京のいけず日記

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2006年11月23日(木) 永遠の蟹

父の好物の蟹を皆で食べに行く話は永遠となった。


2006年11月23日 PM 3時9分 父 永眠 81歳
死因 膵臓癌 転移性肝臓癌


最期まで自宅でとはいかなかったが、見ているのが辛くなるような癌の痛みもなく、
軽い肺炎を併発後、皆に看取られている中での穏やかな大往生だった。

願わくば父の全ての細胞の意志のままに…。
過度な延命治療はしない、生きることを投げ出すような放棄もしない。
父や私達の切なる願いを叶えてくれた自然や、医師や、全てのものに感謝します。



23日の早朝4時半、安定していた父の血圧が急に下がってきたと姉から連絡を受ける。
病室で呼びかけると微かに頷いたような気がした。

最高血圧70、最低血圧30、脈拍数100前後、父は必死で生きている。
昼前にもともと今日見舞う予定であった足の悪い義母が病室を覗く。
ダンナが義母を送っていった後、交代で昼食を取る。
大阪から駆けつけてきた甥っ子は病室の簡易ベッドに寝転がった。
血圧、脈とも変化なし。長期戦だ。負けるもんか。

今夜が山場か。もしかしたら今日一日持ってくれるのでは… 皆がそう思った。
PM2時半。遅い昼食。食欲はないが、珈琲が飲みたくて病院近くの喫茶店へ行く。
連休祝日の京都。場違いな雰囲気の中から戻って来ると、血相を変えた姉が私を探していた。

少し安心して病室を出てから30分と経っていない。
血圧更に低下。看護婦さん達がバタバタと狭い病室に器材を運び込む。
それからはあっという間で。まるで夢のようにいつか見たドラマのシーンのようで。

3時9分。 心臓停止。

それでも父の体は温かくて。掌は柔らかくて。
まるで物かのように、人や動物はすぐに死体になんかになるわけじゃない。
簡単になど死なない。死んでたまるか。

間に合ってほんま良かった。
傍に居ながら。駆けつけながら…。ずっと後悔するところだった。
有難う、お父ちゃん。よう頑張ったな。


Sako