2023年01月29日(日) |
ペーパーシティ―東京大空襲の記憶、マッシブ・タレント、せかいのおきく、独裁者たちのとき、日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜 |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※ ※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※ ※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※ ※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※ ※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※ ※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 『ペーパーシティ―東京大空襲の記憶』“Paper City” 東京在住のオーストラリア人の監督が、1945年3月10日夜半 に東京を襲った大空襲について描いたドキュメンタリー。 実は試写の前に監督の挨拶があって、そこで監督はヨーロッ パで同様の空襲があった都市や、日本では広島、長崎にも犠 牲者の名前を記した追悼碑があるのに、東京大空種にそれが ないのはなぜか、その疑問が始まりだったと語っていた。 実際に東京大空襲では10万人以上の民間人が犠牲になったと されるが、その実態を日本政府は把握しておらず、調査をし ようともしていないのだそうだ。そしてその被災者に対して は、何の補償もされたことがない。 そんな現状が、独自に犠牲者の名簿を作った町会や、政府に 対して犠牲者の補償を求める署名運動を行っている人たちの 取材を通じて描かれる。しかしその運動を続ける人たちも、 既に80代、90代の高齢者ばかりだ。 そしてその運動に対する右翼の嫌がらせも描かれる。 監督のエイドリアン・フランシスはオーストリア・アデレー ドの生まれ、メルボルン大学でドキュメンタリー映画専攻を 卒業。15年程前に東京に拠点を移し、短編ドキュメンタリー で映画祭の受賞歴もある。 本作はそんな監督の初長編プロジェクトだそうだ。 そんな監督が東京大空襲を知ったのは来日して数年間経って からだという。それは戦勝国である母国の教育では触れられ ることもなかったものであり、初めて知った時のショックは 計り知れないものであったという。 しかもその記憶が、被災者である都民や日本人の中からも消 えようとしている。なぜ日本人は被災の記憶を消し去ろうと しているのか? そんな思いに駆られての本作の制作だった のかもしれない。 実は今回事実関係を調べていて、英語の文献で東京大空襲に 関して使われるのがfier bombingという言葉で、通常の空襲 を意味するsky attackと区別されていることに気が付いた。 それは正に焼夷弾攻撃ということだ。 因に日本攻撃に用いられたのはM69焼夷弾というものだが、 その焼夷剤にはナパームが使用されている。このナパームは ベトナム戦争以降は「非人道的」としてアメリカ軍では使用 が禁止されているものだ。 それが東京の下町をそして民間人を焼き尽くした。実は上記 の右翼の嫌がらせの言葉で「抗議は日本政府ではなく、空襲 を行ったアメリカ合衆国の大使館にしなさい」という下りが あったが、ある意味これは正しい。 しかし一般国民が他国の政府に抗議するのは耳を貸して貰え る筋ではなく、それは日本国政府がするべきもの。それをし ないことに抗議しているものだ。そういうことも明白にして 欲しかったが、外国人の監督には望むべくではない。 寧ろこういう作品を描いてこなかった日本の監督にこそ不満 を述べたくなる、そんな感じもしてくる作品だった。 公開は2月25日より、東京地区は渋谷のシアター・イメージ フォーラムにてロードショウとなる。
