井口健二のOn the Production
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2023年04月16日(日) エリック・クラプトン/アクロス24ナイツ、逃げきれた夢、キャロル・オブ・ザ・ベル

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『エリック・クラプトン/アクロス24ナイツ』
          “Eric Clapton: Across 24 Nights”
史上最高のギタリストの1人と称されるミュージシャンが、
イギリス文化の殿堂ロイヤル・アルバート・ホールにおいて
1990年、91年に行ったコンサートの模様を、当時撮影された
フィルムを基に4Kで再現した作品。
近年はキツネ狩り禁止法に反対したり、COVID-19では陰謀論
に加担するなど音楽以外での言動が話題になってしまうクラ
プトンだが、僕ら団塊の世代には音楽に疎い自分でもギター
の神様として認識できるほどの伝説的な人物だった。
そんなクラプトンが、1990年は18日間、1991年には24日間に
亙って行ったライヴ・コンサートの模様が収められている。
そこでは4人編成に始まって9人編成や13人編成、そして最
後はロイヤル・フィルハーモニー・オーケストラとの共演ま
で、様々な形態が日々交代で公演されたものだ。
そんな公演の模様がマルチカメラで撮影され、それらが見事
な音響と共に、4Kの素晴らしい映像で再現された。特に神
業とも言えるクラプトンの指の動きは、音楽に詳しくなくて
も感服するものだった。それらが全16曲、全曲歌詞字幕付き
で提示される。

監督のデヴィッド・バーナードはライヴ映像の制作において
イギリスで第一人者と言われており、クラプトンの他にも、
レディオヘッド、ビヨーク、ペット・ショップ・ボーイズ、
アリス・クーパー等々、また2022年には宇多田ヒカルのライ
ヴ映像も手掛けているそうだ。
という作品だが、実は本編の中では1990年と91年が対比でき
る仕掛けにもなっており、特にオーケストラとの共演では、
1990年には何となくよそよそしさがあったものが、91年では
4人編成のメムバーも加わって見事な融和が描かれている。
その中でも、オーケストラの打楽器奏者が、この人は1990年
からノリノリだったのが、91年では正に超絶な演奏を披露し
ているのが微笑ましくも感じられた。
そして圧巻は1991年の“Knocking on Heaven's Door” この
演奏では最後にスタンディングオベーションではなく、楽曲
の後半から観客が総立ちで歓声を上げ、正にライヴそのもの
を映画の観客も実感できるものになっていた。

正しくファンには最高の贈り物と言える作品だろう。
公開は6月9日より、東京地区はヒューマントラストシネマ
渋谷、アップリンク吉祥寺、16日からは角川シネマ有楽町他
にて全国順次ロードショウとなる。

『逃げきれた夢』
2018年3月18日付題名紹介『枝葉のこと』などの二ノ宮隆太
郎監督が初めての商業映画として撮った作品。俳優でもある
監督が、所属事務所の先輩・光石研を主演に迎えて、光石に
宛て書きした脚本を映画化した。
光石が演じるのは定時制高校の教諭。家には妻と一人娘がい
るが家族との関係は冷えている。そんな主人公が毎日立ち寄
る定食屋で、その日は会計を忘れて店を出てしまう。そして
追いかけてきた店員に、病気で忘れると言うが…。
先週『オレンジ・ランプ』を見たばかりでこの台詞には興味
を惹かれたが、本作ではその後も思わせ振りはあるものの具
体的な症例などを描くものではない。というか何となく主人
公が言い訳で使っているような感じでもあった。
そんな訳でちょっと見誤ってしまう部分はあったが、映画は
主演者に宛て書きということで、光石にはこういう感覚があ
るのかなあという感じの作品ではあった。少なくとも後輩の
監督の眼にはこう写っているのかな。
いずれにしても優柔不断というか、何も自分からは事を起こ
してこなかった主人公が、一つの切っ掛けで新たな道に踏み
だそうとする物語だが。かといって物語の中では具体的なも
のは提示されず、全ては観客の想い次第という展開。
まあこういう作品も以前からいろいろと散見されるが、結論
を言わないことがこの作品では主人公を浮き彫りにしてゆく
ということなのだろう。その点では監督のやりたかったこと
は伝わってくる感じの作品ではあった。

共演は、2019年2月17日付題名紹介『JK☆ROCK』などの吉本
実憂、2020年3月22日付題名紹介『のぼる小寺さん』などの
工藤遥。他に坂井真紀、松重豊、杏花、岡本麗、光石禎弘ら
が脇を固めている。
公開は6月9日より、東京地区は新宿武蔵野館、渋谷のシア
ター・イメージフォーラム他にて全国ロードショウとなる。

『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩』
              “Щедрик/Szczedryk”
2019年の撮影で第2次世界大戦前後のウクライナを描き、現
在(2023年)のウクライナ情勢を予言したとも言われる作品。
物語の舞台はポーランドのスタニスワヴフ(現ウクライナ、
イバノフランコフスク)。そこに暮らすユダヤ人一家の住居
に店子としてポーランド人とウクライナ人の二家族が引っ越
してくる。
その内のウクライナ人一家は妻がピアノ教師で声楽家、夫は
プロのギタリストという音楽一家だった。そしてそれぞれの
家族には娘がいて、ウクライナ人の妻は娘たちに歌を教え始
める。
ところが戦争が勃発。最初にポーランドに侵攻したソ連軍は
ウクライナ領土のポーランド人の排除を開始する。その時、
一家の娘は偶然歌のレッスンを受けており、ウクライナ人の
妻は咄嗟に姪と称して娘を保護する。
その後に侵攻したドイツ=ナチスはユダヤ人狩りを開始。そ
こでもウクライナ人の妻は娘を匿うことに成功するが、ソ連
軍はウクライナ人抵抗組織の排除も開始する。それでも一家
は娘たちを匿い続け終戦を迎えるが…。

監督はオレシア・モルグレッツ=イサイェンコ。ドキュメン
タリー出身監督の長編映画は第2作とのことだが、実は直前
の作品がこの時代を描いたドキュメンタリーだったそうで、
その作品への想いがこの企画を実現させたとのことだ。
そして脚本のクセニア・ザスタフスカは、祖母の実体験に基
づいて物語を描いたとのこと。何ともはやという感じの物語
だが、歴史的に観ても全く矛盾のない物語が展開されている
ものだ。
映画の物語は1978年で終わりとなるが、ウクライナ人の苦し
みはその後も続き、そしてそれが現在も続いている。実際に
映画に出演したポーランド人とウクライナ人の子役は、現在
は祖国を離れて暮らしているという。そんな事実にも震撼と
させられる作品だった。

公開は7月7日より、東京地区は新宿武蔵野館、シネスイッ
チ銀座、UPLINK吉祥寺他にて全国ロードショウとなる。


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井口健二