GARTERGUNS’雑記帳

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お題015
2004年06月09日(水)


「わたしに心はあるのでしょうか」

そう、突然問い掛けてきた下僕に、主は怪訝な顔をした。




015:ニューロン





此処はガルデン一族の長の書斎。
部屋の主は近頃手に入った死霊術書の研究に精を出し、下僕は主が読み散らかす資料や書籍のいちいちを、放られる傍から元の場所に収め、もしくは不用品として処分していた。
その最中の一言である。
「唐突だな」と苦笑した主は、一度は上げた視線を再び書面に落としながら言った。

「お前の言う『心』とは何だ?」

問いを問いで返され、黙り込む下僕。
その様子に片眉を上げ、主は

「お前が先程棚に戻した、黒革に金字の分厚い医学事典を取って『ニューロン』を引いてみろ。
 n・e・u・r・o・n」

と付け足した。
言われるがまま指定されたものに手を伸ばす。

大地の千年紀――人間族の文明の曙の時代に記された、歴史的価値は無論『魔術・奇跡に拠らぬ純医学のエンサイクロペディア』としても、計り知れない価値を秘めている書。
しかし同時に、生死の謎と仕組みをも解き明かすこの書は、当時増えつつあった六柱神の信徒から「人間の分を弁えぬもの」として殆どを焚書に処され……
作成した当人も「幾千幾万ものヒトを切り刻み執拗な実験を繰り返した果てに、禁忌の領域に踏み込んだ狂人」として処刑されたという。

……そんな奇書を何のてらいもなく取り、彼は目的の言葉を探さんとページを繰(く)った。
今では慣れた現アースティア共通言語とは異なるアルファベットの並びに、少々手間取りながら引き当てた「neuron」の項目。

「神経単位neuron……神経細胞体・樹状突起・軸索から成る、多細胞動物特有の細胞。
 その書の著者によれば『意識』『感情』は其処で作られるらしい。
 記憶と記録、その反芻、怒りや悲しみ、喜び、快不快その他、神学者達が『神から授かり』『心臓と血に宿る』としたものは全て、刺激を受けたその細胞が発する『電気信号』を、他の細胞が受信した結果の生理現象に過ぎないのだと」

相変わらず視線は手元の文字列を追いながら、嘗て噛み砕いた知識の一部を淡々と下僕に説明する主。

「お前にニューロンは有るのか?」
「いえ……わたしの本来の姿は機械人形でありますし、この肉体を構成する細胞も、全ては魔力で出来た紛い物……です」

感傷や哲学の入る余地も無い「禁じられた英知」に、聡明な下僕は苦しげに答え、

「わたしに、あなた様と同じ様な『心』は無いのですね……」

ぼうと呟いた。
その声が余りに落胆したものだったので、主はまた密かに苦笑し、

「戦の道具たるお前が、何を思って『心』などを望むのかは知らんが」

言いながら書を閉じた。
そして一つ伸びをし、席を立って、下僕の傍を通り過ぎる。

「どちらへ?」
「今日はもう止めだ、興が殺がれた」

自分の所為だろうか、と恐縮する下僕。
書斎のドアを開け一歩外に出た主は、意地悪く微笑んで彼に振り返り、

「大体、ブリキのきこりが私と同じ心を求める事自体、間違っているのだ。
 ブリキはブリキらしく、己が意思で動かせる体に感謝しながら、まずは与えられた職務を全うしていろ」

それだけ言って出て行った。

「…………」

投げられた言葉を反芻し、「ブリキのきこり」がどんなものであったかを思い出した下僕は、慌てて足元の奇書や主の残した魔書の山を片付け始めるのだった。




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「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F

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お題014の「ビデオショップ」は以前書いたので省略しました。
お題016は明日書きます。



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