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062:オレンジ色の猫 育ての親と信じた女に裏切られて以来、占いなど信じぬ様になった男が、その日に限って突然館を訪れたかしましいエルフ娘の「ぴたりと当たる石占いセット」の売り口上に耳を貸したのには特に理由は無かった。 かの娘は魔法のマントより、女子供が喜びそうな磨き上げた色とりどりの石をじゃらじゃらと、前もって艶やかなびろうどを敷いた卓の上にぶちまけた。 武器は売らねど高楊枝とはいかぬ孤児院のマドンナは、眉を寄せた殆ど白い髪の青年に向かって、腰の銃より凄まじい言の葉の弾丸を浴びせ掛ける。 「……でな、これが唯の宝石やと思ったら大間違い!土木金火水・天地海・過去現在未来の属性を揃えた『占い用に作られた魔法石』やな、くらいの事は魔法に詳しいあんたやったら言わんかて判るやろうけども、それだけやない。この一つ一つにはずうーーっと昔に失われた或る魔術が組み込まれてんねん! その魔術っちゅうのが、此処だけの話、パフリシアの魔法ギルドと対立して負けてしもて衰退した闇の一族の持つもんやったらしいんやなあ」 男の掛けた光避けの眼鏡の向こう、何処か爬虫類を思わせる瞳孔の細い目が微かに見開かれる。 それにマドンナは丸い眼鏡の奥の藍目を細め、畳み掛ける様にこう言った。 「……わてかて世界を旅した商人やし、魔法が得意なエルフ族の端くれ、これが占いの道具やっていうのんだけはすぐに見当がついたし、パフリシアの魔法ギルドがでっかい力を持つこの世の中には、出回ったらあかんもんやっていうのも察しがつく。 ……そこで、や」 高くてよく響く声をぐっと落とし、青年の顔に顔を寄せて囁くマドンナ。 「わては考えたんや。 『これを託せるんはあんたしかおらへん』…… あんたはこのアースティアで唯一の、『力有る闇の魔法の使い手』。 其処らの魔法使いじゃ価値が判らん、判ってもせいぜい厳重に封印するくらいしかやりようが無い、何処にも持って行き場の無いこの石や。それを受け止め、有用に扱ってくれるんはあんたしかおらへん、て。 これを手に入れた時に、わては自分の強運に感謝したで! 普通の商人やったら持て余すもんでも、わてには安心して預けられる知り合いが居る。 世にも珍しいもんを手に入れる喜び、それを相応しいもんに手渡す喜び。 商人にとってはどっちが抜けても片手落ち、せやけどわてはそうやあらへん!!」 長い話だったが、要するにこれを買い取れと言っているのだろう。 男は艶やかな石の一つに指先を触れ、其処に埋め込まれた術式を読んだ。 ―――紛う事無き闇の秘呪、彼女の言う事には嘘偽りは無く、それほど大げさでも無い。 これは確かに、己が持つに相応しい(もしくは、己が持つ以外どうしようも無い)ものであろう。 男は彼女に目を向け、率直に問うた。 「……幾らで?」 「あんたの胸次第やな」 わてにはこんなマイナーな闇の魔法具の価値までは判らへんから、と、一見良心的に彼女。 更にこれまでの様相は何処へやら、しおらしくもこんな事まで付け加える。 「実はな、この石を手に入れてからっちゅうもの、はよあんたの所へ持って行かんとと思て急ぎに急いで来た所為で、ここ数日まともに商いも出来てへんのや。 うちには腹すかせた子ぉらが仰山待ってるよって、あんたが迷惑でないんやったら、現金かすぐに換金出来るもんでの支払いをお願いしたいんやけど」 「…………」 男は苦笑した。 成程、こんな厄介な石を其処らで売り払おうと思えば、諸々の魔法ギルドや教会、魔法具ギルド、好事家や力に魅入られた手合いに目をつけられ、流石の彼女と言えども煩雑なやりとりに悩まされる事となったであろう。 それに比べて、人里を離れた森に引き篭もって本に囲まれて暮らすこの男との交渉ならば、至極簡単且つ安全にキャッシュ(もしくはそれに代わる価値あるもの)を得る事が出来る。 「考えたものだ」 はしこい彼女の持ちかけた取引に男は賞賛すら滲ませた声で応え、席を立った。 暫しして戻ってきた彼の手には、一枚の紙と一本のペン、小さなインク壺が握られている。 