GARTERGUNS’雑記帳

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お題054
2005年03月14日(月)

※漫画版ガルデン一族※


054:子馬



社会的にヤバい輩や闇の眷属にとって過ごしやすい事で有名な、西部大陸ウェストガンズが一都市モンゴック。
その界隈で、近頃妙なものが流行っていた。

「心理テスト?」

何だそりゃ、とマーカスがどっちらけた顔をしているのに、マーカスの相手をしているエルフが「知らないの?」と驚いた様に目を瞬かせる。
彼女は大通りに面した娼館に属するエルフで、その職業ゆえに入ってくる様々な話を売る「情報屋」の様な事もしている。
今回、マーカスは忙しい一族の長に代わって、彼女から此処最近の情報を仕入れていたのだが。

「そんなに驚く様な事か」
「驚くよ、そりゃあ。……まあ良いや。
 心理テストってのは、簡単な質問をして、その人のシンソーシンリを探るものだよ。
 当たるって評判なんだよ。この辺りじゃあ、この店の向かいの占い屋のオヤジよりも的確だって」
「深層心理ねえ」

胡乱な眼差しのマーカスに、彼女は「信じてないなら……」と、やおら要らない紙の裏に何かを描き始めた。

暫しして差し出された紙面には、小さな鳥馬(ギャロップ)らしきものが一匹。
ぽつんと寂しそうに立っているそれを指差し、彼女は一方的に「心理テスト」とやらを始める。

「これはあなたの可愛い子鳥馬です。この子鳥馬の周りに、柵を作ってあげて下さい」
「…………」

ぐい、とペンを突き出され、マーカスは渋い顔で首を振った。

「こんなので何が判るんだよ」
「それを言っちゃテストにならないじゃないよ」

さあさあと尚も紙とペンを押し付けられ、マーカスは仕方なくそれを受け取った。
そして「絵は下手なんだよ」とぶつくさ言いながら、鳥馬の周りに柵を描く。
内容の割にかなりの時間悪戦苦闘して、漸く出来上がった絵をつき返すと、彼女は学者面をして「これは面白いねえ」などと言い出した。

「何が面白いんだよ」
「いやさ、この『子鳥馬』ってのは『あんたの大事なもの』を表していて、その小鳥馬を閉じ込める『柵』ってのは、『大事なものへの独占欲』を表しているんだよ」
「は……?」
「マーカス副隊長の『柵』は、随分頑丈そうだねえ。結構独占欲強いんじゃない?
 でも、そんなに狭くはないね。縛り付ける事はしない主義かも知れないね」

偉そぶった訳の判らん説明に閉口していたマーカスだったが、よく考えてみると思い当たる節が無くもない事に気付き、唸った。
こんな子供の落書きみたいなもので、本当に自分の心を暴かれてしまうとは。
得意満面といった様子の彼女を少々見直したマーカスは、この心理テストにおける「柵」の様々なパターンとその解釈を教えて貰ってから、自分の部隊へと帰った。





「心理テスト?」

アジトに帰ってきたマーカスから、調達した物資や収集した情報の報告を受けていたイドロは、その中に混じっていた妙な単語に眉を寄せた。

「いやあ、オレもやられたんだが、これが中々どうしてよく当たっていてな。
 モンゴックでは占いよりも当たるって評判なんだとさ」

マーカスの言葉に、自身が優れた占術士であるイドロが渋面を作る。

「自分が何者なのかが判らなくなる様なこの御時勢には、占星術や水晶占いなんかよりも手軽で、しかも解釈が露骨な『心理テスト』が流行るのかねえ」
「ああ、まあ、あの界隈じゃああんたの様な本物の占い師も居ないだろうからな」

と、それまで傍で話を聞いていたシュテルが「下らん」と呟いた。

「人間共のやる事は判らん。少々の簡単な質問などで、どうして自らの心理を判った気になれるのか。それでは自らの心を底浅だと言っている様なものではないか。全くもって理解に苦しむ」
「…………」

言葉の端々には、心理テストを「当たる」と言ったマーカスに対する揶揄が見え隠れ。
カチンときたマーカスは、傍の卓にメモ紙を広げ、転がっていたペンでもって、紙の中央に小さな鳥馬らしきものを描いて言った。

