おぎそんの日記
おぎそん



 どこかではないここ

先日まで大阪に出かけてました。
某機関での面接だったわけですがどうも手応え薄といった感じで、正直なところ「キツイなぁ」と思わされました。
うーん、他の地域の兼ね合いもあるからなんとも言えないんですがホントはこの地域が第一志望なんですよね。施設としては。
で、環境的には関東が第一志望と。

なんとなくだけれども言葉の壁っていうジョンの主張もぼんやりながら(今までは「そんなことなくない?」って思ってたんだ、ゴメンネ)感じたかも。
なんか、こっちの受け取り方しだいだからどうでもいいかもしれないけれども、ちょっと弱気だったり不安なときにやっぱりそういう言葉(方言)というファクターだけでも影響するんだな、と。

正直なところ、今までの機関の面接が雰囲気良かったので「もしかして楽勝?」なんて思っていたので>これがいけないのか冷や水を浴びさせられた感じです。
まっ、こんなもんでくじけるおぎそんじゃありませんけどね>と、つよがり

あとねー、大阪って今回初めて滞在したんですよ。
でも、何処を見たらいいのかわからないの。しょうがないから好きな京都>それでも4年ぶりくらい?まで足を伸ばしました。
神戸は後輩くん>Kくん、サンキューねが案内してくれて楽しかったんですけど、丁度時間の空きができちゃって。

京都ってアクセクするのがなんとなく似合わない街のイメージがあるのでそれにならい>歳のせいだろっていう声が多数、清水寺&その付近という感じでぶらついてました。
まだ紅葉の季節じゃなくて>どっちかというと、神戸のほうが色づいてました残念だったけど、慎ましく御神籤を引いたりボッーと過ごしました。

長袖を忘れたので>いくら、旅の準備をしたのが出発の10分前とはいえ、なかなかのチャレンジャ−だったと思う・・・って単に忘れただけですアウターか長袖シャツを購入するのにかなり迷ったり>ほら、おぎそんって服を全然買わない人だからさぁ、高速バスの座席が全くなくて泣きそうになったり>結局は無事に乗れました、というか高速バスでの帰りにしたので、服を買う余裕が生まれたという話もありネットカフェでなんだか漫画のような出来事があったり素敵な2泊3日(車中泊を含めると3泊4日)でした。

かなり久しぶりのメール>ボクが覚えている限りでは、メールは2年弱ぶり(去年の誕生日メール以来)&会うのは2〜3年前の府中以来で不躾なお願いだったのに、快くもてなしてくれたジョン&神戸の町を探索させてくれたKくん&その他もろもろの方にお世話になりました。

また機会を見つけて遊びに行こうかな。
中島の夜会@大阪BRAHA>来年の4〜5月ですとか・・・。


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会場で面接を待つ間に如才なく、周りの方と会話ができる方がいるわけで、そういう人をぼんやりと見ながら「ああいう風には関われないなぁ」と思ったり。
自分が、上手く周りと関わることができないことに少なからずコンプレックスはあるのだけれども、あまりにも見事な人―ええと、ここでは会話の糸口を見つけて展開していくことができる人ってことですね―を目の当たりにすると”恐れ入りました”って感じで感服です。
「生きにくさ」を感じるといったところまではいかないけれども、最近”弱くある自由”というものをぼんやりと考えます。
あまりにも「強くあれ」という風潮に最近なんだか心苦しくなります。
上野千鶴子も書いてたけど―ここで彼女の名前が出ちゃうのが・・・おぎそんの難点ですな。今だに社会学―

  フェミニズムというものが登場して、男にできることなら女にも何でもできる、女も強いと言いだしたとき、わたしもその一翼を担ったにはちがいないが、内心ひやりとしていた。こんなことを言ってて、いいんだろうか。この人たちだって、そのうち齢をとるだろうに。今は強くても、どんどん弱くなるというのに。(中略)強さを価値として持てば持つほど、自分がその能力を失っていくのに耐えられなくなる。価値と現実のギャップが広がる。あたりまえのことだろう。それだったら、はじめから自分の弱さに居直って生きていく道はないだろうかというのが、わたしのフェミニズムの出発点だった。

             上野千鶴子「老いる準備

この主張に少なからず共感するのだ。
ただ、彼女の方向性には疑問を抱かざるを得ない。
なぜなら、彼女は解決法として「共助(友人とのネットワーク)」を主張する(介護保険を主張していることが象徴的)。

たくさんの友人たちとの広いネットワークを作り出せる人はいい。しかし、そのネットワークを作り出し、維持し、時には広げるということをできない人はどうすればいいのだろうか。ボクはこの点に引っかかってしまうのだ。

今の風潮では、「強い人間」が前提にある気がする。
そこ(その価値観)に乗れない(そぐうことのできない)、零れ落ちる存在―ボク自身だって含まれうる―に対しては一体どうするのだろう。

いつ、”いわゆる”社会的弱者に転落するかわからないのに、無邪気にこの社会を支持する人たちに対して薄ら寒いものを覚えるこのごろだ。
どんなふうに生まれてこようとも、それなりに満足で生きることのできる社会がいい。
家族が居ようとも居なくとも、あまり困ることなく生きることのできる社会がいい。
ボクがどういう状態であっても―仕事に就けなくても、障害を持っても、誰と繋がることができなくても―支えてくれる社会であって欲しい。

ボクが望むのはそれだけだ。

2005年10月30日(日)
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