003:荒野 「この辺りは、何も無い荒野だった」 上司の呟きに、マーカスは軽く頷いた。 「西部大陸への入植が始まったのは、今から大体100年程前。 隊長にしてみりゃつい昨日といったところですか」 隊長、と呼ばれた上司は小さく笑い、 「その時は、此処までヒトが増えると思わなかった」 ふっと視線を巡らせた。 此処は西部大陸最大の都市、モンゴック。正規の品から盗品まで何でも揃う街。 時折開かれる闇市には、禁止薬物や古代遺跡より発掘された魔法の品など、そんじょそこらじゃお目にかかれぬ物が多数出品されている。 その闇市が開かれるホールの二階、馬蹄型劇場になぞらえて言うならパルコ席。 上得意客のみに提供される豪華なブースにて、マーカスとその上司は競売が開始されるまでの時間を潰していた。 何となく居心地悪く落ち着かないでいるマーカスと違い、程好く固いソファに半ば寝そべった、しどけない姿である上司。 彼はホール内に満ちている熱気と喧騒に、目を僅かに伏せて言う。 「最初に此処を開拓し始めたヒトの群れは、敬虔で信心深い者達ばかりだった。 彼等は、己の故郷が人口の許容範囲を超えたと知った時、精霊が宿るすぐ側の豊かな森を切り倒すのではなく、魔獣しか居らぬ様な荒野を耕す事を選んだ。 自然から離れる事によって、自然を守る。ひいては其処に棲まう精霊達を守る。 ……そんな考えから始まったのだ、西部入植は」 だが、と、上司の薄い綺麗な唇が笑いの形に歪む。 「今尚殖え続けるヒト達の誰も、そんな事を覚えてはいまい。 今の彼等はただ貪欲に、己が領地を増やす為の陣取り合戦を繰り広げているだけだ。 僅かに残る野を焼き、木を切って、農場にするか……街を作るか。 緑に守られていた己が故郷を忘れた者達に、精霊の声など届かぬであろうが」 「……………」 マーカスは、嘲りの色濃い上司の口調の中に、それでも愛情の様に思える響きを感じて目を瞬いた。 彼はどうやら、そんな「ヒト」を嫌ってはいないらしい。 マーカスの驚きを悟ったか、上司はこう付け加えた。 「見えぬものを闇雲に有り難がる教会の坊主共より、聞こえるものに気付かぬままで居る此処の者達の方が幾らかましさ」 そしてゆっくりと起き上がり、にやりと笑う。 「マーカスは此処の市は初めてだったな」 「はあ」 「最初は何をやっているか判らんだろうが、まあのんびりと見物しておけ。 ヒトの考え出した競売の仕組みは中々面白いものがある」 「今回は……何を買われるんで?」 尋ねるマーカス。 上司の事だから、「上」から命じられている強力な魔法の品、もしくは彼の好奇心や研究欲を満たす何がしかのものであろうと予想はしていたのだが。 しかしそれは大きく裏切られた。 「女だ」 「女?!」 素っ頓狂な声を上げる。 いや、女が「商品」となるのは珍しくない。寧ろありふれていると言って良い。 ……そんなありふれたものを、どうしてわざわざ出向いてきた闇市で。 女が欲しいのならば、そこらの置屋で買えば良いではないか。 そもそもこの上司が、わざわざ買ってまで女を手に入れようとするのが理解できない。 彼のその美しさと色香、手練手管にかかれば、どんな良家の淑女や細君であっても自分から足を開くと言うのに。 「そんな顔をするな」 からかう様に囁く上司。 「ただの女を買うほど相手には不自由していないさ」 其処まで言われて、はたと気付く。 「ただの女でない……という事は」 「そう、我等の『同族』だ」 同族―――――邪竜とエルフの混血、ガルデンの一族。 「今回競りを仕切るギルドからの情報でな。 エルフの集落を追放された所を『保護』したらしい」 「追放……」 「何らかの事情があって、邪竜の血を引いていると判明したのだと。 純血を尊ぶ奴等のやりそうな事だ」 懐中時計を取り出し、おかしそうに笑った。 自分と同じ生き物であるとは到底思えぬ、艶やかな笑み。 「そろそろ時間だ。今度は我等が彼女を『保護』してやらねばな」 一族の長はそう言いながら、時計を懐に仕舞い。 口をつけていなかったテキーラのグラスに手を伸ばして……ふと気付いた様に言った。 「そうだな。私がこの街の者をそう嫌っていないのは…… 私もまた彼等と同じであるからかも知れん」 「?」 「入植者だ。自らの土地を持たず、若しくは持てずに放浪し…… 剣聖界という荒れ野に己の新しい故郷を作る為、其処を耕し平らげる」 「喋りすぎた」と苦笑し、手の中の小さなグラスを煽る上司。 その蒼く静まり返った瞳の中に、100年の昔の荒野が見えた気がした。 <「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F 様> ――――― 風鈴堂様の日記で、シュテル=ウイルスバスターという解釈を知る。成程……!! ウェブ上に蔓延る諸々の害悪から身を呈して主(パソコン)を守り、時には戦う。 たまに過剰反応かという「添付ファイル密かに削除」なんて荒業をやってのける辺りもシュテルっぽい……!!寧ろシュテルそのものだ。 ところでウイルスバスターには(も)リアルタイム検索という機能が付いています。 ネットに接続している間(常時接続ならパソコンに電源が入っている間)ずっと、主への不審な訪問者や贈り物が無いか監視しているという機能です。 ますますシュテルっぽいじゃないか(特定のカップリングにおける場合の)………!! 更に、パソコンへのウイルス侵入や感染が無かったかどうかハードディスク内の全てのファイルをチェックするという「ウイルススキャン」を、気がついたら勝手にやっている事もあります。 主の!隅々まで!!侵されていないか!!!検査!!!! 「!」マークを沢山つけて誤魔化していますが、これは大変な事なんじゃないかと。 試しにオンラインスキャンなどを受けて頂ければ判ると思いますが、そのチェックの凄まじさと言ったらもう。 滝の様に流れる検索対象のファイル名。 一見何気ないタイトルのテキストファイルの数々。しかしその中身がどんなものか判っている書いた本人にとっては、公開羞恥プレイに近いものがある。 圧縮ファイルもどうやら中身まで見ているらしく、その様は検査と言うより陵辱という言葉を思い出させる。 シュテルがウイルススキャンの名の元に主の全てを引ん剥いてあんなことも!こんなことも!! そんな偏執狂気味なソフトを常駐させているから、様々な怪現象が起きるのではないかと今ふと思いました。もうどうにかなってしまいそう。 あと、パソコンより先に私の脳を医者にスキャンして貰わなくてはいけない気がしてきました。
|