「おいシュテル。そんなに言うならこのテストを受けてみろ」
「何?」
「これはお前の可愛い小鳥馬だ。この小鳥馬の周りに柵を作れと言われたら、お前はどうする」

紙とペンを押し付けられたシュテルは、「これの何処が可愛いのだ」「そもそも鳥馬に見えん」などとぶつくさ言いながら、それでもせっせと絵を描き始めた。
どうせ当たりっこないと思っている癖に、その姿は真剣そのものだ。

「お前、本当は心理テストやってみたかったんだろ」
「違う!」

茶々を入れたり怒ったりの後、漸くシュテルが返した紙を見、マーカスは絶句する。

彼の描いた小鳥馬は、背が高くて頑丈そうでしかも狭い柵の中にがっちりと閉じ込められていた。御丁寧な事に、柵の上部まで網のような線で塞いである。

「……お前、何だよこりゃあ」
「柵を描けと言ったのはお前だろうが」
「それはそうだが、これじゃあまるで柵ってより檻だろうが」

何だってこんながちがちに囲っちまってるんだ、と問うとシュテルはさも当然といった様子で

「小鳥馬が害獣などに襲われぬ様にだ、決まっているではないか!」

……シュテルの発想に暫し呆然としていたマーカスが「小鳥馬」と「柵」の意味するものを教えると、傍で成り行きを見ていたイドロは肩を震わせて笑い、シュテルは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。







「なあシュテルよ、本気でやる気か」
「煩い!やると言ったらやる!」

ドスドスと足音荒く廊下をゆくシュテルの後ろについていきながら、マーカスはやれやれと肩を竦める。
この先は執務室。彼らの主にして一族の長、「ガルデン」の居る部屋である。

「何処の世界に、隊長に対して心理テストなぞ仕掛ける輩が居るかね」
「煩いと言っている!」

溜息をついても、シュテルは聞く耳を持たない様子。そう、今のシュテルは手にメモ紙とペンを握り締め、「可愛い小鳥馬」のテストを己が乗り手に試さんとして、執務室に向かっているのであった。

あれほど馬鹿にした心理テストにあっさり嵌められたのが、余程トサカにきたのだろうか。
で、こうなれば死なば諸共と隊長にもテストを迫り、自分と同じ様に恥をかかせる算段だろうか。
しかし、シュテルが恥をかいたのはともかく、それに隊長を巻き込まなくても。

マーカスがそういった内容の事を言うと、シュテルはふっと歩く速度を緩め、「違う」と低く言った。

「……きわめて不本意な事実だが、この心理テストとやらにはそれなりの効果がある様だ。
 だから、このテストなら、あのお方が心の底で何を考えているのかが少しでも判るかも知れない、と……」
「……お前と隊長は以心伝心じゃないのか?」

シュテルと長のツーカーっぷりは、彼らが繰り広げる戦いを傍で見ている者ならばすぐに判るほどのものだ。特に自分もリュー使いであるマーカスには、彼らの意思疎通の確かさが稀有なレベルのものであるとはっきり見て取れた。
故に、彼らは互いに対して判らぬ事など何も無いのだろう、と思っていたのだが。

果たしてシュテルは首を振り、実に実に悔しそうに悲しそうに、そして寂しそうに答えた。

「あの方はこのシュテルの全てを理解して下さっている。
 だが、己は、未だにあの方の思考の全てを読むことが出来ない……」

……己の全てを主に捧げ、その手となり足となり鎧となる事を何より望むシュテルにとって、主を理解しきれないというのはどんなにか辛い事であろう。
あの方の心の全てを汲むなど、己では役不足なのかも知れない。それでも主の心がもっと知りたい、と訴えるシュテルの姿に、マーカスは少なからず心を動かされた。

「判った。このテストの解釈の仕方なら色々聞いてきたから、俺も手伝ってやる」

だからそんな辛気臭い顔するな、と言ってやるとシュテルは、しゅんと落としていた顔を上げて

「……仕方ない、手伝わせてやる」

途端に偉そうに戻った口調で言って、(やっぱり慰めなきゃ良かったかも……)と思うマーカスを従えて執務室に突進していった。



「失礼します!」

ばーん、というSE付きでシュテルが執務室の扉を開くと、部屋の主はちょうど書類仕事の手を休めている所であった。

「何用だ」

と、涼しげな眼を細めて突然の訪問者を見やる主。
その視線を真正面に受け、少々怯みながらもシュテルは「お願いがあって参りました」と訴えた。

「願いとは何だ」

視線同様の涼しげな声で、主。其処でシュテルは言葉に詰まってしまった。
今更ながら、この超・現実主義者の主に「心理テストであなたの事をもっとよく知りたいのでこの小鳥馬の周りに柵を描いてみて下さい」などとは言いにくい。鼻で笑われるか、忙しいのに下らん事を言うなと追い出されるか、悪くすれば思考回路の検査を命じられるかも知れない。

