GARTERGUNS’雑記帳

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賛辞の代償
2004年04月03日(土)

※漫画版・擬人化・若返り・214年前で※



「シュテルー、見てみろ!いいだろう!!」

不意に響いた幼い声に、ガラス食器を割らない様に磨く練習…つい先日「一族」と同じ姿を手に入れたばかりの彼にとって、それはとても難しい作業…をしていたシュテルは、直ちに手を止めて体ごと振り向いた。
何時の間に其処にいらしたか。キッチンの入り口には彼の小さな御主人様が、蒼の瞳を得意げに輝かせて笑っている。
その表情の眩しい事。闇に慣れた目には些か刺激が強い。
シュテルは紅い目を細め、素早くそのでかい身を屈し、何のてらいもなく跪いた。これで主の許し無しに、彼を見下ろすという無礼を働いてしまう心配は無い。
……さて、主は一体、何を以って己に「見てみろ、いいだろう」と仰ったのか。

「これを見ろ。イドロが『服』を作ってくれたのだ」

考える間も無く出される答え。主の面(おもて)しか見ていなかったシュテルは、改めてその小さな体を包む衣に注意をやった。

「そろそろわたしも、この世界のしくみの何たるかを学ぶために、ヒト里におりたりしなくてはいけなくなった。
 そのとき着ていくようの服なのだ」

あまり熱心に見詰めるシュテルに気分を良くしたか、主は猫の様なしなやかな仕草でくるっと回って見せる。
ふうわり広がるケープ、上着の裾。その下からは膝丈のキュロットが覗く。
淡い色合いの、子供向けの上等な服……一般の者には、その程度の事しか判るまい。
だが。

「―――――」

シュテルの紅い目が無機質を思わせる光を宿し、その「一見、ただの服」の詳細なマトリクスを読み取り始める。

ケープや上着、キュロットの所々には、様々な魔術的意味を篭められた紋様の縫い取り。
革のショートブーツや上着の袖口には、釦に模したアミュレット。
服に使われた布そのものに織り込まれているルーン。
それらから構成される術式は―――――

「……極めて強固な守護の魔法。
 守護だけではなく、仇為す者に対しては高レベルの逆魔法を発動させ、報いを受けさせる……
 正に刃を着込むに等しい攻守一体の効果。
 また、招魔の式と抗魔の式を同時に成り立たせ、使用魔力の不足や余剰を常に解消する事によって、着用者への負担を無にする工夫も見られる」
「ん、その通りだ。
 さすがわたしのリュー、シュテル……おまえの『目』はとてもたよりになる」

ますます上機嫌になった主に褒められ、シュテルは「勿体無いお言葉」と顔を伏せた。
……そうでもしないと、嬉しさに微かに頬がひくつくのを隠せない。
主に褒められるというのは、何時だって最高に気持ち良い。
戦場で槍を揮い脆弱なモノ共を貫くのなんかより、何倍も、だ。

「すごい力があるだけじゃないぞ」

と、そんな下僕をさておいて話を進める主。

「この服はとても軽くてやわらかくて、きもちいいのだ。
 どんなにすごい力があっても、ごわごわしていたり重かったりしてはダメだと思わないか?」
「仰る通りで御座います」

魔法衣とは、マジックアイテムである以前に「服」である。
どれほど魔術による付加価値が高かろうと、そもそもの基(もと)である「服」としての能力が低ければ、それは欠陥品なのだ、と。
そう仰せられる小さな御主人様の鋭く容赦ない「目」に恐れ入り、シュテルは益々頭を低くする。
こんな厳しい御主人様に、自分は褒めて頂けた、と、収まりかけた喜びを再燃させながら。
主は主で下僕の賛同を得られた事に満足し、「やっぱりそうだろう」と頷いて。

