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■ いくわよ
1Q84 ってそう読めない? と文学部の後輩にメールしたら、ものすごい蔑みのメールが来ました。 ・・・春樹を卒論にした奴にこんなこと言っちゃだめか。
しかしですね。
このマスコミの扇動ぶりはなんなのでしょう。 記事にすることがすでにパブリシティ。
新潮社さんがお金をかけなくても、ニュースに取り上げてくれるなんて、なんてやさしいことなのでしょう! こんだけ煽ってりゃ、売れないほうがどうかしてますよ。 そのことにどのくらいの人が指摘するんでしょうか。
春樹はそれなりに読んでいるのですけど(>そういった意味で、あんなもの、とシニカルにとらえてはいないのです)、ここまでなると、なんというか、本来の彼の思いとは違う方向になってしまうのではないのかなぁと。 なんか、もったいないですよね。
じゃあ、そうじゃない、売れないけど良質な物語をつむいでいる、日常生活の中でサバイバルしながらも取り組んでいる作家さんはどうなるのでしょう。
文芸作品で、初版5000部も刷れば、たいしたものだと聞いたことがあります。 全国にどれだけの書店があることでしょうか。 5000部で、どれだけの人の目にふれることができるのでしょうか。
そんなことを思います。
どの物語だって、その真摯な思いを感じるために、そして自分が決して歩むことのなかった人生を味わうために、人は本を読むのでしょう。 安易な本もたくさんあります。
でも、売れた売れないという判断が介在してしまいます。
どれが、いいのかわからないと、とりあえず店頭にある、よく宣伝されているものに手を伸ばしてしまうのでしょう。 そのときに、本当にその人の人生に影響しうる、という覚悟がある物語をつむぐ人たちがどのくらいいるのでしょうか。
そこまで、責任もてないよ、なんていう方もいるでしょう。 でもね?
じゃあ、どこまでがあなたの責任なんだろう。 どこからがあなたの責任じゃないんだろう。
そう思ったら、言葉をつむぐということはとても、すごいことなんだけれども。
mixiだろうが、ブログだろうが、結局は責任というか覚悟なんですよね。 簡単に消しちゃえ、じゃないだろうし。
なんで、おぎそんはまだ読んでません。つーかー、先にカフカを読めって話ですよね。なんか、読む気になれないんですけど・・・。
まぁ、ブックオフにどうせあふれますから、そのころでいいかなぁなんて思ったりします。
2009年06月16日(火)
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