「あ……あの……」

もごもごと言い淀むシュテル。主の目が次第に険しくなる。それで余計に硬直してしまった下僕にとうとう痺れを切らしたのか(彼は、大きな戦局を読み流れを掴む為ならば何事に対しても驚くほど気長に待つが、それ以外の雑事に関しては短気で、即時の決断と行動と結果を求める傾向がある)、どんと黒檀の机を叩き「はっきり言わんか!!」と一喝した。
戦闘においては、主のこの一喝がシュテルやその他の部下を奮起させる事も多々あるのだが、どうも今回ばかりは勝手が違う。
反射的に伸ばした背筋を凍りつかせたまま何も言えなくなっているシュテルを見かね、マーカスは仕方なく助け舟を出した。

「ガルデン隊長」
「何だ、マーカス副長」

鋭い目がこちらを向く。思わず首を竦めつつ、マーカスは釈明とも取れる説明を始めた。

「いや、隊長の仕事の邪魔をする気は無かったんですがね。
 俺が街で心理テストってのを聞いて、試してみたら結構良く当たるもんで。
 それなら、日頃から中々思考を読ませてくれない隊長にも効果があるかもなあって事で」
「心理テスト?」
「ええ。ま、答えさえ聞いちまえば単純で子供騙しに近いもんですし、隊長にとっちゃあそれこそお遊びかも知れませんが、休憩時間の一部を割いて貰えるならば一度やって貰いたいなと……
 ……そう、こいつが言うもんですから」

白眼視される事を承知で(肝心の責任はシュテルにあるとさりげなく付け加えて)言ってみる。
と、たいそう意外な事に主は、「ほう」と興味が無くもない様な相槌を打った。

「心理テストか……私の心理に興味があるのか?」

主の多少緩んだ視線に、シュテルは必死でうんうんと頷き、床に膝を着いて机の上にメモ紙を広げ、例の小鳥馬の絵を書き出した。
幼い子供などならば微笑ましくもあろうが、人一倍ガタイのでかい黒い男が飼い主の膝にじゃれる犬の様な姿勢で一心不乱にお絵かきをしている、というこの光景はかなり不気味である。

やがて出来上がった絵(小鳥馬の写真を紙の下に敷いてなぞった様な絵だった)を主に恐る恐る差し出すシュテル。
主はちらと見てからそれを取り、尋ねた。

「これをどうするのだ?」
「そ、その絵に柵を描いて下さい」
「何?」
「その真ん中のは隊長の可愛い小鳥馬って設定なんで、そいつの為に柵を作ってやって下さい」

マーカスのフォローを聞き、「ああ」と合点した様に呟く主。
立ち上がった下僕とマーカスがじっと見る中、彼は寂しそうな小鳥馬を暫く眺め……

「柵など要らん」

と、何も手を加えず紙を机の上に置いた。

「は……え?」

ぽかんとする部下二人。
何を思ったのか、シュテルが泡を食って主に詰め寄る。

「そ、そんな!ガルデン様の小鳥馬ですよ?柵を作られないのですか?放置ですか?」

何故かいきなり取り乱し半泣き状態になった彼にげんなりしつつ、マーカスは改めて主に尋ねた。

「どうして柵を作らないんですか、隊長」

すると主は、妙な事を訊くな、という風に小首を傾げて見せた。

「この小鳥馬は私のものであろう?」
「ええ……」
「この私が選ぶ程の鳥馬が、柵を必要とする様な凡愚な家畜である筈がないではないか」

……成程、さすが覇王たらんとする男は、常人とは心のつくりが違う。
マーカスは半ば呆れつつ感心し……
……取り乱していたのが嘘であるかの様に、ぽーっと頬を染め、莫迦の如く口を開いてとろんとした目で主を見詰めているシュテルに気づき、彼から半歩距離をとった。
そして更に問うてみる。

「……しかし隊長、幾ら隊長の鳥馬とは言え、何かの原因で逃げ出したり、害獣に襲われたりするかも知れませんぜ」

こんな質問はもう心理テストでもなんでもない、とは思ったが何となく興味があった。(どうも鳥馬と自らを勝手に重ねているらしい、自意識過剰な隣の男に対するあてつけの意味もあった)
すると主は、「そんな事があるか」と怒る下僕を視線で黙らせ、先ほどまで書類仕事に使っていたのだろうペンを取って、

