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時は聖夜、多くの者が喜びを分かち合い笑顔で過ごす星の夜――――― それなのにシュテルのご主人様は、輝く街にも出ず、着飾りもせず、ただ憂鬱そうに窓の外ばかり眺めている。 「……ふう……」 綺麗な唇から零れ落ちる溜息。 その愁いを帯びた横顔に見蕩れながら、シュテルもまた胸中でそっと溜息をつく。 (……ガルデン様……ここ数日ずっと塞ぎこんでおられる……。 やはりイドロを失った事が痛手なのか……) 例え己を傀儡にしようとした魔女であっても、やはり育ての親。 そんな彼女を先日、突然に失った事が、強気に見えて実は繊細で純粋でナイーブ(注:シュテル観)な主の心に、暗い影を落としている様だ。 ……何とかしてその暗雲を取り払い、少しでも明るい気持ちになって頂く事はできないだろうか。 差し出た真似だと思いながらも、イドロ亡き今このお方に一番近しいのは自分なのだから、という妙な責任感と優越感と晴れがましさを以って、シュテルはそっと主に声をかける。 「ガルデン様……」 「……」 「どうかそんな悲しそうなお顔をなさらないで下さい」 その言葉に、主は微かに首を傾げ、シュテルを見つめてきた。 「悲しそう……?私が……?」 問うその声にも力はなく、シュテルを切なくも愛しい気持ちにさせるのに十分な色を帯びていた。 ああ、あなた様は御自分で判っておられないのですか……と膝を着き、図々しくもその手を取るシュテル。 「ガルデン様のその様なお顔を、わたしは見た事がありませぬ」 「……シュテル……」 「ガルデン様が満たされ、笑顔を見せて下さるのなら、わたしはどんな事でも致します。 何かお望みはありませんか?欲しいものや、したい事、やらせたい事は? 何でも叶えて見せます、あなた様の希望ならひとつ残さず実現させて御覧にいれます。 だからどうか、そんな暗いお顔で溜息をつかれるのは」 必死に訴えるシュテルに気圧されたか、主は目を瞬き、何かを考え、それからぽつりと呟いた。 「……食事がしたい」 「食事……?」 「無理か?」 「いえ!」 シュテルは首を振った。 どうして「食事」を望むのかは判らなかったが、それで彼の心が満たされるのならば是非も無い。 案外あっさりと要望が聞き出せた事に、早くも勝利を確信しながらシュテルは、殊更優しく穏やかに主にものを問うた。 「どんな料理を御希望ですか?」 聖夜らしくローストチキン? 甘いワインやシャンパンをあけて、フルーツと粉砂糖で飾ったケーキも作りましょうか。 それとも珍しい大陸風料理にしましょうか? フカヒレとアワビの姿煮、芝海老の老酒炒め、この時期なら蟹の卵炒めも良いかもしれません。 あっさりとしたものがお望みなら、日の出国風のものは如何ですか? 海の幸山の幸をふんだんに使った鍋物など、寒い夜には最適です。 米から作った酒もまろやかで、きっとお好みに合う筈…… 色々と並べ立ててみるが、主はふるふると首を横に振るばかり。 少し困ってしまったが、しかし主がどんな料理をオーダーしようと、無駄に器用・無為に万能な下僕にとっては造作も無い事。気を取り直して、「それではどんなものが宜しいですか」と問いを重ねる。 すると、 「……煮魚」 主は小さな声で、しかしはっきりとオーダーを始めた。 「煮魚が食べたい」 「は……」 意外なセレクトに戸惑いつつ、シュテルは「それでは旬のアンコウでも……」と料理の算段を始めようとしたが。 「アンコウなんて食べたくない、鯖か鰯が良い」 と言われてまたも困惑、立ち上がりかけた膝を再び着いて、主に意見をしてみた。 「さ、鯖……?何もわざわざそんな安い魚を……」 「お前の意見なんて聞いていない、私は鯖の味噌煮や鰯の梅干し煮が食べたいのだ!」 「も、申し訳ありません!」 震え上がった下僕に、更なるオーダー。 「……それと肉じゃが」 「に、肉じゃが……?」 「白いご飯と豆腐の味噌汁、漬物、納豆、ひじきの煮物、五目豆に焼き海苔…… 飲み物は熱いほうじ茶」 「……あの、ガルデン様、それはどういう……」 「何となく食べたくなっただけだ、いいから早く作れ!!」 「は、はいっ!!」 言われるままに大急ぎで作った料理はどれも何だか醤油色、聖夜の食卓に並ぶものとしては余りに地味であり塩分高そうであった。 それらをほんのり嬉しそうにしながら食べている主を見詰めていたシュテルは、ハッと息を呑みその場に凍りついた。 突然、恐ろしい事に思い当たったのである。 (ガルデン様が作れと言った料理はどれもこれも、あの魔女が好んで作りそうなものばかりではないか……!!) それを裏付ける様に満腹になった主は、シュテルに微笑んで「何だかほっとした」と仰った。 ねぎらいのつもりでかけた言葉であろうが、シュテルにとっては痛烈な感想である。 例え裏切りや死別といった事件があろうと、主に染み付いた「おばあちゃんっ子属性」はそう簡単に消えはしないという事実を目の当たりにし、イドロを失った主に今一番接近しているのは己だという甘い幻想まで打ち砕かれ、 (畜生、畜生、あのババア!! 死んだ後もガルデン様の御心を縛り付けるとは……!!!) と聖夜にひとり台所の床を殴りながら、悔し泣きに泣き伏すシュテルであった。 ――――― 無理やりクリスマスとTV38話テイストを混ぜてみました。(凄い力技) シュテルとイドロの関係が、旦那(ガルデン)を挟んでの嫁と姑の関係みたいだったら良いなあと思いました。 そしてガルデンはマザコンと言うかババコンと言うかおばあちゃんっ子だと決め付けています。イドロを殺そうとしていたけど、実際に目の前でイドロがドアンに消された時には、呆然と「イ…イドロ……」だし。きっと後でとても悲しく寂しくなっただろうと思います。 シュテルはイドロが死んでも悲しまないね。むしろ「ガルデン様を縛る邪魔者が消えた!ドアンとかいう邪竜族グッドジョブ!!」と喜んでいるね。主と二人きりで築く、これからの甘い生活に早くも夢を馳せているね。 その直後に主を別の男に寝取られる羽目になるとも知らず。
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