井口健二のOn the Production
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2023年01月22日(日) デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム、TACKA(タスカー)、Winny

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』
                 “Moonage Daydream”
2016年に肝臓癌で逝去したミュージシャンであり、俳優でも
あったアーティストが残した膨大なフッテージを基に、稀代
のミュージシャンの本質に迫ったドキュメンタリー。
本作の監督と編集を担当したブレット・モーゲンは2007年に
デヴィッド・ボウイと会い、監督が構想するハイブリッドな
ドキュメンタリーについて語り合ったそうだ。しかし当時は
半ば引退状態だったボウイは「今はそれをやる時ではない」
と考えていたようだ。
そんな経緯から今回は、デヴィッド・ボウイ財団が公認する
唯一のドキュメンタリーの制作が監督に任せられることにな
る。ところが監督の前に置かれたのはミュージシャンが生前
に残したライヴの映像から各種のインタヴューなど、観るだ
けで2年が費やされたという膨大なフッテージだった。
そのフッテージをモーゲン監督は、毎日12〜14時間、週6日
を掛けて2年間観続け、それらの中からボウイの死生観や世
界観を紡ぎ出して行く。しかもそこには関係者など他者の干
渉は一切排され、全てがボウイ自身の声で語られる。そして
それが見事な映像体験として描き出された作品だ。

出演はデヴィッド・ボウイ。彼自身の語りによって全てが描
かれる。
さらにスタッフでは音楽プロデューサーをボウイのアルバム
を多く手掛けたトニー・ヴィスコンティが手掛けた他。音響
技術に2018年『ボヘミアン・ラプソディ』などのポール・マ
ッセイと、2019年『フォードvsフェラーリ』などのデヴィッ
ド・ジャンマルコ。また音響監督は『ボヘミアン・ラプソデ
ィ』などのジョン・ワーハーストとニーナ・ハートストーン
が担当している。
因に本作はIMAX及びDolby Atomosで公開されるもので、その
映像迫力と共に、音響でも最高の体験が得られるようになっ
ている作品だ。
という内容の作品だが、実は本作にはデヴィッド・ボウイ自
身の語りに加えて大量の映画のクリップが挿入される。それ
はボウイ自身が選んだものではないが、モーゲン監督が直接
話し合った感覚としてボウイが出会ったであろう映像体験を
再現したものということだ。
そしてそこに提示されるのが、ジョルジュ・メリエスの『月
世界旅行』(カラー版)を始め、『メトロポリス』や『ノスフ
ェラトゥ』、さらには『宇宙水爆戦』に『宇宙戦争』など、
正に往年のSF映画の名作が綺羅星のごとく登場する。これ
にはSF映画ファンとして心底から呆然とする思いだった。
もちろん『地球に落ちてきた男』も含まれる。
それはボウイがSF映画ファンだったことは他の映画出演作
からも想像するが、ここまでどっぷりという印象をモーゲン
監督が受けていたのだとすれば、これは本当にそうだったの
だろう。しかもそれがIMAXの画面で上映されるのだ。これは

SF映画ファンにも最高の贈り物と言える作品だ。
公開は3月24日より、全国のIMAX/Dolby Atomos劇場でロー
ドショウとなる。

『TACKA(タスカー/Точка)』
成人映画出身の鎌田義孝監督が、2005年の『YUMENOユメノ』
以来17年ぶりに自らの企画・脚本で手掛けた一般映画で、か
なり厭世的な雰囲気の作品。
中心で描かれるのは、オホーツク海沿岸の街でロシア人相手
の中古電気店を営んできた男。しかし経営に行き詰り、一人
娘を老親に預けている男は、娘と親に生命保険金を残そうと
考える。そこで自分を殺してくれる人を SNSで募るが…。
それを目にしたのが、都会での暮らしに夢破れて故郷の街に
戻って来た女。彼女もまた死に場所を探していたのかもしれ
ない。そんな女は男から保険金の半分の金額を借りていたこ
とにする借用書を渡され、殺してくれと頼まれる。
とは言うものの、女が罪に問われずに男を殺す手立てはなか
なか見つからない。そんな2人と偶然巡り合ったのが詐欺ま
がいの廃品回収を行っていた若者。若者は事故を装って男だ
けが死ぬある手立てを思いつくが…。

