井口健二のOn the Production
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2023年04月23日(日) わたしたちの国立西洋美術館、658km陽子の旅、水は海に向かって流れる、ミーガン

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『わたしたちの国立西洋美術館』
2018年7月8日付題名紹介『春画と日本人』などの大墻敦監
督が、東京上野にある国立西洋美術館が抱える問題に迫った
ドキュメンタリー。
美術館の本館は2016年にル・コルビジェの建築作品として世
界文化遺産に登録されたものだが、その際に前庭が建築家の
意図を反映していないとの指摘があった。そこで2020年10月
から2022年春まで、他の法令に伴う改修と共に美術館を全面
閉館しての工事が敢行された。
本作はその間に工事中の美術館内部で行われた収蔵美術品の
移動や補修など、普段では見られない美術館の内部の作業が
記録されたものだ。それは映像の一部に暈しが入れられるな
ど、作業に参加した業者の企業機密にも触れるような微妙な
記録映像にもなっている。
という普段ではなかなかお目に掛れない記録がされたドキュ
メンタリーだが、監督の興味はそれだけに留まらなかった。
そこで監督は外部の目を導入して日本の美術館が抱える問題
に迫って行く。この辺は2018年紹介作でも感じた監督の問題
意識の高さが反映されているものだ。
その問題は、部外者の僕らでも薄々感じてはいたものだが、
それが具体的に提示されると、日本の文化行政の貧困さとい
うか、利権の発生しないところには目も向けない政治の闇が
見えてくる。
もちろん本作が描いているのはそれだけではなく、収蔵品の
選定など興味深いものは他にもあるが。そんなところも含め
て、国立西洋美術館のいろいろな側面が描かれた作品とも言
えそうだ。
ただし僕個人としては、ル・コルビジェの建築作品として世
界文化遺産に登録されたとは言うものの、建築家の設計思想
ではもっと大規模な構成が考えられていたもので、その辺が
反映されていないことは指摘して欲しかったかな。
出来れば建築家の構想をCGIででも再現して欲しかったと
ころだ。もしそれをやったら、登録を取り消されてしまうか
もしれないが…。とは言えそれだけに留まらない、それ以上
の問題点が本作では描かれている。
それにしてもこの美術館には、免震、耐震の設備や美術品を
守るための空調など、素晴らしい設備が施されていることは
よく理解できた。

公開は7月中旬より、東京地区は渋谷のシアター・イメージ
フォーラム他にて全国順次ロードショウとなる。

『658km、陽子の旅』
2017年4月2日題名紹介『武曲』などの熊切和嘉監督が、監督
の劇場デビュー作とされる2001年『空の穴』に出演の菊地凛子
(当時の芸名は菊地百合子)を主演に迎えた作品。因に2人は同
作を切っ掛けに人気を得たとされるが、特に菊地は2007年1月
紹介『バベル』でブレイクし以後は海外での出演も多くなる。
本作はそんな菊地の邦画では初の単独主演作だそうだ。
主人公は都会の片隅で暮らす40代前半の女性。夢を追い親の反
対を押し切って青森の田舎を飛び出したが、その夢はとおに諦
め、独身で定職もなくグダグダと過ごしている。そんな彼女の
許に20年間断絶のままだった父親の死が伝えられる。
そこで従兄の運転する車で従兄の家族と共に故郷に向かうこと
になるが…。とあるサーヴィスエリアで発生したちょっとした
アクシデントによって、彼女は財布もスマホも持たずに置いて
きぼりになってしまう。
この事態に彼女はヒッチハイクで青森に向かおうとするが…。
そんな彼女に、懸命に生きているシングルマザーや怪しい紀行
ライター、人懐こい女子や心優しい初老の夫婦など、いろいろ
な人物が係ってくる。そして亡父の幻影も現れ始める。

共演は、2010年9月紹介『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)などの
竹原ピストル、2018年11月25日付題名紹介『宵闇真珠』などの
オダギリジョー。さらに黒沢あすか、見上愛、浜野謙太、風吹
ジュンらが脇を固めている。
脚本は映画監督でもある室井孝介がTSUTAYA CREATORS'PROGRAM
で2019年に脚本部門受賞をしたもの。その原案から熊切監督が
『海のルルル』という未制作の作品で組んでいる脚本家の浪子
想が完成させているようだ。
音楽を『海炭市叙景』以来4作目のジム・オルーク。エンディ
ングテーマ曲はオルークと、2021年『ドライブ・マイ・カー』
の音楽を担当した石橋英子が手掛けている。
主人公がヒッチハイクする自動車のナンバープレートを見てい
ると、いつまでも福島県を出られないことに焦燥を覚えたが、
これは意図的だったのかな。そんな焦燥感を持ちながら主人公
が行きかう人々は人格者であったりそうでなかったり、様々な
出逢いが確実に彼女を変えて行く。
これこそは岐路に立たされた人間が一歩を踏み出して行く、そ
んな物語が展開されていた。

