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■ 伝えるべきことなんてない
伝えなきゃいけないものなんてないような気がする。 確か、文藝賞での評だったと思うけれど「文学を書く必然性がない、という自己言及性の自覚」というのをまだ覚えている。
音楽でもなんでもいいけれど一通りの表現は出尽くした(ように思える)。それなのに何故文章を書いたり音楽をしたりするのだろう。
自己表現という意味では小説を書く人が増えたりするとかストリートパフォーマンスをする人が増えるとかわかりやすい。 でも、そこに「何かを伝えたい」よりも「伝えることで誰かを救いたい」とか「何かを実現させたい」という思いがある人も居る。 そこに疑問を抱く。>傷のなめ合い、ということが必要であるかもしれないけれどそこに留まっていてもあまり意味がない
京極夏彦氏「嗤う伊右衛門」のように思いは受け取る側が決めること。それを制限する(というか自由な鑑賞を妨げ、作者の押し付けになりかねない)というのに「それは宗教では」とも感じる。
先日紹介させていただいた星野智幸氏に興味を持つのは彼の創作姿勢が文学の必然性を否定した上で出発しているように感じるからである。 そのため、前述したようなことも感じるしTHE BOOM「手紙」のような感情を言い当てていて妙だと思う。
2004年03月15日(月)
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