「そうだな……」

と、紙に何かを描き加えだした。

「……まあ、この私の鳥馬でありながら、そんな真似をする奴が居たとしたら……
 こうして、二度と逃げ出せない様な柵を作るだろうな……」

小さな鳥馬を囲う様に出来たのは、意外なほどシンプルな柵……と思ったのも束の間、主はそれにどんどんと手を加えてゆく。

「私の鳥馬なのだから、ひょっとすると空を飛べるやも知れん。だからこうして天井も塞ぐ。
 その蹴爪や嘴はひ弱な柵を破壊するかも知れん。だからここは鉄で作る。
 地面を掘って逃げるかも知れん。床にも鉄を流しておこう。
 魔法くらい使えるかも知れん。魔封じの紋章を埋め込んでやる」

部下達が(特に下僕が)顔色を失ってゆくのも意に介さず、主の柵作りはまだ続く。

「この愚かで稀有な鳥馬を狙って現れる害獣も居るかも知れん。
 そんな輩の為に此処に罠を仕掛けよう。
 脚を噛み、目を突く様な罠を幾つも仕掛けてやる。
 ひょっとすると愚かな鳥馬自身がこの罠に掛かってしまうかも知れんが……
 ……いいや、どうしたって奪われる時は奪われてしまうものだ、ならばいっその事、私のこの手で……」

メモ紙いっぱいに地獄絵図を広げていた主。
彼は最後に小鳥馬の上に、ざざ、とバツ印をつけ―――――

「……お前だってその方が嬉しいと思うだろう?シュテル」

嫣然と、しかし隠し様のない恐ろしいものを秘めた笑みを口元に刻んで、己が「馬」を見た。




……打ちひしがれ、壁に凭れる様にしながらふらふらとシュテルが出て行ってしまった後、未だその場に立ち尽くすマーカスに向けて、主は人の悪い笑みを浮かべた。

「誰も『大事なもの』が『シュテル』だとは言っておらんのにな。……否定もせんが」

そりゃあ確かにそうですが、と冷や汗を拭いつつ答えを返そうとした所で、マーカスはふと気付いて尋ねた。

「『大事なもの』って、隊長はこのテストを最初から知って……」
「ああ」

事も無げに頷く主。マーカスは一気に脱力した。答えを知られているテストほどバカらしいものは無い。

「最初に言って下さいよ」
「何、お前達があんまり楽しそうに訊いてきたのでな、付き合ってやったまでだ」

主がくつくつと笑うのに、マーカスも苦笑を返す。

「おかしいと思いましたよ。
 隊長がこんなに単純で浅い心理テストなんかに乗ってくるとは意外だ、と思っていたもんで」

そして、同時に湧き上がった新たな疑問をぶつけてみる。

「隊長は、何処でこの心理テストを知ったんですか?」

すると彼は、唇は笑んだまますっと蒼い目を細めて言った。

「知るも何も、この心理テストは私が作ったものだからな。
 娼館の女達の歓心を買う為に」

曰く、街のありとあらゆる情報を握る彼女達から「気に入られる」為に、彼女らの喜びそうなテストを幾つか作って教えてやったのだ、と。

マーカスは、今この瞬間に、あのエルフ娼婦が「知らないの?」と不思議そうな顔をしていた理由を思い知った。
更に駄目押しで

「まあ確かに、例えが露骨過ぎて出来が良いテストとは言い難いし、単純で底が浅くて子供騙しで、正にお遊びの様なものではあるがな」

等と微笑まれて、

(やっぱり隊長の心を覗こうなんて軽く考えるもんじゃない)

と悔やみつつ、先ほどの馬と同じ様な足取りで執務室を後にする羽目になったのだった。




―――――

昔流行った心理テストに、文中のような「可愛い子馬」というものがあったので、それを思い出しつつ書きました。結局ギャロップにしてしまいましたが……!!
しかし、アースティア世界に「馬」という動物はいるのでしょうか。
ガルデンはリューの事を「馬」と言っていましたし、姫やイズミらのワゴンを引くメカはあからさまに馬っぽかったですが。

後、冒頭に出てくるエルフ娼婦は、今までにも何度か書いた、1巻に1コマだけ登場するあの娘です。
判り辛くてすみませ……

―――――

後、ホワイトデーに関係ない話になってしまいごめんなさい。



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