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■ 青空のルーレット
最近、本屋の店頭でむやみにPushされている本を見かけませんでしょうか? POP付きで。
佐野某が、「誰が「本」を殺すのか」を記してから本屋さんの売り方が二分化しているのが一般市民にもわかるようになってきたのはどうなのかなぁと思うおぎそんです。
えっとね。 で、店頭で推されてて気になってしょうがないんだけど、まだ買ってない本があります。 辻内智貴「セイジ」
いきなり、新書(1400円)に手を出す度胸もお金もないのでとりあえず、文庫化されている他の作品(「青空のルーレット」「いつでも夢を」)を買ってみました。
この人の作品をおぎそんは全肯定したいと思います。 大きく出たぞ。いいのかしらん。
まぁ、嫌いな人は嫌いな世界観だと思うんです。 ”キレイごとだけを書きやがって”みたいな。 でもね。 その世界観を作り出すためにどれだけの汚れたものや嫌なことや経験しなくてもいいことを潜り抜けてそこに到達したのか、を(勝手に)想像するとその”キレイごと”が見事に反転して、現実があまりにもどうにもならないことがあるからこそのオトギバナシを生産しているんじゃないか、と思うのです。
亡くなってしまった鷺沢萌(さぎさわ めぐむ)も言っていたけど「『汚さ』を通り抜けてきた」やさしさであろうと思うし、「自分が汚れていることをどこかで直視せざるをえなかった人にしかわからない痛み」であって「その痛みをまだ身体のうちのどこかに背負っている人にしかわからないやさしさ」なんだろう、と思う。-----橋口亮輔「二十才の微熱 A Touch of Fever」(扶桑社文庫)の解説より
これが大きな理由ね。
あとは、アマゾンの書評欄に任せる感じ。
話の筋があまりにも一直線だし、それぞれの話があまりにもありふれているのも認める。でも、この純粋さこそが彼の魅力なんだと思う。>いい歳こいてるけど 対立構造もわかりやすいから、「そんな簡単に片付いてたまるか」なんだけど、それでも認めたいそのチカラが作品に詰まっているように思う。
問題は・・・。 本の装丁かなぁ。帯のコピーとか。その周りか。 個人的にはなんか評価されて欲しい作家さんだなぁと思う。 これは、平 安寿子(たいら あすこ)も同様。
とはいえ、ドラマ化する、とかなるとあまりにべた過ぎるからきついか。でも、こういう映像化が向かない作品こそが本を読む楽しさなんだろう、と思ったりもする。
今、おぎそんにとっての注目の作家さんたちなんで、よかったら手にとっていただけると嬉しいなぁと思います。
2005年07月05日(火)
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