京のいけず日記

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2005年08月15日(月) おにくのために… 「笑の大学」


終戦記念日のこの日、我が家はお茶の間劇場で「笑の大学」を見ました。

国民一丸となって「お国のために」という時代背景の映画です。


土方さん、ほっておいていいんですか? アレ。

ボディビルダー!イサミ

日々の稽古はお肉のためだったんですね…(平目総司)




朝の間にお墓参り。そして、ようやく見たかった映画をレンタルしてきました。

「笑の大学」
 
原作・脚本/三谷幸喜  監督/星譲  出演/役所広司・稲垣吾郎

あの三谷さんの作品。戦時下、全てにおいて国のコントロール、検閲が入った時代。喜劇に情熱の全てを傾ける、若き座付き作家と、国の権威を背負い、
職務に忠実な検閲官、この二人の7日間の口舌バトル。

笑わぬ男、役所さん演じる検閲官が、最初から最後まで、絶妙の間と演技で、大いに笑わせてくれる。苦くて甘い、いい役者さんですねえ。

ゴロちゃんの方は最初ぎこちなく…、こっちが何となくノレないでいたんですが、途中から引き込まれてしまいました。

笑いを取るなと言われて、笑いを考えてしまう、喜劇作家のどうしようもないサガ、意地…、天の邪鬼な私は共感してしまいます。

それがこの間行った絵画展では「笑」の代わりに「絵」だったんですね。
そういえば展示してあった戦没画学生のハガキに「軍事葉書(…書簡?)」などの判が押してありました。

戦時中は出版物や、演劇や、映画はおろか、個人の郵便物までも検閲が入ったんでしょう。恐い時代やなぁ。

白ひげの老警官が登場するのですが、その姿、何となく、斉藤や、杉村翁らを彷彿させて、妙に絵が残ってます。

で。たくみな二人の会話に笑わされ、油断してハッピーエンドを待っていると、
ラストは、急降下、重い現実へと落とされてしまいます。

「お母さん。あの紙、本で見たことがあるで」

「お笑いかと思ったら、こんな難しい話やったんや」

見方によっては、こんな辛気臭いセリフ劇を、飽きることなく、お茶の間テレビの前から動かなかった子ども達(中高生)。

本当は夜中に一人で見るつもりだったんだけど、一緒に見て良かったなと思う。



もし、否応もなく、戦争のうねりの中に巻き込まれたとしたら…。
身近な人が、被害に、危機に晒されたらとしたら…。
明日のために、身近な人や、自分を守るために戦うのではないか。

戦争の意味が分からなくとも。置かれている状況が見えないとしても。
守るべきもののために戦うのではないか。

声高に謳う「お国のために」などではない。たいていの人はみな、心は、
「生きる糧のために」「身近な愛する人のために」出兵していったのだと思う。
「お国」のためではなく、それこそ「お肉」や「お国さん」のために。

そもそも戦争はどうして起きるのか。
力に正義はあるのか。
内政干渉の是非は。

力で納得させるような正義などあってたまるもんかと思う。

正義など怪しげな大義名分を持ち出してくるから、余計ややこしくなるんだろう。

何のために俺はこいつらを殺さなきゃいけないんだと思いながら、
前線で生死をかける。なんて残酷なことだろう。

それでも。残された者は何としてでも生き残ってくれる事を望むだろう。
理不尽だが、しょうがない、で、命を奪われてしまってはたまらない。

追い込むのも、追い込まれるのも、人間。それ以外に。
偶然や、時間や、…この世には訳の分からない怪物がいる。

気がつくと争いに巻き込まれていた。そういう状況に身を置いていた。
そんな他人まかせの責任逃れだけは嫌だ。

と、思うが。

難しいなぁ。

…ん? えっと。何を書きたかったんでしょう。あれ?

あ。そうか。

おにくのために 「笑の大学」 オススメです。
ビジュアル的にはアナログ的な作り方がたまりません、です。


Sako