「それと、もうひとつ。
 服というのは、にあうものじゃないと、どんなにいいものでも台なしだと思うのだ」

笑みを含んだ言葉。

「シュテル、わたしを見ろ」

言われるままに顔を上げると、目に飛び込んでくるのは御主人様の笑顔。
天上の精霊も煉獄の仔悪魔も、こうまでひと(リューだが)の心を惹き付け蠱惑する笑顔は浮かべられまい。
思わず瞬きも忘れて見入る(魅入られる)シュテルに、主はケープを留めるブローチを弄りながら囁く。

「おまえは良い『目』をもっているから、おまえに聞きたい。
 この服……にあっているか?」

尋ねられたシュテルは、思わず……今度は極めて感情的に……主の姿を見た。
刺繍の入ったケープ、その下の上着。柔らかな色合いの中でも、主のそのミルク色の肌と銀の髪、薔薇色の頬に青玉の瞳は良く目立つ。
キュロットから伸びた脚は黒のニーソックスに包まれていて、ぼやけがちな色彩へのアクセントのみならず、ちょっと大人びた雰囲気を醸し出してもいる。そこ等の子供など比較対称にならぬ程の風格を備えた主には、大人っぽいくらいが丁度良い。
とにかく、よく似合っている。可憐且つ華奢でありながら生き生きと躍動感に溢れた主のその御姿、魅力を存分に引き出すフォルムといい、見事なデザインであるとシュテルは考えた。

「はい、よくお似合いです」
「ほんとうか?」
「はい。とても、可愛らしくて……」

うっとりしながら賛辞を述べようとしたシュテルに、主は突然むっとした表情を向けた。

「……かわいい、だと?」
「は?は、はい」

先程までにこにこしていた御主人様の声と表情の変わり様に、シュテルはびくりとしながらも頷いた。

「……ばかシュテル!おまえなんかきらいだ!!」
「!!?」

途端主はキッとその大きな猫目で下僕を睨んで身を翻し、キッチンを走って出て行ってしまった。
下僕は何が何だか判らず、とにかく「嫌われた」というショックに呆然とその場に凍り付いていたが。

「……おや、どうなさったのですか?そんな御機嫌斜めなお顔をされて」
「イドロー、シュテルがわたしをバカにしたのだ」
「!!!」

キッチンの扉の向こうから聞こえる会話に、顔色を変えて立ち上がった。
誤解だ。バカになどしていない。
例え天地が引っ繰り返ろうと、このシュテルが貴方様をバカになどするものか。
引っぺがす勢いでドアを開け……勢いだけでなく本当に少し蝶番部分をがたつかせながら、シュテルはキッチンを飛び出した。
すると其処の廊下に、主と珍しく若い女姿のイドロが立っている。
主はシュテルに気付くと、ぱっとイドロの後ろに隠れて。

「あっち行け、ばかシュテル」

と、顔だけ覗かせてべーと桃色の舌を出した。

「……お前、何をしたんだい」

あからさまな拒絶をされ、床に膝着く事も忘れて顔にスダレを掛けるシュテルを見上げ、イドロは眉を顰める。
問われてもシュテルは答えられない。彼にだって原因が判らないのだから。
と、其処にもうひとり、主の腹心であるマーカスがやってきた。

「何やってんですか隊長、こんな所で」

食事帰りか、爪楊枝を咥えながら不躾に尋ねるマーカス。普段なら「ぎょうぎがわるいぞ」と咎める所だが、今の隊長……主には、それも目に入らないらしい。
むくれた表情で、小さな拳を振り回しながら、

「シュテルが、わたしのこのかっこうをバカにしたのだ!!」
「そ、そんな!!わたしはそんな事は!!」

必死で弁明しようとするシュテルときゃんきゃん怒る主の間に挟まれ、何とも困り果てた表情のイドロに、マーカスは訳知り顔で呟く。

「ははあ。どうせシュテルの事だから、隊長の事を『可愛い』だとか言ったンだろう」
「そうなのだ!」
「そ、それが如何してバカにした事になる!!」

シュテルよりよっぽど「判って」いる、と表情をころりと明るく変え、マーカスに駆け寄る主。それに更にショックを受けながら、納得いかんとシュテルは吼える。
敵意剥き出しで向けられた火を噴かんばかりの紅い目にも、しかしマーカスは涼しい顔で、ひょいと隊長を抱き上げて。

