分しても教え子にはばれないから結構気楽かな。どうなんだろう。個人的に物を貰うってのは困るんじゃないのかな。でも旦那さんが小学校の先生をしてる友達のとこは家に教え子の家族が色々持ってくるって話だったけど。それに比べたら可愛いもんだから良いかな。連絡帳に一言書いておいた方がいいかな。でもそれも大袈裟かな。あくまでアイの気持ちなわけだし。反対に連絡帳に「個人的贈物は困りますので次回から注意してください」なんて書かれたりして。まぁ、その時はその時だな。

密かにあれこれ悶々とする母をよそに、アイは「先生に渡した」と嬉しそうに帰ってきた。
「これ、貰った」と可愛く折られた手紙を見せてくれる。
先生からのお礼の手紙だ。
「かわいいプレゼントありがとう。もしかしてあいちゃんがつくったの?だいじにしますね云々」
「ありがとうだって」
「だいじにしますだって」
アイは終始笑顔。嬉しそうに手紙を読み返し反芻し私に見せる。

有難うございます先生。これだけでもうアイは充分です。
ボロ布みたいなプレゼントはこれで充分役目を果たしたと思われます。
後はどう処分されても大丈夫だと思いますので。
まさかアイも先生が学校にあのブツをつけてくるなんて夢にも期待してはいないと思いますので。多分。
ってか、アイが作った物でしょどう見ても。
アレを母が作ったと思われたらかなり心外。
いや、レベル的には似たようなもんだけど。


2006年02月19日(日) プレゼント

アイが図書室から「小学生の簡単ソーイング」みたいな本を借りてきた。
この子は物語じゃなくこういう実用書(?)ばかり読みたがる。
料理の本であったり、簡単パーティグッズだの、手作りおもちゃだの、果てはアツトドア辞典だの。
それじゃ読書じゃないよなぁ。
読解力も身につかないだろうし。
幼稚園まではそれなりに読み聞かせはしてきたつもりなんだけど。
自分でチョイスする本はそういうのばかり。
まぁ、これも個性なんだろうし、読解力は育たなくても違うものは育つんだろう。
長い目で見てあげよう…とは思うけど(握り拳)
こういう実用書って結局親が一緒に実際作ってあげないといけないわけで!!!(更に握り拳)
バレンタインの次は裁縫かいっ!!
「おかあさんみてこれ!可愛くない?!」と嬉しそうに差し示すページには「簡単パッチワーク」
きーーーーーーーーーーーーーー!!!母はぱっちわーくなんか作った事ありませんっっ!!!!!無理ですっ!!!!ってか、針持ってちくちくちくちくちくちくちくちく縫うのなんか神経持ちませんっっっっ!!!!
ミシンでがーーーーーーーーーーーーーーーっしかできません!!!
それすらしつけもしない荒業で適当にやるのしか!!!
気分はちゃぶ台返し!しかしそんな事を表情に出すわけもいかない。(←充分出てるかもしれんが)
平静を装いつつ「でもいきなりこれは難しそうよ?こっちが簡単そう」と布をハート型に縫って綿をつめて安全ピンを縫い付けただけのブローチをすすめる。
「かわいー」と本人も納得。
で、「これ、ゴムつけたら髪を結ぶゴムになるよね?ゴム作りたい!」と応用編で行こうとする。
ううむ。そうきたか。まぁいいけど。
適当に端切れをひっぱりだし、綿だのなんだの、ありあわせで材料をそろえる。
「あのね、●日は先生の誕生日だったんだって。だからこれ作ってプレゼントするの!」
え。先生にハートの形のゴムですか。
「でも大人はこんな可愛いゴムで髪は結ばないよ?ブローチにしたら?」とうろたえつつ提案してみると「えーどっちがいいかなぁ」と真剣に悩むアイ。

はぁ。まぁでも、料理にしろ、裁縫にしろ、楽しく出来れば人生それだけでもちょっと楽しいものになるわけだし。
これで料理や裁縫が好きな女の子に育てばこっちも楽になるわけだし(←腹黒?)
ガンバレ俺。
でもさ、一言良い?
先生の誕生日ってお母さんの誕生日の前の日だったんだね。
お母さんには何もプレゼント無いの?先生にだけ?
…まぁ、良いか。それだけ担任の先生を信頼してるってのは。
それだけでも学校に行くのが楽しくなるわけだしね。
うん。いや、良いんだよこれで。多分。(そっと涙を拭く)


2006年02月16日(木) バレンタイン

現時点でのアイの将来の夢はケーキ屋さんだそうな。
そんなアイは必然的にバレンタインの時は燃え上がる。
手作りお菓子を皆に食べてもらえる絶好の機会だからだ。

三歳の時、「てづくりちょこけーきをあげたい」とほざき、それをなんとか思いとどまらせて溶かしたチョコを再度固めたこれのどこを手作りと言うのか謎だけれど、世間ではこれでも手作りチョコと評価するらしいチョコを作り、集合住宅内の幼稚園仲間に配りまくったあの日から早や四度目のバレンタイン。
「今年も作るの?」と聞くと「もちろん!」といつものメンバーの名を上げる。
まぁいいけど。でも貰ったオンナノコ達は正直毎年戸惑ってると思うけど。
で、せっせとラッピング用の袋を買い、材料を買い、あれこれ用意する母。
なんだなかなぁ。

