お題006:ポラロイドカメラ 俺の手元に、ひとつの機械がある。 以前野暮用でエルドギアに呼び出されたとき、ホワイトドラゴンからお駄賃代わりに貰ったものだ。 レンズと覗き窓、ボタンを備えた黒い箱。 「ポラロイドカメラ」と言うらしい。舌を噛んじまいそうな名前だ。 ヘンな形をしているけど、ドラゴンに習った通りに構えてみると、不思議と手にしっくりくる。 「……………」 覗き窓から辺りを覗いてみる。何だか銃で標的を狙っているみたいだ。 こうして「標的」を窓の中に納め、ボタンを押すと、その姿を箱の中の紙に焼き付ける事が出来るらしい。まるで生きているかの様に、色も形もそっくりそのまま。これを専門用語で「撮る」「撮影する」と言うんだってさ。 そんな事したら撮られた方は魂とか吸い取られちまうんじゃないのか、と尋ねたら、ドラゴンは無知な俺を哀れむかの様な視線と共に、丁寧に「姿を紙に焼き付ける」技術の原理を教えてくれた。難しくてよく判んなかったけど。 「何をしている?」 あちこちを覗いている俺の背に、訝しげな声が掛かる。 振り向いてみると、覗き窓にガルデンの姿が飛び込んできた。 「!……何だその機械は」 急に変な物を向けられた彼は少しびっくりした様子で、さっと俺の前から体を退けた。 俺は「ごめん」と手を下ろし、件の機械を彼に見せた。 「ポロ……ポロラ、ポラロイドカメラ、って言うんだってさ。 まるで鏡みたいに、此処から覗いた風景やものを紙に焼き付ける事が出来る機械。 前にエルドギア行ったろ?その時に貰ったんだ」 少し噛み噛みになりながら、覗き窓やレンズを指して説明する。 ガルデンは何故か「エルドギアブランドの機械」に弱い。 訝しげだった表情も改め、興味しんしんといった様子だ。 ……普段は余り見られない、無防備な顔が可愛い。 俺はひょいと機械を構え、ガルデンを視界に収めた。 「今まで何撮ろうかって迷ってたけど、やっぱり一番はお前にする」 「え」 きょとんとこちらを見てくる彼に向かって、ボタンを押す。 ぱしゃ。 水の跳ねる様な、でもそれよりもっと乾いた音がした。 「あっ、……」 呆然としていたガルデンだったけど、すぐに断りも無しに姿を取り込まれたのに気付いて、むっと眉を寄せた。 「いきなり何をする!」 「だってお前が嬉しそうにコレ見てる顔、可愛かったから」 「そういう問題か!しかも嬉しそうになどしていない!!」 「判った、悪かったって。もう不意打ちはしない。 嬉しそうだったのは本当だから撤回しないけど」 「〜〜〜〜」 そんな事を言い合っている間に、機械からびーー、ぺっと言う感じで紙が吐き出された。 光沢があって少しつるつるしたその紙は、最初は何も「映って」いなかったけれど、やがてぼんやりと影の様なものを浮かび上がらせた。 「あ……」 「へえ……」 影はどんどん鮮明になっていって、最後には俺が覗き窓から見たのと全く同じ光景になる。 「すげえ、本当に俺の見たまんまになってる」 「…………」 どんなもんだろうと思っていたけど、此処まで綺麗な絵になるなんて。 ガルデンは、紙に焼きつけられた自分の表情の無防備さに少し不満そうと言うか、恥ずかしそうにしていたけど。 それでもやっぱり、こんな短い時間で完璧に光景を写し取る技術にいたく好奇心を刺激された様子だった。 俺はその紙を大切に懐に入れてから(やめろと言われたけど譲らなかった)、自分も触ってみたくてうずうずしているのが丸判りのガルデンに、機械を手渡した。 「お前も使ってみたら?こう持って、此処覗いて、このボタン押すだけだし」 「良いのか?」 尋ねてくるのに頷くと、彼は、こっちが驚く程嬉しそうに微笑んだ。 ああ……普段がクールで物静かで理知的で余り感情を出そうとしない分、こういう時の顔がすっげえ可愛いんだよな……。 いや、普段の顔や戦ってる時の凛々しい顔も大好きなんだけどさ。 「…………」 ガルデンは渡されたカメラを観察した後、さっきの俺みたいに、覗き窓から辺りの光景を見てみている。 その姿はやっぱりいつもより何処か明るくて、無防備で、幼い感じにさえ見える。 ……あいつのあんな表情、今までに一体どれくらいの奴が見る事が出来たんだろう。 他の仲間だって、あいつが少し恥ずかしそうに笑ったり、目を輝かせたり、むくれたりもするなんて、知らないかもしれない。 勿体無いよなあ。 いつも自分の気持ちを素直に出す事が出来る奴じゃないから、仕方ないけど。 それに、まあ……知っているのが俺しか居ないっていうのも、何だか妙に嬉しかったり。 俺しか知らないあいつの素顔。喜怒哀楽だけじゃない、あんな事やこんな事してる時の顔や声、縋ってくる腕の細さとか乱れた銀の髪の輝きとか潤んだ翠の瞳の綺麗さとか、そう言えば昨日の夜も堪らないもんがあったな、まさか自分から俺に訴えてくるなんて…… パシャ。 