「隊長みたいな立派な男に、『可愛い』は無いだろうよ。
 ナメてると思われても仕方ねえよなあ」
「マーカス、この服、にあっているか?」
「勿論、隊長。中々『強そう』で『カッコいい』」

褒められた隊長は、嬉しそうに目を輝かせ、「そうだろう、カッコいいだろう」と見ている者こそ蕩けそうになる笑顔を与えた。
……マーカスに。
本当ならあの笑顔は自分のものになる筈だったのに、と血が滲むほど拳を握り歯をギリギリ軋らせているシュテルになど、その欠けらもくれない。

「わたしはこの一族の長、ひいてはこの世の『は王』となるもの!
 それを『かわいい』だなんて、バカにするにもほどがある!」

マーカスの肩の上で胸を反らせ、主は極めて遺憾だと下僕を見下ろし。

「お前もマーカスを見ならえ」

と、常に主の第一の下僕である事こそを誇りとしているシュテルにとって、極めて冷酷な戒告を投げた。

「……申し訳、御座いません……」

跪き、血を吐く様にして詫びながらシュテルは、事の成り行きを面白がっている風にしか見えないマーカスのニヤニヤ笑いを紅い三白眼で睨め上げ、そしてこの結果を招いた己の不徳に、もう一度「申し訳御座いません」と額づいた。




主とマーカスが行ってしまってから、シュテルは漸くのろのろと立ち上がった。
それに、話の途中からキッチンに引っ込み、全く進んでいなかったガラス食器の片付けをしていたイドロが声を掛ける。

「災難だったね」

そもそもこの騒動の発端が自分の作った服であることはさておき、苦笑して続ける彼女。

「まあ、お前も頑張るんだね」
「言われずとも……」

膝を払い、シュテルは応える。未だショックを引き摺ってはいるものの、その目には既に常の色が戻っていた。

「やはりあのお方こそ、このシュテルが生涯を賭けるに相応しい。
 ……その傍に常に己が在れる様、もっと研鑽せねばならん」

己というものに相当な自負を持つ、極めてプライドの高いリュー、シュテル。
そんなシュテルをして、従者たらしめんとする己が一族の長に、イドロは密かに頼もしさと末恐ろしさを感じた。

「イドロ、ガラス食器の片付けの残りを任せるぞ」
「……はいはい」

どうせ今のシュテルにやらせたって悉く割るか壊すだけだろう、と、イドロは溜息混じりに了承する。
それを受けてシュテルは、主の傍に在るべく後を追って駆け出した。
あっという間に見えなくなる姿を見送り、またキッチンに戻りながらイドロは、

「……男っていうのは大変な生き物だね」

やれやれと首を振るのだった。



―――――

シュテルって、何処か不器用な気がします。
と言うか、もし器用な性格だったら、ああいう形では主に仕える事は無かったのではないかな、と思います。

―――――

……食器を粗方片付け終えたイドロが、そろそろ三時のおやつでも、と作り付けの小型貯蔵庫をごそごそやっていると。
シュテルが独りで、手に工具箱を持って戻ってきた。

「……どうしたんだい?お前、御主人様を追いかけたんじゃなかったのかい」

尋ねるとシュテルは、悄然とした表情で、

「……『先におまえがこわしたキッチンのドアを直してこい』と叱られた……」

ドアの所に座り込んで呟いた。
イドロは、「……ああ、そう」とだけ答え、やけに小さく見える丸めた背中を出来るだけ視界に入れない様にしながら、再びおやつの準備に取り掛かった。




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