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■ 読了
現実逃避のように>「ように」じゃなくて事実なんだが最近は本に逃げてる。 ブックオフで買いこんだものの未だに読んでない本をとりあえず片付けるべく順繰りに読んでいるのだけれども結構途中でほおりなげているものがあることに驚き。 あー、おぎそんって健忘症かも。
で、なんとか 天童荒太「遭難者の夢―家族狩り 第2部―」も終了。ついでに内館牧子「恋につける薬」も終了。ファミレスで2時間粘って 萩原浩「神様からひと言」も読了。 だんだんペースが上がってます。>あげてもしょうがない
人に言わせると「本はどんどん新刊が出るわけだし、一度読めば十分だよ」だって。おぎそんは未練があるというか、何度も同じ本を読み返してしまう。 山本文緒とか宮部みゆきとか。>「魔術はささやく」なんて3回も買いなおすほど読み返してる 言いたいことはわかるけどなんとなく嫌だな〜って思う。 それは勿論、人間関係とも同じこと。
知り合える人なんて限られてる。でも、次から次へと新しい出会いを求めてせっかく自分が「心地よい居場所」と感じる場所をキープしないのはもったいないともおもったり。>しかし、それは甘えとも言える
あ、おぎそん 荻原浩を久しぶりに読んでの感想というか意見。
荻原浩≒(近似値というか似てるってこと)重松清 を主張。 なんというか、どちらも地道に生きている(というと語弊あるんだけど)人を描いて、それに対するささやかな祈りがこめられているというか。 現状は変わらないかもしれないけれど生きていくその姿。ジャンルとして荻原はミステリー(エンターテイメント)、重松は脱ミステリー(てか直木賞作家)なんだけれども。(本人が望んでいるかわからないけれども、萩原は意識しているのか意識していないのか常にユーモアを折りこんでいるからこその哀しさが漂う)
荻原の主人公には「意地」という言葉がよく似合う。自分のための、自分を確認するための、自分の存在価値をはかるための意地。 一人ぼっちの戦いにも通じる。 「ハードボイルド・エッグ」「オロロ畑でつかまえて」「なかよし小鳩組」「誘拐ラプソディ」「神様からひと言」しかり。 そう考えると、彼の存在を知らしめた(って言っても一部の人に、ってことだけど)「噂」がかなり特異な地位を占めていることがわかる。
何らかの形での自己証明を投影する。人の捜索とか。 「小僧の神様」(志賀直哉だっけ?)の『神様』とダブらせた印象。自己の願望が引き起こすもの。 ○◎●(一応、ネタバレをしないための伏字)がダブルミーニングであったように中身とパッケージの相違という皮肉さ。 最後の1行が泣かせ。「噂」を上手く引き継いだ展開。
と、好き勝手なことをメモったりしてました。 「あー、面白かった」ですませてもいいけど、作品から自分の読み取る部分から自分が何を考えているのがわかるって実は面白いなぁ、と。 自分が見たいところだけ見ようとして。 読書感想文って実は「感想」じゃなくて「自分が何を問題意識として持っているか」の確認なんだろうなーと思う。 今、もし「感想文書け」って言われても多分苦痛じゃないと思う。>出来はともかく もっと早く気付けばよかった。
って、採用試験の論文とはまた違うんだが・・・。
2004年03月18日(木)
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