「!」 乾いた音に我に返ると、すぐ目の前にガルデンが立っていて、機械を構えていた。 「マヌケ面を晒していたから」 言いながら機械を下ろしたガルデンは、悪戯が成功した子供の様に、少し得意げに笑んでいる。 さっきのお返しという事なんだろう。 「……やられた」 ぼけーっとしている所を、不意打ちされて紙に焼き付けられる…… コレは結構恥ずかしいかも知れない。 「何を考えていたか知らんが、中々笑えるだらしのない顔だったぞ。 これに懲りたら、先程の様な不躾な真似は止めるのだな」 「……スミマセン」 言いたい放題言われている間に、ぺっと吐き出された紙を取る。 ぼんやりとした影が浮かび、やがてそれは鮮明な――――― 「……………なっ」 「えっ…………」 ―――――硬直する俺達。 紙に焼き付けられていたのは俺のマヌケ面ではなく――――― ……凍っていた時間が動き出した瞬間、俺は真っ赤になったガルデンにぶん殴られた。 「ぐわっ!!ちょ、ちょっと待て、待てって!」 「貴様ーーー!!最初からこんな愚行の為に機械を!!!」 「ち、違う違う、誤解だ!!本当だって、俺は何も……」 「問答無用!!!」 「ぎゃぁぁああああ!!!」 ……気が付くと、俺は一人で地面に這い蹲っていた。 全身を殴打された上に回し蹴りを入れられた所までは覚えてるんだけど。 ……俺以外だったら死んでたぞ、あんなの。 「いてて……、……!」 何とか立ち上がろうとしたところで、手の中に何かを握りこんでいたのに気付く。 広げてみると、それはさっきガルデンが撮った紙だった。 無意識の状態でも、これだけは何とか死守したらしい。 「……………」 握っていた所為でついた折り目を伸ばし、まじまじと見てみる。 其処に浮かんでいるのは俺ではなく、あいつ。 しかも、俺が撮られた時に思い出してにやけていた、昨日の夜の…… そんな鼻血モノのしどけない姿がくっきりと焼き付けられてたのだ。 ……そりゃキレるよな。 しかし……何だってこんな事に。 あの機械、やっぱりどこかおかしいんじゃないのか? そう言えば、あの機械はどうなったんだろう。 ガルデンに捨てられてしまったんだろうか。 「……ゼファー」 俺は低い声でリューを召喚し、今すぐエルドギアに向かう様頼んだ。 とにかく、一刻も早くこのアクシデントの原因を追求して、ガルデンに説明しないと。 「頼んだぜ、ゼファー」 手の紙を密かに懐にしまいこみながら呼びかける。 ……ゼファーは物凄く呆れている様子だった。 ……で、ホワイトドラゴンから聞いた話によると。 ああいう風にモノを映し出すアイテム(例えば『ポラロイドカメラ』や『鏡』、『映像記録球』)は、それを使う奴の魔力や感受性の強さによって、たまに「使った奴の思い描いているもの」や「映される側の考えていること」なんかの「目に見えない筈の何か」が映ってしまう事が在るらしい。 これを「念写」と言うんだと。 ガルデンの場合、期せずして俺の考えていた事を撮ってしまった訳だ。 早速飛んで帰って、宿でむくれていたガルデンに一生懸命詫びながら説明する。 「わざとじゃないんだ、お前を恥ずかしがらせてやろうとか、そんな気持ちは全然無かった」 「……しかし、いつもあんな破廉恥な事ばかり考えているのは事実だろう」 「違う違う、考えてないって。あれはたまたま、本当に偶然なんだって。 お前が生き生きしてるの見て、ああ可愛いなあ、そう言えば昨日の夜のお前も…って考えたとこでパシャって。 本当なんだよ。いつもあんなやらしい事考えてる訳じゃない」 必死で訴えていると、ぷいと顔を背けていたガルデンが、ゆっくりと此方に向き直った。 「だったら、証明して貰おうか」 その手にはあのポラロイドカメラ。 再び俺を念写して、心を見てやろうって事か。 「ああ、良いぜ。証明してやるよ」 俺は自信満々に言い切った。 いつもお前の事ばかり考えてる俺だけど、別にそれはやましい気持ちからじゃない。 お前をこんなにも愛してるからなんだ。 それが証明されるなら、幾らでも撮ってくれて構わない。 「……………」 俺の迫力にちょっと気圧されて動揺したのか、ガルデンは機械を構えようとして…… 手を滑らせた。 「あっ」 つい二人とも慌てて、床に落ちたそれを拾う。幸い壊れた所は無かったみたいだったけど、そんな事より。 ガルデンが屈んだ瞬間、さらりと銀髪が流れて、グッとくるくらい色っぽいうなじが俺の目の前に、しかも爽やかな石鹸の匂いがふんわりと…… どんな絵が撮れたかは、今は訊かないで欲しい。 ただ、その後一週間、口さえきいて貰えなかった事を此処に記しておく。 ――――― 「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F 様
|