公開は7月28日より、東京地区は渋谷のユーロスペース、テア
トル新宿他にて全国順次ロードショウとなる。

『水は海に向かって流れる』
2018年〜20年に雑誌連載されて第24回手塚治虫文化賞新生賞を
受賞した田島列島原作漫画を、2011年6月紹介『極道めし』や
2018年12月2日付題名紹介『こんな夜更けにバナナかよ』など
の前田哲監督が、広瀬すずを主演に迎えて映画化した作品。
最初に登場するのは高校生の男子。彼は実家からの通学が不便
なため叔父の家に居候しに来たのだが、土砂降りの中を駅まで
迎えに来てくれたのは見知らぬ女性だった。そして案内された
のは、叔父やその女性ら4人が暮らすシェアハウス。
そのシェアハウスに暮らすのは、親には内緒で脱サラして漫画
家になっている叔父と、OLの女性、それに女装の占い師と、
海外出張の多い大学教授。そんな多士済々のメムバーの中での
生活が始まる。しかし彼と女性の間にはある因縁があった。

共演は、2017年1月紹介『3月のライオン』などで主人公の幼
少期を演じていた大西利空。2012年4月紹介『苦役列車』など
の高良健吾。2018年9月紹介『青の帰り道』などの戸塚純貴。
CM、テレビで活躍し本作が映画初出演の當真あみ。
さらに勝村政信、北村有起哉、坂井真紀、生瀬勝久らが脇を固
めている。
脚本は2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』などの大島里美。
主題歌の「ときめき part1」をスピッツが書き下ろしで手掛け
ている。
主人公らに係る因縁話がかなり壮絶で、その重荷を全て一身に
背負って生きる女性の姿を広瀬が丁寧に演じている。個人的な
印象では広瀬アリスの妹という感じだった女優が、こんな演技
を出来るということにも感銘を受ける作品だった。
正直に言えばアリスの顔が透けて見える感じのシーンもあった
が、それが却って相乗効果のような感じもして、こういう立ち
位置で姉妹がお互いに影響し合えれば、それも上手く行くので
はないかという感じもしたものだ。
それにしてもこんなシチュエーションをよく考え付いたものだ
という感じの作品でもあった。

公開は6月9日より、東京地区はTOHOシネマズ日比谷他にて全
国ロードショウとなる。

『ミーガン/M∃GAN』“M3GAN”
4月9日紹介『ソフト/クワイエット』など最近度々登場する
ブラムハウス・プロダクションが、2016年6月紹介『死霊館』
シリーズなどのジェームズ・ワンと組んで、超常現象ではない
SFベースのホラーに挑んだ作品。
主人公は玩具メーカーで知育玩具の開発に勤しむ女性科学者。
そんな彼女は会社に隠れて子供の友達になれるアンドロイドの
研究を続けていた。そんなある日、姉一家が交通事故に遭い、
彼女は幼い姪を引き取ることになる。
ところが、仕事の期限に追われる主人公は姪の相手をしている
時間がなく、やむなく彼女は研究中のアンドロイドを姪に与え
ることにするが…。学習能力を持つアンドロイドは瞬く内に姪
の親友となり、姪に尽くすようになる。
しかしそこには大きな落とし穴が待っていた。

物語を発案したのはワンと、本作の製作総指揮を務めるマイク
ル・クリアリー及びジャドスン・スコット。その原案から新作
ドラマシリーズ“Star Trek: Strange New Worlds” などを手
掛けるケアラ・クーパーが脚本を担当している。
監督には2014年に“Housebound”というホラーコメディを発表
しているニュージーランド出身のジェラルド・ジョンストンが
抜擢。デビュー作ではブラムハウス作品をパクりまくったとい
う監督が本懐を遂げたようだ。
そして出演者には、2017年8月紹介『ゲット・アウト』などの
アリソン・ウィリアムズと、Netflix で多くのシリーズに出演
している子役のヴァイオレット・マッグロウ。2018年9月2日
付題名紹介『クレイジー・リッチ!』などのロニー・チェン。
さらにアンドロイド=ミーガンの創造には、スタントガールの
エイミー・ドナルド、声優のジェナ・デイヴィスの他、パペッ
ト監修のエイドリアン・モロー、アニマトロニクスのデヴィン
・シーマンら多数が関っている。
なお関連のクレジットではSPFX監修タレイ・シーレル、SPFX制
作管理リタ・マキシムという項目があって、日本の配給会社の
プレス資料でSPFXという略称が使われるのは珍しいと思ったも
のだ。
殺人人形ということでは1988年にスタートした『チャイルド・
プレイ』のチャッキーが思い浮かぶが、偶然とはいえAIを生
じたロボットが学習するという展開では1986年の『ショート・
サーキット』が先駆かな。
ただし百科事典で学んだジョニー5の善良さに比べると、ネッ
トで学ぶミーガンの恐ろしさは、そのまま現代を象徴している
とも言えそうだ。
AIの学習ということでは2020年1月19日に紹介した『AI崩
壊』も比較できるが、本作はそのアンチテーゼとして現代の科
学技術開発に警鐘を鳴らす作品にもなっている。

公開は6月9日より、全国ロードショウとなる。


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