おぎそんの日記
おぎそん



 夏は憶えている

大変でも、「何か」が見守っていてくれる。
誰か かもしれないし、何か かもしれない。
自分だけが「大変なの、だれか聞いてよ」なんていうのは間抜けだし。
でも、愚痴は言いたいし。

その葛藤を含め、結論としては自己満足でやるしかないんだ ということ。
誰かの「ために」なんて考えていると、それを反故された時にムカツクし自分がいい人「ぶってる」ってことを実感させられるし。

自分がやりたいことはしたい。
自分がやりたくないことはしたくない。

その意見の表明は普段できないからこそ、自分の思い通りになる私生活ぐらいは我が侭で居たいと思う。

そんな我が侭も含めて、いつだって誰かが見ている。
何かが見守ってくれている。

・・・いつになく宗教チックだな、おい。

2004年09月15日(水)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加