016:シャム双生児 「俺には双子の兄がいるらしい」 そうサルトビに言われたガルデンは、ふうん、とだけ返事をした。 別に驚かせようとか思って言った訳ではないが、こうまで露骨に気の無い反応をされるとカチンとくる。 「それで?私に祝い金か何かでも出せと?」 更に神経を逆撫でする言葉。判ってやっているのか、単に何も考えていないのか…… どちらにせよ、怒りのままに怒鳴りつけた所で何も状況は変わらない。二人きりで会った時は終始この調子なのだから、と既に嫌と言うほど思い知らされているサルトビは、苛立ちを抑えながら低く言葉を継いだ。 「爆烈丸が俺に教えてくれたんだ……何処か遠い地、『アースティアではない世界』に俺の兄貴が居るってな。そいつは『暗殺者』のリューの乗り手らしい。 ……俺の知ってる内で、一番『異世界』に詳しいのは手前(てめえ)だ。 今日は、手前に『異世界』について訊く為に此処まで来た」 話を聞いているのかいないのか、ガルデンはソファに寝そべり、手元の時計の様な天球儀の様な物を弄っていたが。 暫くしても立ち去らない相手をちらりと見て、首を傾げた。 「その『アースティアではない世界』が『冥界』でない確証はあるのか?」 「…………」 うんざりしながら、サルトビは首を振ってやった。 「爆烈丸が言うには、俺がこうして生きてるのを見てりゃあそいつの生死は判るんだと。 元気でやってるらしいぜ」 ふうん。 ガルデンはまた詰まらなさそうに相槌を打った。 「では、相手が死んだらお前も死ぬのか」 「知らねえよ」 「お前が苦痛や快楽を身に受けた場合、相手には何らかの変化はあるのだろうか」 「知らねえっつってんだろ」 つっけんどんに返す。怒鳴ったら此方の負けだ。 「で、どうなんだよ。 『異世界』について教える気があるのかねえのか」 「……どうして『彼』を探す?」 質問を質問で返され、サルトビは言葉に詰まった。 怒りでではない。答えが見つからないからでもない。 双子の兄を探す理由。それを口にする事が良いのか如何か、判らなかったからである。 たったひとりの肉親だから――こう答えたら、彼はわざとらしくこう尋ねてくるだろう。 ―――――どうして「たったひとり」?他の親兄弟は? 回答はひとつ―――――お前に殺された。 「……どうだって良いだろ」 サルトビはそれだけ言い、ガルデンを睨んだ。 「俺が手前にものを訊きに来てんだ。教える気がねえのなら帰るぜ」 「…………」 天球儀もどきを放り、気怠そうに立ち上がるガルデン。 「同じ体で生まれてくれば、離れ離れになる事も、わざわざこうして探す事も無く済んだのだろうに」 「同じ体……?」 「体の一部が結合して生まれる双子『二重体』……もしくは、胎内では二人であったものが、生まれる時には片方がもう片方に吸収され、一人になっている子供『バニシング・ツイン』」 ガルデンの口元が、細い三日月の様に釣り上がる。 「そうであれば、お前が今こうして、たったひとりの肉親を求めて苦しむ事も無いのに」 「―――――」 いけしゃあしゃあとその様な事を言う全ての根源の姿に、サルトビはいつもながらの疑念を覚えた。 こいつは本当に「皆」の知っているガルデンだろうか。 あの邪竜族との大戦で、「皆」から「仲間」と呼ばれたリュー使いの騎士なのだろうか。 「教えてやっても良い」 サルトビの胡乱な視線に心地良さそうに目を細め、囁くガルデン。 「稀有なリュー使いであるお前と同じ血肉を持つ男…… それが今、どの世界に居るのかを」 「……本当か?」 「ああ。準備が必要だが」 言いながら彼は、サルトビの顔を覆う布に手を伸ばした。 「……何しやがる」 その手を掴み、半眼で問うサルトビ。 ガルデンは相変わらずの薄ら笑いのまま、「必要な事だ」と答える。 「居場所を突き止めるには、血よりも濃い、その男の遺伝子が要る」 「ヨタ話してんじゃねえ」 「信じなくても構わないが、それでは探知術は使えない」 「…………」 掴んでいた手を離す。 彼は濃紺の布を慣れた手つきで外し、そのまま凭れかかってきた。 「……何を訊きに来ても、最後はこれじゃねえか」 メットを外しながら、お前は何がしたいんだ?と問うと彼は、 「私は本来、こういう生き物だよ」 心なしか蒼みと熱を帯びた目を、素顔のサルトビに向けた。 「快感や苦痛が全てで、道義や禁忌、節操は必要ない。 復讐も、戦いも、馴れ合いも……お前の兄とやらを探すのも、私が為す理由は『それがこの身を刺激するから』。 この事は、大した理由も無く村を焼かれたお前が一番よく知っている筈だが」 「―――――」 そうだ……自分だけは知っている。 他の「皆」の前では見せないこいつの「素顔」を。 それはまるで、肉体だけが同じ別人。 「手前こそ、その『バニシング・ツイン』とやらじゃねえのか」 ソファに引き倒されながら、サルトビが問う。 「手前の中に融けた『もうひとり』でも居なきゃあ、こうまで相手を選んで態度を変えやがるそのやり口に、納得出来ねえ」 「さあ……?そう思うなら、この躰を調べてみたら如何だ? お前と同じ様に、『兄』が見つかるかも知れない。 『彼』と『私』と、どちらがお前の求めている私なのかは判らないが」 「……手前なんざどっちだろうと求めちゃいねえ」 「だったら、もうどうでも良いだろう」 男の腰に絡みつく生白くしなやかな腕。 あからさまな求めを受け苦い顔をするサルトビに、既に陶然とした表情を浮かべている「誰か」は、これだけは変わらない密やかで甘い笑い声を立てた。 ――――― 「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F様 ――――― サルガル。 ラジオ版以降聖約以前の、あの荒んだガルデンとそれに振り回されるサルトビで描いてみたかったのです。 と言うか、ラジオ版のガルデンのサルトビに対する態度はアレ過ぎると思う。 ――――― いいものを沢山頂いたので、いずれ「賜りもの」コーナーに飾らせて頂こうと思います。ウハウハ。
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