井口健二のOn the Production
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2024年08月11日(日) ピアニストを待ちながら、BISHU 世界でいちばん優しい服、ほなまた明日、とりつくしま

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『ピアニストを待ちながら』
2004年の監督デビュー以来、商業映画にはほとんど関わらず
に独自の映画ワールドを構築してきたという七里圭監督が、
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)の開館記念と
して制作した短編作品のディレクターズカット版。
作品は建築家隈研吾のデザインによる村上春樹ライブラリー
の中で全編が撮影され、階段や曲がりくねった通路などが多
用されたある種の幻想的な空間の中で、いろいろな謎を秘め
た物語が展開されて行く。
そこで主人公は、ふと目覚めるとその空間に閉じ込められて
いた。そこは自動ドアなどは開かれるが、外には出て行けな
いのだという。そしてそこには他の住人もいて、彼らはやが
て来るはずのピアニストを待っているのだという。
その中には主人公の知人もいて、その知人は「ピアニストを
待ちながら」という演劇のリハーサルを始めるが、主人公は
その知人がすでに亡くなっていることに気づく。それでもア
ヴァンギャルドな演劇のリハーサルは続いて行く。

主演は、2019年5月26日付題名紹介『ザ・ファブル』とその
続編にも出演の井之脇海と、2018年5月13日付題名紹介『菊
とギロチン』などの木竜麻生。他に大友一生、澁谷麻美、斉
藤陽一郎らが脇を固めている。
村上春樹ライブラリーは早稲田大学の旧4号館を改築したも
のだそうで、この4号館という施設名は実際の場所は異なる
が、1969年の70年安保闘争時代にジャズピアニストの山下洋
輔が伝説のライヴを行ったことでも知られる場所。
それが題名の謂れにもなるようだが、その一方でこの題名は
サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」に由来して
いることは明らかで、本作もベケットの舞台劇と同様の不条
理劇となっている。
因にこの舞台劇に関しては2019年3月31日付題名紹介『柄本
家のゴドー』で見事な解題がなされていたものだが、本作で
はそこまでは踏み込まず、単にベケットの舞台劇に準えた物
語が展開されるというものだ。
従って観客はあまり深くは考えずに、単なる不条理劇として
味わえばいいものであって、それはそれとして楽しめる作品
になっている感じはした。

公開は10月12日より、東京地区は渋谷のシアター・イメージ
フォーラム、11月2日よりシネ・ヌーヴォ他にて全国順次ロ
ードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給を行う合同会社インディペンデント
フィルムスの招待で試写を観て投稿するものです。

『BISHU 世界でいちばん優しい服』
イタリアのビエラ、イギリスのハダースフィールドと並んで
世界三大ウール産地の一つと呼ばれる愛知県と岐阜県に跨る
尾州(尾張国)。その中心地、尾張一宮を舞台に知的障碍を持
つ女性の成長を描いた作品。
主人公は尾張一宮で織物工場を営む一家の次女、少し知的な
障碍はあるが高校の普通科に通っている。そんな少女の夢は
父の工場を継ぐことだ。しかし娘の将来を案ずる父親は工場
をたたんで現金で残すことも考えている。
一方、主人公には衣装デザインの才能があり、下校時に親友
の女子と立ち寄った神社で巫女の姿を観た主人公は、即座に
デザイン画を描いて見せる。そしてその画を手にした親友は
それを学内のコンテストに応募するが…。
果たしてそのデザインは、高校に併設のデザイン科の生徒を
差し置いてグランプリを獲得。親友は主人公に一宮市主催の
ファッションコンクールへの出品も提案する。しかしそこに
は父親との確執など様々な障害も存在していた。

主演は2020年『ミッドナイトスワン』で多くの受賞に輝いた
服部樹咲。共演は岡崎紗絵、吉田栄作、長澤樹、黒川想矢、
さらに知花くらら、清水美沙、田中俊介、山口智充、近藤芳
正、吉澤健らが脇を固めている。
脚本と監督は、東京藝術大学大学院映画専攻監督領域卒で、
修了制作作品が2019年「えいじゃないかとよはし」映画祭で
初代グランプリに輝いたという西川達郎。共同脚本に同専攻
脚本領域卒の鈴木史子。
また音楽を坂本龍一に見出されたという小山絵里奈。さらに
衣裳デザイン/監修を2002年生まれで新人デザイナーの登竜
門とされる2022年「第96回装苑賞」受賞の大下彩楓が手掛け
ている。
主人公はアスペルガー症候群と思われるが、この障碍を持つ
人が特定の分野でとんでもない天分を発揮することはよくあ
る現象とされる。本作はその典型で、そんな主人公を描いた
映画は近年よくある状況だが…。
実は自分の生家が呉服屋だったもので、本作の題材には親近
感が生じてしまった。そんな中で、生家は京呉服中心だった
から絹織物。従ってウールは少し下に見がちだったが、その
手触りの良さなどはよく覚えていたものだ。
本作を観ていてそんな手触りの良さも思い出してしまった。
そんな衣服の暖かさもしっかりと感じさせてくれる作品だ。
因に本作は、東海地方が舞台の全国公開映画を製作公開する
「シントウカイシネマ聖地化計画」の第一弾となっている。

