終戦記念日のこの日、我が家はお茶の間劇場で「笑の大学」を見ました。国民一丸となって「お国のために」という時代背景の映画です。土方さん、ほっておいていいんですか? アレ。日々の稽古はお肉のためだったんですね…(平目総司)朝の間にお墓参り。そして、ようやく見たかった映画をレンタルしてきました。「笑の大学」 原作・脚本/三谷幸喜 監督/星譲 出演/役所広司・稲垣吾郎あの三谷さんの作品。戦時下、全てにおいて国のコントロール、検閲が入った時代。喜劇に情熱の全てを傾ける、若き座付き作家と、国の権威を背負い、職務に忠実な検閲官、この二人の7日間の口舌バトル。笑わぬ男、役所さん演じる検閲官が、最初から最後まで、絶妙の間と演技で、大いに笑わせてくれる。苦くて甘い、いい役者さんですねえ。ゴロちゃんの方は最初ぎこちなく…、こっちが何となくノレないでいたんですが、途中から引き込まれてしまいました。笑いを取るなと言われて、笑いを考えてしまう、喜劇作家のどうしようもないサガ、意地…、天の邪鬼な私は共感してしまいます。それがこの間行った絵画展では「笑」の代わりに「絵」だったんですね。そういえば展示してあった戦没画学生のハガキに「軍事葉書(…書簡?)」などの判が押してありました。戦時中は出版物や、演劇や、映画はおろか、個人の郵便物までも検閲が入ったんでしょう。恐い時代やなぁ。白ひげの老警官が登場するのですが、その姿、何となく、斉藤や、杉村翁らを彷彿させて、妙に絵が残ってます。で。たくみな二人の会話に笑わされ、油断してハッピーエンドを待っていると、ラストは、急降下、重い現実へと落とされてしまいます。「お母さん。あの紙、本で見たことがあるで」「お笑いかと思ったら、こんな難しい話やったんや」見方によっては、こんな辛気臭いセリフ劇を、飽きることなく、お茶の間テレビの前から動かなかった子ども達(中高生)。本当は夜中に一人で見るつもりだったんだけど、一緒に見て良かったなと思う。もし、否応もなく、戦争のうねりの中に巻き込まれたとしたら…。身近な人が、被害に、危機に晒されたらとしたら…。明日のために、身近な人や、自分を守るために戦うのではないか。戦争の意味が分からなくとも。置かれている状況が見えないとしても。守るべきもののために戦うのではないか。声高に謳う「お国のために」などではない。たいていの人はみな、心は、「生きる糧のために」「身近な愛する人のために」出兵していったのだと思う。「お国」のためではなく、それこそ「お肉」や「お国さん」のために。そもそも戦争はどうして起きるのか。力に正義はあるのか。内政干渉の是非は。力で納得させるような正義などあってたまるもんかと思う。正義など怪しげな大義名分を持ち出してくるから、余計ややこしくなるんだろう。何のために俺はこいつらを殺さなきゃいけないんだと思いながら、前線で生死をかける。なんて残酷なことだろう。それでも。残された者は何としてでも生き残ってくれる事を望むだろう。理不尽だが、しょうがない、で、命を奪われてしまってはたまらない。追い込むのも、追い込まれるのも、人間。それ以外に。偶然や、時間や、…この世には訳の分からない怪物がいる。気がつくと争いに巻き込まれていた。そういう状況に身を置いていた。そんな他人まかせの責任逃れだけは嫌だ。と、思うが。難しいなぁ。…ん? えっと。何を書きたかったんでしょう。あれ?あ。そうか。おにくのために 「笑の大学」 オススメです。ビジュアル的にはアナログ的な作り方がたまりません、です。