連載 「小鳥物語」

2013年10月26日(土) 第二章 秘密 2201年 東京春 (2)

第二章 秘密 2201年 東京春 (2)


 純一は身を屈め入り口から暗い内部に頭を突っ込んだ。

すると照明が自動的に点いて、二人を導き入れる様に、内部を明るく照らし出した。純一は中に足を踏み入れた。純一に続いてヨウジュスも中へ入った。

直ぐに階段が十段ほど下へ続いていた。階段を降りると細い廊下が右手に続いていた。長い廊下の突き当たりに鉄の扉があった。

純一が恐る恐るドアの取手に手を掛けると、ドアはきしみながらゆっくり開いた。円形の部屋の中央の大きな丸い天窓から日差が部屋いっぱいに差し込んでいた。

ずっと以前にはこのマンションの管理システムの設備がここにあったのだろ。今は使われていない機械の一部が壁に残されたままになっていた。

部屋の中には誰もいなかったが、ついさっきまで誰かいたような感じがした。この部屋でコーヒーを飲んでくつろいでいたのはあの占い師だろうか。テーブルの上のマグカップの底から、飲み残したコーヒーがほのかに甘く香ばしい香りを放っていた。

部屋の奥にまた一つドアがあった。純一は奥のドアを開けた。重たい鉄のドアがきしみ鈍い音を立てて開き、広い空間が目の前に広がった。

等間隔に並んだ丸い天窓から穏やかな春の日差しが降り注ぎ、床に円形の日溜りを幾つも作っていた。

その広い床には色々な形の沢山の篭が天窓からの光を浴びて並んでいた。急に小鳥がさえずり出した。見た事のない色々な種類の小鳥達が篭の中から訝しそうに二人を見詰めていた。

「純一あの人が飼っている小鳥達だよ」

「小鳥が心配だったんだね。僕に頼みたかったのはこの小鳥だったんだ」

「管理人には内緒だね。ここはあの人がこっそり小鳥を飼うために無断で使っている所なんだと思うね。秘密の隠れ家だよ」

ヨウジュスは鳥を眺めながら目を輝かせた。純一はつぶらな瞳でもの言いたげに自分を見詰める無邪気な小鳥達を見ている内に切なくなってきた。

あの老女はもうこの小鳥達の世話をしに、ここに来る事はできないに違いない。

あの時純一がこの部屋の鍵を預からなかったら、この小鳥達は飢えと乾きに苦しみながら、来る事のない老女をひたすら待ち続けて、悲惨な死を迎える事になっただろう。

「この鳥の部屋の事、他に知っている人はいないのかな」

「どうかな、純一と僕だけって事かもね」

ヨウジュスは嬉しそうに言い、篭を覗き込みながら小鳥のさえずりの口真似をして口笛を吹いた。

その時、どこからか一羽の小鳥がひらりと舞い降りて純一の肩先に止まった。それは濃いブルーと薄紫色と白の美しい色合いの小鳥だった。

「あっ、びっくりした。小鳥だ」

「えっ、やあ、本当だ。この小鳥は何で篭に入っていないんだろね」

ヨウジュスは純一の肩に止まった小鳥を見て楽しそうに上機嫌で顔を綻ばせた。近寄って観察していると、今度はヨウジュスの頭に飛び移ってくるくるっと回った。

「なんか慣れてるな。この鳥は手乗りだよ」

「ヨウジュスの頭の上のほうが良く見えるよ。ちょっとじっとして良く見せてね、かわいいなあ。連れて帰って良いかな」

純一がそっと手を出すと、小鳥は何の躊躇も無くその手に乗ってきた。

「毎日餌と水をやりにここへ来てあげようね。でも、この手乗りのチビちゃんは連れて帰りたいな」

「この小鳥を運ぶ入れ物を探そうかな」

純一達は小鳥など飼った事は無かったが突然小鳥達の世話をする羽目になってしまった。だが無邪気で愛らしい小鳥達の魅力に極自然に魅せられて行った。

小鳥の部屋で手乗りの雛のための篭を見つけた。それは篭と言うよりも雛用の藁で円筒形に編んだ巣のような物だった。純一はその篭に手乗りの小鳥を移して連れて帰った。

そして早速、小鳥についてコンピューターで調べた。その小鳥はセキセイインコのオパーリンバイオレット種という宝石のオパールに因んだ名称の小鳥だった。

まだ巣立ったばかりなので、雛の面影を留めていたが、すでに充分美しかった。成長すれば更に色鮮やかに羽根が生え揃いその名にふさわしい魅惑的な小鳥になるに違いなかった。

