A Thousand Blessings
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2004年06月16日(水) 対人恐怖症とECMの魔法。

友人は信じないだろうが。
僕は対人恐怖症である。
神経科でもそのように診断されているので、事実なのだ。

他人の目には物怖じしない性格の陽気な人間として映っているだろうが、、
実際には「そういう人間」に見られなくては世の中を渡って行けない、
と無理をしている部分が大いにある。

本当に気を許した相手でなければ、
「目を見て話すこと」が出来ない。
相手の視線が怖いのだ。相手の目の表情の微妙な変化に敏感すぎるので
あえて目を見ないようにする。
それが対人恐怖症の一つの特徴だ。

赤ちゃんの頃から、その傾向があったみたいで、
ロッカー73(僕を産んだ女性)曰く、
「誰があやしても表情も全然変えないし、
とにかく笑わない子なんだよ。恥かしかったね。」と。
きっとじっと見つめられて「いないいないばー」されるのが
怖かったのだろう。笑うどころではなかったのだろう。かわいそうに。

対人恐怖症のくせして、いや、だからこそかな?わからんが、我が強い。
自分と向き合う時間が長すぎるせいもあるだろう。
他人との関係に時間を割き、その関係がこなれていけば
自然に我の強い部分は抑えられていくはずだ。

相手が怖い。相手がどういう人間かわからないことが怖い。
それは恋愛でも同じだった。
やっと気を許せる関係になっても、自分の我がいつ剥き出しの
攻撃性に変わるか心配でならない。
僕は突然、攻撃的になる。ああ〜こわッ!
過去、そのようにして何人もの友人をなくしてきた。
今年の1月1日にもひとり友人を失った。
まあ、その件に関しての責任は僕だけではなく相手側にもあるが。

理想の友人関係というのは、
やはり同じ価値観を持っていること、その一点に尽きると思う。
こんな僕にもそういう友人はいる。
不思議なことだが、彼に対しては最初からまったく
対人恐怖の意識をもつことは無かった。
まっすぐに目を見ていたように思う。

どちらがピッチャーでどちらがキャッチャーでもいいのだが、
要は、相性のいい相手、すなわち相棒(この言葉、大好き)を
見つけられるかどうかなんだよな。

ジョー・マネリの話からミスチルの話へと自然に
移行していける、お互いが持っている音楽に関する無差別主義
が心地よい時間を作り出してくれるのだ。
これが今の僕の楽しみになっている。

鬱病は一向に完治する気配もなく、毎朝辛い思いをしながら
会社へと這っていく。
会社に着けば、笑顔で親しみやすい墨田君へと変身する。
しかし、心の中の視線はいつだってそっぽへと向けられている。
なんなんかなー??僕の性格って。

今日のBGMも「EBERHARD WEBER/:rarum」
これは夜に聴く音楽集だ。
いくつか聴いたこの:rarumシリーズの中では、
ヨン・クリステンセンのものと並んで気に入っている。
ヨンもそうだったが、これも実にECMだなぁ(笑)
僕は今この年齢になってECMに出会えてよかったと思っている。
ジャズに関しては、モダンジャズ一辺倒の青春時代だったが、
人生の晩年へと向かうBGMとしてECMは最適だと思うのだ。
ふと最近、マイルスもエヴァンスもロリンズもショーターも
聴きたいとは思わなくなっている自分を発見したりする。
これって、僕にとってはすごい事なのだ。
トニー・ウィリアムスよりもヨン・クリステンセンの方が
ずっと深い気がするのは、ECMの魔法にかかったせい?




響 一朗

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