出演は、2017年9月3日題名紹介『光(大森立嗣監督)』など
の金子清文と、2018年11月18日題名紹介『赤い雪』などの菜
葉菜、それに連続テレビ小説『舞い上がれ!』に出演の佐野
弘樹。他に松浦祐也、川瀬陽太、足立正生らが脇を固めてい
る。
また企画・脚本協力で2009年8月紹介『行旅死亡人』などの
井土紀州、共同脚本に2018年1月21日題名紹介『名前のない
女たち』などの加瀬仁美、プロデューサーに2018年5月13日
題名紹介『菊とギロチン』などの坂口一直、音楽に石川さゆ
りや森山直太朗、AIらの楽曲も手掛ける斎藤ネコらが参加。
そして16mmフィルムによる撮影は、2016年8月紹介『闇金ウ
シジマくん』シリーズなどの西村博光が担当した。
題名はロシア語で憂鬱、憂愁、絶望などを意味するそうで、
正に本作のテーマと言える。そして本作は自殺若しくは自殺
幇助を描くもので、正直に言って今のご時世ではかなりヤバ
い作品にも思えるものだ。
そんな訳で多少構えて観始めた作品だったが、物語の初めの
方では詐欺まがいの廃品回収をする若者が老女に撃退される
シーンがあったりして、それは意外と真っ当な展開をする作
品だった。
結末に関してもある意味納得できるものだし、そこはかとな
く未来への希望もあったりして、現状は決して手放しで許容
できるものではないが、全くの絶望に終わらせなかったとこ
ろは評価すべき作品と思えた。

これは良質の作品と言っていいのだろう。
公開は2月18日より、東京は渋谷のユーロスペース他にて全
国順次ロードショウとなる。

『Winny』
2004年に起きた元東京大学大学院情報理工学系研究科数理情
報学専攻情報処理工学研究室特任助手、金子勇氏の冤罪事件
を追った実話に基づくドラマ作品。
2002年に「2ちゃんねる」のダウンロードソフト板で公開さ
れたP2P型通信方式を持たせたファイル共有ソフトWinnyは、
匿名性の強化されたファイル共有ソフトとして利用者の脚光
を浴びる。しかし利用者による送信可能化権の侵害が横行、
2003年に著作権法違反での逮捕者がでる。
このとき弁護士の壇俊光は、著作権法違反での逮捕者に興味
はないとしながらも、開発者が逮捕されたら弁護を買って出
ると断言する。そして2004年、開発者の金子が逮捕され、壇
は約束通り弁護に邁進するが…。

出演は壇俊光役に三浦貴大、金子役に東出昌大。他に皆川猿
時、和田正人、木竜麻生、池田大、金子大地、阿部進之介。
さらに渋川清彦、田村泰二郎、渡辺いっけい、吉田羊、吹越
満、吉岡秀隆らが脇を固めている。
脚本と監督は、2022年の『ぜんぶ、ボクのせい』で商業映画
デビューを果たしたばかりの松本優作。撮影監督と共同脚本
に2019年9月15日題名紹介『種をまく人』などの岸建太朗が
名を連ねている。
元々の企画はベンチャーキャピタルの代表を務める古橋智史
という人が2018年の「ホリエモン万博」に出品したものだそ
うで、当時話題になっていたPEZY Computing社の詐欺事件か
ら金子氏の事件を知って案出したということだ。
しかしこの2018年には、2016年に開設された漫画村が事件化
されたものであり、2021年に同件が実刑判決となったタイミ
ングは正に本作の意義が問われるものと言える。しかも本作
の金子氏は、最高裁で無罪を勝ち取っているのだ。
つまり本作では、ソフトウェアの開発者がその利用者の犯罪
にどこまで関与し、それによってどこまでの責任を問われる
かを明らかにすることが、作品における最も重要なポイント
だと考える。
ところが本作では、事実上のドラマは第一審の金子氏が有罪
となってしまったところで終わっている。実はその後には金
子氏が7年後に無罪を勝ち取ったことが蛇足のように付け加
えられるが、果たしてそれで良しとするのか。
僕はむしろ逆転無罪となった第二審こそ詳細に描くべきもの
と考える。それは確かに人間ドラマとしては金子氏を悲劇の
ヒーローとする方が印象深くなるのかもしれない。しかし本
作がテーマとすべきは技術者の責任所在の問題なのだ。
そしてそれは海外では問題にもならない事件が、なぜ日本で
は…という司法の在り方の問題も提起する。それがこの作品
では全く明確になったとは言えない。技術者の未来を守るた
めにもそこを描いて欲しかったものだ。
意あって力足らずなのか? 元々その意がなかったのか。い
ずれにしても僕には不満の残る作品だった。

公開は3月10日より、東京はTOHOシネマズ日比谷他にて全国
ロードショウとなる。


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井口健二