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■ 夏は憶えている
大変でも、「何か」が見守っていてくれる。 誰か かもしれないし、何か かもしれない。 自分だけが「大変なの、だれか聞いてよ」なんていうのは間抜けだし。 でも、愚痴は言いたいし。
その葛藤を含め、結論としては自己満足でやるしかないんだ ということ。 誰かの「ために」なんて考えていると、それを反故された時にムカツクし自分がいい人「ぶってる」ってことを実感させられるし。
自分がやりたいことはしたい。 自分がやりたくないことはしたくない。
その意見の表明は普段できないからこそ、自分の思い通りになる私生活ぐらいは我が侭で居たいと思う。
そんな我が侭も含めて、いつだって誰かが見ている。 何かが見守ってくれている。
・・・いつになく宗教チックだな、おい。
2004年09月15日(水)
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