GARTERGUNS’雑記帳

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「銀と黒と翠の箱」第二話
2003年10月30日(木)


俺は24時間営業のネットカフェに来ていた。
あいつは相変わらず家で寝込んでいる。
電源は入るものの、普段の様な長時間のハードワークはおろか少々の作業も覚束ない状態だ。
文章作成なんかは大学のPCでも出来るけれど、其処はネットには繋いでいない為、どうしても此処に来なければならなくなったのだ。

必要な書類をメールで送信した後、サイトをチェックしたり、また文章を打ってみたりする。
処理も表示も早くて、快適で。
けれどどうしてか、しっくりこない。
あいつなら一発で出せる単語が出なかったり、ついあいつの癖に合わせた打ち方をしてミスタイプ処理されたり。
そんな小さな事の連続が、酷く俺を焦らせ、苛立たせた。
「……………」
BackSpaceキーを連打しながら、俺は一人考える。
俺という人間はこんなにも、忍耐力や順応力の無い人間だっただろうか。

あいつとは、三年以上かけて付き合ってきた。
初期メモリ64メガのあいつから初めて教わったのは、他の何でもない、忍耐力。
超低血圧の所為か目覚め(スタート処理)に毎度毎度10分近い時間を掛け、少し油断するとすぐに居眠り(フリーズ)してしまう。
最初は唖然としたもんだが、「これがこいつの個性なんだ」と切り替えて。
こまめに面倒を見てやりながら、俺は俺のやり方で、あいつを俺に合わせ、俺自身をあいつに合わせられるように、努力してきた。

そんな俺が、この最新型の、メモリもCPUも通信速度も段違いのPCに、些細な事で苛立つなんて。

気分転換にめくる雑誌の内容も頭に入らない。
ドリンクバーのジュースも味がしない。
適度に調整された空気の匂いに不安を覚える。
此処は俺の部屋じゃない。

このPCはあいつじゃない。

あいつの代わりにもならない。


俺はタイムスタンプの押された伝票を持って、席を立った。
笑い出したい気分だった。
此処は俺の部屋じゃない、このPCはあいつじゃない、だって?
そんな当たり前の事に今まで気づかなかったのか。

ナイトパックの料金プランは、夜の十二時から朝の八時までの使用料を千百円で提供している。
その内の八百円ほどをドブに捨てる計算になるけれど、仕方無い。勉強料だと考えよう。
清算を済ませ、コンビニで夜食とアルコールを買って、俺は帰宅した。

夜道より尚暗い、冷え切った家。
散らかって狭い俺の部屋。
其処で眠り続けるあいつ。
電源を入れると、幾つものエラーメッセージを表示しながらも朦朧と目をあける。
カリカリと響くハードディスクの作動音。
微かなイオンの匂い。
ファンは正常に作動している。
俺はかねてから用意してあったフラッシュメディアを、ゆっくり、負担にならないように挿し込みながら、使う事は無いだろうと思っていたマニュアルの頁を開く。


「購入した時と同じ状態にする――再セットアップ」


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本当に御迷惑ばかりお掛けしてしまい、申し訳御座いません。




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