おぎそんの日記
おぎそん



 ABCD包囲網

時々、社会派のおぎそん。
えっと、今日取り上げますのは、臓器移植法絡みですけれども。

確か、中学のころに論文ネタとして知恵蔵を読んでいたのですけど(>今考えると、そんな中学生嫌だな・・・)、脳死について興味深い話題があったのですよ。

日本ではまぁ、皆様が肌で感じているように、「確かに、脳が機能せず、生かされいる状態なのかもしれないけど、肉体がそこにあるしなんか死んだって言われてもねー」ってのが主流だと思うんですよ。
いわんや、15年ほど前だったら、なおさらに。

で、その特集だか記事だかでとりあげられていたのが、脳死判定をさくっとして、移植もバンバンしちゃう(>語弊あるだろ)フランスのこと。
世論調査で、臓器移植法施行直後は「脳死どんどん判定しましょ」って割り切ってたらしいんですけど、10年ぐらい経ってから、再度調査したところ、「脳死を死として認めるにはちょっとなぁ・・・」という層が増えたんですって。いや、正確なところは知らないけど(覚えてないけど)、そんな感じ。

いろんなことをどんどん振り落として忘れているんですけど、いまだになんか覚えているのですけど。

日本で、これが通ったときにどうなるのかなーと思うのですけど。
植物状態と脳死は違うし、比べらんないけど、でもねー。

石持某「そして扉は閉ざされた」、田口ランディ「神様はいますか」をタイムリーに読んでたので(どっちもたまたま本棚から未読本を出して読んでただけなんだけど)いろいろと考えてしまいました。

おぎそん、(骨髄バンクの)ドナー登録もしてるし、ドナーカードも持っているんですけどねー。
なかなか難しい問題なんですが、どうも国会議員の方々で興味を絶対持ってないだろうなぁと思うような発言する人もいたり、なんだかなー。

お金も絡むし、移植したから全てがOKではないし(この辺は、新・ブラックジャックによろしく にもありましたね、そーいや)、なんともね。
ただ、人の思いってのがダイレクトに反映するにはもはや構造が大きくなりすぎて、一筋縄にはいかないんだな、と立ち尽くしちゃうのです。

感情って案外、大事なもので、あんまりすっぱとパーツだーの、機能だーのと割り切れなさをどうしても捨てきれないおぎそんです。
・・・一応、客観視を重視する理系出身なんですけどね。

2009年06月21日(日)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加