おぎそんの日記
おぎそん



 アレグリアとは仕事はできない

好きなんです、津村記久子氏。

なんでかなー、と考えるとまずは太宰賞出身者である点。だって、今さらながら、太宰賞ですよ?
群像とか文藝とか文学界とかすばる文学賞とかあるのに、なぜ。


そんでもって、野間文芸新人賞もらって。
きてるなー、とは思ってたんですけど、いやはやこんなにもさくっといくとは。
野間文芸新人、結構いいところついてて、個人的には好きです。
多くの文芸賞があるけど、それぞれに特性があって、あう・あわないってあるんですよね。

音楽なら、わかりやすいですよね。要するに売り上げとか口コミとか。
でも、本って不思議なことに基本的に語られない。

CD以上に口コミで広がって、しょうもないのがあっという間に300万部突破とか>某愛を叫ぶとか揶揄してませんよ?
某女優ぶってるアイドルの帯(腰巻)コメントの泣きながら読みました、とかうんざりです
王○のブランチのブックレビューで、評判よかったから買ってみよう、とか>しかもそれがよりによって微妙な、売りやすい本だったりなんて。

確かにね、それが元で読書人口の裾野が広がればいいじゃん、ってのも以前は思っていたんです。
でも、最近は転向。
そんなの期待できないんだわって思い始めて。
となると、良質な本をきちんと広げていかないと、という危機感が一般市民なのに思うんです。

だから、こういう、”まっとうな”作品が評価されるのは、そして売れるのはうれしいです。まぁ、Amazonとかmixiのレビューとかは当てにならないのは当然なんですけど(余談すけど、レビューをするって、きちんと覚悟を持ってやって欲しいってのがおぎそんの考えなんです。それが影響を及ぼすってことを引き受けるってことですね。おぎそん、書くときにものすごい気合入れますからね。もう、日記に書ける時間なんて目じゃないぜ、くらいに。って、ここまで書いてて、mixiのほうが、外に対するレビューという意識は希薄なので、すごいですよ。好き☆とかよくわかかんなかった。もう少し、わかりやすくして、って感じ。とか)。
星野智幸氏のレビューとか見てると(今確認したら、Amazonはましでした)、悲しくなります。

いやね、別にさ、おぎそんが選民思想を持ってるとかそうじゃなくて>持ってるかなぁ?それを語るベースを持ってるか、ってことなんです。
感情論ならば、それはすでに評論ではない。それとは別に、作者の意図を読み取ったりするってことが必要なんだと思うんです。揚げ足取りじゃなくて。
今って、Everybody is 評論家になってるので(語るってことの閾値が下がっている)、その気になれば、それっぽく語れちゃう。でも、それが本物かまがいものかを見分けることが必要なんだけど>この辺りは、新興宗教の信仰とかに似てる気がするするんですけど、なんだかなぁってため息をついちゃうのですよ。
なんなんでしょうね。

何かを語る、ということは自己を語ることと同値だとおぎそんは考えています。だからこそ、それと切り離されたものは信じられないし、かと言って感情だけのものも嫌だな、と思う。その思いがない交ぜ>ないまぜ、の意味がわからない、といい年こいた大人に言われたことがあって驚愕したことがありました。そういえばになって、でもそれでも語ってしまう、語らざるをえないってのが評論、レビューなんだと思うんですよね。

語る機会がなくなっているから、ダイレクトにレビューになっているのかも、と今書きながら思いつきました。そうだね、読んだ本を語るって、とても少ないですよね。
何、真面目ぶってるんだよ、みたいな。
少なくとも、70年代のような(って、おぎそんもその時代の空気なんて知りませんけど)これを読んでおかないと、話についていけないから読むって感じないですよね。

・・・まぁ、マルクスとか読んでるってのも微妙だけど、でも「教養」としてあったほうがいいような気がする。

社学ならデュルケムは読んでおいて欲しいし、言うまでもなく、カントだってパーソンズだってウェーバーだってフーコーだって読んでいて欲しい。
文学部国文学科だったら、やっぱり源氏物語は読んでいて欲しいし、現代をやるならなおさらに、古典といわれる近代物は読んでいて欲しい。そんなことを思うのだけれども。

宮部みゆきとかW村上(もちろん、春樹と龍ですよ。Mi-Keの村上遼じゃありません。ってマニアックかしら)とか卒論で取り上げるなら、それなりに気合というか覚悟が欲しいというか。
なんか、すごく無邪気というかなんというか。。。卒論にそんなのを求めてもしょうがないじゃんって意見もあるけど、でもそれじゃ、100メートルのスキージャンプを目指しているのに、80メートルぐらいでいいや、としちゃう感じがしちゃうんです(って、言ってて、この例が適切なのかはよくわかんないけど)。
そういった違和感があるんですよね。



って、よくわかんなくなってきた。考えなしに打ち始めるからもう。
まっ、いっか>待て


とゆーわけで、まだきちんと語ることはできないのですけれども、津村氏はちょっと追って行きたいかな、と。
年齢が近いから、とか時代性を漂う何か、とは違う何かがあるような気がするんですけどね。

カート・ヴォネガットが好き、とのことで。
ヴォネガットかー。おぎそん、高校生のころに、なんか読んだはずなんですけど、ぜーんぜん覚えてません。どっかしら、血となり骨となり肉となってるはずなんですが。
多分、村上春樹の影響からだと思うんですけど。
というか、春樹の初期長編作品(「風の歌を聞け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」)をまた読んでいるのですが、この中で一番好きなのは「ダンス・ダンス・ダンス」なのかもしれません。ちなみに、この中で順位づけをすると、ダンス>ピンボール>羊=風 となりますけど(彼の作品で言うなら、「太陽の西、国境の南」が一番好きかもしれません)。
なんかねー、高校生のころから繰り返し繰り返し読んでいる(しかも、大学進学時に家から厳選して持ってきた本の中にちゃんと入れてる)のですけれども、後半が好きなんですよね。生死をめぐる話だからかな。10年以上読んでいるんですよね。
それに匹敵するのは、宮部の「魔術はささやく」くらいか。たいしたもんだ、自分>自分で言うな


あっ、ヴォガネットだったんだわ。図書館でまた借りてこようっと(買えよ)。

2009年03月17日(火)
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