「綺麗な小鳥だなあ。鼻の色が薄紫だから雄だな。きっと凄い美男子になるぞ」

純一はまだ幼い小さな小鳥を掌にちょこんと乗せて語り掛けた。小鳥はそんな純一を見詰めてピューと鳴いた。

「名前をつけてあげようね。おばあさんがもうつけたかもしれないけど、その名前は今は解からないから、もう一度新しい名前を僕がつけてあげるしかないんだよ。いいよね」

純一は小鳥の細部まで観察する様に上から下から眺め回した。薄紫色にはまだグレーがかったぼやけた色が混ざっていたが、翼は既に一人前にでき上がっていた。

時々片方ずつ扇を開く様に伸びをして、黒に近い濃いグレーと白に、深みのある濃い青と薄紫の、繊細なモザイク模様のような翼を広げて見せてくれた。

「この子の翼の色はオパールというよりもラピスラズリとい紫がかった濃い青の宝石の色を思い出させるみたいなきがするよ」

純一は宝石のファイルをコンピューターの画面に出して、ラピスラズリのページを開いてみた。

「そうだ、ラピスラズリからとってラピスにしよう。ラピス、ラピス。いいかい、君はラピスだよ。この名前気に入ってくれるかい」

小鳥は純一の問い掛けに首を傾げて、ピユゥと鳴いてみせた。それが純一とラピスの出会いだった。

 コスモビルの屋上の隠し部屋のテーブルの上に、老女が急病で救急センターに運ばれた事を書いて置いておいた。

純一達以外にその部屋を訪れる人があるとすれば、それは、彼女の親しい知り合いか家族にちがいない。そのような人がいるのなら彼女の事を早く知らせたいと思った。

彼女はまだ意識不明のままだと、警察に問い合わせて知る事ができた。早くしなければ間に合わない。とにかく、連絡をとりたいと思ったからだった。

地下広場の占の店が出ていた場所の壁には尋ね人のメッセージが張られていた。ここで占をしていた老女の身元を知っている方は警察に知らせて欲しい、という内容の物だった。

純一達もその張り紙の隣にノート一枚ほどの大きさの簡単なメッセージを張ってみた。小鳥の事には触れず占い師の身内の人は知らせて欲しいとだけ書いた。

小鳥の隠し部屋の事は彼女の秘密だったから絶対に秘密にしようとヨウジュスと決めていた。屋上の植え込みの迷路もその迷路に隠された扉も絶対に秘密だった。

オオルリの卵のカプセルは秘密の中の秘密だと二人はお互いに約束した。どんな事があっても絶対に誰にも言わないし見せない事にした。

だが純一が連れて帰った小鳥の存在は全く秘密という訳にはいかなかった。純一の母にはとりあえず友達に頼まれて預かった事にした。

二人はコンピューターで手乗りのセキセイインコの育て方を詳しく調べた。コンピューターはどんな疑問にも完璧に答えてくれたので、純一達は直ぐに小鳥の事なら何でも知っている優秀な飼い主になる事ができた。