慣れた様子でびろうどと石を片した彼女に軽く礼を言い、再び席に着いた彼は今は空いた卓の上にて、さりさりと紙に何かを刻み込む。 「石の数は二十四個、術に定められた数と種類が一つと欠けず揃い、状態も良い。 それに手間賃と僅かながらの謝礼も含めて、この額で如何だろうか商人殿」 男が紙上に示した数字の列に、商人は一瞬目を丸くし、それから会心の笑みを浮かべた。 「勿論やがな!さすが太っ腹、たっとい身分の御子息様や!」 揉み手に柔らかい声、細められた目。日向の猫を思わせる「陽」としか言い様の無い彼女に言われては、それが例え己の出自の事であろうと疎む事が出来ない。 男はもう一度苦笑して紙に色々書き加え、最後に己の通り名と印代わりの魔術筆を認めて彼女に手渡した。 彼女はそれを恭しく頂き、ざっと各所の認めを確認してからまた笑った。 「確かに小切手お受け取り!パフリシアの銀行やったら顔馴染やし、これだけの額でも大丈夫やわ! これで今日はガキどもに、ご馳走と甘いチョコの一つでも買ってやれるわ。 兄ちゃんにもそろそろ新しい服の一つでもと思うとった所やし! おおきにありがとさん、これからもどうぞ御贔屓に!!」 何時の間にかびろうどで綺麗に包んだ石を受け取り、求められるまま握手を交わして、男は小さく笑う。 「チョコレートとは、商人殿には珍しい選択だな。子らの菓子には飴かクッキーで、高価なチョコレートは『まだ早い』からと与えないのではなかったか」 彼女はそれに笑みを納め、「……ああ、あんたはこんな森の中で暮らしてるんやもんなあ」としみじみ呟き、それからまた……今度は悪戯っぽい笑みを浮かべて眼鏡を外し。 「たまにはあんたも街に来た方がええで。今日は菓子職人らの晴れ舞台、チョコとキスのお祭や」 「祭……?」 それは、と問い掛けた所で眼鏡を外され、「チョコは無いけど」と頬に軽く口付けられる。 くすぐったさに目を細める青年に彼女は「うちの子とおんなじ反応しやる」とまた笑った。 彼女は本当に良く笑う。 感心して眺めていると彼女は笑い済んだのかこほんと咳を一つ払い、眼鏡を掛け(そして掛けてもやって)「それじゃ」と席を立った。 用が済めば長居もせずしなやかに立ち去る彼女は、彼にとって大変楽な客である。 その気安さがそうさせるのか、彼は無意識の内にごく自然と席を立ち、彼女を館の玄関まで導いていた。 「また面白い品入ったら見たってや、鑑定もお願いするかも知れんし。欲しいもんもあるなら探したるで」 「……そうだな」 尚も甘い言葉に逞しい商魂を覗かせて言う彼女に敬意すらこめて頷き、男は彼女をドアの外まで送る。 「まるで騎士様や」との冷やかしにまた苦笑させられ、そう言えば今日は自分も良く笑うと気付く。 彼女が帰った後、急にしんと静まり返った部屋に戻って早速件の石を広げる男。 もう長い間、忌避に近い形で遠ざかっていた「占い」をしようとしている己に微かな前進と磨耗を認めつつ、昔々に母が教えてくれた一番簡単な……飾らず言えば子供の手慰みに近い術式を用いて今日の運勢を占ってみれば、そこで更に笑わせられた。 「確かに彼女の目利きとこの石は本物らしい」 石の並びははっきりと、彼の本日見舞われる災難、金難の相を標していた。 ――――― 「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F様 ――――― 滑り込み小話。 バレンタインにかこつけて一度も書いた事の無いカップリング(コンビ?)を。実は大好きなのです。 或るお方からとんでもない危険球を頭めがけて投げられたので、せめてものお返しにと書いてみました。(しかし明後日の方向へ投げてしまった気がする) ただ一つ言えることは、一連の事件で一番不幸だったのはヒッテルに違いない、という事です。 100題を書くと、ポラロイドカメラやらMDやら合わせ鏡やらのど飴やら、おかしなアイテムばかり捏造している気がする。
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