しかしバレンタイン当日帰宅してから配るというので前日に急いで作ろうと画策するも、その日はアイはバトミントン教室の日で、帰宅して宿題すませてバトミントンに行くまでのわずかな時間にチョコなんぞ作れるはずも無く。
去年は不精してチョコ&クッキーの材料が全部箱に入っているのを買って作ってみたが、クッキーが変な食感で微妙に不味かった。
手を抜くとやっぱりそれなりの出来になるというのを学習したので、今年はきちんとクッキーから手作りで焼きましたとも。私が。

世の中には菓子作りが好きな人って山ほどいるけど、問いたい。
楽しいか?どこが?作る過程が?出来た達成感?食べた満足感?満腹感?
私はその楽しさが全然分からないのだよ!どこが楽しいんだ!
イライラしながらクッキー生地をめん棒で伸ばし、ハートの形なんかで型抜きしてせっせとオーブンで焼いてその間チョコの湯せんの用意して、もうイライラが度どんどん増してきてたまらんのですが。
なんて、他人に言えるはずも無く。
お菓子を作るのって幸せよねー食べてもらうのはもっと幸せーという顔してなきゃね。
いや、確かに甘いもの食べるのって幸せな気分になるよね。
わたしゃ栗餡のおまんじゅうの方が好きだけどさ。ふっ。


でも少しずつではあるけれど、確実にアイが一人で出来る事も増えて来ているような。
少なくとも三歳の時より楽。作りながらチョコべろべろ舐めまくらないし。
その分脇からアユムがつまんで舐めまくって材料食べまくっていたけど。
この調子なら再来年あたりには溶かして型に流し込むだけのタイプなら一人で作れるようになるんじゃないかな、と希望的観測。
その頃はアユムと二人で台所占領して料理の本片手にせっせと作ってくれ。
せっかく姉妹なんだからさ。
その日も多分目の前よ。がんばれ俺。
料理好きな娘に育てるんだ。
そのためにもせっせとバレンタインにチョコを溶かしまくるんだ。
そうすればきっとアイは「お菓子作るのってしあわせー食べてもらえるのってもっとしあわせー」なんて本気で言える女の子に育っていくんだろうから。


2006年02月12日(日) お家帰ろ

アユムの口癖?は「おうちかえろ」だ。
つまらなくなると「おうちかえろ」
怒りながら泣きながらすねながら。
彼女のあらゆる気に染まない状況の解決策は「おうちかえろ」の呪文らしい。
見事に引きこもり娘に育てつつある母。
いいのか俺。
(↑もちろん良くなかろう。子供の社会性を養うためにももっと同じ年齢の子供達と触れ合わせて色んな体験をさせて云々)
(↑いや、もうそれアイの時努力しすぎて燃え尽きちゃって。あんだけ努力したのに結局アイは全然社交的でも無いおたく臭漂いつつある子に育ってきてるからあんだけ努力しても実を結ばないんだなーと思うともう無駄な努力にしか思えなくて云々)

湯船で「おうちかえろ」は「もうお風呂から出よう」の意らしいが、アイと部屋の中で遊んでいても「おうちかえろ」と言い出す。
家の中でおうちかえろと言われてもなぁ。
どこへ行けばいいのやら…ってか、このこはどこへ行きたいのやら。
「アユムのおうちはどこなの?」と聞いてみる。
勿論猿以下のアユムに答えられるはずもなく。

「たぶんねーアユムちゃんのおうちはお布団の中なのよ」とアイが言う。
「おかーさんとお布団の中で寝るのが�爐�うちにかえる�瓩覆鵑世茵�
アユムは私の脇に体を丸め布団にもぐりこんで眠る。
ありがちな胎児のポーズで。
ふぅん。そうなのかな。
アイの考えなのか、夫の入れ知恵なのかは分からないけれど、アイはそう言う。

あんたのおうちはそこなのかな。
でももうそこには還れないんだよ。
頑張って、ここで生きていかないとね。お互い。


2006年02月03日(金) インフルエンザ体験談

学校のインフルエンザも終息か?といった兆しが見え始めているらしい。
一番のピークはアイは寝込んだ時期だったとか。

アイはインフルエンザは年少の時にAとBにかかったので今回で三回目。
六年の人生の中で三回かかったというのは中々の確率じゃなかろうか…ってインフルエンザを確率で決めていいものかわからないけど。
年少の時は40度ジャストだった。
当時妊婦だった私はなんとか二回ともうつらずに済んだ。
その時の経験でうつってもタミフル飲めば治まるわけだし…なんて、ちょっとインフルエンザを甘く見ていたようだ。
あの頃はタミフルは出始めたばかりで、副作用とか全然言われてなかった。
最初の二日飲ませれば良いだけのクスリだったし。
アイも初めて頭痛を訴えたくらいで後はそれほど症状らしい症状も言わなかった気がするし。