小鳥は病気もせずにいつも元気で楽しげだった。その小さい体全体が好奇心の塊の様だった。色々な物に興味を示して突っついたり噛み付いたりよじ登ったりした。

小さな物を咥えて転がしたりして遊んだ。また、純一の手元の物に飛びついたりして邪魔をした。どんな悪戯も無邪気でその仕草は愛らしかった。

純一が朝寝坊をしていると、ばたばたと篭の中で暴れて、
「ピョロン、ピョロン」と大きな声で呼んだりした。

純一はその悪戯な小人のためにちょっと大きめの鳥篭を買い、その中に色々な面白い玩具を手作りして入れてやった。

そんな純一の気持ちを知ってか知らずか、新しい玩具を最初はちょっと遠くから眺めて過ごした。

半日ほど眺めた後、少しずつ近づいて、そっと小さな手を延ばし、恐る恐る触ってみては、首を傾げたりした。

やがて大胆に突っついたり、足を掛けて揺り動かしたりして、夢中になって遊び始めるのだ。

「ラピスったら小さな頭で考え込んでみているんだよ。首を傾げちゃってさ、これはいったい何だろうってね。その仕草がね、すっごく可愛いの。」

ヨウジュスにラピスの様子を話すのが純一の日課になった。

オオルリの卵のオートプログラムは占い師の老女が言い残した通り、一週間後に劇的な変化を見せた。

ラグビーボールの様なカプセルの中央に小さな光りが点滅してカウントダウンが始まった。

幸運にもヨウジュスの部屋で、純一もその瞬間を見る事ができた。それは何度思い出しても感動する瞬間だった。

「純一、僕のノートパソコンにこのカプセルからメールが発信されたよ。ああ驚きだよ。ねえ、見てごらん」

ヨウジュスはテーブルの上にノートパソコンを置いて純一の方を振りかえった。

「はてな…何でだろう。何にもつながってないのに自動接続されている。まあいいや、とにかく僕を認識していたって事だね」

「あれ本当だ。カプセルオープンまでカウントダウン開始。残り時間100分だって」

「用意は良いかってきいてるよ」

「OKボタンをクリックしてと……。返事を返したらお次はどうなるのかな」

「カプセルを飼育台の上に縦に立てる……。飼育台って書いてあるけどそんな物無いよ」

「飼育台は何かの台で良いかしら。ここに無いんだから仕方が無いよね」

「テーブルでいいんじゃない。立てるのはいいけど本当に立つのかな。立ててみてよ」

ヨウジュスは純一にせっつかれて、カプセルをそっと手にとると、テーブルの中央に立ててそっと手を放した。

するとカプセルの中央から四本の細い足が四方に出て安定良く自立した。ヨウジュスは純一に微笑み掛けた。

「わお。すごいぞ。ちゃんと立った」

「ああ…足が生えたぞ、最高。早くカプセルが開くのを見たいね」

「またメールが来たぞ。このカプセルはノアと言う名前なんだって……」

ヨウジュスのパソコンに目の前のカプセルの中に存在してその機械を制御しているノアと名乗るものからのメッセージが来た。


「私ノアは親の無い可哀想な小鳥達の母親。
2090年、ドクタージードと愛娘メリーによって創られ、絶滅の危機にある可哀想な野鳥を心から愛したドクタージードの母上マダムマーガレットに贈られました。

今、この体内ではぐくんでいるのはマダムマーガレットが密猟者より保護した貴重な野鳥オオルリの遺伝子から創られた命です。

オオルリは悲しい運命の星の下に生まれる定の生きた宝石。ダイヤモンドやルビーがいつも貪欲な者達に狙われているように、オオルリは密猟者や密売人達に狙われています。

邪悪な者達の手に落ちたオオルリは狭く暗い箱に閉じ込められて、日の光りを見る事もなく、死んでも尚貴重な遺伝子に高い値がつき、その哀れな死骸が腐り、遺伝子が砕け価値を失うまで僅かな金で人から人へ売買されるのです。

あなた達の清らかな心で、この可哀想な小鳥を邪悪な者達から守ってあげてください。あなた達の強い絆で、やがて迫り来る滅びの時にも光に満ちた大空を飛翔する喜びを与えてあげてください。

マダムマーガレットの志を私の愛する幼き者達へ渡していくためにここに記す。

2100年 クリスマス 
 
親愛なるジード家の孫達へ
               ノアより」


「オオルリは密猟者にいつも狙われているんだね。可哀想な生きた宝石なんだ。絶滅の危機にさらされていると言うのにね」

「あの占い師のおばあさんはこのジード家の孫かその一族に関係のある人なんじゃないのかな……」

「2100年だってさ。何でそんなに昔のオートプログラムが今進行中なんだろう。大丈夫かな、本当に生きているのだろうね」

「それは大丈夫だと思うな。ノアはきっと長い間小鳥の孵化のために繰り返し使われてたのだと思うんだ。ほら、何だっけこう言うの古時計みたいな機械の事」

「古い機械……骨董品、アンティーク」

「違うよ。ほら何と言ったっけ……」

「オンボロ機械のことかい。あ、解かった。スクラップってことでしょ」

「違う、違う。そんなゴミのことじゃないのさ。もっと優れた物だよ。そうだ思い出したよ。ビンテージだ」

「ビンテージもの。あ、年代物って事ね」

「ジード家の孫達ってどんな人達だったのかな」

「2100年にノアが幼き者達と言っているのだから、100年前の時代に幼い子供だったんだから、その人達が今生きているとしたら、102歳とか107歳とか110歳位かな……」

