おぎそんの日記
おぎそん



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「偉いね」
ほんのたまーに、そんなことを言われたりする。

ボク自身の妙な我慢強さを評してのことだ。


自分でブレーキをかけてしまう(無意識のうちに?)癖。
いつからかはもう覚えていないけれども。

ボクが望むものと他人の望むものがかち合ってしまったときに、どうも”どーして○●をしたい(やりたい)から譲って!!”とはどうも言いにくいのだ。不思議なんだけれども。

多くを望んでも仕方がない、というのはあるのかもしれない。
願っても叶わないことが多いから、との諦めなのかもしれない。

でも、それじゃ淋しい、と自分のどこかで思ったりもする。

高瀬舟の題材であった 殺すべきだった/殺すべきではなかった の二元論のように。
人の意思、というのは 自分のやりたいことを押し通す/自分が望んでいてもそれを我慢する という二元論なのかもしれない(って、誰かの―宮部みゆき?―本の中で読んだ覚えがある)。

でも、もうボクが選んだことだから。
淋しくたって、結局は自分が招き入れていること。
それを誰かのせいにするのは見当違いだと思ったり。

もちろん、ボクにだって人並みに思うのだ。
あー遊びたいとか、衝動買いしちゃおうかなーとか、いろんな文句を言いたい!とか>今でも十分言っている、という話もあるけど
でも、それらを考えたときに。
ボクだけに及ぶ被害ならまだいいのだけれども、他人を巻き込むときの怖さ・恐れがある。
それがなんとなく嫌なのだ。

もちろん、そんなことはないよ〜と言ってくれる有難い人が居るのも承知だ。
でも、これはボクなりの矜持なのだ。たぶん、きっと・・・。

と、オチがなくなって困ってしまったのだけど、まぁそんな てーげーな感じで>明らかな逃げ、でしょう

2006年01月31日(火)
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