しかし今回インフルエンザにかかって痛感しました。
インフルエンザ、大変です。はい。

アイはとにかく吐きまくった。何を食べても飲んでも吐きまくった。
当然熱は40度超えた。腹が痛いと丸くなって呻く。
さすっても痛いと呻く。頭が痛くてたまらないと言う。頭はさすれないしなぁとどうしようもない。せいぜいアイ●ノン換えてヒ●ピタ換えるくらいしか。
あまりに熱が高いので脇の下に貼ろうとすると「つめたいっつめたいっ!!」とひきつけを起こすかのようにがくがく震えだす。
あぁ熱が高い時って体温計を脇に入れるのも冷たくて気持ち悪いものねぇ。
あまりにがくがくびくびく震えるので怖くて脇の下に貼るのは一回でやめておく。
その合間に吐く。
夜、気がつくと寝床に正座して座ってじっと据わった目であらぬ方を凝視している。
気持ち悪くなって「どうしたの?」とあれこれ声をかけるも無反応。
ただじっと据わった目で一点を凝視しつづける。
すわタミフルの副作用か!「おかしな様子が見られたらとにかく話しかけてやって」と病院で言われていたのでせっせと話しかける。
アイは据わった目のまま「あたまがこんがらがっている」とだけ答える。
「今は夜の11時だよ。皆寝てるよ。たまごっちも寝てるよ。アク●ライト飲もうか。トイレに行く?吐きそうだったらこの洗面器に吐いていいからね」云々。
アク●ライトを飲ませて横にさせるとやっと混乱が収まったのかとりあえず寝てくれた。
翌朝聞いたらちゃんと覚えていたのでどうやら副作用ではなかった模様。
副作用や脳炎の初期症状だと本人も記憶が無いらしいから。
苦しくて訳分からなくなったのかもな。

思えば年少の時はアイはまだ三歳。
症状を訴えるにもどういえば良いかわからないでいたんだろうなぁ。
「あたまがいたい」っていうのをかろうじて言えたのがあの時が初めてだったし。
年中年長と予防接種はしてたんだけど、今回はたまたまアイの体調が万全の時期が無くて受けそびれたままだったのだ。
次回からはやっぱりちゃんと受けさせよう…
反省しまくり。


2006年02月02日(木)

アイのインフルエンザが奇跡的にアユムにうつることなく済んだようで、一安心して気が緩んだせいか、看病疲れか、週末からずっと今週は私が寝込んでいた。
土曜日に喉が痛み出し、市販の扁桃腺用漢方薬で誤魔化すも日曜日に咳が出始め、ア●トン咳止めで誤魔化すも月曜日に熱が出始め、観念して病院へ行った夜から風邪のものかと思っていた頭痛が本格化し始め、最悪な事に今回吐き気が物凄く水も吐く有様。
それでも抗生剤はきちんと飲まなきゃ。
咳も止めなきゃ子供にうつると面倒だし。
空っぽの胃袋にクスリと水だけを流し込んでは吐きを繰り返していた。
あんまり苦しくてもう死のうそうだ死んでしまおう今すぐ手首掻っ切って死のうその場合安全カミソリでもいいのかしらうちの包丁は切れないようだからカミソリの方が確実かしらでもアユムの目の前で血の海の中に横たわっていたらこの子のトラウマになってしまうんじゃないかしらでも苦しいから死にたい死んでしまおうそうだそうだなどと久々に本気で思った日中。

あまりに苦しくてクスリを飲むのを忘れて懇々と眠っていたら、吐き気が治まりました。
頭痛もちょっと治まってきたし。

ってことは、クスリが合わなかったって事なのかな。
風邪薬と偏頭痛のクスリを一緒に飲んだからなのかな。
でも薬剤師のおねーさんはお薬手帳を見ながら「こちらの(緊張性頭痛用)お薬はロキソニンがダブるので、こちらを飲む時は今日出されたロキソニンは飲まないで下さい。他のお薬は一緒に飲んで大丈夫です。イミグラン(偏頭痛用)は普通に一緒に飲んで大丈夫ですから」と笑顔で説明してくれたし。
単に空腹時に飲み続けたのが悪かったのかな。
初めて出された咳止めシロップに「卵アレルギーはありませんか」と聞かれ「ありません」と答えたけどそこにも何か伏線があったのかな。

原因は分からずじまい。
でもとりあえず、かかりつけの脳神経外科に「普段と違う激しい頭痛と吐き気があったらくも膜下出血かもしれないのですぐ受診して」と言われている隠れ脳梗塞の身としては、原因が脳じゃなく薬だった(のだろう)のはちょっと助かったのでした。

ちなみに3kg減。
普通に食べ始めると二日で元に戻る。
でも物を普通に食べる事が出来る幸せを思うと、ダイエットに本腰入れる気になれないのでした。
あぁ口に入れた物が戻ってこないってしあわせ〜


暁


My追加