017:√ 「……こうして、二乗するとaになる数をaの平方根と言う。 正数aの平方根は正と負の二つあり……」 「あのさあ」 「記号は√……何だ、アデュー」 「疲れないか?」 「お前が言い出したのだろう、判らない所があるから勉強を見てくれと……」 「……そりゃ、言ったけど」 「この一時間で、お前の数学の習熟度は果てしなく低いという事が判った。 だからこうして休憩時間も惜しんで、少しでも平均レベルに近付けようと」 「判った、判ったって」 「判ったなら手元の教科書を見ろ。説明を大人しく聞け」 これで今日中に虚数単位i(二乗して−1になる数)の話まで辿り着く事が出来るのか、と溜息をつくガルデン。 その憂いを帯びた端正な横顔を見詰めながら、「憂い」の原因であるアデューはまた口を滑らせる。 「でもさあ……こんなの勉強して何になるんだ?」 もう何度目か知れないお決まりの文句。 数学教師である以上は免れ得ないこの手の問いに、ガルデンは低く言い返した。 「私はこれで生活している」 「じゃあそれ系以外の職につく人は?」 「知るか!!」 しつこく混ぜ返され、ばんと机を叩くガルデン。 苛立ちが募っていた上に元々短気な性格で、しかも相手は教え子でも何でもない隣の家の息子である。無償で勉強を見た果てにこんな事を言われて黙っていたのでは、立つ瀬も甲斐も無い。 「やる気が無いのなら私は帰る!」 「やる気が無い訳じゃないんだって、ただ不思議に思っただけで」 言いながらアデューは、先程ノートに書かれた練習問題を解いて見せた。 ……式も解も合っている。 「な、ちゃんと話聞いてるし、理解もしてるだろ」 言って得意げに笑うアデューに、驚きの眼差しを向けるガルデン。 「先程までは判らない振りをしていただけではないのか」とはっきりと言っているその視線も意に介さず、アデューは言葉を続ける。 「大体、判らないんだよな。これがなんの役に立つのかとか。 そういう事考え始めると……授業中でも勉強する気が無くなっちまって。もっと他の、普通に使えるイイ事勉強したいなあって思うんだよ。 その……歴史とか料理とか裁縫とか」 言いながらも、彼は教科書等の問題をひとつひとつ片付けている。 「……勉強する気が無いのなら、何故私を呼ぶ気になった?」 「ガルデンに教えて貰ってると、コレも少しは役に立つなあって思えるからさ」 「何……?」 「俺がこうやって問題解いて、それが合ってたらガルデンはちょっと驚いたり嬉しそうにしたりするし、間違ってたら丁寧に、俺の傍まで来て図を書いたり説明したりしてくれるし。 それが何だか綺麗で可愛くって、ドキドキする。 ガルデンのそんな可愛い顔が近くで見れるなら、数学も悪くないなあって」 「―――――」 何を言っているのだろう、この少年は。 自分より年上の男をつかまえて、綺麗だとか、可愛いだとか、ドキドキするだとか…… 「さー、続き教えてくれよ。俺が学校で判らなかった虚数単位の『i』、二乗して-1になるとか言う訳判んない数のこと」 頬を真っ赤にして呆然としている数学教師に、教え子でも何でも無い少年はシャープペンシルをくるくる回しながら迫る。 「何なら、別の『アイ』でも構わないけど」 更に恥ずかしい事をてらいもなく言う彼に、我に返ってきつい視線を向け、 「……『アイ』は概念で、目には見えない想像上のものだ」 とやり返すガルデン。するとアデューは惚けた顔を作り、 「だったら何でそんなものが存在するんだ?」 「…………」 答えられないガルデンに追い討ちする様に一言、 「色んな事の理由を説明するのに、必要だからだろ」 ……にやにやと悪戯っぽく笑っている目の前の少年を、益々熱くなる頬を隠す様に睨みながらガルデンは、こいつは一体バカなのか天才なのか、自分は何だってこんな恥ずかしい目に遭っているのか、と、√でも表せないほど割り切れない気持ちで考えるのだった。 ――――― 「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F様 ――――― 理屈っぽい話にしようと思いながら書いたらすごい馬鹿話になってしまいました。 当サイトで書くアデューは何でこうなのか。 学生×数学教師と言えばなるみ忍様のパラレルものですね。
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