A Thousand Blessings
2004年1月〜最新ひとつ前に戻るひとつ先に進む


2004年03月27日(土) 相田みつをのドキュメンタリーを見て体調が悪くなり、The Shaggsを聴いて治す。

テレビで相田みつをのドキュメンタリーをやっていたので
録画して見た。
どんな芸術も芸能も思想もすべて宗教的な熱狂を生む可能性があるという点で言えば、
相田みつをの言葉の数々は意味があるのだろう。
信者にとってはね。
あいにく僕には、トゥー・マッチ。見なけりゃよかった・・。
この人の「押し付けがましさ」を有り難がる神経がどうにも理解できない。
宗教だから理解できないのが当然なのだが、たいていは少しばかりの
理解への手がかりはあるものだ。
しかし相田みつをにはそれが全くない。
意味ありげに書かれたその詩に僕は単なる自己陶酔しか感じない。
人の心を動かすだけのパワーはあるのだろう。
しかし、僕には無縁の余計なお世話のパワーだ。
「一生懸命」に「生きる」「人間」の「人生」は確かに尊いが、
書にして壁に飾られた瞬間にそういった言葉は色褪せ、残るのは
作者の(無意識の)自己顕示欲だけだ。
あんまりつまらないので、20分で見るのをやめて、
The Shaggs の 「Philosophy of The World」を聴く。
少なくとも相田みつをに傾倒するひとには
理解できない世界の音楽だろう。だから、嬉しい。
というか、理解されたら迷惑。(笑)
川端康成を読み始めたが、あまりに文章が磨かれすぎていて、
疲れてしまった。10ページでやめた。
些細な描写にまで超文学的であろうとする姿勢は果たして「すごい」ことなのか?
ちょっと疑問を感じた。
結局、僕の文章を文学的にするためのお勉強にはならなかった。
僕はやはり、有名ではないが、阿部昭を生涯愛する。
棺桶に入れてもらうのは、「ペットサウンズ」と阿部昭の小説だけでいい。
話は戻るが、The Shaggsのドラマーはいいーね!
ギターもハーモロディクスっててカッコイイけど、
幼稚園児がはじめてスティックを手にして
タイコを叩いたかのような楽しさ溢れる演奏に頬が緩みっぱなし。
こういう楽しさが相田みつをにも川端康成にも無い。
と言い切るのは、無意味なまでに強引な結論か?(笑)




響 一朗

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