京のいけず日記

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2005年03月31日(木) 箱館行3 碧血碑 イケズな、お姉さんに感謝

碧血碑の写真【碧血碑(へっけつひ)】

旧幕府脱走軍戦死者を弔うために、明治8年に建立された石碑。函館山中腹にある。周辺には名も知れない多くの遺骨が眠る。

ここへは初めて。昔、函館へ来た時に寄らなかったのは、時間がなかったせいばかりじゃなく、正直言って怖かったからだ。写真なんか撮ってごめんなさい。
オタク気分で参りに来るところではないが、この目で、肌で感じることができて良かった。心残りはないぞ。



聞いてぇな、歳三さん。
函館で、こんなイケズな人に会うと思わへんかった。

碧血碑まで行くために駅前でタクシーを拾った。
帰りの飛行機の時間まで、もうあまり時間がなかったから。

乗り合わせたタクシーの運転手は女の人。
痩せた華奢な女性で、若いのか、おばちゃんなのか、よう分からん。

助手席に座ったダンナが地図を見せて行き先を伝えると。
その女の人は開口一番、

「私、細かい字が見えないのよ。言って下さい」と地図を見る素振もない。

む。なんやねん…。このおばはん。

「え?碧血碑…はいはい。お客さん、あそこは止めた方がいいわよ」

「は!?」

車はまだ発車もしない。押し黙っていると、彼女はぺらぺらと話し始めた。
どうやら観光ルートの立待岬方面が車両通行禁止になっているらしい。
立待岬など元々眼中にないので、渋面を作っていると。

「お客さん、どうしても行きたいんですか?何にもありませんよ」と彼女。

「ええ」(← 怒ると、何故か、ずんずん標準語になっていく)

気まずい雰囲気のまま発車。車中も、よほど物珍しい客に見えたらしい。

「裏から上がれば行けるかもね。でも。お客さん、このお天気ですよ。山道を歩くんですよ。(あなた)分かってますか?」

「……」無言。

「道なんか雪でグチャグチャだし。あはは。かなり歩きますよぉ」

「どれぐらい?」と、ダンナが聞いた。

「さぁ。1.5キロぐらいかしら」

1.5? …なんや、あほらし。それなら昨日も吹雪の中歩いたわ。
すると彼女は、またケタケタと高い声で笑って、

「お客さんってば、どうしても行きたいんですね?」

行きたいから、タクを拾ったんやろ。ぼけッ!
…などとは言わずに、黙って頷く私。

「それじゃ、函館山のロープウェーに…」
変えようかと、優しいダンナは言い出しだしたが、却下。

「行ってください」
こーなりゃ、どんな所でも、意地でも行ってやる。

子ども達の顔を見れば、同じようにブスリと、かなりフキゲンな顔。
彼女の言葉を素直に聞きそうなのはダンナばかりだ。

足元の悪いところへ子ども達を付き合せたあげく、飛行場にも間に合わない事にでもなったら困るが…。

「お母さん、行ってもいいかな?」
もとより特に行きたいところもないから、お母さんが好きな所へ行ったらいいと言ってくれていた子ども達。にこりと笑って頷いてくれた。

「あはは。すごく熱心なんですねぇ」

ほっとけや。
電車の駅が見える。谷地頭駅。右手には雪が残る函館山だ。
車で行けるところまで行ってみましょう、と、親切にしてくれたはいいが。
「この坂をずっと登って行くんですよ。いいんですね?」
と、ケタケタと、この調子。

「無理だったら途中で帰るから」と優しいダンナは大人だ。

ありがとうも言わずに、さっさと子ども達と車を降りた。
ズンズン坂を登っていく。

が。内心、愛宕山(京都市の北西にあり標高924m)登山みたいだったら、
どうしようかと、ビクビクもんだ。(ちなみに函館山は標高約330mでした)

少し行くと、山へ入る道には、道幅いっぱいにゲートが降りていて、車が通れないようになっていた。人もここを跨がないと入っていけない。

「行ける所までって言ったのに、あの人、ここまで来たらええやんな」
と笑う長女。予想通り、コイツはかなり気分を害していたらしい。

ロングスカートにショートブーツの私。
確かに、こんなところを歩くには褒めた格好じゃない。
冷かされても仕方ないか。

スカートの裾を持ち上げ、前で結ぶ。これでよしッ。
着物の尻はしょりのようなものね。ロングスカートは意外に便利だ。

ダンナがあと230メートルの標識を見つけた。

ところが、そこから一面は降り積もった雪の道。うへぇ。
残された靴跡からちょっとそれると、たちまち膝の下ぐらいまで雪に沈む。

「誰か歩いていった跡がある。同じような物好きがいるんやで」

「お父さん、そこ犬のウンコ!あ。踏んだ」

雪玉を作って投げたり、きゃいのといいながら、思わぬ楽しい道行に。
あっけなく碧血碑の前に着いた。

先客がいた。雪の道に残る足跡の持ち主かな。
ヤッケに、ズボンの歩き慣れた格好の年配のご夫婦だ。

碑の裏側に彫られている文字を指でなぞる。…冷たい。
裏の巨石の下にはたくさんの遺骨が眠っているんだろうか…。

そっと合掌して、帰りは函館八幡宮の裏に出てくる道を選んだ。
ねぐらがあるのか、カラスの姿がやけに多い。

「滑るぞ」
「うわぁ」

ずぼっ雪に足を取られたり、凍った山肌に足を滑らせらたり、木の幹にしがみついたり、みんなでこんなところを歩くのは随分久しぶりだ。
裏山で遊んだ記憶がよみがえってワクワクする。

京都に帰ったら、愛宕山とは言わないけれど…、鞍馬から貴船に抜ける道や、京の七口、久しぶりにブラブラ、また歩いてみたいな。

山道から八幡宮の駐車場へ出て、舗装された坂道を下る。
谷地頭からはまた電車で駅へ。時間はぴったり間に合った。

…考えてみれば。
あのイケズな、お姉さん(…と呼んであげよう)と会わなければ、
もしかしたら、また今回も行けなかったかもしれない。

今度、函館へ行く機会があれば…。そうやね。
あの姉さんタクシーをつかまえて、川汲峠や、二股口を、にぎやかにまわってみるのも楽しいかもしれない。

「お客さん。どうしても行きたいんですね?山の中ですよ」
「はいッ」


Sako