『マッシブ・タレント』 “The Unbearable Weight of Massive Talent” 全世界67カ国で初登場トップ10入りのスマッシュヒットを記 録したというニコラス・ケイジ主演の2022年本国公開作。 登場するのはハリウッドスターのニック・ケイジ。彼はアカ デミー賞にも輝いたトップスターだったが、最近は作品に恵 まれず、家族には疎まれ借金もかさんでいた。そんなスター にスペインで富豪の誕生日パーティーに出席したら 100万$ という仕事が舞い込む。 その仕事にスターは背に腹は替えられずでOKしたが、実は その富豪はケイジの大ファンで、意気投合した2人は富豪が 書いた脚本での映画の制作を検討し始める。ところがそこに CIAが参入。実は麻薬組織の元締めとされる富豪をスパイ する任務がスターに要請される。 こうしてスターの経験を活かした(?)スパイ活動が開始され るが…。元メイクアップアーチストの妻や娘も巻き込んで、 事態は最悪(?)の方向に進んで行く。銃撃戦に格闘技、ドタ バタからカーアクションまで、オマージュやパロディも満載 の作品だ。 共演は、2017年2月紹介『グレート・ウォール』などのペド ロ・パスカルと、テレビ界で脚本家・プロデューサーとして も活躍するシャロン・ホーガン。 さらに2002年9月紹介『ダウン』に出ていたというアイク・ バリンホルツ、2012年のウディ・アレン監督『ローマでアモ ーレ』で助演女優賞受賞のアレッサンドラ・マストロナルデ ィ、2019年2月紹介『ハンターキラー』などのジェイコブ・ スキーピオ。 またTVシリーズ『天才少年ドギー・ハウザー』でブレイク したニール・パトリック・ハリス、2018年9月16日題名紹介 『アンクル・ドリュー』などティファニー・ハディッシュ、 マイクル・シーンとケイト・ベッキンセールの娘のリリー・ シーンらが脇を固めている。 実は映画の中に主人公にいろいろ忠告するニッキーという存 在がいて、これがニコラス・ケイジを若返りFXでデビュー 当時の容姿にしたもの。その配役が日本では2役とされてい るがクレジットではNicolas Kim Coppola になっていた。 この名前はケイジのデビュー当時のものなのだが、その後に 彼は偉大な伯父の名を嫌って改名してしまう。そんな名前を あえて使ったのは、初心に戻るという意味もあるのかな。も っともこのニッキーはかなり嫌味な奴だったが。 この他にクレジットではスタッフ欄に COVID…という項目が 多数あって、ハリウッドでも感染対策にはかなり気が使われ ていたことが窺い知れた。ロケ地などでもそれぞれ相当の対 策が講じられていたようだ。 そんな周到な準備の上で、最上級のエンターテインメントが 繰り広げられた作品と言えそうだ。上記のスマッシュヒット を記録したという文言も納得できる。 公開は3月24日より、東京は新宿ピカデリー、渋谷シネクイ ント、グランドシネマサンシャイン池袋、アップリンク吉祥 寺他にて全国ロードショウとなる。
『せかいのおきく』 2016年4月紹介『団地』などの阪本順治監督が、2015年11月 紹介『母と暮らせば』などの黒木華を主演に迎えて、江戸時 代末期の庶民の生活を描いた監督初の時代劇作品。 黒木が演じるおきくは武士の娘。父親は主家の不祥事に巻き 込まれたらしく、父子で貧乏長屋に暮らしている。そんなお きくが寺の厠の軒先で雨宿りしていた紙屑拾いの中次と出会 う。その瞬間から惹かれ合う2人だったが…。 その軒先にはもう1人、汚穢屋の矢亮も雨宿りしており、矢 亮は中次を紙屑拾いより実入りの良い汚穢屋稼業に誘う。こ うしてコンビを組んだ2人は、江戸の町で買った汚穢を千葉 の百姓に売る稼業に精を出す。 しかし突然、おきくを悲劇が襲う。 共演は、2022年9月紹介『月の満ち欠け』などの寛一郎と、 2010年9月紹介『信さん』などの池松壮亮。他に真木蔵人、 佐藤浩市、石橋蓮司らが脇を固めている。 僕の幼い頃には、東京湾を汚穢船が航行していたし、お盆に 両親の田舎に帰省すれば田圃に野壺もあって従兄弟が落っこ ちたりもしたから、本作の物語はある意味自分の原風景でも ある。 また物語には落語の長屋物のような雰囲気もあって、かみさ んたちの会話や人情、また長雨のエピソードなど、落語好き にも楽しめるものになっている。そしてそれらを京都撮影所 (東映・松竹)のスタッフが丁寧に映像化している。 特に全編をモノクロで描き、要所にすっとパートカラーが挿 入される映像も素晴らしく感じられた。ただ最後のシーンは 新緑にディゾルヴして欲しかったかな。それをしなかった理 由は知りたいものだ。 一方、試写の後で「立派な武士の娘があんな下賤な男に…」 と息巻いている人がいたが、それを言っちゃあ身も蓋もない のであって、身分の違う恋物語は古今東西数多く存在するも の。これはそんな庶民の話として納得できる。 そんなある意味古典的な物語が丁寧に描かれた作品だ。 公開は4月28日より、全国ロードショウとなる。 なお本作は、映画美術監督の原田満生氏が立ち上げたYOIHI PROJECT の第1作として製作されたもの。このプロジェクト では日本の映画人がバイオエコノミー、サーキュラーエコノ ミーなどで世界の自然科学研究者と連携し、サステナブルを 目指した映画作りを行うということだ。 すでに第2作のドラマの製作や、2本のドキュメンタリーの 製作も発表されており、これからも注目して観ていきたいと 思っている。