「その孫の子供達は、例えば親子の年齢差が25歳だとしたら77歳位か85歳位だね。
30歳の年齢差では72歳位か80歳位の歳の人と言う事になるよね」

「純一、僕頭がこんがらかって来ちゃったけど、きっとそうなんじゃない。あの占い師のおばあさんは曾孫の世代だよ」

「あのおばあさん、何歳位だろう」

「さあな、おばあさんの歳なんか解からないや」

「ヨウジュス、もしかしたら、曾孫の子供かもね」

「純一の言いたい事わかったよ。このおかしな卵孵化機はさ、あのジード家に代々伝わっている由緒ある秘蔵の宝物の一つでさ。だから凄いビンテージ物だって事だろう」

「何か良く解からないけど、僕わくわくして来たよ。これからどうなるのかしら」

純一とヨウジュスはじっとテーブルの上に置かれたカプセルが変化するのを見守った。

やがて、縦に立ち上がったカプセルの真ん中から周囲に裂け目が走った。

「あっ、ヨウジュス。カプセルが開くぞ」

純一がソファーから飛び上がった。

「純一、座りなよ。驚くだろう」

二人は身を乗り出して次の変化をみつめた。裂け目から上半分のカプセルが四方へ放射状に開いて、中心部に透明な球体が現れた。

その中にまだ雛としての姿も定かでない小さな虫のような生き物が柔らかなクッションの窪の中で動いていた。

球体の中は孵化したばかりの雛に合った環境に設定されていて、親鳥の暖かい羽根の中にはぐくまれているのと全く変わらない様に保温されていた。

「オオルリの雛だ。ちゃんと生きているね。良かった。ほっとしたよ」

ヨウジュスは透明な球体の中を覗き込んで目を丸くして言った。

「ちっちゃいな。どうしよう。ヨウジュス、僕達にこんな小ちゃな雛、育てられるかな」

「ノアが育ててくれるよ」

「ノアが育てるって……どうやってさ」

純一はちょっと不安そうな顔をヨウジュスに向けて言った。

「そうだ。さっき僕のパソコンに届いたメッセージに返事を出して聞いてみようよ」

ヨウジュスはノートパソコンを膝の上に乗せて暫し考えた。

「よし、やってみよう」

ヨウジュスはメッセージを書き始めた。

「ノア、卵がかえったけどどうしたら良いのか解からないので教えてほしいのです。僕達はジード家の孫達ではないので小鳥の雛を育てた事がありません。

雛の育て方を何も知らないのです。どうかどうしたら良いか教えてください。ヨウジュスより」

「ノアが答えてくれるのを祈って、送信」

するとテーブルの上のカプセルの放射状に開いていた外側が花が閉じる様に半分閉じた。ヨウジュスのパソコンにノアからのメッセージが届いた。

「ヨウジュスはじめまして、私はノア。オオルリの雛の育て方を教えますが、その前にどうか私の問いに答えてください。ジード家の孫達はどうしたのですか。

なぜヨウジュスがノアを持っているのですか。私はなぜここに来たのですか。教えてください」

ヨウジュスはパソコンのキーを叩いてノアの質問に答えた。

「僕はジード家の孫達の事は解かりません。このノアは一週間前に、占い師のおばあさんから僕と友達の矢島純一が預かったのです。

占い師のおばあさんがジード家の孫かどうか僕には解かりませんが、彼女が急病になった時、偶然側にいた僕達に小鳥の雛を育てて欲しいとこのカプセルを託したのです。それで、僕の所に持って来たのです」

「純一、この文章で解かるよね、良し。送信」

二人がじっとノートパソコンをみつめているとノアからメッセージが届いた。

「ヨウジュス、ノアの問いに答えてくれてありがとう。ジード家の孫達からオオルリの雛を託されたあなた方へ、この雛の育て方を教えます。

雛の産毛が乾き、自分で頭を上げて口を開けてピーピーと鳴くようになったら小さい雛のための餌を与えます。

雛を覆っているシェルターを外して、スポイトで液状の餌を可愛い口に流し込むのです。次に餌の作り方を詳しく教えます……」

「純一、大変だ。僕達が雛を育てるんだよ」

「ヨウジュス、はじめから育て方を聞くからだよ。育ててくれってたのんじゃえば良かったのにさ。僕達にちゃんとできるかな。うまく育てられるかとっても心配だよ」

「よし、それじゃあその事を相談してみよう」

ヨウジュスは再びメッセージを書いた。

「ノア、僕達はこんな小さい雛をちゃんと育てられるかとても心配しています。育てる自信がありません。もっと良い方法はないのですか」

ヨウジュスの問い掛けにノアから返事のメッセージが届いた。

「解かりました。心配はいりません。ノアがあなた達を助けてくれる人を探します。連絡がついたらノアの所に来てくれるでしょう」

ヨウジュスと純一はノアの不思議なメッセージを見て顔を見合わせた。

「何だこれ……」

「ノアが僕達を助けてくれる人を探して、ここに呼ぶのか……」

「来てくれるでしょう。と言う事は、そうなんじゃないの」

「いったい誰が来るのさ」

「さあね。とにかく誰か来るらしいぞ」

 翌日、ヨウジュスの家に一人の見知らぬ少女が訪ねて来た。

( 続く )


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