公開は10月11日より、東京地区はTOHOシネマズ日比谷他にて
先行上映の後、10月18日から全国拡大上映となる。
なおこの紹介文は、配給会社イオンエンターテイメントの招
待で試写を観て投稿するものです。

『ほなまた明日』
2018年4月22日付題名紹介『カメラを止めるな』が大きな話
題を呼んだ「ENBUゼミナール」製作映画の第11弾。なおこの
第11弾は2作品ある内の1本。
物語の舞台は大阪の藝術大学。その写真専攻学科では若い才
能が切磋琢磨する中で、1人の女性が頭抜けていた。そして
各自は写真家のアシスタントや写真スタジオなどの道を目指
す中で、彼女だけはいち早く才能を開花させて行く。
そんな女性に振り回されつつも彼女の才能をねたむわけでも
なく、そんな仲間たちの青春群像が描かれて行く。そして数
年後、海外で活躍する彼女の凱旋帰国が伝えられ、仲間たち
が再び集まる日がやってくる。

主演は田中真琴。共演に松田崚汰、重松りさ、秋田卓郎。他
に大古知遣、ついひじ杏奈、越山深喜、ゆかわたかし、加茂
井彩音、福地千香子、西野凪沙らが脇を固めている。
脚本と監督はビジュアルアーツ専門学校大阪の出身で、学生
時代に撮った作品がぴあフィルムフェスティバル2018で審査
員特別賞を受賞。ndjc若手映画作家育成プロジェクト2021に
参加して『なっちゃんの家族』と言う作品を完成させている
道本咲希の長編第1作。
映画の前半は大阪が舞台で、写真家の主人公がいろいろな町
の風景を捉えて行く。それは東京で暮らす自分には目新しく
もあり、何かファンタスティックな雰囲気にも感じられるも
のになっていた。
そんな背景の中で繰り広げられる青春群像劇には、自分の青
春時代に照らしても懐かしさも感じられ、何とも心地よい時
間が流れていた。そこにはただ甘ったるいだけではない厳し
さも描かれ、現代の青春を見事に描いた作品と言えそうだ。

公開は9月28日より、東京地区は新宿K's cinema他にて全国
順次ロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社ENBUゼミナールの招待で試写を
観て投稿するものです。

『とりつくしま』
「ENBUゼミナール」製作映画第11弾のもう1本。歌人、小説
家の東直子が2007年に発表した短編集を、実娘の東かおりが
脚色、監督した作品。
物語の全体の設定は、人は死後に何か物体に憑りつくことが
でき、そこから現世に残した人を見守ることができるという
もの。しかしそこには様々な悲喜劇が誕生する。そんな物語
が4篇、オムニバスで映画化されている。
最初は「トリケラトプス」。結婚2年目で亡くなった妻が、
夫の愛用するトリケラトプス柄のマグカップに憑りつく。そ
して夫と思い出いっぱいの部屋を見守るが、その部屋に新し
い女性が現れ…。
2編目は「あおいもの」。幼稚園児だった少年が憑りついた
のは公園の青いジャングルジム。そこは母親がよく連れて来
てくれた場所だ。そして少年は赤ん坊の妹の成長を見続ける
ことになるが…。
3編目は「レンズ」。孫に買ってあげたカメラに憑りついた
のは、孫が観る風景を共有したいためだった。ところが孫は
カメラを中古屋に売ってしまう。しかしカメラを買った老人
がカメラを持って…。
最後は「ロージン」。亡くなった母親が野球少年の息子の中
学生最後の雄姿を見るため、ピッチャーズマウンドに置かれ
たロージンバッグの中身に憑りつく。それは徐々に風に乗っ
て消えて行くものだったが…。
それぞれがちょっと笑えるアルアルだったり、切なさだった
り、いろいろな感情の行き交う素敵な4編が描かれる。

出演は2023年8月紹介『めためた』などの橋本紡、長編は初
という櫛島想史、2019年5月12日付題名紹介『よこがお』な
どの小川未祐、オーディションで選ばれた楠田悠人、2018年
7月29日付題名紹介『止められるか、俺たちを』などの中澤
梓佐。
さらに劇団円会員の磯西真喜、舞台俳優及び劇団主宰の柴田
義之、2015年『海街 diary』などの安宅陽子、TVシリーズ
『おいしい給食season 2』などの志村魁。そして原作小説の
ファンだという小泉今日子が重要な役柄で登場する。
なお監督は、2021年『ほとぼりメルトサウンズ』が各地の映
画祭で上映されるなど、実績を積んだ人だ。
本作を観ていて1999年の是枝裕和監督作品『ワンダフルライ
フ』を思い出した。その作品も人の死後の世界で生前との因
果が描かれていたものだが、本作ではより強く現実との絡み
が描かれて、それも素晴らしい作品になっていた。

公開は9月6日より、東京地区は新宿武蔵野館他にて全国順
次ロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社ENBUゼミナールの招待で試写を
観て投稿するものです。


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