『独裁者たちのとき』“Skazka/Сказка” 2002年11月紹介『エルミタージュ幻想』や、2008年10月紹介 『チェチェンへ』などのロシアの映画監督アレクサンドル・ ソクーロフが、アドルフ・ヒトラー、ヨシフ・スターリン、 ウィンストン・チャーチル、ベニート・ムッソリーニらの姿 を全てアーカイヴ映像のみで再構築した摩訶不思議な作品。 映画の始めに登場するイエス・キリストの台詞で「皆と同じ ように列に並んで待つ」という言葉があり、登場人物らが最 後の審判を待っていることが推察される。そんなある種の苛 立ちを持った中での独裁者たちの行動が描かれる。 とは言うものの映画では最後の審判が直接的に描かれるので はなく、独裁者たちは互いに貶し合ったり、褒め合ったりし ながら冥界の道を進み、やがて天国の門の前で門扉が開くの を待つことになる。 しかしそこに辿り着くまでには、民衆の渦が津波のように襲 い掛かるシーンや、様々な絵画などからインスパイアされた 黄泉の国の映像など、壮大な景観が観客を圧倒するようにも なっている。 因に4人の映像は公的な機関や個人が所蔵していたものを、 単に背景から切り抜いて動きなどはそのまま使用しているの だそうで、 CGIなどは一切使用していないとのことだ。また 台詞に関しても文献などに残された本人の発言とされる。 その音声はそれぞれ現代の声優の吹き替えだが、ヒトラーは 独語、スターリンはジョージア語、チャーチルは英語、ムッ ソリーニはイタリア語になっている。さらにアラム語による キリストの台詞はソクーロフ監督が吹き替えている。 そしてそれらの台詞が、皮肉であったり、現代社会に対する 警句であったり、様々な意味に捉えられる。しかもそれらは 過去の独裁者たちが発したものなのだ。そこら辺がソクーロ フ監督が本作に込めた思いなのだろう。 それにしても描かれる4名はいずれも第2次世界大戦の主要 なメムバーだが、そこに昭和天皇が入っていないのはほっと するところかな。もっともソクーロフ監督は2005年『太陽』 ですでに描いたから良しとしたのか。 その点では、日本人としてはあまり悩まず観られる作品では あった。僕自身は右翼ではないが、映画の公開に要らぬ横槍 が入るのは願い下げにしたい。そんな意味で悩ましくはない 作品ということだ。 公開は4月22日より、東京は渋谷ユーロスペースにてロード ショウとなる。
『日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜』 1967年4月18日に劇団「天井桟敷」の旗揚げ公演を行う寺山 修司が構成を担当し、同年の2月9日に放送されたテレビド キュメンタリー『日の丸』を基に、寺山の没後40周年となる 2023年に改めてその意味を問う作品。 オリジナルはマイクを持った女性が日の丸を中心とした様々 な質問を町行く人に次々にぶつけるというもの。その感情を 込めない質問の仕方も鮮烈で、何かもやもやしたものが自分 の中に巻き起こってくるような作品だ。 その同じ質問を現代に行ったら果たして違いは生じるのか、 そんなところが本作の制作意図かな。しかし元が矢継ぎ早の 質問に答えるのが精一杯で、特に政治的な意識などが観える ものではなく、その点は現代でも代わり映えはしない。 そこで本作ではSNSなどで関連の情報を得ようとするのだ が、結局それも不発に終わってしまった感じだ。ただそこか ら別のものは出てくるが、それは寺山がやったこととは関り が乏しすぎるものになってしまった。 そんな訳で、寺山がやろうとしたことを再びやるという意味 では不発としか言えない作品だが、関連して寺山本人を描い たという点では、それなりの意味は感じられる作品になって いる。それは寺山を再評価するということにも繋がる。 それにしても、このオリジナルが批判を浴びたことで寺山が テレビ界を去り、それから16年後に寺山が47歳で夭逝してし まったことが、日本の映像文化にとって大きな損失であった ことは如実に判る作品だった。 公開は2月24日より、東京は角川シネマ有楽町、渋谷ユーロ スペース、UPLINK吉祥寺他で全国順次ロードショウとなる。
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