TOM's Diary
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2005年11月02日(水) 滑空

S氏は空を飛んでいた。
開け放ったドアから巻き込む風の音やエンジン音がうるさい。
パイロットが「もう少し待て」と言う。
耳に付けたヘッドセットからかろうじて聞こえてきた。

いったいなにを待つのだろうか?

S氏は黙ったまま、外を眺めていた。
空には雲ひとつなく、地平線がくっきり見える。
美しい景色だ。

下には大地が広がっている。
大地には巨大なビルや小さな民家がぎっしりと建っており
灰色のじゅうたんのようだ。
灰色のじゅうたんを切り裂くように川が流れており、高速道路や
鉄道が走っている。その川を大きな船が、高速道路を小さな車が、
鉄道を長い列車がうごめいている。
きっと人もたくさんうごめいているに違いないが、人の姿は小さ
すぎて認めることは出来ない。
しかし、S氏にはうごめいている人の姿を想像することができる。

S氏は眼下に広がる街を見ていると孤独感にさいなまれた。
自分の命はパイロットにゆだねられている。
眼下の街に帰るにはパイロットに連れて行ってもらわねばならない。
ここでは自分に出来ることは何一つないのだ。
S氏はたまらなくこの場を抜け出したくなってきた。

眼下の高速道路を走るトラックの荷台に積まれた金属の何かが
太陽の光を反射してきらりと光った。
同時にパイロットが「よし、いけ」と言った。
その瞬間、S氏は動いた。

S氏は宙を舞っていた。
パイロットからの束縛を離れ、自らの自由を得たのだった。
どんどん眼下に見える自分の街が近づいてくる。
S氏は自分が街に降り立つ瞬間を想像した。

S氏は我に返った。
パニックになった。
激しくアスファルトに叩きつけられる自分の姿を想像したからだ。
いったいなぜこんなことになってしまったのだろう?
どうして自分は後先考えずに飛び出してしまったのだろう?

S氏は必死で冷静になろうと考えた。
まずは、少しでも空気抵抗を大きくして落下速度を落とそう。
両手足を大きく広げなんとか抵抗を大きくした。
あまり効果はないようだが、気分的には少し落ち着いた。
深呼吸をしたかったが、ものすごい風圧で息もまともにできない。

酸素が足りない状況でなんとかもっとスピードを落とす方法を考えなくては。
S氏は自分がリュックサックを背負っていることに気がついた。
何が入っているか検討も付かなかったが、とりあえず中を覗いてみようとした。
この風圧のなかなかなかうまくいかなかったが、なんとか中身をひっぱりだすと
中から出てきたのは戸板だった。

S氏は台風のときの要領で戸板に乗って滑空を始めた。
台風の時と違って無風であったためコントロールは容易だった。
S氏は上空から自分の家を見つけるとそちらに向かって旋回しながら
降りていった。
S氏は無事に家にたどり着くことが出来た。

しかし、どうしてリュックサックに戸板が入っていたのだろう?
S氏はとても不思議であったが、とりあえず戸板を物置に戻しておいた。


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