俺は24時間営業のネットカフェに来ていた。 あいつは相変わらず家で寝込んでいる。 電源は入るものの、普段の様な長時間のハードワークはおろか少々の作業も覚束ない状態だ。 文章作成なんかは大学のPCでも出来るけれど、其処はネットには繋いでいない為、どうしても此処に来なければならなくなったのだ。 必要な書類をメールで送信した後、サイトをチェックしたり、また文章を打ってみたりする。 処理も表示も早くて、快適で。 けれどどうしてか、しっくりこない。 あいつなら一発で出せる単語が出なかったり、ついあいつの癖に合わせた打ち方をしてミスタイプ処理されたり。 そんな小さな事の連続が、酷く俺を焦らせ、苛立たせた。 「……………」 BackSpaceキーを連打しながら、俺は一人考える。 俺という人間はこんなにも、忍耐力や順応力の無い人間だっただろうか。 あいつとは、三年以上かけて付き合ってきた。 初期メモリ64メガのあいつから初めて教わったのは、他の何でもない、忍耐力。 超低血圧の所為か目覚め(スタート処理)に毎度毎度10分近い時間を掛け、少し油断するとすぐに居眠り(フリーズ)してしまう。 最初は唖然としたもんだが、「これがこいつの個性なんだ」と切り替えて。 こまめに面倒を見てやりながら、俺は俺のやり方で、あいつを俺に合わせ、俺自身をあいつに合わせられるように、努力してきた。 そんな俺が、この最新型の、メモリもCPUも通信速度も段違いのPCに、些細な事で苛立つなんて。 気分転換にめくる雑誌の内容も頭に入らない。 ドリンクバーのジュースも味がしない。 適度に調整された空気の匂いに不安を覚える。 此処は俺の部屋じゃない。 このPCはあいつじゃない。 あいつの代わりにもならない。 俺はタイムスタンプの押された伝票を持って、席を立った。 笑い出したい気分だった。 此処は俺の部屋じゃない、このPCはあいつじゃない、だって? そんな当たり前の事に今まで気づかなかったのか。 ナイトパックの料金プランは、夜の十二時から朝の八時までの使用料を千百円で提供している。 その内の八百円ほどをドブに捨てる計算になるけれど、仕方無い。勉強料だと考えよう。 清算を済ませ、コンビニで夜食とアルコールを買って、俺は帰宅した。 夜道より尚暗い、冷え切った家。 散らかって狭い俺の部屋。 其処で眠り続けるあいつ。 電源を入れると、幾つものエラーメッセージを表示しながらも朦朧と目をあける。 カリカリと響くハードディスクの作動音。 微かなイオンの匂い。 ファンは正常に作動している。 俺はかねてから用意してあったフラッシュメディアを、ゆっくり、負担にならないように挿し込みながら、使う事は無いだろうと思っていたマニュアルの頁を開く。 「購入した時と同じ状態にする――再セットアップ」 ――――――――――――――――― 本当に御迷惑ばかりお掛けしてしまい、申し訳御座いません。
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